世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 せ、せめて月イチで……!!

 前回の投稿から一ヶ月以上経ってしまいました。なぜこんなに時間が空くのかと疑問に思っている人に答えると、単純に忙しいからです。この一年が特に忙しいので、来年になれば落ち着くと思います。………多分きっと恐らくメイビー。
 今回、お館様の「おはよう」と「お早う」の二通り出てきますが、個人的に「お早う」はあまり使いたくないので、原作での「お早う」と言っている以外は「おはよう」でいきます。(だってお早うって言わなくないですか?)また、今回は原作既読推奨。特に柱合会議篇は話が長いので、ぴょこぴょこ飛ばしてます。
 アンケートに答えて頂きありがとうございます。オリジナルとして四式をどこかで入れたいと思います。
 どうでもいい話ですが、安易に次回予告はするもんじゃないと痛感しました。(那谷蜘蛛山篇と柱合会議篇で分ければ良かった……)あと、前話の後書きにて、宇随さんの鎹鴉の名前が紅丸になってました。正しくは虹丸です。大変申し訳ない。私、リアルでも人の名前を覚えるのが苦手なのです。友達の名前も覚えられないので、呼ぶときはねぇ、とかへい、とかお前、って呼んでます。先輩を呼ぶときは、すみませんと言って呼んでます。


第12話 絆の糸はほどけない。

 有一郎と無一郎が、台所で夕餉の副菜を作っていたところ、無一郎の鎹鴉である銀子がやって来た。

 どうやら産屋敷邸に来てほしいとのこと。

 

「なにかあったのかな?」

「さぁね。でも指令が来てるんだ。はやく行った方が良いぞ」

「風呂吹き大根………」

「諦めろ」

 

 目の前の好物を名残惜しく見つめつつも、無一郎は有一郎に手を振って屋敷を後にする。 

 産屋敷邸に近づいてきた頃、道中同じ柱である胡蝶しのぶとバッタリ出会い、共に産屋敷邸へと歩みを進めていた。

 そしたらば。

 

「――まさか冨岡さんも来るとは。驚きました」

「お元気でしたか?」

「……」

 

 月光が差す部屋の中で、しのぶと義勇、そして無一郎は正座の姿勢で待機する。

 

「ねぇねぇ冨岡さん、もっと話したらどうですか? 私とお話ししましょうよ。今日は無一郎くんもいるので何時もよりお話しできますよ」

 

 しのぶが置物のように微動だにしない義勇の肩をつんつん突っつく。それにのって無一郎も反対側からつんつんつん。

 

 つんつん、つんつん、つんつんつんつんつんつん。

 

「……何か用か?」

「喋った!」

「わぁ~喋りましたね無一郎くん。今日は雨が降りそうです」

 

 堪えかねた様子で義勇が口を開けば、良くできましたとばかりにしのぶが手を叩いた。

 それを一瞥した義勇は、何か言おうとして口を開いたが、結局何も言わずに閉じる。

 

「何か言いたければ言った方が良いんですよ冨岡さん。唯でさえ口下手なんですから、もっと話して補わないと」

 

 チッチッと指を振り、やれやれと肩を竦める――と。

 

「――お待たせ致しました。お館様のお成りです」

 

 襖の奥から、産屋敷耀哉と二人の御息女が姿を現した。そして娘の声が響いた途端、正座していた三人が一列に並び、膝を突いて頭を下げる。 

 

「おはよう、皆。待たせてしまってすまないね」

 

 春の日差しのように穏やかな声。それに返すのは蝶が舞うような声。

 

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。我ら一同、お館様の御健勝を切に願っております」

「ありがとう、しのぶ」

 

 庭側に腰をおろした耀哉に、お館様、としのぶが口火を切った。

 

「此度の召集、一体どの様な──」

 

 言いかけたところで耀哉が、緩やかな曲線を描く口元にそっと人差指をあてがった。それを見て反射的に口をつぐむ。

 

「すまないねしのぶ。もう直ぐ彼が来るから。──あぁ、来たね」

 

 言うが早いか、静かな夜闇を振り払う羽ばたき音が微かに響く。焦りに焦ったその音に、ただならぬ事情を柱たちは察する。

 切羽詰まった鴉の声。オ館様!! と、鴉が悲鳴染みた声で叫んだのと、姿を現したのは同時だった。

 

 足元が呆束かず、着地さえもうまく出来ずに転んだ鎹鴉を、耀哉の白い指が拾う。

 

「よく頑張って戻ってきたね」

 

 息も絶え絶えな鴉を介抱しながら、耀哉が優しく声をかける。

 

「オ館様、那谷蜘蛛山ニテ、鳥鬼ノ存在ヲ、確認、シマシタ! 隊士モ、殆ド、壊滅ジョウタイ!」

 

 途切れ途切れになりながらも報告した鴉は、ゼェゼェと荒い息を吐く。

 

「ありがとう。ご苦労だったね。……そこには十二鬼月がいるかもしれない。柱を行かせなくてはならないようだ。義勇、しのぶ、そして無一郎。那田蜘蛛山へ行ってくれるかい?」

「「「御意」」」

 

「人も鬼もみんな仲良くすればいいのに。そう思いません?」

「無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」

「鳥鬼め、今度は逃がさない」

 

 

 

―――………

 

 

 

「お前、いまなんて言ったの?」

 

 チロリチロリ、蛇の舌先のように殺気を覗かせ、目の前の鬼の少年、累はそう訪ねた。

 その鬼と相対している鬼殺の隊士、竈門炭治郎はその殺気に一瞬怯むも、黒刀を握り締めて自身の思いを叩き切るようにぶつける。

 

「何度でも言ってやる! お前の絆は間違ってる!! そんなものは偽物だ!!!」

 

 そう断言した直後、累は紛い物呼ばわりされた怒りで肩を震わせ、凄まじい威圧感を炭治郎に叩き付けた。その威圧感で空気は岩のように重くなり、そこに居合わせた“姉さん”と呼ばれていた少女の鬼は、白い顔を一層白くし、額から脂汗を流し始める。

 

「お前は一息では殺さないからね。うんとズタズタにした後で刻んでやる」

 

 手慰めのように糸を操る累は、でも、と続ける。

 

「さっきの言葉をとり消せば一息で殺してあげるよ。痛いのは嫌だろう?」

「取り消さない!! 俺の言ったことは間違ってない!! おかしいのはお前だ!!!」

 

 その啖呵に見合った回避に、累は炭治郎の力量を上方修正する。こちらが殺気をぶつけているのに、恐怖に怯むことなく飛ばした糸を避け続ける。

 しかしどんなに炭治郎が素早く動いても、生き物のように動く糸からは完全には逃れられない。既に頬や手、額には幾筋の血が流れ始めている。

 炭治郞はどうにか間合いに入ろうとするも、累に近付けば近付く程糸の密度は上がり、攻めきれない。頸を切り落とすまではいかない。誰が見ても炭治郎の力量よりも、累の力量の方が勝っているとわかる。

 それを証明するように、たった今、炭治郎の刀は根本を残して二つに折れた。

 

「ほら、刀は折れた。そんな無惨な刀で僕とまだ戦う気かい?」

「当たり前だ! それにまだ刀身は残ってる!!」

 

 万全の状態の時でも糸が切れなかったくせに、それ以下の状態で切れるような代物じゃない。

 累は聞き分けのない子供を見るような目をし、これ見よがしにため息を吐いた。

 

「まだ諦めないの?」

「諦めない! そして挫けない! なぜなら俺は長男だからだ!!」

「意味不明。何の理屈にもなってない。君頭大丈夫?」

「大丈夫だ! こう見えて額の怪我は浅いからすぐに治る!」

 

 律儀に返答してくるわりにどこかズレてる炭治郎に、累は体から力が抜けていくのを感じた。

 正直、相手するのがめんどくさくなってきた。なんだか絆を偽物呼ばわりされた怒りも和らぎ、指先から操っていた糸を消す。

 そんな累の行動を不審に思って動かない炭治郎は、機会とばかりに息を整える。

 一方で累はどうやって諦めさせてやるかと束の間思案し、ひとつ思い付いた。

 

「ほら、頸を斬らせてあげるよ。君の力じゃ僕には勝てないことを見せてあげる」

 

 さぁ、斬ってごらんと更に催促し、攻撃はしないと意思表示するように両腕を軽く上げた。

 敵からのまさかの提案に訝しげに思う炭治郎だったが、累から悪意の匂いがしないことに気付き、意を決して刀を振り切った。

 力の限りが込められたその一撃は、しかし薄皮一枚切り裂くことさえ叶わずに、硬質な音を立てて止まった。

 

「そんな………!!」

「これで分かっただろう? 君は僕に敵わない」

 

 その台詞を言うやいなや、累は蠅を叩き落とすように糸を炭治郎に叩きつけた。

 しかしその結果に驚かされたのは、殺したと確信した累の方だった。

 飛び散る血は炭治郎ではない。ましてや累のものでもない。その血の持ち主は、炭治郎が背負っていた箱から出て来た鬼の禰豆子だった。

 

 その光景に累は震えた。どうしようもない程に震えた。その美しい兄弟愛に心が震えて、その震えが炭治郎を差す指先にも伝わった。

 

「妹は鬼……なのにそれでも一緒にいる」

 

 喉が水気を求めるように乾く。

 唇が感動でわななく。

 

「妹は兄を庇った……身を挺して……」

 

 累は家族の絆を、まるで砂漠で水を求めて彷徨う旅人のように欲していた。心の底から渇望していた。

 それを、喉から手が出る程に欲したものを、この人間は持っている!!

 

「本物の“絆”だ!! 欲しい!!!」

 

 目の前に現れた本物の絆に、累は目を離せなかった。離したくなかった。だから縋りつくように「捨てないで」と頼む姉を切り刻んだ。

 

「結局お前たちは自分の役割もこなせなかった」

「ま、待って。ちゃんと私は姉さんだったでしょ? 挽回させてよ……」

「……だったら今山の中をチョロチョロする奴らを殺して来い」

 

 もはや累に姉さんという存在は邪魔でしかなかった。もし姉さんが累の“お願い”通りに殺して来たとしても、累はもう処分するつもりだった。

 

「坊や、話をしよう」

 

 先ほどまでの殺気は嘘みたいになくなり、累は優しい声音で語り出した。

 

「僕はね、感動したんだよ君たちの“絆”を見て。体が震えた。この感動を表す言葉はきっとこの世にはないと思う」

 

 万感の思いに体が震え、胸が熱くなったのは生まれて初めてのことだった。

 これほど心が欲しいと吠えるのも、きっと生まれて初めてのことに違いない。

 

「君の妹を僕に頂戴。君の妹には僕の妹になってもらう」

「そんなことを承知するはずがないだろう! それに禰豆子は物じゃない!! 自分の想いも意思もあるんだ!! お前の妹なんてなりはしない!!! ふざけるのも大概にしろ!!!」

 

 怒髪天を衝くが如く怒り猛る炭治郎だが、累の心は深雪のように冷えて淡々としていた。しかしその心とは裏腹に、頭は出所不明の異常の熱で沸騰する。

 

「もういいよ。殺して奪るから」

「俺が先にお前の頸を斬る」

「威勢がいいなぁ。できるならやってごらん。十二鬼月である僕に勝てるならね」

 

 累は左目にかかる髪を搔き上げ、その下に刻まれた十二鬼月の証でねめつける。

 熱病に魘されたように“絆”を求めるその様に、かつての“兄”を敬愛していた姿は影も形もなかった。

 

 

 

―――………

 

 

 同時刻、同山、炭治郎と累が戦闘しているその反対側。

 同行していた胡蝶しのぶ及び冨岡義勇と別れた時透無一郎は、眉間に皺を寄せて一点を見つめる。

 その方角には一本の大木が聳え立つ。頂点付近では多くの鳥鬼が甲高い声を発しながら旋回していた。きっとあの中心に親玉が居るに違いない。いや、見つけた。ちょうど雲の隙間から月光が差したお陰で、奸鷄が居ることが確認できた。

 奸鷄の姿を認めた途端、無一郎は偵察の為に潜んでいた木々の中から走り出す。

 

「前回の屈辱をここで晴らさせて貰う」

 

 鞘から走らせた白雲の刀身。悪鬼滅殺の四文字を惜しげもなく曝け出し、口から漏れ出る呼吸音が高まっていく。

 土砂が舞う程に地を蹴り、鳥鬼の群れへと躊躇いなく突っ込む。全力を込めた一閃は白銀の残像のみを残し、鳥鬼の頸を逃さない。

 

「いやぁぁぁ!!!? 何でいるのぉぉ!!?」

 

 廃忘怪顛(はいもうけでん)をまさに体現している奸鷄は、大型犬がすっぽり入れそうな巣から落ちるように空へと飛び出した。

 その隙を見逃す無一郎ではない。頂点目掛けて駆け昇っていた足を直ぐさま切り替え、足場の枝を強く蹴った。

 

「わたしを守りなさい!!!」

「霞の呼吸 陸ノ型」

 

 奸鷄目指しての跳躍。空中で振りかぶった霞はしかし、盾となった鳥鬼たちに阻まれた。舞い散る血飛沫の中を潜り抜け、奸鷄は鳥鬼の背に乗り遠くの空へと飛ぶ。

 そして叫ぶ。

 

「累! わたしを守って!!!」

 

 重力に捕らわれた無一郎は落下しながらも、ぎりりと奥歯を噛み締める。以前とはまた異なる、苦渋の味がした。

 

 背と腹をくるりと反転し、体勢を整えて着地。即座に地面を蹴るも、既に攻撃範囲から奸鷄は逃れている。

 

「逃げ足だけは速い奴め」

 

 足止めのつもりであろう鳥鬼を薙ぎ払い、無一郎は小さな点になりつつある奸鷄の背を追い掛ける。

 

 

 

―――………

 

 

 累を見ると、いつも頭の中には誰かの顔が浮かぶ。

 累とは似ても似つかない男の顔。

 

『大丈夫か? 痛かったよなぁ。ああ、動かなくていいよ。守れなくてごめんなぁ』

 

 襤褸切れに近い着物を着て、その男は真っ直ぐにわたしを見る。

 いつもいつも、悲しそうな眼をしてる。

 

 けれどわたしはこの人を知らない。

 何故累を見る度にこんな映像が頭に浮かぶのか、全く分からない。

 でも、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「累ーー!! どこにいるのぉ!!? いたら返事してーー!!」

 

 配下の鷲の背に乗って、眼下に広がる森を見る。鬱蒼とした木々に遮られて、視界は良好とは言えない。

 足止め以外に連れてきた配下たちにも探させるが、なんの反応も返ってこない。

 

「累ぃーー!!?」

 

 最初は覚束ない呼び方で、どうもわたしの舌には慣れなかった。けれど一緒に過ごしているうちに累という名前は、元々そう呼んでいたかのように馴染んでいった。

 

「どこおおおぉぉ!!!??」

 

 両手を口に当てて精一杯に累の名前を呼ぶ。累の返事が聴こえるように耳を澄ます。

 けれどわたしの耳には、優しくわたしの名前を呼ぶ声は聞こえない。

 

「もしかして死んじゃったのかしら……」

 

 嫌な想像が頭を過ぎる。十分にあり得る話だ。あの、白色の刀を持った鬼狩りがいるんだもの。まだ他に同等の強さを持った鬼狩りがいるかもしれない。

 

「累ぃぃ!! 勝手に死んでたら赦さないからねぇぇ!!!」

 

 初めて出会った頃とはまるで違うと、わたし自身もそう思う。

 累が死んだって、わたしが生きていればいいとそう確信していた。

 なのになんでだろう。ここまで累に死んで欲しくないと思ってしまうのは。別に本当の兄ではないというのに。

 

「お前、もっと飛ばして!! いや待って…………あれは……火事?」

 

 ポカリと空いた木々の隙間から、通常の炎とは色が異なる火炎が昇った。紅鶸(べにひわ)躑躅(つつじ)混じりの炎だ。たぶん血鬼術だと思うけれど、累の家族に火に関係する血鬼術を扱える者はいない。

 じゃあ誰だろう? そう思ってじっと目を凝らしてしばらく見てみると、赤い糸が闇の中に浮かび上がった。あれは間違いない。累の血鬼術だ。

 

「累ぃぃ!! やっと見つけた!! 返事くらい……しな……さい………よ」

 

 言葉が尻すぼみしていったのは、その光景が信じられなかったから。

 

「累……?」

 

 累の頸が斬られた。白色の鬼狩りとは別の、変わった羽織をしている鬼狩りに。

 静かに流れる血は雪のように白い着物を深紅に染めて、累の頸が地面に転がる。

 

「累ィィィィ!!!」

 

 喉から悲痛な叫び声が迸った。

 頭から血が引く音が聴こえた。

 現実を認められなくて瞳が揺れた。

 

 そして我が身を引き裂くような感情が、体の奥底から噴き出した。

 

「累っ、累っ、るいッ!!」

 

 こんなに焦るのが理解できない。自分の感情なのにうまく嚙み砕けない。

 わたしの頸が斬られた訳でもないのに、死んでも構わないと思っていた筈なのに。

 

「累、今助けにいくから!!」

 

 おかしい。

 なんでわたしは自ら死に飛び込むように鬼狩りに向かっているの?

 なんでわたしの心臓はここまで騒ぐの?

 

「累ぃぃぃ!!!」

 

 どこか確信があった。今のわたしならできると。

 空を飛ぶ羽を持ってないくせに、わたしは配下の背中から飛び出した。

 耳元でビュウビュウと風が唸る。吹き荒れる風が体温を奪おうとするけれど、それに負けないくらい体の中が熱い。狂ったように心臓が鼓動を刻む。

 

「ああああああああ!!!」

 

 全身が沸騰するような熱が背中に流れ込み、そして肩甲骨辺りから噴火するように熱が噴き出した。

 荒れ狂う熱が形を創る。鬼の細胞が魂の叫びを受け入れて変化する。願いを叶えようと進化する。

 それが何かわかった。後ろを見なくてもそこに何があるのか直感的に理解した。

 翼が生えたわたしは、もはや何ものよりも速い。そして頭に思い描いたとおりに体が動く。

 刀を構える鬼狩りに脇目も振らず、わたしは累の頭を抱えて、上へ上へ上へと、大空高く舞い上がった。

 

「累! 累!! お願い!!」

 

 朽ちかけている累の頸に、必死に声を掛ける。

 雨だと誤魔化すには、あまりにも暖かい涙が累の頬を叩いた。

 

「奸鷄……」

 

 わたしを見る累の目は、今まで見たこともない慈しみに満ちた眼差しをしていた。

 

「ごめんね、奸鷄。僕が間違っていたみたいだよ」

「ううん!! いいの! そんなのどうでもいいの!!」

「もし“兄さん”に会えたなら……ごめんなさいって……伝えておいて」

 

 そんなこと………言わないでよ。

 まだ、一緒に居ようよ。ねぇ、

 

「るぅい………」

「お願いだよ」

「………………う゛ん……」

「それとね……奸鷄」

 

 累の声がどんどんか細くなっていく。

 そのまま消えてしまいそうで、わたしはひぐっ、と嗚咽を漏らして唇を噛む。

 

「っ………なに?」

「君は……生きてね、鳥のように自由に………そう願うよ」

「わがっっだ………」

 

 そして累は眩しそうに、朽ちずに残っている片方の瞳を眇めて、淡い溜め息と共に言った。

 

「その翼……綺麗だねぇ」

 

 累の頸の崩壊はもう目元まで来ていた。

 累は死を目前としても、微笑んで、そして、虚空に攫われた。最期に誰宛かもしれないごめんなさいを呟いて。

 

 累の存在を失ったわたしの掌には、たった一滴の涙が残った。

 累が遺したその涙を、僅かにさえ溢さないように、そっと両手で握り締める。

 

 

「ねぇ……累。わたしはまた、ひとりぼっちだよ」

 

 

 死なないで、ほしかったなぁ………。

 

 

 

―――………

 

 

 

 累の頸が斬れた。

 斬り落とした張本人である冨岡義勇は、今度は空を見る。その視線の先には鳥鬼の大群とその頭がいた。

 彼我の距離は遠く、こちらからの攻撃はどう足掻いても届かないだとう。そう悟った義勇は、ただ刀を構えたまま待機する。

 頸が斬られた鬼の体が炭治郎の方へと向かっても、とくに行動は起こさない。

 累の体が少しずつ炭治郎へ近づいていく。そして炭治郎の目の前で倒れた。

 それを脇目で見ても表情は微塵も揺らがなかったが、奸鷄がとてつもない速さで飛来してきた瞬間、その青い瞳を僅かに瞠る。

 

「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」

 

 目と鼻の先にまで迫った奸鷄を仕留めるべく振るった刃は、空を切った。

 凪で仕留めるべきだったと刀を握り直す前に、奸鷄は義勇の隣を抜ける。目標は後ろにいる隊士だったかと懸念し、守るべく全力で後ろに飛び下がった。

 しかしその懸念に反し、鬼は今しがた斬り落とした下弦の頸を持って上空に戻っていった。

 理解不能な行動。日輪刀で頸を落とされた鬼は須く塵と為す。なのにあの鬼は下弦の頸を持っていった。今更どうこうできるものではない。現に体の方は肉体の崩壊が始まっている。では一体なにをするために頸を持っていったのか。

 そこまで考えて、義勇はどうでもいい事だと判断して刀を収めた。そしてゆっくりと振り返り歩み始める。

 その歩みは累の着物の上で止まった。

 

「人を喰った鬼に情けをかけるな。子供の姿をしていても関係ない。何十年何百年生きている醜い化け物だ」

「……殺された人たちの無念を晴らすため、これ以上被害者を出さないため……勿論俺は容赦なく鬼の頸に刃を振るいます。だけど鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いている者を踏みつけにはしない。鬼は人間だったんだから。俺と同じ人間だったんだから」

 

 義勇の物言いに反論する、炭治郞の瞳に嘘はなく、その声音にも偽りはない。

 

「足をどけてください。醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ」

 

 隊士の訴えをしかし、義勇は聞き流していた。何故ならそれより優先することがあったから。

 竹を咥えた少女に、特徴的な耳飾りをした少年隊士。その二人に見覚えがあった。

 

「お前は……」

 

 その言葉が続く前に、義勇は前方からの殺気を察知する。直ぐ様柄に手をかけ、禰豆子に迫った刃を弾く。

 

「あら? どうして邪魔をするんです冨岡さん」

 

 しのぶは空中でくるりと体勢を立て直すと、斬るべき鬼を庇った義勇を見る。

 

「鬼とは仲良くできないって言ってたくせに何なんでしょうか。そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

「…………」

「冨岡さん、どいてくださいね」

 

 頼み込む口調とは裏腹に、しのぶは刀を義勇に向けた。そして義勇越しに炭治郞に話し掛ける。

 

「坊や」

「はいっ」

「坊やが庇っているものは鬼ですよ。危ないですから離れてください」

「あの、ね、禰豆子は違うんです! いや、違わないけど……あの、妹なんです! 俺の妹でその……」

「まぁそうなのですか。可哀想に。では苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね」

 

 一考の余地なしに殺すと言われ、絶句している炭治郎に義勇が「妹を連れて逃げろ」と急かす。それと同時に、もう一人の隊士がやって来た。

 

「あれ? いまどういう状況?」

 

 そう溢したのは、奸鷄を追いかけてきた無一郎だ。

 

「あら、奇遇ですね無一郎くん。見ての通り、冨岡さんが鬼を庇っているのですよ」

「それって隊律違反では?」

「そうなんですよ。無一郎くんからも何か言ってあげてください」

「………」

「どうかしましたか?」

 

 そう促されて何も言えなかったのは、義勇相手に何を言ったものかと悩んでいた訳じゃない。

 その隊士の赤みがかった瞳が、耳に揺れるものが、無一郎の心を大きく揺さぶったからだ。

 

「ねぇ、それってなに?」

 

 隊士の耳に揺れるものが、兄が継いでいる耳飾りとどこか似ている。

 よく見るために近づけば、義勇が炭治郎を更に急かした。

 

「早く逃げろ」

「すみません!! ありがとうございます!!」

 

 脱兎の如くとまではいかないが、慌ただしく走っていく隊士を無一郎が追いかけようとした瞬間、義勇が刀を構えたまま道を塞ぐ。

 

「冨岡さん、通してください」

「………」

 

 だが喋る事が上手ではない上に、誤解を招くことに定評がある義勇である。当の本人にその気はなくても、相手が勝手に怒るのだ。特に不死川やら宇随やら伊黒やらに。そんな訳で、無闇に喋って変な誤解をされるよりかは、取り敢えず今やるべき事を為そうと黙って刀を向けた。

 

「退く気がないなら力づくで通ります」

 

 高まっていく霞の呼吸音。繰り出す型は決まっている。それは動作に大きな緩急をつけることにより、霞に巻かれているように相手を撹乱させる技。義勇がこちらを見失っているその隙に、この場を押し通る。

 

「……む」

 

 繰り出された漆ノ型は義勇相手にも遺憾無く発揮され、見事に義勇の護りを突破する。しのぶもそれにのり、蜈蚣ノ舞の要領で突破する。

 護りに長けた義勇と言えども柱を二人、それも俊足かつ撹乱の技を持つ二人を相手に、後手に回りざるをえない。

 

 しのぶを追うか、それとも無一郎を追うか、その判断は直ぐに出た。

 追うのは、しのぶだ。

 

 無一郎はしのぶと違い、禰豆子を斬ろうとはしなかった。あと、産屋敷邸で挨拶もしてくれたし。

 そうムフッ、と心の中で口角を吊り上げる。けれど表情にはおくびにも出さず、常に顔は無表情。

 

「あら、私に向かってくるんですか? けれど……その速さで追い付けますか?」

 

 木々を伝って行ったしのぶに向かって、義勇は思いっきり地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいじょうぶ? 起きてる?」

 

 義勇がしのぶを掴まえた頃、無一郎もまた、炭治郞の元へ辿り着いていた。

 

「……だめだ気絶してる」

 

 しかし、当の本人は白目を剥いて気絶していた。庇っていた少女の鬼もここには居らず、逃げ出したのだろう。

 

「伝令!! 伝令!! カァァァァァ!!」

「ん? 伝令?」

「炭治郎、禰豆子、両名ヲ拘束! 連レ帰ルベシ!! 炭治郎及ビ鬼ノ禰豆子、拘束シ連レ帰レ!! 炭治郎額ニ傷アリ、竹ヲ噛ンダ鬼禰豆子!! 連レ帰レ!!!」

「額に傷、君が炭治郎? 炭治郎だよね、鬼連れてたし」

 

 額の傷と、先ほどの状況から眼下の少年を炭治郎と判断。

 

「う~ん………」

 

 しかし拘束しろと言われても、手持ちには縄とか持ってない。懐を探っても何か使えそうなものはなく、結局隠の所へ連れていくことにした。

 炭治郎を担いで歩いていたら、ちょうど前から二人の隠の人がやって来た。

 

「霞柱様! そちらの方をお預かり致しますので、一度下ろしていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん。お願いします。えーっと、後藤さん?」

「ほわぁぁぁぁ!!!!?」

「???」

 

 声と目元で後藤さんだと思った方に言ったら、後藤さんが素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

「どうし「ほわぁぁぁぁ!!!!」」

 

 無一郎がどうしたんですか? と訊こうとしたら、被せるように叫んで逃げるように走り去ってしまった。

 

「なんだったんだろう?」

「無一郎チャァァン!! 伝令ヨォオオ!!」

 

 うむむと唸っていると、今度は銀子が飛んで来た。

 

「明日ノ柱合会議、アノ隊士ノ裁判ガ開カレルワ。柱ハ全員産屋敷邸近クノ屋敷ニ参集ヨ」

「あれ? 藤の家なの?」

「ウウン、普通ノ屋敷ヨ。藤ノ花モ植エラレテナイワ。多分隊士ガ連レテイタ鬼ヲ考慮シテダト思ウワ」

「そうなのか。わかった」

 

 炭治郎がしていた耳飾りについて、いつか聞けるかなぁと思いつつ、無一郎は案内してくれる銀子の背を追い始めた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「だいじょうぶかな?」

 

 古風な屋敷の庭の上で、寝ている炭治郎は痛そうに呻いている。

 

「地味に放っておけ。コイツは隊律違反をしたらしいじゃないか。それも鬼を連れていたと。なら気に掛ける必要もない」

「でも………」

 

 宇随さんはケッと吐き捨て、二の句を継ぐ。

 

「オイ、ソイツ起こせ。もう裁判行っちまおうぜ」

「は、はい!」

 

 宇随さんに焚き付けられた後藤さんが、炭治郎を揺り動かす。

 

「起きろ。起きるんだ。起き……オイコラ! やいてめぇ! やい! いつまで寝てんだ! さっさと起きねぇか!!」

 

 最後に頭をはたかれて、炭治郎はやっと目を覚ました。

 

「あなたは今から裁判を受けるのですよ。竃門炭治郎君。裁判を行う前に君が犯した罪の説明をして「裁判の必要など無いだろう!!」……うん?」

「鬼を庇うなど明らかな隊律違反!! 我らのみで対処可能!! 鬼もろとも斬首する!!」

「ならば俺が派手に首を斬ってやろう! 誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ! もう派手派手だ!!」

「嗚呼……可哀想に。生まれてきたこと自体が可哀想だ」

 

 みんな言い過ぎだと思う。

 

「そんなことより冨岡はどうするんだ? 拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだ。胡蝶めの話によると隊律違反は冨岡も一緒だろ」

「まあ良いじゃないですか。大人しく付いてきてくれましたし。処罰は後で考えましょう。それよりも私は鬼殺隊員なのに鬼を連れて任務にあたっている。その事について当人から説明を受けたい。もちろんこの事は鬼殺隊の隊律違反に当たります。そのことは知っていますよね? 何故鬼殺隊員なのに鬼を連れているのですか?」

 

 胡蝶さんに問われた炭治郎は、話そうとしたけど辛そうにお腹を丸めて咳をした。

 

「だいじょうぶ? ゆっくりでいいよ」

 

 その姿が肺炎を患って死んでしまった母さんと重なって、たまらず僕は背中を摩った。

 それを見かねた胡蝶さんが鎮痛剤が入った水を飲ませて、炭治郎は叫ぶ様に語り始めた。

 

 鬼は妹ということ。

 妹は鬼になったけど、人を喰ったことはないこと。

 妹が鬼になったのは二年以上前のことで、その間人を喰ったりしていないこと。

 妹は人間の為に戦えること。

 

 最後の方は、まるで命乞いをするかのような叫び声だった。でも、実質そのようなものなんだろう。

 

「そうなんだ………」

 

 それが本当であるなら随分すごいことだけど、にわかには信じられない。

 鬼は人間を食べる生き物だ。それしか生きる道は無い。だからそれがひっくり返るなんてあり得ない。

 

「オイオイ、何だか面白いことになってるなァ。鬼を連れてた馬鹿隊員てのはそいつかィ、一体全体どういうつもりだァ?」

 

 どこに行っていたのか、不死川さんは鬼が入った箱を担いで剣吞な雰囲気を出し、こちらに向かっていた。

 

「不死川さん、勝手なことをしないでください」

「そうですよ。隠の人も困っています」

 

 そう窘めたけれど、不死川さんは止まらない。炭治郎の、妹は人間の為に戦えるという告白を「ありえねぇんだよ馬鹿がァ!!」と吐き捨て、刀を鞘から抜いて箱へと突き刺した。

 

「不死川さん!!」

「邪魔すんじゃねぇぞ時透ォ」

 

 たまらず不死川さんの名前を叫んだけれど、怒気の籠った目で睨まれた。

 その勢いに呑まれて一歩退いた僕の後ろから、炭治郎が腕を縛られたまま飛び出した。

 

「炭治郎!! ダメだ!!」

 

 相手は柱だ。見たところ全集中・常中もできていない隊士がどうこうできるわけがない。鎧袖一触で終わってしまう。

 けれど僕の懸念に反し、炭治郎は偶然とは言え不死川さんに確かな一撃を入れた。

 

「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら、柱なんてやめてしまえ!!!」

「ぶっ殺してやる!!」

「そこまでです! もうすぐお館様がいらっしゃいますので乱闘はやめて下さい!!」

 

 僕が二人の間に入ってそう言ったすぐ後に、「お館様のお成りです」との声がした。

 その声がした瞬間、不死川さんも含めて柱は反射的に片膝をつく。

 

「お早う皆。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな? 顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 不死川さんは先程の殺気立った様子とは一変して冷静に口上を述べた。そしてみんなが疑問に思っていることをお館様にお訊ねになる。

 

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」

「炭治郎と禰豆子の事は私が容認していた」

 

 さも当然かのような声音で、お館様はおっしゃられた。

 

「認めておられたのですか? 我々は鬼殺隊なのに?」

 

 思わず漏れた本音に、お館様は緩やかに頷いた。

 

「そして皆にも認めてほしいと思っている」

 

 認めてほしいとのお願いに、表立って賛成したのは甘露寺さんだけだった。

 僕はどちらかと言えば賛成だけれど、そんな直ぐには認められない。もし禰豆子が人を食べてしまったらどうするのか。手足欠損ならまだしも、取り返しのつかない出来事に繋がりかねない。

 これは元柱である鱗滝さんとか言う人の手紙を聞かされても、変わらなかった。

 それは他のみんなも同じだった。

 

「……人を喰ったら切腹すると。だから一体何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

「不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない!! 殺された人は戻らない!」

 

 けれども、お館様は柳のように投げ掛けられた言葉を受け流し、いつもと変わらぬ微笑みで口を開く。

 

「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うということもまた証明ができない」

 

 その返しに、不死川さんと煉獄さんの口元から微かに息が漏れる。その正論に提する論は持ち合わせていなかった。

 

「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために三人の者の命が懸けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない。それに、炭治郞は鬼舞辻と遭遇している」

 

 最後に放たれた事実に、誰もが一瞬呆ける。僕も驚きで固まった。

 けれどすぐに我に返って「戦ったの?」と炭治郞に訊いたけど、不死川さんや宇随さんたちの声で掻き消されてしまった。

 

「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」

 

 確かに今禰豆子を斬るのは良くない。もしかしたら鬼舞辻の頸を獲る為の道に、禰豆子が大きな役割を持つかもしれない。

 僕がそう納得した時、不死川さんから、ギリッと歯軋りの音がした。

 

「わかりませんお館様。人間ならば生かしておいていいが鬼は駄目です。承知できない」

 

 不死川さんは拭い難い憎悪を抑える様に肩を震わせ、それでも漏れ出る感情を圧し殺すように下唇を噛む。そして何を思ったのか、自身の右腕を刀で切り付けた。

 

「お館様……!! 証明しますよ俺が!! 鬼という物の醜さを!!」

 

 切り付けた箇所からボタボタと落ちる血を、禰豆子が入っている箱に垂れ流す。

 

「不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出て来ない」

「お館様……失礼、仕る」

 

 ひとっ飛びで部屋の中に入った不死川さんは、刀を箱に三度突き刺した。

 

「禰豆子ぉぉーーっ!!!」

「動くな」

 

 起き上がろうとした炭治郞を伊黒さんが肘で押さえつける。

 

「……伊黒さん、強く押さえすぎです。もう少し弛めてあげて下さい」

「動こうとするから押さえつけているだけだが?」

「炭治郞、落ち着いて。これは必要な事なんだ。どうか分かって欲しい」

「……竈門君、肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂しますよ」

「グゥゥゥゥ!!」

「炭治郎!!」

 

 胡蝶さんが注意したのにも関わらず呼吸をしているから、僕はたまらず伊黒さんの腕を掴み上げた。

 

「……時透」

「流石に見ていられません」

「………甘いな」

 

 乱暴に振り払われた僕の腕。虚空に置き去りにされた腕を手で擦る。なんだかシュンとなって胸が痛い。

 

「ではこれで禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」

 

 よそ見していたから見てないけれど、どうやら人を襲わないことの証明ができたらしい。不死川さんの稀血に耐えられるならきっと大丈夫だろう。

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。君は証明しなければならない。君たち兄妹が鬼殺隊として戦えること、役に立てること。十二鬼月を倒しておいで。そうしたら皆にも認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

「俺は……俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します! 俺と禰豆子が必ず!! 悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

 

 良い心掛けだなぁ。きっと炭治郎はもっと強くなるだろう。

 

「炭治郎の話はこれで終わり。下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」

「でしたら竈門君らは私の屋敷でお預かり致しましょう。はい、連れて行ってください」

 

 胡蝶さんが手を叩くと隠の人たちが出て来て、炭治郎を連れ出していった。

 

「では柱合会議を「ちょっと待ってください!!」」

 

 声が聞こえてきた方を向けば、連れ出されたはずの炭治郎が屋敷の柱にしがみついていた。

 

「その傷だらけの人に頭突きさせてもらいたいです絶対に! 禰豆子を刺した分だけ絶対に!!! 頭突きなら隊律違反にはならないはず!」

 

 お館様の言葉を遮ってまで炭治郎は叫んだ。駄目だよそれは。

 足元の小石を拾い、炭治郎に狙いを付ける。当てるつもりはない。注意だけ。

 飛ばした石は狙い通り炭治郎の頬を掠り、驚いた炭治郎が「ひゃぁ」と素っ頓狂な声を挙げた。

 

「お館様のお話を遮ったら駄目だよ」

「申し訳ございません時透様」

「頭突きさせはぶぇ!!」

「お前ェェ!! もう喋るなァ!!」

 

 隠のひとりに殴られ、炭治郎が目を回す。下がるよう促せば、わたわたと隠たちは下がっていった。

 

「では柱合会議を始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

「最近の隊士の質が著しく落ちてやがる」

 

 開口一番そう言った不死川さんは、苛立ち気に眉を顰める。

 

「十二鬼月でもねぇ鬼にどれだけ殺されてやがんだ」

「そうですねぇ。今回の下弦討伐の際にも、向かわせた隊士の殆どが死んでしまいましたからねぇ」

 

 胡蝶さんもその隣で柳眉を困らし気にしならせる。僕の隣に座る悲鳴嶼さんは手元の数珠を絡めて南無阿弥陀仏と口にした。

 

「なんと弱き者よ………」

 

 と悲鳴嶼さんが呟いたとき、襖が二度叩かれた。

 

「誰だァ?」

「ああ、来たようですね。今回の鬼殺任務の件で、比較的軽症の方にお話しを伺いたくて呼んだんですよ」

 

 そう説明した胡蝶さんは、外に控えている隊士に「どうぞ入って下さい」と声をかける。

 

「し、しし失礼します!!」

 

 震える声が外から聞こえ、そしてじれったい程の遅さで襖が開いた。

 覗かれた顔は青白く染まり、サラサラとした髪が揺れている。

 

「階級庚、村田「名前などどうでもいい。早く言え」」

 

 じろりと伊黒さんに睨まれ、その隊士はぴゃ、と声を挙げてその場で正座した。

 

「それでは、この度の那谷蜘蛛山合同任務の報告を始めます」

 

 村田さんは緊張しているせいか青白くなった唇を必死で動かし、その内容を語り始めた。

 

「―――以上で、報告を終わります」

「ッチ、なんだソイツは。命令に従わないだと? 命令すらも従えないなど脳に蛆虫でも湧いているのか」

「馬鹿だな。勝手な行動して困ンのは自分の方だってのによ。それも地位欲しさで飛び出すとか怒りを通り越して呆れるわ」

「そうね、自分なりに考えた結果で飛び出したのなら納得できるけど、そうじゃないならキュンとしないわ」

「命を落とした者についてはその者の自業自得だが、育手にも責任はあるだろう。みなの者如何だろうか?」

「そうですね。育手が最初から勝手な行動をしたことによる弊害等を伝えておくべきです」

「オイ、ソイツの育手は誰だ? いや知るわけねぇか」

「そうだな! それに選別でも死ぬ者が多すぎる!! もっと鍛えて送り出して欲しいものだ!!」

 

 口々とみんなが自分の意見を出す中で、冨岡さんはやはりというか何も喋らない。

 

「冨岡さんはどう思いますか?」

「………」

「放っておけ。どうせ冨岡はなにも話さん」

 

 伊黒さんにピシャリと叩き落とされ、僕は仕方なく口を噤む。

 ちなみに村田さんは部屋の端っこで小さくなっている。帰りた気な顔をしていたから外に出るように視線で促せば、ペコペコと頭を下げて出て行った。

 

「鳥鬼だが………」

「あ?」

「異常な行動をしていた」

「冨岡さんが喋ったわ! 珍しいわね!」

 

 珍しいことに、本当に珍しいことに、冨岡さんが話し出した。内容は違うけど。

 

「それに………………」

「早く言え」

「空を飛んだ」

「ああ? そんなん前からわかってたことだろうが」

「違う。自分で飛んでた」

「はぁ!!?」

「オイオイじゃあなんだ、更に討伐が難しくなったってことか!!?」

「むぅ。中々手こずらせる鬼だな!」

 

 宇随さんと煉獄さんがそう叫ぶ。僕もそれにのれるような安本丹だったらどれほどよかっただろう。

 確実に僕のせいだ。僕が頸を斬れなかったから、鳥鬼は強くなってしまったんだ。

 

「こうも鬼が活発になるのなら、尚更隊士の質の向上が望ましい。鬼に効く銃だけではなく、我らのような柱でも可能な、戦力の底上げ法は無いものか」

 

 そう嘆く悲鳴嶼さんに申し訳なさが募る。

 そんな僕の様子に気付いたのか、煉獄さんが僕の肩を励ますように強く叩いた。

 

「気に悩むな時透! 今更嘆いても致し方なし! 今できることを考えよう!!」

「………はい」

「それに悪い報せばかりではない! 君の兄は素晴らしかった! 以前共にした合同任務で下弦と出会ったが、彼は傷一つ負わずに勝ち星を挙げた!!」

「ほう、有一郎がそこまで強くなっているとは。良き報せだ」

 

 煉獄さんと悲鳴嶼さんに兄さんを褒められて、凄くこしょばゆい気持ちになる。

 

「えへへ」

 

 たまらず嬉しさが漏れてしまって、誤魔化すように袖で顔を隠してそっぽを向く。

 そんな雰囲気じゃないのに、とても嬉しい。えへへ。取り繕うとしても顔が弛んじゃう。

 少し経っても弛んじゃうから、もにゃもにゃする頬を両手で叩いて気を取り直す。

 

「有一郎くんの良い報せはひとまず置いといて、既存戦力の底上げは必要ですね」

「あの~、柱専用武器というのはどうでしょうか? 私やしのぶちゃんが使っているように、それぞれの全力が引き出せるような武器を持てばいいと思います」

「だがよ甘露寺、それでも専用の武器が使えンのは不死川と煉獄と時透だけだぞ。あ、あと冨岡。無いよりはマシだが、今更使い慣れた刀を替えるってのはなぁ」

 

 なぁ? と水を向けられて、僕と不死川さんはその通りだと頷く。

 

「四人とも宇随さんや甘露寺さんのような特殊な呼吸では無いですからね」

「じゃあ隠し武器というのはどうかな? 宇随さんみたいに爆弾とか、しのぶちゃんみたいに毒とかいいと思うの!」

「爆弾は素人が手出すもんじゃねぇし、手が滑ったらおじゃんだぞ」

「毒もそうですね。私は鬼ごとに調合を変えているので難しいと思います」

「そっかぁぁぁ」

 

 その後も頭を悩ませていたけど、結局良い案は出ずに柱合会議はお開きとなった。

 

 

 

―――………

 

 

「姉さん」

 

 未だに目を覚まさない姉の顔を覗き込む。

 ぼんやりと光る月が窓から覗き、月光が室内を仄かに照らす。室内に満ちた青白い光は、眠る姉の顔をよりいっそう弱弱しく見せていた。

 

「人を喰わない鬼がいるの」

 

 両腕共に点滴で拘束された姉の姿は、いつ見ても痛々しい。

 

「禰豆子と、言うそうよ」

 

 姉さんの夢だった、鬼と仲良くなる夢。きっと姉さんなら禰豆子さんと仲良くできる。

 そう、姉さんなら。

 

 ―――あの時、那谷蜘蛛山で妹が鬼になっていると言われた時、私は竈門君の訴えを切り捨て刃を向けた。

 

 鬼になっているなら、ソイツはもう人殺しでしょう。

 喰った筈だ。啜った筈だ。家族の血肉か他人の血潮かはどうでもいい。喰べた筈だ。殺した筈だ。

 人間が鬼になった時、鬼は身近な人間を喰う。ときに栄養価が高い家族は他人より真っ先に喰われる。どうして竈門君は喰われずに済んだかは知らないけれど、見た筈だ。最愛の家族が、知己の友人が、見知らぬ他人が、血に濡れて伏している光景を。

 だからこそ、禰豆子さんを認めてほしいと言われても、私の口は真一文字に結ばれたままだった。胡蝶カナエなら必ずはいと頷くところを頷かず、胡蝶しのぶなら絶対嫌だと首を横に振るところを振らず、どっちにも転ぶことはできずに結ばれたままだった。

 

 どれだけ姉を真似ても、姉の立ち居振る舞いを模倣しても、その心までは私のものとすることはできなかった。それだけは決してできなかった。禰豆子さんを認めることは姉さんの望みだとわかっていても、それだけはできなかった。けれども叶えたかった。矛盾する心は片方を貫かず、貫かせず、板挟みになっている間に裁判は進んで、そして(胡蝶しのぶ)()に罅が入った。

 禰豆子さんは、希少な稀血の持ち主である不死川さんを襲わなかった。

 

(どうして………!?)

 

 有り得ない光景を見た。

 

 どうしてと疑問が湧き出た。数え切れないほどの疑問が吹き出て、体が硬直した。目の前の光景を認められなかった。その時の私は、精一杯の抵抗のように視線を下げて、お館様と竈門君を視界に映らないようにした。できるものなら耳も塞ぎたかった。

 きっと胡蝶しのぶなら表情に出して、声に出して、有り得ないと否定した。でも私は姉の仮面をかぶっているのだから、黒く噴き出す激情を苦々しく吞み込み、ニッコーっと姉らしい笑みを浮かべた。

 

 私は姉さんじゃない。姉さんのように鬼に優しくなんてできない。

 

 優しい毒だけを作って、それだけで満足させていた。それだけで十分だと、浅ましく身勝手に逃げていた。

 仲良くできる鬼なんて居ないと決めつけて、姉の望みに手を伸ばさなかった。

 

 けれどもそれはもう、許されないのでしょう。

 

 こうして目の前に人間を襲わない鬼がいる。仲良くできると思える鬼がいる。人を喰ったことがない鬼がいる。人殺しじゃない鬼がいる。

 

 なら、そろそろ手を伸ばさなければ。

 

 かつて、無一郎くんに言われた言葉が頭を過った。

 そうね、この道が月程に遠くても、険しくても、姉から継いだ道を歩き始めなくては。

 

 竈門君と禰豆子さんを屋敷で預かることにしたのは、そういうことだ。

 

「姉さん」

 

 目を細めて姉さんを見る。

 開かれない紫苑の瞳を見る。

 そして一呼吸の間を置いて、()に囁くように溢した。

 

ごめんね(愛してる)




 時透さんちの有一郎くん。
 一人で食べるご飯は味気ないなぁ……と思っても顔には出さない。

 時透さんちの無一郎くん。
 時間が取れれば蝶屋敷にいってみよー。

 奸鷄。
 (ニワトリ)だって、飛べるもんは飛べるもの。

 しってるよ。鬼は人間を食べる。わかってる。そうしないと生きられないことも。わたしだって、人間を喰らった数はしれない。顔すら誰一人として覚えてない。
 だから、鬼殺隊がわたしたちを殺そうとするのもわかる。累を斬ったのもわかる。

 それでも、
 ああ、それでも、やっぱり。
 わたしは、あなたに死なないでほしかった。

 胡蝶さんちのしのぶさん。
 竈門君呼びから炭治郎君呼びに変わる日は近い。
 ごめんねの真意は如何に!?

 隠の後藤さん。
 叫び声を上げたのは、柱から馴れ馴れしく名前を呼ばれると、敬まっていないと思われるため。年下だろがなんだろうが、柱という地位は敬わなくてはいけないのだ。

 産屋敷さんちの耀哉さん。
 無惨は鬼の居場所を察知できると知っていたから本部には連れていかなかった。けれど、禰豆子が蝶屋敷に連れていかれることになってしまって、ちょっとヒヤヒヤしている。そのため、ある程度の期間蝶屋敷の警戒を強めることにした。勘によると大丈夫そうだけれど、念には念を入れておこう。

 綾木さんちの累くん家族。
 また絆を編もう。父さん、母さん、そして累という三本の糸をより合わせて、今度はなにがあっても断ち切れないようにと願いを込めて、もう一度家族の絆を編もう。覚えているかい? 三本の糸を交差して編み込めば、もうほどけることはないんだよ。
 大丈夫。心配することはない。もう累は独りじゃないよ。一緒に行こう、父さんと母さんでどこまでも。地獄の底でも一緒に居よう。だって累は、愛しい愛しい我が子なのだから。


 大正こそこそ裏話。
 奸鷄の累への対応が良くなったのは、本話でも匂わせている通り、奸鷄の過去が少し関係しているからです。ただこれだけではちょっと無理矢理な感じがするので、次回に累と奸鷄の閑話を入れようかな~と思います。ただ時間が取れればですが。
 ちなみに、無惨が鷄の名前を付けたのは、鳥鬼の親玉のクセに自分の力では飛べないから。すなわち嫌味。また、奸鷄を鬼にした理由は忘れている。
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