家出娘のなつき度が上がった。通い妻に進化した。 作:夜桜さくら
〈 12月11日 〉
冬は時間が止まっている。
空気は冷たく、体は委縮し、あらゆるものはにぶくなる。
秋の気配は遠ざかり、冬の温度が、世界の動きを止めようとする。
さて、そんな寒い冬であるからこそ、温かいものは、ひと際おいしい。
お鍋、おでん、シチュー、ポトフ、うどんなど……。
それから、あたたかいお茶、あたたかい紅茶、ホット珈琲、ホットカルピス、ホット日本酒……そしてホットココア。
体がぽかぽかする。ほっとする。安心する。
そういう、穏やかな心を、あたたかい飲み物というのは与えてくれる。
「ココア、そっち持っていきますね」
「ありがとー」
キッチンからひょこ、と顔を出したのは、彼の家に頻繁に訪れるようになった少女、
オフホワイトのセーターにジーンズといった、外着でありつつも、少しラフな格好をしている。
少女が本日この家にやってきた理由は、特に、ない。
しいていうなら、ココアを飲みに来たとか。のんびりしに来たとか。映画を見に来たとか。そんな理由になるのだろう。
そんな理由で、訪れるようになっていた。
「はい、お待たせしましたー」
少女は二人ぶんのマグカップを、コトリ、とテーブルの上に置く。
マグカップの中には、ホットココアが満ちていた。ミルクブラウンが、ほかほかと湯気をあげている。
少女は彼のほうにココアをススス……と差し出して。彼をジッと見て、そんな少女に彼は苦笑して、少女のいれたココアを口に運ぶ。
「……おー。ミルクとココアの比率が完璧だ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「天才」
「ふふ。褒めてもなにもでませんよ」
真魚の言葉はフラットであったが、唇の端は緩んでいて、まんざらでもない様子であった。
実際のところ、少女の淹れるココアはおいしい。一番最初に淹れたココアはダマも多く口あたりが良いとは言えなかったが、いまではなめらかなココアを淹れるようになっている。
真魚がこの家を訪れる頻度は、週に一回から二回になっていて。
その度、この家に訪れるたびに、少女はココアを淹れている。
だから自然と、上手に丁寧に、優しい味に仕上げることができるようになっていた。
「今日は何を観るんですか?」
「何が見たい?」
「なんでもいいです。合わせます」
「じゃあずっと見たかったやつ」
「はい」
また、少女がこの家に来た際は、映像作品を見ることが常だった。
アニメ、映画、ドラマ。
動画の配信サイトにある色々なものを、観て、聴いて、共有する。
もともとは沈黙が気にならないとか。話題にもなるとか、そんな理由で流しはじめたものだったが。
なかなかどうして、一緒に映像作品を眺める時間は、比較的、穏やかで心地いい。
だから、映像作品──……音声を流し、それを共有することが常だった。
時刻は、午後の15時。
外は明るく、室内も、明かりをつけているため明るい。
壁紙はクリーム色、カーテンは黒色、テーブルはガラス。明るい色と、暗い色。どちらかに偏るでもなく、どちらもこの部屋には存在していた。
そして、モニターからは音声が流れる。
エフェクト、環境音、台詞、BGM。
その音声を受け止める彼らは、無言。だが、無音ではない。呼吸音や衣擦れなどといった、わずかな所作で生まれた音は、身に纏っている。
そんな無音ではないが無言の彼らはというと、映画の内容に集中してはいなかった。
モニターを見てはいるし、耳も傾けている。けれど食い入るように画面を見ているわけではなく、別のことに、気をそらしていた。
ずっと前から聞きたかったことが
あるんですけど
大したことじゃないんですが、
この家マグカップたくさんある
じゃないですか
集めるの好きなんですか?
ありがとうございます
5個くらいありません?
趣味じゃないんですか
真魚の口から、ふふ、と声が漏れる。
小さな笑みをかみ殺すような、映画の音でかき消されてしまうような、小さな音。
そう、彼らが映画の片手間によく見ているのは、スマートフォンだった。お互いに、メッセージを送り合いつつ、映画を見る。
おうち映画と、映画館映画の一番大きな差はやはり、こういうところに存在する。
ながら見。
映画館で映画を見ているときに、スマートフォンなんて取り出したら折檻ものだが、家でそれをして咎めるものはいない。ゆえに、映画館ではできないこと、というニュアンスでおうち映画ならではの楽しみ方の一つと言える。
リアルタイムで、誰かと感想を言い合ったり、単純に家事など別のことをしたり。そういうことは、おうちで映画を垂れ流しているときにしかできないことだ。
映画を楽しんでいないわけではなくて、ただ単に、別の楽しみに並行で触れている状態。
これなんてタイトルでしたっけ
わ~
ホラーすきですね
画面では主人公の女性が刃物で殺されたところだった。
殺されて。誕生日の当日の朝に戻って、また殺されて、また誕生日当日の朝に戻る話。死を媒介にした、ループ作品。
映像の中で人が死ぬのを見ながら、千夜はココアを飲む。温かい。もうしばらくすれば冷めるだろう。
映像の中で人を死ぬのを見ながら、真魚は「ぅゎぁ……」とクッションを抱きしめる。
ホラー。このジャンルの物語が苦手なひとほど、映画館より、おうちで鑑賞するほうがよいだろう。
目を背けることが比較的容易だし、それこそ先述したように、気を紛らわせるように別のことをすることもできる。
少女は、クッションを片手で抱えつつ、空いた手でスマートフォンをぽちぽちと操作する。
話だいぶ戻しますけど
小池さんって、誕生日いつなんで
すか?
4か月前くらいですかね…?
どこに戻ったんだろう……4か月前……8月……? などと千夜は首をひねる。
えぇ…?
なにをどうしたら殺害予告になる
んですか?
えぇ…?
YES! という鯨のスタンプが真魚から千夜へとおくられる。
よく覚えてますね
何月ですか?
終わってるじゃないですか…
しょんもりした顔で、少女は小さく息を吐く。
もうすぐ、という話ならプレゼントとかもいいな、と思っていたのだ。
真魚はそのままカレンダーアプリを開いて、じーっと眺める。今日は12月11日。6日しか経っていない。むむ、と思案顔。
少し悩んだ後に、スタンプを一つ。
『お誕生日おめでとう~!』とキャラクターがかわいらしく言っているスタンプだった。
6日過ぎてますけど
そう一言コメントも添えて、真魚は体二つぶんほど間を空けた、となりを見る。
ちら、ちら。
千夜が真魚のほうに目線をやり、視線が絡むと、あわてて画面を見に戻る。画面の中ではまた主人公が死んでいた。
彼は、ふ、と笑みをこぼし、少女に倣うように『ありがとう!』とスタンプを返す。
続けて、彼も手持ちのスタンプで、『HAPPY BIRTHDAY!』のスタンプをおくる。
ありがとうございます。
少しぬるくなったココアを飲んで、やわらかな停滞に身をゆだねる。
彼らの過ごす空間は、すごく落ち着いていた。
冬の停止。時間の停滞。少し気持ちが溶けるような、心の奥底に封じられているような。
夏が浮かされるものなら、冬は沈むものなのかもしれない。けれどその沈んだ場所が、必ずしも居心地の悪い場所とは限らない。
空調。飲み物。同じ空間にいる人。
それらの要因によって、その空間の居心地の良さというものは、変わってくる。
彼らのいる空間が居心地が良いのか悪いのか。その答えは、先のやり取りで心に生まれた、心の温度の通りだった。
淡くて、つかみどころがない、あたたかい色。
そしてそんな彼らの心象とは裏腹に、画面の中では、また主人公が死んでいた。
けれど死を繰り返しながら、話は前へと向かっていく。
ですね
タイトルとはだいぶ受ける印象が
違います
ギャグ…
というかミステリーかもですね
面白いですねこれ
なぜ死んでいるのか、犯人は誰なのか。
それが謎なまま話が進んでいっていて、どのように話が運ぶのかわからない。
どきどきわくわく。
時折、推理や純粋な感想を互いに投げ合いながら、鑑賞を続ける。
そして、物語は終盤へ。
もとより1時間30分の映画。特筆して長いわけではない。
集中して見るようになれば、クライマックスが近づいていけば、時間はあっという間にとけていく。
エンドロール。
「うむ……」
「今日結構な頻度で『うむ』って言ってますね」
「突発的な口調のブームってたまにあるだろう?」
「えぇ……? 特には……」
「なるほどね」
応答をしつつ、「んー……」と真魚は伸びをする。
ずっと似たような姿勢でいて、少し疲れたようだった。
「ホラーってこういうのあるんですね。なんか思ったより内容が明るくてびっくりしました。いや、人は死んでるんですけどね」
「ね。バッドエンドとかも綺麗で完成してるけど、こういうエンディングも、やっぱりいいよね。なんていうの、一流のバッドエンドより二流のハッピーエンドのほうがいいみたいな」
「これは一流のハッピーエンドじゃないですか?」
「それはそう」
「面白かったですね、これ」
「続きあるらしいし、また今度見よう」
「えっこれの続きあるんですか? なにやるんですか? もう話終わってません?」
「さぁ……? まぁでもこれ以上ないくらいの終わり方だったね」
えぇ~~、と真魚は少し難色を示したような反応をしている。
完成したところに手を加えるのは、少し気持ちが悪い。
その気持ちは千夜にもわかるので、素直に同意する。
「でもまぁ、見てみたら面白いかもしれないし。変な先入観で、本当は良いものを良くないものとしてしまうのも……と思ったりもする」
「それはまぁ……そうですね」
「だからまた今度──なんならいまから再生してもいいけど」
現在時刻は16時を過ぎたころ。
仮に1時間休憩しても、17時。そこから2を再生した場合は、18時半に終わる計算になる。
「私はどっちでもいいですけど……。映画見てたら、ご飯はだいぶ遅くなっちゃうかもですね」
「まぁ……桶内さんの帰りあんまり遅くしてもあれだしね」
今日は夕食まで一緒にして、そのあと少女は帰宅する予定になっていた。
だからあんまりスケジュールを後に後にと押していくのは、あまり少女としては、嬉しくないのだろう。
少女は、ホッとしたように、小さく息をつく。
そんな少女を彼が見ていると、はにかむように笑う。
「というか私、あんまり料理が得意とは言えないので、ちょっと時間がほしくて」
「普通に上手いと思うけどな」
「……いえ、まだまだです。がんばります。おいしく作ります」
むん、と拳を握る少女を横目に、彼はなんだかなぁと思っていた。
今日の夕食は、少女が作ることになっていた。彼と少女のぶん、二人前。
だから少女は、そのための時間がちゃんとほしいと思っていて。彼は、なんだか悪い気がするなぁと思っていた。
少女が、この家で家事をやりたがるようになったのは、いつからだろう。
合鍵を渡した後から、ちょこちょこ、掃除をさせてほしいとか洗濯をさせてほしいとか料理をさせてほしいと、そんなことを言うようになった。
ただ、代償行為としてしようと言うなら、別にしなくていいと、彼も言い切れたのだけれど。
「……料理、楽しい?」
「はいっ」
「それはよかった」
目をここまでキラキラされると、止めるほうが間違っているように思える。
いわく、家で料理をする機会がほとんどないから、楽しいのだとか。
「そういえば小池さんって、ふわとろオムライスのほうがいいですか? 固めのほうが好きとかあります?」
「……? オムライスを家庭で作るのに、ふわとろという選択肢が……?」
「ちょっとやってみたくて。上手くできるかわかんないですけど……」
「やってみたいならやるしかない。まぁ、ぼくはどっちでも好きだし。それに、家でふわとろ仕上げできたら楽しいし、いいと思う」
「やった。じゃあやります」
「うむ……」
「ネットで『失敗しない作り方』とか見てると、いける気がするんですよね」
「わかる。まぁがんばってくれ」
「がんばります」
同じソファに腰かけて、体二つぶんほどの距離を空けて、談笑する。
「まぁ……とはいえ、まだ準備するにも早いだろうし、のんびりしていこう」
「はい。……ココアとかお代わりします?」
「んー、飲んでもいいけど、お腹たぷたぷになってしまうしな。夕飯が入らなくなってしまう」
「じゃあやめておきましょう」
「うむ……」
「とりあえずマグカップ洗っちゃいますね」
「あー、あとでやっとくよ。置いといてくれれば」
「洗っちゃいますね」
「……まぁいいけど」
るんるん、と弾むような足取りで、少女は髪を揺らしてキッチンへ。
間取りの関係上、ソファに座っていても、キッチンの様子を見ることができる。
セーターの袖をまくって、蛇口をひねって、水と食器、それから手が触れる音が響いて……と、そんな様子がうかがえる。
ここ最近よく見るようになった、他人が自分の家にいる光景。
「………………」
幾ばくかして、洗い物を終えた少女が、居間のソファへと戻ってくる。
ぽふん、とお尻を沈めて、クッションを抱えて、「ふふ」と笑う。
「ありがとう」
「どういたしまして。何かしてほしいことがあったら何でも言ってくださいね。可能な限り、がんばります」
「いま何でもするって──」
「言いました」
「じゃあ、今晩映画見ない? オンラインでさ」
「……オンライン?」
「ほら、画面共有とか。それこそアマプラならウォッチパーティとかできるし、オンラインで映画の同時視聴しつつチャットするみたいなの、そういうのもちょっと面白いかなーって、ふと思ったりした」
「……」
少女は、目をぱちくりと瞬き、口もとに触れながら考える。
なんでもすると言った手前、別に断るつもりはなかったが、お願いの内容が。
そもそも本当に何かを言われるとは露にも思っていなかったため、少女は驚いていた。
「私は別に……はい。別にいいんですけど、いいんですか?」
「いや……ぼくのほうにダメな理由は別にないんだけど。そっちに私用のパソコンとかタブレットないなら、ちょっと厳しいかなと思って。スマホでもいいけど、チャットとかやるなら画面小さすぎるし」
「それは別に。お古のiPad持ってるので」
「おっけー完璧だ」
少女はやや困惑しつつ、髪をくるくると弄ぶ。
そう、困惑していた。
その理由は明白で、何でも言うことを聞く──、と冗談交じりに言ったものの、本当に何かを言われるとは思ってなかったから。
彼が少女に何かを要求するのは、珍しい。プライベートな時間に踏み込むのであれば尚更に。
珍しいというより、初めてかもしれなかった。だから、驚いた。
「……いやほら、普通に、シリーズものなら、せっかくだし一緒に見たいし。でも毎日毎日うちに来てもらうのも難しいだろうし、そういうのもありかなーって」
「今日の奴の続きってことですよね? いつでも──、あっでも、うちで登録してあるのアマプラくらいなので、他のサブスクだと無理かもです」
「大丈夫大丈夫。世の中、Amazonプライムを信じてさえいれば強く生きていけるから」
「なら安心ですね」
「うむ……」
「いつにします? 別に今日でも私は全然いいですけど。明日休みですし」
「奇遇だね。ぼくも実は明日休みなんだよ」
「いいですね」
「じゃあ今日の──」
そんな、約束をした。
今日の深夜、0時に、今日見た映画の続編を一緒に見ようと。
そういう予定を立てた。立てて。立てたから、そこで一息。
呼吸をして、笑みを浮かべて。
そんなぬくもりと共に、時間が動いていく。
「……でもあれですね。話変わりますけど、誕生日お祝いできなかったの、ちょっと残念です。ケーキとか食べました?」
「……あー」
「?」
「ケーキは、食べてないかな……」
「あ、そうなんですね。甘いの好きって言ってたから、食べてるかなって思ってました」
「んー……」
「……?」
バツの悪そうな顔で、彼はうなる。
少女は、何か変なこと聞いたかな、と首を傾げる。
「とりあえず、『嘘をついたつもりはなかった』という前置きをしつつ、話をしてもいい?」
「はぁ……。どうぞ」
「誕生日、12月5日じゃないんだよね」
「あれ?」
「いや確かに5日だと思われる感じのこと言ったんだけど、あのときは『5がつくのお揃いだな』くらいのニュアンスで言ってて、誕生日祝ってもらった手前、否定するのもなぁと思ってたりして……」
「へー……。5がつくのはお揃いで……12月なのはほんとなんですよね? てなると、15か25ですか?」
「25のほう」
「クリスマスじゃないですか」
「Yes」
「キリスト」
「の聖誕祭」
「クリスマスが誕生日って、そりゃそういう人がいるのは当たり前なんですけど、なんだか不思議な感じですね」
「うむ……。クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントがまとめられることに定評がある素敵な生まれだよ」
「あぁ……やっぱりそういうものなんですね……」
「別に今となっては、さして気にしてもないけど」
「そういうものですか」
「そういうものです」
少女は話しつつ、スマートフォンでカレンダーを見ていた。
今日が、12月11日。25日まで、14日。ちょうど丸々二週間。
二週先ということはつまり、土曜日ということで、普通に考えれば休日ということだった。
「……ちょっと考えたんですけど」
「うん」
「小池さんって彼女とかいるんですか?」
「どっちだと思う? ぼくはいないと思ってる」
「小池さんがいないと思ってるのにいたら、もうそれはホラーなんですよね」
「怖いね」
「いないんですよね?」
「いないね」
年頃の少女を平然と家にあげたり、合鍵を渡している時点で、恋人の類はいないことは窺えていた。
けれど、本人の口からハッキリと聞いたのはこれが初めてで、少女は納得をしつつ、『それならば』と考えていた。
「友達と会ったりとか、そういうのはどうなんです?」
「いや特に……? ご飯誘われたりする可能性もなくはないだろうけど……ここ数年そんなのなかったし、今年もない気がする。クリスマスっていうか忘年会はどっかであるかもだけど、まぁクリスマスにそれねじ込まれることはないだろうし……」
「もしかして、クリスマスに暇あったりします?」
「あったりしますね」
「……」
真魚は、考える。考えていた。考えた。
やりたいこと、望む形は脳裏に描かれていて。だけど実現するためには、他人の時間をもらう必要があって──と、そんなことを考えていた。
だけど。
そういう話をするなら、もう前々から、彼の時間をもらっている。
心理的抵抗を理由にするなら、合鍵をもらったときに、返すなりなんなりをしておけばよくって。
でもそれをしなかったのは。今もあまり、そういう選択を取る気にはなれないのは。
「……えっとじゃあ……プレゼントだけ当日渡したいので、ちょっとだけお時間いただいてもいいですか?」
「いいけど」
「ではそういうことで」
そして、また一つ約束をした。
約束。次につながる言葉の形。
今晩は、一緒に映画を見る。クリスマスには、プレゼントを渡す。
そういう‟次”があるから、期待をする。安心する。あぁ、私はここにいてもいいんだ、と思える。
「そろそろ、おゆはんの支度はじめますね」
「おっけー。何を──」
「何もしなくていいので、座って待っててくださいね」
「はい」
少女は、心底嬉しそうに、笑みを浮かべた。
月の光のような、自分だけでは照らせない、優しい明かり。
誰かがいるから輝ける、そんな笑みを伴って、少女はキッチンへ。
「~~♪」
そんなこんなで、彼らは同じ時間を共に過ごした。
真魚の作るオムライスが案の定ふわとろ仕上がりにならなかったり。それはそれで楽しかったり。次どうする、なんて話をしたりして。
最後には人通りの多いところまで送る、という名目で夜の散歩に興じたり。
別れた後も、各々の家で一人になって、けれどインターネット上で繋がって、一緒に映画を見たり。
そして感想を言い合ったり。
今日何をしていたか、ということを言い表そうとするだけで、原稿用紙が複数枚必要になるような、そんな時間。
冬の冷たい空気の中では、他人の温度がより鮮明で。
彼らは、そうして、同じ時間を過ごしていた。