目無し足無し夢も無し 心を救う永遠の帝王   作:ルシエド

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「諦められないから悩みが尽きず、諦められないから希望も続く。人生は、その繰り返し」

   ―――篠田桃紅



12 ブッドレア ■■■■

 『どうしたらいいのか』。

 

 これは、その少女の人生に付き纏う問いかけだった。

 

 幼い頃、『皇帝』シンボリルドルフの走りを見て、少女はその姿に憧れた。

 無敗の三冠ウマ娘。その夢を追い、努力して、努力して、努力して……無敗の二冠まで到達し、夢が叶う直前で、最初に足が折れた。

 復帰し、無敗のウマ娘という新たな夢を得て、メジロマックイーンに敗北し、またしても足を折ってしまい、夢と足を同時に失う悲劇を二度も受けた。

 メジロマックイーンを目標とし、また不死鳥の如く蘇るも、三度目の骨折で復帰は絶望的と言われ、マックイーンまでもが不治の負傷を負ってしまい、最悪に最悪が重なっていった。

 しかし折れきったことはなく、青きウマ娘は不死鳥のウマ娘となり、奇跡を起こして日本中を感動の渦に巻き込んだ。

 

 『どうしたらいいのか』。

 幸運の女神に愛されず奇跡の女神に愛された少女は、常にそう自分に問いかけていた。

 だが結局は二択だった。

 諦めるか、諦めないか。

 どんなにみじめでも無様でも諦めず走り続けるか、諦めて賢い選択をするか、どちらにしても『自分の人生を選ぶ』ということでしかなく、他の全てはおまけだった。

 それがこれまでの彼女の、苦難に満ちた人生の過程だった。

 

 だからこそ、四度目の骨折を迎えてなお、彼女の悩みは「永遠に走り続けるウマ娘など居らず、誰もがいつかは引退する」というものだった。

 

 結局のところ、絵描きの彼は分かっていたのだろう。

 二人が共通して抱えていた重荷は、『いつか来る終わり』。

 ゆえに二人の間には深い共感が生まれやすい土壌があった。

 されど、彼女の終わりがいつかの未来に来る『引退』であるのに対し、彼の終わりは近い未来に来る『死』である。

 彼女にあった選択肢は継続か引退の二択であり、彼にあった選択肢は死にどう向き合うかのみ。

 

 ゆえに、彼女は彼と出会って、諦めないという選択肢を選び。

 彼は彼女と出会い、最後にどう生きるかを決めたのである。

 

 少女がこれまで人生でぶつかった問題の多くは、走ればどうにかなった。

 だからこそ走れなくなるという絶望、走ることで解決しない暗澹が存在したが、それでも最後は走り勝つことでなんとかなった。

 しかし、今回はどうにもならない。

 敵は病。

 走って勝てない。

 勝てるわけがない。

 病と怪我は、ウマ娘史においても幾多の最強ウマ娘を殺してきた最悪の宿敵だ。

 ましてや他人の病など、どうにかできるわけがない。

 

 誰よりも大きな『どうしたらいいのか』を打ち倒してきた奇跡の帝王は、今過去最大の『どうしたらいいのか』にぶつかっていた。

 奇跡の女神はこの少女に微笑むが、幸運の女神はいつもこの少女を嫌っているらしい。

 

 そんなことを丸一日ずっと考えていて、先生に怒られる少女が居た。

 

「―――イオーさん! 聞いているんですか!?」

 

「ひゃ、ひゃいっ! 聞いてます先生!」

 

「どうか真面目に聞いてください。これはあなた達の未来にも関わることなのですから」

 

 先生に怒られた少女がビクッとして、手首に巻かれた青いスカーフが揺れた。

 

「うぅ、久しぶりに怒られた……」

 

「ちゃんと聞いておくべきですわ。決して無関係ではないと思いますし」

 

 先生が怒って黒板前に戻り、しゅんとする少女の横で、少女同様にトレセン学園の"特別授業"を受けていたメジロマックイーンがひそひそと囁く。

 

「マックイーン」

 

「ここでちゃんと聞いておけば、(わたくし)達が友人に助言できることもあるでしょう」

 

「……ん、そうだね」

 

 特別授業の内容は、いわゆる"学問のための知識"ではない、訓戒だった。

 『怪我をして引退した後に気をつけるべきこと』。

 それすなわち、"この教室に集められた引退が見えたウマ娘達"に最も必要な知識を学園が与えるものだった。

 

 心理学的には、人やウマ娘は大事な何かを喪失した時、代替物を求める性質を持っている。

 何かの娯楽が終わってしまった時に代わりになる楽しいものを求めるし、必死に打ち込んでいたスポーツを辞めた後、代わりに打ち込むスポーツを求めたりする。

 ライフワークだった仕事を失ってアイドルに過剰にハマる男、恋人の喪失から宗教にハマる女、レースを引退し喪失感を埋める過程で詐欺師にハマるウマ娘と、例は枚挙に暇がない。

 

 この性質は先天的に持っているものであり、たとえば精神的に未熟な幼児もまた、母親から離された後に揺りかごに収められている時、母親の代替物としてぬいぐるみや毛布に過剰な愛着を持つことがそれにあたるとされている。

 

 『喪失』は心を狂わせる。

 人でも、ウマ娘でも。

 

 怪我、骨折、引退。

 忘れられない過去の栄光。

 今は自分以外のウマ娘を熱心に応援しているファン。

 忘れられていく昔の自分。

 特別だった自分が、特別でもなんでもない自分になっていく感覚。

 同期がまだ特別であるという劣等感。

 見ていることしかできない己から生まれる苦悩。

 大好きな競走にもう挑めない足。

 二度と夢を追えない現実。

 勝ちたいというウマ娘の本能と、もう二度と勝てないという今。

 これまでの人生で打ち込んできた全てが虚無に還る絶望。

 走ることしかしてこなかった自分に、何も残っていないことに気付く暗澹。

 皆に求められ、皆に夢を見せ、皆の特別だったはずの自分が、そうでなくなっていく悲痛。

 誰にも求められなくなった果ての自棄。

 

 経験者でなければ、想像もできない絶望だ。

 本来、誰かの助けなしに乗り越えられるようなものではない。

 心壊れ落ちぶれて当然の心痛だ。

 これに耐えられた時点で、その人物は凡百の精神力をしていない。

 

 人間のプロアスリートであっても、学生のウマ娘であっても、引退が見えてきたならば、入念なケアが必要である。

 これは多くのスポーツ界隈での常識だ。

 

 元甲子園球児の犯罪者が珍しくないように、人生をかけて挑み続けてきたアスリートに、システム的に丁寧なケアを行えなかった場合、心は壊れ、人生も壊れる。

 それは当たり前のことなのだ。

 

「皆さん。大切なものを失えば、代替を求める。

 これは普通の人間にもウマ娘にもある心の動きです。

 どうか、大切なものを失って悲しんでいる自分を否定しないでください」

 

 ウマ娘もそうだ。

 走ることに全力を尽くしてきたがゆえに、足が壊れた後の彼女らはどう生きていいかすら分からなくなり、詐欺師の食い物にもされやすくなる。

 落ち込んでいる時の繊細な十代の少女であれば、変な男や凡庸な男に付け込まれ、大したことをしてもらってもないのに恋をしてしまうこともあるだろう。

 心が弱っている時期とはそういうものだ。

 耐えられなくて当然、耐えられたなら偉大。

 だからこそ、新興宗教の類はそういう時期を狙うのだから。

 

 ゆえに、トレセン学園はそのあたりに丁寧なケアをする授業を行っていた。

 

 こういった最悪は、教育によって防止することが可能である。

 たとえばウマ娘が落ち込んでいる時につけ込み、心理学的作用によって恋愛感情を引き出すタイプの男は、その存在を事前に知っていれば引っかかりにくい。

 あくまで"にくい"止まりだが、無いよりはマシだ。

 聡いウマ娘であれば、絶望の底でも、自分を幸せにする人間と不幸にする人間の見分けくらいはつくようになるだろう。

 

「誰だって、大切なものを失うことには耐え難いのです。

 それを皆さん、忘れないでください。

 ですがそれに向き合うことができれば、きっと道を間違えることはないでしょう」

 

 配られたレジュメには授業の要約、カウンセラーの連絡先、URAの窓口の電話番号などがずらっと並んでおり、「友人に相談するのもOK!」などの記載もあった。

 特別授業が終わり、教室に一人残った少女は、それをデコピンでぺちぺち叩いて眺める。

 

 誰もが永遠には走れない。

 教育は永遠を前提としない。

 終わることを前提に教育を行う。

 それは先人達の懸命なる優しさだ。

 分かっていても、それでも。

 少女は現実を突きつけられた気分になってしまう。

 

「大切なものを失っても、向き合うことができれば、道は間違えない……か」

 

 "正しい道ってどれさ"、と、少女は一人呟いた。

 

 そこに、少女を探しに来た者がやってくる。

 

「テイオー、いるー?」

 

「あ、スカーレット。どしたの?」

 

「……」

 

「スカーレット?」

 

「え、あ、うん、別に大した用じゃないんだけど」

 

 彼女の名はダイワスカーレット。

 スペシャルウィーク、メジロマックイーンなどと同じく、少女と同じチームスピカに所属するウマ娘の一人。

 すなわち少女のかけがえのない仲間であり、親しい友人だ。

 

 竹を割ったような性格に負けん気が強く、勝ち気な努力家で直情的、しかし面倒見が良く責任感が強いため、強気な割に周囲からの受けも悪くないウマ娘。

 言いたいことはすぐさまスパッと言い、裏表の無さもあって信用もされやすい。

 が。

 そんな彼女が、彼女らしくもなく、端切れの悪い言い淀みを見せていた。

 

「あー、そのさ」

 

「どうしたのさ、スカーレット」

 

「や、勘違いだったらあれなんだけど、ウォッカがね?

 あんたが男と手を繋いで歩いてるのよく見るって言ってて」

 

「……あー」

 

「その反応……やっぱ本当なの? え? そういうやつ?」

 

「手を繋いで歩いてたのは本当かな。ま、そういうやつではないけど!」

 

「ひゃー……あんたがねぇ……まだ噂になってないけどゴルシが知ったら一瞬で広まるわよ?」

 

「ああ、そういえばスカーレット恋バナけっこう好きなんだっけ?」

 

「人並みにね! 人並みに!」

 

 なにやらちょっと興奮したスカーレットの様子を見て、少女は大体察する。

 つまりはそういうことだ。

 十代の少女で"そういう話"に興味が無いのは少数派だろう。

 関係を深読みされている、と少女は察して苦笑する。

 

「え、それで、どういう感じなの、いい感じの人なの?」

 

 少女に春が来たと推測して疑わないスカーレットの問いかけに、少女は己の苦笑が乾いていくのを感じていた。

 "ボクは上手く笑えてるだろうか"と思うのは久しぶりで、三度目の骨折の後以来だと、少女はなんともなしに思う。

 

「別に。ああいう人はタイプじゃないし、そういうのじゃないよ」

 

「あら、そうなの。まあいいっか、買ってきちゃったし。はい」

 

「? なにこれ?」

 

「ズバリ……化粧品よ!」

 

「ズバリ……化粧品!?」

 

 どどん、と薬局の袋に詰められた化粧品が少女の前に置かれ、透明な袋の中の化粧品がいくつか透けて見えた。

 それはスカーレットの思いやりから出たものだろう。

 仲間の色恋沙汰への興味もないわけではないが、これを買ってきた彼女の想いの大半は、純粋な仲間への応援で出来ていた。

 

 『人の恋路を邪魔する奴はウマ娘に蹴られて死んじまえ』と言うように、ウマ娘は他者の恋愛を基本的に応援する傾向がある生き物である。

 勘違いを認め、"ふっ"とスカーレットは鼻の下を擦る。

 

「援護射撃のつもりだったけど、無駄打ちになったみたいね……」

 

「あ、ありがとう。気持ちはありがたく受け取っておくね」

 

「いいっていいって。その代わり、本当にそういう感じな人が出来たら教えてよね!」

 

「うん、そうするよ。化粧品は全然分かんないけど……」

 

 化粧品を置いて、スカーレットは去っていった。

 手を振りかっこいい背中を見せて去っていったが、やったことといえば恋バナに興味を持って出歯亀しただけというのだから締まらない。

 置いていかれた化粧品をつんつんつついて、少女は頬杖をつく。

 

「センセーとはそういうのじゃないんだけどなあ」

 

 終わりはとっくに見えている。

 未来に向かって走り出すような物語は、彼と彼女の間には生まれない。

 まして、化粧したところで見えない彼に対して化粧の何の意味があるのか。

 スカーレットの何気ない気遣いが、目に見えた『普通』が、"何もかも普通でない今"を、少女に突きつけている。

 

 無自覚に自殺を止めていた出会いも、互いの名前も知らないまま進んだ関係も、互いの体の不具も、近い死別が決まっているのも、何もかもが『普通の恋愛』には無いもので。

 "そもそもそういうのじゃないし"と少女は思う。

 "ボクが変な目でセンセーを見たら台無しになる"と少女は思う。

 

 雪月花を見るように、彼女は彼を見ていた。

 彼を背負って、その細さと軽さに驚いた時からは、もっとそう見ていた。

 雪のように儚く、花のように手折れそうで、いつだって月のようで、彼が生み出す美しいものを見ているだけで、自分の内側が豊かになるような感覚があって。

 

「そうだよ……あんな……触れたら、溶けて消えちゃいそうな……」

 

 少女は机に突っ伏して、太陽しか見ていないのに、その顔を隠す。

 

 彼は、『幸せだった』のではなく。

 『ボクと一緒に居る時だけ幸せだったんだ』という、気付いた事実を思い返せば、机に突っ伏して顔を隠した少女のウマ耳が――人間の少女の耳が赤くなるように――熱を持つ。

 

「ボクが何度も足を折ってた時、皆の気持ちは、どんな風だったんだろう」

 

 彼女がまだ、青い服のウマ娘だった頃。不死鳥の服のウマ娘となった後。

 多くの人達の声が、彼女を時に支え、時に重荷となり、時に奇跡を起こす力となってくれた。

 

 大切な友達が励ましてくれた。

 かけがえのない仲間達が全力で支えてくれた。

 ファンの声が心の力になってくれた。

 いつも二人三脚で走ってきたトレーナーが、数え切れないほど助けてくれた。

 好敵手のナイスネイチャやツインターボが背中を押してくれた。

 最大のライバルであるメジロマックイーンが、運命に立ち向かう勇気をくれた。

 皆の声、皆の言葉を、少女は一生忘れない。

 

 少女は、これまで出会ってきた人達の想いと言葉を思い出す。

 それがいつでも、彼女に勇気と力をくれる。

 胸の中の感謝は絶えない。

 世間から少女が忘れられていっても、少女は皆のことを忘れない。

 

 かの少年が少女を絵の中に永遠として残そうとしたのに対し、彼女は大切な人達全てを心の中で永遠にしている。

 永遠を絵にする少年と、自分の中で永遠にする少女。

 あの少年のことも、少女が憶えてさえいれば、少女の中では永遠になるかもしれない。

 死別は、忘却とイコールではないのだから。

 

 かつて、少女には皆が居た。

 しかし、あの少年には自分しかいない。

 少女はそれに気付けば、陰鬱に支配されかけていた心を、熱い気持ちで奮い立たせる。

 

「ボクの番、なのかな。

 ボクが折れそうになった時、皆が助けてくれた。

 どんな結末でも笑顔で受け入れられると、皆のおかげで思えた。

 皆のおかげで、ボクは諦めないでいられた。

 ……辛い時に、最後に向かう勇気を貰って、それを知ってるボクだから……」

 

 夢を見せるのもウマ娘の使命。

 少女は夢を見せたのだ。

 自殺しそうになっていた少年に、幸せな夢を見せ、僅かな生を選ばせてしまった。

 

 そして彼もその分、彼女に夢を返そうとしている。

 彼には苦しみも悲しみもなく、彼女のおかげで幸せに死ねるという、優しい夢を。

 彼女が見せた夢が生を繋いだならば、彼が見せようとしている夢は、己の死後に彼女に悲しみを残さないための夢。

 

 本来、ウマ娘が走り、そこに人間とウマ娘が夢を見るのが、人間とウマ娘の現代における汎的な関係性である。

 だが彼と彼女の間にある今の関係性は、人とウマ娘が心を救い合うため、相互に夢を見せ合うという相補性の夢によるもの。

 それは絵と見る人、その両方によって成立するアウラのようなもの。

 

 ファンの人間が一人二人消えるくらいでは、ウマ娘が見せる夢は消えない。

 しかし彼と彼女の創る夢は、二人きりの夢であるために、一人欠ければそれで終わる。

 トレーナーとウマ娘が二人きりで誓った夢が、どちらか片方が欠けた時点で全て終わってしまうように、"二人で見る夢"とは、本当に特別で唯一無二のものとなるのだ。

 

 『きみと重ねた夢』を、ウマ娘が軽んじることはない。

 

 少女は己が頬を強く叩く。

 

 『どうしたらいいのか』。それはまだ何もわからないが、逃げることだけは違う、と―――少女は決心を強く固めた。

 

「あーもう、ボクらしくない!」

 

 置いていかれた化粧品をかばんに詰め込んで、走り出す。

 今日は予定された授業の終わりも早い。

 いつもより早く会いに行ける。

 二人でいつも遠目に見ていたあのレース場で、彼は今日も絵を描いているはず。

 

 会いに行こう。

 会いに行って、話そう。

 まずはそこから。

 そう決めて、そう考えて、少女は走り出す。

 

「悩むより行け、でしょ! ボクなら! てあーっ!」

 

 そうして、リハビリ中の自分が出せる今の最速で、少女は駆け出した。

 

 

 

 

 

 平日のレース場で、いくつものチームが交流も兼ねた模擬レースを行っている。

 チームリギル、チームカノープス、他にも名の知れたチームから名の知れたウマ娘達が多く参加し、休日ほどではないにしろ、平日とは思えない数の観客が応援の声を上げていた。

 

 それをいつものように、遠巻きから絵に取り込んでいる少年の姿があった。

 少女がその姿を捉えるといつものように、少女が声をかける前に、足音で先に気付いた少年が振り向いた。

 

「や、お嬢さん」

 

「こんにちは、センセー」

 

 少年がほっとしたように見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。

 

「きみに無言で縁を切られてもう会えなくても、文句は言えないと思ってたよ」

 

「……あははっ! 隠し事してたこと、気にし過ぎでしょ!」

 

「嘘はよくないことだからね。本当は、できればきみには一度の嘘もつきたくなかった」

 

「センセーの生きること自体ヘタクソ感、本当にすごいよねぇ」

 

「……いや、そんなことはないけど」

 

「そんなことあるからね!?」

 

 少女が笑って、少年もつられて笑う。

 

 まだほんの僅かにギクシャクしているが、時間を置いて少しはマシになったようだ。

 

「レース以外でこんなに頭使わされたのは二人目だよ!

 一人目はボクの人生最大のライバルマックイーン、二人目はセンセー!」

 

「ごめんね」

 

「いーのいーの! やっぱボクにレース以外で頭使うのって向いてないみたいだからさ」

 

 いつもそうだ。

 少女はいつも楽しそうに笑っている。

 だから、少年もつられて楽しそうに笑ってしまう。

 少年はいつも優しく微笑んでいる。

 だから、少女はつられて優しくしようという気持ちになってしまう。

 笑い合えるから、大切にし合うことができるのだ。

 少女は何やら珍しい形で描いている少年の絵を、椅子に座る少年の肩に顎を乗せる姿勢で覗き込む。

 

「今日は何してるの?」

 

「屍骸を作りたいんだけど、手伝ってくれるかな」

 

「何事ぉっ!?」

 

 そして。

 

 心底仰天した。

 

 

 

 


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