世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 私事ですが、気分転換にホロライブの二次小説を書き始めました。よろしければ評価感想のほどお願いします。
 今回、前半と後半で雰囲気が異なります。特に後半部は有一郎くんの女装に関する話なので、苦手な方はご注意ください。あと何でか短く感じます。一万二千文字以上あるのですが、前話が二万越えたせいか短く感じます。
 今回人によっては意見が割れるかと思います。柱それぞれの内心も書こうかと思いましたが、無性に疲れたのでやめました。


第21話 あなたは決してひとりじゃない。

「先日は本当に、すまなかった!!」

 

 深々と晒されたつむじ。腰を九十度近くまで折ったのは誰でもない煉獄愼寿郎。

 それを見た時透有一郎は一言。

 

「なんか変な血鬼術でもかかったんですか?」

 

 煉獄家の、居間でのやり取りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 杏寿郎が目覚めたとの一報を受けて、蝶屋敷にいた有一郎と炭治郞は瞳を輝かせ顔を見合わせた。今すぐにでも飛び出したかったが、そこに待ったをかけたのが胡蝶しのぶ。炭治郞がはらはらと見守る中、煉獄家に行きたい有一郎とベットに縛り付けたいしのぶの戦闘が始まった。すったもんだの口論の末、不利を悟って実力行使(逃走)に出た有一郎は日の目を見ることなく地に沈んだ。蝶屋敷の君臨者、胡蝶しのぶには勝てなかった。シャドーボクシングの如く繰り出されるどいつもこいつもパンチは、炭治郞を震い上がらせるには十分だった。

 というわけで、見事有一郎は退院許可が出るまで煉獄家に訪問するのはお預けとなり、その一方で任務にも出掛けられる炭治郞は、なんだか申し訳ない気持ちとなぜか感じる罪悪感を抱えながら煉獄家にひとり旅立った。

 炭治郞から手紙で知らせると提案されたが、逡巡の末断った。聞いてしまったらじっとしてられないと思ったからだ。

 さて、こんな経緯を経て煉獄家に突撃した有一郎は、出迎えた千寿郎に居間へと招き入れられ、そして冒頭に戻る。

 

「以前も思ったが、君は存外口が悪いな」

 

 有一郎の失礼極まりない口撃に、愼寿郎は眉尻を跳ね上げることもなくそう流す。以前出会った時とは考えられない対応だった。

 ふ~んと煉獄家に取り巻く雰囲気を察して、なんとなく事となりを悟った有一郎は、相伴していた杏寿郎に目を向ける。

 

「ところで煉獄さん、柱辞めるんですか?」

「いや、辞めぬ。この身体を叩き直し次第復帰する予定だ。なに、心配はいらん! 父上も手伝ってくれる!」

 

 如何せん杏寿郎も生死をさ迷った大傷だ。早々簡単に治るものでは無い。失った腕と片目を補う動きができるまで、ひたすら鍛練に身を窶すつもりだ。その鍛錬は今までとは比べ物にならない程に辛く苦しいものとなるだろうが、父が指導してくれるだけで杏寿郎にとっては嬉しいのだ。

 

「さて、では本題に入ろう」

 

 未だ布団の主ではあるものの、杏寿郎は真っ直ぐと背筋を伸ばした。

 

「俺は、眠っている間に先祖様の記憶を垣間見た―――」

 

 第一声はそう始まり、有一郎は何も言わなままじっと杏寿郎を見る。

 

 鬼殺隊月柱・継国巌勝。

 上弦の壱・黒死牟。

 どちらも、同一人物であった。

 

「どんな男かも、少しだけ知っている」

 

 杏寿郎は語る。

 先祖の記憶から垣間見たあの男が、いかなる人物であったのかを。

 

 弟のために鬼狩りとなった優しい兄。

 鬼狩りとして人を救いながらも、医者としても人を救い続けた人間。

 無窮の鍛錬と底無しの勤勉に身を費やした希代の努力家。

 そして鬼に墜ちるはずがないほど殊勝な善性と清廉な精神を持ち合わせた人格者。

 

 鬼に堕ちることなど天地がひっくり返ってもありえない鬼狩りだった。

 

 しかし、後を継ぐ人間がおらず、継ぐことができる人間が現れるのを待てるほど寿命もなく。

 家も、領も、妻も、子も、なにもかもを亡くし、絶望に溺れて藻掻く手が掴んだ葦は、鬼の首魁へと繋がっていた。

 

「しかし、腑に落ちない点がある」

 

 とある日から耳飾りと、城主を継ぐ者を示す脇差を佩いていなかったこと。

 何か葛藤するような声で呟いていたこと。

 当時の煉獄の者に、託すように“煉獄”の型名を付けたこと。

 

「彼は先祖様にこう言った。煉獄の炎は、罪すら燃やすと」

 

 ならば一体、どうしてあのような顔をして笑ったのか。

 

「いくつか奇妙な点がある。あの男は、本当に、月を絶やさないために人間であることを捨てたのか」

 

 いかなる理由があろうと、上弦の壱まで登り詰めた黒死牟は、その力に相応しいほどに人を喰っている筈だ。であるならば尚更許すことはできない。

 しかし、憎しみだけを込めて斬り捨てるには、あの男の人となりを知り過ぎた。

 

「彼の頸は必ず俺がとる。これが俺の、煉獄家の使命だからだ」

 

 かつて巌勝は言った。煉獄の炎は、世を照らす日輪に匹敵すると。

 ならば炎でなければならない。煉獄の者でなくてはならない。

 それがきっと、先祖と巖勝の願いであろうから。

 

「これが、俺の見た記憶の全てだ」

 

 目を閉じて深く考えこんでいる有一郎は、しばらくの後に目を開き、今度は自分が見た記憶について語り出した。

 

「俺も記憶を見たんです。どうやら俺と無一郎はあの男の子孫だったらしいので」

「ほう、そうなのか。そういえば君達は始まりの呼吸の子孫だと言われていたな。それが彼だったのか」

「はい。おそらく。取り敢えず話を戻しますが、男は俺たちの先祖に耳飾りと脇差を託しました。それと月の呼吸と同一の“式”を」

 

 なぜ月の呼吸ではなく“式”として残したのかは伺い知れない。

 また、耳飾りを授けた理由も知らなければ、脇差が今現在どこにあるのかも不明。さらにさらに、どうやってあの火事をくぐり抜けて景信山に辿り着いたのか、まだまだ不明なことが多すぎる。

 

「あと、俺と無一郎はあの一件より前に、会ったことがあります。俺と弟が鬼殺隊に入るきっかけになった出来事です」

「詳しく聞かせてもらっても?」

「もちろんです。その日は、うだるような夏の夜でした。熱さを紛らわせようと開け広げていた戸から鬼が入ってきました」

「その鬼が?」

「いえ、その鬼はただの雑魚鬼でしたが、当時の俺と無一郎にとっては命を脅かす存在でした。呼吸も知らず、日輪刀の存在も知らず、ただの子供でしかなかった俺は、鬼の爪で背中を裂かれました。俺は痛みで動けないまま、布団の上に転がっていました。その時、父さんから受け継いだ笛を鳴らしたんです。何かあったら吹けと言う言葉を思い出して、その笛に息を吹き込みました。その瞬間、俺の傍に人影が現れました」

 

 この笛も、おそらく血鬼術で作られたもの。もし父の言う通り先祖代々継いできたのなら、男は鬼となった後で先祖と出会い、そして自らの血鬼術をかけた笛を先祖に託したのだ。何かあったら吹けと、助けにいくと、という言葉と共に。

 

「なるほど、それが彼というわけだな」

「そうです。なんの気まぐれか、血を流していた俺と無一郎を喰らうことなく去りました。俺は気絶していたため去る姿を見ていませんし、無一郎も知らなかったそうなので、はっきりと見たわけではありませんが」

「そうか」

 

 思考の沈黙が落ち、再び静まり返った空間。それを破ったのは、今まで口を噤んでいた愼寿郎だった。

 

「このまま考えていても仕方あるまい、お館様に伺ってみよう。きっと何か知っておられるはずだ」

「うむ、ならばそういたしましょう。直ぐに文をしたためてお目通りを願いましょう」

 

 ―――そしてこれから数日後、有一郎と杏寿郎のもとに、お館様からの返事が鴉によって運ばれた。

 

 

 

―――………

 

 

 

「そう、そうか。……もう時期なのかもしれないね」

 

 そう溢したのは産屋敷耀哉。妻が朗してくれた二通の手紙に、耀哉は憂いを帯びた息を吐いた。

 

「思えばかれこれ四百年。今まで勘づかれなかったほうが幸運だったのかな」

 

 “式”として継がれた月の呼吸の使い手、時透有一郎の出現。

 “ヒノカミ神楽”として継がれた日の呼吸の使い手、竈門炭治郎の出現。

 人を喰らわない鬼、竈門禰豆子の存在。

 そしてあの日、決定事項のように有一郎と炭治郎の前に現れた上弦の壱、黒死牟。

 

「まるで運命の波が唸るように、事態は急速に動いている」

 

 膝元に伏せられた手紙は時透有一郎と、煉獄杏寿郎からだった。

 内容は似通っており、どちらも戦国時代、特に継国巌勝について知りたがっていた。

 

 二人からの返事を、煙に巻くのも容易いこと。だが産屋敷の“勘”はそれを許さず、開示することを求めていた。

 そう“勘”が訴えるならば、従うしかない。産屋敷にとって、それの決定は絶対であるから。

 

「……四百年近く、続いた掟を私の代で破る事にする。……あまね」

「はい」

「君には迷惑をかけることになる。ごめんね」

「いいえ。……私と耀哉様は一蓮托生、迷惑と受け取ることはありません」

「そうか、ありがとう」

 

 さて、呼ぶのは二人か、それとも柱を全員集めて柱合会議を開くか。情報の秘匿さを鑑みれば前者が好ましいが、その重要さをとるならば、後者の方が正しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、皆。今日は柱合会議でもないのに招集をかけてしまってごめんね」

 

 眼前に膝を突く九名の柱、それに加えて時透有一郎と竈門炭治郎が柱の後方で頭を下げていた。

 

「お館様、柱でもない隊士をお呼びした理由を、説明して頂くようお願い申し上げます」

 

 柱以外の隊士が産屋敷邸にいることに異を唱えたのは不死川実弥。ざらついた視線が有一郎と炭治郎に降りかかる。

 

「二人とも、少なからず関わっているからね。知っておくべきだと思ったんだ」

 

 あまり納得はいかなかった実弥であったが、本題に入る気配を感じ取って佇まいを糺した。

 一同もすっと背筋を伸ばして、耀哉の声に耳を傾ける。

 

「それは戦国時代、鬼殺隊全盛期まで遡る―――」

 

 戦国時代、鬼殺隊の長き歴史の中で、鬼舞辻無惨の頸に最も近づいた世代。

 一人の男が鬼殺隊に入ったところで、運命の糸が紡がれ始めた。

 その男に加えて、鬼殺隊の基盤を底上げした男。

 その二人の名前は。

 

「継国縁壱とその兄、継国巌勝。日の呼吸の使い手と月の呼吸の使い手だった」

 

 ピクリと肩を震わせたのは、その所在を知っていた時透兄弟と竈門炭治郎、そして煉獄杏寿郎。

 続きを急かしたい気持ちをぐっと抑え、先程よりずっと集中して話に耳を傾けた。

 

「二人は誇り高き剣士だった。縁壱は鬼殺隊に呼吸を教え、巌勝は隊士に医術を教えた。二人とも、鬼殺隊になくてはならない存在だった。………しかし」

 

 そこで耀哉は一息ついて、続く言葉を紡ぐ。

 

「しかし、巌勝は、“彼”は鬼となり鬼殺隊に牙を剥いた」

「はァ!?」

「どういうことだ!!?」

 

 案の定、責めるような声を挙げたのは実弥と天元の両名。

 

「そうだね、皆がそう思うのも悪くない。でもね、真実は違うんだ」

 

 反射的に立ち上がりかけた実弥と天元へと、耀哉は柔らかに投げかけた。

 

「本当は、私のご先祖様、当時の鬼殺隊当主が巌勝にお願いしたんだ」

 

 今度は誰の声も挙がらなかった。誰も彼も絶句し、目を大きく見開いて硬直する。それは産屋敷耀哉の妻も同じ。あまねは思わず耀哉の顔を仰ぎ見た。唯一驚かなかったのは、あらかじめ知らされていた耀利哉のみ。

 

「一体意味が解りません。なぜ悪鬼滅殺を掲げる組織の代表が、鬼殺隊士にそう願ったのですか」

 

 怒りにギザついた実弥の声音が、静まり返った室内に響く。

 その疑問に答える前に、耀哉は膝元に用意していた桐の箱を手繰り寄せ、藤の花と三日月があしらわれた蓋を取り、箱の中身を取り出した。

 

「これは四百年前、当時の産屋敷当主、産屋敷朝彦が書いたものだ」

 

 産屋敷の一族は、この書物を四百年前から大切に保管して継いできた。そして次代の当主となる者のみに閲覧することが許されていた。

 

「私も、これを読んだ時は目を疑ったよ。なにせ、鬼舞辻無惨に忠誠を捧ぐよう、“彼”にお願いしたのだから」

 

 当時幼かった耀哉も、先代である父から受け継いだ時は酷く驚いた。それと同時に、深く納得した。なぜ当主を継ぐ者しか閲覧が許されなかったかを。簡単に言えば、この存在が知られると鬼殺隊そのものが瓦解する可能性があり、運命の歯車が狂ってしまう可能性があった。

 

「この中身を一部抜粋して読み上げよう」

 

 目の見えない耀哉の代わりに輝利哉が書物を受け取って開き、ゆっくりと口を開いた。

 

「『六十九代目鬼殺隊当主、産屋敷朝彦より我が子孫に伝える。―――鬼殺隊月柱、継国巌勝は鬼に身を堕とさなくてはならなかった。貴方方もご存知の通り、“先見の明”によるものだ。これを受けてしまえば、どれほど道理に背くことでもなさねばならない。無論、私も断腸の思いで彼に鬼になるよう伝えた。そして彼が鬼殺隊と鬼舞辻との間者になるようお願いした。決して、彼が自ら鬼になった訳ではないことを承知して頂きたい』」

 

 その書状の内容は聞くもの全てにとって衝撃的だった。

 まるで体が氷漬けになったように動かないまま、輝利哉のゆったりとした声が全員の耳朶を打つ。

 

「『彼に鬼になるよう伝えてから暫くののち、彼から了承との返事を受けた。私はこれから、彼に想像を絶する程の重荷を負わせることになる。これから先何十年何百年も独りで戦わせることになる。そう考えるのと同時に、私は覚悟を決めた』

 

 そこで口を切った輝利哉は、ひとつ息を吐いた。

 

「『これから先、彼によって殺されるだろう無辜の民、鬼殺隊の子供たち。許してほしいとは言わない。憎まないでくれと、恨まないでくれと、懇願する訳でもない。この行為が、彼ら尊き命への償いになると思うのは大変烏滸がましいが、私は時期が訪れ次第、私のこの小さな命をもってお詫びする所存である』

 

 命をもってお詫びする。これはつまり、腹を切るということである。

 後に続く内容は、どうか彼を責めないでほしいという事、そして巌勝の決断に心からの感謝、それと同じくらいの祈りが綴られていた。

 

「以上です」

 

 輝利哉は読み上げ終えたその書状を胸に抱く。当時の当主、朝彦の懊悩と覚悟がこの書状から感じ取り、知らず知らずのうちに自身の手を握り締める。

 輝利哉と同じく、杏寿郎も拳を握り締めた。先祖の記憶から見た巌勝の暗澹たる思い、そして苦悩。その背景にはこんなことがあったのだ。杏寿郎は心の中でもう一度刻み込むように、心を燃やせと呟いた。

 

「…………私たちはね、“勘”の奴隷なんだ。どれほどやりたくないことであっても、“勘”の言うことは絶対なんだ」

 

 その“勘”ゆえに、鬼になるよう願った朝彦。

 その“勘”ゆえに、鬼に身を堕とした巌勝。

 どちらも苦しかっただろう、辛かっただろう。彼らの心を思えば、輝哉の胸が突き刺したように痛くなる。

 

「…………事情は分かりました。お館様がそう言うのならば、そうなのでしょう。俄かには信じ難いことですが、上弦の壱が鬼殺隊と鬼舞辻との間者であることも信じましょう」

「ありがとう、行冥」

 

 色々と言いたいこともあったのだろうが、行冥はしっかりと頷いた。

 しかし、不死川実弥は異を唱える。

 

「お館様、壱が間者である証明はあるのですか。奴が本当にこちらを裏切っていないという証拠はないのですか。既に四百年も経っているのです。奴が本当に無惨に忠誠を誓っている可能性が、十分考えられるでしょう」

「そうだね。実弥の言う通り、その可能性も考えられる」

 

 てっきり否定するものかと思いきや、耀哉はすんなりと肯定した。

 

「……では殺しましょう。奴は今もお館様の首を虎視眈々と狙っているのかもしれません! ならば今すぐにでも頸を落としましょう!!」

「いいや、駄目だよ」

「お館様、奴は上弦なのでしょう! 既に喰らった人の数で小さな城くらい築ける程だ! なら滅殺すべき化物です!!!」

「いいや、それは決して許さない。これから先はどうであれ(・・・・・・・・・・・)、今は彼の味方であるべきだ」

 

 荒れ狂う嵐のような実弥に、耀哉はひたすら冷静に返し続けた。

 声を挙げていなかっただけで、疑念を抱いていたのは天元も同じ。黒死牟を真に信じているのは、先祖の記憶を見た杏寿郎くらいのものだろう。

 それは仕方のない事だ。証明も出来ないのにただ信じて欲しいとは、あまりに迂闊すぎるし楽天的すぎる。

 だから、あえて輝哉はにこりと微笑んだ。

 

「事態は急速に動いている。兆しが見えた。光が見えた。私の代で必ず鬼舞辻無惨に届いてみせる、君たちの刃を届かせてみせる。だから、この場にいる君たちだけでも、彼の味方でいてほしい」

 

 耀哉は、さざめく湖畔ような声で答えた。

 それに対する返答は杏寿郎しか挙がらない。ただ、否定の声も挙がらなかった。

 それを肌で感じ取った耀哉は、今はそれでいいと薄く微笑む。そして緊急で開かれた柱合会議は、当初の懸念に反し、緩やかに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

―――………

 

 

 

「俺は殺すぞ。壱をよォ」

 

 私を呼び止めたかと思えば、不死川さんはこちらを見ずにそう言った。

 

「ですがお館様は―――」

「人を喰ったんだ。ならば殺す。人を喰ってなくても、鬼ならば躊躇いなく殺す。当たり前のことだろォ。それとも胡蝶、テメェは壱を赦すのかァ」

「…………」

「それが答えだろォが」

 

 なにも言えなかった。いえ、それどころか殺すべきだと私は思った。ただそれを口に出さなかっただけだ。

 

「お館様は確かに味方であるべきと仰せられた。だがよォ、これから先、壱がテメェの継子共を殺さねェ証拠がどこにあるゥ。竈門の時とは訳が違うんだ。それともなんだァ。胡蝶は継子が殺されても赦すってのかァ」

 

 頑なにこちらに顔を向けない不死川さんは、思うところがあったのでしょう。わざわざカナヲのことを出しているあたり、おそらく弟の玄弥君のことを気にしている。

 

「………いいえ」

 

 正直のところ、私は壱が間者で良かったと思う。もし、もしも姉さんを昏睡まで追い詰めた弐が間者であったなら、私はきっと、うまく呼吸ができなかった。お館様の目の前で、みっともなく取り乱したに違いない。

 そう考えたとき、壱が間者で良かったと思ったのだ。もちろん、赦した訳でもないし、認めた訳でもないのだけれど。

 

「醜い鬼共は、俺が滅殺する。例えそれで罵られようとも、呪われようとも、俺は絶対に止まらねェぞ」

 

 それだけ言い残して、不死川さんは去っていった。

 私はその後ろ姿を見送って、無意識に刀の抦に手を添えた。

 藤の毒。鬼を殺す毒。私が刀を振るう代わりに手にした力。

 

(思うところがあった。ずっと前から不思議に思っていた)

 

 それは、毒の効果が強すぎること。

 

(お館様がどこかしらの研究所に送っていたとして、ここまで効果的で強力な毒を生み出せるものなのか。下弦の鬼でさえ容易く葬り去る猛毒。水や有機溶媒に溶かして薄めても、その毒性は微塵も薄まらない。あり得ないことだった)

 

 私は、肩の震えを隠せなかった。

 

(けれどもし、壱が自分の体で試行錯誤を繰り返しているのなら、全てが繋がる。上弦の壱でさえ通用する毒が、それ以下の力しか持たない鬼に効かない訳がない)

 

 この震えは、紛れもない喜び。

 

(私だけで研究していたとしたら、きっとここまで強力な毒を生み出せなかった。壱の、継国さんの四百年以上にも渡る研鑽と極限まで研ぎ澄まされた知見と感覚。更に自身の体を検体にする覚悟が、これほどまでの毒を生み出した)

 

 心からの歓喜の叫びだった。

 

(殺せる筈だ。斃せる筈だ。この毒ならあの上弦の弐でさえも、殺せる筈だ)

 

 この時の私は、狂おしい程そう信じて疑わなかった。

 そんなうまい話が、あるわけがないというのに。

 

 

 

―――………

 

 

 

 有一郎は木刀を片手に、蝶屋敷の鍛練場で式の型を練習していた。

 壱から陸を繰り返し、時折体を止めては考えるように顎に手をあてた。

 

「違うな……もっとこう、速さがあった」

 

 記憶と現実で見た剣技を身体に落とし込もうと、有一郎は四苦八苦していた。

 あの強さが手に入れば、任務ももっと楽になるだろう。上弦の鬼とも簡単にとまではいかないが、渡り合える筈だ。

 

「斬撃もうまく飛ばない。三日月はただの三日月のまま。あの男のように全てを切り刻む月は出てこない」

 

 無我夢中で考えた末、有一郎は閃いた。

 刀に細工すれば出るのでは、と。音柱の日輪刀だって原理は不明だが爆発するのだ。

 なら、こう、刀を振った時に細かい斬撃が出るような細工もできるのでは?

 

「よし、鉄穴森さんに相談しよう」

 

 もうすぐ、鉄穴森が新たに打った日輪刀を届けにやって来る。その時に相談しようと有一郎は決断し、何がなんでも作って貰おうと、土下座でもなんでもする覚悟を決めた。

 

 ―――覚悟を決めたのだが。

 

「女装すれば……ええ、おそらく」

「クソッ!!」 

 

 ―――女装までいくとは考えていなかった。

 

 蝶屋敷にやって来た鉄穴森に、有一郎は自分の要望を伝えた。しかし鉄穴森は期待に応えられる程細工の技術はもっておらず、里長である鉄珍様が得意とすると言った。

 

「じゃあ里長に頼みます」

「それなんですが、鉄珍様は柱の鍛刀しか受け付けないんですよ。私からも話を通しますが、たぶん断られるかと」

「……柱にならないとだめですか?」

「ただですね、鉄珍様は若い娘さんが好きなので、有一郎君が娘さんならきっと受けてくれるでしょうが……」

 

 ときてからの冒頭。鉄穴森は頭の中で有一郎を目一杯おめかしした。

 するとどうだろうか。何だかいける気がした。

 

「女装すれば……ええ、おそらく」

「クソッ!!」 

 

 しかし有一郎にとって女装とはトラウマもの。あの妖怪山姥改め悪魔が出張ってくる。

 どうにかできないものかと頭を捻ったのち、弟が頼めば良いんじゃないかと名案を思い付いた。

 

「確かにそれなら可能ですが、調整はどうするのです? 言っておきますが鉄珍様は双子を見分けられますよ。その上で調整も無一郎君に頼むのなら、それはもう無一郎君の刀であって有一郎君の刀ではありませんよ」

「駄目かぁ……駄目なのかぁぁ」

 

 うぐががぐがががぁぁ……と言葉にならない苦悶の声を絞り出し、ぐるぐるお目々の状態で苦渋の決断をする。

 

「や、やります……すごくやりたくないけどやりますぅ……うぅ」

 

 最後は涙声で言って、有一郎は茨の道に足を踏み入れる覚悟を決めた。

 

 しかし、せめて頼るべき相手は山姥以外でお願いしたい。もし山姥に「女装させてくれ」と頼んだら次のようなことを言われるに違いない。

「アラなにどうしたのゆうくん! アナタもコチラの世界に目覚めたの!!? 良いわよアタシが手取り足取りじっくりねっとりびっちょり教えて、ア・ゲ・ル♡」となる。

 想像するだけで気持ち悪い。他に手助けを頼めるか考えた時、有一郎は二人の顔が浮かんだ。

 宇随天元と胡蝶しのぶだ。天元は元忍、変装は数えられないほどやったことがあるだろう。そしてしのぶについては、有一郎が「女装を教えてください」と頼んでも、面白がって所かまわず吹聴することはないとふんだ。

 

 さて、天元かしのぶか、究極の二択。有一郎は一寸の迷いもなく天元を選んだ。理由は単に女性に頼むのは恥ずかしかったからである。

 思い立ったが吉日。有一郎は早速宇随家の屋敷に向かっていった。

 

「突然の訪問お許しください。音柱様に御用があって参りました」

「誰かと思えば兄の方じゃねぇか。地味にどうした。まぁ家に入れ、中で聞く」

 

 有一郎を出迎えたのは宇随天元その人。なにか業務でも行っていたのか、招かれた部屋には報告書らしきものが散らばっていた。

 

「そこ座れ。んで、なんの用だ?」

「俺に、その…………」

「んだよさっさと言えよ」

 

 ここで息を整えた有一郎はひと思いにぶちまけた。

 

「俺に女装を教えてください!!」

「………お前変な血鬼術でもかかったのか?」

 

 胡蝶ンとこ行けと催促された有一郎は、慌てて経緯を説明し始める。その言葉の間に何度も、決して、そういう趣味に、目覚めたわけではない、ということを数回強調しながら説明すれば、納得したように天元は頷いた。

 

「ほぉーん、そういうことねぇ。いいぜ。なんか要望はあるか?」

「若い娘さんみたいな女装で」

「おもしれえ、ド派手にやってやるぜ!!」

 

 やる気をみせた天元は、家中から着物や化粧具や鏡やら簪やらなんやら沢山もってきて、部屋のど真ん中にドスンと置いた。

 

「よし、まずその長い毛に椿油を付けるぞ。動いてもいいがあまり動くなよ」

「あの、もういっそのこと俺だと分からないほどにやってください。この一回で成功させたいんで。あと単に恥ずかしいので」

「よぉーし、そこまで言うならすれ違う人間全てが振り返るような女にしてやるよ!!」

 

 真剣な目付きになった天元は、見た目とは裏腹に繊細な手付きで有一郎の髪をいじりはじめた。

 そして数時間後、そこには有一郎だとは思えないほどの女性が立っていた。

 

「どうだ!! 俺様の渾身の出来だ!!」

「…………………」

 

 讃えてもいいんだぜ、と親指を立てる天元に、有一郎はぶちまけた。

 

「これのどこが女性だ!! バケモンじゃないか!!」

 

 ぎょんっっ!! という効果音がつくような顔面。確かにこれが有一郎だとは誰も思わないし、すれ違う人間全てが振り返るだろう。だが方向性が真逆すぎるし、それどころか明後日な方向に飛んでいる。

 

「見ろこの眉、髪、顔!! 白粉を塗り過ぎて顔面病的に真っ白じゃないか!! それに唇に差した紅も赤すぎるしズレてるし、これじゃ誰がどう見たって女じゃなくて女の形をしたバケモンだよ!! アンタの眼くさってんのか!!!? そうだよな、その左目周辺につけてるやつ凄くみっともないしな!!!」

「うるせぇわ!!!! 俺だって真面目にやってたんだよ!!! でもな!!! 俺これが初めてなんだよ!! 初めから上手くできるやつなんでそうそういねぇだろ!!」

「じゃあなんでそんな自信満々で引き受けたんだよ!!! それにお前忍びだろ!! 今までやったことなかったのか!!!」

「変装っつっても覆面被るくらいだったわ!! なにせ俺はその界隈で派手に名を馳せるほど強かったからな!! 変装する必要がなかったんだわ!!!」

「派手な忍者がどこにいんだよ!! 忍べよ!!」

「テメェーの前にいんだろうが!!!」

 

 侃侃諤諤丁々発止、白熱した口論は拳と足が出かけたところまで行き着いた。

 

「まあ、途中からふざけたのは認める」

「死ね」

 

 瞬間、殺意が甚だしい簪が天元の目玉を貫かんと飛来する。不意を突かれた天元は、ぎりぎりのところで回避した。

 

「おまっ……派手に危ねぇだろ!! それに俺を敬え!! 俺は柱だぞ!!」

「敬えるほどアンタに敬意を抱いてない。寧ろ敵意しか覚えてない」

 

 クォラァ!! と目ん玉を引ん剥いて憤慨する天元を傍目に、有一郎は化粧をゴシコジと落として帰る支度をし始めた。

 

「じゃ、全然役に立たなかったけどありがとうございました」

「おうさっさと帰れクソガキ」

 

 半ば追い出されるように屋敷を出た有一郎は、再び蝶屋敷に帰ってきた。丁度通りかかったアオイにしのぶがどこにいるか尋ねれば、任務に出掛けているという。そんなわけで、有一郎はしのぶが帰ってくるまで鍛練をして待つことにした。

 

「有一郎君、何か私に用ですか?」

「あ、お帰りなさい胡蝶さん。実は折り入ってお願いがありまして―――」

 

 天元にもした説明をそっくりそのまましのぶに話す。

 

「なるほど。分かりました。引き受けましょう」

「ありがとうございます!」

 

 この時、しのぶは頭の中で「お館様から鉄珍様に鍛刀するようお願いすれば良かったのでは?」と思ったが、口にすることはしなかった。しのぶも年頃の女性。黙っていた方が面白いと思ったのだ。

 

「では、始めに着物から整えましょうか」

 

 パチン、と掌を合わせ、しのぶは自室からあれこれ着物とそれに付随するものを用意した。

 

「宇随さんの所に行ったそうですが、奥さんはいらっしゃらなかったんですか?」

「え、あの人奥さんいたんですか?」

「ええ、三人」

「三人!? それ大丈夫ですか? 奥さん達騙されてませんか?」

 

 水色の着物に水仙があしらわれた着物を着せられながら、有一郎は驚きの声を挙げた。対してしのぶは、和やかに否定して有一郎の胴回りに帯を締める。

 

「奥さん達はちゃんと心から宇随さんのことを愛してますよ」

「そうですか、それならまぁいいや、嫁が三人とか意味不明だけど」

「ところで、宇随さんにも女装を頼んだそうですが、一体何があったんです?」

「聞いてくれます? あいつ自分で変装らしい変装すらしたことなかったのに、自信満々に引き受けて盛大に失敗したんですよ! しかも自分でふざけたって言ってましたし!!」

「あらあら、それは大変でしたね」

 

 相槌を打ちながら話を聞くしのぶは、天元が施した有一郎の女装姿を見てみたかったと思う。きっと派手な化粧になったと容易に想像できた。

 

「着物はこれで良しとして、女性らしい振舞いも教えますからね」

「必要ですかそれ?」

「女性の姿で男の仕草ではおかしいでしょう。違和感もありますし、これも教え込みますよ」

 

 というわけで、怪しまれない程度の動きも教え込まれて、有一郎は化粧しないまでも麗しい少女に変化した。

 

「では次にお化粧ですね!」

「……面白がってませんか?」

「いえいえ全く。微塵も」

「………」

 

 ジト目で有一郎に見られても、しのぶはいつもの微笑みを絶やさず、細やかな筆遣いで有一郎の顔に色々と施す。紅を差された時は喋れないので、じー……っとした視線でしのぶの目を見ていた。

 

「はい、これで完成ですね」

 

 と、しのぶがニッコリとそう宣言し、有一郎の目の前に三面鏡を掲げた。

 覗き込んだ鏡面に映っているのは、紛れもない女性。うっすらと乗せられた白粉がまるで生粋の肌のようで、更にその上からほんのりと赤みが差されており、間違うことない女性だった。

 

「有一郎君は元々女顔でしたからね、そこまで化粧を乗せる必要はありませんでした」

「ほぇー……これが俺、すごい仕上がりですね。ちゃんと女の人に見えます?」

「勿論です。なんなら善逸君でも呼びますか。彼が求婚したら合格でしょう」

「やめてください!!!!」

 

 冗談ですよ、と毒気を抜かれるような笑顔で笑われてしまえば、有一郎も何も言わなかった。

 

「簪も付けましょうか。あと髪はおろして首が目立たなくするようにして、あら? 髪が何時もより艶っぽいですが椿油でも着けました?」

「宇随さんが付けてくれました」

「あら、これ中々良い椿油ですよ。宇随さんも真面目にやってたんですね」

「直後にふざけられましたけどね」

「ふふふ、あとは声ですが……裏声で喋れますか? 無理なら高い声でも大丈夫かと」

「あ、あ、あーーー」

「そうそう、良い感じですね。ではその声で私といくつかお話ししましょうか。勿論、話し方は女性らしくお願いしますよ」

 

 いくつかの雑談と芝居染みた動きを経て、有一郎はしのぶからお墨付きを貰った。ここまで揃えばもう何も怖くない。勝ちを確信した有一郎は、いざ行かんと膝を叩いて立ち上がった。

 しかし、そこに待ったをかけたのはしのぶ。そして、至極真っ当のことを言った。

 

「有一郎君、隠に連絡しましたか?」

「あっ……」

 

 女装のことで頭が一杯だった有一郎は、隠に連絡することを忘れていた。

 そして、今まで費やした時間が無駄になったと悟り、有一郎は膝から崩れ落ちたのだった。




 というわけで皆さんの想像通り、“彼”は黒死牟・巌勝でした。

 時透さんちの有一郎くん。
 先祖の記憶を見ても、やはりどこか疑念を抱いているため、真に信じている訳ではない。
 次回鉄珍様に挑む!!

 胡蝶さんちのしのぶさん。
 有一郎に指導中、内心は常ににっこにっこ。
 奥さん達が居ないのは、何かあったのかしら、とふと思った。
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