ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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最終話です。ネタ集、質問回答の小話との同時投稿になります。


#29 Bloodborne -完-

 

 

 

 

 

 悪夢の中で悠仁が狩人たちから学んだのは、人間が人間として生きるための道理。獣と、獣の病を根絶すること。

 だから獣となった者たちを葬り、悪夢を彷徨う人々を弔うことが狩人の使命だと、自分に言い聞かせて狩り尽くしてきた。

 

 呪霊()のような人ならざるものが存在してはいけない。

 人間が、自然の(ことわり)を超越する術式(ちから)を持ってはいけない。

 

 それが、悠仁の生きる意志を保つための道理。すなわち領域のルールである。

 

 

 

 

 

 羂索(けんじゃく)を中心に、呪霊達が次から次へと折り重なるように放出された。

 それらは個々の力の大きさに関係なく、互いを巻き込んでは重力に従って落ち、海へと還る。

 それが呪霊を倒した証である莫大な“血の遺志”と、強敵を倒した……未知を既知にした証でもある“啓蒙”となって悠仁の身に宿った。

 

 

 呪霊たちの消失反応が霧のように立ち込める中、悠仁の領域が外殻を維持できずに崩壊する。

 景色がビルの屋上へと戻り霧が晴れると、仰向けに倒れる羂索と、膝を抱えて身を守るように眠るミイラのような誰かが姿を見せる。

 

「天元様…?」

 

 今、現れたことを不審に思いつつ、彼らの生死を確認するために近づこうとすると……()()()()()()()()()()

 

「5(ポイント)が追加されました」

 

 血の意志を得ると同時に現れたコガネをちらりと見て、直ぐに足を止めた悠仁が羂索に視線を戻す。

 

 ……狩人に“死んだふり”は通用しない。

 狩人は相手の姿が見えていなくとも、その生死を“血の遺志”を得ることで確認しているからだ。

 だからこそ、今、確信を持って言える。

 

 領域内での呪霊の暴走のきっかけは、羂索の死ではなかった。あれは悠仁が血の遺志を得る前に始まったものだ。

 羂索の諦めた口振りに、今際の際の言葉くらいは聞いてやろうと悠仁は動くことをしなかったのだが……。

 

 黙った悠仁が警戒を強めていると、宿儺の口が頬に現れ、呆れたように言葉を発した。

 

「抜かったな小僧。……術師は“他者の呪力”で殺さねばならん」

 

 羂索を殺したのは、恐らく“呪詛溜まり”の呪詛だ。あれは呪力を流すことで発現し、その矛先は頭蓋骨に宿る強い遺志によって羂索へと向かっていた。

 

 その“呪詛溜まり”を過去に使用した際の残穢について、一級呪師である七海も特級呪霊である真人も、「異常なほど悍ましい何か」としか認識が出来ず、使用者である悠仁の存在に気が付かなかった。あれは、それほど異質なものだ。

 だが、呪詛の発現に必要なのは、あくまで“呪力”。そして、その呪力をこめたのは悠仁ではなく……羂索だ。

 

「そう。……他者の呪力でとどめを刺さなければ、術師は呪いに転ずることもあるからね」

 

 宿儺の言葉に続いて、不意に聞いたことがあるような……どこか懐かしい響をもつ女性の声が悠仁にかけられる。

 顎のラインで切り揃えられた黒髪に、冷めた眼差しをした見覚えのあるような顔立ち。悠仁は覚えていないが、母親――虎杖香織の姿であった。

 

()()は何でもいいんだけど……。せっかくだから、また()()()ことをしようか」

 

 

 悠仁が怪訝な顔で羂索――夏油の遺体の隣に立つ女性を見る。彼女の気配は呪霊に思えるが、強さが測れない。

 しかし、あれが羂索であるならば、生前の術師としての力量を織り込んで特級相当の呪霊と見るべきか?

 

 会敵してからの経過時間的に、まだ伏黒たちが安全圏まで逃れたとは思えない。

 このまま会話を引き延ばした方が、戦うよりも仲間の逃げる時間を稼げるだろう。

 

「らしい事って?」

 

 仏頂面で聞き返す悠仁に、羂索がくつりと笑う。

 

()()の好奇心に応える、“悪夢”の話の続きだ」

 

 そう言って、一瞬だけ天元らしき誰かと、隣のビルの屋上に立つ裏梅に向けた視線を悠仁に戻す。

 それから九十九(つくも)との問答で“呪力の最適化”を進化論のように挙げた理由、死滅回游に至るまでのプランを語り始めた。

 

「『頭蓋の内に“瞳”を探す』。私の本来の目的は、人類が高次元の思考を得ること。天元との同化による人類への進化の強制は、手段の一つに過ぎない」

 

 羂索が求めていたのは“思考の瞳”を脳裏に宿し、超越的思索を得て世界を見ること。あるいは“瞳”を得た誰かと、その者が見る世界を観察することだ。

 死滅回游は第2プラン。個の人間が上位者へと至る方法が見つけられなかった時のための保険だった。

 

「私の、人類の思考の次元では辿り着けない世界がある。その意味では“六眼”を持つ五条家には理想に近しいものを感じていたけれど……所詮は“人間”だからね」

 

 普通の人間が“思考の瞳”を宿せたとしても、脳や肉体が耐え切れない可能性が高い。上位者へ至ったとしても、ロマのような白痴を生むだけだ。

 

「そこで君だよ。悠仁」

 

 悠仁の祖父、虎杖倭助は、宿儺に母親の腹の中で喰われた双子の魂の生まれ変わりだ。

 孫である悠仁にも、ある程度の宿儺との親和性を期待できる。だから――生れ落ちるときに、悠仁の肉体に宿儺の指を封印した。

 

 宿儺の指で肉体の強度を底上げし、“3本目のへその緒”を3本――“瞳のひも”を人間のへその緒の血管と同じ数だけ使用することで、擬似的に上位者へと近づける。

 

 これで“瞳”を授かればよし。そうでなくとも、宿儺の術式があれば容易く呪霊や術師を狩り、自力で上位的存在へ至る可能性が高まる。

 

「だが君は、どちらも持たずに生まれた。呪胎九相図以下の失敗作だった」

 

 そのため第1プランを諦め、しかるべき時に宿儺を受肉させようと監視を残して放置していたのだが、彼は宿儺へ肉体を明け渡すことはなかった。これも誤算。

 原因は分かっている。羂索が夏油傑の肉体を手に入れた際の契約破棄の隙をついて、“月の魔物”が悠仁の元へと逃げ仰せたことだ。

 

 死産となった呪胎九相図たちは、上位者の赤子となるべく起こった肉体の変化に耐えられなかったのだろう。

 そんな中、悠仁は生まれ落ちた。そのため段違いに赤子へと執着した月の魔物により、悠仁は狩人として覚醒した。

 

――特別な赤子は、上位者を呼ぶための釣り餌である。

 

 これは誰の言葉であったか。失敗作の彼が上位者となり、思考の瞳を得る可能性がでてきたのだ。

 

 

 “器”はできた。あとは血の遺志で満たすだけ。だが、これが簡単にはいかない。

 

「少年院程度の呪霊にも圧勝できない。過保護に、ぬるま湯で育った君は弱すぎる」

 

 真人を使って悪夢の嫌な思い出を刺激するが、足りない。

 

 八十八橋で壊相(えそう)血塗(けちず)に鉢合わせさせ、上位者の血を引く受肉体である彼らから宇宙悪夢的な血の遺志を得させようとするが、失敗。

 

 しかし、並行して進めていた第2プランの最中、渋谷で宿儺と悠仁が代わり莫大な血の遺志を得た。

 このまま死滅回游での戦いで刺激を受ければ、覚醒の可能性もあると思っていたが……その前に乙骨に殺されて全てを失う。

 

「いい加減にしてくれ」

 

 深くため息をついた羂索が、駄々をこねる子供をあやすように語りかける。

 

「……私は、私自身が人間であり続けることにこだわりは無いんだ。獣になるのはごめんだけどね」

 

 大切な赤子である虎杖悠仁を殺してはいけない。自分が殺されてもいけない。

 呪力を得た今の彼に殺されては、彼が何になるか、行く末を見ることが出来なくなる。

 

 そう考えて対峙する中、羂索が最高峰の結界術の使い手であるからこそ、悠仁の領域に入った瞬間にその性質を理解し、決意した。

 

――蓄えた呪霊を解き放ち、赤子に血の遺志を還元する。

 

「今度のは失くさないでくれよ。君を上位者にするプランが、また没になってしまう」

 

 

 

 伏黒たちと反対の方向に足を向けた羂索が、こちらを睨め付ける裏梅を見返して笑みを浮かべる。

 

 羂索と裏梅の契約。羂索は宿儺を受肉させること。裏梅は羂索の計画が実行できる段階になるまで協力すること。

 

 体の主導権が悠仁にあるとはいえ、羂索側の契約は達成済み。

 悠仁が上位者へとなり得る――裏梅に伝えていなかった計画が実行できる段階にあるため、裏梅の条件も()()、達成済みだ。

 

「君たちに、血の加護がありますように……」

 

 死滅回游が不要となった今、結界の要となる天元の所有はどうでもいい。

 それでもプランの成熟のために、死滅回游はもう少し続けてもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

「裏梅」

 

 羂索に利用されていたことへの苛立ちと、それを見抜けなかったところを宿儺に見られてしまった情けなさにさいなまれていた裏梅は、その宿儺の声がしたことで意識をそちらへ向ける。

 緩やかな放物線を描いて投げ寄こされる瓶のようなものを掴むと、コルク越しにも濃厚な血の匂いを放っているのが分かった。

 

「いい酒が手に入った」

 

 初めて熟成した血の酒――匂いたつ血の酒を手にして、宿儺が今の中途半端な受肉の状態をよしとしている理由を理解した裏梅が黙り込む。

 

 虎杖悠仁は、自分には作れないものを持っている。

 たとえ利用するためであろうと、宿儺と同じく異形の忌み子である彼に、時折、助言してやる程度には心を砕いている。

 

 この状態をずっと続けるつもりは無いだろうが、今、必要とされているのは――。

 

「料理はオマエに任せる」

 

 暗い考えに沈もうとしていた裏梅の目に、悠仁の姿を通して生前の宿儺の姿が映る。

 はっとして片膝をついた裏梅が、恭しく頭を下げた。

 

「精進して参ります。宿儺様」

 

 

 

 

 

2018年11月某日

 

 宿儺を殺し得るのは、現代最強の術師である彼しかいないという周囲の説得を受けて、“天使”により獄門疆(ごくもんきょう)裏の封印が解かれた。

 

 夏油たちの弔いが終わり、死滅回游の平定に向けて皆が動き回る中、悠仁と宿儺の縛りを聞いた五条が驚きの声を上げる。

 

「え? 授業中にうっかり殺しちゃったら宿儺がでてくるってこと?」

 

「そうなったら宿儺の応援するからね」

 

 冗談に聞こえない冗談を言い合いながら、五条は六眼で悠仁の状態を観察する。

 

 釘崎が悠仁の血によって受けたという“瞳孔が崩れ、蕩ける”呪いは解呪の目途が立っているが、今の悠仁のそれであれば、どうなっていたことか……。

 

――血液媒介(Bloodborne)の呪い。

 

「……宿儺が出てきたら困るから、悠仁は元気に生きて、寿命で死んでね」

 

 

 

 大怪我をするような無茶はしないとか、強い仲間たちに看取ってもらうとか、心配とも忠告ともとれる言葉を続ける五条の声を聞いて、悠仁は人生の二度目の転機となったあの日のことを思い出す。

 

「……僕の言いたい事、分かる?」

 

 それは、祖父の最期の願いで、呪い。叶うはずがないと思っていた言葉。

 

――悠仁。オマエは強いから人を助けろ。オマエは……。

 

「大勢に囲まれて死ね」

 

 

 

 

 

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