世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 外伝小説のネタバレと微グロあり。苦手な方はご注意ください。
 前半は累と奸鷄の話。後半は胡蝶さんの話。胡蝶さんの話は次回も続くんじゃ。
 さて、話が脇道にずれますが、何だか最近、ハーメルンの時透兄弟の二次創作が増えましたね。もしかして私の作品に影響を受けたのかしら……? と邪推してニコニコニッコーとしてます。
 ところで、なんか目の部分って擬態が難しいようなイメージありません? つまりそういう事です(奸鷄)。
 それはそうと、あらすじを変えてみたんですがなんか納得しません。むむむ……誰かあらすじ書いてくれる人はいないものか。あらすじは苦手なんです。難しいっす私には。それと、一月にテストが目白押しなので、次回の更新は二月になるかと思います。
 あとひとつ思ったのですが、東京府と帝都は同じものとして扱わない方がよろしいんでしょうか? ちびっと疑問です。


第13話 再会はもう望めない。

 累と出会ってから半月程経ったある日のこと。この日は、月明かりがなくて星が良く見える夜だった。わたしは手持ちの配下を増やそうと、那谷蜘蛛山周辺の山を歩いていた。

 

「あんまり鳥いないね」

「そうね」

 

 わたしの隣を歩くのは兄となった累。さっきからキョロキョロ辺りを見渡しているけれど、しょっちゅう小石や木の根っこに躓いて、見ていて危なっかしい。

 

「ねぇ、糸を出してその上を歩かないの? この前からそうして歩いていたでしょ?」

「だってそうしたら奸鷄の隣を歩けないでしょ?」

「……そう」

 

 なんでそんな当たり前のような声で言うのかな。

 少し気恥ずかしくなって、何の意味もなく視線を彷徨わせる。

 

「それとね……」

「なに?」

「……ううん。これはまだ秘密」

 

 なんだろう? そう疑問に思ったけれど、悪いことじゃなさそうだから訊かないことにしよう。でも代わりに別の事を訊くことにした。

 

「繭の娘はどうしたの?」

「お留守番だよ。ここは那谷蜘蛛山じゃないからね、何があるかわからないから、家族の中で一番強い僕が来たの」

「そうだったの」

 

 別にわたしはそこまで弱くはないんだけどな。それにいざとなったら逃げるし。身体を縮めれば大抵見付からない。

 心配しなくても大丈夫だよ、そう言おうとしたとき、茂みの向こうからガサガサと音がした。その音がした途端、累がわたしを守るように前を出て糸を出す。

 

「……なんだ猪か」

 

 姿を現したのは猪で、こちらに視線を向けるとフガッと鼻を鳴らしてわたしたちに鋭い視線を向ける。

 

「えっなに? 餌と思われてるの?」

「ヴゥゥゥ!!!」

 

 蹄で土を掻いて低い唸り声を鳴らす。そして頭を下げて突進してきた。

 

「よっと」

「ん」

 

 突進してきたと言っても、その速度はたかが知れていて、わたしたちは危なげなく猪を避ける。

 そして目標を失った猪はわたしたちの背後にあった木にぶつかって、五六歩たたらを踏むとその場に倒れた。

 

「気絶したのかな?」

「そうかも」

 

 累と一緒につんつんつっついてみても反応がない。どうやら気を失っているらしい。

 

「あ、額から血が出てる」

 

 当たり所が悪かったのか、猪の額からは血が滲んでいた。

 

「しょうがないなぁ」

 

 累が掌から糸を出して血の辺りを覆う。生み出された糸はあっという間に猪の額を覆って、血が見えなくなった。

 

「これでよし」

「別に放置してても良かったんじゃない?」

「なんだか気の毒に思えちゃって」

 

 膝をついていたせいで付着した土を払い、累は満足そうに頷く。

 

「鳥探しに戻ろうか」

「うん」

 

 そして未だに目を回している猪に背を向けて、わたしたちは再び山の奥へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「今日はここまでにしようか」

 

 横にいる累がそう言って、わたしの視線に合わせるように背中を曲げる。

 

「そうね」

 

 わたしは素っ気ない返事だけ返して、プイと前を向いた。

 それに気を悪くした様子もなく、累は歩き出す。

 頭一つ分わたしより高い累の背中を見ながら、後ろをトコトコ歩く。

 ふと、累が立ち止まってこちらに振り向いた。

 

「一緒に歩こうよ」

「……わかったわ」

 

 差し出された累の手を恐る恐る握って、わたしたちは帰路に就く。那谷蜘蛛山に着くまで、累はわたしの手を離しはしなかった。わたしも、振りほどこうとはしなかった。

 

「じゃあ、またね」

 

 綻んだように笑う累に、うん、という言葉だけ返す。

 もう一度じゃあね、と腕を振った累は振り返ることなく自分の家に帰って行った。

 

「累………………」

 

 続く言葉は喉まで来たけど、結局言葉にならず、また音にもならず、ほんの少しの苦さだけ残して消えていった。

 

 

 

―――………

 

 

 那谷蜘蛛山に帰る道すがら、累はとある花のことについて考えていた。

 

(葉っぱの色は鮮やかな緑色で、縁に大きめな鋸歯があって、花びらの数は五枚で、花の色は朱色で、花弁が猪の目のような形をしている花………どこにあるんだろう………)

 

 累が探している花は、幸せを運ぶといわれる花。名をホオズキカズラ。

 以前“兄”にホオズキカズラについて訊いてみたところ、そのような特徴を挙げられた。

 累はその特徴に従ってホオズキカズラと思われる花を探していたのだ。

 

(奸鷄にあげたら喜ぶかなぁ……)

 

 そもそもの話、累は新たに妹となった奸鷄と仲良くなりたくてホオズキカズラを探していた。このことは家族にも内緒にしていて、“兄”からも手伝おうかという申し出があったけども断った。自分の力で探したかったのだ。

 

(新月にしか咲かない花かぁ………)

 

 この条件が一番難しかった。新月にしか咲かないなら、探す時間が限られる。

 できるなら次の新月の日に見つけて、奸鷄にあげたい。

 

 それから累は、那谷蜘蛛山は勿論、その周囲の山やさらに遠くの山まで足を運んで探すようになった。

 訝しげに思う家族に「青い彼岸花を探しに行くんだ」と嘘をついてまで探した。

 

 ここならあるかな?

 この山ならどうだろう?

 こっちの山にはあるかな?

 あっちの山にも行ってみよう。

 

 次の新月には間に合わなかったが、累は諦めなかった。

 新月の夜が訪れる度に山へと入り、鬼の無尽蔵の体力に物を言わせて隅から隅まで、麓から山の頂上まで目を皿にして捜し回った。

 とある山の麓では偶然出会った元下弦の陸にも目をくれず、あちこち捜し回った。

 

 そしてある日の晩。

 

「ヴゥゥゥ!!」

「うわっ!?」

 

 背後から猪に着物を噛まれた。そして獣らしい力強さで着物を引っ張られる。

 

「ねぇ、離してくれない? 僕やることがあるんだけど」

「ヴゥ、ヴゥゥゥゥゥ」

 

 強めに頭を叩いてみても、この猪は離そうとはしない。それどころか更に強い力で引っ張り始めた。

 体重が軽いためにズルズルと引きずられながら、累はどうやって離して貰おうかと思い耽る。

 そして、もう殺してしまおうかと結論が出始めた頃、猪はやっと累の着物を口から離し、満足気に喉を鳴らした。

 

「君は一体どういうつもりだったの?」

「フガ!」

 

 累がそう訊ねても猪はひと鳴きしただけで、そして目の前の茂みを潜って緑の向こうに消えた。それがついてこいと言われているようで、累もその後を追って茂みを潜り抜けた。潜り抜けた先には洞窟があり、猪がその中に消えていった。

 

「あ―――」

 

 累の喉から掠れた声がでた。

 視線を辿った先には、朱色の花が咲いていた。

 思わず累は呆然とする。

 

 その花は鮮やかな緑色で、朱色の花弁には猪の目のような形をしていた。

 

「やっと………見つけた」

 

 星の光に照らされた可憐な花は、どこか浮世離れした輝きを放っていた。

 

「フガッ」

 

 いつの間にか前にいた猪の声でハっと我に返る。

 

「ありがとう! 助かったよ!!」

「フガ?」

 

 どこか疑問に思ってそうな猪の頭を累は撫でて、ホオズキカズラに手を伸ばす。

 そして摘んだ花を血鬼術で生み出した糸で包み、はやる気持ちで那谷蜘蛛山へと向かって行った。

 

 

 

「フガ??」

 

 

 

 

 

 

 

 奸鷄は那谷蜘蛛山の裏側にある大木を住処にしている。今晩も木の天辺にある巣でなにやら作業をしていた。

 慎重に木の枝を伝っていって、巣の外側から声を掛ける。

 

「中に入ってもいい?」

「いいよー」

 

 巣の外側をよじ登って、巣の中に足を踏み入れる。奸鷄は鳥鬼から毟り取った羽で羽毛布団を作っていた。

 

「どうしたの?」

 

 手に持ったままの糸玉に一瞬目を遣った僕の隣に、一段落ついた奸鷄はすとんと腰を下ろした。

 奸鷄の目が僕の持つソレに集中しているのが分かる。

 

「えっとね……」

 

 奸鷄の空色の瞳にじっと見詰められて、胸が騒ぐように早鐘を鳴らすのを感じる。少しぎくしゃくしながらも糸玉の中から朱色の花を取り出せば、奸鷄が不思議そうに小首を傾げた。

 星に照らされた花は少しばかり曲がっていたけれど、萎れてはいなかった。

 

「奸鷄、これ、あげる」

「なにこれ?」

「ホオズキカズラって言うんだ。幸せを運ぶ花なんだよ」

「ふ~ん……」

 

 その淡白な返答が、要らないと言っているようで、花を持つ手の力が抜ける。

 次第に下がっていく手に伴って下がる視線は、しかし奸鷄に遮られた。

 

「ありがとね」

 

 僕の手からするりと取られたホオズキカズラは、奸鷄の白い手に収まった。

 視線を上げれば、奸鷄は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「じゃ、じゃあまたね」

「………うん」

 

 急に恥ずかしくなって、逃げるように巣の外に出た。

 どんどん奸鷄から遠さがる。

 

 ふと、風が囁いた気がした。

 またね、って奸鷄の声で鳴いた気がした。

 たとえ空耳だったとしても、鼓膜を揺らした声に、僕の心は綻んだ。

 

 仲良くなれたかな、そんな希望を訊ねるように空を見上げれば、奸鷄の瞳と同じ色の夜空が、そうだよ、と言うように瞬いた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「これ、あげる」

 

 累がそう言って取り出した花は、まるで星を散りばめたようにキラキラと輝いて見えた。

 

「ホオズキカズラって言うんだ。幸せを運ぶ花なんだよ」

 

 “幸せを運ぶ花”。その響きに胸が少し弾んだ。

 嬉しさに弾む心臓の音に押されるようにホオズキカズラを見る。

 

「ふ~ん……」

 

 発せられた言葉は興味がないように思えるけれど、それは綺麗な色合いに目を奪われたからだ。

 けれど累はそのことが分からないんだろう。不安に俯いた累の手から、そっと朱色の花を抜き取った。

 

 ふと、瞼の裏に誰かの姿が浮かんだ。

 知らない人だ。けれど、どこか懐かしい気がする。

 

「ありがとね」

「じゃ、じゃあまたね」

「………うん」

 

 立ち上がった累に、わたしはしばらくしてコクっと頷いた。

 聞こえてないかもしれない。そういえば、いつもまたねって言えてなかったと思う。でも今なら言えると思う。

 

「累」

 

 胸に抱いた幸せの花に、囁くように名前を呼んだ。続く言葉も、きっと届きはしないだろう。

 それでも、

 

「またね」

 

 その言葉はするりと喉から出た。

 それと同時に、ふっと風が吹いた。

 それはまるで、またねを累へと届けてくれるようだった。

 

 

 

 

 

 

 奸鷄は枕元に花を置くと、出来立ての羽毛布団を頭から被った。しばらくの間無言でくるまっていたかと思えば、亀のようにひょっこりと頭を出した。

 

 なんだか身体の内側がくすぐったい。それが漏れ出たように足をバタつかせれば、布団がボスボスと音を立てる。そしてゴロゴロと転がった。

 

 ホワホワした陽気に包まれる奸鷄の意識は、そのうち水に沈むように薄れていった。

 

 

 体に満ちた幸せの色は、遥か昔の記憶を奸鷄に見せた。

 

 

 

―――………

 

 

 

『お帰りなさい、――。』

 

 きっと人間の時の記憶だと思う。けれども鬼になった時間が長すぎて、お帰りなさいと言った女の顔も、続いた言葉も不明瞭で聞き取れない。

 

『お母さんただいま!』

 

 続いて聞こえてきた声は後ろから。こちらもはっきりとは聞こえない。

 

『お腹減った! ご飯なに?』

『お鍋よ。今日は寒かったでしょう? 体の底から暖まるわよ』

 

 囲炉裏で踊る炎は、チリチリと鍋の底を舐める。

 母らしき女性が鍋の中をクルリとお玉で回して、サッとひと掬い。湯気が立つ煮物を二つの器によせる。

 

『さぁ、お食べ。二人とも』

 

 差し出された器にふーふー、と息を吹き掛け、ほんのちょっぴり口に含む。舌を焼くような熱さだけれど、それに負けないくらい優しい味があった。

 

『おいしい?』

『うん!』

『そう、良かったわ』

『全部食べても良い?』

『駄目よ。もうすぐお父さんが帰ってくるから、それまで我慢しなさい。お兄ちゃんでしょ? ――に格好いいとこみせなさい』

『うぅ……、わかった!』

 

 お兄ちゃんと呼ばれた人の声が弾み、母とおぼしき人が優しく笑う。

 と、不意に夢が途切れる。場面が変わって、今度は夜だ。夢の中の夜は、現実の夜より遥かに怖い。そこかしこに怪物や幽霊、人間を食べるような生き物が潜んでいるのではないかと思ってしまい、奸鷄は恐怖で体を縮こませた。

 

『――』

 

 名前を呼ばれた。顔を上げれば、すぐそこに兄がいた。

 どこにも行ってほしくなくて、隣に居てほしくて裾をぎゅっと掴んだ。

 

『大丈夫だよ――。お兄ちゃんが守るから』

 

 ほんとうに? と、訊ねるように兄の顔を見上げる。

 

『ああ!』

 

 頼もしく頷けば、これをあげる、と兄は懐を探る。

 御守りだ、そう言って取り出したのは、累が奸鷄にあげたのと同じ花だった。

 

『わぁ~!』

 

 どこもかしこも闇に包まれた世界の中で、その花だけは鮮烈な光を放っていた。

 

『どうだ。もう怖くはないだろ?』

 

 花を差し出して兄は声を弾ませる。

 朱色に光る花が、奸鷄にはとてもとても、目が眩むくらいに眩しかった。

 

 

 

―――………

 

 

 

 夢を見た気がする。まるで暖かな日溜りで微睡むような、そんな温もりに包まれた夢を見たと思う。

 夢の内容は定かじゃない。朧気で、きっと明日にはもう忘れているだろう。

 累の姿に見知らぬ人が重なったのも、そのうち忘れてしまうだろう。

 

 いずれ花は萎れて立ち枯れてしまうように、きっと朧気な残り香だけを残して消えてしまうのでしょう。

 

 

 軽やかな風が花弁を揺らす。

 

 甘い香りを振り撒いて、花弁が一枚、攫われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、いつも通り奸鷄の元に累が訪れた。

 そしていつも通りに、奸鷄の鳥集めを手伝う。

 夜明けが近付くと、累は奸鷄へと別れの腕を振る。いつも通りに。

 そして再会の言葉を言う。いつも通りに。

 

「またね」

 

 と。

 累が背を向けかける所で、奸鷄は言った。

 

「またね」

 

 と。

 それだけのことが、累にはとても嬉しかった。まるで心が踊り出すようだった。

 

「……うん!」

 

 振り向いた先で、奸鷄が僅かに笑っていた。少し恥ずかしそうに僅かに笑って、奸鷄はおずおずと手を振った。

 

 ―――いつも通りではなかったのは、別れ際に奸鷄が「またね」と言ったこと。

 累の心にはじんわりと、仲良くなれたことの実感が春の陽気みたいに広がっていった。

 

 

―――………

 

 

 

 累はホオズキカズラを見つけたことを、念話で“兄”に伝えた。

 返ってきた返事は労いの言葉と、近いうちにそちらへ向かうとのこと。

 

 累がその念話を受け取った日から、ちょうど一週間経った繊月の夜。“兄”は那谷蜘蛛山へとやって来た。

 

「累が見つけたという花、もしやこれではないか?」

 

 累と“兄”の二人きり。

 懐から取り出したそれに、累はうんと頷く。

 その様子に、やはりそうかと呟いた“兄”はしばし迷った末に、諭すように告げた。

 

「この花はホオズキカズラではない。イノメモドキだ」

「え?」

「良く似ているがホオズキカズラではない」

 

 再三と告げられた累は肩を落とし、みるみるうちにしなだれていく様は、まるで花が萎れる様だった。

 そうなるのも無理はないだろう。数ヶ月もかけて探しだした花が紛い物など、骨折り損処ではない。

 暫しの沈黙ののちに吐かれた息には、自責と後悔がない交ぜになって含まれていた。

 

「そっか……。僕間違えてイノメモドキをあげちゃったんだ……。兄さんに確認して貰えば良かった……」

 

 俯いた累は、消え入りそうな声でそう言った。

 消沈する累の背を“兄”が励ますように優しく叩く。

 

「確かに花は違う。しかし累が籠めた想いは変わらない」

 

 ゆるゆると頭を上げた累は、じっと“兄”の瞳を見つめる。

 

「お前にとっての“幸せを運ぶ花”はホオズキカズラではなく、イノメモドキだということだ」

 

 そうだろう? と問われた累は僅かに笑って、しっかりと頷いた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「先程も言ったが、ホオズキカズラとイノメモドキは良く似ている。間違えたのはお前含めて二人目だ」

「兄さんも間違えたことあるの?」

「いいや、私ではない。お前と同じように、妹にあげようとした兄だ」

「そうなんだ。なんだか仲良くなれそうだね」

「そうかも……しれんな」

 

 

 

―――………

 

 

 

 蝶屋敷に運ばれた竈門君は、怪我が治って元気になっていた。

 一番の重症だった我妻君も、手足が伸び始めて髪の毛も揃い始めてきた。

 

「竈門さんと嘴平さんの怪我は完治しました。そろそろ機能回復訓練をさせた方がよろしいかと思います」

「そうですね……」

 

 私はアオイから受け取った竈門君と嘴平君の名前が書かれた診察簿から目を離し、頃合いだと頷く。

 

「かしこまりました。直ぐに準備します」

「ありがとう、アオイ」

「いえ、当然の事です」

 

 退室していくアオイを笑顔で見送り、私も座っていた丸椅子から腰を上げて竈門君たちがいる病室へと歩き出した。

 

 板張りの廊下を進む最中、私は口元と目元をいつもより意識して笑顔の形を作る。

 優しい顔で笑う姉さんのように、口元は緩めて目元は柔らかに。決して胡蝶しのぶの顔が出ないように、笑顔を糊で固めるように固定した。

 竈門君たちが療養している病室の敷居を跨ぎ、竈門君の方へと目を向ければお見舞いであろう男の隊士が居た。

 

「こんにちは」

「あっどうもさようなら!!」

「さようなら」

 

 逃げるように帰っていく隊士を見送り、改めて竈門君の方を向いて微笑みかける。

 

「どうですか、体の方は」

「かなり良くなってきています。ありがとうございます」

「ではそろそろ機能回復訓練に入りましょうか」

「……機能回復訓練?」

 

 疑問そうに首を傾げる竈門君に簡単な説明をして、アオイが待つ道場へと案内する。

 

「二人とも、よろしくお願いします! あともう一人……伊之助も連れてきますのでお願いします!!」

「ではアオイ、よろしくお願いしますね」

「はい」

「カナヲも、よろしくね」

「………」

 

 いつも通り無口な頷きだけを返して、カナヲは虚空を見つめる。キッチリとした礼を示した竈門君を見ても微動だにせず、出来の良いお人形さんのように座ったまま。

『きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫』

 カナヲと出会った日、かつて姉さんはそう言った。

 でも、本当にカナヲの心に花は咲くのだろうか。カナヲと出会ってから四年は経つけれど、未だにその気配はなく蕾のままで、華やかな花弁は開かない。

 一体カナヲの心はどんな花をつけるのか。花が咲く頃まで、私は生きていられるのか。それだけが気掛かりだ。

 

「よォ、胡蝶」

 

 と、声がした方を振り向けば、不死川さんがそこにいた。

 

「元気かァ?」

「ええ、お陰様で」

「そうか」

 

 そんだけだと言った彼は、そのまま玄関がある方向へと消えていった。 

 

 ―――不死川さんは、姉さんが眠りに落ちた頃から、こうして声を掛けてくることが多くなった。

 不死川さんはああ見えて、姉さんと仲が良かった。きっと本人は否定するだろうけど。

 だから妹である私を気をかけるのは、その名残か何かなのでしょう。

 

 自室に戻ると、私は隊服を脱いで着物に着替える。そして脱いだ隊服を予め用意していた旅行鞄に詰め込み、日輪刀を竹刀袋に納めた。生薬の買い付けに行くのだ。行きつけの問屋ではなく、あらゆる物が行き交う帝都に。

 

 きよとすみとなほに見送られ、私は帝都までの道のりを歩き始める。

 

 ―――生薬を買い求めるのは、なにも隊士の治療用や毒の開発に使うためだけじゃない。鬼を人間に戻す研究の第一歩目として、有効と思われる物が欲しかったからだ。

 竈門君は心が綺麗な人だった。自分より年下のきよたちに気を遣い、落ち込む同期を励ましていた。その行動に下心や二心など無く、純粋な思い遣りの心で満ちていた。それはまるで姉さんと同じくらいに。

 だからこそ、こうして足を運ぶ事にしたのだ。

 

 道中これといった出来事はなく、無事に帝都に着いた。ひとまず派出所付近に設置してある地図をみて、記載されている薬種問屋に行くことにしよう。

 

 掲示板を見てみれば、探し人の便りがいやに多いことに気が付いた。

 

「………少しきな臭いですね……」

「ああ、それかい?」

 

 誰に向けた発言でもなかったが、ちょうど後ろを通りかかった通行人が足を止めてこちらを向いた。

 

「ご存知なのですか?」

「ああ。最近列車の中で姿を消す人がいるらしくてな、探し人の便りは大体それさ」

「そうなのですか……」

「でもまあ、これ以上増えなくなるかも知れんけどなぁ」

「それはまたどうしてです?」

「運休するからさ。鉄道会社は列車になにか不具合が生じたからと言ってたが、本音は別だろう。これ以上悪評が立つのを防ぎたいんだろうな」

「なるほど」

 

 ふんふんと頷く私に彼は気を良くしたのか、それとな、と言葉を繋いだ。

 

「この噂は耳にしていると思うが、切り裂き魔っちゅうモンも出始めてる。君も気を付けた方がいいぞ」

「それは初耳でした。ご忠告ありがとうございます。貴方もお気を付けて」

 

 色々と教えてくれた彼は最後に、「じゃあな」と言って去っていった。

 残された私は束の間思案に耽る。

 人間の手で走行中の列車から別の人間の姿を消すのはほぼ不可能だろう。それに姿を消すという情報からにして目撃者はその人物の血を見ていない。更に言えば誰かの悲鳴も聞こえてないのだろう。なら考えられるのはひとつに帰結する。

 

「鬼……ですかね」

 

 目を細めて便りを見る。

 それと同時に、どこかからか汽笛の音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――釣藤鉤、忍冬、辛亥、川骨、知母、柔白皮と。……姉ちゃん随分と買うねぇ。疑ってる訳じゃねえが金は持ってんのか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 場所は漢方薬の材料を販売する専門店。店はたいして大きくはないが、品質はとても良い。店員は見たところ一人もおらず、目の前の男性が居るだけだった。

 恰幅の良い主人に笑顔でそう返し、懐から巾着袋を取り出してお代を置いた。

 

「……はいよ毎度あり!」

 

 紙幣をペラペラと捲って数えた主人はポン、と空いた片手で勘定台を叩く。

 

「また来なよ!」

「ええ、またいつか」

 

 会釈して背中を向けようとした時、天井から吊るされた、薬種が入った鍋に日輪刀が入っている竹刀袋が当たってしまった。当たり所が悪かったのか、竹刀袋から鳴らない筈の硬質な音が鳴る。後ろから息を呑んだような声がした。

 

「もしや……」

 

 切り裂き魔だと思われて警吏を呼ばれるのは拙い。できるだけ早くこの場を去らなくては。そう思いながら主人の方を振り返る。

 

「……すみません。ぶつけてしまいました」

 

 さりげなく竹刀袋を撫でて頭を下げると、主人はやはり訝しげに思ったのか、鋭い目付きで周囲を見渡すとこちらへ身を乗り出した。

 

「なぁ、姉ちゃんそれあれだろ? 刀だろ?」

 

 確信を伴った声音で言われた内容に、どう誤魔化そうと思考を巡らせる。

 

「違いますよ。これは……」

 

 そして思い付いた言い訳を言う前に、主人は手で制して軽く頭を下げた。

 

「すまん、問い詰めてる訳じゃねぇんだ。ただ訊きたいんだ。……姉ちゃんは鬼殺隊か?」

 

 一目で鬼殺隊の名前が出てくるとは、もしかしたらこの方は以前、鬼殺隊に救われた過去があるのか。

 警吏を呼ばれることはないようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「ええ、それがなにか?」

「ちっと頼みたいことがあんだ」

「鬼関係ですか?」

「そうだ」

 

 奥に上がってくれと私に促し、主人は店先に『閉店』の札を掲げた。

 

「頼みたいってのはうちの倅の事なんだ。ここから北の山で奥さんと暮らしていてな、俺とは手紙をやり取りする仲なんだが、最近妙な事が頻発しているそうなんだ」

「妙な事とは?」

「事のあらましはこうだ。まず始めに―――」

 

 伝えられた内容を簡潔にまとめると、血に濡れた人間が山の中で倒れており、駆け付けてみれば身体中に青アザが浮かび、骨も折れていたり飛び出ていたりと、原型がわからないほどに痛め付けられていた。極め付きに、お腹にあたる部分はぽっかりと無くなっていたいたそうだ。そしてその三日後、別の場所で同じ死に方で亡くなっている人を見つけたそうだ。そのまた更に五日後、ひとり家にいた妻は血も凍るような叫び声を聞いたという。

 

「確かに、鬼である可能性が高いですね。熊である可能性も否定できませんが」

「頼む、どうか息子夫婦のとこに行ってくれないか!? お前さんがどれくらい強いのかもわからない、もしかしたら死んでしまうのかもしれない、そんなことは重々承知している。随分と手前勝手な頼みだがこの通りだ!! 礼なら必ずする!!」

 

 畳に音を立ててつかれた額。その両側に添えられた老いが浮かぶ両手。丸くなった背は心配のせいか少し揺れていた。

 微塵の躊躇いも無く土下座した主人の肩に、私はそっと手を添える。

 

「構いませんよ。それに安心して下さい」

 

 ゆるゆると上がった顔には、期待と罪悪感が綯交ぜになっていた。

 その罪悪感を払拭できて、安心できるような笑顔を浮かべて私は告げる。

 

「私は鬼殺隊蟲柱。悪鬼滅殺を刃に刻んだ、ちょっとすごい人なんですから」

 

 

 

―――………

 

 

「クヒヒヒッ、人間だァ、男の人間だァ」

 

 提灯の灯りはチラチラとその姿を夜闇に映す。

 額から突き出た二本の角。

 口から覗く鋭い犬歯。

 異様に伸びた指の爪。

 それは猫のように縦に割れた瞳を三日月にしならせ、邪悪を煮詰めたような笑みを浮かべた。

 

「な、なんだお前は!?」

 

 提灯を片手に行脚していた僧は、未知への恐怖で足が震える。数珠と共に口走ったのは「南無阿弥陀仏」。けれど目の前の怪異は霊でも妖でもない。仏頂尊勝陀羅尼(ぶっちょうそんしょうだらに)の経本も、鬼にはなんの役にも立ちやしない。

 

「鬼さァオレは。オレたちゃ人間が好物なのさァ」

 

 僧は濃厚な死の気配を感じ取り、水気を失った喉をゴクリと鳴らして瞳を恐怖で滲ませた。

 

「おメェはどんな音すんのか試させてくれよォォ!!」

 

 その瞬間、鬼は僧の腕を掴むと力任せに地面に叩き付けた。叩き付けられた僧の身体から、骨の折れる音が何重にも重なって鳴り響く。

 

「ウヒッ、ひゃァ!」

 

 鬼は僧を叩き付ける。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

「ひゃひゃひゃひゃ!!」

「や、やめ……やめでェ、ぐれ」

「やめるわけねェだろバーカァ!!」

 

 懇願してもやめてくれないなら、もはや僧が頼れるのは唯一つ。

 

「ぼ……ほど……げ様、が……がみざ、ま」

「お、おお……お助け……ボ」

「仏ざ、マ……おお……だすげェえ」

 

 狂ったように男は自らが信じる存在の名を呼ぶ。歯が折れた口をモゴモゴと動かし、潰された蟻の如き声で助けを乞うた。然れど神様は手を差し伸べず、阿弥陀仏もその瞳を開かない。

 

「ウヒャッ、ウヒャヒャヒャ!!」

 

 ついに男の声は涙と血交じりのものとなり、それもまた次第に小さくなっていく。

 その様子を鬼はさも愉しげに嗤って、歌うように口ずさむ。

 

「男は叩けば骨の音、女は叩くと肉の音、子供はいつでも泣き喚き、老婆は掠れた嗄れ声」

 

 クフフと嗤う鬼は、ぐしゃぐしゃにひしゃげた男の顔を覗き込む。そしてまた口ずさむ。

 

「人間誰もが音色を奏で、終にはみぃんな揃ってこう言うさ」

 

 ニタリ、と涎で濡れる歯を剥き出し、鋭い爪で男の左の目玉を抉り出す。

 更なる苦痛を与えられ、僧は呪詛の様に低い叫び声を挙げて虫の声で泣く。両腕も両足も折れた今では、もはやただそうすることしかできなかった。

 と、頭上から熟れてない蘡薁を潰す音にも似た、気色ばんだ音が僧の耳を犯かした。

 鬼は今しがた抉り出した目玉を、態々とした仕草でこれ見よがしにグチュリと噛み潰して、喉奥で嗤った。

 

「殺してくれってなァァ!!」




 時透さんちの有一郎くん。
 今作の主人公なのに前回と引き続き出番なし。セリフすらない。多分次回も出番ない。
 ホントごめーん!! でもそのうち出番あるから!!

 時透さんちの無一郎くん。
 今回出番なし。しかし有一郎と違い次回出演予定。

 奸鷄。
 徐々に懐く。時々累にあやとりを教えてもらうようになる。

 いずれ膝を怪我するドジな猪(名前は猪子?)。
 累が応急処置をした猪。恩返しに我が家に招くも入口で帰られてしまった。でも嬉しそうだったからよし。フガッ!

 それでは皆様、良いお年を!
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