世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 どうも皆様お久しぶりです。先日に行われた同窓会でお呼ばれされなかった千月です。後日人伝てに聞いてしまって俺はつらい。耐えられない。お前もボッチにならないか? それはさておき、始まりは陳謝から始まります。
 陳謝
 毎度毎度有一郎くんが次回登場するとか予告しておきながら、今回も出ません。次回も恐らく出ません。楽しみにしていた方には顔を向けられません。すみませんでした。
 こうなる理由としては、私がプロットを作成してないからです(もちろん全体のプロットはありますが)。私は基本この話を書く(例えば炭治郎と胡蝶さんの出来事を書く)というガワだけを決めて、中身を作り上げるのは実際にそのシーンに手を付けてからです。なのでほぼ行き当たりばったりで書いているため、想定以上の文章量となると、入れるスキマがなくなるからです。
 私の次回予告はあてにしないでください。良く言えばツンデレ、悪く言えば詐欺です。次回出る出る詐欺です。あと更新しないしない詐欺もあります。騙されないようにお願い致します。タグにも追加しときました。

 炭治郞は煉獄さんのことは『煉獄さん』、冨岡さんのことは『冨岡さん』(後に義勇さん呼び)。宇随さんのことは『宇随さん』。時透くんのことは『時透君』。その他諸々。と柱は全員苗字にさん付け、もしくは君付けです。ならなんで胡蝶さんのことは『しのぶさん』呼びなのか、今でも疑問に思ってます。なんで? これなんで? なんで? ねぇなんで? あと外伝小説花と獣では『炭治郞くん』呼びなのに原作夢を託すシーンでは『炭治郞君』呼びなのはどうして? なんでなんでどうして? ワタシトテモキニナル!!
 取り合えず考えられることとしては単に書き間違えか(①)、それとも歳が近かったからなのか(②)、または柱合会議と夢を託すまでの間に名前呼びになるくらいの出来事があったのか(③)。そこんとこどうなんです? と不思議に思いながら書いた胡蝶さんと炭治郞のシーン(③)です。これに関して、外伝小説『片羽の蝶』のネタバレがあります。苦手な方はご注意ください。

 これはブーメランなんですが、しのぶさんがそんな簡単に本来の笑顔を見せるかって話ですよ。簡単に見せてしまったら覚悟が弱すぎます。それやってしまったら己を喰わせて死ぬ覚悟で必死に頑張っているしのぶさんへの侮辱だと思います(※あくまでも個人的な意見です)。以前の話は作り込みが甘すぎたなぁと猛省してます。今回ははまぁ、……うん。誰だって電車の中で笑いを押し殺せなかったことがあると思います。怒りは抑えやすいですが、笑いは難しいですからね。

 話が変わりますが、ノーウェイホームみてきました。面白かったですね。マーベルの二次創作を書くのも良さそうです。例えばNARUTOのマダラもしくはカグヤとの戦いとか。He is Japanese ninja!? って言わせてみたい。忍者ってホントにいたんだ!! とかやらせてみたい。


第15話 あなたの声は鮮やかに。

 朝陽が昇って二刻程経った時、胡蝶しのぶは蝶屋敷に着いた。

 出迎えてくれたなほ、きよ、すみの三人に「ただいま帰りました」と言うその顔には、帝都で見せた弱さなど影も形も見当たらない。

 誰もが何事もなく帰宅したと思っていた。

 しのぶも、誰かに指摘されるとは思ってはいない。

 

「胡蝶さん、大丈夫ですか?」

 

 思っても、みなかったのだ。

 

 

 

―――………

 

 

 

 人は五感の中でも、聴覚を一番に忘れてしまうらしい。どんなにその人の顔を覚えていたって、どんなにその人の匂いを覚えていたって、その人の声は記憶に残らず零れていってしまうらしい。

 

「姉さん」

 

 それは胡蝶しのぶも同じだった。

 どんな顔で笑うのかも、どんな顔で泣くのかも、在りし日に交わした言葉は記憶の中にとどまっていても、その中身が伴わない。

 

「姉さん……」

 

 静かな声だった。空気のゆらめきに染み込んでしまう程にか細く、ささやかな声。

 

「姉さん……」

 

 あなたの声が聴きたいのに、あなたはずっと眠ったまま。

 あなたの声で名前を呼んでほしいのに、あなたはずっと噤んだまま。

 もう、あなたの声が、

 

「起きてよ……」

 

 はっきりとはわからないのに。

 

 ―――俯く顔には陰が降り、姉の手と繋ぐ両手は動かない。

 しのぶの脳裏には昨日の出来事が鮮やかに蘇っていた。

 

 惨たらしく殺された女性の姿。

 死ぬことを望んだ青年の顔。

 吐き気を催す程に醜悪な鬼。

 皺の刻まれた顔に流れる涙。

 

 蘇ったのはそれだけじゃない。

 

 殺された両親の背中。

 腕の中で血を吐いた姉の姿。

 とうに死んでしまった継子の顔。

 

 傷口から無理やり引き出されたように、あとからあとから胸が張り裂けそうな過去が脳裏に映る。

 活動写真の様に繰り返された記憶に責め立てられて、しのぶは縋り付くように姉の名前を呼んだ。

 

「カナエ姉さん」

 

 もう一度だけでいいから、あなたの優しい声が聞きたいの。

 

「カナエ姉さん」

 

 たったの一度だけで十分だから、それだけでこれから先頑張れるから、ねぇ、

 

「カナエ、姉さん」

 

 母を探す迷い子の様な哀れな声で呼んで、期待を込めた瞳で姉を見詰める。

 けれどいくら呼んだところで、

 

『なあに、しのぶ』

 

 そんな優しい幻聴すらも、聴こえてくることは無かった。

 

「どうして……どうして……」

 

 しばらくしてぽつりと呟かれた言葉は神を恨む。仏を憎む。

 よりにもよって、どうして姉の夢を叶えようと動いた矢先に、こんなことが立て続けに起こったのか。どうして目の前で人を死なせた。どうして劣悪な悪鬼と遭わせた。

 今までずっと怒りと憎しみを我慢してきてたのに、なんで崖から蹴り落とすようなこんな運命を用意したのか。

 

 問い質そうにも、神も仏も見たことない。例え居たとしても神は答えてくれやしない。仏も教えてくれやしない。

 神仏は悪人に神罰を下すこともなく、いつだって高みの見物を決め込んで、精一杯踠く人間を嗤っているんだ。

 

 ああ、呪わしい。呪わしい。

 ほんとうに、呪わしいことよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何もかもが煩わしくて、研究室のドアを乱暴に閉めた。その音さえ煩わしく癇に障る。

 私は押し殺せずに噴き出す憎悪、湧き上がる憤怒と怨讐をひたすらに毒の調合にぶつけることにしたのだ。今の私を癒せるものは、鼻腔を擽る藤の香りのみだから。

 

 薬種が詰められた棚を漁り、隣接する冷暗所から特別毒性が強い薬品を持ってきて、どれほどの藤毒を抽出すればいいか、どんな配合が鬼に効果的かと思考を巡らせる。そんな物騒な考えが今の私には効果的で心が安らぐ。

 しかし常時では考えられない状態だったからか、本来なら書くはずの調合書を書かずに調合を進めていた。

 それに気付いた時にはすでに遅く、調合してから半刻程経ったあとだった。これでは使った薬品の量も薬種の種類も分からない。後から見直すこともできない。同じ調合をすることもできない。

 いつもの私なら有り得ないドジをして、思いっきりため息を吐いた。それと同時に自分自身に怒りと嫌気がさした。

 

(少し息抜きでもしましょうか……)

 

 気分転換に玉露でも入れようかと、勝手場に繋がる廊下を歩いていた時だった。

 南側の庭から、竈門君の声が聴こえてきた。足を止めて耳を澄ませば、竈門君の声と何か引き摺る音がする。一瞬なにかと思ったけれど、そう言えば縄を括りつけた岩があった。竈門君はそれを使って鍛錬をしているのでしょう。

 

(岩……)

 

 岩と言えば、悲鳴嶼さんと暮らしていた過去を思い出す。私とカナエ姉さんがまだ鬼殺隊に入る前のことだ。無理言って住ませてもらって、鬼狩りの方法を教えて欲しくて押しかけた。

 けれども、私たちを鬼殺隊に入れたくない悲鳴嶼さんは、私たちを諦めさせようと大岩を動かせないと育手を紹介しないと言った。

 それに出来るわけがないと憤慨した私に、悲鳴嶼さんは厳しい声でこう言った。

 

『出来なければ、誰かが死ぬ。守るべきものが殺される。そんな状況でも、お前はまだ生温い言い訳を口にするのか』

『出来る出来ないではない。出来なくとも、やらねばならない。力が及ばずとも、何を犠牲にしようとも、己のすべてを賭してやり遂げろ』

 

 結局大岩は梃子の原理で動かしたけれど。

 その時の悲鳴嶼さんの言葉は、柱になった今も私に現実を正面から叩きつける。

 

(えぇ、そうね。悲鳴嶼さんの言う通りだわ)

 

 私には鬼の頸を斬る力がない。どれほど鍛練を積んでもできなかった。だから毒で殺す。

 毒が効かない鬼も、それ以上の毒を与えて殺してきた。

 たとえ上弦の鬼だろうと、私全てを藤の毒に染めてしまえば、殺すことはできなくても弱らせることはできる筈だ。

 

 喜びなさい。私の全てをくれてやる。お前だけを思って仕込んだ毒だ。その細胞全てでじっくりと味わいなさい。

 美しいものには毒があると、この身をもって教えてあげる。

 

 

―――………

 

 

 

 定期検診でしのぶの診察室を訪れた炭治郞は、敷居を跨いだ瞬間に、快活な眉を泣きそうに歪めた。

 突然の変化にしのぶは思わず、「大丈夫ですか?」と訊ねる。続いて「どこか痛むのですか?」とも訊いた。

 丸椅子に座った炭治郞はしのぶに頬を撫でられると、堪らず、といったふうに口を開いた。

 

「胡蝶さん、大丈夫ですか?」

 

 しのぶは言われた意味が分からなかった。

 分からなかったけれど、心配をかけたくないから、しのぶはひとまず「大丈夫ですよ」と言った。

 

「君の方こそ痛むのではないですか?」

 

 ふるふると(かぶり)を振る炭治郞の眉は、より一層下がっていた。

 

(胡蝶さん……)

 

 膝に置かれた拳が皺を作る。

「大丈夫ですよ」としのぶは言ったが、炭治郞はその言葉の裏に漂う感情を嗅ぎ取っていた。

 

 ―――那谷蜘蛛山で出会った時から、胡蝶さんはいつも怒っているような匂いがした。それも、鍋で何年もぐつぐつと煮込んで、沸騰し続けているような深い怒りの匂いが。

 胡蝶さんはいつもニコニコとした笑顔だけれど、本当は怒っていると俺の鼻は言っていた。

 

 けれども、今日の胡蝶さんは違かった。怒りの匂いに負けないくらいに、疲れきった匂いがした。

 それは肉体的な疲労じゃなくて、精神的な疲労の匂いだった。動いて動いて、回って回って、色んな所にぶつけたり摩擦で削れきった車輪のような、鼻をつく焦げ臭さ。その匂いが全身から(くゆ)っていた。

 

(胡蝶さん……)

 

 嘘だ。大丈夫じゃないよ胡蝶さん。

 そんな匂いをさせておいて、大丈夫な訳がない。

 もう疲れて、くたびれて、休みたい。けれど前を向かないといけない。

 もう哀しい、苦しい、眠りたい。けれど歩かなくちゃいけない。

 

 近くに寄れば怒りと疲労の匂いで被われていた色んな匂いを嗅ぎ取って、負の感情が鼻の奥をツンと刺して、思わず俺は泣きそうになった。

 

「胡蝶さん!!」

「はいなんです?」

 

 不意に声を挙げた炭治郎は、眉をキリリと跳ね上げる。

 

「おにぎり握ってきます!!!」

「はい???」

 

 バビュン、と一陣の風を伴って飛び出した炭治郎は、一目散に勝手場を目指す。

 炭治郎の急な変化に目を白黒しているしのぶは、全く意味がわからずに首を何度も傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がおにぎりを握ろうとしたのは、胡蝶さんのためだ。布団に縛り付けてでも休ませたいけれど、胡蝶さんは体がいくつあっても足りないくらいに忙しいし、代わりに俺が患者さんを診れる訳でもないから、せめてでもあったかいご飯を食べさせてあげたかった。

 

 あったかいご飯をお腹に詰めれば、少しは落ち着けるし安らげる。

 

 釜戸を借りて手際良く。

 はじめちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣いても蓋取るな。そこへばば様とんできて、わらしべ一束くべまして、それで蒸らしてできあがり。

 

 炭焼き小屋の息子の威信をかけて、全身全霊粉骨砕身あらん限りの力でお米を炊いた。

 続いて炊き立てのお米を塩で握る。

 母さん曰く、『愛』が一番の調味料だから、精一杯胡蝶さんのことを思って心からおにぎりを握る。

 

 抜群の火加減に愛の重ね合わせ。これならきっと胡蝶さんも少しは落ち着けるだろう。

 残ったお米も丸めて置いておく。後で善逸と伊之助にも持っていくのだ。

 

 俺は出来立てのおにぎりと緑茶を入れた湯飲みをお膳に載せて、胡蝶さんの部屋に舞い戻る。

 

 俺がお米を炊いている間に他の患者さんを診ていたんだろう。机の上には十数枚の診察簿が広がっていた。

 

「胡蝶さん! これ食べてください! 丹精込めて作りました!!」

「あら、ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね。今机の上を片付けるので」

 

 艶々とした輝きを放つおにぎりと湯気を立てる湯飲みを机の上に置く。

 

 手を合わせる胡蝶さんにどうぞと促し、一口分を嚥下するまで見守った。

 その間少しでもほっと一息つけたならと、ソワソワと期待していたのは間違いない。

 

「……ところでどうして急におむすびを私に?」

「いや、えーと……」

 

 胡蝶さんがついた嘘は優しい嘘だ。誰にも心配させたくないという思いでついたもの。騙くらかそうとしてついた醜悪な嘘じゃない。だから、俺はこうするべきだと思う。

 

「お……」

「お?」

「おにぎりが胡蝶さんを呼んでいたからです!!」

「!??!!???」

 

 

 

―――………

 

 

 

 突然変顔をした炭治郞にしのぶはギョっとする。

 おにぎりが人を呼ぶという珍妙な返答で、しのぶの頭の上にいくつもの疑問符が乱舞する。

 

(一体どういうことなんでしょう……?)

 

 しかし深くは考えられなかった。なぜなら、炭治郞の変顔がコロコロと変わるからである。それも至近距離で。

 というわけで、

 

「―――ふふっ」

 

 と、しのぶは思わず笑ってしまった。

 その一方で笑われた炭治郞は、

 

(よし、誤魔化せた)

 

 と、ほっと内心息をつく。

 全くもって微塵も誤魔化せてもないが、炭治郞としては完璧に誤魔化せたつもりである。

 そして更に追及される前に去ろうと、椅子から立ち上がってしのぶに頭を下げた。

 

「失礼します!!」

「……え、ええはい。お大事に」

 

 感情の制御ができない者は未熟者と笑いを堪えていたしのぶは、炭治郞の声に我を取り戻す。

 では! と明朗な笑顔で退出した炭治郞は、ふと敷居の向こうで振り向いた。

 

「そうだ胡蝶さん!」

 

 その顔に向日葵の如き笑みを浮かべて、暖かに目を細める。

 

「俺、胡蝶さんの笑った顔好きですよ!!」

 

 そしてしのぶは、長い黒糸の睫毛を震わせた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 しのぶの心内を露知らず、それでは、と頭を下げた炭治郎を、しのぶは名前を呼んで引き留めた。

 

「炭治郞君、私のことはどうかしのぶと、そう呼んでください」

「え? はい分かりました!」

「炭治郞君、これからよろしくお願いしますね」

「はい!」

 

 

 

―――………

 

 

 

『俺、胡蝶さんの笑った顔好きですよ!!』

 

 炭治郎がそう言った瞬間、風薫る五月のあの日が蘇る。

 

 ―――姉さんは、

 

 色鮮やかに彩られた新たな日常の始まり。

 空を揺蕩う時鳥の囀りが鼓膜を揺らす時頃。

 紅紫の蝶が家族の絆で繋がった。

 

 ―――姉さんはね、

 

 声が。姉さんの声が。

 中身を失って久しい声が鐘の音のように脳裏に響いた。

 

 ―――姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなあ。

 

 桜色の唇で、花弁が吹き零れるような笑みが鮮明に。

 

(嗚呼、そんな声だった)

 

 花金蜜のように甘い声。

 凛と透き通った声音は玲瓏で。

 どれほど価値のある音楽であろうと、この音色には敵わない。

 

(姉さん……)

 

 しのぶは噛み締めるように翅羽織の袖をぎゅっと握る。

 ずっとずっとずっと、ずっとずっと会いたかった。

 ずっとずっとずっと、ずっと前から聞きたかった。

 

(姉さん……っ!)

 

 この一瞬。このひと時。

 たとえ幻聴であろうと声が聞けてよかった。

 

「………姉さん」

 

 目の奥が燃えるように熱い。

 こらえるように瞼をぐっと閉じた。

 

「………ふっ、う」

 

 ああ、最近どうも涙脆い。

 柱たる者、弱さなど見せてはいけないのに。

 感情の制御ができない者は未熟者なのに。

 

「カナエ、姉さん」

 

 嬉しくて微笑みたいのに、心は悲しみも感じてしまって、ああもう、どうすればいいのか。

 こらえていた涙は堰を越えて漏れ出して、嗚咽も同時に零れ出す。

 押し殺すように顔を覆っても、瞼の裏には姉さんの顔が浮かび続けて、堰を切って止まらなくなる。

 頬を流れた涙は顎を伝って滴り落ちて、ぽたぽたと翅羽織に幾つもの染みを作った。

 

「カナエ、姉さん」

 

 もう忘れない。

 あなたがくれた温もりも、交わした言葉も、甘く香る髪の匂いも、何もかも覚えている。忘れることはない。この心に、魂に刻み込んだから。

 これから先、どこにいようと何があろうと、姉さんの声は私の背中を押す力になる。

 何よりも大きな、力となるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蝶屋敷の屋根の上で炭治郎君が瞑想していたのを見つけたのは、あれから二週間程経った頃だった。

 担当地域の警邏を終えて、自分の部屋に戻ろうと縁側を歩いていたところだった。

 少し話そうかと声を掛けたけれど、随分と集中していたのか、何度目かの声掛けの後でこちらを向いた。

 

「頑張ってますね。お友達二人はどこかへ行ってしまったのに。一人で寂しくないですか?」

「いえ! できるようになったらやり方教えてあげられるので!」

 

 そう言って朗らかに笑う炭治郎君は、心の底からそう思っているのでしょう。

 

「……君は心が綺麗ですね」

 

 姉さんと同じくらいに心があたたかくて綺麗で、心根の美しい人間だ。

 束の間の沈黙が続くなか、ふと炭治郎君が口を開いた。

 

「あの、どうして俺たちをここへ連れて来てくれたんですか?」

「禰豆子さんの存在は公認となりましたし、君たちは怪我も酷かったですしね」

 

 建前はそう。けれど本音は別だった。

 二人を蝶屋敷に連れて来たのは、悪く言えば姉さんの夢のために利用するためだった。

 それからもうひとつ。あの日に思ったことだ。

 

「……それから君には私の夢を託そうと思って」

「夢?」

「そう。鬼と仲良くする夢です。きっと君ならできますから」

 

 私の根幹とも言ってもいいこの夢を、自分以外に託すのには多大な気力が必要かと思ったけれど、微塵の躊躇いもなく、すんなりと私の口はそう動いた。

 きっと自分が思っている以上に、炭治郞君に姉さんを重ねているのかもしれない。

 あるいは、自分でも気付かぬうちに色々と限界を迎えていたのかもしれない。

 だからか、怒ってますか? と炭治郎君に問われても差ほど驚くことはなかった。

 

「そう……そうですね。私はいつも怒っているかもしれない。鬼に最愛の姉の意識を奪われた時から、鬼に大切な人を奪われた人々の涙を見る度に、絶望の叫びを聞く度に、私の中には怒りが蓄積され続け膨らんでいく。体の一番深い所に、どうしようもない嫌悪感がある。他の柱たちもきっと似たようなものです」

 

 誰しもがそうだ。鬼殺隊に籍を置いている以上、誰もが怒りに身を震わせた筈だ。

 中でも私は、姉が鬼にやられてから、ずっとずっと怒りが蓄積され続けて、咬牙切歯に燃えている。

 

「……私の姉も君のように優しい人だった。鬼に同情していた。自分が死の瀬戸際に立っていても鬼を哀れんでいました。私はそんなふうに思えなかった。人を殺しておいて可哀想? そんな馬鹿な話はないです。でもそれが姉の想いだったなら、私が継がなければ。哀れな鬼を斬らなくても済む方法があるなら考え続けなければ。姉が好きだと言ってくれた笑顔を絶やすことなく」

 

 本当なら炭治郎君に託さずに、私が背負い続けなくてはいけないでしょう。元々そのつもりであったし、そうしてきた。

 

「だけど少し……疲れまして。鬼は嘘ばかりを言う。自分の保身のため、理性も無くし、剥き出しの本能のまま人を殺す」

 

 先日の醜悪な鬼然り。大抵の鬼は理性を無くして思うままに人を喰う。

 だから姉さんと同じくらい優しい君に、夢を半分持ってほしい。残りの半分である鬼を人間に戻す研究は、私が必ず抱き続けるから。

 

「炭治郎君。頑張ってくださいね。どうか禰豆子さんを守り抜いてね」

 

 このままいけば私は死んで、引き換えに姉さんは目覚める。その時に禰豆子さんが姉さんの隣に居てくれれば、きっと私が姉さんの夢を叶えたと、そう分かってくれると思うから。そして、

 

「自分の代わりに君が頑張ってくれていると思うと私は安心する。気持ちが楽になる」

 

 姉さんと同じく優しい君は、私ができないことをしてくれる。鬼に対して憎しみを持って接する私と違って、慈愛を持って接することができる。そんな炭治郎君が頑張っていると思うと、私の心は和らぐのだ。

 心優しい君に重荷を背負わせることになるだろうけど、よろしくお願いしますね。

 

 

 

―――………

 

 

 

 それから時は十日程流れる。炭治郞が全集中・常中を会得するために鍛練している時のこと。青空澄み渡る昼下がりに、無一郎が蝶屋敷を訪れた。

 

「ごめんくださーい」

 

 そう声をかけても一向に返事は来ない。それに気を落とすことはなく、さもありなんとひとり頷く無一郎は庭側に回った。すると誰かの声が聞こえた。聞き覚えのあるその声は、無一郎が蝶屋敷に訪れた目的の人物。

 

「努力努力努力!! 努力ぅぅうぅぅう!!!」

 

 そう叫ぶ人物―――竈門炭治郞は岩をくくりつけた縄を引いている最中だった。

 

「炭治郞」

 

 名前を呼ばれて振り向いた炭治郞は、パッと笑顔になって腕を振る。

 

「時透君!!」

「久しぶりだね炭治郞。怪我はもうだいじょうぶなの?」

「はい平気です! ムリンムリン言ってます!」

「ムリンムリン……?」

 

 謎の擬音に頭を傾げる無一郎は、まぁいいやと流して縁側に座り、隣に炭治郞が座るように促した。

 

「時透君はどうしてここに? どこか怪我でもしたんですか?」

「ううん。今日ここに来たのはそれについて訊きたくて」

 

 “それ”と言うのと同時に人差し指が炭治郞の耳飾りを示す。

 

「これですか?」

「うん」

 

 特に長い話でも無いですが、と前置きして炭治郞は耳飾りに手をあてて語り出す。

 

「この耳飾りは先祖代々受け継がれてきたものなんです」

「……それ本当?」

「はい。それとこの耳飾りと神楽だけは途絶えさせず継承するように、と」

「神楽?」

「はい。俺たち家族は炭焼きを生業としていたので、年に一回火の神様に舞いを、“ヒノカミ神楽”を捧げるんです」

「……そう」

「あの、これが何かあるんですか?」

 

 腕を組んで思案し始めた無一郎に、炭治郞は好奇心のままに訊ねる。

 

「僕たちもさ、少し違うけど炭治郞みたいに受け継いでいるんだ。耳飾りと“式”を」

「えっ!?」

「僕の兄が耳飾りをしている。それに“式”も正式に継いでる」

「そんな偶然が……あるんですね」

「偶然だと片付けるにはあまりにも似通ってると思うよ。炭治郞の耳飾りは一見太陽を模しているように見える。そして僕たちのは月だ」

「なるほど」

 

 そこまで話し合って、二人して首を傾げて思考の海に潜る。しかしそれはお昼飯を食べに裏山から帰った伊之助により邪魔された。

 

「ぐわはははは!! 今日も山の王としての役目を果たしてきたぜ!」

「あ、お帰り伊之助」

 

 塀の向こうから飛び込んできた伊之助は、くるっと宙で一回転すると見事に着地した。

 

「うぬ? 誰だお前!」

「君こそ誰?」

「俺は山の王嘴平伊之助様だ! ここは俺様の縄張りだぜ! 勝手に踏み入るとはいい度胸!!」

「ここは君の縄張りじゃなくて、どっちかというと胡蝶さんの縄張りだよ? 目悪いの? だとしたらその被り物してるから悪いんじゃない?」

「ちょ、時透君」

 

 善意十割の悪気のない発言だったが、人によっては挑発されていると捉えてしまうのも無理がないものだった。

 無論、伊之助は挑発と受け取った。

 

「ほう、この山の王に喧嘩を売るとは命知らずな奴め!! さぁどこからでもかかってこい昆布頭!!」

「……炭治郞なにこのクソ猪。躾がなってないんじゃない?」

「こら伊之助、そうやって喧嘩腰になるのは駄目だぞ!」

 

 炭治郞が宥めるも意を止めず、伊之助は先手必勝とばかりに無一郎へと突撃する。がしかし、振るわれた拳は空を切り、目の前にいた筈の無一郎は伊之助の背後を取っていた。

 目を見開いた伊之助は戦慄する。

 

(なんも見えなかった……!)

 

 目で追いかけられなかったのはこれで二人目。一人目は那谷蜘蛛山で己を縛りつけたあの男。そこまで思い出した瞬間、伊之助は悟った。

 

「そうかお前! 半々羽織の子分だな!」

「誰その人?」

「今度は油断なんかしないぜ! さぁもう一回だ!」

「もう一回やらなくてもわかるよね? 今の君じゃ万が一にも僕には勝てないよ」

「ハァァァンン!!? 勝てるっつうの! 舐めんじゃねぇぞコラ!!」

 

 荒れ狂う怒りに身を任せ、次々と攻撃を仕掛ける伊之助だが、ことごとく回避されては受け流される。そして当初あった勢いは次第に衰え、終には両膝を地面に着いた。

 

「弱クッテゴメンナサイ……」

 

 どんよりと背中に哀愁を漂わせ、伊之助は項垂れる。

 昆布頭呼ばわりされた鬱憤を晴らせた無一郎は、顔いっぱいににっこりとご満悦。その隣では落ち込む伊之助を炭治郞が必死に元気付けていた。

 

「そうだ炭治郎」

「はいなんでしょう?」

 

 いけるいける伊之助は大丈夫!! と松岡○造バリに熱血激励していた炭治郞は無一郎へと振り返る。

 

「見たところ全集中・常中を会得しようと頑張ってるんだよね?」

「はい。まだ気合をいれないと一日中全集中の呼吸はできないんです」

「なら僕が君を鍛えてあげるよ」

「いいんですか!! ありがとうございます!!」

「たぶん今日だけになると思うけどね」

 

 

 

―――………

 

 

 

 なんでかなぁ。こんなに炭治郞のことが気になるのは。

 この後任務があるっていうのに、放っておいてはおけなかった。

 

「ありがとうございました!!」

「うん。これからも頑張ってね。応援してる」

 

 鍛練場から出ていく炭治郞の背中を、僕はただじっと見つめる。と、急に振り返った炭治郞は駆け足で戻ってきた。

 

「時透君、良ければ善逸と伊之助にも鍛練をつけてあげてくれませんか?」

「別に構わないけど……」

「ありがとうございます! すぐに連れて来ますので!!」

 

 そう言うやいなや風のように出ていった。

 伊之助はさておき、善逸という人はどんな人なんだろう。きっと炭治郞みたいに努力を怠らない人なんだろうか。それとも伊之助みたいに気性が荒い人なんだろうか。

 色々と想像して時間を潰していたら、炭治郞が項垂れて戻ってきた。

 

「ごめんなさい。その、二人ともやる気が無いようで……何度も誘ったんですが断られました」

 

 どうやら二人とも誠実な人ではないようだ。

 

「ううん。別にいいよ。所詮そいつらはそこまでの人間だったんだから」

「ごめんなさいごめんなさい。もう一度言ってきます」

「別にいいって。やる気のない人間をわざわざ強制させてまでやらせる必要は無いよ」

「でも……」

「どうしてそこまで二人を気にかけるの? 炭治郞だって鍛練で忙しいでしょ?」

「二人は俺の友達だし、人のためにすることは結局、巡り巡って自分のためにもなっているものだし」

「えっ?」

 

 一瞬、炭治郞の言葉がどこか遠くから聴こえたような気がした。

 

「二人が強くなって、禰豆子含めて四人一緒に過ごせるなら、それだけで俺は十分なんだ」

 

 そして炭治郞は優しく微笑んだ。

 朝焼けを凝縮したような瞳が柔和に弧を描けば、なんだか無性に泣きたくなって、どうしようもなく瞳が熱くなった。

 瞳が熱くなるのと同時に、僕は思い至った。

 

「そっか……そっか」

 

 溢した二つ。一つ目は炭治郞に向けて、二つ目は自分に対してだった。

 もう一度言ってきますと、そう残して炭治郞は鍛練場を後にする。

 

「……そっかぁ」

 

 独り残された僕は天井を仰ぐ。

 くねった木目はそのうち、景信山の家の天井へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは僕が七歳の頃だった。

 父は杣人であったけれど、家には医学本があったから多少医学にも通じていた。だから山で倒れている人や怪我している人を助けたことが何度もある。

 簡単な怪我なら持ち運んでいる塗り薬を与えて、重傷であったりなにかしらの病で倒れている人は、その程度で家に運ぶか麓の医院に運び込んで治療をしていた。

 

 父さんと母さんは二人揃ってお人好しで、困っている人を放っておけなかった。

 ある日疑問に思った僕はそれを父さんに訊いた。

 

『どうして父さんと母さんは人を助けるの?』

 

 鈴虫の音色が心地好い秋の夜だった。

 幼くて小さかった僕は父さんの胡座の上にちょこんと収まり、上目遣いに訊ねた。

 すると父さんは束の間目を丸くして、そして僕の頭を撫でると諭すような口調でこう言った。

 

『人のためにすることは結局、巡り巡って自分のためになる。そして人は自分ではない誰かのために、信じられないような力を出せる生き物なんだよ。無一郎』

 

 僕の頭を撫ぜる大きな手の平。

 その手の向こうで父さんは微笑んだ。

 

『“情けは人の為ならず”。これは昔から伝わる家訓のようなものなんだ。無一郎も必ず、優しい人になれる。もちろん有一郎もな』

 

 父さんの視線の先には丸くなって寝ている兄さんがいた。

 そしてまた、父さんは僕の頭を優しく撫でた。それがとても心地好いものだったから、僕はすぐに微睡んで眠ってしまった。

 

 もはや取り戻すことができない甘い過去。

 うたた寝で見たほころぶ夢のような記憶。

 泣きたくなるほど幸せで満ち満ちた時間。

 今ではもう儚く綻び消え去りそうでも、父さん。あなたがくれた言葉が、消えることない灯火となって、今も心の底から僕を照らしてくれるんだ。

 

 ―――熱くなった瞳を擦れば、そのうち波が引くように消えていく。

 炭治郎を見るとどうして心がキュッとなるのかわかった。どうして気になるのもわかった。

 炭治郎のそのあり方が、僕の父さんと似ていたからだ。

 

(死んでほしくないなぁ………)

 

 父さんは崖から落ちて死んでしまった。

 母さんを助けるためだった。

 父さんと母さんと同じくらいお人好しで優しい君には、

 

(どうか生き抜いてほしい)

 

 父さんの面影を持つ炭治郎には、この危険な世界を生き抜いてほしい。

 どうか生き抜いて、長生きして、幸せに暮らしてほしい。誰にも奪われない平和な世界で。

 

 そうと決めれば、炭治郎の友達にも手を抜かずに鍛えてあげよう。

 それがきっと、炭治郎の幸せに繋がるであろうから。




 時透さんちの有一郎くん。
 多分次回出ない。

 時透さんちの無一郎くん。
 ヘドバンよろしく叫ぶ善逸の悲鳴で耳をやられた。
「無理無理無理無理ィィィイ゛!!! 相手柱なんでしょおお!! 俺の育手元鳴柱だからわかるんだよぉぉおおお!! それより厳しいってことでしょそうでしょいや頷かないでお願いしますからああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃうよぉおお!! 炭治郎お前俺に死んで欲しいのかよぉ!!? 俺まだ死にたくないよおおおおお!!! イ゛ィィィヤ゛ア゛アアーーッ!!」

 竈門さんちの炭治郞くん。
 今回の変顔シリーズ→阿吽像から歌舞伎の見得、そしてゴリラときてトドメに虚無。
 笑顔で人のSAN値を無自覚にゴリゴリ削る。

 胡蝶さんちのしのぶさん。
 左の肺をざっくり斬られても立ち上がれるようになる。

 多分次回、無限列車編の導入部分が入ると思います。
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