世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 なぜだろうな、誰も『ボッチになる』と言わないのは。誰もこの誘いに頷く者はいなかった。なぜだろうな? 同じく陰の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しかボッチにはなれないというのに!!
 という前回に続いた茶番はさておき、最近コロナが猛威を奮ってますね。変異株も増えて収束はまだまだかかりそうです。きっと収束する頃には『世を照らすのは日輪だけじゃない。』は書き終わって次の話を書いていると思います。
 さて、前回有一郎くんは出ないと言いましたけど、初っぱなからガッツリ出てます。やはり詐欺! なお有一郎くんの登場は実質五話ぶりです。リアルだと四ヶ月振りです。
 今回外伝小説『笑わない君へ』の多大なるネタバレがあります。苦手な方はご注意ください。また、規約の関係上セリフを書き換えたり、地の文をいじくってますので、あらかじめご了承ください。
 前半鬼殺隊サイド、後半鬼サイドでお送りします。


第16話 未曽有の大爆発はまた起こる。

 帝都に足を踏み入れるのはこれで二度目。どちらも任務で私事ではない。

 

「いつ見ても大きいなぁ……まだ二回目だけど」

 

 山生まれ山育ちの俺にとって、この街並みと人の多さには少し圧倒される。

 綺麗に敷き詰められた石畳を歩き、人ごみの中を彷徨い歩く。

 

「浅草はもっと発展してるのかな……」

 

 特徴的な音を鳴らして目の前を通り過ぎていく路面電車を見ながらそう思う。しかしこの電車おっそいな。普通に走った方が速くないか?

 

「カァカァ、カァ―!!」

 

 と、風見鶏の隣で叫ぶ鴉は金子だ。あらかじめ決められていた動作と鳴き声で道案内をしてくれる。

 その指示通りに示された建物を右に曲がって大通りを横断しようとした時だ。

 十間先で、見たところ迷子であろう幼子が道路によたよたと飛び出した。

 

(ちょっとまずいな……)

 

 この道は四輪駆動車が行き交う大きな道路。そこに幼子が交じれば事故が起こり得る。

 しかも間の悪いことに近くにいる人たちは誰も気付いてない。

 このままいけば幼子の命が危ないだろう。

 

(はぁ……)

 

 できれば目立ちたくなかったけれど仕方ない。目の前で死なれては夢見が悪い。

 呼吸を交えつつ、足に力を込める。時機を見計らって飛び出せば、瞬く間に幼子の前に辿り着いた。

 

「うわぁ!!?」

 

 一瞬で現れた俺に、幼子に迫っていた運転手が怯えを含んだ悲鳴を挙げる。

 目の前に迫る車は、俺に気付いた途端減速し始めたがどう見ても間に合わない。

 それを傍目で見つつ幼子を脇で抱える。

 

(歩道に逃げようにも人が多すぎるな……なら)

 

 幼子に負担がかからないように注意しながら、近くの建物の二階に向かって地面を蹴れば、ちょうど先ほどまでいたところを車が通過した。

 

「……えぇっ!?」

 

 歩道を見下ろすと、歩行者がこちらにぽかんとした表情を向けていた。口を半開きにして、呆気に取られたというような表情のまま、誰も動こうとしない。

 

(ちょうどいいや)

 

 歩行者が動く前にと、二階部分の窓辺りに掴まっていた手を離し、比較的人がいない隙間に飛び降りた。その途端、我に返ったように喝采が湧く。

 正直うるさい。手を叩く暇があったなら、まず助けろよと思う。

 声を掛けてくる野次馬に適当に返しつつ、脇に抱えていた幼子を降ろすと、自分の身に何が起こっているのか分からない様子で目を白黒させていた。その状態のまま先ほどの騒ぎで見つけたらしい親に引き取られた。

 親が見付かったなら用はないと目的地まで歩こうとした瞬間、肩を叩かれた。

 

「すまねぇ、あー……、兄ちゃんはその……」

「……何の用でしょうか? 急いでいるので用がないなら失礼します」

「いや、用があるにはあるんだが……」

 

 はっきりしない奴だな。あっちこっち目をやっては困ったように頬を掻いている。

 

「取り敢えずここは邪魔になるのであっちに行きましょう」

「あ、ああ」

 

 何だこの人? なんとなく悲しみの気配がする。あとうっすらとだけど薬の匂い。

 後ろを歩くその人をチラチラ見ていると、彼の視線は主に俺の顔じゃなくて体に向いていた。

 

(もしかして鬼殺隊を知っている……?)

 

 なら人前で話しかけなかったのも頷ける。むしろそうしてもらってありがたい。

 

「それで一体何のご用でしょうか?」

 

 薄暗い路地に着いて早速、本題に入る。

 

「兄ちゃんは鬼殺隊で間違いねぇか?」

「はい」

「そうか、なら良かった。探してたんだ君らを」

「探していた?」

 

 聞けば蝶の羽みたいな羽織と、蝶を模した髪飾りをした女性の隊士に世話になったらしい。

 

(胡蝶さんだな)

 

 どんなふうに世話になったかは語ってくれなかったけれど、先ほどの悲しみの気配から察するに、胡蝶さんはきっと助けられなかったんだろう。でも仕方ないことだ。柱であろうと助けられない者は助けられない。どうしても手のひらから零れてしまう命がある。

 

「お礼をすると言ってそれっきりだったからよ、彼女にお礼をしてぇんだ」

「そうですか」

「お礼はもう決めてあんだが……まぁ見た方が早い。どうか着いてきてくんねぇか?」

「大丈夫ですよ」

 

 ちなみにさっきの『急いでいるので』は嘘だ。たんに面倒くさそうだから言った。嘘も方便と言うだろ。

 なんて理論武装をした俺は、男の人の背中をとことこと着いていった。

 

 

 

 

 

 

 着いた場所はどうも生薬を取り扱う場所。男の人はここの店主だったらしい。薬の匂いはこれが原因だったんだな。

 店先で空を見上げ、金子が着いてきてるのを確認した俺は、店主に促されて店中へと入る。中はこじんまりとしていて、良く分からない薬が沢山並んでいた。

 けれどもその中にひとつ、知っているものがあった。

 

(これ縮緬紫蘇だ……)

 

 俺には医学の知識も薬学の知識も全く無い。でもその植物だけは知っている。なぜなら倒れている父さんのそばに散らばっていたものに含まれていたから。

 この縮緬紫蘇は青みがかった紫、あるいはきつい紫色で、治療に使うのは条件があった。

 

(確か……秋に採取する必要があるんだっけ? それと熟した種子や葉っぱは紫蘇子と呼ばれ、風邪に伴う気管支炎に用いられる……だったと思う)

 

 あやふやで間違ってる可能性が高いけど、大体こんな感じだった気がする。

 

「すまない待たせた」

「あっ、いえ」

 

 いつの間にか側にいた店主に声をかけられて我に返る。「これを」と言った店主は、何回か折られた白い紙を渡してきた。

 

「これは?」

「手紙さ。俺は彼女の名前を知らないが、兄ちゃんは知っているようだから送って欲しいんだ」

「分かりました。それでお礼とはどれですか?」

 

 店主は手紙だけ持ってきただけで、お礼となるようなものは持ってなかった。ひょっとして手紙がお礼なのか?

 そんな僕の考えを読み取ったのか、店主は両手を広げて「全部さ」と言った。

 

「全部とは?」

「店の中にある薬種全てだ。量が量だし、場所も知らないから送れなかったんだ」

 

 なるほど。確かにこの量を送るとなると一人では難しい。隠の人を呼んだ方がいいな。

 

「わかりました。では人を呼ぶので待っててください」

「ああ、ありがとう」

 

 店の外に出て金子を呼び、店主の手紙を咥えさせる。

 

「じゃ、胡蝶さんによろしく。その後隠の人たちを呼んできて」

「合点承知ィィィ!」

「手紙落ちるから喋らないで」

「グガガァ!」

 

 落ちかけた手紙を咥え直させて、金子は鼾みたいな声を挙げて飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やることやって店主と別れた俺は、戻って来た金子の指示に従って、帝都の中にある比較的発展していない場所についた。ここは煉瓦造りの家ではなく、木造の家がずらっと立ち並び、平屋もしくは二階建てとなっている。ガス灯もないから日が落ちると直ぐに暗くなる。路地もたくさんあるから、薄暗い者が活動するには格好な場所だろう。

 

「有一郎チャン、気ヲ付ケテネ」

「わかってる」

 

 今回の任務は調査と討伐を兼ねている。

 巷では切り裂き魔と噂されている者を調べ、鬼ならば討伐せよとのこと。なお人間だった場合は縛り上げて人目につくとこに放置だそうだ。まぁ廃刀令が出ているご時世なのに、帯刀している時点で俺たちは捕縛対象だから仕方ないと言えば仕方ない。政府非公認の弊害がここに出てる。

 

「有一郎チャン、気ヲ抜イチャ駄目ヨ」

「わかってるって」

 

 こんなに金子が念を押すには理由がある。

 俺の前任者が二人、切り裂き魔に殺されているからだ。二人目の階級が上から四番目である(ひのと)だったため、甲である俺が派遣された。丁が殺されている時点で鬼の可能性がとてつもなく高いが、なにぶん姿を見た者がいないという厄介さで、下手人が人間である可能性が捨てきれない。調査班による情報も無いに等しい。

 

「まずは聞き込みから始めるかな……」

 

 ひとまず情報を集めようかと、俺は情報収集から始めることにした。

 

 

 

―――………

 

 

 

 しのぶの診察室の窓から、有一郎の鎹鴉が顔を出した。その嘴には白い文が咥えられており、中身を検めると差出人の所には帝都でお世話になった薬種問屋の主人の名前が載せられていた。

 

「有一郎チャンカラヨ!」

「ということは有一郎君は今帝都に?」

「ソウナノヨ!」

「なるほど。その途中で手紙を受け取ったということですか」

 

 ひとり呟くしのぶを余所に、金子は「デハ私ハココデ失礼シマス!」と窓から飛び立っていった。その後ろ姿を見送ったしのぶは、手紙の続きを読もうと視線を移す。

 

『晴天続く向暑の候、木々の緑も日増しに深くなってまいりました。ご一同様にはお健やかにご活躍のことと存じます』

 

 書き出しは季節の挨拶から始まり、冒頭部分では感謝の旨が記されていた。二人を救えた訳でもないのに感謝をされて、しのぶはどうしても心苦しさを抱いてしまう。

 そんな苦しさを抱えながらも続きを読めば、御礼の文字が書かれていた。

 詳しく読めば、どうやら主人は店を畳んで息子夫婦が住んでいた家に戻るらしい。そのため販売していた生薬の類は全て『御礼』として差し上げるとのこと。

 

 大変有り難いことであったが、諸手を挙げて喜ぶことなどできない。しかしお礼とあらば断ることもできない。

 しのぶは返事用の感謝を伝える手紙を書き、自分の鎹鴉である艶に運んでもらうことにした。

 空に飛び立った艷と入れ替わるように、今度は悲鳴嶼行冥の鎹鴉がやってきた。

 今日はやたらと鴉がやってくるなと思いながらも話を聞けば、火急に産屋敷邸に集まれとのこと。

 

(一体なんでしょう……? 柱合会議の時期でも無い筈なんですが……)

 

 小首を傾げつつ刀を佩き、しのぶは産屋敷邸へと歩みを進めた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「―――こりゃあ、どういうことだァァ? 悲鳴嶼さんよォ」

 

 苛立ち露わに悲鳴嶼さんに問う不死川さんは、その凶悪な顔をより一層悪くした。

 場所は産屋敷邸。本来なら柱合会議でしか訪れないこの場には、現状冨岡さんを除いた全ての柱が集まっていた。

 僕も悲鳴嶼さんからの召令でここに来た。招集主である悲鳴嶼さんが言うにはお館様のご意志らしい。

 

「悲鳴嶼さん、冨岡さんがまだ来てないのですがどうしてか知ってますか?」

 

 産屋敷邸から冨岡さんのいる水屋敷までの距離は他の柱が住む屋敷と違って、比較的近い部類に入る。なのにまだ姿を現さないのは何でなのか?

 

「無駄だぞ時透。どうせあの男は『勝手にやれ。俺には関係がない』とでも言って来ないに決まっている。むしろ来る方が大いに驚くぞ」

「なんだとォ……あのクソがアァ」

 

 僕の問いかけに返したのは悲鳴嶼さんではなく伊黒さんだった。いつものように鏑丸を首に巻き付け、回りくどい言い方は変わらない。

 怒気を露わに拳を震わせる不死川さんは、胡蝶さんに窘められてひとまず拳をおろした。

 

「それで、冨岡さんはどうしたんです?」

「冨岡には、今から半刻後の時刻を伝えてある」

「なんだ? その間に欠席裁判でもやろうってのか? ハン、強調性に欠ける水柱をついに馘首にするわけか」

 

 馘首切り万歳だとふざける宇随さんに、今まで静観していた煉獄さんが叫んだ。

 

「陰でこそこそやるのはダメだ! やるなら、正々堂々、冨岡に不平不満を言えばいい! なあ、時透!」

「僕は別にどっちでもないです。陰口も正々堂々も人を傷つけるので、言うならやんわりと伝えた方が傷が浅くすんでよろしいかと」

「皆聞け。馘首などではない。皆には、これからやって来る冨岡を笑わせて欲しい。その為に相談の時をもったまでだ」

 

 一瞬、誰もが驚きで目を瞠った。その中でも不死川さんはいち早く我に返り、悲鳴嶼さんに詰め寄った。

 

「ハァ? 冨岡を笑わせろ? なんだって、そんな真似しなきゃいけねぇんすか!?」

「それが、お館様の望みだからだ」

 

 疑問に思う僕らに向かって佇まいを正すと、悲鳴嶼さんは皆を集めた経緯(いきさつ)を話し始めた。

 

 内容を一言でまとめてしまえば、お館様が冨岡さんの笑顔が見たいということ。

 お館様は冨岡さんが全く笑わないことを気になさっていたらしい。

 

「そうなのですか。……でも『立てば彫刻、座れば仏像、歩く姿は新手のこけし』みたいな冨岡さんを笑わせるとなると難しいですね」

「ブフッ! 何だよ時透、なかなか派手な喩えじゃねえの」

 

 宇随さん痛いです。肩をバシバシ叩かないで下さい。

 

「冨岡を笑わせればいいのだな? 他でもないお館様の願いだ! この煉獄杏寿郎、一肌脱ごう!

「私も頑張るわ! 冨岡さんの笑顔見たいし、何より、お館様の為だもの!」

「甘露寺がやるならば俺も手を貸してやらなくもない」

「みんながやるなら僕も」

「うむ、ともに頑張ろう!」

 

 胡蝶さんはたぶんやるとして、やらないのは不死川さんのみ。

 絶対やらないだろうなぁと思っていると、案の定不死川さんは座敷から出ていこうとした。けれども悲鳴嶼さんがお館様の名前を出したら、その場に渋々と座り直した。

 

「では、冨岡を笑わせる方法を考えよう。だが、私は他者を笑わせるのがあまり得意ではない。なので、どうか、皆の忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、第一回冨岡義勇を笑わせよう腕相撲大会を開催する!!」

「「おおお!!!!」」

「お、おー-!」

 

 ネーミングセンス皆無の宣言に元気よく応えたのは、腕相撲を提案した天元と蜜璃、遅れて無一郎が恥ずかしそうに叫んだ。なお進行役と審判役は杏寿郎である。

 

 義勇を笑わせる案として提案されたこれは、義勇が来るまで時間があるから先に始めちゃおうという天元の声で始まった。これには、あわよくば楽しそうな声が聞こえてくれば参加してくれるのではないかという逆天岩戸的な考えもあった。

 人数が人数であるため、座敷の中央に文机を三つ用意しそれぞれの机で両者の手を握る。

 まず左の机では無一郎対しのぶ、中央の机では蜜璃対天元、右の机では行冥対実弥の勝負が行われる。

 

「では……始めぇ!!!」

 

 杏寿郎の掛け声で始まった腕相撲は瞬く間に無一郎、行冥が勝ち星を挙げ、中央で行われている蜜璃対天元の勝負が残った。

 

「ふうううぃぃぃいいやあああああ!!!」

「うおおおおおお!!!!」

 

 机の中央で鎮座していた拳はいずれ、天元側が有利となり、ゆっくりとだが確実に蜜璃の掌を押し続け、ついには蜜璃の手の甲を机に着けた。

 

「そこまで! 今回の勝者は時透無一郎、宇随天元、悲鳴嶼行冥の三名! 特に甘露寺と宇随の勝負は良い勝負だった!!」

「ふぅ、危なかったぜ」

「負けちゃったわ! でも楽しい!」

 

 一度全員が机から離れたところで、次の対戦者が選ばれる。

 左の机では無一郎対蜜璃、中央の机では行冥対天元、右の机では実弥対小芭内が行われる。

 

「では尋常に……始めぇ!!!」

 

 同時に始まった腕相撲の中でも、行冥対天元の勝負が目を引いた。

 がっちり握られてた拳は強く握り過ぎて白くなり、二の腕は大きく膨らんで血管が浮かび上がっていた。

 岩の如く固い腕をもつ行冥と、丸太のように太い腕を持つ天元との勝負は、行冥の「ぬんっ」というひと息でついた。

 それと同時に、座敷の襖が緩やかに開かれた。

 

「失礼する」

「―――おう、冨岡。遅かったな。まあ、お前も入れよ」

 

 天元は今しがた机に叩きつけられた右手をひらひらさせて、どこか困惑気味で室内を見渡している義勇に声をかける。

 

「悲鳴嶼の旦那が強くてさ。お前、ド派手に挑戦してみろよ」

「……俺はここで、失礼する」

 

 ここで帰られたら腕相撲している意味がないと、出ていく義勇を天元が掴まる前にしのぶが義勇の羽織のそで口を掴んだ。

 

「冨岡さん。柱同士の親睦を深めるのも重要なことですよ」

「お前たちで勝手に深めろ。俺には関係ない」

「ここで帰っちゃうと、冨岡義勇は悲鳴嶼行冥に恐れをなして、尻尾を巻いて逃げ帰ったって言われちゃいますよ? それでもいいんですか?」

 

 煽って焚きつけたしのぶは返事も聞かずに義勇の背中を押し、そのまま行冥が座る中央の文机の前まで押しやった。代わりに天元が退けば、しのぶは義勇の両肩を押して強制的に座らせる。

 

「では、二人とも、男らしく、正々堂々勝負するんだぞ!」

 

 心得たと応じる行冥に、義勇の後ろからしのぶと天元は頷きかける。込められた意味は『良い感じのところで負けてくださいね』である。天元も似たように『地味に手を抜け』と意味を込めた。行冥もその意味を汲み取ったのか、頼もしく頷きを返した。

 

「では……両者手を握って……始めぇ!!」

 

 そして杏寿郎は、開始の合図を告げた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「……一体どういうことなんですか?」

 

 と、しのぶは変わらぬ微笑みを保ったまま天元に尋ねた。

 元々腕相撲大会は義勇を笑顔にさせるという作戦で行われたものであるのに、冠名にもあるというのに、

 

(はあ……)

 

 チラリと義勇の顔を見たしのぶは嘆息を禁じ得ない。

 蓋を開けてみればどうだ。行冥に瞬殺されたどころか、天元、杏寿郎、実弥にまで負けている。かろうじて無一郎と蜜璃には勝てたものの、これでは笑顔も何もあったものではない。

 案の定一同を見つめる義勇の顔はまるで能面のようで、笑顔のえの字もへったくれもない。

 

「何、普通に勝っているんです。宇随さん」

「んなこと言ったって、しょうがないだろ。最初に悲鳴嶼の旦那が普通に勝っちまったし、なら、俺がわざと負けることもねぇだろうが」

「悲鳴嶼さんもどういうことですか」

 

 非難の水先は行冥にも向かい、行冥は数珠に手を通したままポツリと呟いた。

 

「そういう意図があったのか……」

「まさか……わかっていなかったんですか?」

 

 あんなに頼もしく頷いたくせに? と訊けるもんなら訊いてやりたいところだった。しのぶが更に重い溜息を内心で吐いていると、天元がしのぶの頭にポンと片手を置いた。

 

「胡蝶よぉ。自分がビリになったからと言って、怒んじゃねーよ」

「怒っているんじゃありません。呆れているんです」

「しっかし、腕力ねぇなあ。もっと鍛えた方がいいんじゃねぇか? なんだよ、そのなまっちょろい腕は」

「別に実践は腕力じゃありませんから。ねぇ」

 

 天元の手を払い除けつつ比較的近くにいた小芭内に問い掛ければ、「そうだ。その通り。技とは腕力ではない」と同意をした。

 

「大丈夫よ、しのぶちゃん。次は、私が行くから」

 

 小声でしのぶに話しかけた蜜璃は自信満々にどんと胸を叩く。

 

「これまで、何十回とむずかった弟たちを笑わせてきたんだから」

「はい?」

 

 フンス、と義勇に近づく蜜璃の背中を見ながら、しのぶの頭の中では『むずかる』と『笑わせる』がぐるぐると回っていた。全く結びつかない両者が結びついたのは、蜜璃に小さい弟妹がいたことを思い出してから。思い出した途端、ピンとしのぶは予感した。それも嫌な予感が。

 

(まさか……)

 

「こちょこちょこちょこちょ~~~~~~!」

 

(やはりそうですか……)

 

 確かに人を笑わせるために脇腹などを擽るのは効果的だ。しかし相手はれっきとした大人。それも冨岡である。無一郎が喩えた『立てば彫刻、座れば仏像、歩く姿は新手のこけし』を地で行くスタイルの冨岡である。

 

「こちょこちょこちょぉ~~!」

「………………」

「こちょこちょ……こちょ……」

「………………」

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 案の定無一郎が喩えた通りの無表情さで、全く笑わないどころか蜜璃を変な目でみる義勇の眼差しに気圧され、蜜璃はそそくさと義勇から離れるとその場に蹲った。

 

「ホント、ごめんなさい。………穴があったら入りたい……」

「冨岡、甘露寺の気遣いを無下にするなど、余程死にたいらしいな?」

 

 消えちゃいたいとメソメソ呟く蜜璃を背に庇い、小芭内が今にも射殺さんとばかりに義勇を睨みつける。

 しかし義勇は気にも留めず、冷ややかな目で小芭内を見つめる。

 

 さて、そんな一触即発の空気の中にいない杏寿郎と無一郎とはと言えば、どちらも義勇を笑わせるための仕込みを用意しに退出していた。

 

「待たせたな! 後は俺に任せろ!」

 

 勢いよく襖を開けた杏寿郎の頭の上には、なぜか眼鏡がのっていた。

 それを見た瞬間、しのぶは眩暈がした。

 

「冨岡よ! 俺の眼鏡を知らないか? さっきから探しているんだが、どこにも見当たらなくてな! さてどこにやったか!」

 

 「眼鏡眼鏡」と虚空をまさぐる杏寿郎に、義勇はぼそりと呟く。

 

「…………頭の上だ」

 

 全くの無表情で呟いた義勇を見て、杏寿郎は一瞬ピタリと静止すると「むぅ」と唸って叫んだ。

 

「無理だ!! 何人たりとも冨岡を笑わせることはできん!」

「そもそも、眼鏡なんてかけてらっしゃったんですか?」

「いや! 俺は三十間先まではっきり見えるぞ。これは今、仕込んできた!」

 

 しのぶの問い掛けにわははと笑う杏寿郎は、すべったことをまるで気にしてない。

 

「しかしここまで笑わないとなると、時透も望みが薄いかもしれん」

「あら? 無一郎君も仕込みに行ってたんですか?」

「うむ!」

 

 杏寿郎が勢い良く返事をした瞬間、見計らったかのように襖が開いた。

 

「遅くなってごめんなさい。ちょっと紙と筆を持ってきてました」

 

 そう言う通り、無一郎の腕には十数枚の紙と筆用具一式が三セット抱えられていた。

 よいしょ、と三つある文机にそれぞれ置く無一郎を誰もがジッと見つめる。

 

「何をするんだ時透!」

「紙飛行機を飛ばそうかと」

「なるほど! 今度は紙飛行機大会だな!」

「この筆は何に使うんです?」

 

 ちょんと硯を指し示すしのぶは、小首を傾げる。

 

「それはまた別に使います。まずは紙飛行機を作りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして始まった紙飛行機大会は、結論からいうと無一郎のぶっちぎりで勝利した。無一郎謹製の死ぬほど飛ぶ紙飛行機は遥か蒼穹の彼方へと飛んでったからだ。

 

「ちょっと待てェ」

「いや今のおかしいだろ!」

 

 これには思わず実弥と天元がつっこんだ。他も似たような反応だった。

 うん、よく飛んだな、と言わんばかりに目を細めて紙飛行機を見送る無一郎を、ブンブン指をさしながら天元は声を張り上げる。

 

「お前の紙飛行機自重って言葉を知らないのか!」

「宇随さんこそ、好きこそ物の上手なれって言葉をご存知ないんですか」

「ド派手にその限界を超えてるわ!」

 

 無一郎の手から離れた紙飛行機は産屋敷邸の池を越え、橋を越え、燈篭を越えたところで誰もが「あれ? 飛び過ぎじゃね?」と思いながらも紙飛行機はそんなもん知らんとばかりに塀を越え、木々を置き去りにし天空高く飛んで行った。

 実弥は「血鬼術でもかけてんのか」という目で無一郎を見た。ちなみに実弥は七位だった。

 

「コツ……とか、そういうものはあるのか?」

 

 そう訊ねたのは、指先の筋肉が邪魔して驚異の飛距離ゼロを叩き出した八位の悲鳴嶼行冥だった。

 

「特にないですね。元々僕たち家族は先祖代々紙飛行機を作って飛ばすのが得意だったそうなので」

「先祖代々とは珍しいな!」

「煉獄、お前の顔立ちも先祖代々ではなかったか? そうであればむしろそっちの方が珍しいと思わんのかね?」

 

 煉獄杏寿郎とその父である煉獄槇寿郎に会ったことがある小芭内は、二人の顔立ちが瓜二つのを知っている。これに付け加えて、杏寿郎の弟である煉獄千寿郎と交流もある蜜璃も、同意するように激しく頷いた。

 

「でも安心してください悲鳴嶼さん。飛びやすくなる方法はあります」

 

 どこか寂寥感を漂わせる行冥に、無一郎は先ほどの筆を構える。

 

「自分の想いをのせれば、紙飛行機はよく飛ぶのです」

 

 なので、と付け足した無一郎は義勇の方を向く。

 

「最下位だった冨岡さんもやってみましょう。きっとよく飛びますよ」

 

 義勇が飛ばした紙飛行機のみ、座敷の中にあった。それすなわち飛距離マイナス。絶対値ではないためプラスに転じることはない。テストと本番の二回でどちらもマイナスだったからといって、掛けてプラスになる訳でもない。

 

 

 

―――………

 

 

 

 さあさあ、と言って俺を机の前に座らせる時透は、俺の手に無理矢理筆を持たせた。

 今日は皆どこか様子がおかしい。胡蝶に診てもらった方がいいのではないか。

 

「ほら、冨岡さん」

 

 墨を足した硯を指さして、時透はやたらと俺を急かす。

 紙を前に硬直する俺の隣では、煉獄が「わっしょい!」と叫んで何かを書いていた。羨ましいことだ。俺には特に書くものなどない。

 一向に書く気配がない俺に、時透に加えて宇随や胡蝶も急かしてくる。

 

「……じゃあ、誰かお世話になった人に届くように、手紙はどうですか?」

「無一郎君、それでは相手が故人になってしまいませんか?」

「故人でも良いと思いますよ。むしろ故人の方が紙飛行機的にぴったりだと思います」

「確かにな、俺もそっちの方がいいと思うぜ」

 

(故人か……)

 

 故人と聞いて真っ先に思い出したのは錆兎のことだった。

 錆兎は宍色の髪の持ち主で、俺と同じ年だった。そして錆兎は誰よりも正義感が強くて、心の優しい少年だった。

 俺と同じ最終選別を受けて、死んだのは錆兎ただ一人。

 たった一人で鬼を殆ど倒して、助けを求める人を助けて回った。

 それに引き換え俺はどうだ。初日に喰らった怪我で意識は朦朧とし、気が付けば選別は終わっていて、知らないうちに大切な友人を失った。

 一体の鬼も倒せず、ただ助けられただけの人間が、果たして選別に通ったと言えるだろうか。いや言えないだろう。口が裂けても言える訳がない。

 ならば鬼殺隊に俺の居場所はない。俺は彼らとは違う。肩を並べていい人間ではない。

 こうしている時間が勿体無い。鍛錬に費やした方がためになるだろう。それか休息を取った方がいい。今日の皆はどこかおかしいから。

 

「時間の無駄だ」

 

 皆はすごい人間だ。柱として立派にその責務を果たしている。俺とは雲泥の差だ。水柱という地位にぶらさがっている俺が烏滸がましい。やはり俺は柱に相応しくない。

 

「無意味だ」

 

 だってそうだろう。俺は水柱ではないのだから、皆と馴れ合うことを望むなぞ、決して許されることではない。

 

「俺には関係ないことだ」

 

 思いをそう伝えると、何故か伊黒と宇随から責められた。解せぬ。

 

 

 

―――………

 

 

 

 せっかく義勇のために時間を割いて集まっているというのに、その態度は何だと問い詰めたいところであったが、そうしてしまったら義勇の笑顔なんて夢のまた夢だろう。お館様の願いを踏みにじることになってしまう。

 ひたすらに唇を噛んで拳を握って畳に膝をつけて堪えていた実弥の顔は、もはや鬼神も裸足で逃げ出す形相であった。

 

 その一方でしのぶは、微動だにしない義勇を見つめて、そもそも、この人は笑うのだろうか、と失礼なことを思いかけ、「あっ」と思い出した。

 しのぶは過去に一度、義勇が微笑む姿を見たことがあった。

 しかもそれは食べ物であったため、たとえ実弥であっても笑わせることは可能だ。

 

「不死川さん、不死川さん」

「アァ? なんだ」

 

 怒気の火薬庫みたいな、今にも未曽有の大爆発を起こしそうな実弥に、しのぶはこしょこしょと鮭大根です、と耳打ちする。

 

「ハアァ?」

「それを食べれば必ず笑います」

「ふざけてんのかアァ? てめえェェ」

「まさか。本当のことですよ。ですから、冨岡さんを誘ってください。一緒に、鮭大根を食べに行こうと」

 

 にっこり微笑みながら小声で伝えてくるしのぶに、実弥の導火線に火が点いた。

 

「ハアアアアア? なんで俺がそんなことしなきゃならねぇんだァ!? てめぇが誘えば済む話じゃねぇのかよォ!!」

「お館様の為です」

 

 ジュッ、と導火線の火が消えた。言葉に詰まった実弥に、しのぶはここぞとばかりに言葉を並べる。

 

「考えてみてください。不死川さんが冨岡さんを笑わせることが出来たら、お館様がどれだけお喜びになるか。『ありがとう、実弥。実弥はやっぱりすごい子だ』って微笑んでくださいますよ。きっと」

「ぐっ…………」

 

 逡巡するように固まっていた実弥が、義勇の方を振り向いた。

 何の用だ? と言ってそうな顔に実弥のこめかみに青筋が浮かぶ。再び導火線に火が点いた。

 

「な……なぁ、と、冨岡ァ」

 

 怒りに震える声は上ずり、口元には怒りのせいかうっすらと笑みが浮かんでる。

 

「い……今から、鮭大根を喰いに行かねぇかァ?」

「行かない」

 

 まさかの即答に、実弥からブチリと何かが切れる音がする。決して導火線が千切れる音ではない。

 

「鮭大根なら、さっき、食べた」

「こッッッのネクラ野郎がァァァァアアアアアアア!!!!」

 

 産屋敷邸に、未曾有の大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局義勇の笑顔を見ることは叶わずに、催しはお開きとなった。

 実弥は怒り露わに座敷を退出し、小芭内も不機嫌に退出し、義勇も退出したため、柱は続々と任務や屋敷へと向かっていった。

 そのうちの一人、煉獄杏寿郎もこれから任務であった。

 

「出陣ですか?」

 

 羽織を翻す杏寿郎に、しのぶは声をかけた。

 声をかけられて振り向いた杏寿郎は、いつも通りの笑みを浮かべた。

 

「うむ! 鬼の新しい情報が入ってな! 向かわせた隊士がやられたらしい。一般大衆の犠牲も出始めている! 放ってはおけまい!!」

「十二鬼月でしょうか?」

「おそらくな! 上弦かも知れん!」

 

 上弦は柱三人分の強さをもつ。万が一にも接敵したら命を落とすかもしれないというのに、白い歯を見せる杏寿郎の顔には、どこにも翳りが見つからない。

 たとえ相手が上弦ではなく、十二鬼月でもなかったとしても、しのぶは他の柱も向かわせるべきだと思った。

 しかし柱を個人の憶測だけでは動かせない。多忙極まる柱を動かすには、確固たる証拠が必要なのだ。かつての下弦の伍の討伐の際には、鴉からの目撃情報があったのと、お館様の憶測があったからこそ、柱を三人も動かせたのだ。

 

「難しい任務のようですが、煉獄さんが行かれるのであれば心配ありませんね」

 

 口ではそう言いつつも、しのぶの内心は不安に駆られていた。

 

(お館様に合同任務を煉獄さんにあてて戴くようお願いした方がいいかもしれませんね。合同任務は無理でも高階級の隊士を数名付けて戴きたい。なんなら炭治郎君たちでもいいかもしれません。全集中・常中も会得したことですし、下弦程度なら足手まといにはならないでしょう)

 

 人が増えれば戦力はその分向上するし、一人ではできないことも可能になる。それがひとえに救命に繋がるかもしれない。

 そう考えたしのぶは杏寿郎に向き直る。

 

「お気を付けて」

「うむ! とは言え、一度家に戻るがな!」

 

 羽織を翻して去ろうとした杏寿郎は、ふと思うことがあってしのぶに訪ねた。

 

「胡蝶! あの頭突きの少年を預かってどうするつもりだ?」

「別に取って食べたりはしませんから大丈夫ですよ~」

「それはそうだろう!」

 

 暗に言うつもりがないと受け取れば、杏寿郎は深く追求することはなく、そのまま産屋敷邸を離れてていった。

 

 

 

―――………

 

 

 

「行って参ります、父上」

「……………」

 

 家に戻った杏寿郎は、いつも通り父親へ出立の挨拶をする。

 何年も返答がないというのに、杏寿郎は出立の挨拶を欠かしたことがなかった。

 

「失礼します」

 

 杏寿郎は無言を貫く父親の背に向かって一礼すると、静かに戸を閉めて立ち上がる。ふと視線をずらせば、廊下の先に千寿郎が立っていた。

 

「お帰りなさい兄上」

「ああ、今戻ってきたところだ」

 

 労いの言葉をかけながら杏寿郎の元まで駆け寄ってきた千寿郎は、杏寿郎の装いを見て首を傾げた。

 

「もしかして兄上、これから任務ですか?」

「そうだ。どうやら帝都で任務らしくてな、厄介そうだからもしやすると今日中には戻れないかもしれん!」

「そうですか……」

「そうだ千寿郎、手を出しなさい」

「? はい」

 

 寂し気に眉を下げる千寿郎に、杏寿郎は懐を探って目的のものを取り出した。

 

「これをやろう」

「え、あ、ありがとうございます。……これは?」

「見ての通り紙飛行機だ! しかしただの紙飛行機ではない! これは時透から貰ったものでな、死ぬほどよく飛ぶ飛行機だ!」

「そんなに飛ぶんですか?」

「ああ! それに俺の想いをのせているから更に飛ぶぞ!」

「想い……ですか?」

 

 開けてみるといい、という兄の言葉に従って紙飛行機を開き、書いてある文字を読めば、千寿郎は少しおかしそうに笑った。

 

「ふふっ、兄上らしいですね」

「時透に言われて思いついたのがそれだったからな!」

「わかりました。では兄上が戻られましたら、お出ししますね」

「本当か! それは助かる!」

 

 

 

―――………

 

 

 

 重い調べが跳ね回る。

 鳴女が弦を引き弾く。

 ひと撫ですれば鬼が一体、もうひと撫ですればもう一体。都合五回の奏で鬼は五体。最後の調べで集められた下弦の鬼は、とある鬼の前に移動した。

 その鬼は艶めかしい芸妓の姿をとっていた。滑らかな睫毛は扇のように広がり、唇は初々しさを孕んで、人の視線を捉えて離さないだろう。

 その端々まで瑞々しく潤った唇から、白い牙が覗く。

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 

 姿は女。気配は鬼。されど声は始祖のもの。

 凄まじい精度の擬態ゆえ、ただの鬼だと思い違いをしていた鬼は、骨の髄からの恐怖に震えた。

 

「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので………」

「誰が喋って良いと言った」

 

 無惨の冷ややかな声が圧し殺す。その声は低く垂れる鬼の頭を、物理的に上から押し付けるようだった。

 

「貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれた事のみ答えよ」

 

 幾筋の青筋を張り巡らせ、地を這うが如き声で無惨は問う。

 

「累が殺された。下弦の伍だ。私が問いたいのは一つのみ。『何故(なにゆえ)に下弦の鬼はそれ程まで弱いのか』」

 

 怒気を孕んだ低い声が睥睨する。

 

「十二鬼月に数えられたからと言って終わりではない。そこから始まりだ。より人を喰らい、より強くなり、私の役に立つための始まり。ここ百年余り十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼たちだ。しかし下弦はどうか? 何度入れ替わった?」

 

 その問いに対しての一体の鬼の思考が、鬼舞辻無惨の癇に障った。

 

「“そんなことを俺たちに言われても”何だ? 言ってみろ。何が“まずい”? 言ってみろ」

 

 爛爛と輝く紅梅色の双眸。その煌きが一瞬増したかと思えば、左腕が皮を剥がれた大蛇のように伸び膨らみ、件の鬼を吊し上げた。

 

「お許しくださいませ! 鬼舞辻様どうか! どうかご慈悲を!」

 

 鬼は死への恐怖で我を忘れ、しきりに無惨からの許しを願う。

 あまりの恐怖で思考回路が働かなくなった鬼は、禁忌である始祖の名前を口にした。

 発動した呪いが身を喰らう前に、鬼は大蛇に喰い裂かれ、びちゃびちゃと真っ赤な血の雨を降らした。

 

「私よりも鬼狩りの方が怖いか?」

 

 無惨は青く震える鬼にぐるりと視線を巡らせ、肆でピタリと止めた。同時に触手がおくびする。

 

「……いいえ!!」

「お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようとしているな」

 

 触手が鎌首をもたげる。触手から覗く目が、獲物を定めたかのように鋭くなった。

 主君の激情を感じ取った肆は、殺されたくないと必死に否定する。

 

「お前は私が言うことを否定するのか?」

 

 瞬きする間もなく、下弦の肆はその肉体を触手に挽き潰され、再生することはなかった。

 間近でその様を見た下弦の参は、愚かにも逃走を図る。

 あっという間に小さくなっていく参の後ろ姿を見ても、無惨は焦ることもなければ憤ることも、不快と感じることも無かった。

 それもそうだろう。

 

「もはや十二鬼月は上弦のみで良いと思っている。下弦の鬼は解体する。最期に何か言い残すことは?」

 

 十分に距離を取った筈の参は、頸のみとなって無惨に捕らわれていたのだから。

 その様を目の当たりにした下弦の弐は、青くなった顔で必死に言葉を募る。

 

「貴方様の血を分けて戴ければ、私は必ず“血に順応”してみせます!! より強力な鬼となり戦います!!」

「なぜ私がお前の指図で血を与えなければならんのだ。甚だ図々しい。身の程を弁えろ」

 

 自分が絶対であると信じて疑わない無惨は、基本的に誰かに指示されることを極端に嫌う。

 よって無惨は唸りを挙げる触手を振り上げ、参の頸へと叩きつける。二度も三度も叩きつけた無惨は存分に甚振ったのちに、最後まで残った壱に問いた。

 

「最期に言い残すことは?」

「そうですね。私は夢見心地で御座います。貴方様直々に手を下して戴けること」

 

 ほう、と恍惚とした溜息を零した壱の心に、虚偽はない。心の底からそう思っている。

 

「他の鬼たちの断末魔を聞けて楽しかった。幸せでした。人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、夢に見る程好きなので、私を最期まで残してくれてありがとう」

 

 鬼舞辻無惨は探るように目を細める。その胸中に渦巻くものを覗き見る。

 

(面白い)

 

 下弦の壱のそれは、上弦のとある鬼と類似していた。どちらも従来のそれと違って、歪んでいる。

 ならば強くなれる下地がある。アレも上弦となれたのだ。コレも強くなれる可能性は十分にある。

 

「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう」

 

 恍惚に震える壱の頸深く、触手の牙をドスリと突き刺した。

 

「耳に花札のような飾りをつけた鬼狩りを殺せば、もっと血を分けてやる」

 

 注入された血の痛みに悶える壱を見下し、無惨は鳴女に命じて壱を外に追い出した。

 

「鳴女、上弦とアレを集めろ」

「はい」

 

 次いで飛んできた命令に、鳴女はすぐさま弦を弾き、淡々と主君の命令を遂行し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限城に集められた黒死牟以外の上弦の視線は、一体の鬼に向いていた。

 様々な視線に晒されている鬼は、その小さな体躯を、更に小さく縮こませた。

 

「なによコイツ。随分と小さいわねぇ。ていうかなんで上弦でもない鬼が、しかも下弦ですらない鬼がここに呼ばれてんのよ」

「その説明を無惨様が仰せられるんだろぉ。少しは頭を回せよなあ。……それでだぁ。おめぇ、名はなんて言うんだぁ?」

 

 堕姫は忌々しげに目を歪め、妓夫太郎は探るようにジロジロと見つめ、その視線を受けて更に更に縮こまった鬼―――奸鷄は蚊の鳴くような声で自分の名前を言った。

  ちょうどその時、虹色の瞳を持つ鬼が三人の間に割って入った。

 

「君は奸鷄って言うんだね! 俺の名前は童磨って言うんだ! よろしくね! ところで「無惨様が御見えです」おっと」

 

 童磨の続く声は鳴女に遮られ、遮られた童磨はそれに目くじらを立てる訳でもなく、その場に額付けた。

 

「そこにいる鬼は上弦とする。位は漆だ」

 

 これは前例がないことだ。上弦の月は欠けてないというのに、新たに上弦に加えるということに鬼たちはざわめく。特に童磨はペラペラと舌を回して、大袈裟に驚いている。思った通りの反応に、無惨は眉を顰めた。

 腹立たしくも思いながらも童磨に何もしないのは、ひとえに童磨のことが嫌いだから。話しかけたくもない程に厭わしいため、念話を繋げることもしなかった。それにわざわざ無惨が止めなくても、童磨を止める奴は他にもいる。

 案の定、ペラペラと回っていた童磨の舌は、下顎ごと猗窩座によって殴り飛ばされた。

 

「いい加減にしろ。無惨様の話はまだ終わっていない。無惨様のお手を煩わせるような真似をするな」

「申し訳ありませぬ無惨様!」

 

 瞬く間に再生した童磨はそう謝罪したが、それに心が伴っているわけではない。それを無惨はよく知っているからこそ、童磨の謝罪を捨て置いて話を始めた。

 

「十二鬼月の下弦は解体した。奴らは何の役にも立たぬ塵芥。虫唾が走るばかりの役立たずばかりであった。ゆえに下弦の器では収まらぬソイツは、上弦の末席に加えることにした」

 

 累を失ったことによる哀しみからか、普通ではない進化を遂げた鬼。

 未だ血鬼術も扱えぬという身なのに、上弦の器足り得る有望さ。

 一番の古株である黒死牟より永い時を生きる鬼。

 お気に入りだった累を失ったのは少し不快であったが、しかしまっこと良い機会で死んでくれたものだ。

 おかげで良い駒が手に入った。

 

「奸鷄。私はお前に期待しているのだ」

 

 無惨はわざわざ奸鷄の元まで歩き、頭を垂れて平伏する奸鷄の頭に手を添える。

 

「そう怯えるでない。奸鷄、顔を上げよ」

 

 奸鷄はピクリと震えて顔を上げる。目の前には片膝をついた無惨が、空恐ろしい微笑みを浮かばせていた。

 濃藍の双眸を通して胸内を覗けば、困惑と恐怖が渦巻いて、更に深く覗けばきらきらとした憧れと深い哀しみがあった。

 

(なるほど。これがお前の執着か。ならばその姿になったのも頷ける)

 

 麻痺毒を喰らったかのように震える奸鷄の両頬に手を添わせ、無惨は口角を釣り上げた。

 

「奸鷄よ。この位に恥じぬ働きをすることだ」

 

 奸鷄の両目に無惨が念じれば、鬼の細胞が働いて左に上弦、右に漆の文字が刻まれた。

 

「今日お前たちを呼んだのはたんなる顔合わせ。それ以外に用はない。今後も産屋敷の隠れ処と青い彼岸花の捜索に尽力しろ」

 

 上弦を呼んだのは本当にそれだけだったのだろう。琵琶の音とともに無惨は姿を消した。

 無惨がいなくなった途端、童磨はさっと立ち上がり、新たな漆の位を授けられた奸鷄に話しかける。

 

「仲間が増えて嬉しいなぁ! ところでさっきの話の続きなんだけど、その翼は君の血鬼術かい?」

 

 屈託なく笑いながら童磨は、馴れ馴れしく奸鷄の背中から生える翼を弄り回す。

 

「血鬼術ではない」

「おや、黒死牟殿は知っているのかい?」

 

 弐に触れられたことによる恐ろしさで震える奸鷄ではなく、答えたのは黒死牟だった。

 御簾の奥に佇む黒死牟は、童磨に顔を向けることなく話を続ける。しかし鍔に手をかけながらだ。

 

「童磨……まさかとは思うが……弱くなっただということは……あり得ぬな」

 

 黒死牟の声に、ヒィィィィと悲鳴を挙げる半天狗はその場で縮こまって、異常な程の涙と鼻水を流す。「おやめくださいおやめください死んでしまいます」と繰り返す半天狗は、煩わしく思った鳴女により追い出された。陸の兄妹も巻き込まれては大変だと姿を消した。

 

「まさか! たんなる冗談さ! 見ればわかること、ただの異形だね!」

「……そうか……ならいい」

 

 六眼を伏せた黒死牟は、刀の柄から手を離した。その途端、息苦しい空気は霧散した。

 もし童磨が見ただけで分からず、その翼が血鬼術だとぬかしたならば、鯉口は切られて童磨のどこぞを斬るつもりだったのだろう。

 

「あの!」

「おっとどうしたんだい奸鷄殿」

 

 童磨の手が離れた瞬間、奸鷄は翼をはためかせて黒死牟の場所まで飛んでいく。

 

「あの、累から伝言が」

「くだらぬ……死んだ弱者の言葉など……妄言に等しい」

「おっとその言い方はまずいんじゃないかな黒死牟殿。上に立つ者は下にいる者の言葉にも耳を傾けるものだよ」

 

 童磨の言うことにも一理あったのだろう。黒死牟は奸鷄に続きを促した。

 

「『ごめんなさい』ってそれだけよ」

「…………そうか」

 

 用が無いなら話はここまでだと、腰を上げた黒死牟は音もなく去った。

 それをきっかけに鳴女は琵琶を奏で、ひとりひとり無限城から鬼を送っていった。




 時透さんちの有一郎くん。
 ようやくの登場。随分とお待たせして申し訳ない。この度無限列車への乗車フラグが立った。

 時透さんちの無一郎くん。
 紙飛行機は回収できるものは各自回収して持って帰った。産屋敷邸の景観を損なわせるのはダメ、ゼッタイ。
 問 実際紙飛行機はどこまで飛ぶの?
 答 僕も知らない。

 煉獄さんちの杏寿郎さん。
 『ぼくのかんがえたさいきょうの紙飛行機』みたいな、それ明らかに飛ばねぇだろって誰もが思う形の紙飛行機を折った。もちろんうまく飛ぶ筈がないのだが、それでも三位なのは腕力で飛ばした疑惑が大きい。見かねた無一郎が紙飛行機を折ってあげた。
 煉獄邸にて、嬉しさのあまりクソデカボイスで叫んだら、槇寿郎からうるさいと怒られた。部屋のすぐ外だったから聞こえてたらしい。また、自分が作った紙飛行機も弟に渡したら、「紙……飛行機? これがですか?」と、がちトーンで聞き返された。

 下弦の陸。
 原作読んでて思ったのですが、コイツ普通にお許しくださいませ鬼舞辻様! って叫んでるんですよね。どうやらどのみち死ぬ運命だったらしいです。

 奸鷄。
 タッタラターン! 上弦・漆の位を手に入れた!
 戦国時代から生きているのに、未だ血鬼術が使えない。なお鳥を鬼にできるのは単なる奸鷄の血の効果。無惨の血の効果が人間を鬼にするのと同じように、血を媒介にして術を発動する血鬼術とは違うもの。
 本人も忘れている羨望と哀しみの正体とは!?

 柱腕相撲ランキング
 一位悲鳴嶼行冥(ぶっちぎり)、二位宇随天元、三位煉獄杏寿郎、四位不死川実弥、五位冨岡義勇、六位時透無一郎、七位甘露寺蜜璃、八位伊黒小芭内、九位胡蝶しのぶ
 三位から七位までいい勝負。

 柱紙飛行機ランキング
 一位時透無一郎(ぶっちぎり。測定不可能)、二位甘露寺蜜璃(常識の範囲で一番飛んだ)、三位煉獄杏寿郎(腕力で飛ばした疑惑がかかっている)、四位胡蝶しのぶ(普通)、五位宇随天元(普通)、六位伊黒小芭内(普通)、七位不死川実弥(普通)、八位悲鳴嶼行冥(ゼロ距離)、九位冨岡義勇(まさかのマイナス)

 大正こそこそ裏話
 時透家の先祖は、紙飛行機に想いを書いてから飛ばしていた。飛ばしても思うより飛ばなかったから想いを書いた訳ではなく、想いを書いてから飛ばしていた。
 先祖が『込められた想いが、遠い場所にいるあなたに届きますように』と願っていたため、そのうち時透家が折る紙飛行機は、死ぬほど飛ぶ紙飛行機になった。
 半天狗が異常に黒死牟を恐れているのは、かつて死ぬ寸前まで切り刻まれたことがあるから。
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