ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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話の進みが悪いですが、外したくなかったセリフを全盛りしました。
狩人様の死生観を想像すると発狂しかけたので、ここで切ります。



#8 途方

 

 小さな携帯ランタンの灯りを揺らし、二つの影が地下の排水トンネルを進む。

 昼にも通ったはずのトンネルは奥に入るほど息苦しく、重たい空気が漂っているように感じられた。

 不安で足がもつれ、(つまづ)きそうになっていた順平が、迷いなく前を進む悠仁の背中に目を向ける。

 呪術師だと言った悠仁は先程のような戦いに……命を奪うことに慣れているのだろうか。

 そう考えたときには声を掛けていた。

 

「虎杖君は、人を……殺したことある?」

 

 今、探している真人は、呪霊であっても見た目は人間。

 質問の半分は、呪霊を祓うことに慣れた呪術師であっても、真人と対峙すれば戸惑いが生まれるのではないかという心配からでたもの。

 

「……ある」

 

 もう半分は、呪術師が人を殺すことに、どんな言い訳をするのかという疑問――ある種の好奇心。

 

「それは、相手が悪い奴だったから?」

 

 そして、真人と関わるきっかけとなった自分の復讐心――怒りという魂の代謝を肯定する言葉がでるのかという興味だった。

 

 

「いや。善悪なんてなかった」

 

 こちらを探るような順平からの質問に、前を歩いていた悠仁が足を止め、振り返る。

 

「命を奪うことは全て、奪う側の利己的な行為。殺す理由を追及するなんて無意味だよ」

 

 初めて握った武器は、生き残るために仕方がないと、自分に言い訳をして振り下ろした。

 でもすぐに中身のない言い訳も、善悪なんて不確かなものも思考からはじかれて、自分のためだけに振る舞うようになった。

 道を塞いだものを、真実を隠すものを、思想を違えたものを――。

 そして、殺したものたちの無念を、恨みを、遺志を継ぐ狂気に囚われながら進む。

 善悪なんて他人の物差しに左右されるなんて、狩人としての矜持が許さない。

 自分の意思で行動し、自分の意志で生きる。

 ……だからこそ、血に酔わずにはいられない。

 

「俺は順平に殺したい相手がいると言われても、否定はできない。肯定もしない。けど……やるなら後悔はできないぞ」

 

 全てを狩る中で、自分の行為が悪だと自覚したら、一度でも後悔をしたら……正気を保てなかったから。

 

 

 

 

 

 瓦礫の散らばる開けた場所に、改造人間たちが集まっている。その様子を、順平は通路に立つ悠仁の後ろから覗き見た。

 昼間は何も感じなかった彼らの姿が、今になって恐ろしく思えてくる。

 震えそうな唇を手で押さえてから、順平は悠仁に話しかけた。

 

「虎杖君、彼らを人間に戻すには……」

 

「一度改造された人間は助からない」

 

 順平の言葉に被せて返事をした悠仁が、通路から出て身の丈を超える大鎌――葬送の刃を握る。

 自分を置いて歩き出した彼の背中に、立ち止まった順平は言葉を掛けることができなかった。

 全体を見渡していた悠仁が、ゆっくりとした動作で一礼をとった。彼に似合わぬ仕草だが、その動きは洗練されている。

 そして、何かを祈るように呟いてから、力強く踏み込んだ。

 

 彼の刃が振るわれる度に、知らない誰かの命が消える。

 武器の形状も相まって、その姿は死神を連想させた。

 目の前にある光景を、自分と笑い合った人物が生み出しているとは思いたくなかった。

 一太刀で首を刈り取る姿に迷いはない。

 彼は相手に同情しない代わりに、殺しを正当化する言い訳も考えないから。

 

 自分が、復讐をしたいと考えた理由。

 あいつらにされたことを許すつもりはないし、この憎しみを忘れることもない。

 それでも、自分が悠仁のようになれるとは思えなかった。

 人の姿でもない、他人すら殺せない自分が、憎くても関りを持った人間を殺すとどうなるか。

 きっと誰かと関わり、話をする度に、そのことを思い出しては後悔するようになる。

 ……答えは出た。

 

 半端な覚悟も持てない自分には……人は殺せない。

 

 

 

 葬送の刃を仕舞った悠仁が、一歩引いてこちらを見る順平に向き直った。

 自分を見る目に恐怖が宿る。悠仁はその人間らしさに安心して、順平に話しかけた。

 

「順平、『殺す』選択肢が取れるのは、別にいいことじゃないだろ?」

 

 自分の問いに相手が頷いたのを確認して、言葉を続ける。

 

「殺すことが身近になると、命の価値が曖昧になって……気を抜けば、大切な人の価値まで分からなくなる」

 

 誰かを殺し、遺志を継ぐほどに、自分が薄まる感覚。

 今までの思想も、大切な人との思い出も、自分の名前すら思い出せなくなることへの不安が募る。

 だから考えることをやめ、ただ目の前の獣を狩っていた自分に、焼き棄てられた街で獣を守る彼は何を思っていたのか。

 

――貴公は獣など狩っていない。あれは……やはり人だよ。貴公もいつか思い知る。

 

 そう言った彼の言葉は、ずっと後になって理解した。

 あの時の思考を捨て、恐怖も抱かずに獣を狩る自分の姿こそ、彼の目には獣に映っていたのだろう。

 

「だから、誰かを大切に思う気持ちを忘れたくないなら……人だけでなく、呪霊も殺さないほうがいいんだろうな。……だってあれは、俺たちが産み落とした人の本質」

 

――知ってるかい? 人は皆、獣なんだぜ……。

 

「目を逸らしたい負の感情。……飾らない人間そのものなんだから」

 

 

 

 

 

 閑静な住宅街にある窓の割れた一軒家に、柔らかな朝日が差し込む。

 ダイニングテーブルの側の床には、割れたガラスと肉片の浮かぶ血だまりが広がり、テーブルの上には不気味な死蝋の指が置かれていた。

 両面宿儺の指を見据えるのは、それぞれ違う制服を着た少年二人。 

 この家の住人である吉野順平が指を拾い、床の惨状を作り出した虎杖悠仁がそれを受け取った。

 床に色濃く残るおぞましい残穢を横目に、緊張の解けた順平が口を開く。

 

「虎杖君が作った痕跡を見て、母さんが襲われたと思ったみたい。……この惨状への動揺は本物だったから、疑われなくて助かったよ」

 

 定期テストを終えた後ぐらいの気軽さで、真人とのやり取りの内容を話す順平に、悠仁が意外なものを見る目を向ける。

 

「学校で事件起こすつもりだったのも意外だけど、呪霊相手に芝居打とうとか、順平って思ったよりイカレてんのな」

 

「……それって褒めてる?」

 

「褒めてる」

 

 異形にされ、助けられない相手だったとはいえ、人を殺して数刻も経たないうちに笑える悠仁にだけは言われたくない。

 でも、そんな彼に笑いかけられて笑顔を返している自分も、相当にイカレてるのだと自覚はできた。

 

 真人との会話を思い出す。

 呪いを寄せる指を置いたのは、僕や母さんを恨む人間の仕業だと、息をするように吐かれた言葉に目が覚めた。

 悪い人ではないと、頭の片隅に残っていたその思いが、完全に打ち砕かれた。

 人の姿をしていても……彼は呪いなのだ。

 

 呪術師の襲撃を受けて拠点を移動したのか、排水トンネルで真人の姿は見つけられなかった。

 だが真人が宿儺の指を使い、自分たちに害をなそうとしていたなら、結果を確認しに来るのは明らかだ。

 それを悠仁と待っていてもよかったが、住宅街での戦闘を避けるために選んだのが、真人に計画が上手くいっていると思わせること。

 真人には復讐がしたいことを話していた。

 だから母を呪うことで、自分が復讐を実行に移すように誘導したかったのなら、その筋書き通りの結果を用意する。

 そうすれば、復讐に囚われた自分が学校に向かうのに合わせて、真人も様子を見に学校へ来るはずだ。

 

 一番の問題だったのは、魂が見えるらしい真人を自分が騙せるかどうか。

 正直に言って、騙せるわけがない。あと呪霊に襲われた痕跡も必要になる。

 それらを悠仁に相談したところ、予想以上に大変なものを床に撒かれて意識が飛びかけた。いや、たぶん飛んでいたと思う。

 特に、最後に取り出した拷問の跡が残る頭蓋骨――呪詛溜まりから溢れたおぞましい呪力には本能的な恐怖を感じたため、順平の心配はすべて杞憂に終わった。

 

「今日は全校集会があって体育館にみんな集まるから、教室棟のほうは気にしなくて大丈夫だよ」

 

 学校へは分かれて向かうため、これからの行動についていくつか確認をとる。

 危ないからどこかで待っていてもいいと言われたが、悠仁を一人で行かせる方が危険な気がするため断った。

 

「そういえば虎杖君。上司がいるって言っていたけど、連絡しなくていいの?」

 

 ふと気になったことを問えば、悠仁は目線を逸らして頬をかいた。

 

「……昨日から単独行動しすぎて鬼電入ってるから、電源切ってる」

 

「それって一番ダメなんじゃ……」

 

 

 

 

 

 瓦礫の散らばる地下トンネルを、七海と、彼の呼び出しを受けた猪野が進む。

 漂う血のにおいに、七海に頼られて内心浮かれていた猪野は一層気を引き締めた。

 

 目的地には着いたが、物音ひとつしない。

 七海に怪我を負わせた呪霊か、その呪霊が生み出した改造人間がいると予想していたが、残されているのは息絶えた異形たちのみだ。

 

「全員、首を一刀両断。こんなことできる呪術師、この辺りにいましたっけ?」

 

 遺体を確認して振り返れば、七海はどこかに電話をかけている。

 いつも冷静な姿しか見たことがないが、今日は苛立ちを隠せていなかった。

 

「心当たりはあります。……また出ませんね」

 

「今回、引率してる一年ですか?」

 

 質問をすれば、七海の携帯を握る手に力が入り、眉間にしわが寄る。

 その様子を珍しいと思いつつ、猪野は会ったこともない後輩に早く出るよう念を送った。

 

「ええ。昨日から連絡が……あ、もしもし虎杖君?」

 

 電話越しに、二人が問答をかわしているのを見守る。七海の表情から、後輩が何かやらかしていることを察した。

 電話を切った七海が深くため息をつく。そして、サングラスを掛け直すと背中を向けて歩き出した。

 

「行きますよ猪野君。問題児に説教が必要です」

 

 どうやら、とんでもない後輩ができたらしい。

 七海に追従しながら、ため息をこらえた猪野が天を仰ぐ。

 崩れかけの天井しか見えず、気分が重くなった。

 

 

 




■補足■
「発狂」
啓蒙(=認識力)が高いと発狂しやすい。
理解できないほうが幸せなこともある。

「呪詛溜まり」
過酷な仕打ちの跡が無数に存在する頭蓋骨。
蹂躙された者たちの無念故に、呪詛の溜まりとなった。
呪う者、呪う者。彼らと共に哭いておくれ。

「古狩人デュラ」
獣狩りを辞め、焼き棄てられた街で獣となった人々を守る道を選んだ狩人。
――貴公こそが獣だ。早く気付いた方がいい。貴公、もう狂っているぞ……。
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