「はぁ…疲れた…」
王城の自室に戻るなり、ベッドに倒れ込むようにして寝転ぶと、彰人は大きく息を吐く。
黒狼を倒した時点で彰人の魔力はほとんど残っておらず、精神的疲労も大きかった事から魔物狩りは終了、続きはまた翌日ということになり、今日はこのまま休む運びとなった。
「…怖かったなぁ」
短剣で黒狼を刺した右手をぼんやりと眺めながら、彰人はぽつりと呟いた。あのときは無我夢中になって自覚する暇が無かったが、戦いを終えて街に戻る道中、黒狼に噛みつかれた時に感じていたはずだった恐怖が時間差で身体を襲い、ガタガタと震えることとなった、いくらHPシールドという保険があるとはいえ、敵意と殺意を剥き出しにした獣に腕を食らいつかれるというのは彰人にとっては想像を絶する恐怖となった。
そして短剣で黒狼の身体を刺した時のあの“グサッ”という感触がまだ手に残っている…ような錯覚がまだ消えていない。生きた動物の身体にを刃物で刺した事が無いので(あったらあったで問題なのだが)分からないが、あれが動物を殺すという事なのだろうか。
いや、魔物は魔力の塊なので実際は違う感覚なのだろうが、気持ちの良い感覚でないというのは変わらない。
『守ると言っておきながらこんな結果になって申し訳無い』
帰るまでの道すがら、ボールスはそう頭を下げて彰人に謝罪してきた、最後に黒狼が風魔法を使って彰人に飛びかかってきたのはボールスにとっても予想外の出来事であったらしい。魔力の塊である魔物も魔法を行使することが出来きるようなのだが、黒狼のような生まれたばかりの低級の魔物が魔法を使うことは滅多に無いそうだ、その無意識の油断があの結果を生んだらしい。
しかし実戦にはそういったハプニングが往々にしてあるものであり、後衛とはいえ最初から安全圏にいる気になっていた彰人の油断もあるだろう。
ボールスは魔物狩りの予定を後ろにズラすと言っていたが、今回はお互い様の面もあったし、どの道自分が成長するには魔物を狩らなければ進まない、次は自分も油断せずに戦うからこのまま予定通り魔物狩りを続けたいと彰人はボールスに進言した。それを聞いたボールスは驚いたような顔をしたが、すぐに表情を綻ばせ、“ありがとう”と口にしていた。
ちなみに自室に戻る前に彰人の魔力を再計測したのだが、魔力量が僅かながら上がっていることが分かった、黒狼の魔力を取り込んだことで経験値を得てレベルアップしたということだろう。
(あのオオカミ倒してあれっぽっちじゃ魔王討伐なんてそれこそ何年掛かるのやら…)
自分が思っていた以上に先の長い話になりそうだ、と彰人はまたため息を吐く。魔力の上昇量が少ないのは黒狼が魔力をまだあまり蓄えていない低級の魔物だからではないか、とボールスは分析していた。魔物というのは周囲のマナを取り込んで成長し、その姿や能力を変化させるという、つまり強い魔物を倒せばその分
(とはいっても今のオレの実力じゃあのオオカミにすら苦戦するレベルだし、やっぱり雑魚を数相手して地道に経験値を稼ぐしかないみたいだな…)
地道に経験を積んで強くなる、ゲームでも現実でもこれは変わらないらしい、ゲームでは大量の経験値を得られるラッキーモンスターのような存在があるものだが、ここは異世界とはいえ現実だ、そんなものに期待できるはずもない、そんな嫌な現実が彰人にのし掛かる。
「…無い物ねだりをしても仕方ないか、今はこんなでも、いずれは強くなって、きっと…」
そこまで考えたとき、彰人のまぶたが途端に重くなる、魔力を使った見えない疲労がここに来て身体に襲いかかってきたのかもしれない。
(いつか…きっと…強…く…)
気付けば彰人は眠りに落ちていた。
◇
翌日以降も彰人はボールスと共に魔物狩りを続けていた、基本的にはボールスが前衛で魔物の力を削ぎ、彰人が後ろから魔法で追撃を加えるという行動パターンで戦っていく。
そしてこれはその戦いの最中に気付いた事だが、彰人の
しかし魔物が魔力に変わったときに彰人が一定範囲内に居ないと発動しないようなので、
戦闘に直接参加しなくても経験値を得られると分かった彰人であったが、戦いに加わることを止めることはしなかった、何もしなくとも
ボールスもそんな彰人の姿勢を評価しているのか、どれだけ彰人の成長がゆっくりであろうと自分の歩幅に合わせてくれる、騎士団の副団長という忙しい立場であるにも関わらず(これは後で知って大層驚いた)付き合ってくれることに彰人は感謝していた。
◇
(確か今日は街の入り口で現地集合ってボールスさん言ってたな、遅くならないうちに行こう)
朝食の時間にボールスが言っていたことを思い出し、自室を出て廊下を歩く。
最初に狼を狩った日から一週間が経とうとしていた、彰人の魔力量も少しずつではあるが順当に増えていき、杖のブースト無しで魔法を撃っても自然消滅するような事には無くなっていた、日を追うごとに彰人の魔力は上がっているが、それと同時に少しずつ下がり始めているものがある。
「(あの
「(本当かよ、やっぱり“ハズレ”なんじゃないか?)」
王城の兵士や使用人たちが彰人を見るなり、聞こえるような声量で“ひそひそ”とそんな会話をしていた。下がっているのは
本当に彼は伝承にある
本当に彼に魔王を倒せる力があるのか。
神様にハズレを掴まされたのではないか。
新しい
…などなど、おおよそ良心を欠いたような話が城内のごく一部の兵士や使用人たちから聞こえてくる。彼らが求めているのは“『すぐに』魔王を倒せる”レベル99の
(…気持ちは分からんでもないけど、好き勝手に言ってくれるよな)
自分たちの都合で無関係な異世界から勝手に救世主を呼んでおいて、すぐに結果を出せないと分かった途端手のひらを返して切り捨てようとする、そんな身勝手な物言いをする周りの人たちに彰人はある種の腹立たしさを覚えていた。
とは言え、魔王が復活してから魔族と人間の対立が激化し、小競り合いとはいえ最前線の街では魔族との衝突で犠牲が出ているという事情もあるため、さっさと元凶である魔王を何とかしてほしいという気持ちも分からないでもない。
しかし彰人は本来神に許されたタイミングよりはるかに早く召喚されたイレギュラーな存在だ、今繰り広げられている戦いも現地の人間だけで十分対処できるものであり、はっきり言って呼ばれるタイミングが早すぎただけで今現在彰人が魔王討伐の戦いに身を投じる必要は全くない。
今は来たるべき時に備えて力を付けておき、その時が来たら力を十二分に発揮して
(一部の人が
改めて気を取り直すと、彰人はボールスとの待ち合わせ場所へ向かうべく廊下を歩いていく。
◇
「…ん?」
そしてその日の夕方、いつも通り訓練を切り上げて王城に帰ろうとしたとき、街道脇の林にふと目が行った、何故なのかと理由を聞かれても明確な答えを口にすることは出来ないのだが、どういうわけかその場所に何か得体の知れない気配のようなものを感じたのだ。
「どうかしたのか?彰人殿」
ボールスの問いに答えることなくふらっとした足取りで林の方へと向かっていく彰人、その様子に何かを感じ取ったのか、ボールスもそれについて行く。
彰人が道端の生い茂った草むらをかき分け、その向こう側を覗き込む、そこにはひとりの人間がうつ伏せで倒れていた。
「っ!?ボールスさん!誰か倒れてます!」
彰人が声を上げながら倒れている人物に駆け寄る、ボールスも彰人の言葉に驚いた顔をすると、慌ててその場所に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
彰人は倒れている人物に声を掛けながら身体を揺さぶる、その人物は幼さの残る少女だった、年齢はおそらく15~16才、身長は目測で160前半くらいだろうか、白いシャツに紺のスカートというシンプルな服装…なのだが、所々が破れたり焼け落ちたりしている、それを覆い隠すようにフードの付いた黒いローブを纏っているが、どちらかというと服の破損部分よりも“自分の身体そのもの”を隠したいという意図を感じる。
そして腕や足には痛々しい生傷が所々にあり、ボールスの見立てでは魔物から受けた野性的な傷というよりは“人の扱う武器”から受けた人的な傷の可能性が高いという。
「…つまり、この子は誰かから意図的に攻撃を受けたって事ですか?」
「その可能性が極めて高いな、しかしどの傷も出血はしているが致命傷に至るようなものじゃない、顔を見る限りひどく衰弱しているようだから、まともに食事や休息を取れない状態で攻撃を受けながら逃げ回り、ここで力尽きたと推測できる」
「何でそんなひどいことを…!」
このような非人道的な行為を人間に…あまつさえこんな年端もいかない少女にするなど、到底許せることではない、彰人は怒りに身を任せて地面に拳を打ち付けるが、少女をしばらく観察していたボールスはどこか得心がいったように“ふん…”という声を出す、その視線は妙に膨らんだローブのフード部分に向けられている。
「それは多分、この少女の“これ”が原因だな」
そう言ってボールスは少女が被っていたフードを脱がせる、露わになった少女の頭部全体を見て、彰人は息を呑んだ。
少女に耳があった。
これだけ書くと当たり前の事のように思えるが、正確に言うと顔の横にある人間の耳ではなく、少女の頭から生えている“獣のような耳”である、近年の創作物においては珍しいものではなくなってきた“ケモ耳”と呼ばれるものだ。
しかしそれはあくまでも創作上での話、現実でこんなマジカルでメルヘンな存在をお目にかかれる機会など、それこそ人類が突然変異でも起こすか人体実験という禁忌に手を染めるかしなければ無いだろう。
「ボールスさん…これは…」
「この少女は魔族だ」
次回「互いの利害のために」
オレと手を組まないか?