ダイヤの空、UMAの夏   作:春華ゆが

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ラブレターと原チャリの盗み方が前後してます


ファンレター

 UMA探しに費やされた夏休みの終わり、俺はダイヤと名乗る少女に出会った。彼女には不思議な耳があり、尾があった。少しばかり世間知らずで、まるでこの世の存在とは思えないダイヤ。けれど彼女は確かな人格と感覚を持ってここに存在する。

 あるいは彼女は本物のUMAかもしれない。この世界とは違うところから来たのかもしれない。彼女と一緒に泳いだり、映画館に行ったり。それは楽しいけれど、もし彼女に帰るべき場所があるのなら。彼女の故郷を見つけ出したいと、思った。

 

 ダイヤの空

 UMAの夏

 

 ダイヤと次に会った時は、彼女の正体について聞かなければ。今まで彼女はなんとなくそれについて口にするのを避けているような気がしたが、それはまだ自分が信頼されていないということかもしれない。

 とはいえ彼女が今どこにいるのかについては見当もつかず、ただまた学校へと訪ねてくるのを待つばかり。俺はすっかりそちらへ意識を取られ、学校生活にいまいち身が入らない。宿題が終わらないのもあって、まだ夏休みの中にいる気分だ。

 

「はぁー……」

 

 今日は日曜日。それだと言うのに俺は学校に来て、宿題の補習をやらされている。自業自得と言えばそうだし、文句は言えないが。勉強が手につかないまま外を見る。ダイヤは、来ていないだろうか。彼女は俺と会ってとても楽しかったと言っていた。それは少なからず嬉しい言葉だけれど、同時に普段の彼女を心配せざるを得ない言動でもある。

 彼女は普段どこでどんな生活をしているのだろう? これまでの彼女の発言を踏まえると、なんだかあまり愉快な場所には住んでいなさそうだ。外出にも許可がいるし、楽しいことはあまりないと言う。箱入りのお嬢様……とはちょっと違うのだろうか。とにかく、彼女にはまだ謎が多い。直接聞けるなら聞きたいが、なんだかそんな簡単なことでもない気がする。

 一瞥、また一瞥。何度も窓の外を見るのでついに教師に怒られる。しばらく廊下で立ってろと言われて、大人しく従おうとした時だった。

 突如、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

 ◎

 

 サイレン? 警報? なんの? 数少ない落ちこぼれの集う教室は騒然となり、いきなりお祭り騒ぎだ。教師の注意などお構いなしで、次々に外へ出ていく。着いていくべきなのだろうか。とはいえ教室には誰もいなくなったので、出ていくしかない。サイレンの発信源はそこら中のスピーカーで、これが何かしらの異常事態なのは確かだった。

 校庭へ出る。誰も避難マニュアル通りに校庭に集まったりはしておらず、一応出て来ては元の教室に戻るか、どさくさ紛れに帰るか。どうやら先生方からしてもなんのサイレンかわからず、指示を飛ばせないらしい。例えばこの警報は宇宙人の侵略だったりしないだろうか。百歩譲ってその訓練ならあり得るだろうか。自分は仮にもオカルト部の人間なので、そう言った突拍子もない想像に身を委ねる。

 もしもこれが地球侵略への迎撃合図だとしたら、きっとその人たちは誰にも知られず戦っているはずだ。この警報は町中の特殊隊員を招集するためのもので、後になれば機械の誤作動やら何やらで片付けられる。しかしそうなるのは彼らが無事に地球を守り切った時のみ。頑張れ、名も知らぬ人々よ。

 ……と、はっきり言って暇だったので妄想に思考を委ね、校庭の真ん中に突っ立っていた。サイレンの音がまるで熱っぽい音楽のように感じられ、否応なしにテンションが上がる。ああ、ここで自分だけがこの警報の真実に気づいたことで、なんやかんやが起こらないだろうか。なんて。

 

「朝田さん!」

 

 朝田というのは自分の苗字なので、自分が呼ばれたことになる。現実に意識を戻し、声のする方向へ振り向く。そのつもりだった。

 身体が宙に浮かぶ感覚。何が起こったのか分からなかった。目を回し、ただただ狼狽える。

 

「……ダイヤ?」

「……こっち、です!」

 

 信じられない光景だった。ダイヤがいる。それだけではない。彼女は俺を抱き抱え、軽々と走り出した。その背丈からはあり得ないほどの力。自分が紙のように軽くなったのかと錯覚する。学校を出ると、ここでも人々は警報にばかり注意を向けているようだった。だが、すぐにこちらに目を奪われる。

 走っていた。自転車よりも、あるいは自動車よりも速いのではないかという速度で、ダイヤは走っていた。その顔は怯えるようで、どこかを目指して走っていた。

 

 ◎

 

「……ここ、です」

 

 到達したのは、古いシェルター。かつて世界の終わりがまことしやかに囁かれていた時、この町にもシェルターが何個か建てられた。けれど当然のように終末は来ず、こうして打ち捨てられている。

「ん……しょ!」

 

 ダイヤが力尽くでシェルターの扉を開ける。彼女の力は計り知れなかった。今までの彼女からは考えられない能力で、すこし恐ろしささえ感じてしまう。けれど、その想像を振り払う。その顔が、儚くひたむきな表情を浮かべていたから。彼女はやはり、今まで見て来たダイヤなのだ。

 

「もう、これで。大丈夫、です」

 

 シェルターに入ると、息を切らしてダイヤが言う。

「……ダイヤ」

 

 見れば、彼女は。

 泣いていた。

 

「……すみません。あの日、あの日を思い出してしまって」

 

 ダイヤはぽつぽつと語り始める。彼女の過去を、少しだけ。限りまで。

 

「ダイヤは眠っていました。サイレンが鳴って、ダイヤは目を覚ましました。……サイレンに追われて走っているうちに、何も思い出せないことに気づきました。ここはどこなのか、自分は何者だったのか。何故かはわからないけれど、サイレンから逃げないといけない気がしました。それは恐ろしいもののように感じました。……そうして、あの人たちに助けてもらいました」

「……あの人たち?」

「……ダイヤにも、わからないけれど。その人たちはダイヤのことを知っていた。だから、今も保護してもらっています。私は、人間ではないらしいので」

 

 人間ではない。それは確かにそうかもしれないけれど、その言葉を飲み込むのに抵抗があった。

 

「今回のサイレンは、いったい何なんだろう」

 

 ダイヤなら知っているだろうか。

 

「多分、これ。です」

 

 そう言って、ダイヤは一つの封筒を取り出した。

 

「これを見つけて。見覚えはないけれど、この宛名書きは私の字でした。だから、手に取ったら、そうしたら」

 

 ダイヤの目から、溢れんばかりの涙が出てくる。

 

「サイレンが鳴りました。怖くなりました。自分は悪いことをしてしまったのだと思いました。みんなはダイヤを守ってくれているのに、それを裏切ったと思いました」

「でも」

 

 それはダイヤのものだ。自分自身の筆跡なら、それはダイヤが持っていて良いと思った。

 

「きっとダイヤが持っていてはいけなかったんです。きっとこれは大事な文書で、ダイヤのために隠していたんです、それなのに」

 

 泣きじゃくる彼女の背中をゆっくり撫でる。彼女は自分の存在が保証されるのかどうかが心配でならないのかもしれない。彼女を保護した人間の意図はわからないけれど、自分はその人たちの代わりにはなれないのだろう。俺にできるのは寄り添うことだけだ。

 

「……その手紙、見せてよ」

 

 嫌ならいいよ、と付け足す。彼女は少し迷って、封筒を手渡した。

 

「……えーと、"マックイーンさん、がんばってください"……これは、ファンレター、かな?」

 

 マックイーン。外国人だろうか。その名を聞いたダイヤの耳が少し揺れる。

 

「……なんでしょう、懐かしい響き。確かに、懐かしいです」

 

 ダイヤの顔がわずかに明るくなる。それならやはり、これはダイヤのものだ。

 

「この手紙、返しちゃうのか?」

「……はい。そのつもり、です」

「なら、写真に撮っておくよ。ほらダイヤ、手紙を持って」

 

 ダイヤがその手紙を持った写真があれば、いつでもこれは彼女のものだと確かめられる。

 

「きっとこれは、大事なものだから」

「……ありがとう、ございます」

 

 ぱしゃり。携帯で写真を撮った。彼女の涙は乾いたように見えた。

「では、そろそろ」

 

 まだサイレンは鳴っている。彼女は携帯を取り出し、どこかに電話した。するとサイレンはあっという間に消えた。

 

「やっぱり、ダイヤだったみたいです。ご迷惑をおかけしました」

 

 ぺこり。彼女の謎はますます深まる。

 

「すぐあの人たちが来ますから、帰ったほうがいいです」

 

 ダイヤのその言い方は、突き放すようだったけど。

 

「……ダイヤ」

 

 彼女の優しさだと思った。彼女もなんとなくわかっている。自分を保護した存在の得体の知れなさを。そこに巻き込まないようにという判断なのだろう。

 

「またな」

「……はい、また」

 

 それ以上の未来を語ることは、今の俺にはできなかった。

 

 ◎

 

 サイレンは誤作動だったとスピーカーが喋ったので、町は落ち着きを取り戻していた。けれど、自分は知っている。このサイレンは紛れもなく一人の少女が起こしたもので、彼女は不思議な力さえ持っていた。現実にはあり得ないことを想像するのは楽しいけれど、それが現実に起こってしまった場合。自分は想像するように、活躍できるのだろうか?

 ダイヤの存在がとても遠くなってしまったように感じた。彼女を知っているのは自分だけのように思っていたけれど、彼女は巨大なナニカのそばにいるようだった。それが幸せなのだろうか。いや、そんなはずはない。彼女を怯えさせ、彼女を閉じ込めている。きっと、このままでは良くないのだ。

 それは騎士気取りのドン・キホーテによる幻想か。彼女を守る騎士にでもなったつもりか。この町中に警報を鳴らせるほどの力がある存在が、そんな一枚岩だとでも思うのか。冷静な自分は何度も釘を刺す。けれど、信じたいものが一つある。ダイヤの笑顔は、楽しいという感情は。自分に生み出せるらしいということだ。

 暦上の夏は過ぎた。けれど、その暑さは変わらない。ダイヤとの出会いは、まだ続く。

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