ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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#9 萌芽

 

 

 里桜高校のグラウンドを、黒い服に身を包んだ一人の生徒――吉野順平が体育館に向かって歩いている。

 校舎の屋上には、その様子を眺める二人の男がいた。

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを(みそ)ぎ祓え」

 

 全身にツギハギのある男がそう唱えれば、上空に夜色の波紋が広がり、波が溢れるように学校全体を包んで落ちていった。

 

 

「宿儺の器、来ると思う?」

 

 発せられた真人の問いに、帳の出来栄えを確認していた夏油が答える。

 

「私が確認したときには、二人で仲良く話していたよ」

 

「なら大丈夫かな。順平を利用して、虎杖悠仁に宿儺優位の“縛り”を科す」

 

 楽しそうに行動を予測だてている真人を、考えるように指を(あご)に当てた夏油が眺める。

 

「……君の考えている絵図が描けるといいね」

 

 煮え切らない返事をする夏油の態度に、真人の眉根が寄る。

 

「何か心配ごと?」

 

「いや。真人が気に掛ける必要はないよ。……それじゃ私はお(いとま)させてもらう」

 

 説明する気はないらしい夏油が、こちらに背中を向けて歩きだす。

 その姿に興味をなくし、真人は体育館の扉を開く順平に目を向けた。

 

 順平が体育館に入ってからしばらく経つが、何か騒ぎが起こった気配はない。

 期待外れに思った真人が校舎から下りれば、体育館の扉が中から開いた。

 

「順平、ここまできて怖気づいた? 手伝ってあげようか」

 

 生徒たちを眠らせるだけに(とど)めたらしい順平に声を掛ければ、真っ直ぐにこちらの目を見てにらんでくる。

 

「真人さん……あなたは僕が祓います」

 

 意外な反応。それに、昨日の別れ際の復讐に濁った瞳ではない。

 自分の置かれている状況を理解したのか。

 

「気づいたんだ?」

 

 力もない、愚かな子供だという予測がはずれた。

 順平に、自分を(あざむ)けるような技量はなかったはずだ。

 何より、今朝の魂の揺らぎは本物だった。

 態度と魂の動きが一致していたことで、会話の内容に嘘はないと判断した訳だが……魂の構造を理解していても、完全に嘘を見抜けるわけではないらしい。

 

「でも……そのほうが面白いかな」

 

 順平が召還したクラゲの式神――澱月(おりづき)が真人へ触手を伸ばすが、難なく避けられる。

 目覚めたばかりの術式。狙いは甘く、スピードも遅い。

 真人にとっては(かわ)すことも、このまま順平に触れるのも簡単なことだ。

 計画に利用できないなら、生かしておく必要もない。

 玩具(おもちゃ)としては物足りなかったが、自分の課題も発見できたし、偶然拾ったにしては上出来かな。

 そんな感想を抱きながら、真人が順平に手を伸ばす。

 

「相手との力関係も分からないなんて……。順平って、君が馬鹿にしていた人間よりも馬鹿だよね」

 

 真人の手が肩に触れ、順平の表情が強ばる。

 だが――捕食者が最も無防備になるのは、捕食の瞬間であることを忘れてはいけない。

 

 目前で銃声が響き、真人の腹全体に熱が広がる。思わず順平の肩に触れていた手が離れ、上半身がのけ反った。

 いつの間に近づいて来ていたのか、順平の隣には宿儺の器。虎杖悠仁が銃弾を放ったと思しき槍――銃槍を構えて立っている。

 攻撃を受けるまで存在を感じなかった。

 

「虎杖君どうやって……」

 

 真人以上に驚いた様子の順平が呟けば、青白い液体の残る薬瓶――使用者の存在を薄める青い秘薬を放り投げた悠仁が何でもないように答える。

 

「ずっと隣にいた」

 

 その言葉と共に、悠仁の拳が無防備な真人の腹を貫いた。

 

 

 何かが引きずり出されるのに合わせて、少年二人に冷たい血が降り注ぐ。

 呪霊にとって、負傷することは大した問題ではない。

 呪力を込めるだけで傷は治るし、そもそも真人の場合は魂の形を保っているため、傷を負うという概念がない。

 だが……。

 真人の口端を流れた血が、手の甲で乱雑に(ぬぐ)われた。

 形はすぐに戻るが、傷を受けた腹には元通りとはいかない不快感が残っている。

 魂の形ごと叩かれたのは想定外。

 そして、計画に組み込みたい相手が天敵になり得るのも厄介だ。

 

「お前、魂の輪郭を知覚しているのか」

 

 距離をとった真人のその問いに、槍先を向けて順平の前にでた悠仁が答える。

 

「知覚……? 見えるなら殴れるし、血が出るなら殺せるだけだろ」

 

 

 

 真人が順平を捉えかける度に、悠仁の槍が間に割って入り、散弾が放たれ、距離をとらせる。

 それを繰り返すごとに付いてくるべきではなかったと、順平は今になって後悔し始めた。

 ここで退こうにも、悠仁の間合いから出れば、自分には真人の攻撃に耐える手段がない。

 完全に足手まといだ。

 

「順平はさ、なんで戦ってんの?」

 

「え?」

 

 真人が離れた合間に聞こえた悠仁の言葉に、思いがけず気の抜けた返事を返してしまった。

 

「ツギハギに勝てないって、わかってたのに来ただろ。なんで?」

 

 なんで。

 自分がこんなことになっているのも、母さんを危険にさらしたのも自分の責任だ。

 だから、自分の手で真人を祓いたい。

 

 ……違う。そんな下らない正義感は理由じゃない。

 本当に祓いたいなら、悠仁だけに任せた方が確実性が高い。それはわかっていた。

 それでも心配だとか理由をつけて、自分が付いてきたのは単純に――。

 

「あのツギハギが気に入らないから、だよ」

 

「だよな」

 

 笑みと共に返ってきた声音は、とても満足そうだった。

 

 

 

 悠仁が銃槍を下げるタイミングに合わせて、澱月の棘が真人を狙う。

 しかし澱月の攻撃では、真人に傷を与えるには威力不足だ。

 順平のそばを離れて攻撃に集中することもできず、守る戦いを知らない悠仁では、この状況を打開できずにいた。

 そのまま戦況が膠着(こうちゃく)しかけたとき、真人が掲げた左腕を銃槍が貫いた。

 避けられたはずの刺突。嫌な予感に悠仁が銃槍を引き抜こうとすれば、案の定、固定されていて動かせない。

 急いで獣狩りの短銃を取り出し、銃槍の刺さった左腕に狙いを定める。

 引き金に指を掛けたとき、真人の身体で死角になっていた右腕が目に入った。

 

 三本に分かれた右腕が、蛇腹状の刃となって鞭のようにしなり、襲い来る。

 直撃するのはまずいが、あの長さと可動域なら攻撃範囲は広くない。

 水銀弾を打ち込んで銃槍を引き抜き、前方に(かわ)せば当たらない。

 だが――悠仁が避ければ、順平に直撃する。

 

「屈め!」

 

 順平に向けて叫んでから、短銃の狙いを変えて下段の腕を打ち抜く。

 幸い強度は高くなかったらしく、一発で吹き飛んだ。

 次のリロードは間に合わないため、短銃を顔の横に立てて衝撃に備える。頭さえ守れば致命傷にはならない。

 続いて銃槍を放した右手で中段の攻撃を掴もうとしたとき、目の前に滑り込んだ影が真人の腕をはじいた。

 

「七海先生!」

 

 七海の斬撃を受けて宙を舞った銃槍を掴む。

 呼びかけた背中は前を向いたままだが、顔を見なくても怒りが溢れているのを感じ取れた。

 

「虎杖君。そちらの吉野君も、あとで説教です。現状報告を」

 

「吉野順平と協力中デス。学校の人たちは全員、体育館で寝てマス……」

 

 こわばった声で返事をすれば、七海が一つ頷く。

 それから後ろで待機していた猪野に、順平をつれて体育館へ行くよう指示を出した。

 

 

 

 順平たちが体育館へ走っていくのを目の端に捉えつつ、七海は相手の出方をうかがう。

 軽口をたたいていた真人の口から、血がひと筋垂れた。

 

「虎杖君、あの口元の血は?」

 

「さっき俺がモツ……腹を殴った」

 

「奴の手に触れましたか?」

 

「槍で間合いとってたから触れてない」

 

 吉野順平を連れながら、その立ち回りができたなら上々。

 しかも、奴に有効な攻撃手段を持っている。

 

「私の攻撃は、奴に効きません」

 

「え?」

 

「しかし動きは止められます。お互いが作った隙に、攻撃を畳み掛けていきましょう。……ここで確実に祓います」

 

 元気のいい返事に緩みかけた頬を引き締め、七海は相手に狙いを定めた。

 

 

 

 七海の攻撃の合間を縫って突き刺さる槍が、徐々に真人へのダメージを蓄積させる。

 宿儺の器は術師として未成熟と、そう言っていたのは誰だったか。

 (順平)さえいなければ、一級呪術師と並んでも遜色ないではないか。

 おどけた顔をする夏油を頭から追い払いつつ、真人は追い詰められる新鮮な感覚を味わう。

 傷が増えるほどに湧き出てくるのは、明確な“死”のイメージだ。

 この場を切り抜けるのに何を捨て、何をするべきか……。

 (しば)しの逡巡(しゅんじゅん)の後にたどり着く。原型の掌で魂に触れる、その概念を捨てること。自分の術式の可能性を拡げる。

 今ならできる。

 

――領域展開 自閉円頓裹

 

「今はただ、君たちに感謝を」

 

 (てのひら)の上に乗せた二人の動きが止まった。

 反撃の素振りはない。領域展開を会得していないなら好都合。

 まずは虎杖悠仁だ。あいつの魂を痛めつければ、宿儺を抑えることもできなくなるだろう。

 だが――その魂に触れようとした途端、目の前の景色が変わった。

 

 巨大な赤い月に照らされ、薄赤く色づいた花畑の中に、呪術師二人と両面宿儺が立っている。

 宿儺には似つかわしくない、妖しくも穏やかな領域。

 呪術師たちの顔を見ても、彼らの仕業ではないことが確認できただけだった。

 各々が硬直するなか、つまらなそうに立っていた宿儺が、真人を見て口を開いた。

 

「お前は腑抜けた小僧にはいい刺激になった。魂に触れたことも一度は許す。……俺は、な」

 

 風もないのに、足元の可憐な花が揺れる。地鳴りだ。

 

「だが……月の魔物(過保護な親)は違うらしい」

 

 宿儺の言葉が終われば、真人の上に大きな影が落ちた。

 痩せた体躯。穴だけの開いた、顔とも呼べない相貌に、触手の(うごめ)く頭。

 呪霊……ではない。これは何だ?

 理解の追い付かないものの乱入に、思考が一瞬止まる。

 そんな状態が見逃されるはずもなく、月の魔物の爪が突き刺された。

 

 

 

 目の前でツギハギの呪霊が膝をついた。

 急速に変わる事態に固まりかけた頭を回し、七海は走り出す。

 膨張する敵の身体に呪力を叩きこめば、中身がなく、風船のように弾け飛んだ。

 その場に何も残っていないのを確認して、周囲に視線を走らせる。

 

「虎杖君、追いますよ!」

 

 悠仁に声を掛け、排水溝に入り込む敵に武器を振り下ろすが、手ごたえがない。

 逃したことに舌打ちをして、猪野に連絡をとる。

 三人で手分けすれば、追いつけるかもしれない。祓うなら今だ。

 

「三手に分かれて虱潰しに……聞いていますか?」

 

 さっきから返事をしない悠仁を振り返れば、包帯の巻かれた薬瓶を握りしめて(うずくま)っている。

 怪我でもしたのかと、具合を見るために近づけば、呟いていた言葉が聞き取れた。

 

「継いでいた……。夢じゃない」

 

 悠仁が手に握る瓶のふたを開くと、濃い鉄の臭いが広がる。

 血のようなそれを慌てて掴み、口へ運ぶのを止めさせれば、糸が切れたように悠仁が倒れた。

 

 

 

 高専にある休憩スペースにて、足を机に投げ出した五条と、英字新聞を開いた七海がはす向かいでソファに座っている。

 

「それで? 宿儺が『月の魔物』って言ったの?」

 

 姿勢を正した五条が問いかければ、七海も新聞から顔を上げた。

 

「ええ。それに虎杖君に対して友好的というか……庇護するようでしたね」

 

 呪霊ではない。存在も行動も不可解なものの情報について、五条は記憶をたどるが、めぼしいものはない。

 月の魔物についてはゆくゆく調べるとして、別の問題から片付けることにした。

 

「悠仁が持っていた薬瓶は?」

 

「家入さんに処分してもらいました。上に知られると厄介ですので」

 

 悠仁が怪我を治す際に使っている輸血液ぐらいなら、血を術式の媒体とする者もいるため、見つかっても大した問題にはならない。

 だが、製法不明のあの薬品は問題ありだ。もう片方は人血だったが、においの濃さが普通ではない。

 何に使うものかは、本人に確認しないといけないな。

 

「お前に任せてよかったよ。……順平の家にあった残穢は?」

 

「異様なほどの呪詛溜まりでしたね。血痕については、別の場所で襲われた複数人のものとしか」

 

「そっか……。なーんか上手く出来すぎてる気がするよね」

 

 順平と母親が家を離れている間に現れた呪霊。

 誰かが指示を出したようなタイミングで現れ、破壊行動をとるでもなく、痕跡だけを残している。

 考えに沈もうとした五条の耳に、駆け寄ってくる足音が届いた。

 

「七海先生ー! あ、五条先生も。おはようございます!」

 

 調子が戻ったらしい悠仁が、手を振りながら走ってくる。扱いが違う気がしたのは、考えないことにした。

 

「おはようございます。虎杖君。言い忘れていましたが、私は教職ではないので先生は不要です」

 

「じゃあナナミン!」

 

「ひっぱたきますよ?」

 

 短いやり取りの中からでも、今回、お堅い後輩が生徒に振り回されていたのが分かり、笑いそうになる。

 まあ、やったことは笑えないのだが。

 

「悠仁、何か用事があったんじゃない?」

 

 雑談に加わるのをやめて問いかけたが、悠仁からの返事はない。

 

「聞いてる?」

 

 もう一度声を掛ければ、七海の新聞を凝視していた悠仁が振り向いた。

 同じ記事に目を通せば、欧州で火山灰に埋もれた街が見つかったというもの。

 写真には、凝ったレリーフと出土したらしい(さかずき)が写っている。

 悠仁が腕を背中に回し、掴んだものを前に出す。そこには写真と同じ杯があった。

 

「悪夢みたいな話、聞いてくれますか」

 

 踏み込めなかった彼の秘密が明かされる予感に、自然と笑みがこぼれた。

 

 

 

 




■補足■
「青い秘薬」
脳を麻痺させる精神麻酔。意識を保てるなら、その副作用だけをを利用できる。
動きを止めると、存在を薄れさせる効果がある。移動中も気づかれにくい。
作中では効力UP

「鎮静剤」
濃厚な人血。
発狂を、気を静める効果がある。

「銃槍」
NPC狩人様が持つと超強い。
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