世を照らすのは日輪だけじゃない。   作:ポンタ ponta

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 誤字脱字報告が届く前に訂正すればセーフ? 最近不思議に思うことがあります。何故私は夏休みだというのに朝から晩までバイト漬けの日々を送っているんでしょうか? 休みとは幻だった? そんな毎日を送っているせいで寝不足です。それに執筆する時間が足りない! もっと休みたい!! でもお願いされたら断れない。そんな自分が嫌いです。NOと言える日本人になりたい。

 私に画力があれば、今回の話に限らずイラストを添付したかったのに……!! 私の思い描いているシーンを皆様と共有できなくて歯痒い。あな口惜しや。

 話と視点がぴょこぴょこ飛びます。捏造の呼吸常中です。ご注意を。
 本当は一話にまとめるつもりだったんですが、思いのほか長くなりそうなので二つに分けます。次回も遅くなる確信。

 伊黒さんは俳句も川柳も好きなのに、短歌がそのうちに入らないのはこんな理由があるからかな~と思ってます。



第8話 君がため惜しからざりし命さへ

 これは俺と珠世様が、浅草へと居を移したニ週間後のことだった。

 飢えを満たすための血を買いに、外へと出歩いた日だ。

 暗雲垂れ込める空は今にも泣き出しそうで、俺は傘の柄を握りしめ、何時でも珠世様に差し出せるように注意を払っていた。

 

 発展した浅草でも、裏へとしばらく歩けば、あばら家が立ち並ぶ貧民街が顔を出す。そこは自身が生きるために身売りや子売りが当然のように行われ、そういう者たちは自身の血を売ることに抵抗がなく、金さえ払えば快く血を取らせてくれる。鬼殺隊や鬼舞辻の目から逃げる俺たちにとって、貧民街は有難い場所だ。

 有難いと言えど、そこは犯罪者も潜むことが多々ある。珠世様は農家の放し飼いにされていた鶏にずっと後をついてこられたり、僅かな段差にさえ遊ばされることもあるので、善からぬ輩に悪さされる可能性は十分にあった。

 

 しかしそんな杞憂は杞憂で終わり、貧民街から住居への帰り道、珠世様の女性らしい、慎ましやかな歩幅に合わせ、その斜め後ろを俺はゆっくりゆっくりお供した。

 

「あぁ、ありがとう」

「いえ」

 

 空は遂に泣き出して、ぱらぱらと涙を流す。俺はその涙が珠世様に流れぬよう、いち早く傘を差し出した。

 

「本格的に降り出さないうちに、はやく帰りましょう」

 

 珠世様のお体に何かあってはいけないと、そう促した時だ。

 どこからか、猫の鳴き声がした。人間には聴こえないような音量でも、鬼である俺たちには聴こえる。

 

「猫かしら?」

「きっとそうでしょう」

 

 珠世様は大変優しい方であらせられるから、きっと鳴いている猫の方へ行かれてしまうだろうと思った瞬間、やはり珠世様は、その声がする方向へと歩みを進めた。俺が珠世様の決定に否と応える筈はなく、俺もゆっくりお供する。

 

 十ニ、三間(約20m)進んだだろうか、倒壊した木の裏側に、猫が雨に濡れて倒れていた。

 

「可哀想に」

 

 心底からの同情した声で、嘆息交じりにそう言った。

 そして珠世様はたおやかなその手で、その猫を拾うと、優しさしかない手付きで猫の頭を撫でた。それに応えるように猫が、ミィ、と鳴いた。

 

 

 

 

 

 診療所に連れてこられた猫は、珠世様の有難い看病の末、元気に跳ね回るほど回復した。ならさっさと出ていけと思ったのに、コイツときたら我が家の様に寛ぎやがる。拾ったはじめは大人しくしていた猫も、時が経つにつれだいぶふてぶてしくなった。コイツは雄猫であるためか、珠世様に一番懐き、俺のことはウゼェな、という目で見るようになった。

 やはり去勢するべきだろうか?

 

「シャー!!」

 

 そんな気持ちを悟ったのか、猫は背中を弓形に反らし、背中の毛を逆立てる。

 珠世と二人きりで過ごす時間を、何よりも愛しく大切なものとしている愈史郎は、拾った猫を珠世の居ぬ間に追い出そうとしたこともあった。しかし、全て未遂で終わった。捕まえるために手を伸ばせば、ことごとく回避されるのだ。

 そして今日も愈史郎は、追い出そうと手を伸ばす。

 

「あっ、おいこら待て!」

「ニャー」

 

 あっちこっちに飛び回る猫を追いかけ、愈史郎は部屋を出る。

 猫が廊下を走って行き着いた先は珠世の部屋。失礼しますと入れば、猫は珠世の胸の中でゴロゴロ喉を鳴らしていた。それを見た愈史郎の顔に青筋が浮かび上がる。

 

「珠世様! ソイツはもう元気です! 元居た場所に戻してきましょう!!」

 

 悪意たらたらに言えば、猫は哀れを誘うような声で鳴き出した。愈史郎の顔に青筋が増える。それに伴って殺意も増す。

 

「けれど利発そうな子だし、何か役に立つかも知れないわ」

「ニャーン」

「あらあら」

 

 猫を撫でて珠世が笑みをこぼす。いつもならこの瞬間、愈史郎はドキリとして「珠世様は今日も美しい……!」となるのだが、今回ばかりは猫への殺意でそれどころじゃない。

 

「名前はどうしましょうか」

「茶々丸はどうでしょうか!!」

 

 これはイエスマンである愈史郎の、精一杯の抵抗である。名前に含まれる~丸は、元来ケツからまろびでたアレを表す。(諸説あり)

 つまり茶々丸とはアレそのものを表しているのである。

 

「これからよろしくお願いしますね、茶々丸」

「ニャーン」

 

 ニヤリ。精一杯の抵抗が成功して胸がすく愈史郎であった。

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 これはなんだろう?

 

『もう、行ってしまわれるのですか?』

『ああ』

『ご武運を祈ります』

『ありがとう。私も、お前たちの未来を祈る』

 

 誰だろう? 知らない人たちだ。

 何畳もある広い部屋に、若い男が女性に背を向けて立っている。

 

『私はもう、光らない。只々、欠け落ち削れゆくのを待つしかない………』

 

 竹光をこさえた広い庭。そこに佇む一人の男。

 紫の羽織に黒の袴。顔はこちらからは窺えない。

 

『なら、私が後世に継ぎます。父上の剣技は美しいものだと、伝えていきます。約束します』

 

 勝手に動いた己の口。けれどこんなやり取りをした記憶は無い。

 これは一体なんだろう?

 

『あぁ………』

 

 自分ではない自分の声が男に届いたとき、男から嘆きと安堵が混ざったような溜息を吐いた。

 そして男の草履が、玉砂利を擦って振り返―――。

 

「夢………?」

 

 今のは一体なんだろう? 夢と呼ぶにはすごく現実的だった。

 

「カァァァァ!! 有一郎チャンガ起キタァァァ!!!」

「金子、音が障るからもう少し静かにしてくれ」

「ゴメンナサイ。デモ、デモ、目ガ覚メテクレテ嬉シイ!!」

 

 顔に向かって飛んで来た金子を受け止めようとして腕を出した時、不自然なほどのだるさを感じた。

 

「金子、俺どれくらい寝てた?」

「半年近ク寝テタワヨ!! モウ不安デ不安デ」

「そっか」

 

 半年も寝ていたのか。道理で体が重く、怠い訳だ。

 

「私、無一郎チャン呼ンデ来ルワネ!!」

 

 金子がそう言って飛び去ってしばらくしたのち、銀子を頭に引っ付けた無一郎が飛ぶようにやって来た。

 

「兄さん、やっと起きた、良かった、良かったよぉ………」

 

 下がり眉を一層下げて泣きじゃくる無一郎に、申し訳ない気持ちが募る。けど、それは銀子の次の言葉で吹き飛んだ。

 

「イヤー良カッタワ、コレナラ無一郎チャンガ有一郎チャンノ振リナンカヤメテ元ノ無一郎チャンニ戻ルワネ」

「は??」

 

 一体俺が寝ている間に何があったのか、詳しく問い詰めれば俺のお陰で柱になれたと思い込んでいた。全くあれは俺の実力がなかっただけだ。

 本来なら背中を叩くとこだけど、力が落ちている今じゃ無一郎には響かない。なら言葉で背中を叩いてやる。

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

「どういうことだ無一郎」

 

 その言葉と共に僕の目は下に落ちて、視界に入るのは己の手。

 横たわる兄の顔を、真っ直ぐと、まともには見れない。

 

「なんで俺の真似なんかした」

 

 まともに見れなくても、どんな顔をしているかははっきりと分かる。

 僕が鬼殺隊に入りたいって言った時の兄さんのような、冷たくも燃えるような眼差しをしている。

 

 噛みしめた唇から出せたのは一言だけ。

 

「………ごめんなさい」

 

 絞り出した声は濡れていた。

 そう自覚した瞬間、涙がぽろって、一粒こぼれた。

 

「ア………ソノ、有一郎チャン、無一郎チャンニ悪気ガアッテシタ訳ジャナインダカラ、ソコマデ気ヲ立テナクテモ………」

「ソウヨ、健気デ可愛イジャナイ」

 

 僕の頭にいる銀子と兄さんの手元にいる金子は、そう庇ってくれたけど、兄さんに睨まれて「「ナンデモナイデス」」と引っ込んだ。

 

「お前がお前じゃなくなって、それを俺が喜ぶとでも思ったのか? 違うだろ。お前は分かってるだろ」

 

 冷たい声が僕の耳朶を打つ。

 わかっていた。今更言われるまでもないほど。

 でも兄さんを身近に感じられる方法が、それ以外思いつかなかった。

 

「………そばに居て欲しかったんだ…」

 

 どんなに強く気を持っても、ふとした瞬間に淋しくなる。

 いつも隣にいてくれた兄さんがいない。それがどれほど僕にとって辛い事か。

 僕の日常には兄さんが必要なんだ。

 

「ご飯を食べる時、兄さんが隣にいない。それだけでご飯が味気なく感じる。蝶屋敷に何度も足を運んでも、兄さんは僕の名前を呼んでくれない。僕の手を握り返してはくれない」

 

 任務の間を縫って兄さんの病室に訪れるんだ。その向かっている時間、僕はどうか兄が目を覚ましているようにと、いつも祈る。 

 でも祈れば祈るほど、期待すればするほど兄さんの変わらない姿を見て、どうしようもなく落胆する。

 

「でも、兄さんのふりをしている間だけは、兄さんが僕のそばにいると思えたんだ」

 

 かさ、と布団の擦れる音がする。ひそやかに吐かれた溜息は冷たくない。

 

「無一郎」

 

 恐る恐る顔を上げれば、兄さんは笑っていた。

 

「ごめん無一郎、俺が悪かった」

 

 雪解けの季節のように溶けた冷たさは、染み込むように消えた。

 眉尻は下がり、瞳は潤んで、泣きかけた顔で笑ってた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 タネを明かせば全て、俺のせいだった。自分が蒔いた種だった。

 

「ご飯を食べる時、兄さんが隣にいない。それだけでご飯が味気なく感じる。蝶屋敷に何度も足を運んでも、兄さんは僕の名前を呼んでくれない。僕の手を握り返してはくれない」

 

 そう目を落とす弟の姿が、酷く恐ろしかった。

 無一郎は泣いていた。

 頬を濡らした弟の声はしっかりとしていたが、微かに湿り気を帯びていて、声も泣いていた。

 

「でも、兄さんのふりをしている間だけは、兄さんが僕のそばにいると思えたんだ」

 

 俺は馬鹿だ。無一郎のことを分かってなかった。もし俺と無一郎の立場が逆だったなら、きっと俺もそうしていただろう。

 ならどうして無一郎を責めてやるものか。

 

 虫の鳴き声よりも細く溜息を吐いた。己の醜態を恥じた。

 

「無一郎」

 

 思えば目を覚ましてから笑ってない。久しぶりに見る兄の顔が怒った顔など非情だろう。

 

「ごめん無一郎、俺が悪かった」

 

 うまく笑えているだろうか。

 お前の不安を取り除けただろうか。

 

 

 

―――………

 

 

 

 俺は後藤という者だ。

 鬼殺隊事後処理部隊、隠をやっている者だ。

 元々は剣士を目指していたが、選別で諦め隠を目指すことにした。だって鬼超怖いもん。

 だから剣士は心から尊敬する。もし剣を取っていたら、俺は間違いなく仲間の足を引っ張り瞬殺される。

 

 さて、鬼殺隊の中で一番強い者は柱と呼ばれるが、その中でも二ヶ月で柱になった奴は別格だ。

 普通なら二年~五年で柱になれるというのに、その柱、時透無一郎はたったの二ヶ月で柱に上り詰めた。噂では刀を握り始めてかららしい。もう頭おかしいんじゃないかってぐらい強い。そのくせ年は十二。まだまだガキンチョだってのに、精神は既に熟してる。きっとそうせざるを得なかったんだと俺は思ってる。

 そのせいか、俺はなにかとコイツを気に掛けるようになった。

 

 無一郎くんは大抵兄である有一郎くんの病室にいるから、俺は手に高級菓子のカステラを持って伺いに行く。カステラは未だ目を覚まさない有一郎くんへの贈り物だ。

 

 病室に着いてみたら、戸が開いていた。

 やっぱ今日も来てたのか、と中に入ったら無一郎くんと有一郎くんがぐすぐす泣いていた。あと鴉が二羽泣いていた。一体何があったんだ?

 

「ごめん、ごめん」

「うん、僕もごめん」

「私、今、猛烈ニ感動シテイルワ………!!」

「私モヨ」

 

 何だ? 起きて早々喧嘩でもしたのか? で、鴉は何が琴線に触れたんだ?

 てか目ぇ覚ましたんならもっと騒げや。特に金子。お前あんなに騒いでたじゃねぇか。

 

「あのーこれカステラ置いとくんで、あと胡蝶様かアオイちゃん呼んで来ますね」

「酷いこと言ってごめんね」

「ううん、僕もしっかりしてなくてごめんね」

 

 駄目だコイツら聞いちゃいねぇ。

 泣きじゃくる二人と二羽をそのままに、俺は胡蝶様かアオイちゃんを探しに病室を出ることにした。

 

 

 

 

 

 中庭にいたアオイちゃんは、洗濯物を取り込んでいた。

 

「アオイちゃん、有一郎くんが目覚めたよ」

 

 きびきび動く背中にそう言えば、「教えて下さってありがとうございます」と、俺に向かって頭を下げるなり慌ただしく有一郎くんの病室に走っていった。

 

「この子も大変だよなぁ」

 

 誰に言うとでもなくそう溢し、途中まで畳まれていた洗濯物に手を伸ばして代わりに畳む。

 

「最終選別から帰ってきてからずっと身を詰めっぱなしでさ、見ているこっちが息苦しいくらいだよ」

 

 機能回復訓練に使う薬湯の準備や患者たちの食事、洗濯物、掃除、数え上げればきりがない。

 それを大体自分一人でやっているもんだから、アオイちゃんは一体いつ休んでいるんだろう。深夜でもカンテラ着けて何かしらの作業をしているのが目に浮かぶ。

 

 次の洗濯物を手に取れば、それは隊服だった。

 

「………」

 

 二、三拍程見詰める。そして思った。

 多分休めないんだろうなぁって。

 

「………隊服を着てるんだよ、アオイちゃん」

 

 アオイちゃんは最終選別から帰って来てから、木刀を握るだけで息が荒くなり、顔が青褪める。鬼への恐怖を払拭できず、ががんがらじめに縛り上げられているんだ。それなのに鬼殺隊への未練が、いや、あれは引け目だな。鬼が怖いから剣士になれず、鬼へと遭遇する可能性もある隠にもなれず、鬼殺隊への引け目が彼女をあそこまで追い詰めているんだと思う。

 だから休めない。休んでしまったらきっと、自責の念で潰れてしまうから。

 

「いつか前を向いて歩けるようになれるといいなぁ……」

 

 自分を認められなくても受け取められて、心の底から笑って歩ける、そんな未来への希望を声に出し、俺は畳んだ洗濯物が入った籠を持って立ち上がった。

 

 

 庭の陰に咲く一輪の花。そこに止まる紫蜆は、風に吹かれても飛び立つ事は無かった。

 

 

 

 お日さまはまだのぼらない。

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 話はそれから一ヶ月後、鈍った身体を叩き直して常中を習得した有一郎は、無一郎と刀鍛冶の里に訪れていた。

 

「どうもコンニチハ。ワシ、ここで一番えらい人。鉄珍河原鉄珍。よろぴく」

「時透有一郎と申します。よろしくお願いします」

「弟の無一郎と申します。よろしくお願いします」

「いやー似とるなー。双子を見るなんて久々やー」

 

 座布団に座る鉄珍様のひょっとこの口から、ほっほと息が漏れる。

 こっちおいでと手招きされ、無一郎と一緒に長の前に座ると、皺くちゃの固い手で俺たちの顔を撫でまわされた。振り払おうとする手をこらえてじっと我慢。

 しばらくして満足したのか、鉄珍様はようやく手を止めた。

 

「ほな、鉄井戸のとこ行くんやろ? 案内させるわ」

「「ありがとうございます」」

 

 両脇にたくさんの家が立ち並ぶ道。

 一見普通の町並みだけど、異様な程に脇道が多く、一度入ったら抜け出せないようなくねった道がたくさんある。なんでそんな複雑な構造をしているか訪ねてみたら侵入者対策らしい。けれど里の人は全員道が頭に入っているから、迷うことはないんだって。

 他にもあれは? これは? と質問しながら里の人に案内してもらって、あとは真っ直ぐ道を進むだけとなった時、

 

「死ねええぇっっ!!!」

「ごめんなさいっっ!!!」

 

 包丁を構えたひょっとこの男とその人から逃げる隊士が目の前を横切った。

 

「あろうことか奪われただと!!! しかも二本!! 悪いこと言わねぇ今すぐ止まれなるべく痛くぶっ殺してやるるぅぅ!!」

「本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 包丁を両手に携えたひょっとこの男に追いかけられながら、その隊士は通りの向こうへと消えてった。

 悪いこと言わないと言いつつぶっ殺してやるって矛盾してる。

 

「………あれは鋼鐵塚さんですね」

 

 案内してくれた鉄穴森さんが、俺たちの視線を受けて説明してくれた。

 

「聞いたところによれば、あの追いかけられていた隊士、力比べに負けて日輪刀奪われたそうです」

「そうなんですか、でも殺すのは行き過ぎじゃないかと」

「あの人刀への愛情が深すぎて、ああいうふうに暴走することがよくあります。そのせいで剣士さんに嫌われて担当から外されることも多いです。それだから未だに嫁の来手もないんですよねー………あ、では私は戻りますね」

「「あ、はい。ありがとうございました」」

 

 今度こそ別れて鉄井戸さんの家に着く。

 煙管をふかしていた鉄井戸さんから、俺は礼を述べて刀を受け取った。

 

「どうだ? なにか違和感あるか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 鞘から抜いた刀は、変わらず紫に染まり、握り心地もしっくりくる。

 鞘に刀を収めた俺の隣から、無一郎が刀を鞘ごと出して床に置いた。

 

「僕のは刃毀れしてしまって………」

「刃毀れか………うん、この程度なら明日には返せるだろう。明日の夕方くらいにまた来てくれ。ここには温泉があるからゆっくりしていくと良い。色々と効能があるぞ。筋肉痛にも効く」

 

 温泉かぁ………入ってみようかな。

 腰を上げて鞘を差し、俺と無一郎は立ち上がる。

 

「じゃあ俺たちはそろそろ宿に行きます」

「刀、よろしくお願いします」

「ああ、また明日な」

 

 鉄井戸さんに手を振って別れた帰り道、怒鳴り声が聞こえてきた。

 声が聞こえる方へと顔を向ければ、先ほどの二人がいる。

 

「おら木のてっぺんから下りてこい!! 今なら特別に許してやる!!!」

「絶ッッッ対嘘ですよね!!!? ああああごめんなさいごめんなさいやめて包丁を投げないで!!! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 一体いつまでやるつもりなのか。鉄穴森さんの言う通り普通の人より愛が深そうだ。

 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。介入しない方が賢明だと判断し、俺たちはバレないように気配を殺して宿に向かった。

 

 宿に到着してから暫くごろごろし、そのうち飽きはじめて無一郎と部屋の外に出たら、白黒の縦縞羽織をした男隊士が居た。更に隊士の右肩からひょっこり顔を出した白蛇が俺たちを見る。

 

「なんだ? お前らも此処に来てたのか」

 

 男の目の色が金目銀目で、山猫みたいに綺麗なのも相まってびっくりしてしまい、俺はまじまじと見つめてしまった。

 

「久しぶりです伊黒さん。元気でしたか?」

「怪我してるように見えるか?」

「元気なんですね、良かったです」

 

 固まってた俺に気付いた無一郎が、こっそり肘で小突く。そのおかげで我に返った俺は勢いよく頭を下げた。

 

「はじめまして、弟が世話になっております。兄の有一郎です」

「蛇柱、伊黒小芭内。お前の弟は世話をされる程ちゃちな奴じゃないが」

「そうでしたか」

「ところで伊黒さんは何しに里へ?」

「刀関係に決まってるだろ。それ以外でここに来る理由があると思うのか?」

 

 なんかこの人蛇みたいな人だなぁ。ところで首に巻きついている蛇はなに?

 

「俺は新しく刀を打って貰いに来たんだが、まだまだ時間がかかるそうでな、正直暇を持て余してる」

 

 そういうわけで付いてこいと言われ、特に断る理由も無いので伊黒さんと無一郎、俺の三人で宿の外へと出歩いた。道中再び出会った鉄穴森さんに案内を頼み、商店が立ち並ぶ一角にやって来た。

 そのうちのひとつの店先に、串に刺さった動物の形をした飴が飾ってあるのが目に入った。

 

「あ、飴細工やってる」

 

 何の気なしに呟いた言葉に、伊黒さんがなにっ! と声を出した。

 そしてチラチラと名残惜しそうな視線をその店に送る伊黒さん。そんなに行きたいなら行けば良いのに……。

 

「……行きますか?」

「別に俺は行かなくてもいいんだがな、お前らが行きたいなら付いていってやる」

「行きたいです」

 

 無一郎の返事によし、と言うや否や、俺たちより先に踵を返してその店に入っていった。

 

「……なんか変わった人だね」

「うん」

「柱にも変わった人がいるものですねー」

 

 微笑ましげに溜め息を吐いた鉄穴森さんは、何故か少しウキウキした感じで、俺たちに続いて店の暖簾をくぐった。

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、どの動物になさいますか?」

「任せる」

「分かりました」

 

 飴細工は好きだ。見た目も味も、作る過程すらも。

 

 手に取られた飴は、職人の手によってするすると生き物の姿をとり始める。単なる透明な丸い塊だったものが、命を吹き込まれ今にも動き出しそうなものへと変わる。

 

 美しい。

 

 飴細工と同様、俳句も川柳も好きだ。

 美しいものに触れれば、少しは俺の醜さが忘れられるから。

 それは決して忘れられぬ過去。忘れてはいけない過去。俺の過去は今も俺の背中にしがみつき離さない。

 その穢れが美しいものに触れたとき、ほんの少しだけ祓われる気がするんだ。

 

 淀み無く動く手は川の流れのように過ぎ、このひとときも流れ終わった。

 

「はい、白蛇の飴です」

 

 手渡された飴は友人とそっくりで、鏑丸は嬉しそうに尻尾を振った。

 

「君たちは猫と狛犬ね」

 

 無一郎には猫、有一郎には狛犬と、俺の両隣にいた二人に、その女性は手渡した。

 熱いから気を付けてね、と微笑んだ女性は鉄穴森の方に顔を向けた。

 

「あなたはどうしてこちらに?」

「三人を案内してたんですよ。ここに寄ったのは偶然です。でも私は鉛に会えて今幸せです」

「私も嬉しいです……あ、申し遅れました、私、鉄穴森(えん)と申します。この人の妻です」

 

 この人と呼ばれた鉄穴森は、照れたように頭を掻いた。

 

「鉄穴森さん結婚してたんですね」

「そんな見た目はしてないのに」

「いやはや、恥ずかしい……て、今無一郎殿なんて言いました?」

「別段何も。ところで二人のなり初めは?」

「私の一目惚れでして、今は念願叶って夫婦の関係となりました~」

「「わ~おめでとうございます!!」」

 

(恋……か)

 

「おめでたいことだな」

 

 直ぐに祝辞の言葉が出なかった俺を、鏑丸は心配げにチラ、と見つめた。俺の過去と心を知っているからだ。

 

 俺は女が苦手だった。身内の女たちを思い出すから。

 俺が産まれた一族は鬼を崇め、人から盗んだ品物で私腹を肥やす汚い血族で、恥を恥だとは思わない業突く張りで見栄っ張りの醜い一族だった。俺はそんな屑な一族のひとり。

 

「大丈夫だ。案ずるな鏑丸」

 

 幸せそうに惚気ていた鉄穴森のお面は、肌である筈がないのに、不思議と赤みを増したように見えた。

 そう見えるだけで俺は真実を知らない。わからない。この先も一生、屑の俺にはわかることなど無いだろう。

 

 

 

 

 ――俳句と川柳は嗜むのに、俺は短歌は好まない。何故なら、俺という醜い存在に、恋という美しいものを理解することは赦されないのだから。

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 夕日に照らされる山奥には、ポツンと平屋の一軒家が立ち据える。

 その家の主である鉄井戸は黙々と刀を砥いでいた。

 一定間隔で響く刀を研ぐ音が不意に途切れ、代わりに聞こえたのは細々とした荒い息。

 

(まだ、死ぬにははやい……)

 

 手を止めた鉄井戸は、煙管に火を着け深く吸った。吐き出された紫苑の煙が、うっすらとした軌跡を残して霧散する。

 自宅と鍛冶場を兼ねている家はシンと静まり返り、暫く鉄井戸の呼吸音だけが響いた。

 ふい、と煙からずらした視線の先には一振の刀が鎮座していた。それは橙色の蝶を模した鍔に白の鞘。

 

(儂にはまだ、心残りがある)

 

 煙管の先からくゆる煙に、あの()の姿を思い馳せる。

 

(儂は心配だよ)

 

 火男の面から窺える鉄井戸の目は、寂寥と憐憫さの半分ずつの感情を孕んで、鍛き直してから久しい刀を見つめる。

 

(誰が分かってくれようか。お前さんたちのことを、あの()がどれだけ手一杯か)

 

 過去の記憶と現在の姿を、そこへ投影するかのように。

 

 嬉しい時や楽しい時は破顔大笑していたあの娘は、今や春の日差しのような穏やかさで、どこまでも優しく笑うようになった。

 それはまるで、あの娘の姉のそれのようだった。

 姉が眠りに落ちてから、あの娘は変わった。変わってしまった。

 

(どれだけ限り限りと余裕がないか。三年前のあの日から姉が目覚めないことの不安がどれだけか)

 

 あの日からあの娘は血反吐を吐くような修練の果てに、柱の地位まで上りつめた。

 そこまで至るのにどれ程の不安を抱えたか。どれ程の憎悪を噛み潰したか。

 その小さな肩には似合わない大きな荷物を、支えられる人は居なかった。

 

(儂は、あの刀を見ると涙が出てくる)

 

 心の奥底から、魂の全てを懸けて刀を打っていると、刀に着いた感情や記憶が脳に流れ込むことがある。

 刀から流れ込んだ記憶は妹への愛と哀しみと、そして己の無力さに泣いていた。

 

 それを思い出すたびに、目の奥がたまらなく痛くなる。

 

 ――ごぼごぼと鳴る喉。逆流する自らの血に溺れる音。

 

『しのぶ、鬼殺隊を辞めなさい』

 

 妹の薫色の瞳から流れる幾筋の涙が頬を濡らす。

 姉の桜色の唇から溢れる幾筋の血が肌を染める。

 

『普通の女の子の幸せを手に入れてお婆さんになるまで生きて欲しいのよ』

 

 自身の体が氷になったような冷たさで、震える手を抑えることすらできずに妹の頬を撫でる。

 

 そう願ったというのに、妹は賢いが為にすぐに悟った。

 姉が最も恐れていたことを。

 

『姉さん言って!! どんな鬼なの!! どいつにやられたの……!!!』

『………しのぶ』

 

 妹の声が震えるのは姉を失う恐怖からか、それとも鬼への憎悪からか。あるいは覚悟からかもしれない。

 そして姉の声が震えたのは冷たさからくるものではない。死への恐怖からでもない。

 

『カナエ姉さん言ってよ!! お願い!!』

 

 自身の無力さを嘆いていたからだ。

 

 怒りと憎しみで黒々と澱んで、復讐に燃える妹の瞳に映る姉は、泣いていた。

 

 血の気を失った唇が動く。口の端に垂れた血が唇の動きに沿って流れた。

 

『………頭から血を被ったような鬼だった』

 

 

 流れ込んだ記憶と感情に鼻の奥がつんと来て、鼻を啜った。

 

(儂はもう長くはない。命を惜しむ歳ではないが、どうにもお前さんが気がかりじゃ)

 

 煙管からくゆる煙は細々となり、そして亡霊のように夕焼けに染まる空へと消えていった。




 時透さんちの有一郎くん。
 機能回復の反射訓練では、混乱した挙句、自分の顔に薬湯を掛けたことがある。

 時透さんちの無一郎くん。
 しれっと毒を吐く。

 鎹鴉の金子ちゃん。
 蝶屋敷にいる暇そうな隊士には、有一郎の自慢話ばかりして騒いでいた。そのため隊士は見たことない有一郎に詳しくなった。

 伊黒さんちの小芭内さん。
 一目惚れはすぐそこに。次回に続く!
 無一郎と有一郎が飴を半分こにして舐めているのを見て、美しい兄弟愛を感じ、死なないで欲しいと思った。これからもたまに話す。

 刀鍛冶の鉄井戸さん。
 根っこからの職人であるが故、遇に刀に染み付いた記憶と感情が頭に流れ込むことがある。
 多分鋼鐵塚さんもあると思う……そういうことにしよう!!

 鉄穴森さんちの鋼蔵さん。
 本来なら時透殿と呼ぶ筈だが、時透が二人居るので名前で分けている。

 鉄穴森さんちの鉛さん。
 安心安全の捏造でお届け。勿論クーリングオフ可能です。新たに情報が開放されたら書き直す予定です。

 胡蝶さんちのしのぶさん。
 支えてくれる人が居なくても、我事のように応援してくれる家族はいる。家族じゃなくても、その心に寄り添える人は必ずいる。

 胡蝶さんちのカナエさん。
 ……………。



 短歌には恋愛に関するものが沢山あります。きっと伊黒さんは過去の出来事もあって、恋というものは己に相応しく無いと感じていたのではないでしょうか。
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