彼は歩いた
人気のない日陰から堂々と日の下に姿を晒し
柵を越えて彼女たちの戦場に踏み入った
目の前に映る扉が閉じられたゲート
彼女たちはこの中に入り、この扉が開いた瞬間彼女たちの競走という名の戦争が始まる
彼女らはまだ本当の戦場(レース)を知らない
この施設で己の持つ牙を鍛え、技術を磨き、戦術を学び、気が熟した時に戦場へと赴く。まさしく新兵
引き金を引く事に銃器からこぼれ落ちる薬莢も
鉄の弾丸に身を貫かれ舞い散る鮮血も
放たれる紅蓮の炎によって焼かれる敗残兵の焼ける血肉の臭いも
この戦場には存在しない
しかしこの戦場において勝者はただ一人
血反吐を吐くほど努力をした者を
己の武器を鍛え、自信に満ちる者を
敵を知り、戦場を知り、地の利を得た者を
彼女らは今後その全てを踏みにじり、勝利を得る
又は踏みにじられ敗者の烙印を得る
綺麗な争いなどどこにもありはしない
競い、勝敗を別つ瞬間、敗者となる誰かの屍の上を歩き始める
殺し殺されないだけマシ?
死ななければ問題などない?
否、それは戦場で覚悟を決めた者にとっては死よりも恐ろしく
そして冒涜だ
故に知りたい
この戦場で見る彼らの景色を
知る事も出来ない得難い何かを得られるかもしれないと
彼はゲートの前に立ち、戦場を眺めた
視線の先には先程走り終えたウマ娘たちに数人の人間
そのうちこちらへと何人かの学園関係者たちがむかってくる
風が鳴る
背後から吹く追い風はまるで背中を押すように、早くしろと急かすように吹いた
彼は帽子とコートを外し、ゲートの扉に引っ掛けて彼は構えた
ヒュン
一陣の風がトラックにいる全員に吹き荒れた
あまりの強風に目を守るように腕を組んだり、姿勢を低くし身を守ろうとする
「くっ!なんだよ!急な風が!お、おい、大丈夫かオグ、リ……」
帽子を被った男性が彼を見つける
男性の目に映った彼は先程まで確かにゲートの前に立っていた筈だった
しかし一瞬の風と共に彼はゲートから800m離れたこの場所に既に立っていた
オグリキャップから少し離れて横に立つ彼
その足元には彼の脚によるブレーキによりダートが抉れていた
彼は曲がった脚をゆっくりと伸ばして垂直に立ち、空を見上げゆっくりと一呼吸する
彼の姿を見てオグリキャップは彼の腕を叩き
それに気づいた彼が振り向くと同時にただ一言を彼に告げた
「お疲れ様。いい走りだったな」
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俺は夢でも見てるのかと思った
突然現れた部外者がゲートの前に立ち、いきなりあの分厚いコートと帽子を脱ぎ捨てて、気づいた時にはオグリの横にそいつは立ってた
最近見た故に忘れてはいない
柴崎と河川敷で歩きながら話してた時、背後から現れたあいつだった
全身肌は浅黒く、髪は淡い銀髪、首から下のスポーツ選手も顔負けの引き締まり、しかし一切の荒さもない鍛えられた肉体、まるで1種の芸術とも思えた
そしてそいつの足下にはえぐれたダートの跡が残っていた
走ってきたのだ
ゲートから800m離れたこのゴール地点に、まるで先程まで走ってきたオグリたち、ウマ娘の真似をしたかのように
ただの真似なら問題なかったか?いや違う、真似なんてレベルの度を完全に越してる!
あの一瞬でゲートからゴールについたのなら一体タイムは何秒だった?
3秒?2秒?もしかしたら1秒だったか?
俺が生まれて、このトレセン学園のトレーナーになっての生涯のうちにウマ娘よりも速い人間なんて存在したか?!
否、そんな人間なんて居なかった!決して存在しなかった!
俺以外のトレーナーやウマ娘たちが驚きによって声も出せない静寂の中、ただ一人のウマ娘が静寂を破りやがった
「お疲れ様。いい走りだったな」
その言葉にはっ!と意識を戻した俺はオグリの前に立つ男にむかって叫ぼうとした
「お、おい!あん……た…………」
話を聞きたかった
あんたはどこの誰なのか、何故このトレセン学園にいるのか、何故走ったのか
聞きたい事は山ほどあった
だがたった一回、本当に無意識の瞬きの合間にあの男は消えていた
やはり夢、もしくは幻を見ていたのかと思っていたが
オグリの視線は先程まであいつがいた所に向けており、しばらくして目を閉じながら小さく笑みを浮かべていた
「な、なぁ。オグリ……あいつは誰なんだ?」
俺は意を決してオグリに彼の事を尋ねた
オグリは振り返っていつもの無表情に戻しながら口を開いた
「私の部屋の現ルームメイトだ」
「……………………ふぅ」
あんなルームメイトがいてたまるか!!!!!