物語も半分を越え、いよいよ終盤に差し掛かります。
今回はデュークに加えてあの子も登場します。
「どうも初めまして、デュークと申します。ハイゼンベルク卿が暮らしていた村で武器商人をしておりました。以後、お見知り置きを」
デブ、もといデュークと名乗る男があたしたちに自己紹介する。ハイゼン以上に貴族らしい立ち振る舞いだ。
「……なぁ、アンタ。そんなに腹剥き出しで寒くないのか?」
「ご心配なく。私の脂肪は特別製ですから」
タ・ロウにあまりの軽装ぶりを指摘されるも、デュークは本当に何ともなさそうに自身の膨よかな腹部を撫でる。
「まさか、お前もこの世界に飛ばされていたとはな。だが相変わらずな様子で安心したぜ」
「ほほほ、商いは場所を選びません。目の前にお客様がいらっしゃるなら、満足のいく品を提供するのが私たちの役目」
「何だい? つまりあたしらに何か売ってくれるとでも言うのかい?」
「その通りで御座います、ナンナ様」
デュークがあたしに向かって微笑みかける。おい待て、何故あたしの名前を知ってる? 特に苗字はハイゼンとか一部を除けば知る者は存在しないのに。
「あたしはお前に名乗った覚えはないが……?」
「はて、そうでしたかな? ほっほっほっほっ」
このデブ、誤魔化したな。何か隠してやがる。
「……なぁ、ハイゼン。コイツ一体何者なんだい? お前以上に得体が知れないんだが」
「村で唯一外とも交流してる商人ってぐらいしか俺にも分からん。だが、悪い奴じゃねぇから安心しろ。信用できる相手だ」
あのハイゼンにそこまで言わせるとは相当だね。名前を知られているのは正直不気味だが、あたしらに害をなそうという意思は全く感じられない。本当に商売の為に此処に居るのだろう。
「さて、早速ですが如何です? 武器、弾薬、傷薬……欲しい物は何でも提供しましょう」
デュークが商人の如く両手を合わせて注文待ちの姿勢になる。コイツ曰く何でも揃ってるらしいが、その中にはあたしらが最も必要としている物もあるだろうか? その疑問はあっさり解決した。
「食糧もあるのか?」
「勿論です、タ・ロウ様。村を訪れたある方が、かなりの量の獲物を狩って私に売ってくださったので豊富に御座います」
「ある方……?」
ハイゼンが村を訪れたという人物に興味を持つと、デュークも待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。
「はい、『イーサン・ウィンターズ』様です。あの方は他にも村中から色々な物を集め、私に売ってくださいました。――例えば」
”久しぶりじゃないのハイゼンベルク~!! まさかアンタまでこんな所に来るなんてねー!”
「え゛、アンジー!!?」
「えっ、なっ!?」
「人形が動いて喋った!!?」
デュークが座る馬車の奥から顔を出したそれに驚くハイゼン。顔が半分に割れた様な、お世辞にも可愛いからは程遠い人形だった。それが一人でに動いて喋るもんだから不気味さに拍車が掛かり、タ・ロウたちは腰を引かせた。
「何だい、その不細工な人形は?」
”ヴェエエエエイ!! 誰が不細工だ耳長女!! 可愛いお人形ちゃんになんてこと言うんだよ!!”
人形は浮き上がると素早い動きであたしの眼前に迫り、不細工な顔を突き付ける。間近で見ると気味の悪さが際立つその造形に思わず後退る。これで可愛いとか自信あり過ぎだろコイツ。
「おやおやナンナ様、もしやアンジー嬢に気に入られたのでは御座いませんか?」
「いや、今の遣り取り聞いて何故そう判断した?」
”お前の目は節穴かデューク!? コイツあたしを馬鹿にしやがったんだぞ!!”
「いて、やめろ、おいこら殴るなクソ人形!」
不細工人形が細く小さな手でポカポカと叩いてくるが、それなりに痛い。何度言ってもやめようとしないコイツにあたしは苛立ちが募る。
”誰がクソ人形だコラッ! アンジーちゃんと呼べよ、このロリババア!!”
…………あ゛?
「テッメ゛ェ゛、言ったな不細工人形!! バラバラにしてやろうかい!?」
”やれるもんならやってみろ!! アハハハハッ!!”
あたしはクソ人形を握り潰す勢いで掴もうとするが、コイツは馬鹿にしながら軽々と避ける。クソ、忌々しい。殺気立ったあたしにタ・ロウたち勇者がドン引きしてるが、気にしない。
「ほっほっほっ、仲が宜しいことで。――決めました。アンジー嬢はナンナ様にお譲りしましょう」
それを楽しそうに見ていたデブが、とんでもないことを言い出した。
「はあっ!? 何言ってるんだいお前!?」
「可愛らしいお嬢さんへの特別サービスです。是非ともお受け取り下さい」
“アハハッ、良かったじゃねえか! あたしみたいな大人気のお人形ちゃんがタダで手に入ったんだからグホッ!?”
「……つまり、あたしの物ならあたしが壊しても問題ないと」
“ごめん、やめて、嫌だ、助けて。ハイゼンベルク、デューク〜!!”
あはは、やっと捕まえた。取り敢えず穏やかに笑い掛けてみたら、このクソ人形今にも泣きそうな声でハイゼンらに助け求めやがったぞ。でも二人からは無視されてやんの、ざまあないねw
「何でアンジーがお前の所にあるんだよデューク? ドナの奴はどうした?」
「残念ながら、ヴェネビエント様はウィンターズ様に殺されてしまいました。カドゥは既に消滅してますが、私の改造によって今まで通り遜色なく動くようになっています」
「何気に凄いなお前……って、おい待てデューク。殺されたってどういうことだ? 村で何かあったのか?」
「そうですね。村から出たとはいえ貴方は貴族。説明しておく必要があるでしょう」
「あんなクソみたいな村なんかどうでも良いが、そのウィンターズって奴が何をやったかは興味あるな」
「分かりました。全てお話し致します」
デュークによると、あのミランダという女が死んだ娘を生き返らせる為の儀式を始めたらしい。その生贄として選ばれたのが『ローズマリー・ウィンターズ』。先の『イーサン・ウィンターズ』という男の娘だ。彼はミランダに誘拐された娘を取り戻すべく村に乗り込み、立ちはだかる怪物の群れを殲滅、遂にはミランダを倒して娘を無事に助け出した。しかし、その時点で余命幾ばくだった彼は娘を仲間に託し、崩壊する村と運命を共にした。
「……良い父親じゃねぇか。親子で生き残れなかったのは非常に残念だが」
「娘さんを助ける為に無数の化け物へたった一人で立ち向かう……勇敢な男だ。是非とも会って話してみたかった」
タ・ロウとキージが目に涙を浮かべて、勇敢なる一人の父親に賞賛の言葉を述べる。世界が違えば、イーサン・ウィンターズは間違いなく勇者として伝説になる程の男だっただろう。あたしもどんな男かこの目で見たかったね。そしてハイゼンもまた同じ気持ちで、特に自分を縛り付けていた女が倒されたと知って上機嫌だ。
「やるじゃねえか、イーサン・ウィンターズ。あの化け物ババアをブッ殺すなんてよ。もし異世界に飛ばされてなかったら、俺はそいつと共闘して自由を獲得してたかもしれねえな」
「最後までウィンターズ様は娘さんのことを気に掛けていました。己の体が朽ちかけていることを知っても尚。ローズ様はそんな父親の深い愛を受けて、立派な大人になっていくでしょうね」
「元の世界に戻って、その野郎の忘れ形見を陰ながら支えてやりたい気分だぜ」
……何だろうね。仮にそのイーサンとハイゼンが出会っても馬が合わずに対立して、ハイゼンが悲惨な末路を迎えるような気がする。
「――おっと、いけねぇ。買い物しようと思ったのに忘れるところだったぜ。デューク、お前確か料理が得意だったよな?」
「はい、そうで御座いますが?」
「よし」
ハイゼンが思い出したかの様に懐から袋を取り出すと、それをデュークの膝の上に置いた。
「魔王って奴をブッ殺すまで、お前を料理人として雇いたい。食糧の購入代も含めて、これだけあれば足りる筈だ」
「おお、これは……随分と気前が宜しいことで」
「元の世界の金持ってても意味ないからな。お前の方が有効活用出来るだろ?」
「……ハイゼンベルク卿。やはり地球には帰らないおつもりで?」
「あぁ。俺みたいな化け物は、こっちの世界の方がずっと生きやすい。だからその金は全部くれてやるよ」
「ほっほっほっ、毎度あり」
「ちょ、ちょっとハイゼン!?」
ハイゼンの行動に驚くあたし。タ・ロウたちも奴に詰め寄った。
「お、おいハイゼンベルク、一体何のつもりだ?」
「そんな大金をはたいてまでデューク殿を雇う意味が分かりませんぞ」
「何って、テメェ等が死ぬ気でいるからだぞ? デュークの栄養満点で美味い飯を食えば、魔獣なんか喰う必要なくなるから中毒にもならないだろ? 元の世界の金が使えないってのもあるしな。だから今が使い時だと思ったんだよ」
「我らの為……? 何故そこまで?」
キージが尋ねると、ハイゼンは葉巻に火を点けて一服してから答えた。
「あの隊長さんに頼まれたからな。お前らを頼むってよ」
「エスペラント隊長の……そういえば確か」
言ってたね。”あたしら4人のことを頼む”って。しかしコイツ、その頼みを律儀に遂行するつもりなのか。本当に生きて帰れるとは当のエスペラントだって思っていないだろうに。
「お前らを生きて奴らの所へ帰す。俺はそう決めたからそうする。だからお前らも無事に帰るつもりで戦え、良いな?」
「……あぁ、分かったよ」
「ありがとうございます、ハイゼンベルク卿」
「礼を言われるまでもねぇ。俺は自由にやってるだけだ」
そう言いつつも少し嬉しそうなハイゼンに、あたしらに生きていて欲しいというのはコイツ自身の願いでもあると分かった。タ・ロウたちはハイゼンの好意に甘えることにした。
「それとなルーサ!」
「何だい、ハイゼン?」
「偶にだったら俺に飯をご馳走してやるって言った筈だよな? 忘れたとは言わせねえぞ? お前の飯もデューク並みに美味かったんだ、これからだって食わして貰なきゃ俺が困るぜ!」
「……普通に寂しいからって言えばいいのにね」
「あ? 何か言ったか?」
「ふふ。いや、何も。済まなかったねハイゼン、お前に言われなきゃ忘れるところだったよ」
「そうか、思い出してくれて何よりだ」
あぁ、思い出したよ。ハイゼンを監視するって決めたじゃないか。その役目を放棄して死に急ごうとするなんて情けないったらありゃしないね、あたし。それに、こんなクソ野郎でも知り合いとして居てくれるなら、一人で永遠を過ごして心を擦り減らすよりは遥かにマシかもしれない。折角だし、もう少しだけ生きてみよう。
「――では勇者の皆さま。改めまして、デュークです。魔王討伐までの短い期間ですが、商人兼料理人として皆さまとご同行することになりました。宜しくお願い致します」
デュークの愛嬌溢れる笑顔は、常に緊張感に苛まれるあたしたちを、僅かながらに癒してくれそうだ。
”ヴェエエエエイ、ビスクドールのアンジーちゃんだよー!! お前ら幸せもんだな! 可愛いお人形ちゃんと一緒に旅出来るんだぞ感謝しなダバッ!!?”
……あはは、コイツへの処遇がまだだったね。あたしはクソ人形の両腕を掴んで宙吊りにする。
「おっといけない、クソ人形をバラすことも忘れるところだったよ? ――覚悟は出来てるかい?」
”やめて! 分かったよ! もう言わない、約束するから~!”
「る、ルーサ殿。こう言ってますし、許してあげて下さい」
「…………ちっ、分かったよ」
ケンシーバに宥められて渋々クソ人形を解放するあたし。二度とババア呼びすんなよ!! 怯えてデュークの後ろに隠れて此方を見るクソ人形に、あたしは心の中でそう思いながら睨んだ。
魔王軍拠点までおよそ1ヶ月。長いようで短い旅も終わりが近い。
――――
――その頃、魔王軍は。
「そうだ、ソイツを上からかぶせるのだ」
「えと、こうですか?」
「あぁ、それで問題はひゃんっ!? 貴様、何処触っておる!?」
「も、申し訳御座いません、魔王様!」
「全く、この体は不便で仕方ない。小さい上に敏感なところが多過ぎる……」
彼の魔法帝国が他種族を恐怖で支配する為に使用した魔導兵器を、ノスグーラはオーガたちに指示しながら少しずつ着込んでいた。時々少女の喘ぎ声が聞こえるが、魔物故それに劣情を催す者は存在しなかった。
デュークは癒し、アンジーも癒し、ドナも癒し。ヴェネビエント邸はガチトラウマ。