ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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#5 先輩と修行と

 

 

 悠仁の部屋の片隅には、水をはった古びた植木鉢――水盆が置かれている。

 ゆるやかに波打つそれに近づけば、骸骨のような見た目の小人たちが、可愛らしい髪飾りをつけて現れた。

 表情の分かりづらい使者たちであるが、先日、原宿で買った髪飾りをプレゼントしてからご機嫌である。

 

「輸血液と交換して。あと、血の酒も」

 

 呪霊を倒して得た血の遺志を支払い、必要なものを手に入れる。酒は嗜好品だからか、輸血液(回復薬)の何倍も高いのはどうかと思う。

 悠仁は遺志の稼ぎ方について悩みながら、五条指定の訓練場へ向かった。

 

 

「悠仁ってさ、様式美にこだわるよね」

 

 組み手を行っていた五条が、悠仁との距離をとった合間に口を開く。

 

「相手に隙ができたとして、武器の柄で殴るとか絶対やらないでしょ」

 

 (モツ)は抜くけど。と、五条が笑いながら物を掴む仕草をする。

 様式美にこだわること。それは自分が獣ではなく狩人だと――人間だと証明するためのものである。

 

「俺は獣じゃないから……」

 

 ためらいがちに答える悠仁に、五条は顔の前で手をひらひらと振って見せる。

 

「そういうの考えなくていいから。もっと自由にやろう」

 

 無意識にかけている動きの制限が解ければ、悠仁は格段に強くなれる。

 

「そういうわけで、泥臭く殴り合うことから始めようか! ……獣らしく」

 

 

 

 五条との特訓が終わり、呪力コントロールの課題を出された悠仁は、DVDの入った紙袋と呪骸を抱えてグラウンドに向かう。

 伏黒と釘崎は二人で任務に就いていたので、グラウンドで合流した。

 

「何それキモ!」

 

 出会って早々、釘崎が悠仁を見て叫ぶ。

 悠仁が身体に巻いている呪骸。それは青白いカリフラワーに触手が生えたような、強いて言えばタコやイカの亜種であった。

 学長は疲れていたのだろう。

 

「可愛いと思うんだけど……」

 

「眼科に行ってこい」

 

 目の問題ではなく、平然と身体に巻いている点もおかしいのだが、悠仁の影響で感覚の鈍ってきた二人に指摘できる者はいなかった。

 

 

 

「賑やかにやってんじゃねぇか。恵」

 

 呪骸の話で盛り上がっていた一年生三人に、眼鏡をかけた女性から声がかかった。

 振り返った伏黒は、その女性――真希の後ろに二つの影を認めて、悠仁を羽交い絞めにする。

 

「あれはパンダ先輩だ! 殴りかかるなよ」

 

 悠仁には以前の任務中、伏黒が呼んだ白い玉犬を殴り飛ばした前科がある。

 別行動後の出会い頭、ノコギリ刃のついた槍での薙ぎ払いによって破壊された。

 大型犬や狼が嫌いだとは聞いていたが、初見で殺しにかかるレベルとは思っていなかった。

 許してはいないが、宿儺の話を聞いてからは強くも言えない。

 

「その節は大変申し訳ございませんでした! パンダは大丈夫です!」

 

 

 京都姉妹校交流会への参加を決めた一年生三人は、真希、狗巻、パンダによる近接戦の特訓を受けている。

 始めるにあたって、学長の呪骸と悠仁の美的感覚について言及したのだが、悠仁が「なっちゃん」と名付けているのを聞いて手遅れだと判断された。

 

 休憩のため階段に腰かけた釘崎は、長物を扱う真希と素手の悠仁が渡り合っているのを眺める。

 一見、競っているように見えて、悠仁には余裕があるように感じられた。

 悠仁は全ての攻撃を避けているわけではない。急所を避け、ある程度は真希に打たせることで、自身の攻撃を確実に当てていた。

 

「肉を切らせて骨を断つってか。何やったら身に付くのよ」

 

 休憩で近くに座った悠仁に、釘崎が問いかける。

 

「自然と身に付いたっていうか……死ぬほどやったから?」

 

 質問を間違えた。これは言葉通りの意味だ。

 

「え? どったの?」

 

 黙ったことを心配する悠仁に、立ち上がった釘崎が(あご)でグラウンドを指して答える。

 

「その身に付けたやつ教えろ」

 

 俺、休憩なんだけどと言いつつ、追ってくる悠仁を振り返る。

 

「あと、そういう冗談やめて」

 

 いつもと違う釘崎の様子に、困惑しつつ悠仁は頷いた。

 

 

 

 

 

 夕飯を終え、寮の部屋で映画を見ていた悠仁は、廊下を歩く微かな足音に気付いて意識をそちらに向ける。

 部屋の前で足音が止まったのに振り返れば、五条がノックもなく部屋に入ってきた。

 

「出かけるよ悠仁」

 

 五条の行動には慣れてきたので、特に驚くこともなくDVDの再生を止めて呪骸を置く。

 

「呪術戦の頂点『領域展開』について、教えてあげる」

 

 そう言った五条にフードを掴まれたかと思えば、十秒後には森の中の湖の上にいた。

 

 

 火山頭の呪霊が展開した溶岩地帯の領域を、五条の領域が塗り替える。

 やはり領域自体は悪夢の感覚に似ている。

 だが、焼き切れそうな熱も、無限に広がる世界も、先日入った領域とは明らかに異なるものだった。

 完成された領域には、展開者に有利な環境が付与されるらしい。

 領域“展開”と呼ばれているが、悠仁の感覚的には自分の世界に引き込む方に近かった。

 

 

 領域を閉じた五条が、火山頭――漏瑚の頭を踏みつけて尋問を始める。

 答えるつもりがないらしい呪霊を靴先で転がしていれば、五条の足元に花の杭が刺さった。

 二人の警戒をすり抜けて起こった出来事に、悠仁の緊張が高まる。

 草木の揺れる音の中に敵の気配を探そうとすれば、地面に刺さった杭を起点として花畑が広がった。

 花と共に広がる甘い香りが警戒を解き、緊張も緩みそうになる。

 それをこらえて、足元に伸びる気配に意識を戻し、悠仁は小炉の付いた巨大な金槌――爆発金槌を花の杭に振り下ろした。

 

 着弾した小炉が爆発を起こし、花の杭が爆ぜる。悠仁に若干遅れて、頬を叩いた五条が漂っていた意識を戻した。

 花の揺れる音に向けて金槌を振るえば、何かに(かす)る感触がある。

 しかし、気配もなく通り過ぎたそれに、火山頭は持ち去られていた。

 ……ほぼ足音もなく、気配を消すのが上手い。

 

「ごめん先生、逃した!」

 

 悠仁が振り返れば、どことなく楽しそうな顔をした五条が立っている。

 楽しくなってきたね、と呟く五条に渋い顔をして、悠仁は現状の確認を行うことにした。

 

 

 

「この花畑、燃やしといた方がいい?」

 

 足元に咲く花を触っていた悠仁が、五条を見上げる。

 呪術で生み出された花畑は、発生時にのみ術が発動するようであるが、放っておくわけにもいかない。

 

「何するか心配だけどお願い」

 

 その言葉とは裏腹に、五条は悠仁の行動を面白がって見ている。

 悠仁が取り出したのは、金属製のジョウロのような胴体に、ポンプを取り付けた装置――火炎放射器だ。

 久しく使用していない筒を伸ばしてレバーを引けば、高熱の火炎が放射される。

 効率よく敵を(ほふ)ることに注力していた他の武器とは異なる様子に、五条も興味を示した。

 

「血を混ぜた触媒か。……どうかした?」

 

「……これをくれた人を思い出しただけ」

 

 目の前に広がる熱に対して、炎に包まれ消えていく花に虚しさを感じる。

 悪夢の初め、不安と恐怖に支配されていた頃の自分を、心配し気にかけてくれた友人。

 彼のことを思い出すから、なんとなく使わないようにしてたのか。

 

「いいプレゼントをする人だね」

 

「うん。いい人()()()よ」

 

 

 

 

 

 転入後の慌ただしさがなくなり、先輩たちの特訓とお遣い(パシリ)にも慣れてきたころには8月になっていた。

 五条との修行も、たまに勢いで殺されそうになるが順調だ。

 輸血すれば怪我が治ると知られてからは加減がなくなったのだが、悠仁でなければトラウマで再起不能もありえる。

 殺したいなら掛かってこいとは言ったが、この状況は予想外だった。

 

 今日も先輩との特訓の合間に、悠仁は外のコンビニまで走ってお遣いをしていた。

 アイスを買った悠仁が高専に戻ってくると、制服を肩に掛けた大柄な男と、ノースリーブの細身の女性が歩いてくる。

 男から漂う血のにおいに、悠仁はコンビニの袋を植え込みに投げて構えた。

 それに気が付いた男が、面白そうに悠仁を眺める。

 

「お前が虎杖か……いい構えだ」

 

 女性――真依が道の端に寄ったのを確認して、東堂葵と名乗った男が上着を後ろに放り、低く構える。

 おそらく京都校の生徒だ。武器を使うのは得策ではないが、返答次第では殴るくらい許されるだろう。

 

「伏黒の血のにおいがする。……何しに来た」

 

「下見だ。最後の交流会で退屈したくないんでな」

 

 にらみ合う二人がにじり寄り、足が砂音をたてたとき、遠くからパンダの呼ぶ声が聞こえた。

 東堂に視線を合わせたまま、パンダの声に耳を傾ければ、戦うなと繰り返している。

 近づいてきた大きな体にちらりと視線をやれば、頭に包帯を巻いた伏黒が背中に乗っていた。

 

「オマエら喧嘩すんなよ!」

 

「しゃけ」

 

 パンダの後ろから出てきた狗巻が、悠仁と東堂の間に立つ。

 二人が構えを解いたのを確認し、パンダは伏黒を背中から下ろした。

 

「悠仁は鼻がいいから、恵の血のにおいで殴りかかると思ってな」

 

 今度こそセーフ、と呟くパンダが、出ていない汗をぬぐう。

 邪魔が入ったことで東堂は興がさめたのか、上着を拾って帰り支度を始めていた。

 

 

「俺はこの後も予定がある。交流会でまた会おう」

 

 東堂は悠仁に声をかけながら、上着についた土を払う。

 それを肩にかけて歩き始めた東堂は、すぐに何かを思い出したように立ち止まり、悠仁に向き直った。

 

「そうだ虎杖、どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 脈絡のない質問に、悠仁の眉間にしわが寄る。

 だが伏黒の無事を確認して落ち着きが戻っていた悠仁は、自分の記憶にある美しい姿を思い出した。

 

 嘆きの祭壇に祈りを捧げる、美しい娘。

 雪のように白い滑らかな肌、美しくも禍々しい翼、大きくつぶらな瞳――星の娘、エーブリエタース。

 

(ケツ)全長(タッパ)のデカい娘……かな」

 

「待て、そいつは人間か?」

 

 なんとなく嫌な雰囲気を感じた伏黒が、悠仁に詰め寄る。

 そんな伏黒の様子を気にも留めず、質問をした本人である東堂は目を見開いたあと、なぜか上を向いて涙を流した。

 少しの間をおいて、涙をぬぐった東堂が悠仁の顔を見る。そして感動したように呟いた。

 

「……虎杖。どうやら俺たちは、“親友”のようだな」

 

 なぜそうなる。東堂以外の5人に、同じ思いが生じた。

 

「おかか……」

 

 呆れたような狗巻の声と、悠仁が親友認定された疑問を残して、京都校の二人は去っていった。

 お遣いには失敗したので、あとで真希に怒られた。

 

 

 

 




■補足■
「悠仁が無意識にかけている動きの制限」
ゲームシステム的な話。月の魔物の呪術。
悠仁に厳しい力・動きの制限がかかってる状態で、壁の破壊とかも考えなくなる。
代わりに、悪夢の中で死んでも現実では死なない&悪夢を繰り返した。
少年院の特級との戦闘では、途中から外せていた。

「なっちゃん」
学長が作ったカリフラワー似の呪骸。かなり疲れているときに作った。
「苗床」に似ているのでなっちゃん。

「星の娘、エーブリエタース」
Bloodborneの真のヒロインとも言われる美しい娘(ボスモンスター)
彼女が化物に見える人は正気。いや、啓蒙が低い。

「重病人ギルバート」
不治の病を患い、血の医療を受けるためにヤーナムを訪れた異邦人。
同じくヤーナムの外から来た主人公を気にかけてくれる。火炎放射器もくれる。
――もう、十分ですよ。むしろ、獣の病に(かか)らぬことを、感謝しています。せめて、人のまま死ねるのですから……。
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