ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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伏線のつもりじゃなかったセリフが繋がる。



#27 縛り(死滅回游5)

 

 

 

 

 

「……妙だ」

 

 “天使“の呟きで、沈んでいた悠仁の意識が呼び戻された。

 

「すごい数の人間が結界(コロニー)に侵入している」

 

 そう言ってすぐにコガネを呼び出し、“10分前から増加した泳者(プレイヤー)の数”を尋ねれば、カウントは既に800を超えている。いくつかの組織が介入していると見て間違いない。

 

 部屋で休んでいた麗美(れみ)には隠れているように言いつけ、4人は外の状況を確認するために一階のホールから出入り口を目指す。

 ホールの中央に差し掛かったところで、吹き抜けの二階から閃光手榴弾(スタングレネード)が投げ入れられた。

 すぐに反応した悠仁がそれを蹴り返し、光と音から身を守るためにソファの後ろに隠れて目と耳を塞ぐ。

 光が収まるのと同時に、武装した非術師たちが押し寄せてきた。

 

 

 

 非術師たちを無力化した4人は、現地ガイドとして作戦に参加していた日本人から話を聞き出す。

 彼らの目的は呪術師を捕え、呪力を代替エネルギーとして研究すること。つまり、将来的に自国民が個人でエネルギーを自給自足するための研究だ。

 この呪力という新エネルギーを餌に、羂索(けんじゃく)は各結界(コロニー)へ複数の国の軍隊を送り込んでいるのだろう。

 

 これはおそらく、羂索(けんじゃく)の保険。

 非術師でも息絶える瞬間には大きく呪力を放出するように、わずかだが脳が変異する程の負荷が“死”にはあり、呪力と縁のない海外の人間も例外ではない。

 死滅回游が停滞し、泳者(プレイヤー)の呪力によって結界(コロニー)が満ち切らなかった時に呪力を補うため、呪霊による非術師の一方的な大量虐殺を行うのだろう。

 彼らを呪霊の贄として捧げ、大勢の死に際の呪力の発露を利用して各結界(コロニー)を呪力で満たし、この国の人間の天元との同化前の“慣らし”を終える……。

 

 高専としてはこれを阻止するべきだが、東京第1、第2結界(コロニー)は術師の泳者(プレイヤー)が既に50人は戦い散っており、呪力は満たされている。

 “慣らし”の阻止だけを目的としているなら、いまさら軍人たちの救出を行うのは無意味だ。

 

「だから、意味のない争いに彼女を巻き込むのはやめてくれ」

 

 わざわざ来栖と自分がリスクを負う必要がないと“天使”が述べると、悠仁がそれに返した。

 

「それが当然だろ? 俺だって仕事じゃなければ助けない」

 

 それまで気安い雰囲気だった悠仁が、険しい顔つきになる。

 

術師(おれたち)を研究材料にしようって考える連中だ。自分たちが()()されたからって、文句なんてないだろ」

 

 非術師たちを突き放すその言葉には、呪術規定に縛られた現代の術師らしい甘さはない。

 

「そんな、言葉では理解し合えない……()()()の秘密を探ろうって奴らには、恐ろしい死があって然るべきだろう?」

 

 そう言って来栖を――“天使”を見る悠仁は微笑んでいるようにも見えた。

 

「……“愚かな好奇を、忘れるようなね”」

 

 悠仁の言葉に薄ら寒いものを感じた来栖の手が震える。しかし、唇を噛み締め拳を強く握り直すと、「私は人を助ける」と彼女自身の意志を示した。

 

 

 

 

 

 2018年11月16日 正午

 予定通り、悠仁たちの元に真希が合流し、結界(コロニー)外の情報が共有された。

 同化前の“慣らし”らしき兆候があったこと。

 九十九(つくも)羂索(けんじゃく)に敗れ……天元が獲られたこと。

 

獄門疆(ごくもんきょう)『裏』が無事なのが、不幸中の幸いだ」

 

 真希は落ち着いて話しているが、羂索の計画に必要な最後の条件、「天元を取り込み操る」は満たされてしまった。

 しかし、同化が始まったわけでもない。

 まだ同化を始められないのか、始める気がないだけなのかは判断できないため、先に伏黒の姉、津美紀(つみき)の死滅回遊からの離脱プランを進める。

 

 伏黒の交渉の末、コガネから提案された総則(ルール)は一般人全員の救出に利用できるものではなかったが、今は時間もないため受け入れるしかない。

 

<総則(ルール)11>

泳者(プレイヤー)は身代わりとして新規泳者(プレイヤー)結界(コロニー)外から招き、100点を消費することで死滅回遊から離脱できる。

 

 

 

 

 

 2018年11月16日 15:00

 新規泳者(プレイヤー)の転送予測地点であるビルの屋上に、悠仁と伏黒が立った。

 上空には来栖が待機し、髙羽は他の泳者(プレイヤー)が近付いてこないよう周囲を見回っている。

 計画の予定時間になって間もなく、目の前の空間が歪み、一人の女性が現れた。

 

 現れた女性――伏黒津美紀(つみき)が和やかに挨拶をする姿に、悠仁は違和感を覚えた。確証は持てないが、彼女は吉野順平や日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)とは違う。

 特に違和感があるのは、彼女の“瞳”だ。津美紀が伏黒に向けるそれは優しそうに見えて、親愛や友愛の情が感じられない。

 しかし悠仁に……いや、宿儺にだろうか? こちらを見る瞳には、麗美が向けてくるのと同じ、隠しきれない恋慕の情がある。

 悠仁の視線から逃れるように顔を背けた津美紀が、(ポイント)を受け取りコガネを呼びだした。

 

「ルール追加。結界(コロニー)を自由に出入りできるようにしてちょうだい」

 

 不可解な言動に驚いて津美紀(つみき)を凝視する伏黒の肩を、悠仁が叩く。

 

「伏黒」

 

 声をかけても返事をする余裕のない伏黒に、悠仁は一方的に述べた。

 

「彼女を殺すか、彼女を殺した俺を殺すか……今すぐ決めろ」

 

 その言葉を、状況を飲み込めていない伏黒と来栖の前で、踏み込んだ悠仁の右手に分厚い鉄の鉈が握られる。

 無骨な刃を積み重ねた刀身のそれ――獣肉断ちが、肉薄する悠仁から身を守るように腕を交差した津美紀(つみき)に振り下ろされた。

 

 

 衝撃で屋上の端まで退がった津美紀の腕が、いつの間にか手甲で覆われている。

 しかし悠仁の攻撃が当たるまで、それを取り出す時間はなかったはず。となれば考えらるのは……。

――構築術式。

 ひび割れた手甲が欠片となって崩れ落ち、無傷の腕が表れた。

 瞬く間にこれほどの強度の物が構築されたのは驚異だが、点を譲渡した時点で仕掛けてこなかったということは、彼女の術式に相手を瞬殺できる強力さはない。と、思いたい。

 思考しながら距離を詰める悠仁に、笑みを浮かべた津美紀が話しかけた。

 

「千年ぶりに戦うなら好きな相手って、決めていたのだけど……ねえ? “宿儺”」

 

 

 

 

 

 悠仁と津美紀を追いかけようとした伏黒の行く手を阻むように、光の柱が二人を包んだ。

 少し光に触れただけで火傷を負った腕に、目を細めた伏黒が上空を見上げれば、術式を行使しながら“天使”と言い争う来栖の姿が見える。

 

「天使! 待って! 恵のお姉さんと虎杖だよ!」

 

「こうなってはどうしようもない! あの少年が堕天なんだ!」

 

 “天使”の術式は“術式の消滅”。

 受肉体である二人から呪物を引き剥がすこともできるであろうが、受肉とは呪物と肉体の融合でもあり、都合よく片方だけ引き剥がそうとすれば九割九分死ぬ。

 

「彼らから剝がし消し去る! 賭けるしかないんだ!」

 

 “天使”が来栖を説得しているように、自分も一分に賭けるか?

 来栖を止めて、津美紀を助ける他の方法を模索するか?

 

 虎杖はどうなる?

 死滅回游の平定には五条の力が必要だが、封印を解くには来栖――“天使”の力が必要だ。

 だが、その協力を得るには“堕天”である宿儺――虎杖を殺さねばならない。

 伏黒はそれを許容しないし、虎杖自身も受け入れない。

 

――どうする?

 

 迷う伏黒に、「離れるように」と来栖の声がかかる。

 すぐに呪詞が紡がれるのを聞いて、反射的に腕を押さえた伏黒がその場から離れると、光の範囲と出力が急激に上がった。

 

 

 

 

 

 “天使”の術式に焼かれながら、津美紀――(よろず)は判断を誤ったことに舌打ちをする。

 宿儺と会えたことに舞い上がって、“天使”への警戒を緩めてしまった。

 今日は退散するしかないと、反動をつけて移動するために屈んだ(よろず)に、誰かの影が覆いかぶさった。

 

「動くなよ……“(よろず)”」

 

 名乗っていないのに呼ばれた名前に驚いて見上げると、頭上に工芸品のような装飾を施した盾を――湖の盾を掲げた少年の姿がある。

 湖の盾は物理()()の攻撃を防ぐのに有効。盾を被覆する澄んだ青いガラスが欠片となって降る中、少年が口を開いた。

 

「俺が()()()()時――あるいは“獣”になった時には、宿儺に肉体を譲る。これは“縛り”だ」

 

 宿儺なら、手足が無かろうと肉体を修復して復活できるだろう、と。

 

「あと……俺を殺した奴も殺してほしい」

 

 そう呟いてから万を見た少年は、先ほど殴ったことなどなかったように穏やかな表情をしている。

 

「宿儺のことを大切に想ってくれる人がいてよかった。……あんたで二人目」

 

 躍起になって宿儺を殺そうとする者たちは大勢いるが、好いている者は珍しい。

 そう言って笑う少年も、宿儺を好いているのが分かる。

 

「あんたは宿儺と二人で殺し合いたいんだろ? 俺もあんたを殺したいけど、今、忙しいからさ……」

 

 さっきの“縛り”があれば、必ず自分の前に現れるだろうと言うと、少年の笑みが挑発的なものに変わった。

 

「俺を殺しに来いよ」

 

「宿儺が気に入っているの……少し分かるわね」

 

 

 

 湖の盾にヒビが入った音を合図に、悠仁が盾を仕舞い、万が離れた。

 ここから天使に攻撃を当てるには距離があるが、この光の中で術式は使えない。しかし、そんなことは狩人には関係がない。

 肌を焼かれながら悠仁が手にしたのは、先端に球のついた金属製の槌――小さなトニトルス。それを地面に突き刺すと、来栖に向けて一直線に青い雷が走った。 

 

 

 

 鉄球槌により再現された人工的な青い雷光が、術式を使えるはずがないと油断していた来栖を貫く。

 近くにあったビルの屋上に落下し、打ちつけた身体を起こした来栖の顔の前に、獣肉断ちがかざされた。

 

「待て! 虎杖!」

 

 焦った様子の伏黒の声を聞きながら、悠仁は視線を来栖に固定する。

 来栖の協力があれば、五条の封印を解ける。釘崎の“獣の病”らしき症状も、解ける可能性は0ではない。

 しかし、自分が死ぬことを条件に出されているなら、狩人として素直に応じるわけにはいかない。

 

「宿儺と“縛り”を結んだ」

 

――俺が()()()()時――あるいは“獣”になった時には、宿儺に肉体を譲る。

 

「俺すら殺せないお前たちには、関係ない話だけどな。でも……“五条悟”なら宿儺を殺せるかもしれない」

 

 どうするのかと、宿儺を殺す前に五条の封印を解かせるための交渉を持ち掛けていた悠仁が、何かに気付いて顔を上げた。

 

「……できるだけ早く決断してくれ」

 

 そう告げて武器を下げた悠仁の視線の先を、伏黒と来栖が確認する。

 

 遠くに見える呪霊に乗った袈裟の男は、宿儺に会いにきたのか、“天使”を殺しにきたのか……。

 悠仁が必ず狩る(殺す)と、渋谷で五条に約束した最後の一人――羂索(けんじゃく)だ。

 

 以前、羂索(けんじゃく)に会った時は、悪夢の話をされたことに動揺して考えることができなかった。

 しかし、あの男が悪夢と深く関わっているというなら、これ以上の武器を悠仁は知らない。

 

 悍ましい何かが取り出され、その気配に来栖が息をのむ。

 悠仁が手にした“呪詛溜まり”は、かつてビルゲンワースに……羂索(けんじゃく)たちに蹂躙された漁村の住人の頭蓋骨だ。

 その前頭骨には複数の陥没があり、全体が大きく傾いている。頭蓋の内に“瞳”を探した、冒涜者たちから受けた過酷な仕打ちの跡が残っていた。

 

「……呪う者、呪う者。幾らいても足りはしない」

 

 余裕な態度でこちらを見下ろす羂索(けんじゃく)に向けて悠仁が紡ぐのは、漁村の民が吐き続けた呪詛。

 民たちが追懐し、憎悪し、溜まりに溜まった呪いの言葉が、悠仁の知らぬ内に“呪詞”の役割を果たす。

 

「呪いと海に底は無く、故にすべてがやってくる」

 

 悪夢の中では、この呪詛溜まりは“神秘”によって発現していたが……今の悠仁には“呪力”がある。

 それも、呪いの王――両面宿儺の指を喰って得た呪力が。

 

「さあ、呪詛を」

 

 悠仁の言葉に呼応するように、頭蓋骨から色濃い呪詛が滲み出る。それは、吉野順平の家で使用した時とは別次元の悍ましさを放っていた。

 

「彼らと共に哭いておくれ……我らと共に哭いておくれ」

 

 悠仁に継がせた呪詛が、その身に還る時だ。

 

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