一級呪術師、七海建人。
交流会を目前に控えた悠仁に、五条は彼を引き合わせた。
映画館で起こった事件の調査をする七海に、実地訓練と補佐を兼ねて悠仁が同行するらしい。
「ちょっと血の気が多い子だけど、実力は保証するから。あとよろしく!」
適当な紹介をする五条に対して、呆れた様子を見せる七海。どうやら気安い間柄らしい。
窓からの報告書と、七海の口頭での説明を受けながら、悠仁たちは現場の映画館へ向かった。
頭部の変形した三人の遺体が並んでいるのを前にして、悠仁に実験棟の記憶が
血の川に溢れた、微かに息遣いのする人々をかき分け進んだ先で見た光景。
劣悪な環境に閉じ込められ、異形となった
「聞いていますか? 虎杖君」
「……え?」
七海の声によって、記憶に潜っていた意識が引き戻された。
「この呪力の残穢が見えますか?」
彼が指で示す床に視線をやれば、通路に向かって点々と不快な気配が残っている。
「あ、はい。通路に続いてるやつ」
「よろしい。では行きましょう」
頷いて歩き出した七海の後を追いかけ、悠仁は頬を叩いて気合を入れ直した。
七海が五条から伝えられたのは、悠仁が両面宿儺の器であること。
他にも狩りだ獣だと色々と言っていたが、人柄や実力については自分の目で確かめることにする。
並んで階段を上る悠仁を横目に見れば、ダクトや遮蔽物の位置を確認しているのが見て取れる。そしてすぐに視線が合った。
非術師の家庭出身で、高専に転入してから2カ月と少し。
日本で普通に生活をしていれば、この身のこなしにはならないだろう。
そして、先ほどの遺体を見た時の彼の殺気……。とんでもない子を押し付けられたものだ。
五条のにやけ顔を思い出し、七海が舌打ちしそうになるのを堪えていれば、七海の顔を見上げた悠仁から問いが投げられた。
「監視カメラに映ってなかったなら、犯人は呪霊?」
「まぁ、そうですね。被害者と別に映っていた少年がやった線は薄いでしょう」
呪詛師にしては、行動がお粗末すぎる。しかし
「ですが油断はしないように」
「押忍! 気張ってこーぜ!」
悠仁が拳を握って屋上のドアに向かう。時折見せる年相応な態度に、七海は少し安堵しながら答えた。
「いえ。そこそこで済むならそこそこで」
子供である彼の前に出て、七海はドアノブに手を伸ばした。
屋上の扉を開き外に出れば、正面と、壁の後ろに呪霊――いや、座席にいた三人に似た気配がする。
悠仁の啓蒙が、元の人間だった姿を認識していた。
「コチラの呪霊は私が片付けます。虎杖君はそちらの……」
七海の言葉を遮り、悠仁がスマホを取り出して写真を撮った。
悪夢は巡り、そして終わらないものらしい。
この術者を探さねばならない。……狩りを全うするために。
家入からの報告を聞き終え、拠点の壁に貼られた地図に伊地知が新しい情報を書き込む。
その様子を眺めながら、考え込んでいた七海が口を開いた。
「これである程度、敵のアジトが絞られました」
「ある程度……?」
机に座り、同じように地図を見ていた悠仁が怪訝な顔で聞き返す。
「ええ。私は調査を続けますので、虎杖君には別の仕事を」
沈黙が訪れた空間に、壁際に立った伊地知は居心地の悪さを覚える。
カサリと音を立て、手元にある吉野順平の資料に視線を落とした悠仁が、少しの間をおいて七海に向き直った。
「……わかった。俺が行った方が、相手も警戒しないってことね」
「そういうことです。伊地知君と二人で、吉野順平の調査をお願いします」
「そうだ虎杖君」
伊地知と話しながら、連れ立って部屋を後にする悠仁に、七海が声を掛ける。
「これはそこそこでは済みそうにない。気張っていきましょう」
その言葉に振り返った悠仁が、にっと笑った。
「応! 七海先生に、血の加護がありますように!」
「呪われた気分です」
午後4時を回っても日差しの強さが残る道を、吉野順平は真人との会話を思い出しながら歩いていた。
母以外にも、自分を肯定する者がいる。
そう考えるだけで、胸が軽くなるような気がした。
「ストォーップ!」
自宅のある区画まで帰ってきたところで、聞こえた大声に振り返る。
目の前に飛び込んできたのは、最近見えるようになった小さな呪霊と、赤いフードの付いた学ランを着た少年だった。
聞きたいことがあるという先ほどの少年――悠仁に誘われて、自宅近くにある河川敷の階段に座る。
真人が言っていたうずまきのボタンを見て、ついてくることにしたが、悠仁は自分の苦手そうなタイプだ。
隣に座った悠仁は少し考える素振りを見せたあと、こちらを向いて映画館のことを聞いてきた。
「なんか見なかった? こういうキモイのとか」
悠仁が呪霊を指さすのを見て、一瞬、真人の顔が過ぎる。
「いや、見てないよ」
声は震えていない。だが、こちらを見る悠仁の目が、すべてを見透かしているような気がして冷汗がでる。
「そういうのハッキリ見えるようになったの、最近なんだ」
「そっか……。じゃあもう聞くことねぇや!」
明るい雰囲気に戻った悠仁に、知らずに詰めていた息を吐きだす。
呪術師は人間のはずだが、悠仁からはどこか真人に似た気配を感じた。
最初は緊張して話していた順平だったが、同じ映画を見ていたことが分かると表情が緩む。
スプラッタ映画のグロ描写について、悠仁の評価が異常に辛口なのは謎だが、面白いと思った場面は大体が一致していて、話すのが楽しかった。
随分と日が傾くころまで話し込んでしまい、今度一緒に映画を見に行く約束をしたため、連絡先を交換する。
互いの名前が画面に表示されたのを確認していると、地面が揺れた。
地震情報が届かないことを不思議に思いながら、悠仁に声を掛けるために順平は顔を上げる。
そこには険しい顔をして橋を見上げる悠仁がいた。
「ごめん順平。……急ぎの用事ができた」
自分も橋を見上げたが何もなく、悠仁はまた連絡すると言って走り出していた。
急に置いて行かれて驚きに固まっていると、堤防を歩いてきた母に声を掛けられる。
今朝から続いていた非日常的な出来事も、母がいれば何でもない日常に感じられた。
■補足■
「狩りを全うするために」
狩り=獣の病(人間の獣化)の根絶≒無為転変の阻止
という解釈で進めます。