ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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※13巻までのネタバレがあります。
血は出るけど救済ルートの平和な世界なので、できるだけ助けます。


#7 協力者

 

 

 悪夢の中――ヤーナムの街に溢れる棺には、幾重にも鎖が巻かれ、大きな錠が掛けられていた。

 あれは中のものを出さないための処置だと思っていたが、外から暴かせないためなのかもしれない。

 上位者の墓を暴き、獣の病という呪いを招いた冒涜者の末裔らしい風習だ。

 呪いを呼ぶからこそ、墓暴きは許されざる行為。それなのに……悪夢から目覚めても死体を(もてあそ)ぶ冒涜者がいる。

 

 橋の上に見えた影を追ってきたが、距離があったために見失ってしまった。術式の効果なのか、死臭はしない。

 堤防沿いに姿がないのを確認して、住宅街に足を向ければ、悠仁の右頬に宿儺の口が現れた。

 

「何時、何処へ行こうと、好奇を満たしたがる者は変わらんな」

 

 他人の体を操る。あの術式を作り上げるために、いくつの死体を使い潰したのか。もしくは……いくつの死体を積み上げたのか。

 そして、映画館での事件を起こした呪霊の術式。

 

「人体の改造も死体の操縦も、呪術探究の点では素晴らしい所業だと思うよ」

 

 非術師が呪力を持つように肉体を改造する。

 五体が残っているかは別として――術師の死体を操り戦わせる。

 呪霊を祓う効率のみを重視すれば、どちらも有用と言えるだろう。

 

「ただ、俺にとっては許せない行為なだけだ」

 

「ああ。これまで通り、気に入らないなら殺せばいい」

 

 呪いらしくていいじゃないか。

 最後の言葉は飲み込み、愉快げに笑う宿儺につられるように、悠仁の口角が上がった。

 

 

 

 橋の上にいた男を探し、わずかなにおいと足跡をたどって住宅街を進む。追跡への警戒が強いらしく、残された痕跡は異様に少ない。

 視界に入るまで迫ったのは駅前に着いてからで、通りには帰宅を急ぐ人々の姿が増えていた。

 何本か向こうの通り、信号を渡った先にある背中に目を向ける。

 どうやって人の波から引き離すかに考えを巡らせたとき、すぐ傍の路地から強い視線と殺気が自分に向けられるのを感じて、その方向に飛び込んだ。

 

 T字の柄がついた金属製の杖――どこか剣を模した意匠の施された仕込み杖の尖った先端が、うさぎ耳のカバーを着けたスマホを突き砕く。

 そのスマホの持ち主、菜々子は、美々子と共に行動の確認をしていた夏油を追って現れた高専の生徒に先手を取ろうとして、難なくいなされたことに焦りを浮かべる。

 呪力を流すどころか、捻出する前に媒体(スマホ)を叩いて来た。しかも、相手は呪力を使っていない。

 それに両目の横の傷、この顔――写真で見た両面宿儺の器だった。

 

「呪詛師ってやつ? ……あの肉体(からだ)と術師、どっちの仲間だ」

 

 菜々子の首に、蛇腹の刀身に変形させた杖を、美々子に古めかしいマスケット銃を突きつける少年は、確実に自分たちより強い。……それでも引けない。

 あの術師の目的のために協力をすれば、夏油の肉体(からだ)を返してもらうことになっている。

 だからそれまで殺させるわけにも、あいつの目的を邪魔させるわけにもいかない。

 緊張で引きつる喉に力を入れて、菜々子は息を吸い込んだ。

 

肉体(からだ)に決まってんだろ。必ず取り戻して、あの術師は引き剝がして殺す」

 

 美々子だけでも逃がそうと、術式の媒体を失った両手を握りしめる。なりふり構っていられない。

 だが菜々子が次の行動に移る前に、(とむら)いか、と呟いた悠仁が武器を収めた。

 

 

 

 宿儺に(あお)られ、術師への怒りで気が立っていた悠仁だが、二人の少女に水を差されたことで冷静さを取り戻していた。

 呪詛師。それも死体が相手とはいえ、帳も下ろしていない街中で流血沙汰は起こせない。

 そして今、学生の姿もまばらになったファミレスの一席に、とても友人には見えない、ピリついた雰囲気の男女三人が座っている。

 そんな空気をお互いに発しながらも食事をとっているあたり、やはり呪術界に身を置くものなのだろう。

 

 常々、非常識だと言われている悠仁でも、本来なら仕掛けてきた呪詛師を返り討ちにせず、ましてや一緒に食事をとることなどありえない。

 今回はあの術師を見失ったため、事情を知っていそうな二人から情報を貰うためだ。

 所属が違うというだけで、目的の成就に必要な相手を排除するのは愚かである。

 それに――目の前にいる二人の瞳が、悪夢で出会った血族狩りの彼と同じ色を宿しているのが気にかかったのだ。

 殉教した師を弔うために協力者を(つの)り奔走し、最期には狂気的な敬愛を捧げた彼と同じ……ほの暗い意志を宿す瞳が。

 

 

 術師に操られている肉体(からだ)の持ち主――夏油がああなった経緯を聞く。

 「殺す」ことだけが目的なら、居場所を高専にリークすればいいものだが、二人はできるだけ無傷で肉体(からだ)を取り戻し、弔いたいらしい。

 

 自覚はないだろうが、経緯を説明している間に、二人は思い出話もいくつか話していた。

 出会ったときの張りつめた雰囲気と表情からして、今まで感傷に浸る時間もなかったのだろう。

 頼るあてもなく、不確かな目標を目指し続けるのは苦しい。

 だから期間や対価、条件次第では、悠仁は弔いのために協力するのも構わない。……自分に実害がなければだが。

 

「さっきから肉体(からだ)を取り返すって言うけど、あいつの術式とか知ってんの?」

 

 話しているうちに、幾分か和らいだ表情になった悠仁が、ハンバーグを切り分けながら黒髪の少女――美々子に問いかける。

 

「術式は分からない。でも、術者の本体が憑依してる」

 

 ストローをさしたグラスを強く握る美々子に続いて、金髪の少女――菜々子が口を開いた。

 

「『夏油様の』肉体(からだ)が計画に必要なんだと」

 

 背もたれに身を預け、だるそうにしながら悪態をつく菜々子の姿に、悠仁が呆れた様子を見せる。

 

「お前さ、呪詛師なら隙見せて座んなよ」

 

 そんな声を意に介さず、グラタンの皿を端に寄せた菜々子は、テーブルに肘をついて体勢をさらに崩した。

 

「今更、こんなとこで殺さないっしょ? 気を張るだけムダ」

 

「それは同感」

 

 菜々子に続いて、美々子もテーブルに肘をついた。二人が顔を寄せ合い、変な顔をした悠仁を見てくすくすと笑い合う。

 しがらみを忘れたような二人のその様子に、悠仁の口角もわずかに上がった。

 

 

 

 呪術師と呪詛師。これらは本来、手を取り合うなどありえない立場のものたちだ。

 しかし悠仁は所属を替え、立場を変え……昨日の敵と手を取り合い、共に戦った相手と殺し合う狩人である。

 自分と他者との関係は、敵か協力者か。狩人に仲間という感覚は馴染み薄いのかもしれない。

 だから、目的外で互いを助けることはしないし、裏切りという言葉も存在しない。

 そんな悠仁と、菜々子と美々子の間に結ばれた縛りは4つ。

 

1.菜々子と美々子が術師に協力する10月31日まで、悠仁は夏油の肉体(からだ)を殺さないこと。(術師が仕掛けてきた場合については、この限りではない)

 

2.菜々子と美々子は、悠仁に血の施しを行うこと。

 

3.死体を操る術式と術師について、情報を集め、共有すること。

 

4.伝える情報は偽らないこと。

 

 呪術師も呪詛師も関係なく、情報を横流しすることは規制されていない。目的のために、利用できるものは全て使うものだ。

 

 

 

 

 

 月が高く上り、静まった住宅街を、悠仁は順平の家へ向かって走る。

――スマホ弁償してくれたから教えとく。あんたが追ってる事件の呪霊、あの術師とつるんでるから。

 別れ際の菜々子の言葉を聞いて、晩飯が済んだら拠点に戻るという伊地知との約束は破棄された。

 ファミレスで電話を掛けたときの伊地知の様子から、七海が(くだん)の呪霊と戦ったことは確信している。伊地知は言っていなかったが、七海は怪我をしているのだろう。

 橋から悠仁と順平を見ていた術師が、順平の関わった呪霊と繋がっているなら、こちらが態勢を整える前に次の行動に移る。

 狙うなら……この件で悠仁たちとも呪霊たちとも関わりのある人物――吉野順平。

 

 目的地に近づけば、大きな呪物の気配を感じる。これは悠仁の中にあるものと同じ、両面宿儺の指だ。

 走る速度を上げて柵を飛び越えれば、ガラス越しに指をつまみ上げている女性が見える。その女性の背後に湧いた呪霊に目掛けて、仕込み杖を投擲(とうてき)した。

 

 

 

 自室で微睡(まどろ)んでいた順平は、ガラスの割れる大きな音を聞いて飛び起きた。

 一瞬、呆けた後、母がダイニングテーブルで寝ていたことに思い至り、急いで階段を下りる。

 下りた先で目に飛び込んできたのは、予想通り散乱したガラスの破片と、テーブルの側で座り込む母。

 そして、呪霊に棒状の武器を振るう呪術師の少年――虎杖悠仁だった。

 順平が驚いている間にも、次々と湧いてくる呪霊が呪力も使わずに祓われる。

 呪霊の呪力にあてられて気絶した母の肩を支えて数分が経つ頃には、呪霊が湧くのは収まっていた。

 

 悠仁の呼んだ補助監督という女性に、母を預けて車を見送る。外傷はないが念のため、診察と経過観察のために入院をするらしい。

 リビングに戻れば、悠仁がテーブルの横に立って待っていた。月明りはあるが、逆光になっていて表情はうかがえない。

 

「ツギハギ顔で、人間の形を変えることができる呪霊。知ってるよな?」

 

 夕方に会った時とは違い、確信をもって聞いてくる硬い声に、誤魔化しは無意味だと理解できた。

 

「……知ってる」

 

「そいつがここに、これを置いていったんだ」

 

 そう言って見せられたのは、札の巻かれた指のミイラ。特級呪物、両面宿儺の指は呪霊を惹き寄せる。

 それを置いていった真人の痕跡――残穢が残されているのを、自分でも確認することができた。

 

「順平はこの後どうする?」

 

 宿儺の指をポケットにしまった悠仁が、ダイニングテーブルの椅子に腰かける。

 角度が変わって見えるようになった表情は、映画に誘われた時と同じものだった。

 

「どうするって……?」

 

「オマエが何を思って呪霊と関わったかは知らん。でも相手が順平の母ちゃんを殺すつもりだったのは事実だ。……これ以上、呪霊と関わらないって言うなら、俺が協力する。必ず祓ってやる」

 

 彼が来なかったら、母さんは確実に死んでいた。……自分が呪霊(真人)と関わったばかりに、大切な人を巻き込んだ。

 それを避けるなら、呪霊とは二度と関わらないようにすればいい。わざわざ危険を冒す必要はない。

 

「でも、もし、まだ関わる気があるなら……俺に協力してくれ。ただし、こっちは死ぬかもしれん」

 

――海だって、他の水槽だってある。好きに選びな。

 

 学校に行きたくないと言ったとき、そう言ってくれた母の言葉に、自分は救われていた。自分に合う道を選べばいいと。

 でも、あれは本当に選んでいたのだろうか?

 自分で選んで水槽を出たのか、居たくない水槽から離れたのか。

 

 真人さんと関わるのは自分で選んだ。けどそれは――。

 

 危険を避けて助かって、助けてくれた相手に感謝をする。それが大半の人間の生き方だ。

 でも今、ここで選ばないなら、僕に選ぶ機会は二度とこない。

 どんな状況でも、必ず逃げを選ぶことになる。……そんなの、もう耐えられないだろう。

 僕が好きな水槽を選ぶ。自分のやりたいこと、自分のやるべき道を選ぶ。

 そうすれば……僕はどんな結果でも受け入れられる。

 

「……虎杖君に、協力するよ」

 

「そっか……。よろしく、順平」

 

 

 

記録――2018年9月

里桜高校での事件後 吉野凪 吉野順平の自宅から

仮想疾病呪霊が残したとみられる血痕と肉片が見つかる

両名は保護されており 命に別状はなし

 

前日 高専一年生 虎杖悠仁が両面宿儺の指(副左腕小指)を回収

その残穢に寄せられたとみられる

 

血に濡れ判別の付かない肉片を複数回収

鑑識の結果 凝固しない血液 黄変した背骨の破片 病の進行した臓器であると判明

また すべて複数 別の人間のものであった

 

実例のない病状であることから 一級以上の仮想疾病呪霊と断定

特級となることも加味し 調査を開始する

 

 

 

 




■補足■
「血族狩りアルフレート」
師に取り憑いた(けが)れた血族(呪い)を祓い、弔うという彼の正義のために、師の身体を枷に封印していた(血族)を殺し、血族の遺志(呪い)を継ぐ愚を冒した。
という解釈をしています。
しかし彼は、殉教者ローゲリウス師の教えに従っただけなのです。
――善悪と賢愚は、なんの関係もありません。だから我々だけは、ただ善くあるべきなのです。

「儀式素材」
儀式の血、黄色い背骨、病巣の臓器。
聖杯ダンジョンを生成するための素材の一部。

「血の施し」
体力継続回復など、特別な効果の付いた「血の聖女」たちの血。
一定以上の呪力をもつ女性の血にも同等の効果がある。
ただし、施しを受ける相手を間違えば――貴公の脳液を晒すことになるだろう。
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