世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 アカン。こっちの書き方忘れてもうた。
 ホロライブのノリがこっちに侵食してきている……! これがとまらないホロライブかっ……!

 なんて思ってる思考が既に侵食されている気がします。これはもう駄目ですね。末期です。前半読めば分かります。頭イッてんねぇ~。

 本当は有一郎の女装云々の話に双子の育手を登場させるつもりだったんですが、有一郎の心を顧みて急遽やめました。


第22話 愛と憎しみは裏表。

 前回は失敗したが、今度は失敗しないぞ。

 有一郎はそう意気込んで、しのぶの部屋へと向かった。

 そこで再び女装を手掛けてもらった有一郎改め有紗。名は体を表すということで、女装姿の時の名前はこれになった。なお、名前はしのぶの提案した『カマス』は却下した。なんで魚の名前やねん。そう突っ込みたいのを堪え、有一郎は自分で名前を考えた。とは言え、自己紹介するような展開は避けたいところである。

 

「いいですか有紗さん」

「はい」

「見た目も言葉遣いも様になっていますが、一番重要なのは笑顔です。ずっと楽し気に微笑んでいるのが、一番大切です」

「はい。分かりました」

 

 ニコリと笑った有紗は、しのぶの応援を背に受けながら、隠の元へと歩いていく。

 

「よろしくお願いいたします」

「……こちらこそ、お願いします」

 

 この時の隠の心を一言で表すと、控え目に言って天変地異。

 こんな美少女鬼殺隊に居たかと思っては、背中から薫ってくるほんのりとした甘い香りに真っ赤になり、『うぉおおお悪霊退散南無阿弥陀仏!!』と心を無にしようと交代するまでひたすらに念仏を唱え続けた。

 また別の隠は、『あれ何か足腰太もも固くね? もしや男か?』と怪しんだが、これはこれでアリと心の中で親指を立てた。

 とある女性の隠に関しては、有紗の顔を見て自信を失いかけたものの、視線を落とした先の胸部装甲を見て、自尊心がちょっぴり回復した。

 

 そんな感じで到着した刀鍛冶の里。

 送ってくれた男性の隠に礼を言おうと、有紗は目一杯笑った。手本はしのぶである。

 

「ありがとうございました」

 

 ニコリと付け足された笑顔は会心の一撃。隠の純朴なハートを撃ち抜いた。 

 崩れた隠に有紗は、これお薬必要なやつかと不安に思ったが、本人が平気だと言うならそうなのだろうと、里長の家を目指すことにした。

 

 そして家に到着してからのご挨拶。

 すらりと三つ指をついて頭を下げる有一郎の姿に、鉄珍は混乱した。

 

「だ、誰やアンタ。ワシ、君みたいな別嬪さん見たことないで」

「今回の選抜で合格したので、鉄珍様がご存知ではなくても不思議ではありませんよ」

「そ、そうか。選抜突破おめでとう。これからよろしく頼むわ」

「よろしくお願いいたします」

 

 そして有紗は少し距離を詰めると、目一杯眉尻を下げて目を潤ませ、上目遣いで鉄珍の顔を窺う。それだけでは終わらず、そっと片手を鉄珍の膝元に置いた。

 

「それでですね鉄珍様。急なお願いで申し訳ありませんが、私の刀を打って頂きたいの―――」

「ええよー!!」

 

 食い気味の返事と共に、ひょっとこの口からポッポーと興奮の蒸気を噴き出す鉄珍。

 有紗は勝利をほぼ確信したが、油断をしてはならない。有紗は気を引き締めて演技を続ける。

 

「特殊な刀を頼みたいのです。しかし里長でも打てるかどうか……」

「大丈夫や! ワシに任しとき!! 伊達に里長をやってるわけやない、蟲柱の刀も打ったんや! ドーンと任してぇや!!」

「まぁ蟲柱様の刀を!? あんな素晴らしい刀を打てるだなんて、驚きましたわ。でもそれなら安心ですわね」

「そやろ? ワシに出来ないことはない!! 男に二言はない!!」

「ありがとうございます!!」

「どや!? 格好良過ぎて惚れたやろ!!」

「うふふ」

 

 はい。勝ちました。

 心の中で悪どい笑みを浮かべた有紗は幾つか要望を伝えた後、退出の際にて爆弾を落とした。

 

「あ、ひとつ申し遅れておりました」

「なんや?」

「俺は時透有一郎です」(地声)

「は?」

「じゃ、お願いしますねーー!!!」

「はぁぁあああああああ!!!!!???!?」

 

 スタコラサッサとトンズラする有一郎の背中に、老体とは思えない程の声がぶつかる。

 特大なカミングアウトをされた鉄珍は、腹の底から大声を挙げたのち、有紗の面影が確かに有一郎に似ていることに気付いたのだった。

 

 

 

―――………

 

 

 

 さて、里長の家から退散した有一郎は、人が入って来なさそうな林の中で膝を抱えて顔を埋めていた。

 

「死にたい……」

 

 何だよあれ。あんなのは俺じゃないよ。

 そんな羞恥心がマッハで到来し、有一郎は声にならない苦悶の声を挙げる。有一郎ではなく有紗だと責任転嫁にも似た現実逃避を行うも、結局どちらも自分なので羞恥心が消えることがない。

 

「うぅ……」

 

 そのうち目尻には涙が浮かび、それに気付いた途端、自分が情けなく感じてしまった。

 この時ほど時間が巻き戻らないかと願ったことはない。 

 そんなどうにもならないことを死んだ目で祈っていた時だった。

 

「あの!」

 

 背後から飛んできた少年の声。気怠げに振りむけば、ひょっとこのお面をつけた少年――小鉄が、おそるおそると言った感じで有一郎に近づいてきた。

 

「何か嫌なことでもあったんですか?」

 

 不信な程に肩を震わせ、小鉄はそう訪ねた後に、有一郎の隣に人ひとり分の間を空けて腰かけた。

 それに対する返答に、有一郎は重く頷く。

 

「あの、これで涙を拭いてください」

「……うん。ありがとう」

 

 別にいらなかったが人の好意を無下にする訳にはいかないので、有一郎は大人しく受け取り頬に垂れていた涙を拭った。

 

「……何があったかは聞きません」

「……」

「きっと身を切られる程に辛い思いをしたと思います」

「……うん」

 

 一体この子は何を語っているのか。有一郎は疑問符が頭の中を乱舞しながらも、ひとまず頷いておく。それに恥ずかしくて死にそうな程に辛いのは確かである。

 

「なので、温泉に入った方がよろしいですよ。温泉は直ぐそこにあります。きっと身を休めてくれるでしょう」

「……わかった」

 

 置物みたいに真っ直ぐ向いたまま、小鉄は言いたいことは言えたのか、すくっと立ち上がり、どこかへと去っていった。

 

「何だったんだ……?」

 

 意味不明な小鉄な行動に首を傾けながらも、有一郎は温泉に入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 温泉に着いた有一郎は、迷うことなく『男湯』と書かれた暖簾をくぐる。当たり前である。今の見た目はともかく、中身は男なのだから。

 有一郎にとって幸いなことに、脱衣場には誰も居らず自分ひとりだけだった。

 

「誰か入って来る前にさっさと入ろう」

 

 しかし脱ごうにも帯が固い。というか硬い。しのぶの手によってギッチギチに締め付けられた帯は、まるで岩のように動かない。

 悪戦苦闘しながらも、ようやく帯をほどけた有一郎は、着物を脱ごうと肩に手を掛け、半分ほどずらしたその瞬間。

 

「キャアアアアアアアアーッ!!」

「きゃああああああああーっ!!??!?」

 

 脱衣場から響いた誰かの叫び声に、有一郎は釣られて絹を裂くような叫び声を挙げた。

 そして有一郎は脱げ掛けた着物を手で押さえながらも振り返ると、

 

「ごめんなさいごめんなさい! 大丈夫です俺は何も見てません!」

 

 絶対何かを見てしまった時の反応に、慌て吹ためいた様子が思い浮かぶような足音。

 

「なんだ……???」

 

 暫し呆然としていた有一郎は、ひとつ頷いた。

 

「………なるほど?」

 

 もしや俺を女だと勘違いした?

 

「まぁいいや」

 

 とまぁ、おそらくそうだろうと納得した有一郎は、別に気にすることなく服を脱いで温泉に続く引戸を開いた。

 そして温泉の効能が書いてある立て札の一文を見て、確信を得た。

 

「別に俺、失恋した訳じゃないんだけど……」

 

 有一郎の視線の先には、『失恋の痛みに効く』という文字が踊っていた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 小鉄は、茫然自失したように上の空だった。

 その衝撃は自身の才能の無さに気付いた時より強かった。

 

「綺麗な人だったなぁ……」

 

 はぁ……と溜め息をひとつ。熱を孕むその吐息は、誰がどう見ても恋患い。誰か目を覚めさせてやれ。

 

「名前はなんて言うんだろう……」

 

 思えば自身の名前も、彼女は知らないだろう。

 しかし今訊ねるとしても、時機が悪すぎる。

 とは言え、惚れた女に話しかけられる程恋愛経験がある訳ではないし、初恋もまだだった小鉄は恥ずかしさが相まって、有一郎が里から去るまで、ついぞ話しかけることはできなかった。

 だが名前を知ることはできた。里の人に訊いたところ、時透有一郎という名前であることがわかった。

 

「時透有一郎って言うんだぁ……」

 

 普通に考えれば、男の名前だろうと判断できる筈であるし、普段の小鉄であればやっぱり彼女は男だったんだと即断できただろう。

 しかし今の彼は恋患い。自分の都合の良いように解釈し、きっと亡き兄か弟の名前を名乗っているのだろうと判断してしまった。

 

「また会えるかなぁ……」

 

 さて、人は恋に落ちたとき、自分以外の人に話すだろうか。いや、話さないだろう。家族にでさえ話すのは躊躇われるし、友人に話せばからかわれることがある。特に男というものはその傾向がある。

 無論、小鉄も誰にも話さず、ひっそりとこの想いを胸に留めさせていた。

 

 これが、坂を転がり落ちる始まりだった。

 

 

 

―――………

 

 

 

 無限列車での事件から四ヶ月。恐ろしいほどに平和な日常を鬼殺隊士、特に事件の渦中にいた炭治郎達は過ごしていた。とは言え、鬼の被害が減った訳ではなく、毎夜どこかしかの任務に出かけていたのだが。それでも、上弦はともかく下弦が現れたという情報はなく、また、鳥鬼が出たという目撃情報すらなかった。

 

 それ故にどこか不気味な雰囲気があるのを、とある柱は感じ取っていた。

 その予感が的中したかのように、潜入していた妻達からの連絡は突如として途絶えた。

 

 

 さて、話は変わり、無限列車での下弦の壱討伐及び上弦の参、壱の襲来以降、炭治郎、善逸、伊之助の三人は今までとは異なる日常を送っていた。

 

 それは炎柱・煉獄杏寿郎の継子となったこと。

 

 かの事件で左腕を失った杏寿郎は未だ柱として復帰は出来ていないものの、下弦程度の鬼ならばさほど苦労せずに斃せる程の強さを取り戻していた。それはひとえに父親が稽古を施してくれることと、上弦の壱――黒死牟の討伐を胸に剣を打ち込んでいたためである。

 そんな杏寿郎の継子となった炭治郎は喜び露わに稽古に参加し、伊之助はわくわくと胸を躍らせていた。善逸に関しては泣き喚きながらも竹刀を振り、そして槇寿郎にうるさいと殴られるのが、もはや日常となっている。そして年下の千寿郎と禰豆子に励まされて立ち直るまでがワンセット。

 優秀な柱であった槇寿郎の説明は的確で、それぞれの弱点や傾向を分析し、それを改善できるような訓練を行わせていた。しかし日の呼吸ことヒノカミ神楽に関しては、これといった進捗が見られなかった。

 

「ヒノカミ神楽 幻日虹」

「ヒノカミ神楽 火車………ッあ゛、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 炭治郎が繰り出すヒノカミ神楽、もとい日の呼吸。現状十二ある型は片手で収まる数しか連続で振るえない。今も数回こなしただけで炭治郎は膝をつく。ゼェゼェと荒い息をして、息が整ったところで水筒の水を喉を鳴らしながら平らげ、ふぅ、と一息ついた。

 

「やはりそう簡単にはいかないか……」

 

 炭治郎が修めている水の呼吸は、女子供も十全に扱えるという汎用性に優れているせいなのか、威力が足りない。無論、冨岡義勇という水の柱が存在しているため、格別威力が劣っている訳ではないのだが、やはり見劣りする部分があるのは否めない。

 しかしその点、ヒノカミ神楽は威力が強い。だが逆にその余りの強さ故に、今の炭治郎では連発ができないのだ。

 

 威力は無いがどんな場面でも柔軟に対応できる水か。

 体力の消耗が激しいが威力に特化したヒノカミ神楽か。

 

 どちらも一長一短、今の炭治郎にとって、どちらに重点を置くかが悩ましいところだった。

 ひとつ溜め息を吐いた炭治郎は、ふと父親のことを思い出した。

 

(正しい呼吸ってなんだ……どうすればできるんだろう……)

 

 炭治郎の父―――竈門炭十郎は生来病弱で、炭治郎が物心つく頃から床に伏せていることが多かった。家がどちらかというと貧しい類いに入るということもあり、枯れ木のように痩せた体躯は、激しい運動に耐えられないように見えていた。

 しかし、年の始めに代々竈門家の伝統であるヒノカミ神楽を舞う時だけは別人のようだった。

 炭十郎は極寒の冬山の中、病弱なのにも関わらず、ヒノカミ神楽の十二の型を、日が昇るまで何千何万と繰り返し舞えた。その間決して息を切らすこともなく、倒れることもなかった。

 それを見た炭治郎は、父親に身体が弱いのに何故あんなに長く舞えるのかと訊ねた。その問いに対し、炭十郎はただ『正しい呼吸の仕方がある』と答えた。

 

(でも、知ることはなかった)

 

 別に意地悪で教えてくれなかった訳ではない。炭十郎は炭治郎が十二の年に亡くなってしまった。炭治郎に“ヒノカミ神楽”を教え始め、来年には呼吸を教えようと約束した、その矢先に病没した。

 炭治郎は、正しい呼吸の方法を知ることができなかった。

 

(正しい呼吸……知りたかったなぁ)

 

 炭治郎は落ち込んだ。しかしそれも一瞬のこと。

 落ち込んで何かが解決することはないとよく知っているからだ。

 だから、もう一度竹刀を手に握る。

 焦ってはいけない。どれだけ焦ろうが一瞬で強くなる方法などないのだ。地道に、ただただひたむきに鍛錬を積む以外方法はない。

 

「カァー! 任務! 任務!!」

 

 一振り竹刀を振り下ろした炭治郎の耳に、けたたましく任務を告げる鴉の声が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか? 俺は神だ! お前らは塵だ! まず最初はそれをしっかりと頭に叩き込め!! ねじ込め!! 俺が犬になれと言ったら犬になり、猿になれと言ったら猿になれ! 猫背で揉み手をしながら俺の機嫌を常に伺い、全身全霊でへつらうのだ!」

「なんだこのオッサン」

 

 派手な化粧に派手な装飾。

 動けばジャラジャラと音が鳴る額当てをし、目の前に立つ炭治郎、善逸、伊之助を見下す男。

 この男こそ鬼殺隊の九人の柱のひとり。音柱こと宇髄天元である。

 

「そしてもう一度言う、俺は神だ!!」

「そうか。俺は王だ。山の」

「何言ってんだお前。キモイ」

「んだとテメェ!!」

 

 事は炭治郎が蝶屋敷を訪れた時まで遡る。

 任務先で負傷していた市民に包帯や塗り薬を与えてため、手持ちの薬が無くなってしまい補充しようと訪れた時、炭治郎は蝶屋敷の玄関先できよ、すみ、なほ、とアオイとカナヲの五名と何やら揉めていた天元を発見した。

 話を聞けば任務で女の隊士が必要で、アオイを連れていこうとしたらしい。しかしアオイは隊服を着ているとはいえ、戦えない。よって自分が行くと啖呵を切った炭治郎と、偶然出くわした善逸と伊之助と共に天元の任務に出かけることとなった。

 そして今、簡単な自己紹介をしていた。

 

「いいかお前ら。任務地は吉原遊郭。そこまでの道のりの途中に藤の花の家紋の家がある。そこで準備を整える」

「準備するんですか?」

「おう。じゃ、お前ら付いて来い」

 

 ──そして、禰豆子を含め彼ら五人は花街にいる。

 

 

 

―――………

 

 

 

「いい加減にして頂戴」

 

 炭治郎たちが遊郭に潜入する二日前。

 これは京極屋という名の店で起こった出来事である。

 京極屋には音信不通となった雛鶴が潜入していた。そして今はタダ同然で売りつけられた善子こと我妻善逸が潜入させられている。

 その京極屋の楼主の妻・お三津は、目の前に座る花魁を咎めていた。

 

「何を?」

 

 煌びやかな唐織の着物に身を包み、ゆったりと座る花魁は、何のことかさっぱりわからないといった様に口を開いた。

 

「うちから怪我人や足抜け、自殺する子を出すのをだよ。自殺した子はアンタが虐め殺したようなもんだろう、蕨姫」

 

 蕨姫と呼ばれたこの美しい花魁は、一言でいえば傾国の美女である。それは気の弱い男性なら失神し、耳に息を吹きかけられた男性は失禁するくらいである。

 

 だが、それと同じくらいに性格が悪かった。

 

 気が強い上にころころと変わる気分屋で、野良猫のようだと言えば聞こえは良いが、実際はその上をいく。

 気に入らない遊女や女郎、禿等をいびるのは日常茶飯事の事。

 態度が気に入らないからと言って侮辱の言葉が飛んだり、気安く触れたと言って手をあげたり、口答えしたというだけで青痣をこしらえた。

 そんな仕打ちに耐えられず、つい先日も自殺した者もいた。

 

「酷いこと言うわね女将さん。私の味方をしてくれないの? 私の癪に障るような子達が悪いとは思わないの?」

 

 店の最高責任者のひとりであるお三津に咎められても、蕨姫花魁に反省の色はない。

 それどころか、反抗するように眉間に皺を寄せて睨みつけた。その迫力にお三津は黙ってしまったが、直ぐに気を取り直す。

 

「今まで随分と目を瞑ってきたけど、度を越してるんだよアンタは……庇いきれない」

 

 そう告げたお三津を、蕨姫は首を傾け下から鋭く睨めつけた

 

「誰の稼ぎでこの店がこれだけ大きくなったと思ってんだ(ババア)

 

 ドスの効いた声と剣のある表情で蕨姫花魁は凄む。額には青筋が浮かんでいた。

 

「ずっと昔、アタシがまだ子供の頃聞いたことがあるのよ茶屋のお婆さんに。ある花魁の話よ」

 

 これは茶屋の老婆から聞いた話だ。本人は物忘れが酷くなっていて話の真偽は確と知れず、お三津も歳をとり記憶も不確かとなってしまったが、その花魁の話だけは鮮明に覚えていた。

 

「その花魁はもの凄い別嬪だったけどもの凄い性悪で、お婆さんが子供の時と中年の時にそういう花魁を見たって。その花魁たちは“姫”ってつく名を好んで使って――」

 

 目の前に座る花魁の名前も蕨“姫”である。

 

「――気に食わないことがあると首を傾けて下から睨めつけてくる独特の癖があったって」

 

 その独特の癖が、目の前の花魁のそれと同じだった。

 

「アンタ……何者なんだい。アンタもしかして人間じゃ」

 

 ない。

 そう続いた言葉は、藻抜けの殻となった部屋に響いた。

 先程まで部屋の中にいた筈の二人は、夜の花街の上空に浮かんでいた。

 

「そういうことはね、気付いたところで黙っておくのが“賢い生き方”というものなんだよ。今まで皆そうして生きてきた」

 

 蕨姫の唐織の着物は打ち捨てられ、簪で丁寧に結い上げられていた髪が解ける。

 お三津は蕨姫の生き物のように動く帯に捕らえられていた。

 

「お前は私が思っていたよりずっと、ずうっと頭が悪かったようだねぇ。残念だよ、お三津」

 

 月光に暴かれた蕨姫の容貌には、左頬と右の額に草花の文様を描いた刺青のような、痣のようなものが浮かんだ。

 そして何よりも、左目に“上弦”右目に“陸”の文字が刻まれていたのが目を引いた。

 

「そんなに怯えなくとも大丈夫さ。干涸びた年寄りの肉は不味いんだよ。醜悪で汚いモノを、私は絶対喰べたりしない。お前はグシャッと転落死」

 

 転落死。その三文字にお三津は酷く青ざめる。

 それを蕨姫はニタリと笑うと、別れの言葉を紡いだ。

 

「さよなら、お三津」

「やめっ……」

 

 無慈悲にも重力に従い、お三津はドンと地面へと叩き付けられた。蕨姫の耳に人々が混乱する声と医者を呼ぶ声が聞こえてくるが、それに意識を割くことなく先程までいた部屋に戻ってきた。

 

「調子はどうだ?」

 

 すると、部屋には若い男に扮した鬼の首魁、鬼舞辻無惨が蕨姫を迎えた。

 無惨は蕨姫を見るなり、その力量を感じ取る。以前無限城で顔合わせした時よりも力が増していることを把握した。

 上弦の実力が上がるのは無惨も喜ばしいもの。しかし無惨は慎重だ。うまくいくことが進んでいる時程足は救われやすいことを知っている。

 目の前に額付く蕨姫に言えば、承知致しましたとの返事が返ってきた。

 

「鬼殺隊でも手練れの者……柱などはすぐに此方が鬼だと看破する。しかし此方からは柱程実力の有る者以外、人間など視ただけでは殆ど違いがわからない」

 

 ただ、柱が鬼と人間を判断できるのと同じく、鬼は血の種類や病気、遺伝子など人間に判らないことは判別できる。

 逃れ鬼の珠世は、その特性を使って病気の治療を行うことがままあった。

 

「“堕姫”。私はお前に期待しているんだ」

 

 無惨は蕨姫こと上弦の陸・堕姫に近寄ると、その両手を堕姫の両頬に添わせる。

 

「お前は誰よりも美しい。そして強い。柱を七人葬った。これからももっともっと強くなる。残酷になる。特別な鬼だ」

 

 そして無惨は二つの果実を取り出した。

 毒々しく、赤々とぬらつくような柘榴。しかし不思議と気色悪さはなく、まるで紅玉のような妖しさがあった。

 

「お前たちの黄泉戸喫だ。いざと言う時にこれを喰え」

「黄泉戸喫……これが」

「稀血を喰らった時のように、或いは私の血を分けたように、鬼としての力が一段階進化する」

 

 両手に黄泉戸喫を賜った堕姫は、壊れ物を扱うように丁寧に、そして恭しく胸に押し付け、体内に保管した。

 

「期待しているぞ。堕姫。そして妓夫太郎」

 

 

 

―――………

 

 

 

 吉原遊郭。

 男と女の見栄と欲。

 愛憎渦巻く夜の街。

 華やかに姦しく、眩暈がするほどぎらついている。

 

(どうも鬼の気配が掴めねぇ……嫌ぁな感じはするんだがなぁ)

 

 瓦屋根に佇む音柱、宇随天元は昼の花街を見渡していた。

 

(あいつらには内側から探ってもらってるが……これといった情報は無し)

 

 ―――元々、遊郭には鬼の情報と姿を追う為に忍ばせた天元の妻が三人、内部から探っていた。しかし誰一人として定期連絡を寄越さなくなった。

 そのため、鬼の情報と共にその妻達の行方を探すのが、炭治郎達三人に与えられた今回の任務の内容である。ただし、女装して遊女見習いという職に就きながら、である。

 

(鬼が潜んでいるのはほぼ確定だが……どう鬼を炙り出すか……)

 

 と、思考中に不意に遠方から絹を裂いたような悲鳴が上がった。

 天元はまさか鬼かと疑ったが、こんな昼から外を闊歩するとは考えにくい。天元は無視することにした。

 しかし、ざわめく声に混じって飛んできた名前に後ろ髪を引かれた。

 

(“謝花”だと?)

 

 飛んできた名前は医者の名前だ。妻達からの手紙に書いてあった名前である。

 しかしその隣には、『鬼の可能性が高い』との一文が添えられていた。

 ならば見逃す筈がない。天元は直ぐ様騒ぎの中心が見える屋根に移動した。

 

「おーいこっちだ! こっちに来てくれ!」

「謝花医、この旦那だ。急に倒れたんだ。見てやってくれねぇか」

(あれが“謝花”か……)

 

 謝花医と呼ばれたのは、薬箱を背負い白い服を何重に重ね着した人物で、一番目を引いたのは頭巾頭である。あれでは手元すら見えているか懐疑的だ。

 

(日光が当たらないようにしてるのか……確かにキナ臭ぇな)

 

 謝花と呼ばれた医者は、群がる野次馬を掻き分けて、倒れ伏す男を見やる。

 そして直ぐに首を横に振った。

 

「特に病気といったものではない。ただの寝不足と栄養失調だ」

 

 そう言うと懐から丸薬を取り出し、案内した男に渡した。

 

「目を覚ましたらそれを飲ませろ。直によくなる」

「いやあ、ありがてぇ。ところでお代の方は……」

「いらん」

「いやしかし……」

「大した薬でもないうえ、放置していてもいずれは目を覚ました筈だ」

 

 にべもなく断り続けた謝花は、人の波を割るように去っていく。

 

(後を追うか……)

 

 天元は元忍らしく、気配を殺して音もなく謝花の後を追う。どうやら、謝花は人気が少ない切身世の方へと向かっているようだ。

 

(まさか気付かれている?)

 

 謝花は医者だ。なら病人が多い切身世に足を運ぶ可能性があるのは確かだ。しかし天元が謝花に目をつけたタイミングで切身世に向かうとは、誘われているのだろうか。

 

(気付かれているにしろ、今は昼だ。奴が鬼だとしても万全には戦えない。なら)

 

 天元は背負った二振りの日輪刀を握りしめ、目をすうっと細めて謝花を見やる。

 

(ただの人間なら構わない。だがこれ程気配を隠し、溶け込む巧さなら……上弦かも知れんな)

 

 天元がここまで謝花を警戒するのは、謝花が人間か鬼か判断できないからである。何を当たり前のことをと思うかもしれないが、先程述べた通り鬼殺隊の手練れ、特に柱は対象を一瞥するだけで人間か鬼かを判断できる。

 しかし、謝花は判断できないのだ。

 これはつまり、謝花が限りなく人間に擬態できる上弦という可能性がある。無論、擬態に秀でたただの鬼という可能性があるのは否定できないが。

 

(だとするとド派手な“殺り合い(とりあい)”になるな)

 

 と、その瞬間天元の傍を一筋の風が吹いた。

 その風が吹き止むか否かに、天元の背後から来る筈のない声が飛んできた。

 

「私に一体何用だ――」

「ッ」

 

 刀を抜くより先に声を振り返り、そして目を剥いた。

 

「――鬼殺隊よ」

 

 自身の立つ屋根の上に、同じく佇む謝花の姿。

 雪に負けじ劣らずの白装に、金糸で彼岸花の模様が描かれていた。

 

「ほぉー鬼殺隊のことを知ってるとはな」

 

 動揺しかけた心を直ぐ様取り直し、天元は神経を張り詰める。

 

「無論だ。そして貴様が柱と呼ばれる存在であることもな」

「そうか。ところで謝花。お前のその身のこなし……一般人とは考えにくい。さては鬼だな」

「然り」

「正直に答えてくれるとは地味に驚いたぜ。なら」

「落ち着け。私に戦うつもりはない」

 

 日輪刀を構えた天元に、謝花は手で制止して止めた。

 

「そも、私が貴様と戦っては甚大な被害が出る。それは私も望むところではない」

「まぁ、お前が人喰らう化物とバレたら餌場を変えざるを得ないからな」 

「それもあるがな」

 

 どうやら謝花は本当に戦うつもりはないらしい。天元が殺気を飛ばし続けても構えることすらしない。

 

「だがよぉ、鬼殺隊の柱ってもんが、目の前の鬼を見逃すと思うか?」

 

 当たり前である。それに今は陽射しが差し込む昼間。頸が斬れなくても太陽光に晒せば勝ちだ。

 これ程の好条件を逃さない筈はない。

 

「さあ――」

 

 天元はゾッとするような獰猛な笑みを浮かべ、獲物を前にした獣のように犬歯を剥いた。

 

「――ド派手にいくぜ!!」




 時透さんちの有一郎くん。
 ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。そう、あなたの心です。
 代償に心が死んだ。

 小鉄。
 涙目で林の中で三角座り。艶やかな長髪。翻る女物の着物。
 というスリーアウトで勘違い。
 脱衣場にこもる熱気が頬を紅潮させていた。驚く程白い肌が覗いていた。加えて男の劣情を煽るように肩が肌蹴ていた。
 というスリーヒット。
 トドメのホームランは女性のような叫び声。
 なんてことでしょう。小鉄は有一郎に恋してしまった。叶わぬ恋である。
 ところで、愛と憎しみは紙一重とも言いますよね。今後の展開を考えた時にこうなりました。仕方ない。必要な犠牲だったんだ。
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