一応ここで言っておきますが、私は編集し直すのが超が付くほど嫌いです。ゴ○ブリの潰れた死体より嫌いです。一番の理由は編集した際に、伏線を張り直していると思われるからです。なお、今までに編集し直したものは全て誤字脱字等によるものです。万が一にも内容を書き換えることがこれから先にあったとしたら、その場合は該当話と最新話の前書きに書く所存です。
ところで、ここまで時間が空いた理由は、この一ヶ月色々あったからです。バイトを掛け持ちしているため平日は九時間勤務、土日は九あるいは十時間勤務で、バイト先まで徒歩で移動。よって筆を取る時間がなかなか取れず、そんな中で起こった近所の火事騒ぎとスマホの故障≒執筆データが( ᐛ )੭⁾⁾ぱぁ。その他諸々と色々ありました。
今回の時系列が分かりにくいので一部分を簡単に紹介すると、①時透有一郎が帝都の外れに向かう。②合同任務をあてがわれた煉獄杏寿郎が帝都に着き、隊士と共に切り裂き魔による被害者(女性)を発見。③有一郎が帝都に戻って来る、です。
日が沈んで久しい道を金子と共に歩く。
夜を迎えた帝都はガス灯などで昼のように明るいが、ここでは月明かり以外明かりがない。切り裂き魔が出るとしたら今の時間帯だろう。
俺は周囲の気配を探りながらも、今日手に入れた情報を頭の中で整理していた。
「とは言っても、あんまり情報がなかったけど」
やはりと言ったところか、切り裂き魔と思われる人物を見た者はいなかった。けれど有益そうな情報は手に入った。
「青く光る風……ね」
あまりに情報がないため、虱潰しに一軒一軒回った末に聞けたこの情報。ただ見た人物が爺さんだったから、その信憑性も低い。直後に俺のことを孫だと思って家に引き込もうとしてきたし。もう頭にボケが回ってるわあの爺さん。
「どう思う?」
「ソウネェ……」
肩の上で羽繕いしていた金子に意見を聞いてみた直後、ピクリと金子が身震いした。
「なにかあった?」
「今、悲鳴ガ聞コエテ気ガシテ……」
「悲鳴? どこから?」
「多分……アッチ」
右翼で示された方角へと走れば、俺の耳でも悲鳴が聴こえてきた。
急いで駆けつけてみれば、黒い人影が女性と思われる人影に襲いかかるところだった。
(妙だな……鬼の気配がしない。人間か? それとも血鬼術で擬態した鬼か?)
どちらにせよ止めなくてはならない。人間なら捕まえて、鬼なら頸を斬って任務終了。
走りながらも背負っていた竹刀袋から日輪刀を取り出した。
「霞の呼吸―――」
「待ッテ!!」
「ッ!」
金子が俺を止める声と同時に、俺も気付いた。こいつやっぱり鬼じゃない。人間だ。
人間なら手加減しないと死んでしまうので、すぐに刀身を返して峰の部分で一撃を喰らわせれば、あっけなく襲撃者は意識を失った。
意識を失っている間に手首と足首を縄で結べば、もう逃げられまい。
「捕縛完了、と」
これで後は目立つ場所に放置だな、と襲撃者を肩に担いで踵を返したら、待ってくださいと引き留められた。
「何でしょうか?」
「その、実はですね………」
言い澱む女性に、早く話せよという視線を送れば、ぽつぽつと話し出した。
「彼は私の夫でして……私の浪費癖に我慢ならなかったようで……刃物を取り出して私を殺して一緒に死ぬと……そう言ってもみ合いになりまして…………それでご覧の通りです」
「ハァ?」
「その、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「いや、もういいですよ。あなたは反省してください」
なんということだ。コイツ切り裂き魔じゃないのか。
苛立ち紛れに溜息を吐きつつ手首と足首の縄をほどく。万が一にも逃げられない用にきつく縛っていたせいか、手首と足首の両方に鬱血ができていたけどそんなもの知るか。恨むなら妻を恨んでくれ。俺は悪くない。あとこんな時期に夫婦喧嘩なんてするんじゃない。
(任務終了かと思ったのに)
まったく、無駄足を踏まされた気分だ。
苛立ち気にザッザッと歩き、途中で見かけた食事処で休憩することにした。ついでに近くを走っていた配達員から新聞を買っておく。
「さてと、目ぼしい記事はあるかな」
頼んだ食事が運ばれてくる前に、配達員から買った中報新聞を机に広げる。新聞になにか有用な情報が載っているかもしれないと思ったからだ。
「『行方不明者 山崎千代子 二十才、鈴木茂 十才、藤井正子 十二才……』……ふむ」
捜索願いの欄には、数十名の名前と年齢が載せられてあった。その殆どが無限列車とかいう列車で消えたらしい。
「……切り裂き魔とは関係ないな」
行方不明者なら関係ないと片付けて、別の記事に目を向ける。
「ん? 熊に注意?」
目を引いた記事をじっくりと読んでみれば、どうやら山の中で熊が出没したらしい。そして遭遇した人は裂傷を負ったと。
「……鬼の可能性がなきにしもあらず……か?」
今回虱潰しに町を回って来たけれど、鬼の姿は影も形もなかった。なら山に移動している可能性があるかもしれない。この記事に鬼云々を見たという話題は書かれてなかったというのも、この考えを後押しした。
「念のため明日行ってみるか……」
・
・
・
俺がいたところから件の山はだいぶ離れており、それに比例して人の数も少なかった。
麓の村に足を向ければ、誰もが俺を余所者という視線で見てきて、外交的ではないことが伺いしれた。
「すみません、少し話を訊きたいのですが」
「ンだ? 余所者に話す口はねェ、帰ってくんな」
予想通り邪険にあしらわれて、さっさと帰れと言わんばかりに鍬でシッシと追い立てられた。
でもまぁ、こればっかりは仕方ない。目くじら立ててもしょうがないので、山の中腹にある大きめの家に向かうことにした。もしかしたらここの村の村長が住む家かもしれない。
早速向かってみれば、家の方角から耳を劈く怒号の声がした。
「―――てめぇかぁあ! うちらの西瓜を盗んどった不埒モンはァ!!」
「落ち着いてください村長。顔を殴ったらマズイですよ。せめて服で隠せるお腹とかにしてください」
「ドロくせぇ野郎だ! てめぇにはこれがお似合いよ!!」
「だからといってマジもんの泥をかけることはないでしょう」
数人の男性が地面に蹲る浅紫色の男性を蹴り、その頭上からベシャベシャの泥をぶちまけた。たちまち盗人らしい男性の服は汚らわしい色に染まった。
(お取込み中のようだな……)
ひとまず落ち着くまで傍観に徹することにしよう。
「今まで盗んどった西瓜はどこにやった!! 食ったのか!? 売りさばいたのか!!? なんとか言ったらどうだ!!」
口から泡を飛ばさんばかりの勢いで詰問する村長と思しき男性に、先ほど宥めていた比較的若い男性が声をかける。
「とりあえず私が警史を呼んでくるので大人しくしててくださいよ! 本当にお願いしますからね!!」
お願いしますよ! と再三にお願いした男性はこちらに振り向いて、ぱちっと俺と目が合った。
駆け寄ってきて開口一番に警察の方ですか、と訪ねてくるあたり、俺のことを警史と勘違いしている。しかしこれは好都合。
「ええ。西瓜泥棒を追ってやってきました」
ついでに背中に提げた竹刀袋の口を開いて中身を軽く見せれば、簡単に警史と信じてくれた。廃刀令が出ているのに刀を持っている事が逆に効いたようだ。
「村長! ちょうどいい所に警史の方がいらっしゃいました!」
「こりゃあいいや、アンタ、さっさとこのコソ泥をふん縛って縛り首にしてくんな!!」
殺意高めの村長を男性が落ち着かせている間に、泥棒の両腕両手首を動かせないように縛って逃げられないように近くの木に括り付けて置く。
「さて、事情調査をしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、もちろんさ」
村長が言うに、一番最初に気付いたのは二週間前だったらしい。畑にある西瓜が点々と無くなっており、その時は気のせいと片付けていたそうだが、麓の方でも同じような出来事があったと報告を受けて、罠を仕掛けたそうだ。その結果、罠に見事引っかかった見慣れぬ男を捕まえたという。
「言い逃れはできん。罠の傍に西瓜があったんだ。こいつが盗んだに決まっちょる」
「なるほど」
ぺっと唾を吐き捨てた村長の目は、ギラギラと危ない光を放っていた。あんまりいい状態ではないので、さっさと本題に入ろう。
「ついでにおひとつ知りたいのですが、ここ周辺で熊に襲われた方はいませんか? 遭遇でも構いません」
「んなこと訊いてなにすんだ? 殺しに行くんか?」
「ええ、もし人を襲うようなら殺す必要がありますから」
先ほどと同じように竹刀袋から刀を覗かせれば納得してくれた。
「つってもそんな噂は聞かんし、うちにも怪我した者はおらん。それに今の時期は熊が冬眠に向けて準備する頃さ。奴らの気が立ってんのはうちらのマタギも承知している。一人で山に入らんし、獲物も持っていくから安心なされ」
「わかりました」
「あと二つ山を越えたところに村があるん、そこに行ってみるとええ」
「はいわかりました。ありがとうございました」
結局熊は熊で鬼ではなかった。得られたのは泥の匂いを巻き散らかす泥棒のみ。とんだ無駄足だった。
(それに…………はぁ。コイツ臭いし)
村長が泥棒にかけた泥の中に妙な物でも混ざっていたのか、泥棒から鼻につく匂いがするし最悪だ。思わず涙が出てきそう。
帝都までの帰り道の途中でどこか汚れを落としてやらないと、と気を失っているのか項垂れる泥棒を引き連るようにしながら歩く。
(一旦帝都に戻って村長が言った村に行かなくてはならないのか………今日中には終わらないな)
木々の先から見える日は、とうに昼時を過ぎていた。
―――………
件の村以外にもたらい回しのように他の村々を巡った有一郎が帝都の宿屋に戻れたのは、翌日の未明の頃だった。
その時にはもう疲労と眠気に襲われて、有一郎は夕方頃まで睡眠を取ることにした。
ちなみに、三つ目の村では熊の存在を確認したが、討伐はそこの村のマタギに任せることにした。有一郎は鬼殺隊であってマタギではないのだから。また、捕まえた西瓜泥棒は滝に当てて適当に泥を落としたあと、警察所の裏に放り出した。
さて、夕方になって目を覚ました有一郎は、夕餉を摂りながら買った夕刊に手を伸ばした。
「ん!?」
持ったばかりの箸を器に戻し、有一郎はじっくりとその記事を読み始めた。
「『切り裂き魔また現る』……斬殺死体……全一人物による犯行か。生存者未だ意識不明……“人喰ひ”犯人は鉄道沿線に潜伏、変装等しつつ繰り返し乘車しながら犯行に及んでいるとも考えられるが一体行方不明者はどこに消えたのか………死傷者や重傷者を出しつつ尚且つ此れに加へて無限列車に乗車歴の無い十数名の行方不明者も出てをり、兩事件の間に関連が有るか目下捜索中とのことである………」
他にもここ数日は犠牲者は出ていなかったこと、犯人の行動圏が広いこと等の情報を吟味して有一郎は考えを整理する。
「そういうことか」
情報を纏めた有一郎は仮設を立てた。もちろん相手が人間ではなく鬼である場合だ。
「下位の鬼であるならば、血鬼術は変装あるいは機動力の底上げ。十二鬼月程の鬼ならば異空間の可能性が高い。青い風が吹いたという事は、おそらく血鬼術の副次的作用か鬼が移動した結果によるもの。継続的に光るならば前者の可能性、断続的ならば後者の可能性がある」
他にも考えられるものもあるが、一番可能性が高いものと危険性のあるものを考慮した場合有一郎の結論はこうなった。
「まずどう動くべきか………」
鬼が超広範囲で出没する以上、我武者羅に探すのは些か無理がある。であるならば、できるだけ情報を集めて少しでも範囲を絞った方がいい。
「ひとまず車掌を発見した人に話を訊こうか」
・
・
・
「俺が被害者を見つけたのは、車両を車庫に入れる前の最終確認の時でした。お客様がいないか、または忘れ物がないかなどを見つける作業で、その日も走行中の無限列車の中を見て回っていました」
「ふむふむ」
「……というか君はどこの記者ですか?」
「浅草の新聞記者です。『ウソかホントか、帝都を取り巻く切り裂き魔の噂』って見出しの記事を書けと言われてやってきました」
「はぁ。お疲れ様です」
「ああ、どうも。そちらこそ心中お察しします」
さて、鉄道会社の鉄道管理局に着いた俺は浅草の記者を騙って発見者に話をきくことにした。当の本人は昨日のことを思い出したのか、顔を青褪めていた。
「青い風っていうのを見ませんでしたか?」
「青い風?」
「はい。私が調査したところ、青く光る風を見たという人がいたものですから」
「青い風ですか……。いや、見てないですね」
「そうですか……他になにか見たものとか、不審なものとかってありましたか?」
「うーん…………特に変わったものはありませんでした」
「わかりました」
何の手がかりもないなら、今度は無限列車を検めた方が良いかもしれない。
「あと無限列車の中を見てみたいのですが、許可証かなにかいただけますか?」
「時間がかかりますが、それでも構わないなら」
「はい。大丈夫です」
時間が時間故に色々と手続きを受けて部署を回りに回った末に手に入れた許可書。これを見せれば監視付きだが列車の中を見せてくれるらしい。正直申請せずに向かった方が早かったかもしれない。
無限列車が格納されている整備工場の場所を教えられ、俺は月が昇って久しい道へと踏み出した。
それから一刻もしないうちのことだった。
ほんの僅か、少しでも音がしていたら搔き消されてしまう程に小さな声がした。聞こえてきた先は線路の遥か先。
一瞬の逡巡の後、俺は弾けるように走り出した。
―――………
赤い刀身が朱と金に燦爛と輝き、それはまるで遠き天道のようだった。
燃え盛る烈火は次第に残火となり、パラパラと散り始めた火玉は無数の蛍火となって不知火と消えた。
「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」
『炎の呼吸 壱ノ型 不知火』
(あなたはやはり……そうなのですね)
杏寿郎の血振りからの納刀を呆けた様子で見つめたトミの脳裏に、海馬の底から浮かび上がる光景があった。
それは二十年前の秋の時頃、蕭蕭とした氷雨の夜。
(そのお顔にその羽織、ええ忘れもしない。鬼と呼ばれるモノに殺されかけた私たちを、あなたは救ってくださったのです)
「あなたは……救ってくださったのですね……二度も」
(まるであの日の焼き直しのように、私とふくはあなたに救われて、身体中に懐古の念が溢れ出した。頬を伝う涙の半分は安堵ではなく、その念が溢れ出してしまったのです)
「忘れもしません。そのお顔、羽織。私と……ふくの母親は二十年前、あなたに助けていただきました」
ほんの僅か、ピクリと両肩を震わせた杏寿郎は残心を解いてトミとふくへと振り向き、どこか嬉しそうに口を開いた。
「それはきっと、俺の父でしょう。俺は父を継いで鬼を狩っているのです。父と同じようにあなたをお守りできたこと、光栄です」
二人を射抜く焔色の双眸は、黎明の走り火を受けて煌めく。しかしその大半は別のものによる影響が強いだろう。
「ごめんなさいおばあちゃん。鬼がいるわけないなんて言って」
「アッハハハ……! いや、それでいいんだ。鬼を知らず、遭遇もせず、それで天寿を全うできるならそれが一番だ」
ふくと闊達に話す杏寿郎に、トミは心の底から祈っていた。
どうか恐ろしい鬼と戦うあなたも、天寿を全うできますように、と。
―――………
鬼の気配を察知したはずが、急にその気配が消えた。
(移動した? それとも誰かに討伐された?)
どちらにせよ向かわなくてはならない。
線路上を全力で疾駆していた勢いのまま鬼の気配があった駅に飛び込めば、改札の向こうに一般人が二人と炎柱の煉獄杏寿郎がいた。なら考えられるのはひとつ。
(ああ、鬼は討伐されたんだな)
そう確信した俺は歩みを遅め、改札を飛び越えて煉獄さんを目指して歩く。それと同時に隠の人や他の隊士がやってきて、最後に俺から離れていた金子が右肩に舞い降りた。
「金子、今回の件ってもしかして炎柱の任務と重なってた?」
「ウウン、炎柱様ノ任務ハ無限列車二潜ム鬼ノ討伐。有一郎チャンノ切リ裂キ魔ノ討伐トハ重ナッテハナイワヨ」
「ってことは唯の偶然?」
「ソウナルワネ」
金子が戻ってきた理由はさておき、煉獄さんと情報を擦り合わせた方が良い。
「―――それで、無限列車は?」
「今夜中に整備を整え、明日から運行再開とのことだ」
「お話し中失礼します」
「おお、時透少年。まさか任務先で会うとは奇遇だな。して、どうかしたか?」
青藍の羽織の隊士と煉獄さんの間に入って、俺の任務と煉獄さんの任務の情報を交換したいと言えば、煉獄さんは快く頷いてくれた。
「―――と、いうわけだ!」
「なるほど。煉獄さんは無限列車に潜む鬼が切り裂き魔だと推測していたのですか」
「うむ。奴は無限列車が運行休止中に沿線沿いの町で何件か事件を起こしていたからな!」
「つまるところ、炎柱と時透さんの討伐対象が被っていたという失態はありましたが、件の無限列車は運行再開することですし、この度の任務は万事解決ということですね」
「それは性急すぎるな」
「はい。俺もそう思います」
隊士の判断に俺と煉獄さんは異を唱える。煉獄さんは四十人以上もの人を喰らった鬼がこの程度の筈がないと言い、俺は察知した鬼の禍々しさの程度で否定した。今回の鬼、切り裂き魔は下弦にも満たない程の気配だった。
なるほど、と小難しく眉根を寄せる隊士に、真剣な面持ちで煉獄さんが口を開いた。
「無限列車の鬼は別にいる筈だ。もっと強力な……得体の知れない鬼がどこかに潜んでいる」
「では明日、無限列車に……」
「無論、乗り込む! もう、今日だがな!」
・
・
・
空は夜明けを迎えて暖かくなってきたところ、集まった隠や隊士たちがいなくなった駅の前。俺と煉獄さんの二人きりとなったときに、金子は新たな任務を俺に告げた。
「有一郎チャンハ煉獄様ノ任務ニ合流シ、無限列車ニ潜ム鬼ヲ討伐セヨ!」
「ああ、それが金子が戻ってきた理由ね。了解」
「ほう、時透少年も同行するか! 今度もよろしく頼む!」
呵々大笑しつつ、煉獄さんは俺の右手を握って反対の手で肩を叩いてきた。
「はい。よろしくお願いします」
「うむ!」
くるりと背を向けた煉獄さんを見た瞬間、俺のうなじが逆立った。
(なんだか嫌な予感がするな……)
無意識に背中に背負っている竹刀袋に手を触れた。その硬さでふっと息を吐く。
「どうした時透少年?」
「いえ、なんでも」
振り返った煉獄さんへと歩を進めつつ、独り言のように呟いた。
(まさか、誰かが死ぬということはありえないよな)
そう思っても、いつまでたっても嫌な予感が止まらなかった。
―――………
「はい、あーん」
「あーん」
その日炭治郎は、しのぶの診察室を訪れていた。
那谷蜘蛛山で受けた顎の怪我は、日常生活で使う部分ということもあって、今日まで長引いていた。
「……うん、顎は問題ないですね。すみません。お見送りはできませんが、これからも頑張ってくださいね」
「はい! ありがとうございます! あっそうだしのぶさん、最後に一つ聞きたいことがあって……」
「何でしょう?」
「“ヒノカミ神楽”って聞いたことありますか?」
「ありません」
「えっあっ、じゃあ火の呼吸とか……」
「ありません」
悉く袖にされた炭治郎は、一から説明することにした。
「なるほど。なぜか竈門君のお父さんは火の呼吸を使っていた。火の呼吸の使い手に聞けば何かわかるかもしれないと」
炭治郎の話をまとめたしのぶは、ひとつだけ分かっていることを伝える。
「『火の呼吸』はありませんが、『炎の呼吸』はあります」
「??? 同じではないんですか?」
「私も仔細はわからなくて……ごめんなさいね。ただその辺り呼び方についてが厳しいのですよ。『炎の呼吸』を『火の呼吸』と呼んではならない。詳しいことは炎柱の煉獄さんに尋ねてみるといいかもしれません。鴉にお願いしましょう。返事がくるまで少しかかりますが」
「あ、あと一つ聞きたいんですが!」
しのぶが自身の鴉に伝える前に、炭治郎は付け加えるように言葉を重ねた。
「無一郎君のお兄さんが付けているという耳飾りについて、何か知ってますか?」
「有一郎君の付けている耳飾りは確か、炭治郎君の付けている耳飾りと似ていますね」
「はい。それについて深く知りたいんです。無一郎君に訊こうも柱は忙しいですし、何より当事者であるお兄さんに尋ねるのが良いかと思いまして」
ふむふむと頷くしのぶは、昨日訪れた鎹鴉を思い出した。有一郎の鴉によれば、有一郎は帝都にいたはず。
「有一郎君は帝都で任務だったはずですよ。任務が終わっていなければまだいると思います。ではこのことも鴉にお願いしましょう」
「わぁ、ありがとうございます!!」
―――………
幸せが手に入ると聞いた。
極上な気分が味わえると耳にした。
「こっちよ」
自分の手を引く、青い帯の彼女を追って、家とも呼べぬあばら屋の戸を閉めぬままに外に出た。
泥棒が入るかもしれない。そう思ったのも一瞬。どうせ盗られるようなものは置いてないし、置けるはずもない。家族を亡くして一人生き残った私は、その日生きていくのも難しかった。
案内された場所には、私たち以外にも四人の人がいた。そのうちの二人の男性は黒塗りの制服を着て、制帽を被っていた。
部屋の中は日が差さぬように窓には板が打ち付けられていて、部屋の四隅には蝋燭の灯が影を揺らしていた。
異様な雰囲気に気圧されながらも、私は出ていくことはなかった。もしここで殺されるようなことがあっても、むしろ受け入れようとも思ったからだ。
遠くから汽笛の音がした。私の前に並んで座る人たちは何も発することはなく、ただ黙って下を向いていた。
しばらくして、また汽車の警笛が鳴った。沈黙が満ちる部屋に微かに響く。
「集まってくれてありがとう」
不意に現れた男は、私たちの一番前に立つと開口一番にそう言った。
皆を見渡して私で止まった視線に、少し背筋が冷たくなる。
「君は初めましてだね。一体これから何をするのか不安に思っているだろうけど、大丈夫。嫌なら断っていい。判断するのは内容を聞いてからで大丈夫」
肩をぶるりと震わせた私に、努めて優しい声音でそう言った男は、続けて微笑むように口の端を釣り上げた。
「さて、君たちにやってほしいことは、以前同様に俺を手伝うこと。そうすれば君たちに幸せな夢を見せてあげる」
「はい! 分かりました!」
男の前に座っていた、制帽を被った男の片割れは、叫ぶように返事をすると深く深く頭を下げた。
「ですので、幸せな夢を必ずお願いします! どうか、どうかお願いします!!」
「大丈夫。約束は守るさ」
優しく男の肩を叩くと、男は私を見て言った。
「手伝ってくれたら、幸せな夢を見せてあげる。まるで死んじゃうくらいに幸せで満ちた夢を、君にみせてあげる。どうだろう、手伝ってくれるかな?」
「幸せな夢ってどういうこと? 催眠術かなにか?」
「ああ、疑問に思うのも無理はないね。君には特別に見せてあげるよ」
男はそういって左手の甲を見せてきた。どういうことだろうと、訝しげに首を傾げた途端、手の甲が裂けて口が現れた。
「こういうことさ」
思わず悲鳴を挙げてしまうまえに、私の意識は眠るように暗闇へと落ちていった。
・
・
・
「どうかな? 君のお眼鏡に叶ったかな?」
「……」
幸せな夢を見ていた。昔の夢だ。まるで本当に体験したような体感が今も残っている。
これを味わってしまえば、これ以外何もいらないと思える程に幸せな気持ち。望んではいけないと思いつつも、私はもうこの夢の虜となってしまった。
身体の隅々まで充ちた恍惚感が、ひと段落するころに男は言った。
「君に手伝ってほしいのは精神の核の破壊。それだけさ」
ふと気づけば、周りには誰も人がいなかった。ここにいるのは男と私だけ。他の人たちは帰ったのか。
「ただ破壊された人は廃人になるけどね」
「……たったそれだけでいいの?」
「もちろん。精神の核がある無意識領域には誰もいないし、簡単な仕事だよ」
「そう…………」
廃人になる。
男が言ってることが本当なら、廃人になるだけで死にはしないんだろう。
(人殺しじゃない。なら、大丈夫なはずよ)
生きるか死ぬかの生活で、私の心は擦り減っていた。なら、たとえ夢という偽りの幸せでも受け取ってもいいんじゃないか。今まで頑張ってきたんだから、これくらい許してほしい。
なんて独りよがりな醜い言い訳だろうか。ただ自分が幸せになりたいだけの建前に過ぎないというのに。
ふっと私は、思わず自嘲染みた笑みを浮かべた。
「手伝わせていただくわ」
たとえ男が、人間非ざる者であろうと、あの夢を貪りたい。骨の髄まで啜りたい。魂の底まで満たされたい。
「ありがとう。これからよろしくね」
姿を現した時と同じく、男は音もなく唐突に姿を消した。
(…………)
罪悪感がないのかと問われれば、ないとは断言できない。
でも棄てなければ。割り切ってしまわなければ。既に家具も家も売り果てて、残ったのものは己の命のみ。ならば善性も道徳も倫理も捨て去ってしまって、偽りの幸せを思いっきり味わいたい。
人を狂わす魔性な月に当てられたように、あの幸せな夢をもう一度味わいたい。味わい尽くしたいのだ。
時透さんちの有一郎くん。
踏んだり蹴ったりな任務だったが、次の任務は更にハード。それどころか難易度ルナティックでっせ。
ここからは有一郎くんのターン。
時透さんちの無一郎くん。
君の出番はまだまだ先だ!
煉獄さんちの杏寿郎さん。
運命の刻は近い。