プロットがとても長いのです。全部書ききるとなると三年くらいかかりそうです。
でもまぁ、のんびり書いていきます。思い付いた他の作品も息抜きがてら書いていこうかなぁ……。
今回『劇場版鬼滅の刃無限列車編ノベライズ』を準拠して執筆しております。無論、本編に支障をきたさない程度に原文をいじくってます。
また、鬼滅の刃の子守歌を本文に使っていますが、タイトルが不明なので楽曲コードを載せるに載せられません。
沈む太陽を背に受けて、有一郎と杏寿郎は昨日の駅に訪れていた。もちろん任務地である無限列車に乗車するためだ。
「あっ」
と声を挙げたのは杏寿郎に気が付いたふく。
改札前の広けた場所には、ふくとトミが立っており、その二人は杏寿郎と有一郎へと足早に近付いてきた。
「あの!」
「やあ。弁当屋さん」
「今朝のこと、何てお礼を言っていいか……」
「これをどうぞ。私らにはこんなものしかないのですが……そちらのお兄さんもどうぞ」
礼を言い淀むふくの代わりに、トミが牛鍋弁当を二人分、有一郎と杏寿郎に差し出してきた。
「ああ、ありがとうございます」
「おお! 実は昨夜食べ損ねてな。これは何より嬉しい。しかし代金は払おう」
杏寿郎に倣って有一郎も懐から財布を取り出そうとしたが、「お気持ちだけで」とやんわりと断られた。
杏寿郎も同じく断られたが、代わりに立ち売り箱にある弁当を全て買い上げた。
「お気を付けて」
「近くに来たら、また寄ってください」
二つの風呂敷に包んだお弁当を携えて、杏寿郎は和やかに微笑む。
「あなた方のことは父に必ず伝えます。喜ぶことでしょう。ではお元気で。また会いましょう」
「お弁当ありがとうございました」
二人に軽く礼をして、有一郎と杏寿郎は改札を通る。
通った先には、件の無限列車が鎮座していた。
初めて蒸気機関車を見た有一郎は、その迫力にただただ圧倒される。
これは凄い、と有一郎は誰に言うわけでもなくそうこぼし、口も目もまん丸にして黒煙を吐き出す無限列車を眺めていた。
ポカンと棒立ちする有一郎に、杏寿郎が肩を叩いて乗車を促す。
「すみません。少し圧倒されて……」
「ああ、分かるぞその気持ち! これ程の物が人間の手で造られたと思うと誇らしい気持ちになる!!」
「いやそっちじゃないです」
腕を組んで誇らしげに頷く杏寿郎を傍目に、有一郎は列車の近くに寄って腰を下ろし、脚半を外し始める。
「どうした時透少年? 列車に乗る時は靴を脱がなくて良いのだぞ?」
「えっ? あっ、そうなんでしたか……」
なんと列車と言うものは靴を履いたまま乗車するらしい。忌避感はないのだろうかと、少しの気恥ずかしさを感じながらも脱ぎかけた脚半を直し、有一郎は先に乗った杏寿郎を追い掛ける。
(人が沢山乗ってるな……でもまだ増えるんだろうなぁ)
座席に座る人々は談笑を交わし、その顔にはこの列車が人喰いという噂を欠片も信じていない様に見えた。
ならば出発するまでの間に何人もの乗客が乗り込んで来るのだろう。
「中間あたりの客車に座ろう。ここなら前方後方どちらから鬼が出ても直ぐに駆け付けられる」
「はい」
中間あたりの車両の扉を開き、これまた中間あたりの座席に座ると、杏寿郎は先ほど買った弁当の包みを広げた。
「さて時透少年! 日が沈むまでに些か時間がある。腹が減っては戦ができぬと言うものだ! 今のうちに腹ごなしをしておこう!」
「わかりました」
差し出された牛鍋弁当を開けてみると、醬油と生姜の良い匂いが有一郎の鼻腔を擽る。
「うまい! うまい!」と叫ぶ杏寿郎を傍目に有一郎は箸を進め始めた。
そうして駅弁を食べていると、後方の客車から三人組がやって来た。
そのうちの一人は、何かと噂の竈門炭治郎だった。
・
・
・
炭治郎は杏寿郎の隣に座った後、有一郎君にも訊いてほしいんですが、と前置きして話し始めた。
「俺の父は病弱だったんですけど、それでも肺が凍るような雪の中で神楽を踊れて」
「それはよかった!」
「それで?」
「ヒノカミ神楽……円舞!」
炭治郞の父親は、年の初めの日没から夜明けまで、神へと捧げる舞を、何度も何度も一寸の乱れもなく繰り返していた。それも凍てつくような雪の中で。
「那谷蜘蛛山で殺されかけた時、とっさに出たのが子供の頃に見た神楽でした。もし煉獄さんか有一郎君が知っている何かがあれば、教えてもらいたいと思って……」
「俺は何も知らないな」
「なるほど! だが知らん!! ヒノカミ神楽という言葉も初耳だ! 君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが、この話はこれでお終いだな!」
「ええ!!?」
「俺の継子になるといい! 面倒を見てやろう!! 今なら兄弟子として時透少年もいるぞ!」
「ちょっと待て! いつ俺が煉獄さんの継子になったんですか!?」
唐突の勧誘をした杏寿郎の両目は炭治郎ではなく、有一郎でもなく、あさっての方向を向いていた。
にべもなく断られた炭治郞は、縋るように対面に座る有一郎へと視線を向けたが、有一郎もまた首を横に振った。
うう、と項垂れた炭治郞だが、やはり似ている、と心の中で呟いた。
(有一郎君が着けている耳飾り、やっぱり俺が着けてる耳飾りと似ている。もしかして同じ人が作ったのかな?)
心中に浮かんだ疑問をそのまま有一郎にぶつけてみたものの、有一郎は先ほどと同じく、知らないと首を振った。
「一応言っておくけど、“式”についても詳しくは知らないよ。君のお家と一緒で、昔から継がれてきたものとしかわからない。あとは約束についてだけど……」
「どんな内容なんですか?」
「“約束しましょう。遺しましょう。あなたが何時か、天へと昇れるようにと願いましょう”。ただこれだけだよ。誰が交わしたのかも、誰に約束したのかも、その意図すらもわからない」
「そうですか……」
「炎の呼吸は歴史が古い」
「急になんですか煉獄さん」
またしても杏寿郎は唐突に語り出した。
「炎と水の剣士は、どの時代でも必ず柱に入っていた。炎・水・風・岩・雷が基本の呼吸だ。他の呼吸はそれらから枝分かれしてできたもの。時透少年が使う霞は風から派生している。……溝口少年! 君の刀は何色だ!」
「俺は竈門です。色は黒です」
名前の間違いを訂正しながら己の刀の色を答えれば、杏寿郎は「それはきついな!」と笑いながら指摘した。また、鬼殺隊の今までの歴史上、黒刀の持ち主が柱になったことはないらしい。その上、どの呼吸の系統を極めればいいのかも不明だと。
「それは俺の育手も言ってました。あと黒刀の持ち主は出世しないという迷信があるとも言ってました」
そう言われたものの、炭治郎からすれば出世は眼中になく、そんなことよりも妹を人間に戻すことの方に注力したいところだ。
「そうだな! 俺もそんな噂も聞いたことがある! だが心配無用! 俺の継子になるといい溝口小年!!」
「それは一体誰ですか!? 俺は竈門です!」
炭治郎の訂正を聞いているのかいないのか、杏寿郎は騒いでいた伊之助と善逸に顔を向け、「いつ鬼が出るのかわからないんだ!」と叫ぶように言った。途端に善逸が喚き出して騒ぎだす中、杏寿郎が今回の任務の説明をする。
「短期間のうちにこの汽車で四十人以上の人が行方不明となっている! 数名の剣士を送り混んだが全員消息不明となったのだ!」
「はァ―――ッなるほどね!! 降ります! 俺降ります!!」
そう善逸が叫んだところで、後方から揺らりと車掌が現れた。
全体的に痩せこけ、頬もこけ、濃い隈を作った車掌は、今にも消え入りそうな声で切符を出すよう催促する。そして全員分の切符に切れ込みを入れると、これまた消え入りそうな声で「拝見しました………」と呟くように言った。
その途端、不意に立ち上がった杏寿郎と有一郎は、自身の日輪刀を取り出して車掌を背に庇う。
「車掌さん! 危険だから下がってくれ! 火急のこと故、帯刀は不問にしていただきたい!」
杏寿郎と有一郎の視線の先、後方の車両の扉付近に鬼が突如として現れた。頭ひとつに顔を二つつけた大鬼がのそりのそりと近付いてくる。その重みで車両の床がギシギシと軋んだ。
「グルルルル………」
「キャァアア!!!」
「うわぁあああ!!」
虎が獲物を狩る時に喉を鳴らすような低い声が周囲の乗客を威圧する。恐怖故か、はたまた驚愕故か、乗客は恐れ戦くばかりで、座席を立ち上がることができなかった。
このままいけば鬼に喰われてしまうだろう。しかしそれは一般隊士であった場合。ここには鬼殺隊最高戦力の称号である柱を賜った煉獄杏寿郎に加えて、甲である時透有一郎と、更に三人の隊士が備えている。ならばこの人数を鬼から守りきれない道理があるわけない。
ずいっと一歩鬼へと近付いた杏寿郎は、炎を模した羽織を翻す。
「その巨躯を隠していたのは血鬼術か。気配も探り辛かった。しかし!!」
罪なき人に牙を向こうものならばと、杏寿郎は高らかに叫んで刃を鞘から解き放つ。
「この煉獄の赫き炎刀が、お前を骨まで焼き尽くす!!」
「オオオオ────!!!!」
二つある口から咆哮が放たれ、それと共に発生した衝撃波を杏寿郎は真正面から受け流し、刀を構える。
──炎の呼吸 壱ノ型
燃え盛る烈火の如く鮮やかな赤色の刀身が一閃。力強い踏み込みによって生まれた加速は、瞬間移動と見間違うほどの速度を生み出し、鬼は抵抗する間もなく呆気ない程簡単に頸が落とされた。
──不知火
頸を斬られた鬼の体が、見る見るうちに崩れていく。
ほどなくして塵となって消え、それを見た炭治郎が感嘆の声を挙げた。
「すごい……一撃で鬼の頸を」
残心を解かなかった杏寿郎は、前方車両に鋭く視線を向けた。
「もう一匹いるな。ついてこい!」
棒立ちしていた炭治郎達に声をかけ、杏寿郎と有一郎は一足先に前方車両に足を踏み入れた。客車の中は鬼から逃げ惑う乗客でごった返しになっており、その乗客達の向こう側に鬼がいた。
通路を挟んだ左右の座席に長い手足を乗せ、四つの目をぎょろぎょろと巡らせている。緑色の体色ともあって、その姿は巨大なナナフシのように見える。
その鬼が、逃げ遅れてた男の顔をゆっくりとした動作で覗き込む。
「ああ……うわぁぁぁぁぁああ!!」
「その人に手を出すことは許さん!」
鬼を睨む杏寿郎の背後に、遅れて駆けつけた炭治郎と伊之助が刀を構える。
「聞こえなかったのか? お前の相手はこっちだと言っている」
その言葉が耳に届いたのか、鬼がのっそりと杏寿郎を向き、四つの無機質な目が杏寿郎とその隣に立つ有一郎に向けられる。
鬼を直視したせいか、背後の座席に身を隠していた善逸が恐怖と気色悪さで震えあがった。しかしその一方で、伊之助はやる気満々といった様子で獣のように姿勢を低くすると、「先手必勝ォ!!」と鬼へと飛びかかった。
「待て伊之助! 逃げ遅れた人がいるんだぞ!!」
「ブッ倒しゃあ問題ねえ!!」
炭治郎の制止に耳を傾けず、鬼へと斬りかかった伊之助に、鬼の腹部から飛び出した鉤爪が襲いかかる。
「おわっ!?」
反射的に二本の刀を交差して攻撃を逸らし、空中で身を捻った伊之助は座席に着地する。そこへ間髪入れずに鬼の腕が迫る。
「やべ……!」
「お荷物になるなら列車からおりろ。邪魔」
伊之助へと迫った鬼の腕を瞬く間に切り落とした有一郎は、背後に庇った伊之助に容赦のない一言を浴びせた。伊之助が反射的に否定する前に有一郎は、伊之助の腕を掴んで元居た場所に投げ飛ばし、襲いかかってくる鬼の腕を難なく避けて逃げ遅れていた男を助け出した。
「奥に行って。そこは安全だから」
「あ、ありがとうございました……!」
走り去っていく足音を耳で察知しつつ、有一郎は呼吸音を高める。
「ゴァアアア!!!」
「霞の呼吸 弐ノ型──」
低い唸り声を挙げる鬼に、有一郎は鯉口を滑らせる。
「八重霞」
何重にも切り刻まれた鬼の体は、頭部を失うと瞬く間に塵となって消え去った。
それを見届けて納刀をした有一郎と杏寿郎に、固唾を飲んで見守っていた炭治郎が感動の涙を流し始める。
「す、す……すげぇや兄貴達! 見事な剣術だぜぇ!! おいらをお二方の弟子にしてくだせぇ!!」
「いいとも! 立派な剣士にしてやろう!!」
「え、嫌だけど?」
豪快に応じた煉獄に、おいらも、おいどんもと、善逸と伊之助も手を挙げる。
「みんなまとめて面倒みてやる!!」
「煉獄の兄貴ィ~!!」
「兄貴ィ!!」
三人がそれぞれ杏寿郎を『煉獄の兄貴』と慕い、嬉しさのあまり杏寿郎を中心としてふよふよ浮かび始めた。
そんな異様な光景にも関わらず、杏寿郎はこれが普通とばかりに高らかに笑い、有一郎は彼らを冷ややかな目で見詰めていた。
ジジ……と点滅を繰り返していた灯りが、プツンと消えた。
―――………
「夢を見ながら死ねるなんて、幸せだよね」
煤けた蒸気を吐きながら、夜闇を走る汽車の上。
肩口で切りそろえた髪を靡かせて、男は指揮者のように両腕を広げた。
うっとりとした笑みを浮かべたまま、男は自身の勝利を疑わない。
「どんなに強い鬼狩りだって関係ない。人間の原動力は心だ。精神だ」
屋根の上を這うように走って来た手首が、軽やかに飛んで男の左腕へと戻る。
「“精神の核”を破壊すればいいんだよ。そうすれば生きる屍だ。殺すのも簡単。人間の心なんてみんな同じ。硝子細工みたいに脆くて弱いんだから」
闇夜に囁いた言葉は黒煙に飲み込まれ、どこにともなく消えていく。
その男・魘夢の左目に刻まれた、『下壱』の文字が喜色に揺れる。
彼は鬼狩りの心が死ぬ瞬間を、高みの見物で今か今かと待ち続ける。
無限列車の乗客は、老いも若いも、男も女も、貴賤問わず誰しも終わる事の無い夢を見続ける。終わるとしたら、それは各人の命が終わる時。
或いは、悪鬼が塵へと還る時である。
―――………
ガタンガタン……ガタンガタン………と、規則正しい揺れに身をゆだねるように、列車の乗客達は瞼を閉じて夢の中にいた。それは柱である煉獄杏寿郎も、甲である時透有一郎も、炭治郎も善逸も伊之助も、皆が皆、夢の中にいた。
竈門炭治郎は、深い雪山で息を切らしていた。冷たい雪が降り積もる中、炭治郎は懸命に足を動かしていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
視界は朧気で、頭の中も酷くぼんやりしていた。炭治郎はなぜここにいるのか、なぜ歩いているのか、なぜ背中が軽いのかも疑問に思わず、ただひたすらに歩き続ける。しかし、ふっと両目に生気が戻った。
「つ!?」
すぐさま抜刀し周囲を警戒するも、誰もいない。自分以外、誰もいない。共に任務にあたっていた善逸も伊之助も杏寿郎も有一郎も、それどころか禰豆子の入った箱さえもなかった。
「敵は!? ……鬼は!?」
ありえない状況で無意識に息が上がる。
落ち着けと自分に繰り返しながら、せわしなく周囲へと視線を飛す。そこへ、ぎゅっぎゅっと雪を踏みながら近づいてくる誰かの足音が聞こえた。
「っ……!!」
すぐさま音の方向へと振り向けば、そこには死んだはずの妹と弟の姿があった。
あの日確かに死んでいたはずだった。他の誰でもない自分が確認して、簡易ながらも土を掘って埋めた。生きているはずがなかった。
けれでも、
「お兄ちゃんだ」
「お兄ちゃんお帰り。炭、売れた?」
そこにいるのは間違いなく生きている姿だった。
呆然と花子と茂を見つめる炭治郎の両手から、日輪刀が力なくこぼれ落ちる。落ちた日輪刀に目をくれることもなく、炭治郎は我武者羅に二人に向かって走り出し、そのまま二人に飛びついた。勢いを落とすことなく飛びついたので、三人はボスリと音を立てて雪の中へと倒れ込んだ。
「ああ……うああ………」
涙を流して抱き締める炭治郎の姿は、鬼殺隊のそれではなかった。伸びた髪を後ろで縛り、作務衣の上にはんてんを羽織り、首巻きを締め、藁沓を履き、炭を入れるための籠を背負っている。
ほんの一年半程度前までの姿で、炭治郎は嗚咽を漏らしながら、必死に弟妹を抱き締めた。
「ごめん、ごめん!! ごめんなぁ………うわあああ」
終いには自分が何に対して謝っているのか、なんで泣いているのかさえわからなくなっても、炭治郎は二人の体温を感じながら泣き続けた。
我妻善逸は、最愛の少女の手を繋いでいた。桃の木が生い茂る山林を、人間に戻れた禰豆子と共に走っていた。
「こっちの桃がおいしいから。白詰草もたくさん咲いてる。お花で輪っか作ってあげるよ。俺、本当にうまいのできるんだ」
白詰草が咲き乱れる絨毯の上。桃の甘い香りが漂う中で、最愛の少女と共に熟れた桃を齧り、白詰草でできた冠を被った少女が心底幸せそうに笑う。
果たして、こんなに幸せなことが今まであっただろうか。
「善逸さんってとても器用なのね!」
「えへへ、そう?」
だらしなく鼻の下を伸ばしながらも、その両手は新たに花の首飾りを作ろうと残像が見える程の速さで動く。
「わぁああ、すごく可愛いです! 本当に貰ってもいいのですか?」
「いいよいいよ。これくらい何十個だって作ってあげる!」
「ありがとうございます! 一生大事にします!!」
「うふふふふふ」
善逸はデレデレとだらしない笑い声を漏らしながら、夢なら覚めないでくれと願っていた。
現実とは異なり、酷く穏かで温かく、幸せな夢だった。
嘴平伊之助は探検隊を結成した。
狸のポン治郎、鼠のチュウ逸、兎の禰豆子ウサギの子分たちを引き連れて、薄暗い洞窟を奥へ奥へと進んでいく。
「あっちから、この洞窟の主のの匂いがしますポンポコ!」
「寝息も聞こえてきますぜチュー」
偵察から戻って来たポン治郎とチュウ逸の言葉通りに奥へと進んでいけば、そこには小山のような岩に巻き付いた形で寝息を立てる主の姿があった。
汽車と百足が融合したような巨大な化け物に、伊之助の目が爛々と輝く。その一方でチュウ逸は、逃げ腰になって隠れてしまった。
「怖いでチュー」
「どうしましょう親分!」
頭を抱えてしゃがみ込むチュウ逸は、ぷるぷると肩を震わせる。その震えを抑えるようにポン治郎が背中を摩っても、まったくなおる気配はなかった。
「オイ! こっち来い! ホラ、ツヤツヤのどんぐりやるから!! ついて来い!!」
伊之助が特別綺麗などんぐりを差し出すと、チュウ逸は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「おっしゃあ、いくぞぉぉぉ!!!」
「ヘーイ!!」
伊之助は三人の子分を率いて、主との戦いに身を投じるのであった。
煉獄杏寿郎は、己の屋敷にいた。ぼんやりとした意識のまま視線を巡らせれば、目の前には己の父がごろりと布団に寝転んでいる。
父の名は煉獄槇寿郎。かつては炎柱として活躍していた優秀な隊士であった。しかし今は間昼間から布団に伏せたまま、手に持った書物を惰性のように読んでいる。今は酒瓶を手にしてないが、頻繫に酒を呷る姿を杏寿郎はよく目にしていた。
槇寿郎は別に、任務に支障をきたすような傷を負ったわけではない。
杏寿郎はふと、要件を思い出した。その途端、朦朧としていた視界がはっきりする。
「──父上。先日の下弦の弐の討伐により、この度私は炎柱に任命されました」
務めて明るくその旨を父に伝えた。続けてお館様のことや他の柱のこと、これからどんな柱になっていきたいかなどを、快活に伝えた。
しかし。
「柱になったからなんだ」
くだらない。どうでもいい。
父は息子を一瞥することもなくそう吐き捨てた。
「……どうせ大したものにはなれないんだ。お前も俺も」
名誉ある位に着いたという息子の報告でさえも、槇寿郎は興味を持つことなく、振り返ることさえなく、気怠い声で返答した父に、杏寿郎は風に吹かれた蝋燭のようにすっと顔の笑みを消した。
──俺も炎柱になれば、父上もやる気を取り戻してくれると思っていた。
杏寿郎は気づけば、部屋を退出して廊下の上を立っていた。目の前に続く長い廊下が、やけに何時もよりも長く見えた。その長い道を、とぼとぼと歩く。
(これは、叶わぬ夢だったのか。………………だがしかし! 俺は諦めない! また次の手段を探せばよい!)
そう気を引き締めて歩を進めていると、「あ、兄上」と突き当りからひょっこりと弟が顔を出し、杏寿郎へと駆け寄ってくる。
「父上は喜んでくれましたか」
千寿郎はおずおずと訊ねた後、少しばかり躊躇った声で、
「俺も柱になったら、父上に認めてもらえるでしょうか?」
と恥ずかしそうに杏寿郎に訊ねた。
「…………」
弟の問いに、杏寿郎は咄嗟には返せなかった。
弟が望んでいる言葉は分かる。だが、それを安易に伝えることはできなかった。先程の父は、杏寿郎に最後まで振り返ることさえなく、いつも通りのぶっきらぼうとした声で返事をしただけだったから。
(はたして契機はなんだったのか。情熱のある人だったのに、ある日突然剣士をやめた。……突然……なぜ…………)
なぜ、なぜ、なぜ……と、湧き上がってやまない父への疑問を、杏寿郎はすぐに断ち切った。
(考えても仕方のないことは考えるな)
そう己を律する。今までずっとやり続けてきたことだ。
(千寿郎はもっと可哀想だろう。物心つく前に病死した母の記憶はほとんどなく、父はあの状態だ)
杏寿郎はまだ小さな弟の前に膝を付き、弟の両腕を掴んだ。
「正直に言う。父上は喜んでくれなかった。どうでもいいとのことだ」
「…………………」
千寿郎の顔が曇るより早く、杏寿郎は「しかし!」と声を張り上げた。
「そんなことで、俺の情熱は無くならない! 心の炎が消えることはない! 俺は決して挫けない!!」
ぎゅっと杏寿郎は弟の両手を握りしめる。幼い手は竹刀だこでいっぱいだった。
「そして千寿郎」と、不安げに瞳を揺らす弟に、努めて明るく笑いかける。
「お前は俺とは違う! お前には兄がいる。兄は弟を信じている。お前はどんな道を歩もうとも、立派な人間になれる!」
大粒の涙を流す千寿郎を、そっと杏寿郎が優しく抱きとめる。無言で涙を流す弟が痛ましく、愛おしかった。
「燃えるような情熱を胸に、頑張ろう! 頑張って生きて行こう! 寂しくとも!」
──そうだ、上弦の鬼を討とう! それならば父上もきっと、お喜びになるでしょう!
そして有一郞も、昔の夢を見ていた。
―――………
時透有一郎は、己が育った山―――景信山でひとり、周囲を見渡しながら歩いていた。
夕暮れに染まった景信山に、ツクツクボウシの声が響いている。近々死んでしまう前に、精一杯自分がいた証拠を残そうとしているように思えた。
(俺は何をしようとしていたんだ?)
束の間、気を失っていたのかもしれない。朧気な意識を振り払うように頭を振っても、良くなることはなかった。
仕方ないと、有一郎はいつでも抜けるように腰に提げた刀の柄に手をあてつつ、無意識に己の生家を目指していた。
(頭がぼんやりするなぁ……)
へんだなぁと思いつつも、気付けば家の前にいた。
横引きの扉をガラッと引けば、すぐそこに母親がいた。母親は有一郎へと振り返ると、優しい笑みを顔に浮かべ、ゆっくりとした動作で近づいてきた。
「あら、早かったわね」
「うん、ちょっとね」
途端、有一郎は思い出した。それと同時に、有一郎の姿は鬼殺隊の服装とは変わり、かつて景信山で過ごしていた時の姿に変わっていた。身長も僅かであるが、その頃の大きさに縮んでいた。
(そうだ、鶴瓶が割れていたから、代わりの桶を取りにきたんだ)
「母さん、鶴瓶の桶ってどこに置いてあったっけ?」
「あら? 壊れていたの?」
「うん」
「確か………ちょっと待っててね」
母は腰をあげると家の奥へと消えていき、しばらくすると桶を抱えて戻って来た。
「はいお待たせ」
「ありがとう」
桶を受け取った有一郎は再び家の外に出ると、二つの桶が両端にぶら下げてある天秤棒を肩に担ぎ、井戸の方角へと歩いていく。
そして桶に井戸の縄をくくって直すと、井戸の水を汲み上げ始めた。五、六回程汲み上げて二つの桶を満杯にし、天秤棒を「よいせ」と担ぐ。
「兄さーん!」
その背中に、弟の声がぶつかった。
声の方角へと振り向けば、その衝撃で桶から少し水が溢れた。
父親から斧の使い方と薪の割り方を教わっていた無一郎は、自分が割ったという薪を有一郎へと見せる。
「なに?」
「見て! これ僕が割ったんだ!」
「ふーん……。父さんが割ったやつの方が綺麗だね」
「それはそうだけど……」
尻すぼみになった無一郎は、ほめて欲しいとばかりにチラチラと有一郎の顔を見つめる。有一郎はその視線を受けて、ぶっきらぼうだが頭を撫でてやった。途端、無一郎は嬉しそうにはにかんだ。
「ただいま」
「お帰りなさい。重かったでしょう?」
「ううん。へっちゃらだよ」
「そう……。無一郎もありがとう」
「ううん! だいじょうぶ!!」
母親は先日、風邪で寝込んでいたばかりで、まだ体力が回復してない。だから代わりに有一郎が水を汲みにいき、無一郎が釜戸や風呂に使う薪を割りにいくのだ。ちなみに父親は無一郎に木の伐採の仕方も教えていた。
その後、夕餉を腹に収めた有一郎は、父親から“式”を教わっていた。日は既に沈み、そこらの茂みから虫の声が鳴り響いていた。
「肩の力を抜いて……そうだ」
「んぅ……一式 闇月」
「そうそう。あと指先にも神経を巡らせて」
「こんな感じ?」
「そう」
三日月の注ぐ庭先で榊片手に“式”を舞う二人を、母親は無一郎を膝に抱いたまま微笑を浮かべ、微笑ましそうに眺めていた。
横一閃に薙いだ榊は音も無く揺れ、続けて大きく振るわれた榊が、有一郎の手から離れて地面に転がった。
「もう少し力を込めて」
「うん」
父親が拾ってくれた榊を受け取り、もう一度二式を舞う。今度は手から飛ばなかったものの、有一郎の息が少し上がっていた。仕方ないことだ。この頃の有一郎は特殊な呼吸も習得してない上に体力も少ない。見た目通りの体力しかなかった。
「少し休もうか」
「うん」
その提案に頷いた有一郎は母親の隣に腰を下して、乳酸の溜まった手足をぶらぶらさせる。次いでひょいと父親に持ち上げられて、膝の上に降ろされた。
「焦る必要はないよ。ゆっくりで大丈夫さ」
「うん」
束の間の休息で体力を回復した有一郎は、再び庭で“式”の練習をする。父親も有一郎の傍らでお手本を何度も見せた。
「眠いのかい?」
「…………うん。……でも頑張って起きる」
眠たげな声で返した有一郎に、そうかと笑った父親は、髪を梳くように優しく有一郎の頭を撫でる。母親に抱かれた無一郎も、いつの間にかこっくりこっくりと船を漕いでいた。
父親が母親へと視線を向ければ、母親はわかった様に頷き、布団を敷き始める。
「まだ俺できるもん」
ぐずったように声を挙げる有一郎の抵抗を聞き流し、父親は有一郎の脇の下に手を入れて家の中に連れ込む。
掛け布団を被せられた有一郎は、むっと頬を膨らませて隣に横になった父親へと、眠くないとばかりに目を見開いた。有一郎の隣には、既に無一郎が夢の中に旅立っている。
「こんこん小山の子うさぎは、なぁぜにお耳が長うござる。小さい時に母さまが……」
「俺まだ眠くないもん!」
寝かしつけの子守歌を歌っても、有一郎は頑なに起きようとする。
「長い木の葉を食べたゆえ」
どうしたものかと頬を掻いた父親の子守歌を継いで、反対側で横になっていた母親が歌い始めた。
「そーれでお耳が長うござる。……有一郎」
「なに?」
「焦りは禁物です。すぐに上達する人は稀です。それにあなたはまだ子供、時間はまだ沢山あります。焦らずゆっくり、確実に進めば良いのです」
諭すような口調で言われ、ばつが悪いような顔をした有一郎は、逃げるように掛け布団を頭から被った。
モグラみたいに布団に潜り、中で猫のように丸まった有一郎は、不貞腐れたのか「むぅぅぅぅぅ」と小声で唸る。顔が見れなくても、膨れっ面しているのがはっきりと二人はわかった。
「明日また教えるからさ、機嫌を直してくれないかな?」
努めて優しい声で父親はそう言った。しかし返ってきたのは沈黙。
「有一郎」
ひとつ名前を呼んで、父親は布団越しに有一郎の背中を叩く。
「なんで有一郎って名前を付けたか……知りたいかい?」
ピクリ。微かに布団が揺れた。
手応えを感じた父親は、ゆっくりとその由縁を話し始める。
「有一郎の有は有難うの有だよ。誰かにとって有ることが難しいくらいの、有難い存在になってほしいと、願いを込めたんだ」
有一郎の背中にあてた手を優しく摩り、父親はふと天井を見た。その先にはただ木目があるだけだが、天井の先には月がある。夜空に浮かぶ月に誰かを重ねて見るような目で、父親は再び口を開いた。
「“あの人”は……いつも自分を責めていた。誰かを傷つけることが何よりも辛くて苦しくて……そうするしかない自分を嫌っていた。事実傷つけられた人は、“あの人”が死んでしまえばいいと願うほど嫌っていた………………でもね」
そこで言葉を切った父親は、布団越しの有一郎の顔を見る。
「でもね、“あの人”は自分がどれだけ他の人に感謝されているのか、これっぽっちも自覚していなかった。“あの人”の存在がどれほど有難かったか………………きっとその思いを受け取れなかったんだろうなぁ」
一体“あの人”は誰を指しているのか、有一郎はまったくわからないまま、布団の中に潜り続けていた。とうに機嫌はなおっていたけれども、顔を出す時機を失ってしまった。
「有一郎、君も誰かにとって有難い人になれる。必ずだ。それがたった一人でも、大勢でも、その人の気持ちを真っ正面から受け取ってくれ」
ふわりと微笑んだ父親は、今度はすぴょすぴょと眠る無一郎を見る。
「無一郎の無は無限の無。自分ではない誰かのために、無限の力が出せる人になってほしいと、願いを込めたんだ」
有一郎はじっと、ぴくりとも体を動かさずに耳を傾ける。
「“あの人”の弟は……………そうだなぁ。一言で言ってしまえば神様に祝福された人だった。誰もが認めて、誰もが拝んだ圧倒的な才と人格の持ち主。袖を涙で濡らす人々のために惜しむことなくその剣を振るった。その姿はいかにも現人神のようで、まるで無限の力を持っていた」
一呼吸おいて、父親は続きを紡ぐ。
「優しく、強く、気高く、誇り高き選ばれた人。…………無一郎も誰よりも優しく、強く、困っている人のために限界以上の力が出せるようにと、そう願ったんだ」
弟と自分の名前の由来を知って、有一郎の腹の底から胸へと熱いものが込み上げてくる。目頭も熱くなった。まるで焚火にあたっているように、ぽかぽかしたものが全身に広がっていく。
――それはさながら、全身が炎に包まれているかのように。
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パチリと目を覚ました有一郎は、モヤモヤとした気持ちを抱えたままじっと座っていた。
胸内に渦巻く感情は、幸せな夢をまだ見たかったという願望と、鬼の罠にかかっていたという自身への苛立ちが綯い交ぜになっていて、そのモヤモヤを呑み込むまで幾ばくかの時間を要した。
「はぁー……」
ため息を吐きながらも周りを見れば、いつの間にか知らない人が座席に座っていた。三人の人間がそれぞれ気を失っており、もう一人の男性の青白い顔には、頬を濡らした跡が残っていた。
有一郎が訝しげに思う前に、青年は敵意はないと首を振った。
「君達に夢を見せた人は、先頭車両にいます。赤みがかった髪の人と、猪頭の人は既に向かっています。黄色い人と女性の方は前方の車両へと向かって行きました」
「そう、ありがとう」
「僕のことは気にしないでください。どうか、ご無事で」
頭を垂れた男性に背を向けて、有一郎は鯉口を切る。
途端、気持ちの悪い肉塊があらゆる場所から生え出し、眠っている乗客へと襲い掛かった。無論、それをただ見ている有一郎ではない、瞬く間に手の形をした肉塊を斬り伏せ、勢いをそのままに別の車両へと入り、そこの肉塊も薙ぎ払った。
「時透少年! 目覚めたようで何よりだ! 今黄色い少年と鬼の竈門妹が前三両を守っている。俺は後方五両を守る。君は黄色い少年達を援護しつつ列車全体を気にかけてくれ、いいな?」
強い踏み込みとともに現れた杏寿郎は、まくし立てるように言ってすぐさま通った道を戻り始めた。
有一郎は聞こえてないと思いつつも、分かりましたと返事をし、ひとまず前方の車両へと駆けていった。
それから間もなく、耳を劈く鬼の断末魔と共に、激しい揺れが列車全体を襲った。
時透さんちの有一郎くん。
有一郎の夢に侵入してきた人はいない。原作を見る通り、人数が合ってないので偶然にも誰にも見られなかった。
名前の由来は書きたかったシーンのひとつ。
次回難易度ルナティックを目の当たりにする。
時透さんちの無一郎くん。
有一郎の名前の由来は寝てたから知らない。
煉獄さんちの杏寿郎さん。
次回運命の相手が登場する。
大正こそこそ裏話
時透くんの父親がなんでそこまで詳細に知っているのかと言うと、記憶の遺伝を見たこともあるから。……なんとも便利な記憶の遺伝。
そろそろ時透両親の名前を決めるべきかも知れない。