ダイヤの空、UMAの夏   作:春華ゆが

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流れまでパロったらパクリになりそうなので映画だけ被せてます


正しい約束の仕方

 夏休みの最後の日、俺は一人の少女と出会った。夜のプールで二人きり、ダイヤと名乗る少女には動物のような耳があり、箒のような尾があった。それを見てUMAだと口走った自分は、あながち間違ってもいないだろう。あっという間に時間は過ぎて、目の前で着替えようとする少女を制止しいそいそと先に帰った。

 夏休みは間もなく開けて、学校へ向けて自転車を漕ぐ。まだ暑い。夏休みが終わっても、夏はまだ終わっていないのだと感じる。

 UMAの夏は、始まったばかり。

 

 ダイヤの空

 UMAの夏

 

「おっくれてる────っ!」

 

 始業式を終えて、オカルト部の部室へ行き。昨日会った未確認少女のことを部長に話すか迷った自分は、とりあえずありきたりなUMAの話を振った。その結果が、これだ。

 

「遅れてる! 遅れてるぞ朝田クン! UMAの話はもう夏休みで終わったのだよ!」

「はあ」

 

 部長を仰ぎ見る。芝居がかった動作で眼鏡を直した彼女は、真面目にしていれば文武両道才色兼備といったやつなのだが。ちなみに朝田とは俺の苗字だ。夏休みに二人で動物園に張り込み出禁になるまでUMAを探したことなど、部長にとっては既に忘却の彼方のようだった。

 

「これからの時代は異世界! 別世界! 次元の先にある生命体! いいかい朝田クン、そもそもUMAというのはなんらかの空間の混線によってこちら側に来た遠い宇宙の生き物だったり、はたまた知らない世界線の話だったり」

「ああわかりました部長、つまりはUMAの延長線上としてそういったものを調べろと」

 

 やはり、ダイヤのことが脳裏にチラつく。彼女がこの世界なのか部長の言うような別世界なのかは知らないが、少なくとも普通の人間ではないのは確かだろう。とは言ってもこんなあからさまな好奇の目に他人を晒すのも悪いように思ったので、黙っておく。部長に捕まればただではおかない。

 

「さすが朝田クン、話が早くて助かるよ。もちろん私の方でもこの町にそんな噂がないかというのは調べているんだがね、いかんせん手が足りない! 図書館にあるのは"この話はフィクションです"、ネットにあるのは"この話は文献が示されていません"! とはいえ収穫もあってね、民間伝承によると」

「ああいいです、俺も図書室で調べてきますから」

「いってらっしゃい!」

 

 激励の言葉を背に、いざ。

 図書室で調べたところで部長と大差ない情報しか手に入らないと言われれば、その通りだ。実際のところ、調べようとしたのは別のもの。あの耳と尾を持った少女について、何か見つからないかと思ったのだ。動物図鑑をパラパラとめくり、彼女のそれと同じような形の耳や尾が見つからないか調べる。結論から言えば、すぐに見つかった。あの箒のような尻尾は、馬のそれだ。耳は僅かにしか見ていないから確証は持てないが、こんな感じだった気がする。

 しかし、だからどうした。馬の歴史を遡って、そこに人型があるのを見つけられるのか。そんな馬鹿な話はあるまい。結局それからは無駄に馬に詳しくなるばかりで、馬が人間のように進化する可能性などこれっぽっちも見つからなかった。サラブレッドという品種がかつて僅かに流通したが繁殖が上手くいかず絶滅した、とかそんな記述は見つけても、馬から人間のように手や脚を得た品種についての記述はついぞなかった。気づけば空は少し赤みがかっていて。さて帰ろうか、というところで。

 校門に少しだけ向けた目が、奇妙な人影を捉えた。

 見間違いかもしれない。そもそも彼女の身体的特徴など、その耳と尾しか知らないではないか。あとはあの整った顔と、宝石のような目と、ああ違う、これでは口説き文句を考えているようではないか。顔が赤くなるのを抑えながら校門へと向かう。万が一、億が一。昨日のプールで最後に言った言葉を思い出す。

 

「学校に来れば、また会えるから」

 

 そんなことを軽率に言って、ひょっとして彼女をずっと待たせていたのではないか。そうではないといいなという気持ちと、そうであったら少し嬉しいという邪な心が同時に持ち上がる。間もなく、着く。そうすれば答えはわかるのだから、走り切ってしまおう。

 息を切らして門へと駆け寄ると、そこにいたのはフードを深く被った人型。あの上向きの耳はないし、尾も生えていない。なんだ、杞憂か。安堵したような、少しがっかりしたような気持ちで立ち去ろうとした時だった。

 

「あの」

 

 心臓が弾む。その声には、聞き覚えがあった。まだ、忘れていなかった。

 

「えっと、ダイヤです」

 

 少しだけ、フードをめくって、

 

「言われた通り、来てしまいました」

 

 くすり。悪戯っぽく、ダイヤは笑った。

 

 ◎

 

「昨日ぶり、だね」

「はい」

「ずっと待ってたの?」

「いえ、無理を言うのに時間がかかって」

 

 たどたどしい会話と共に、二人で通学路を歩む。彼女の格好はまさに変装といった感じで、その特徴的な耳も尾も隠されていた。これなら確かに傍目には人間と区別はつかない。

 

「こうすれば、出かけてもいいと」

 

 誰に言われたのかと聞くと、困ったように笑うだけ。言えないことのようだ。

 

「今日は、何の用事で」

 

 質問すると困らせてしまうかもしれないが、これくらいなら聞いてもいいだろう。するとダイヤはしばらく考え込む。明確な理由はなかったのだろうか。

 

「また、楽しいことを教えてもらえないかと思ったんです」

 

 楽しいこと。なんとなくダイヤからは、世間知らずの箱入りお嬢様が初めて町に出てきたような雰囲気を感じられた。なら、子供らしく遊ぶべきだろう。

 

「よし、いいところがあるんだ」

 

 思わず彼女に手を伸ばしてしまう。まずいと思ったが、彼女はそれに躊躇いなく手を伸ばし返す。しっかりと握る手は力強く、こちらからは離せない。

 

「よろしくお願いします」

 

 そうにっこりと微笑むダイヤを否定することなんて、できるわけがない。

 

「ここは」

「映画館だよ、来たことないかなと思って」

 

 少し懐は厳しいが、コーラとポップコーンを食べながらの映画ほどジャンキーな楽しみはないと思う。流石に推定小学生のダイヤにお金を払わせるわけにはいかないので進んで財布を出すと、

「お連れさん本当に小学生ですか?」

 

 ぐっ。その言葉を否定するほどの材料はない。彼女はその、それなりに魅力的な容姿をしているというか、とどのつまり小学生と断言できるかと言うとそうは見えないというか、いやいやでもこの町の中学校に通っていないのだから小学生に決まっているはずだというべきか、

 

「冗談ですよ、中学生までは同料金ですから」

 

 からかわれた。マセた子供のカップルだとでも思われたのだろうか。不甲斐ない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 一人で感情を上下させているところをダイヤに心配されてしまった。

 

「大丈夫だよ、行こう」

 

 チケットを貰い、劇場へ向かう。ポップコーンとコーラも忘れずに。

 

「美味しいです、これ」

 

 ダイヤはぱくぱくとポップコーンを食べている。映画が始まる前から大盛り上がりだ。とはいえ寂れた劇場で、公開終了間近の映画。仮に騒いでも誰も咎めたりはしない。まもなく映画が始まる。横目でダイヤを見ると、大写しの予告映像に目を白黒させている。来てよかったと思った。

 それから先は。何かが映るたびにあれはなんなのか、と聞くダイヤの対応で精一杯で、映画の内容はさっぱり覚えていない。終盤になって静かになったと思ったら、ダイヤは疲れて眠ってしまっていた。こてん、肩に彼女の頭が乗って、フード越しにぴくぴくと動く耳が首筋に当たった。おかげでまるで集中できない。

 映画が終わって暫くの間も、立ち上がれなかった。

 

 ◎

 

「すー、すー」

 

 結局彼女はおいそれとは起きなかったので、無理矢理おんぶして劇場を出る。彼女の柔らかい身体が背中に当たり、どきりとする。女の子は、こんなに軽いのか。初めての経験だった。なんとか近くの公園のベンチにダイヤを寝かせ、ふと時計を見る。映画をまるまる観ただけあって、それなりの時間だった。彼女はどこに帰るのだろう。そんなことを思う。最初に会った時、彼女は言っていた。自分は、どこかに帰りたいのだと。それはきっと、今彼女が住んでいる場所ではないのだろう。もしかしたら本当に異星人や異世界人かもしれない。彼女の耳と尾を思えば、冗談ではないような気がした。

 彼女を元の場所に帰せるだろうか。そんな突拍子もない考えが浮かぶ。場所もやり方も何もわからないのに、そうすればいいような気だけがする。なんでもすると、彼女に誓ったから。子供の約束とはいえ、子供たちにとってはそれは破るべきではないものなのだ。

 

「んっ、くぅ〜……」

 

 そんなことを考えていると、ダイヤが目を覚まして小さく伸びをした。

 

「おはよう、ダイヤ」

「おはようございます……、あっ、そうだ」

 

 ダイヤが何かに気付いた様子で、

 

「まだ、名前。聞いてなかったです」

 

 確かにそうだ、と思った。

 

「朝田。朝田だ。よろしく、ダイヤ」

「あさだ、あさだ。ダイヤと同じ、「だ」ですね」

 

 少し嬉しそうに笑う。釣られてこちらも笑う。

 

「ふふっ、うふふ」

「ははっ」

 

 そのまましばらく、何がおかしいわけでもなく。笑い続けていた。

 

「そろそろ、戻らなくては」

 

 もうこんな時間か。ダイヤはどこへ戻るのだろう。そこには少なくとも楽しいことはあまりないらしい。辛く、ないのだろうか。

 

「大丈夫です、ダイヤは大丈夫です」

 

 そんなこちらの不安に気付いたのか、ダイヤは繰り返す。

 

「……また、会ってもいいですか?」

「ああ、また会おう。約束だ」

 

 そう言うと、彼女は少し考えて小指を出す。

 

「たしか、こう」

 

 正しい。しっかりした約束なら、指切りは欠かせない。指を交差させ、組み合わせ。上下に振って、名残惜しむように。お互いの帰路に着く。

 夏休みが終わって、1日。まだ夜は蒸し暑く、フードを被った彼女の指は僅かに汗ばんでいた。彼女がフードを外せる場所が、どこかにあることを願う。

 UMAの夏は終わらない。

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