東京都立 呪術高等専門学校――呪術高専への山道を、悠仁、五条、伏黒の三人が歩いていた。
今の悠仁からは、返り血を浴びて笑う姿が想像できない。
あれは両面宿儺だったと言われたほうが、伏黒はまだ納得がいった。
談笑しながら前を歩く悠仁と五条の背中に、伏黒が珍獣を見る目を向ける。
「物騒なこと言い合っていた割に、平然としすぎじゃないですか? 虎杖も普通に付いてくるし」
声を掛ければ、不思議そうな顔をした二人が振り向いた。
「恵は難しく考えすぎなんだよ。それはそれ。これはこれ! ね、悠仁」
「そうだぞ伏黒。処刑と入学は別!」
いい笑顔で「死なないけど」と言い足す悠仁の後ろに、振り回される自分の姿が見えた伏黒は気が遠くなった。思考回路がイカレてる。
「そこの建物で学長と面談。下手打つと入学拒否られるから気張ってね」
歩きながら軽い口調で伝える五条に、悠仁が不満の声を上げる。
「えー。俺ちょっと常識忘れてんだけど、大丈夫かな?」
自覚あったのかと、二人のやり取りを見届けた伏黒は重い足取りで寮へ戻った。
悠仁たちが建物に入れば、サングラスを掛けた強面の男が人形に囲まれて座っている。
人形に可愛さがある分、その様子には恐怖を搔き立てられた。
「……その子が?」
五条を咎めていた男――夜蛾の意識が、悠仁に向けられる。
「虎杖悠仁です! よろしくおなしゃす!」
きっちり90度でお辞儀をする悠仁に、人形の輪から抜け出た夜蛾が問いかけた。
「君は、『宿儺を取り込んでも死ぬつもりはない』と言ったそうだな」
顔を上げれば、サングラス越しに鋭い視線を向けられているのがわかる。
「……処刑する側にいる私が言うのも皮肉だが、受け入れたフリでもしたほうが楽に過ごせるとは思わなかったのか?」
突き放すような口調だが、敵意はない。
ただこちらの真意を探るような夜蛾の言葉に、悠仁の頬が緩んだ。
「思わない」
人は簡単に死ぬ。
自分も数え切れないほど死んだが……戦いの中で、死に時を選べたことなど一度もない。
「他人に支配される人生なんてゴメンだね」
……しかし、月の魔物に魅入られ、死へと逃げることもできない悪夢に囚われたからこそ、今の自分があるのも事実。
だからこそ――。
「生き様で後悔はしたくないでしょ?」
にっと笑った悠仁が見上げれば、夜蛾の口角もわずかに上がった。
「合格だ。ようこそ呪術高専へ」
一夜明けて、午後三時過ぎの原宿。
クレープとポップコーンを装備した悠仁たちの前に、明るい髪色の少女が仁王立ちしている。
身長では勝っているはずなのに、悠仁はなぜか見下ろされているような圧を感じた。
「釘崎野薔薇。喜べ男子、紅一点よ」
そう告げた彼女に睨まれつつ自己紹介を終えると、五条に東京観光と称して廃ビル前に連れてこられる。……
「野薔薇と悠仁の二人で、建物内の呪いを祓ってきてくれ。悠仁は返り血を浴びるの禁止ね」
急に始まる条件付きの実地試験。軽い口調の五条に反して、二人の気分は急降下した。
ビル内に入り、背中に回した悠仁の手に、二種の曲刀を重ねた大振りのナイフ――慈悲の刃が握られた。
重みを確かめるように右手で遊ばせれば、血を吸い、よく手入れされた刀身が赤黒く光る。
「便利じゃん。あんたの術式?」
ベルトの位置を調整し終わった釘崎が、倣うように金槌を振りながら話しかけた。
歩幅を合わせて歩く悠仁が、首を傾げながら聞き返す。
「術式? 何それ」
「はあ? まさかアンタ素人……」
静かに。
釘崎の言葉を遮り、自身の口元に指を当てた悠仁の表情が変わる。そのまま一歩、釘崎の前に歩み出た。
重なっているナイフの柄をずらし、刀身を滑らせるようにして刃を離す。
わずかな金属音を響かせて一対になった刃を下段に構えれば、天井を通り抜けて呪霊が降ってきた。
呪霊の振りかぶるカマキリのような腕を、鍛えられた隕鉄の刃が切り落とす。
返り血を浴びぬように下がるついでに、前足にも刃を入れれば、バランスを崩した図体が前方に傾いた。
両の刃に付けた血が馴染むようにすり合わせ、一本に戻した刀身を無防備な胴体に突き立てる。
全身に浴びる
廃ビルの前に腰掛けている伏黒に、並んで座り込んだ五条が話しかける。
「悠仁はさ、イカレてるんだよね」
「知ってます」
食い気味の返答に、五条の言葉が詰まった。
「……まあ聞いて。悠仁の経歴を調べたんだけど、少なくとも宿儺の指を拾うまでは普通の学生だ。なのにあの戦闘技術。2カ月足らずで身に付けられると思う? 『死ぬほど努力した』なんて陳腐な言葉じゃ説明が付かない驚異だよ」
血の染みついた呪具を扱うことからして、呪いが無関係とは考え難い。行動は恐らくだが、血に執着する嫌いがある。
そして、宿儺の言っていた魔物の愛し子。
宿儺の呪力でも消せないほどの何かが憑いている?
「でもね、悠仁の性格は極めて善良」
「善良? 血を浴びて笑ってましたけど……」
五条から視線を逸らす、伏黒の表情が曇った。
迷いのない動きで淡々と、あえて血を被るように立ち回る。
報告書にあった光景を思い出しているのだろう。
「恵は悠仁のこと警戒してるみたいだけど、こちらが手を出さなきゃ普通の男の子だ。……心配しなくて大丈夫だよ」
納得のいかない表情の伏黒に苦笑しつつ、五条は三人のこれからに思いをはせた。
「お疲れサマンサー! 二人ともどうだった?」
夕方の路地裏に、やけに明るい五条の声が響いた。
悠仁を横目に見た釘崎が、盛大に舌打ちをする。
「……術式も知らない素人のくせに、繊細な太刀筋だったのがムカつく」
「なんで?!」
釘崎のあまりの言いように、言い返すようにして口喧嘩を始めた悠仁は、どこにでもいる学生にしか見えない。
悠仁の性格は極めて善良。
五条の言葉を、伏黒は頭の中で反芻した。
「どったの伏黒」
晩飯の行き先の話で二人と盛り上がっていた悠仁が、こちらを振り返る。
「別に」
適当に返事をした伏黒は、タクシーを拾いに向かう五条を追いかけながら、騒がしくなるだろう日常にため息をつく。
それでも、なぜか足取りは軽く感じた。