「あぁ…えぇと……俺は北原 穣。オグリとベルノの担当になったトレーナーだ……オグリからお前の事は少しだけ聞いてる」
オグリキャップが話していたキタハラという男
何度か姿を見ているので彼の中ではベルノライトほど印象は低くない
ベルノライトと同様に右手を差し出し、察したキタハラも握り返して互いに握手を交わす
「さて、俺がオグリに頼んでお前を此処に呼んで貰ったのは出来る限りトレセン学園の生徒や教師、俺以外のトレーナーに知られない様にするためだが、どうしてかは…分かるよな?」
「率直に言って、お前と出会ったのは昨日のレーストラック時が初めてじゃない。もう少し前に柴崎、あぁもう一人のトレーナーの名前だが今は気にしないでくれ。そいつとこの河川敷で話してた時出会ったのがお前だった」
「私が会ったのもここだったな」
「オグリちゃんシー!」
ベルノライトに注意されたオグリキャップは口を両手で隠すように塞ぐ
「ま、まぁ、とにかくだ。俺が聞きたいのはお前は一体何者で、どこから来て、なぜトレセン学園にいたのか。とりあえずこの三つを知りたいんだ」
キタハラから問われた三つの問
自身が何者か
何処から来たのか
なぜトレセン学園にいたのか
この三つだ
彼自身、自分が何者なのか話す事には一切の躊躇いも話さない理由もなかった
だが彼は話そうとはしない。否、話す事が出来ない
言葉を捨て、生きる意味さえ見いだせず、仲間も居なかった孤独な時代から
一人の主人に拾われ、階級を与えられ、武器を与えられ、生きる意味を与えられたあの日から、しかし捨てた言葉は戻る事は決してなかった
ならばどうすれば自身を彼らに伝える事が出来るのか……
沈黙したまま数分がすぎる
キタハラは辛抱強く答えを待っていた
そしてついに彼は一つの行動を起こした
深くまで被った規格帽を外し、それを口元を隠すように下ろした途端
オグリキャップとベルノライトは彼の異変に反応した
(あ、あれ?なんか匂いが……)
「ふごふごふご」
「オグリ、なに言ってるか分からねぇよ」
「……匂いが変わった」
「へ?匂い?」
「……あ」
「ベルノ?」
「ベルノライト?どうした?」
「あ、あれ!あれ!!あの人の頭と、こ、腰!!」
「「?」」
ベルノライトはさらに異変に気づき彼の頭に向かって指をさし、キタハラとオグリキャップはもう一度彼を見た
ピョコ
頭上から出てきたのは人の耳とは異なるまるで動物じみた獣の耳
腰からは彼の髪色と同色の毛に覆われた尻尾が出てきた
「「耳と尻尾が?!!」」
流石のキタハラとベルノライトもこれには驚愕するしかなかった
「え?え?え?!この人って人間じゃなかったんですかトレーナーさん?!!」
「い、いや、ベルノも見ただろ!?あいつがレーストラックで走った時!!尻尾はワンチャンズボンにしまえるかもしれないけど耳はどう見たって人間の耳があったぞ!!?」
驚愕のあまり慌てる二人
しかしオグリキャップは彼の姿を見て口を開いた
「なんだキタハラ、やっぱり彼はウマ娘だったんじゃないか」
何を驚かなくてもそういう事だったんだ、と言わんばかりのほうけ顔でオグリキャップはキタハラとベルノライトに言い放った
「いや、オグリ。ウマ娘に男性なんて…………」
「と、トレーナーさん?」
「ま、まさか………………」
キタハラは彼の方をもう一度見てありえないと心の中で何度も言い続けたがその答えを口にした
「まさかお前……男のウマ娘って事なのか?」
「……え?」
「ウマ娘の男は居ないものなのかキタハラ?」
「オグリちゃん?!」
「あんまり俺もありえない事は言いたくはないが、だがもしそれだったらあの時のオグリよりも速い走りには………」
頭を抱えながらブツブツ言い始めるキタハラ
どうやら彼の事を男性のウマ娘と勘違いし始めた
頭上の獣耳に腰から伸びる白銀の尾、特徴としては彼女たちウマ娘とまるで変わらない。勘違いされてもおかしくない判断材料だ
やろうと思えば彼は本来の姿を見せる事はできた筈だった
絶滅した筈だと言われ、何故かたった彼一人のみしか存在しなかった化物
おそらく夢から目覚めたこの現実においてもたった一人の存在
ヴェアヴォルフ(人狼)
それが彼の正体
オオカミ男という普段は人間と変わらない姿をし、満月の夜に変身し、人や家畜を襲いその血肉を喰らうという獣
吸血鬼やフランケンシュタインなどの人外種の中でも有名な話だろう
彼の場合は例え満月の夜でなくとも常に人の姿を保てるし、二足歩行の獣「獣人」の姿や本来の獣の姿「白狼」等に自在に変身出来る
では何故彼は獣人、または狼の姿にならず耳と尻尾を出すだけに留めたのか
キタハラの問いは彼が何者なのか
ならば出す答えは単純だ。自分が人間ではない事を示せばいい
獣人や狼の姿にわざわざならずとも、人間には無い物を少しチラつかせれば理解すると思ったのだ
しかし彼の出した返答に一つ過ちがあるとするならば、冷静になれてない状態のキタハラとベルノライト、そしてどこか抜けているオグリキャップにはそれだけでは別の勘違いを生み出すだけだった
「うーん、だがなるほど。なら色々と辻褄は合うかもしれん」
「どういう事ですか?」
「まず男性のウマ娘なんて存在自体が前代未聞だ。知られれば日本どころか世界中が注目するしそんな希少な存在を野放しにはしないだろうよ。恐らくだがこいつはずっと隠しながら今まで生きてたんだろう、知られれば間違いなく親御さん辺りには迷惑をかけるだろうし、一切喋ろうとしないのも口を滑らせないためなのかもな」
キタハラの考察にベルノライトはなんとなく納得はする
オグリキャップは頭に?を浮かべてついていけてなかった
「はぁ…出来ればもう少し詳しく聞き出すつもりだったがやめだやめ。正体はまだ断定は出来てないがただでさえオグリのデビュー戦が控えてるんだ、出来ればそっちにも集中したいしな」
「で、でもこの人はどうするつもりなんですか?」
「正体がバレたくなければトレセン学園にいるのはむしろ危ねぇが物置部屋に隠れてたって事を考えるなら行き場はどこにもねぇんだろうな……なぁお前さん一つ頼みを聞いてくれないか?」
耳と尻尾を引っ込め、また規格帽を被り直した彼はキタハラの話の続きを聞く
「俺はお前の正体については黙ってるつもりだ。まぁ話した所で信じるやつはそうそう居ないと思うが、黙っている代わりにうちのチームのオグリとベルノを鍛えるのにお前の力も貸しちゃあくれないか?」
「と、トレーナーさん!?」
「お前の実力は昨日のレーストラックで充分納得出来たし体格を考えても相当鍛えるのは分かる。基本はこっちでトレーニングメニューを考えたりするがその過程でお前からもアドバイスをくれたり、二人のトレーニングの補助に協力してほしい。勿論黙るだけのつもりも無い、お前が困ってたり必要な事があればできる限り俺が何とかしてやる!どうだ?」
キタハラの出した提案は
こちらはオグリキャップとベルノライトを鍛える手伝い
代わりにあちらは正体を黙るのとなにかあれば必要最低限協力する
というものだ
彼はその提案に対し、特に考える素振りも見せずに頷いて了承した
「え?!俺が提案した手前で言うのもなんだけど本当にいいのか?」
その疑問に対し、また頷いて了承する
彼自身別に本当の正体を知られようが気にはしないが先程キタハラの言う通り騒がれ、注目されるのは出来れば避けたい事だ
それをあの二人を鍛える手伝いをするだけで黙って貰えるなら彼にとっては好条件だ
「そっか、ありがとよ。よし!じゃあこの話は一旦終わりだ!一旦トレセン学園に帰るぞ二人共」
「……なんだか大変な事に巻き込まれちゃった気がする。うぅ〜大丈夫なのかなぁ」
落ち込むベルノライトに大丈夫かと気にかけるキタハラ
そんな二人を追う様にオグリキャップと彼も歩く
「分からない事ばっかりだったがルームメイトのみならずチームメイトにもなった訳だな。君とは随分と不思議な縁があるな……よろしく頼むぞ、えーと…………………………」
「名前、なんだったっけ?」
首を傾げながら歩くオグリキャップの隣を彼は気にする事なく歩き続ける
もうしばらくは彼らと関わって行くのだろうと考えながら