家出娘のなつき度が上がった。通い妻に進化した。 作:夜桜さくら
〈 12月25日 〉
クリスマス。
イエス・キリストの降誕祭であるわけだが、恋人を持たない一人暮らしの社会人からすると、これといってなんてことはない日である。
平日なら、ただ普通に仕事をする日でしかないからだ。
事実昨年は平日だったため、
けれど今年は休日だった。
12月25日、土曜日。24日は仕事だったが、今日はお休み。
だからというわけではないが、彼は今日外出をしていた。
もともとは特に予定もなく、休日だからといって特に例年と変わらない日を過ごすつもりだったのだが。
──プレゼントだけ当日渡したいので、ちょっとだけお時間いただいてもいいですか?
千夜は、真魚の言葉を思い出していた。
つい先日、空いている時間を尋ねられたので、『17時以降ならいつでも』と返信した。『では17時ごろ伺います』と言われたので、17時には自宅にいなければならない。
さて、プレゼントを渡すと言われているのだから、こちらも渡さねば無作法というものだろう。
これを考えたとき、色々と思うところがある。
Q. いまどきの女の子が喜ぶものってなんですか?
A. さぁ……?
どうせ渡すなら喜んでもらいたいし、と思いつつ、なんだかんだ先週は忙しくて当日になるまで何も用意することができていない現状だった。
そんなわけで、クリスマス当日、千夜は近場のショッピングモールに訪れていた。
モールというだけあって大きく、専門店も色々と入っている。一日ぶらつきつつ色々見ていれば、なにかは見つかるんじゃないかなぁ……という楽観思考である。
時刻は13:00。
家に帰るまでざっくり1時間として、16時までの3時間でプレゼントを選定する必要がある。
楽勝では? と思いつつ、それでもやっぱり色々悩んでいると3時間くらいはあっという間である気がする。
事実として彼がモールを訪れたのは11時ごろで、軽食をはさんだのを考慮してもすでに1時間は見て回っている。
しかし現状まったく候補には巡り合えていない。
最終的には無難な消え物にはなるだろうが……と、思いつつ、彼は通路を歩く。
すると、先方に、見知った顔を見かけた。
ぽかん、と開いた口。桜色の唇。夜色の髪。あどけない表情。
白いダッフルコートに青いセーター、黒のスカート。
夜と海の映える少女、
思わず足を止めてしまって、向こうも足を止めて、ばったりと視線が合う。
予想の外だったというのと、プレゼントを贈る相手との出逢いというのもあり、思考が混乱。
お互いに、つい停まってしまった。
「あら、お知り合いですの?」
そんな沈黙を破ったのは、真魚の隣にいた女の子だった。
明るく染まったミルクティーブラウンの髪を、サイドテールにまとめた女の子。
真魚と千夜を交互にしげしげと眺め、ははーん、とニヤニヤしていた。
「もしかしなくても、真魚ちゃんの──」
「わーっ、わーっ!」
「むぐ。まだ何も言ってませんわ」
「絶対ロクなこと言わないでしょ!」
「そんなことありませんのに……」
ぎゃー、と威嚇するように真魚は友人の肩を揺らし、肩を掴まれた女の子は、ぐわんぐわんとされるがままに遊ばれていた。
そして、ぽかん、とその様を眺めていた千夜と友人の女の子との目が合う。
「あら、すいません。わたくしとしたことが申し遅れましたわね。
「あぁ、ご丁寧にどうも。えーと、
すごい口調をしている割に、名前はすごく普通だな……と千夜は思っていた。
礼はにっこりと笑みを浮かべ、ずずい、と千夜との距離を詰める。それを見て真魚は、ぎょぎょ、と動揺していた。
「真魚ちゃんから色々話は伺っております」
「えっ。そ、そうですか。……不躾ながら、何を聴いてるんです?」
「あら、わたくしのような小娘に敬語なんて不要ですわ。聞いた内容は……そうですわね。……悪い内容ではないとだけ」
礼は笑みを浮かべながらウインクをする。
千夜も真魚も、そんな礼に動揺を隠せてはいなかった。
真魚は、あわわ、と慌てふためいている。
「べ、別に悪いことはなにも言ってませんからねっ。最近お世話になってる方がいるとかそういうのですっ」
「えぇ……? いやそれはそれでどうなんだ……?」
いったい何を聞いているのか、と千夜は身構える。
27歳の男性と17歳の少女というだけでも、なにかと邪推をしたくなる要素しかない。
なにを聞いてもよろしくない方向の認識にしかならなそうだが……良いところだけを言えば、好意的になるのは当たり前なのかもしれなかった。
「ところで、小池さんもお買い物ですの?」
「そうだね」
「もしよろしければですが、ご一緒しませんこと? そのほうが楽しそうですわ」
「え?」
「礼ちゃん?!」
礼は飄々としており、千夜と真魚は唖然としていた。
「両手に花ですわよ。いまならセット価格でお買い得です」
「いや売り物じゃないんだから」
「まぁいいではありませんか。それともなんです? 嫌とおっしゃいます?」
「ものすごく解答しづらいことを聞くね。まぁ、嫌ではないです」
「では、示談は成立ということですわね」
「……」
いいの? と千夜は真魚に視線を送る。
真魚は、ゆるゆると小さく首を振って、『よくない』という熱を込めて礼を見つめた。
「では行きますわよ~」
想いは通じなかったらしい。
真魚と千夜は顔を見合わせ、先行する礼の後ろを着いていくのだった。
礼の先導に従いつつ、彼らはウィンドウショッピングに勤しんでいた。
本来の目的は“プレゼント選び”であるが、渡す当人が目の前にいる以上、それを行うことは少々難しい。
……そう、実のところ、千夜だけでなく真魚もまだプレゼントを用意してはいなかった。
理由は端的に言うと、以下の通りである。
Q. 10歳年上の男の人が喜ぶものってなんですか?
A. さぁ……?
そんなわけで、
意識、と言っても色めいたものではなく、ただ単に「選びづらいなぁ」というどちらかというとマイナスの感情である。
ゆえに、ウィンドウショッピングとなる。
主目的となる行為に手を出せない以上、色々な品物を見て、「わぁ~」とすることしかできない。
「小池さんは、好きな色とかございます?」
「言うほどこだわりはないけど、白とか黒とか青とか、寒色系かモノトーンカラーあたり?」
「ちなみに真魚ちゃんは青ですのよ」
「あー、ぽいね」
「ちなみに礼ちゃんはオレンジですよ」
「なるほどね」
きゃぴきゃぴと品物を見ている女の子二人から一歩離れ、千夜も陳列棚を眺めていた。
彼が眺めているのは、陶器製の箸置き。色々な種類が置いてあって、可愛らしいお猫さまの形状をしていたり、犬の形状をしていたり、焼き魚の形状をしていたりしていた。
魚。海。鯨。
青。
彼は、真魚の好きなものを連想ゲーム的に、考えていた。
真魚は真魚で、モノトーン……? と思いつつ、小さな猫のぬいぐるみを手に取っていたりした。白色。ふわふわで可愛らしく、真魚の好みであった。自分の好みだった。
ちらり、と真魚は千夜へと視線を向ける。
彼はぼんやりと、陳列棚を見つめていた。
そしてそんな真魚を、なんとも言えない気持ちで、礼は見ていた。
「わぁ、それ可愛いですわね! 猫さんっ」
「ねこさん~。ねこさんはいつも可愛いね」
「……小池さんはどう思われます? やっぱり殿方は、こういうものには興味がないのでしょうか」
ん? と千夜は真魚が手にしているぬいぐるみに目をやる。
「んー、そうでもないんじゃないかな。男の部屋には似合わないからあれだけど、ぼくは普通に好きだしね」
「別に殿方の部屋に似合わないとか、そんなこともないとは思いますが」
「それはまぁ……。確かに一つくらいぬいぐるみとかがあったら、部屋がちょっと明るい感じになるかもしれないし」
「ですわね。可愛らしくていいと思いますわ」
ところで真魚は、千夜のことはあまりよく知らない。
まださして長い付き合いでないというのもそうだし、好みであるとか、そういうことにはあまり触れてこなかった。
ホラーが好きであることや映画が好きなこと、食べ物や飲み物の好みの傾向はなんとなく知っているし、なんならどういうときに困った顔をするとかどういうときに裏の無い笑みを浮かべるかもなんとなくわかっているし、言動の癖もなんとなくわかってきてはいるのだが、やはりまだ知らないことが多かった。
けれど真魚は、礼のことはよく知っていたから、この短時間で何を意図しているのかを、理解した。
「礼ちゃん、ちょっと」
「はい?」
ちょいちょい、と真魚は棚の陰に手招きする。
そして、千夜には聞こえないように、ささやく。
「好み聞き出そうとしてる?」
「まぁ、そうですわね。……余計なおせっかいでしたか?」
「気持ちは嬉しいけど……ううん……うーん……」
ひそひそ、ひそひそ。
「『どうせなら喜んでもらいたいから』──と、そうおっしゃっていたでしょう? ちょっとでも聞き出せたら御の字ですわ。わたくし、別に図々しい女だと思われても構いませんし」
「礼ちゃんは図々しくなんてないよ」
「まぁそれはともかく。……構いませんこと?」
真魚は逡巡したのち、こくり、とうなずいた。
そして二人は物陰からひょこりと戻り、千夜が視線を送っていることに気付いた。
真魚は、あせあせ、と千夜に近づいていく。
「も、もしかして聞こえてましたか?」
「え、いや別に。なにか話してるなーと見てただけ」
「ならいいんですけど」
「うん」
別にないがしろにしていたわけでも邪魔に思ってるわけではないです、と言わんばかりの表情をする真魚。
それを見て、わかってるよ、と言わんばかりの笑みを浮かべる千夜。
そんな二人を、礼は興味深く眺めた後、ずずい、と会話に割り込む。
「ふふん。実は真魚ちゃんと、次に行くお店の話をしていたのですわっ」
「あぁそうなの。というか、君ら今日なにしに来たの?」
「えぇ、実は書籍を買いにきましたの。わたくしたちは冬休みに入るので、家で読む本がほしいという話をしていたのです」
「あーいいね。じゃあ行く?」
「えぇ」
そうして、三人は移動をする。
「礼ちゃん礼ちゃん、私別に本を買う予定とかないんだけど」
「わたくしもありませんが……。ついノリで……」
「えぇ……」
千夜の前を行き、またも、ひそひそ、と言葉を交わす二人。
彼は少しの疎外感を抱きつつ、『この展開本当になんなんだろう。何故一緒にいる……?』と改めて疑問を感じていた。
そして本屋へと赴いた。
雑誌、小説、漫画、参考書など様々な文書が置いてある。
千夜は入店して早々に、「ちょっと新刊みてくる」と二人から離れた。
そんな彼を眺めて、少女二人は、言葉を交わす。真魚は少し困ったように、礼はなんでもないように。
「どうしよう礼ちゃん。私ほしい本特にないんだけど、何も買わないと不自然な流れな気がする……」
「普通に店頭で見て、電子で買うつもりだった──とかでいいのではないですか?」
「礼ちゃん頭いい……」
「この世でもっとも賢いのはわたくしですからね」
えへん、と胸を張る礼に、真魚はささやかな拍手をおくる。
「さて、ではわたくしは、あの人の口をつるつるに滑らせる仕事へと取り掛かります。真魚ちゃんは少し時間をつぶしててくださいます?」
「え。私いちゃだめなの?」
「そうですね……。今日使用予定の術式は、真魚ちゃんが……というか人目があると少し使いづらいので……」
「私以外にも、大勢お客さんいるけど……」
「それはいいんです」
「はぁ……左様ですか……。じゃあちょっと時間潰してくるね……」
「申し訳ありませんわね」
真魚は少し逡巡した後、雑誌コーナーへと向かう。
そして華麗なトークで真魚を遠ざけ、礼は千夜がいるであろう本棚の向こうへと歩みを進める。
千夜がいたのは、いかにも桃色な空気のする恋愛小説をまとめたコーナーだった。
ぶっちゃけサシで千夜と話してみたかった礼は、これ幸いと話しかける。
「あら、ごきげんよう。……恋愛小説を嗜まれるんですの?」
「まぁ、たまにはと思ってね。君もかな?」
「まぁそんなところです。女の子は皆、恋のお話が好きですわ」
「なるほどね」
主語が大きいな、と思いつつ、彼はうなずく。
「てなると桶内さんも、恋愛もの好きだったりするのかな」
「えぇ。好きですわよ。真魚ちゃんはロマンチストですし……。そうそう、なのでそれこそ、花とか宝石とかをプレゼントしたりするとかなり喜ぶと思いますわ」
「……」
「あら、もしかしてもう何か用意してらっしゃいます? それか何も渡さないつもりだったとかでしょうか」
「あぁいや別に。ただそういうのは把握してるんだなと思っただけです」
「色々聞いていると言ったとは思いますが」
「まぁ……」
プレゼント、という単語を出そうと思うと、経緯を知っていないと無理だろう。
なんだか気恥ずかしいなと思いつつ、女の子だな……などと彼は思った。
しかし花はともかくとして、宝石はなかなか頭がおかしい。
「色々聞いてるなら色々知ってるんだろうけど、あの子とぼくが仲良くなるの、止めようとか思ったりしないの? 客観的に、ぼくはそこそこ怪しいと思うんだけど」
「思います」
「……思うんだ」
「正確に言うならば……自分の目で見てないひとを、丸きり信用するのは馬鹿ではないですか? 別にあなた個人がどうという話ではなく、わたくしの価値観の問題なので、そこはお気になさらないでください」
「別に気にしてないよ。そりゃそうだ」
「だからというわけではないのですが……個人的に少しお伺いしたいことがありまして、だから少し強引に着いてきていただいたのですが……。お時間いいですか?」
「いいけど……。つまり桶内さん抜きでって話?」
「そういうことです」
「いいよ。場所変えようか」
一緒に買い物を──、その台詞の真意に、ようやく彼は得心した。
そして、二人は書店から出る。
真魚に気付かれないように、悟られぬように、場所を移動した。
数多の本棚が死角になり、特定の人の目を避けるのに、書店という場所は都合がよかった。
少しだけ離れた場所にある椅子のところに、腰かけて、「さて」と会話をはじめる。
「……聞きたいことって?」
「そうですね……。真魚ちゃんを放置してる真っ最中なので手短に聞かせていただきますが……真魚ちゃんが悩んでること、何かご存知だったりしますか?」
「悩み?」
「8月の頭くらいからでしょうか。何かと思いつめてるようで……最近はそうでもないのですが……」
「あぁ……」
これまた、納得した。
聞きたかったことというのは、そこか、と。
夏。夜。海。月。
少女と初めて逢った日のことは、よく覚えている。何か思いつめているような、悲しみを海にとかすようなあの振る舞いを。
「真魚ちゃんの話だと、あなたと初めて会った時期と、真魚ちゃんの様子がおかしくなり始めた時期が重なっていていまして……。何か知ってたりしないでしょうか」
「……んー」
時期が重なっている、というのは彼にとって初耳であった。
だから礼は、千夜が直接関与する何がしかがあって、それで真魚にも何かあったのだろう、とそんなことを思っているのだろう。
だけどそうではなくて、彼は純然たる部外者で、真魚と出会ったのはただの偶然だった。
おそらく、根本的な原因は家族で、父親なのだろうと思う。
これまで真魚と接してきた中で、なんとなく、そこまでは察しがついていた。
「とりあえずぼくは無関係というか、なんか傷心中のあの子に偶然会っただけだから、細かい経緯とか何も知らないんだ。ごめんね」
「そう、ですか……。わかりましたわ。ありがとうございます。わざわざこんな話に付き合っていただいて。ご迷惑でしたでしょうに」
「いやいいよ別に。……心配するのわかるんだよね。結構……なんか、大丈夫なのかなってなる。あんまり他人に泣きついたり甘えたりしないタイプに見えるし……」
「そうなんですよねぇ……。一回直接聞いたんですけど、『大丈夫だから』の一言で終わりましたわ」
「結局何か干渉するにしても、会話の主導権持ってるのは向こうだからなぁ」
「ですよねぇ……」
「うむ……」
ふぅ、とため息を一つ。
他人の悩みにふれて、サパッと解決することができるなら、人間関係で悩むことなんてそう多くはない。
どうにもならないから悩むし、苦しいし、愛おしい。他人というのは、そういうものだから。
「そろそろ戻りましょうか。真魚ちゃんが探してるかもしれませんし」
「そうだね」
そうして立ち上がって、書店へと戻るために、歩き始める。
「……でも、ちょっと安心した。君くらい真剣に心配してくれる友達がいるなら、まぁ大丈夫な気もするな」
「それはこっちの台詞ですわ。……なんというか、真魚ちゃんの居場所になってくれてありがとうございます。……やっぱり同年代だと頼りないのか、とか色々思うところもありますが……頼れるところが一つあれば、人間強く生きていけるものですしね」
「まぁなんか知らないけど、結構懐かれてる感じはある」
「いいことですわね」
「いいことかなぁ」
「いいことです」
喧噪の中に声と気配を混ぜ込みつつ、千夜と礼は、書店へと戻った。
パッと周囲を見渡しても真魚の姿は見えない。おそらくはまだ店内をぶらつくか何かしているのだろうと思われた。
「真魚ちゃん、どこにいるのかしら」
「向こうかな」
「かもですわね」
店内の端のほう、雑誌類が置いてあるスペース。
目に映る範囲にはいないので、可能性として色濃く浮かび上がってきたスペース。
すすす、と二人はそちらのほうへ移動をして──真魚はすぐに見つかった。
どうやら雑誌を見ているらしい。じーっと、熱を持って、目を落としている。
彼は足を止めて、礼は『何を見ているのかしら』と後ろから、ひょこりとのぞき込む。
「あら、お料理ですの」
「! ……礼ちゃん、と小池さんも」
彼の位置からはよく見えないが、真魚が見ていたのは料理についての雑誌であるらしかった。
真魚はあわてて棚に戻して、二人に向き合う。
「えぇと……二人はもういい感じ、ですか? 私を待ってた、のかな?」
「待つというほど待ってないですが……まぁめぼしい本もなかったのでいいかなと思いました。真魚ちゃんは何か買って帰ります?」
「ううん、いい。……小池さんは?」
「ぼくも別に……」
「映像派ですもんね」
「まぁ……」
ふふ、と真魚は微笑みつつ、じゃあ次に行こう、と店外へと歩みを進めた。
結局本を買うと最初に言っていたにも関わらず冷やかすだけで終わってしまったが、元々大した目的があって来たわけではなかったため、自然な流れと言える。
そんなわけで、よくわからない時間を過ごした三人は、礼の「これからコスメでも見に行こうかと思っていますが、どうしましょう。殿方は興味ないでしょうし……」という遠まわしな『解散しません?』という言葉によって、二人と一人に戻った。
そしてようやく、当初の目的通りに双方が動きはじめ、──時刻は17時になった。
他人について考えること。気持ちを込めるということ。想いを交換するということ。
プレゼント交換というのは、言い方を変えれば気持ちの交換に等しく、それはある種、視方を変えれば儀式の一つといってもいい。
一方的では成り立たず、双方向であるから成り立つ、心を通わす儀式。
気安い契約である場合もあるだろう。だが重い場合もあるだろう。
重きを厭う場合は、いわゆる消え物をプレゼントに選ぶことが多いかもしれない。
逆に想いの質量のみを重視するなら、指輪や衣類などの残るものを選ぶかもしれない。
何を選ぶかは人それぞれ。
どんな気持ちを込めるのかも、人それぞれ。
ゆえに、自然と交わされる契約の形も、人それぞれと言える。
さて、時刻は17時を少し過ぎたころ。
日は沈み、夜闇が世界を覆いはじめている。いかにクリスマスといえど、やはり一人暮らしだともの寂しいものだ。家にツリーもなく、イルミネーションとも縁がなく、せいぜいがチキンとケーキがあるくらい。
そのチキンとケーキも、一人で食べるだけ。
真魚が夕飯を一緒にするというならまた別の話だったかもしれないが、今日はそうではない。ただただ、プレゼントを渡すだけ、ほんの少しの間時間を共有するという、ただそれだけ。
そういう重すぎない約束だったから、訪れること自体には思うところは少なくて。
ピン、ポーン。
ベルが鳴る。来客の知らせ。
扉が開く。開いて、開いた瞬間、隔絶した相手が、身近な相手になる。
「やあ、いらっしゃい。メリークリスマス」
「……えと、ハッピーバースデー? こんばんは」
「ありがとう。あがってあがって」
「お邪魔します。……ココアですか?」
「うん、そう。外寒かっただろう」
「ありがとうございます」
彼の部屋に入って真魚が真っ先に感じたのは、ココアの香り高さだった。
自然と頬が緩む香り。心が安らぐ香り。
自分が来るのに合わせて用意してくれていたんだな、ということも容易にわかって──その心遣いが、嬉しかった。
一か月前か二か月前なら、申し訳ないとだけ思っていただろう。
けれど今はそうではない。
そうではなくなりつつあるから、真魚はいま、ここにいる。
「クリスマス、あの子と予定とかあったりしないの?」
「礼ちゃんですか? ありますよ。この後おゆはんご一緒させていただいて、そのままお泊り会です」
「なるほどね」
テーブルに二人分のホットココアを置き、千夜は座り込む。
真魚は勝手知ったようにコートを脱いで掛けて、彼の近くに、同じように座り込む。
「あったかいですね」
「うん。ぼくはやっぱり、冬場のココアが一番好きだな」
「わかります。私も好きです」
少女はかじかんだ手をあたためながら、はー、と身震いをする。
「すぐ出ていく感じ?」
「あぁいえ。うーんと……30分くらいは平気です」
「そ」
「すいません、こんな時間に。小池さんのおゆはん前には帰ります」
「まぁそっちの時間都合に合わせてくれればいいよ。どうせ暇だし」
「ならいいんですけど……。チキンとか買いました?」
「一応ね」
まったり。のんびり。ゆるやかな会話のテンポ。
けれどそんな時間も長くは続かない。
今日は時間の制限があるというのもあるし……やはり、どういう風に話を切り出すか、というのは少し悩むものがある。
なんでもないように、さらっと。
それができるなら理想なのだろうが……いろいろと考えてしまうと、それもまた、難しい。
「……ところで小池さんって、シーズンに合わせて映画とか見ないんですか?」
「……? というと?」
「クリスマスにクリスマスっぽい映画見たりみたいなことです」
「あー、あんまりない。あんまりそういうの意識したことないかな。そっちは? 結構意識する?」
「多少は。クリスマスにクリスマスの映画見れるのは、年に一回だけですしね」
「期間限定の罠」
「はい……」
「でも一理ある」
「ですよね」
ココアの入ったマグカップを両手で持ちながら、ふふ、と少女は笑みを深める。
そして息を吹きかけつつ、ココアを飲む。
もう慣れ親しんだ味だった。温かかった。おいしかった。
「あったか……」
「どうやらココアの魔力に魅入られたようだな」
「参りました……」
「うむ。……というわけで、こっちのターンからはじめます。ドロー。クリスマスプレゼントを召喚」
「えっえっ。では私からも、こちらをどうぞ……!」
真魚はあわてて、手元のかばんから、一つの包みを取り出す。
千夜が出したプレゼントと、真魚が出したプレゼントが、一体ずつフィールドに揃った。
彼の出した包みが手のひらより少し大きいくらい。少女の出した包みは、手のひらにはもう収まらないくらい。
「結構大きいな……」
「いえ……色々考えはしたんですけど……まぁはい……。お気には召さないかもですが……」
「まぁそこはお互いさまということで。……開けていい?」
「どうぞどうぞ。えと、私も開けていいですか……?」
「どうぞどうぞ」
千夜は、ふんふふん、と口ずさみながら丁寧に包装を剥がしていく。
「プレゼント交換ってだけで楽しくなってきちゃうな」
「それはよかったです。……というか、小池さんも用意してくださってるとは……」
「思わなかった?」
「いえ、まぁ、はい。……正直小池さんはなにかくださる人だろうとは思ってました……」
「ぼくのことをよくわかっている。──と、おお。バームクーヘン……!」
「はい。ええと、普段口にされてるものからしてもアレルギーとかはないとは思ったのと、日持ちもするので……」
「いいね。賢い」
バームクーヘン。お祝いの席でも出されることの多い、縁起のいい菓子だった。
真魚にそのような知識はなかったが、本人も言うように、アレルギーなどのリスクを考慮しなくてよいことや日持ちすること……それからココアにもまぁ合うだろうというような理由で選んだものだった。
「小池さんのは、これ……金平糖ですか?」
「そうそう。ギフト用のやつ。かわいいし綺麗だなと思って」
「ありがとうございます。瓶もかわいいですね……」
「そうそう。インテリアにも──みたいな謳い文句で売ってた。実際かなりきれいで好き。最悪観賞用として楽しめるし、こういうデザインは、桶内さんも好きかなって」
「はい。嬉しいです」
わー、と目を輝かせる真魚に、彼はほっと一安心する。
言わないことはわかりきってはいたが、しょーもない、などと言われることを想像すると、やはり怖いものはあった。
そんなわけでプレゼント交換もひと段落し、また穏やかな時間が戻──、りはしなかった。
少女はちらちらと時計を見たり、彼の顔を見たり、手元に目を落としたりと、せわしない様子だった。
どうしたのかな、と彼は思いつつ、ココアを飲みながらバームクーヘンへと思いをはせる。
夕飯をまだ食べていないのでバームクーヘンに心を奪われていた。お腹が空いている。
「あのですね」
少しの沈黙のあと、先に口を開いたのは真魚だった。
緊張をしているのか、目が泳いでいる。あわわ、と動揺もしているようだった。
「ほんとにいらないかもなんですけど。ええと、お守りとしての意味もあるので、よかったら家に飾るだけでも、とか」
コトリ、と包みを一つ、机の上に。
なんでもないように渡せれば、気軽でいい。なんでもないように渡せれば、気負わせる必要もないし、重くない。
理性はそう言っているが、そう上手くは運ばない。
けれど想いがこもっているものは自然と重くて正解で、だからきっと、この渡し方も正解なのだろう。
「じゃあぼくからも、もう一個」
「えっ」
「はいどうぞ。二度目のプレゼント交換だ」
「えっ」
戸惑う少女に、彼は微笑みながら、手渡しで一つの包みを渡す。
重きには重きを、少し照れ臭そうに頬をかきつつ、彼にとっての重いものを、贈る。
「これは……まぁ正直、渡すか渡さないかはだいぶ迷ってたんだけどさ」
「……開けてもいいですか?」
「いいよ。こっちも開けていい?」
「はい」
プレゼント交換、二回戦。
千夜に贈られたのは、オニキスのブレスレット。オニキス、漆黒の石。魔除け、邪なるものを遠ざけるお守り。
真魚に贈られたのは、エプロン。家庭的。家にいる人。家事をする誰か、の象徴。
それぞれがどういう意味をもってこれらを選んだのか。
重い。重たく。重くとも。
だからこそ、心の奥に届くものも、ある。
「! ……あのこれ、この家に置いててもいいですか?」
「いいよ」
わぁ、と嬉しそうにエプロンを見つめる真魚から、彼は照れ臭そうに目を外す。
そして千夜も、オニキスブレスレットを、手首に通す。黒い石が、ずっしりと重みを伝えてくる。少女は、エプロンを抱えながらその様子をこれまた気恥ずかしそうに見つめていた。
繰り返しになるが、何がしかの想いが込められているものは、やはり少し重いものだ。
気持ち悪いだとか。意味が分からないとか。怖いとか。
そんな風に思われても仕方がない。
ただそれでも「たぶんこの人はそんなことを言わない」と信じているから、想いのこもったものは贈ることができる。
「ありがとう。かなり嬉しい」
「あの、いえっ。……よかったです」
てれてれ、と真魚はほんのり頬を染める。
千夜は千夜で、嘘偽りなく、本当に喜んでいた。好意の証明。関係性にもよるが、プレゼントというのはそういう側面を持つ。
「ところで、二つあるのって誕生日とクリスマスみたいなこと?」
「そうです。……ぇと、小池さんが二つ用意してたのは……?」
「あぁ同じ同じ。せっかくだし、ほんとに四か月越しにはなるけど、まぁ別にお祝いはお祝いだしいいかなと思って」
「……ありがとうございます」
「こちらこそ、わざわざありがとう」
そんなこんなで、クリスマスプレゼント──それから誕生日プレゼントの交換という、想いを双方に受け渡す儀式は無事に終わった。
バームクーヘンを選んだ理由。金平糖を選んだ理由。
オニキスを選んだ理由。エプロンを選んだ理由。
それぞれの思惑があって、だけどその気持ちの方向は同じ色をしていて。
冬の夜。ゆるやかな時間。
ココアを飲んで、プレゼントを交換したあたたかい時間。
未だに関係性をあらわす言葉を持たない彼らは、けれど、お互いの存在を、より色濃く感じつつあった。