世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 感想貰ってモチベ上がらない奴とかいる!? いねぇよなぁ! ということで最新話投稿でっせヾ(・ω・ヾ)ホレ
 ちなみに私、東京卍リベンジャーズは見たことありません。冒頭のセリフの元ネタしか知りません。
 前話の改訂は誤字を直すためです。佐藤太郎じゃなかった。佐藤勇太だった。うへへ間違っちった。
 満を持して“彼”が登場。長くなりそうなので二つに分けます。また、後書きの人物紹介の部分や大正こそこそ裏話に書いた、いくつかの事項に関連するものも出てきます。


第19話 全てはあの日から始まった。上

 列車は悶え苦しむように跳ね回り、眠ったままの乗客が衝撃で宙に浮いた。

 

(このままじゃ横転する!)

 

 列車がのたうち回る度に壁や天井に足をつけて衝撃を殺していた有一郎は、列車が脱線しないように何度も斬撃を叩き込む。霞の呼吸では力不足故に、“式”を用いてどうにか脱線を防ごうと尽力するも、努力虚しく列車は轟音を立てて脱線し、土砂を抉りながら停止した。

 

「……鬼の肉が衝撃を殺してくれて助かった」

 

 横転した車両内を見渡した有一郎は、ひとまず大破している部分から乗客を外へと運び出す。

 せっせと外へと全ての乗客を運び出した有一郎は、ふと空を見上げた。真っ暗だった空は、既に白み始めて夜明けが近づいているのを伝えている。

 

「…………さて、煉獄さんと合流するか」

 

 そう呟いたとき、突如として地を震わす轟音が辺りに響いた。すぐさま音が聞こえてきた方向に疾駆し、瞬く間にその場所に辿り着く。

 

 杏寿郎の隣に立ち、目の先に立ち込める土煙を睨む。鯉口は既に切っていた。

 煙が次第に晴れていく。晴れていくにつれて闖入者の容姿が明らかになる。塵風に短く切りそろえられた赤毛と、それと似た色の丈の短い上着が土埃に揺れる。

 その中でも特に目を引いたのは、冷たい眼差し。その瞳に刻まれた文字。

 

「上弦の……参」

 

 薄氷がひび割れたような結膜、開かれた瞳孔は月の薄光。

 突如として緊迫してきた上弦の参は、地に伏していた炭治郎目掛けて拳を振るう。

 しかしその拳が炭治郎へと届く前に、杏寿郎によって切り裂かれた。

 

「いい刀だ」

 

 鬼は自身の腕が切り裂かれたのにも関わらず、微笑を保ったまま腕の鮮血を舐める。杏寿郎に傷つけられた腕は、既に再生していた。

 

「なぜ手負いの者から狙うのか理解できない」

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の。……お前もだな」

 

 鬼の青く染まった指先が、杏寿郎と有一郎を示す。

 

「解るぞ。その闘気、練り上げられている」

「闘気?」

お前(有一郎)は至高の領域には遠いが、お前(杏寿郎)は違う」

「俺は炎柱・煉獄杏寿郎だ」

「そうか杏寿郎、俺は猗窩座。お前らに素晴らしい提案をしよう。鬼にならないか?」

「ならない」

「なるわけないだろ」

 

 嚙みつくように応えた二人に、猗窩座はおもむろにふっと笑った。

 

「お前達が何故至高の領域に踏み入れられないか教えてやろう。人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ」

 

 後半には侮蔑が込められ、猗窩座が人間を見下しているのが窺い知れる。

 

「鬼になろう。そうすれば百年でも二百年でも鍛練し続けられる。強くなれる」

 

 猗窩座の呼びかけに対し、杏寿郎はこう答えた。

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ。強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない」

 

 そこで切った杏寿郎は、ちらりと後ろにいる炭治郎を見て強い口調で続けた。

 

「この少年は弱くない。侮辱するな。何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも鬼にはならない」

 

 鬼にはならないという確固たる意思。それを悟った猗窩座は物憂げに目を細めた。

 

「そうか、残念だ」

 

 地を踏み鳴らし、猗窩座は構える。その足元からは凍てつく羅針盤が方角を示す。

 

「術式展開」

 

 開かれた羅針盤は、ありとあらゆる闘気を察知する。

 

「破壊殺・羅針―――鬼にならないなら殺す……!!」

 

 

 

―――………

 

 

 

 耳飾りの鬼狩りを殺しに来ただけだったのに、思いがけない享楽があったものだ。

 

 ――猗窩座は偶然杏寿郎達と接敵した訳ではない。鬼の主君、鬼舞辻無惨の命令があったからだ。

 鬼舞辻無惨は配下の鬼の視界を見れる。全ての配下の視界を覗いている訳ではないが、十二鬼月の視界はいつでも覗けるようになっている。

 隠れ蓑で読んでいた書物を閉じ、気まぐれに魘夢の視界を見たらあの耳飾りの鬼狩りが映っていた。無惨にとってあの耳飾りはこの世にあってはならぬもの。よって近くにいた猗窩座に抹殺命令を飛ばしたのだ。

 当然、主君の命令を滞りなく遂行するのが配下の務め。猗窩座も炭治郎を殺したら早々と帰るつもりだった。しかしそこには強者である煉獄杏寿郎がいた。それに加え強者の分類に入る時透有一郎も。

 

 猗窩座は強者が好きだ。しかし弱者は嫌いだ。生きる価値無しと思う程に嫌いだ。

 だから猗窩座の拳は耳飾りの隊士に飛んでいった。無惨からの命令ということもあった。

 頭を潰す気で放った拳が、杏寿郎によって防がれた。

 

 その斬撃を受けた瞬間、思わず猗窩座は歓喜に震えた。

 

 戦いたい。命のやり取りをしたい。

 その気持ちを抑えきれなかった。

 耳飾りの隊士を殺さなくてはならないのに、杏寿郎が邪魔をする。なら先に杏寿郎を排除しよう。それからあの弱者を殺せばいい。主君の命令を無視する訳ではない。そもそも、鬼舞辻無惨は鬼殺隊の殲滅を望んでいる。鬼殺隊の最高戦力である柱を殺せば、鬼殺隊は大きく弱体化するだろう。ならば尚更柱を優先しなくてはならない。

 自分の都合の良いように考えて、猗窩座は嬉しそうに笑った。

 

 練り上げられた闘気。鋼の如く鍛え上げられた肉体。醸し出される気配は強者の香り。猗窩座が最も好む武の匂い。杏寿郎には及ばないが、隣に立つ有一郎もその片鱗が見えている。

 展開された羅針盤が強くそれを訴える。待ちきれないとばかりに杏寿郎へと突っ込み、鋭い拳を叩き込もうとする。対して杏寿郎は壱ノ型で迎え撃ち、両者の獲物から火花が散った。都合八回の打ち合いの末、猗窩座の肘から先が飛ぶ。

 自身の腕を見て、猗窩座はただただ残念がる。この強者が鬼にならないというのが残念だった。

 

「なぜだろうな? 同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに! やはりお前は鬼になれ! 杏寿郎!!」

 

 瞬きする間に腕を再生し、猗窩座は構える。視界の端で捉えた、こちらに刀を振りかざす有一郎へと拳を振るう。しかし彼我の距離は五間以上。拳が届くはずがないが、拳が虚空を穿った途端、圧縮された空気が気弾となって有一郎へと迫る。

 そして有一郎は驚いた顔をするも、飛来してきた全ての気弾を斬り伏せ、力試しとばかりに“式”ではなく霞の呼吸を使う。

 

「霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞」

「素晴らしい突きだ! かつて殺してきた霞の使い手より鋭い!」

 

 左腕を盾に防いだ猗窩座は、そのまま腕の筋肉を硬直させて刀が抜けないように固定し、ぐっと有一郎へと顔を近づけた。

 

「お前の名を訊いていなかったな! お前の名前を教えてくれ!!」

「うるさぃっ!」

「肆ノ型 盛炎のうねり!」

 

 横から入ってきた杏寿郎により左腕が斬り飛ばされ、ひとまず猗窩座は距離を取る。

 

「教えてくれるまで、何度でもお前の名を訊くぞ!」

「……………佐藤勇太だ」

「そうか勇太、改めて俺は猗窩座」

「……ごめん今嘘ついた。本当は時透有一郎」

 

 育手の名前で呼ばれた途端、気色悪いと両肩を震わせた有一郎は、素直に自分の名前を言った。

 

「そうか有一郎、お前も鬼になれ」

「ならないってさっきも言っただろ。頭に筋肉しか詰まってないのか」

「解らないのか二人とも! 素晴らしき才能がある者が醜く衰えていく! 俺はつらい! 耐えられない!」

「うるせぇやい!」

 

 仕切り直しとばかりに、今度は有一郎が猗窩座へと突っ込んでいく。用いる呼吸は霞ではない。あの特殊な“式”の呼吸。

 

「弐式 弄月!」

「な……!?」

 

 霞とは比べ物にならないほどに上がった攻撃力。一瞬驚愕で息が詰まった猗窩座は、咄嗟に全力で脚式・流閃群光を叩き込む。その蹴りを受けた有一郎は、凄まじい勢いで脇に生えている林の中に吹っ飛んでいく。

 常人なら死が確定するが、猗窩座の羅針盤はまだ針を向けている。有一郎の闘気は消えていない。木々の向こうの闇で狼煙のように燃えている。

 

「あの一瞬で刀で防ぐとは流石だ! 素晴らしい反応速度だ!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべてた猗窩座は、有一郎を追いに林の中に流星の如く駆けていく。そして猗窩座を追いに杏寿郎も林の中に飛び込んでいった。

 

 

 

―――………

 

 

 

「がは、ごほっ……げほっ、ごほ。あいつ随分と飛ばしてくれやがって」

 

 ぺっと喉の奥から上がってきた血を吐き出し、刀を握る手で頬についた土を拭う。

 

「流石だ有一郎!! 俺が保証しよう、お前の力は柱に匹敵する!!」

「っ!?」

 

 不意に現れた猗窩座は、有一郎へと凄まじい猛攻をかける。それを紙一重で躱し続け、僅かな隙を見つけては“式”で攻撃をしかける。

 

「壱式 闇月!!」

「その技! その呼吸音!! それを使っているとは驚きだ!! だがあいつと比べれば児戯に等しい!!!」

「陸式!」

 

 一瞬で数多の斬撃を猗窩座に叩き込み、追撃を仕掛けようとするも、突如として有一郎は苦悶の声を挙げて足を折った。折れた肋骨が肉に突き刺さった痛みで、有一郎は膝を突いたのだ。無論、その隙を見逃す猗窩座ではない。

 

「破壊殺・乱式!!」

「がはぁッ……!」

 

 明け方の夜に流れる流星。

 四方八方に飛び散る拳の乱打は、夜を駆ける星の如く。

 その鋭い拳が、有一郎を容易く吹き飛ばした。有一郎の小さい体が、再び林の外へと追い出される。

 

「有一郎君!」

「おいメカブ頭大丈夫か!?」

 

 偶然にも炭治郎近くに転がってきた有一郎は、痛む体に鞭を打って立ち上がる。自分が飛んで来た先から刀と拳がぶつかり合う音が響いてきた。

 

「有一郎君、血があちこちから……それに左腕も折れて……!!」

「……うる、さい。ハァ、ハァ、こんなの、……かすり傷だ」

「いやどう見ても重傷ですよ!!」

 

 刀を杖代わりに地面に突き刺し、肩で息をする有一郎は背後にいる伊之助に「お前は後で殴る」と吐き捨て、キッと猗窩座がいる方向を睨む。その瞬間、耳を聾す轟音が空気を揺らし、そのすぐ後に杏寿郎が吹き飛んで来た。

 

「煉獄さん!」

「ギョロギョロ目ん玉!」

「ハァ、ハァ、ハァ………」

 

 森の中から猗窩座が歩いて出て来た。右腕が切断されたままで、他に傷はない。両断されていたその右腕もあっという間に再生した。

 

「鬼になれ、杏寿郎。そして有一郎」

「ならないって………ハァ………言ってるだろ」

「そして俺とどこまでも戦い、高め合おう」

「もう一度言うが俺は君が嫌いだ。俺は鬼にはならない」

 

 そして示し合わせたように、有一郎と杏寿郎は同時に地面を蹴って猗窩座へと刃を振るう。

 

「炎の呼吸 参ノ型」

「参式」

 

 猗窩座の前で高く跳躍した杏寿郎が、その頭上に赤い刃を振り下ろす。そして有一郎は大きく紫刀を振るい、二連撃の三日月を放つ。

 

「気炎万象!!」

「銷り!!」

「破壊殺・空式!!」

 

 ぶつかり合う両者の攻撃。飛来する打撃は杏寿郎の胴体と有一郎の右足を打ち抜き、杏寿郎と有一郎を遠くに押しやった。

 

「素晴らしい斬撃だ。二人とも」

 

 猗窩座が受けた傷は、あっという間に塞がっていく。それを目の当たりにしてもなお、杏寿郎と有一郎は刀を構えて猗窩座と立ち向かう。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

「伍式 月ノ災い」

 

 猗窩座の拳が杏寿郎の刃とぶつかり大気を震わすほどの衝撃を生む。追い打ちをかけるように放たれた伍式が、飛び避けた猗窩座の足元を深く抉り、土砂を巻き上げる。

 

「ここで殺すには惜しい! まだ、お前達の肉体は全盛期ではない!」

「つ………!」

 

 猗窩座の拳が、杏寿郎の脇腹を捉えた。しかしそれを堪えて杏寿郎は弐の型を放つ。されど猗窩座はそれが来るのを知っていたかのように平然と避け、拳と蹴りを繰り出しながらも叫ぶ。

 

「一年後、二年後には、さらに技が研磨され精度も上がるだろう! 有一郎! お前もその使い手ならば、遥かに強くなれる! 俺はお前の先を知っているぞ!!」

「さっきから何を訳のわからないことを!」

「破壊殺・鬼芯八重芯!」

 

 壱式、弐式と続けた有一郎の剣戟を受け流して殴り飛ばす。そして杏寿郎から放たれた炎虎を乱式で迎え撃つ。

 乱れ飛ぶ拳と斬撃が幾度とぶつかり合った。あまりの衝撃の強さで土煙が舞い、両者の姿をかき消した。しかしそれもすぐのこと。煙から蹴り飛ばされたかのように、杏寿郎が凄まじい勢いで飛び出して、受け身も取れぬまま地面を転がった。

 荒い呼吸を繰り返す杏寿郎の隣に、有一郎が右足を引き摺りながら立ち、杏寿郎の腕を肩に回して立たせる。

 

「ハァ………ハァ………煉獄さん……まだいけそうですか?」

「ハァ………無論だとも……君は?」

「正直……難しいですね。刀の切先が………折れてしまいました」

 

 有一郎と杏寿郎の足元に、赤黒い血が広がっている。どちらも満身創痍なのは火を見るよりも明らか。杏寿郎が虚勢を張っているのを有一郎は悟った。

 

「死ぬな、杏寿郎、有一郎。生身を削る思いで戦ったとしてもすべて無駄なんだよ。お前達が俺に喰わらせた素晴らしい斬撃、既に完治してしまった……だが、お前達はどうだ?」

 

 猗窩座の冷ややかとした視線が杏寿郎と有一郎を捉える。

 

「杏寿郎は肋骨が砕け、いくつかの内臓も傷ついている。有一郎も左腕と右足を折り、肋骨も数本折れている。立っているのすら苦しいだろう。息をするのも辛いだろう。だが鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの鬼ならばかすり傷だ」

 

 そして猗窩座は、誘うように二人へと手を差し伸べた。

 

「どう足搔いても人間では鬼に勝てない。鬼に勝てるのは鬼のみ…………鬼になろう、杏寿郎、有一郎。お前達は鬼になれる資格があるんだ」

「ハァ………ハァ………下がっててくれ、時透少年」

 

 猗窩座の勧誘を聞き流し、杏寿郎は目を瞑って己の中に意識を集中させる。そして我が身を奮い立たせる詞を唱えた。

 

 ――心を燃やせ。

 

 己の深いところにある燈火が、不退転の覚悟という薪をくべられ何よりも強く、どこまでも高く、太陽の如く煌々と輝き始めた焔は、次第に轟々と燃え盛り、鬼を滅する劫火となる。

 

「……杏寿郎、お前……」

 

 猗窩座は思わず唾を呑む。

 杏寿郎の闘気の高まりに、猗窩座は全身が粟立つ感覚を覚えた。今まで出会った鬼狩りの強者たちの中でも、纏う気配の密度が桁違い。羅針盤が訴えるその闘気は、まさに猛る獅子のそれだった。

 

「俺は……俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」

 

 ――炎の呼吸 奥義

 

 全身に燃え滾る闘気が、杏寿郎の肉体を越えて天高く昇っていく。

 

「素晴らしい闘気だ……それ程の傷を負いながらもその気迫、その精神力……一分の隙もない構え。やはりお前は鬼になれ!! 俺と永遠に戦い続けよう!!!」

 

 これより始まる最高の宴を前に、猗窩座は獰猛な笑みを浮かべ、武者震いに襲われた拳を強く握り締める。

 杏寿郎は刀を構えたまま、胸中で叫んだ。

 

 ――心を燃やせ。

 

 ――限界を越えろ。

 

 ――俺は炎柱・煉獄杏寿郎!!

 

 杏寿郎の踏み込んだ足が地面を割る。紅蓮の闘気を纏い、それが炎の龍の幻影を見せる。

 対する猗窩座もまた、真正面から打ち破るために全身に力をみなぎらせる。

 

「玖ノ型 煉獄!!」

「破壊殺・滅式!!」

 

 尋常じゃない力が衝突した瞬間、鼓膜を引き千切るほどの爆轟が地面を、大気を、世界を揺らし、ふっと周囲が凪のように静まり返る。

 

 それはまるで、両者の行く末を見届ける為に森羅万象が息を潜めているかのようだった。

 

 

 

―――………

 

 

 

 鬼舞辻無惨が猗窩座の視界を覗いたのは、今から数分前に巻き戻る。

 

(耳に花札のような耳飾りをつけた鬼狩りを殺して、首を持って帰れ)

(御意)

 

 と、無惨からの命令を念話で首肯して向かっていった筈の猗窩座から、抹殺完了の念が届かなかったから不思議に思って、視界を覗いてみたらやはりというかなんというか。猗窩座は闘いに夢中になって無惨からの命令を遂行してなかった。

 

 まったく嘆かわしいことだ。

 

 猗窩座はこういう戦闘狂の気があるから、今回のように戦闘に夢中になって命令を無視したことが既に何回かある。

 

(猗窩座何をしている。疾くあの小僧を殺せ!!)

 

 と、即座に猗窩座へと念話を飛ばしたが、いくら叫んでも返事がない。

 

(………もう殺してしまおうか)

 

 どんな理由があろうと事情があろうと、命令を遂行できない部下など実験体くらいにしか使い用がないので、細胞の遠隔操作で猗窩座を〆ちまうかと無惨は考える。猗窩座は上弦の参まで登り詰めた鬼。意外と良い結果が得られるかもしれない。贅沢に大盤振る舞いしてしまおうか!?

 

(いや、早計過ぎるか……)

 

 けれども上弦を容易く始末しては拙い。上弦となれる資質を持つものは滅多に現れない。新たな上弦の漆である奸鷄は、江戸以来初めて得られた鬼だ。上弦の強さはあればある程良い。

 無惨は気楽に下弦の首を挿げ替える(物理)が、上弦はそう簡単にはいかないことをわかっていた。

 幾ばくかの逡巡の末、無惨は現在任務中の黒死牟に連絡を取った。

 

(聞こえるか黒死牟)

(はっ)

(今から座標を送る。そこに赴き鬼狩り共を抹殺せよ)

(御意に)

(あと猗窩座を誅戮しておけ)

(御意)

 

 そして無惨は念話を切る。やはり猗窩座よりも有能だ。今もこうして私の役に立っている。

 やっぱり最後に頼れるのは黒死牟だけ。はっきりわかんだね。

 

(どれ、黒死牟の視界を覗いてみるか)

 

 恐る恐る、半開きの片目でソッと黒死牟の視界を覗けば、飛ぶように景色が後ろに消えていく。

 

(ほっ、水面には映っとらんか)

 

 無惨は黒死牟の視界を滅多の滅多に稀の稀でしか見ない。万が一にも水面や鏡に映った黒死牟の顔を見てしまえば、あの対鬼限定破壊神・縁壱の顔がニョキっと生えて黒死牟の顔に重なるのだ。重なってしまえば叫び声を挙げてしまう自信がある。

 

(イカン、考えるのやめよう)

 

 悲しきかな、人はやめようと思えば思うほどやってしまうものである。無惨の白い顔が更に青白くなった。

 これだから黒死牟の視界を覗くのは嫌なのだ!

 

 必死に別のことを考え始めて暫くすると、七つある心臓を鷲掴みするような恐怖が、波が引くように去っていった。

 

(黄泉戸喫。以前使ったのは明治の終わり頃だったか)

 

 アレは失敗だった。童磨にも任せて人間に使ってみたものの、喰わせた者はこちらの命令を聞けなかった。

 今回黒死牟に任せていた任務は、改良した黄泉戸喫の鬼体実験である。

 

(報告を待つが……あまり期待しないでおこう)

 

 無惨は再び、手元の書物に目を通し始めた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 二人を取り囲んでいた煙が晴れたそこには、猗窩座と杏寿郎、そしてその間に見知らぬ鬼が立っていた。

 

「お前………!! 一体何しに来た!!! 俺と杏寿郎の邪魔をするな黒死牟!!」

「無論………鬼狩り共の……塵殺だ」

 

 猗窩座の拳を右腕で、杏寿郎の刃を不気味な刀で受け止めたその鬼は、開いた六眼で猗窩座を射抜く。

 

「破壊殺」

「戯けたことを」

 

 最高の戦いを邪魔した黒死牟へと、猗窩座は殺す気で拳を放つ。いや、放つつもりであった。しかし気付けば両腕の肩から先が斬り落とされ、それどころか両脚も切断されていて、達磨の状態で地面に倒れた。

 それを冷ややかに見届けた鬼は、ゆっくりと後ろを振り向く。

 

「上弦の、壱……だと……?」

 

 至近距離で黒死牟の面貌を見た杏寿郎は、両目を瞠って束の間呆然とした。

 まさかの上弦の壱の襲来。ただでさえ参相手に敗色濃厚であるのに、壱も相手にするなど例え万全の状態であっても勝てる訳がない。

 しかし幸運なことに、もうじき朝を迎える。日が昇るまで生き残れれば、勝てなくても負けたことにはならない。

 だが、今の自分で生き残れるのだろうか。そんなぬるい考えを、杏寿郎は即座に棄却した。

 ここには守るべき者がいる。この先へと繋げなければならない芽を、摘ませてはならない。

 杏寿郎はすぐさま炭治郎と伊之助のところまで下がると、膝を曲げて囁くように告げた。視線は後ろにやらず、猗窩座と黒死牟から目を離さない。幸い、激昂した猗窩座が黒死牟に猛攻を仕掛けているため、二言三言伝える時間が稼げている。

 

「君達は逃げなさい。猪頭少年、竈門少年を担いで逃げろ。時透少年もだ。ここは俺が殿を務める」

「駄目です! 煉獄さんも一緒に「竈門少年!!」……っ」

 

 杏寿郎の羽織を掴んで訴えていた炭治郎の言葉を遮った杏寿郎は、そっと羽織を掴む炭治郎の手を外して、穏やかな声で続けた。

 

「俺がここで死ぬことは気にするな。柱ならば誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない」

「煉獄さん………嫌だ………嫌です……死なないでください……」

「弟の千寿郎には、自分の心のまま正しいと思う道を進むように伝えて欲しい。父上には、体を大切にして欲しいと」

「そんな……そんな遺言みたいなことを……言わないでください、お願いしますっ」

「竈門少年! 俺は君を、君たちを信じている。君の妹のことも、同等に信じている」

「嫌だ煉獄さん! ぐっ、れ、煉獄……さ、ん……」

 

 このままだと炭治郞が離れてくれないと判断した杏寿郎は、炭治郎のうなじに手刀を入れて眠らせ、伊之助の肩を叩く。

 

「猪頭少年、よろしく頼む」

「……………ううううっ、ううううあああああああ」

 

 杏寿郎に頼まれた伊之助は、被り物から涙が溢れる程に泣き喚きながら、炭治郎を肩に担いで遠さがっていく。

 伊之助は認めたくはなかった。ただ傍観することしかできなかった自分の無力さを。

 もしもっと力があれば、杏寿郎と有一郎の助けになっていたのかもしれない。こんな、足手まといにはならなかったのかもしれない。そもそも、ここに自分達が居なければ、杏寿郎は逃げていてくれたのかもしれない。

 色んな感情が混ざりに混ざって、伊之助は我武者羅に泣き叫びながら、杏寿郎の最後の願いを叶えるために走り続ける。

 

 みるみるうちに小さくなっていく伊之助の姿を見て、少しほっとした杏寿郎は隣に立ったままの有一郎を見る。

 

「時透少年も、逃げてくれ」

「嫌です」

「何故?」

「『柱ならば誰であっても同じことをする』………つまり無一郎だってそうすることになる。無一郎が後輩の盾となって戦うなら、俺だってそうする。………いや、そうすることが“有難い”でしょ」

「……………そうか、時透少年も共に立ち向かうなら、大変有難いな」

 

 既に満身創痍の杏寿郎と有一郎は、覚悟を決めて刀を構える。どちらも一人で死の旅に出立することはない。それがとても心強かった。

 黒死牟と猗窩座のいざこざは、黒死牟が森の奥へと猗窩座を切り刻んで蹴り飛ばしたため、猗窩座が戻ってくるのはまだ先だろう。

 

「遺言はもう………済ませたか」

「待っていてくれたとは驚きだ」

「懐古の念に……浸っていただけだ…………今宵は……つくづく私に……昔の時分を思い出させる……煉獄、貴様の面もよ」

「……何があったかは知らないが……なんだか妙な気分だ」

 

 杏寿郎は、こうして黒死牟と相まみえているうちに、奇妙な感覚に襲われた。耳の奥がざわめいているような、うなじの産毛が逆立つような、何か重要なことが起きている気がした。

 

「私は……煉獄の者と会った時には……これを使うことに……している……これを受けて……生きていた者は一人のみ…………お前は……どうだろうな」

「ぐっ!?」

 

 腰に佩いた刀を黒死牟が握った途端、凄まじい鬼気が放たれ、杏寿郎と有一郎に死の幻影を見させる。

 

「月の呼吸 陸ノ型」

 

 厳かに唱えられた呼吸の名は、夜に君臨する星の輝き。

 有一郎がしている“式”と同じ呼吸音が黒死牟の喉から発せられ、稲妻が迸るよりも速く鯉口が切られる。

 

「常世孤月・無間」

 

 それはまさに月の嵐。ありとあらゆる形状の三日月が、満ち欠けを繰り返すように揺らめき夜明けの空に舞う。その彩りに付け加えるように、煉獄杏寿郎から真っ赤な牡丹の花が咲いた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 眼前に迫る月の乱舞を見て、杏寿郎は時間が引き延ばされるのを感じた。己の死が目前と迫り、脳がこの状況を打開するために走馬灯を見させる。

 

 その中には、母親との約束があった。

 

 時季は夏の頃だった。忘れもしない晴れた日だった。

 軒先に飾られた水縹の風鈴が涼やかな音色を奏でる。晴天に恵まれたその日、庭先から入って来た風が心地良く感じた。

 その時、病床の母・瑠火は珍しく上半身を起こし、揺れる風鈴を眺めていた。

 しばらく風鈴を眺めていた瑠火は、幼き杏寿郎に呼び付け、ひとつの疑問を投げかけた。

 

『なぜ、自分が人よりも強く生まれたのかわかりますか』

 

 瑠火は闘病生活を送っていたが、その声は凛とした響きを含んでおり、自然と杏寿郎の姿勢をピンと正した。

 杏寿郎は言葉に詰まり、その問いに答えを出すことは出来なかった。考えがまとまらず、結局正直に分かりませんと元気よく答えた杏寿郎に、瑠火は真一文字に結んでいた唇をほどいた。

 

『弱き人を助ける為です。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません。天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません』

 

 杏寿郎は、その言葉を心の中で反芻して自分なりに考える。

 母の布団で寝息を立てる稚い弟は、杏寿郎にとって守り助けるべき命だ。

 

『弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように』

『はい!!』

 

 元気よく返事を返す杏寿郎を見て、瑠火は漸く静かに微笑んだ。そして杏寿郎を抱き寄せた。母のぬくもりが、匂いが幼い杏寿郎の胸をいっぱいにする。

 

『私はもう長くは生きられません。強く優しい子の母になれて幸せでした。あとは頼みます』

 

 そして母は、まるで全てを託せたと安堵したような顔で安らかに笑った。柔らかくしなった目尻から静かに涙を零す。瑠璃の如く透き通った雫を、たった一筋頬に流した。

 胸中に抱かれた杏寿郎の目も、熱く潤んだ。

 

 母は既に己の死期を悟っていた。

 

 だからこそ、自分がいなくても前に進めるよう、道しるべとしてその言葉を遺したのだ。

 

 ふと、風鈴が風に吹かれて、チリンと軽やかな音を立てた。

 今度のそれは、ひどく悲しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!!」

 

 走馬灯から立ち戻った俺は、柄を握る手に力を込める。

 

「うおおおおおあああああああ!!!!」

 

 目前まで迫った凶刃を、どうにか弾き返し、逸らし、受け流す。

 ここで全ての力を使い切るように、全身から搔き集めた体力と精神を余すことなく剣に乗せた。今までにない程に集中していたかと思う。世界は色を失くしてひどく緩慢に見えた。

 けれども、嗚呼、それでも。

 

「……っ無理、なのか」

 

 終わる事の無い三日月の大瀑布。無間と名付けられた型名に相応しい程、避ける隙間は存在せず、じりじりと綿で首を絞めるように、白い三日月が俺の喉に迫る。

 どうにか押し返そうと深く呼吸したところで、いきなり左目が見えなくなった。すぐに斬られたのだと悟った。

 残された右目で必死に刃を操るものの、これには些か無理がある。正直に言えば、心のどこかで諦めていたのかもしれない。

 

『弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように』

 

 だが、一瞬怯んだ心であったが、母上の言葉が直ぐに俺を立ち直らせてくれた。

 

「っ、負けてなるものか、俺は炎柱・煉獄杏寿郎!!!」

 

 負けてなるものか、諦めてなるものか。

 俺は母上とあの日、約束を交わしたのだ。

 決して違えぬと、強く強く、心に誓ったのだ。

 命全て燃やして守らねばならぬ。ここで止めなければ未来の芽が捥がれてしまう。

 

 これが俺の果たすべき使命なのだ。

 

「心を燃やせ! 燃やせ! 燃やし尽くせぇぇぇえええ!!!」

 

 燃え滾る心の焔が唸り声を挙げる。俺の中で何かが引きちぎれる音がした。

 

「ここは絶対に通さない! どれ程の攻撃を喰らおうとも、喩え死んでしまっても、俺はここを決して通さない!!」

 

 限界を超えて更に引き出された力。これ以上速くは動かせまいと思った腕に力を籠める。

 左手の小指と中指が切断された。だがこれで動じる俺の覚悟ではない。流れる血を顧みることなく、俺は己の赫き炎刀を振るい続ける。

 

「オオオオオオオオ!!!!」

 

 まるで母上が応援してくれているように、脳裏にあの日の母上の笑顔が浮かんだ。母上は強く、そして優しい人だった。

 

(母上――俺の方こそ貴女のような人に生んでもらえて光栄だった)

 

 だから、俺は負けない。

 負けてはならない。

 

 己の責務を全うするまでは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

「ふむ………やはりお前はここまで……朝日を迎える前に………死ぬだろう」

 

 刀を納めた黒死牟は、何の感慨もなくそう呟いた。

 その視線の先には、身体中を切り裂かれて地に膝を突く煉獄杏寿郎。左目は縦に切り裂かれて光を喪い、その左腕は、半ばから断ち切られて失っていた。

 その一方で有一郎は、ふらふらになりながらも立っていた。無論無事に切り抜けた訳ではない。失血死寸前のところまで血を流している。

 何故有一郎は死なずに済んだのか、それは黒死牟が放った陸ノ型が、自身が扱う“式”の陸式とほぼ同じ軌道を描いていたから。他にも要因はあるがこれが主な原因だ。

 

「ゼェ……ゼェ………ハァ」

 

 殊勝に切り抜けた有一郎だが、次の攻撃が放たれれば簡単に死んでしまうだろう。

 それでも、有一郎はふらふらと身体を揺らしながらも、気力で黒死牟を睨み付けていた。

 

「お前も……この一撃を潜り抜けたのは……称賛するが………次の一撃で……仕舞いだ」

 

 黒死牟が有一郎へと刀を振るう直前、突如として、森の奥から幾千もの拳が黒死牟へと飛来する。

 

「月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り」

 

 黒死牟は急遽向きを変えて技をその拳へと放ち、相殺する。その技を放った張本人は、彗星の如く黒死牟へと突っ込んでいく。顔には青筋がいくつも浮かんでおり、誰がどう見てもキレていた。

 

「お前、杏寿郎を殺したな!? 闘気が消えかけている!! あいつは俺が殺すつもりだったのに……!! 許さんぞ黒死牟!!」

 

 連続して放たれる乱式に脚式に滅式。拳と衝突する数多の三日月。

 

「終式・青銀乱残光!!!」

「月の呼吸 拾ノ型 穿面斬蘿月」

 

 我を忘れる勢いで拳を振るっていた猗窩座であったが、意識の範囲外から喰らった攻撃にて、我を取り戻した。

 

「刀!? 誰のだ!? ……っ夜明けが近い!!」

 

 我を取り戻した途端、猗窩座は太陽が昇り始めているのに気付いて逃走を図る。黒死牟もまた、いつの間にか姿を消していた。

 

「逃げるなァァァァ!!」

 

 猗窩座の胸に日輪刀を投げ刺したのは、伊之助と共に逃げた筈の炭治郎だった。

 

「逃げるな卑怯者!! 逃げるなァァァァ!!!」

 

 日が差し込まない森の奥へと逃げる猗窩座に、炭治郞は声の限り叫ぶ。

 

「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!! 生身の人間がだ!! 傷だって簡単には塞がらない!! 失った手足が戻ることもない!!」

 

 もう、この号哭は猗窩座に届いていないのかもしれない。それでも、炭治郞は叫ぶのを止められなかった。

 

「逃げるな馬鹿野郎!! 卑怯者!! お前なんかより煉獄さんと有一郎君の方がずっと凄いんだ!! 強いんだ!! 二人は負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!! 守り抜いた!! お前の負けだ!! 二人の勝ちだ!!」

 

 込み上げた思いが瞼から溢れた。あとからあとから、込み上げて止まない。

 

「うああああああああああああ!!!」

 

 きつく噛み締めた唇が切れて、血が流れ始めた。握り込んだ拳からも、爪が食い込んだのか血が出ていた。

 

「ああああ!! わあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽から逃げるように林を駆けていた猗窩座は気づけば無限城にいた。鼓膜にはうっすらと弦の音が残っている。鳴女の血鬼術で呼ばれたのだろう。

 

「猗窩座」

 

 目の前に立つのは鬼の首魁、鬼舞辻無惨その人。

 開かれた紅梅色の瞳は、冷酷に光っている。

 猗窩座は即座に膝をつき頭を垂れた。

 

「猗窩座、私はお前に何を命じた?」

 

 そう問われた瞬間、全身に冷水をかけられた感覚がした。鬼狩りを殺せと命じられたことを果たせなかった。

 

「青い彼岸花の捜索及び鬼殺隊の殲滅です」

「で? その結果はどうだ? 何が得られた?」

「青い彼岸花について確かな情報は無く、存在も確認できず、青い彼岸花は見つかりませんでした。後者については―――」

「誰も殺せなかった、であろう?」

 

 鬼舞辻無惨は苛立ちをぶつけるように、右腕を触手に変えて床に叩き付けた。軋み過ぎた床板は勢いに耐えきれず、破片を散らしながら砕け散る。

 

「それどころか折角向かわせた黒死牟の邪魔をし、お前は一体何をしたかったのだ」

「返す言葉もございません」

 

 垂れていた頭を、床に擦り付ける。さて次に降りかかるのは直接的な暴力か。はたまた命で精算されるのか。

 

「黒死牟」

「はっ」

 

 一体いつからそこに居たのか、黒死牟は跪く猗窩座の隣に正座していた。

 

「猗窩座の頸を落とせ」

「御意」

 

 途端、視界が床の大部分で埋まる。後方から己の肉体が倒れる音がした。

 

「……体が再生しない?」

 

 猗窩座は思わず呟いた。

 日輪刀以外で頸を斬られたところで、それは鬼にとっての致命傷ではない。

 無限列車脇での黒死牟との戦闘で負った傷も、時間がかかれど再生した。

 

「なぜだ?」

 

 鬼の世界は無惨の血の濃さがものをいう。

 そして無惨に最も近い血を持つのが、黒死牟である。

 それは勿論猗窩座も承知している。傷の再生の遅さは黒死牟の血肉で精錬された刃に斬られたことで、細胞の再生が阻まれたのだろう。

 

 ここまでは良い。だが今の状況はどうだ? 頸となって転がったまま再生する気配がない。それどころか首以下の身体が動かない。動かそうとしても動かない。痛みもなければ感覚すらない。もしや毒でも使っているのか?

 

「猗窩座。それがお前の罰だ。首だけとなって暫く過ごしていろ」

「………御意」

 

 この沙汰を猗窩座はすんなりと受け入れた。猗窩座にとって鍛練出来なくなるのが一番の罰だと無惨が判断したのを、猗窩座は悟ったのだ。

 確かに動けないのは辛い。だが己の失態が招いたことだ。甘んじて受け入れなくてはならない。それが一週間、一ヶ月、一年もしくはそれ以上であろうと。

 

 静まり返った猗窩座を一瞥し、無惨は黒死牟へと視線を向けた。

 

「黒死牟、黄泉戸喫はどうだった?」

「こちらを」

 

 黒死牟は懐から紙を取り出すと無惨に渡した。それをざっと目を通して読んだ無惨は目を輝かした。

 

「でかしたぞ黒死牟!」

「有難きお言葉」

 

 一体何の話をしているのか、猗窩座は皆目見当もつかなかったが、何やら素晴らしき事が起きたのは分かった。

 

「黒死牟よ、上弦全員分の黄泉戸喫を用意せよ」

「御意」

「猗窩座、お前は黒死牟を手伝え」

 

 許されたのか、猗窩座の身体は動かせるようになっており、胴と首を繋げることが出来た。

 

「……畏まりました」

 

 まさか一瞬で罰が終わるとは思っていなかった猗窩座は、返事が遅れてしまった。

 

「下がれ」

 

 頭を垂れて下がった猗窩座は、感覚を取り戻すように手首や足首をぐるりと回す。

 嫌いな黒死牟を手伝えと言われても、猗窩座は自由となれて嬉しかった。

 

「猗窩座……お前は上弦の血を……集めてこい」

「分かった」

 

 早速黒死牟から指示された猗窩座は、ここから一番近い玉壺の所まで飛ぶように駆けて行った。




 時透さんちの有一郎くん。
 これが難易度ルナティック。
 次回、“彼”が何者かを知る。

 時透さんちの無一郎くん。
 この時、奇妙かつ異常な鬼と遭遇していた。

 煉獄さんちの杏寿郎さん。
 読者の皆様安心なされよ。生きてまっせ。
 やるべき事、なさねばならない運命は次にわかる。

 大正こそこそ裏話
 本編では書けなかった、炭治郞が戻ってきていた理由ですが、単純に説明すると、伊之助の肩で目覚めた後、伊之助に訴えて炭治郞の日輪刀を拾って貰い、その後炭治郞を抱えたまま逃げようとする伊之助を必死に説き伏せ、列車の陰にて機会を窺っていた。伊之助を説得した内容は一矢報いるためと、もし杏寿郎と有一郎が生きているのならばすぐに蝶屋敷へと運べるよう、隠の案内と簡易担架の作成を行うため。

 黄泉戸喫。元々無惨と黒死牟が研究していた鬼用の強化薬。作り方は柘榴の種に、水の代わりに無惨の血を与え、それからあっちをこちょこちょ、こっちをこちょこちょアブラカタブラアバタケタブラして作る。土と血の調整が死ぬ程難しい。ここから更に、上弦専用の黄泉戸喫はそれぞれの上弦の血を用いる。無惨の血と上弦の血の配合が難易度クレイジー。
 以前明治の終わり頃に使った黄泉戸喫は、人間に与えた場合、従来の方法で鬼にするより力を持った鬼が誕生するのではないかということで行われた。しかし結果は失敗。確かに強い鬼が誕生したが、無惨の命令を聞けるような知能を持たず、また無惨の位置把握の呪い及び秘密漏洩による細胞破壊の呪いが解かれていた。
 しかし、今回使われた黄泉戸喫は、上に述べたような欠点を無くしたもの。元々鬼用の強化薬として考案されていたため、今回の鬼体実験で有用な結果が得られた。だが今回の一件と合わせて三回しか実験してないため、深刻な副作用があるのに見つかってない。
 無惨はいずれ自分用の黄泉戸喫を作る予定。
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