ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

6 / 32
#6 悪夢は巡る

 一級呪術師、七海建人。

 交流会を目前に控えた悠仁に、五条は彼を引き合わせた。

 映画館で起こった事件の調査をする七海に、実地訓練と補佐を兼ねて悠仁が同行するらしい。

 

「ちょっと血の気が多い子だけど、実力は保証するから。あとよろしく!」

 

 適当な紹介をする五条に対して、呆れた様子を見せる七海。どうやら気安い間柄らしい。

 窓からの報告書と、七海の口頭での説明を受けながら、悠仁たちは現場の映画館へ向かった。

 

 

 

 頭部の変形した三人の遺体が並んでいるのを前にして、悠仁に実験棟の記憶が(よみがえ)る。

 血の川に溢れた、微かに息遣いのする人々をかき分け進んだ先で見た光景。

 劣悪な環境に閉じ込められ、異形となった罹患(りかん)者たちの嘆きと叫び声が――。

 

「聞いていますか? 虎杖君」

 

「……え?」

 

 七海の声によって、記憶に潜っていた意識が引き戻された。

 

「この呪力の残穢が見えますか?」

 

 彼が指で示す床に視線をやれば、通路に向かって点々と不快な気配が残っている。

 

「あ、はい。通路に続いてるやつ」

 

「よろしい。では行きましょう」

 

 頷いて歩き出した七海の後を追いかけ、悠仁は頬を叩いて気合を入れ直した。

 

 

 

 七海が五条から伝えられたのは、悠仁が両面宿儺の器であること。

 他にも狩りだ獣だと色々と言っていたが、人柄や実力については自分の目で確かめることにする。

 並んで階段を上る悠仁を横目に見れば、ダクトや遮蔽物の位置を確認しているのが見て取れる。そしてすぐに視線が合った。

 

 非術師の家庭出身で、高専に転入してから2カ月と少し。

 日本で普通に生活をしていれば、この身のこなしにはならないだろう。

 そして、先ほどの遺体を見た時の彼の殺気……。とんでもない子を押し付けられたものだ。

 五条のにやけ顔を思い出し、七海が舌打ちしそうになるのを堪えていれば、七海の顔を見上げた悠仁から問いが投げられた。

 

「監視カメラに映ってなかったなら、犯人は呪霊?」

 

「まぁ、そうですね。被害者と別に映っていた少年がやった線は薄いでしょう」

 

 呪詛師にしては、行動がお粗末すぎる。しかし呪術師(我々)をおびき出すための演技の可能性も捨ててはいけない。

 

「ですが油断はしないように」

 

「押忍! 気張ってこーぜ!」

 

 悠仁が拳を握って屋上のドアに向かう。時折見せる年相応な態度に、七海は少し安堵しながら答えた。

 

「いえ。そこそこで済むならそこそこで」

 

 子供である彼の前に出て、七海はドアノブに手を伸ばした。

 

 

 

 屋上の扉を開き外に出れば、正面と、壁の後ろに呪霊――いや、座席にいた三人に似た気配がする。

 悠仁の啓蒙が、元の人間だった姿を認識していた。

 

「コチラの呪霊は私が片付けます。虎杖君はそちらの……」

 

 七海の言葉を遮り、悠仁がスマホを取り出して写真を撮った。

 (いぶか)しむ七海に“呪霊の”映った画面を見せれば、サングラスの奥の目を見開く。

 

 悪夢は巡り、そして終わらないものらしい。

 この術者を探さねばならない。……狩りを全うするために。

 

 

 

 

 

 家入からの報告を聞き終え、拠点の壁に貼られた地図に伊地知が新しい情報を書き込む。

 その様子を眺めながら、考え込んでいた七海が口を開いた。

 

「これである程度、敵のアジトが絞られました」

 

「ある程度……?」

 

 机に座り、同じように地図を見ていた悠仁が怪訝な顔で聞き返す。

 

「ええ。私は調査を続けますので、虎杖君には別の仕事を」

 

 沈黙が訪れた空間に、壁際に立った伊地知は居心地の悪さを覚える。

 カサリと音を立て、手元にある吉野順平の資料に視線を落とした悠仁が、少しの間をおいて七海に向き直った。

 

「……わかった。俺が行った方が、相手も警戒しないってことね」

 

「そういうことです。伊地知君と二人で、吉野順平の調査をお願いします」

 

 

 

「そうだ虎杖君」

 

 伊地知と話しながら、連れ立って部屋を後にする悠仁に、七海が声を掛ける。

 

「これはそこそこでは済みそうにない。気張っていきましょう」

 

 その言葉に振り返った悠仁が、にっと笑った。

 

「応! 七海先生に、血の加護がありますように!」

 

「呪われた気分です」

 

 

 

 

 

 午後4時を回っても日差しの強さが残る道を、吉野順平は真人との会話を思い出しながら歩いていた。

 母以外にも、自分を肯定する者がいる。

 そう考えるだけで、胸が軽くなるような気がした。

 

「ストォーップ!」

 

 自宅のある区画まで帰ってきたところで、聞こえた大声に振り返る。

 目の前に飛び込んできたのは、最近見えるようになった小さな呪霊と、赤いフードの付いた学ランを着た少年だった。

 

 聞きたいことがあるという先ほどの少年――悠仁に誘われて、自宅近くにある河川敷の階段に座る。

 真人が言っていたうずまきのボタンを見て、ついてくることにしたが、悠仁は自分の苦手そうなタイプだ。

 隣に座った悠仁は少し考える素振りを見せたあと、こちらを向いて映画館のことを聞いてきた。

 

「なんか見なかった? こういうキモイのとか」

 

 悠仁が呪霊を指さすのを見て、一瞬、真人の顔が過ぎる。

 

「いや、見てないよ」

 

 声は震えていない。だが、こちらを見る悠仁の目が、すべてを見透かしているような気がして冷汗がでる。

 

「そういうのハッキリ見えるようになったの、最近なんだ」

 

「そっか……。じゃあもう聞くことねぇや!」

 

 明るい雰囲気に戻った悠仁に、知らずに詰めていた息を吐きだす。

 呪術師は人間のはずだが、悠仁からはどこか真人に似た気配を感じた。

 

 

 最初は緊張して話していた順平だったが、同じ映画を見ていたことが分かると表情が緩む。

 スプラッタ映画のグロ描写について、悠仁の評価が異常に辛口なのは謎だが、面白いと思った場面は大体が一致していて、話すのが楽しかった。

 

 随分と日が傾くころまで話し込んでしまい、今度一緒に映画を見に行く約束をしたため、連絡先を交換する。

 互いの名前が画面に表示されたのを確認していると、地面が揺れた。

 地震情報が届かないことを不思議に思いながら、悠仁に声を掛けるために順平は顔を上げる。

 そこには険しい顔をして橋を見上げる悠仁がいた。

 

「ごめん順平。……急ぎの用事ができた」

 

 自分も橋を見上げたが何もなく、悠仁はまた連絡すると言って走り出していた。

 急に置いて行かれて驚きに固まっていると、堤防を歩いてきた母に声を掛けられる。

 今朝から続いていた非日常的な出来事も、母がいれば何でもない日常に感じられた。

 

 

 

 




■補足■
「狩りを全うするために」
狩り=獣の病(人間の獣化)の根絶≒無為転変の阻止
という解釈で進めます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。