家出娘のなつき度が上がった。通い妻に進化した。 作:夜桜さくら
〈 2月13日 〉
チョコレートの日。彼らの暮らすこの国が、一年で最も、甘い香りに包まれる日。
バレンタインデー。Valentine's Day。
……その前日の、13日。
バレンタインデーこと2月14日は、月曜日である。つまり13日、今日は日曜日である。
そんな日、真魚は、ひとの家のキッチンにいた。
時刻は、約15時。
いつも通り──と言っていいほど習慣化してきた映像鑑賞。そのお供になる飲み物を生成した真魚は、マグカップにそれを注ぎ、居間へと運んだ。
「今日は何見るんですか?」
「そっちは? 何か見たいのとか」
「んー。なんでもいいです」
「言うと思った」
どれにしようかな、と千夜は動画配信サービスを開いて、候補を選んでいた。
コト、と真魚は、いつも通りマグカップを置く。
相変わらずマイリストやおすすめに出てくる作品はホラーばかりで、彼の趣味嗜好が、傍からでもありありと感じ取れる。
「どうぞ」
「ありがと」
マグカップが二つ。
中には、いつも通りの、ミルクブラウンの温かな液体。
映画を物色する彼が、ながら作業のように、画面を注視しながら、ごく自然な動きでマグカップを口に運ぶ。運ぼうとして、何かを疑問に感じたのか、くんくんと香りを嗅ぐ。そして、ズ、と一口。
その様を、真魚はドキドキしつつ、穴が開きそうなほど、じ~~っと見ていた。
「あ」
一口嚥下した彼が、つぶやくように、言葉をもらした。
何かに気付いたような、けれど確信を持てないような。
もう一口、ゆっくりと味わって……千夜は、パッと、顔を真魚のほうに向ける。
その表情には光があって、ほころんでいて──、つまりはそう、誰が見ても嬉しそうだった。
「これもしかして、チョコレート?」
「はい」
「あー……そう。そうか、バレンタイン……?」
「はい。……の、前日ですけど、明日は月曜日ですし……今日のほうが渡しやすいかなって思って」
「なるほどなるほど。不意打ちだったな。すごい嬉しい。ありがとう」
チョコレートと、ココアは似ている。
そもそも一体何が違うのか。何も見ずに、チョコレートとココアの違いを答えろと言われて、解答できるひとは一体どれくらいいるだろうか。
きっとそう多くはないはずで、実際チョコレートとココアは、色も見た目も香りも味わいも、やはり似ている。
だからもしかしたら、気付いてもらえないかも──と。
気付いてもらえないなら、それはそれで、まぁ仕方ないかな、と。
面と向かってラッピングをしたチョコレートを渡す勇気はとてもなくて、だからいつもと変わらない形で、誰よりも早く渡せたらいいなと思っていた。
そんな乙女心が叶って、真魚は、やんわりと微笑む。
「ホットチョコはじめて飲んだ気がする……」
「そうなんですか」
「うむ……。ココアと似てるけど、やっぱなんか違うね。おいしい。ホットチョコのほうが……まろやか……? かな」
「語彙力が試されますね」
「まぁ、おいしいということだけわかってればいい気もする。いいね。甘くなくしたんだ?」
「そっちのほうが好きかなって思ったので。ビターなホットチョコレートです」
「いいね」
千夜は普段、ココアを無糖で飲む。
子どもの好きなココアという飲み物から、砂糖を抜いて、少し大人向けに。
それを真魚も知っていたから、いつも彼が飲んでいるのと同じように、ビターな仕上がりに。
ビターとは言っても、ミルクはたくさん入っているから、口当たりはまろやかで。
そういうところが、やっぱり少し、子ども向け。
大人も子どもも、みんなが美味しく飲める。ホットココアとホットチョコ。それを彼は愛していて、それを好む彼のことを、少女は好ましく思っていた。
「バレンタインとかあんまり意識してなかったな。そうか、もうそんな時期か」
「ですです」
真魚は座椅子に腰をあずけて、少し恥ずかしげに縮こまって。
少女は、「ふー。ふー」と冷ましつつ、自分用のホットチョコレートを飲む。
うん。……甘くなくて、おいしい。
少女は小さく微笑んで、ちらりと、彼のほうを盗み見るように視線をおくる。
「千夜さんって、職場でチョコレートとかもらわないんですか?」
「なくはないよ。同僚とかがくれたり、上司ちゃんが差し入れにくれたりすることもあるし」
「義理ですか?」
「義理義理。よその会社は知らないけど、うちの会社で社内恋愛してるの聞いたこと……なくもないけど……ぼくの周りではまぁないかな」
「へ~」
「そっちは? 社会人より、そういうのは学生のほうがホットでしょ」
「まぁ……明日は大なり小なり色めき立つとは思いますけど。私は礼ちゃんに友チョコあげるくらいですかね。……男の子にあげる予定は、特に」
「じゃあ男でもらえるの、ぼくくらいか。光栄だな」
「……まぁ、はい」
露骨な特別扱い。
少し勇気を出して、あなただけですよ、と伝えて。
それで微笑んでもらえるのは、嬉しいような、ちょっと余裕ぶってるのが寂しいような。
「学校どう?」
「話題の振り方が驚くほど雑ですね。まぁ楽しいですよ、受験がなければ」
「受験は強敵だからな……」
「実際のところ、社会人の千夜さんからして、勉強……例えば数学とかって大事なんですか?」
「え、うん。うん……? いや……うん……」
「……?」
「学生に『なくても困らないとは思う』とはとても言いづらくて困ってしまった」
「つまり、なくても困らないんですね?」
「なんだろうな……。選択肢を広げるってのは大事だとは思うんだよ。いま高二の終わりだと思うけど、来年から高校三年生。高三になってから、例えば科学者になりたい! ってなったとしたら、やっぱりそれまでに蓄積がないとしんどいだろうし……みたいな」
「あぁはい。それは、そうですね」
「まぁ基本的な学力はあったほうが絶対いいけどさ。数学とか特にそうで、電卓とか叩けばいいとは言っても、正しい計算式を導けないとその時点で詰みだし」
「あぁ~……」
「いや、実際多いんだよ。そういう──……。と、危ない。仕事の話になってしまいそうになった」
「別に話してくれてもいいですけど。というか、ちょっと聞きたいです」
「そう? まぁ社会人の話面と向かって聞くことなんてあんまりないし、有りっちゃ有りなのかな」
「ですね」
2月13日。2月の中旬。
彼らがはじめて会ったのは、7月の末で。
出会ってから、半年以上が経っていた。
人が仲良くなるために必要なのは、時間と時間濃度、それから人としての相性。
仮に一目惚れ同士だったとしても、それは“仲が良い”というには語弊があるであろうし、付き合いだけ長くとも嫌いな相手というのは当然存在している。ゆえに、時間を共有し、お互いを尊重し合う程度の好意があってはじめて、仲が良いと言える。
年を越す前であったら、プライベートの話などしなかっただろう。
ただの初対面同士からのスタートであったならともかく、彼らの出会いの形は、少しばかり特殊だった。だから関係性の積み上げ方も、少しズレていて。
実際仕事の話や学校の話、お互いのプライベートに突っ込んだ会話というのはほとんどしたことがなく……それはつまり、ようやく彼らが、ごく普通に仲が良いと言える段階までに至っているということだった。
「ところで、何も見ないんですか?」
「あーうん。どうしよっかな。ホットチョコに魅了されて忘れてた」
「……」
「せっかくだし、バレンタインっぽいの見ようか。まんま『バレンタインデー』ってタイトルのやつとかあるよ。どう?」
「安直すぎません?」
「正直、真魚さんが好きなタイプの作品をあんまり知らないから知りたいというのはあるよね。何が見たい?」
「ずるい聞き方ですね……」
ふふ、とマグカップを口に運びながら、真魚は苦笑する。
好きとか、嫌いとか。
そういうものは、誰にだってある。
真魚はいつも、千夜が選んだ千夜の見るものを、一緒に見ている。
そこに少女の“好き”も“嫌い”も介在していない。彼の好きなものを好きに思うか嫌いに思うか、彼の嫌いなものを好きと思うか嫌いに思うか。
「正直いいですか?」
「どうぞ」
「あんまり映画見ないので、好きとか嫌いとか、あんまりよくわからないんですよね」
「あー。確かに、映画って若干空気独特だもんね」
「そうそう。そうなんですよ。アプリで漫画とかはよく見るんですけど……」
漫画や小説、映画。
それらはすべて、口当たりが異なる。
恋愛、という大きな括りで見たとしても、漫画でそれを見るのと小説でそれを見るのと映画でそれを見るのとでは、まったく評価が異なる。
恋愛小説を好きな人が、恋愛映画を好きとは限らない。
それはその作品を作っている国・レーベルなどの違いもあるし、映画という短い尺と長編化しやすい漫画とでは、物語構成が異なるというところでもある。
「じゃあなおさら、一回いろんなの見てみるほうがいいね」
「……そう、なるんですかね?」
「ならないかもしれない」
真魚は「んー」と少し悩んで。
「じゃあ、その『バレンタインデー』で。恋愛ドラマとか映画はあんまり見ないんですけど、恋愛主体の漫画とかは好きなんですよね」
「あいあい」
そうして再生開始された、『バレンタインデー』。
2月14日、一年で最もロマンチックな日を描いた映画。
舞台は日本ではないから、女性から男性へ──という日本の形式とはだいぶ異なっていて。
愛の形・結末というのは、十人十色なもので。
結婚50年を過ぎてなお愛し合う夫婦。バレンタイン当日にプロポーズをした/されたカップル。バレンタインに出張になった男性と、それを見送る女性。小学生の男の子と、小学校の女性教師。飛行機で偶然隣り合わせただけの、男性と女性。
夫婦間の秘密ってどうなんで
しょうね
まあそんなこともありますか
まあ…
ですよね…
彼らはメッセージを送り合いながら、映画を見ていた。
結婚50年を過ぎてなお愛し合う夫婦、実はずっと前に一度浮気をしていたり。バレンタイン当日にプロポーズをされた女性は、その直後に荷物をまとめて家を出て行ってしまったり。バレンタインに出張になった男性と、それを見送る女性──実は女性は浮気相手で、男性は既婚者だったり。小学生の男の子と、小学校の女性教師、小学生の男の子は先生に恋をしていたり。飛行機で偶然隣り合わせただけの男性と女性が、ごく普通な距離感で仲良くなっていったり。
そんな、様々な人の、バレンタインデーの過ごし方。結婚への考え方。愛の伝え方。愛しているということ。
そしてエンドロールを迎えて、千夜はマグカップに残ったホットチョコレートを、名残惜しみつつ飲み干した。
真魚はというと、少し微妙な顔をしていた。
千夜の目から見て、映画のクオリティ自体はそれなりで、なかなかに面白いなというところだった。
しかし、浮気や寝取り、嘘といった不誠実なことが作中にやや多く、正直・誠実を尊ぶ少女には合わない部分があったのもまた事実だった。
「どうだった?」
「普通に面白かったですよ。浮気の決着とかスカッとする仕上がりでしたし、バットか何かでハートのオブジェ破壊するシーンとか最高でしたね」
「あそこよかったなぁ。手を叩いちゃった」
「ね」
ただまぁ、と少女は一つ付け加える。
「なんというか……我が家も若干家庭内が……。みたいなところはあるので、ちょっと考えちゃったところはありますね」
「あぁ……感情移入しちゃうやつ……」
「ですねぇ。まぁ、それはともかくとして、あの飛行機に乗ってた女性の──」
なんでもないような顔で家の話をして、なんでもないように映画の話に戻る。
「──という感じで。あの二人の周辺は終始穏やか〜でよかったですよね」
「飛行機組な。安心して見れた」
「バランスよかったですよねー」
「うむ……」
映画が終わって、会話が止まって、夜の
もう時刻は18時に差し掛かろうとしていた。
夜。
季節によって昼夜の境界は異なるが、この時期、この時間は、どうしたって夜である。
長時間一緒に過ごしていれば、自然と、沈黙というものは場に訪れる。
そして彼は、割と、そういう、止まったような、ぬるいような、無音ではない静寂が好きだった。
そして少女は、その呼吸に合わせることを、好ましく思うようになっていた。
ふと、脳がじんとして、浮くような感覚。
体の感覚を、失うような感覚。
冬のまどろみの中では、そういうような感覚を、抱く。
「……ホットチョコ、もう少し飲みますか?」
「あるの?」
空になったマグカップに、わびしく口をつける彼に、ぽつりと少女が言葉を投げた。
「いいえ、はい。まぁ材料は多めに用意しておいたので」
「じゃあ、お願いしようかな」
「ちょっと待ってくださいね」
衣擦れの音。
フローリングが、きしむ音。
他人の発する、音。
彼は、自分以外の人間が、女性が、立っているのを見ていた。
ミルクを温める。まな板の上で、チョコレートを刻む。ミルクに、チョコレートを溶かしていく。
そんな少女の動作を、彼は見ていた。
「……あの、どうかしましたか?」
「いやぁ」
キッチンに立つ少女は、エプロンをしていた。この家に置いておかれている、少女の私物になったもの。
訝しげな表情をした真魚の頬は、うっすら色づいていた。唇も、同じく少し色づいていて。
それらすべてが相まって、どうしようもなく──……。
「そろそろ、子どもっぽいことは、やめたほうがいいのかなってさ」
正しき選択を。
「あのときはスルーしましたけど、あれどういう意味ですか?」
「あれって?」
「子どもっぽいのやめるとかどうとか……」
「あぁ……」
冬の空の下を、二人で歩いていた。
足の向く先は、海。
ホットチョコレートを飲み終えたあと、「海が見たいです」と少女が言って、彼が了承をして、今に至っていて。
夜の散歩を、していた。
「感覚的な話なんだけど。このままでもいいのかもしれないけど、そろそろ
「いえ全然わかんないです。なんの話ですか?」
「まぁそりゃわかんないよね。一応あれだ、将来の話?」
「明日はバレンタインデーですね」
「ついでに一か月と一日後にはホワイトデーが来るね」
「ありがとうございます」
「まだ何もしてないのに感謝されてしまった」
「よろしくお願いします」
「……何か考えておくよ」
「やった」
彼らが歩き始めて幾分か経っていて、視界の端には、真っ黒な海があった。
海沿いの道。さざ波の音が、かすかに耳へ届く。
それはさながら、自然の生み出す円舞曲。
たんたんたんっ、と真魚はステップを踏むように、浮かれた様子で先行する。
オフホワイトのコートに身を包んだ少女は、黒に溢れた夜の中で、より浮き立っていて。
彼はそんな少女を、目を細めて見ていた。
「ほっわいとで~。……ふふ。楽しみですね」
「ハードルがあがっている気がしてならない」
「私は謙虚なのでー」
パッと振り向いて、後ろ足に。対面する形で歩く。
そしてすぐに、くるんとターンして、横に並ぶ。
「なんでしょうね。アクセサリーとか、高級そうなお菓子とか? コスメとか? そういうのはいいです。普通に、普通でいいです。普通に、お返しくれたら、それが」
一番嬉しい、と。
「また逆に難しそうな……。はい。まぁ、楽しみにしておいてくださいと言っておく」
「約束ですよ」
「はいはい。約束ね」
言葉を交わしながら、彼らは歩く。
「なんだか夜歩いてると、初めて会ったときのこと思い出しません?」
「初めて……?」
「えっあっ……。なんでもないです……」
「いや、初めて会ったときのことは覚えてるけど……。歩いてるってシチュエーションだと、二回目会ったときかなって思っただけ」
「あぁ……なるほど……」
「今だから言うけど割と真面目に最初は幻覚か幽霊だと思ってた」
「ひどすぎません?!」
「いやだって……ねぇ?」
あの日は月がよく見えた。
満月だった。
静かな夜だった。
月へゆくための道が、海に映っていた。
光を纏う人魚がいた。
美しかった。
綺麗だった。
人魚は人魚でなく、人間の女の子だった。
「ずぶ濡れで髪の毛とかさ……真魚さん髪長いから。まぁホラーだったよ。真剣に幽霊じゃないかと思った」
「それは……まぁ……」
否定できない、と真魚は歯噛みする。
千夜は当時のことを思い返して、秘めやかに笑う。
昨日のことのように思い出せる──、というのはこういうことを言うのだろう、と。
ただ、少女が幽霊のように見えたのは、別に髪とかだけの問題ではなくて。そう、雰囲気が──、と。
「? どうかしました?」
じっ、と彼は少女のことを見て、少女はそんな彼に怪訝な顔をする。
「いや──」
千夜は、なんでもないよ、と言おうとして。
その刹那、彼が言葉をつむぐ最中に、少女は顔を引きつらせて、彼の体の陰に、身を隠すように動いた。
ぽかん、として。
一拍おくれて千夜は、向かい側から歩いてくる、真魚が顔を引きつらせた要因に、目を向けた。
そこには40代~50代くらいの女性がいた。真魚の反応からして、知り合いかつ会いたくなかったのだろうか、と彼は思った。
とはいえ、あからさまに身をひるがえすと目を引くことは否めない。
実際、向かいの女性も少し気になったようで、少し遠くから、怪訝な顔でこちらを見つめて──。
「……真魚ちゃん?」
「うぇ……。お母さん……」
何してるの我が娘、という
うわ~、という
ついでにそんな親子を眺める
この三人が、海沿いの道で、出会った。
三人のうち、最初に口を開いたのは、真魚の母親だった。
「ええと、はじめまして。洋子と言います。そこの真魚の母です」
「あぁこれはどうもご丁寧に。……小池千夜と申します。真魚さんにはいつもお世話になってます」
「あらあら……」
洋子は、頬に手を当てにこやかな笑みを浮かべる。
おっとりしてるような、柔らかいような、そんな印象を受ける女性だった。
「……もしかして、真魚ちゃんの彼氏?」
「ち、ちがうから!」
「あらあら……」
相変わらず彼の背に身を隠しながら、真魚は母親の言葉を否定する。
「千──、この人は、ええと……」
真魚の言葉は、尻すぼみになっていた。
そして千夜へと、言葉をパスする。
「よくしてくれてる……知り合い? ですかね?」
「そこでぼくに振るのか。知り合い……まあ……。順当に分類するなら友達なんじゃない?」
「友達……?」
「あ、そこ疑問はさむ余地あるんだ……」
ううむ、と考え込む真魚を横目に収めつつ、千夜は対面の位置にいる真魚の母、──洋子を見やる。
「えー、と。お母さんは──」
「お義母さん?! 千夜さんいきなり何言ってるんですか?!」
「え、なに。……え?」
「ッスー……」
真魚は反射的に叫んで、その直後に天を仰ぐ。
冬の夜空は綺麗で、今日は空に月が浮かんでいた。
「仲良しさんなのねぇ」
「別に仲良しじゃないし……。ていうか、お母さん何してるの?」
「実は今日ステーキなんだけど。『さぁ焼くぞ』というところでにんにくがないことに気付いちゃったのよね。ほら、お肉ってにんにくを入れれば入れるほどおいしいみたいなところあるじゃない?」
「……? 納得しかけたけど、どう考えてもこの道通らなくない?」
「そこはほら、海が見たくて。少し遠回りだけど、こっちの道のほうが素敵だから、ね?」
うふふ、と頬に手を当てる
そんな洋子が口にした、海が見たい、という言葉。
それは奇しくも、真魚が数刻前に口にしたのと、同じような言葉だった。
家族のつながり。血のつながり。子は親に似るものなのだろう。
「ところで真魚ちゃん。今日、帰りが遅いとは聞いてたけど……」
ちらり、と千夜の姿を見やって、母は娘に問いかける。
「あーえー……。えと、もう帰る……」
真魚は口もごりながら、少し嫌そうに、言葉を吐き出す。
そももそも母親と道端でばったり、という状況が、好ましいとは言えない。
仮に
「ごめんなさい。私、今日はここで帰りますね」
「わかった。気を付けてね。……すいません、お母さん、娘さんをこんな遅くまでお借りして」
「あぁいえいえ。むしろこちらのほうがご迷惑をお掛けしてないか心配──」
「お母さんっ」
「あらあら」
千夜の陰から真魚は出て行って、母親のもとへ。
そして、またね、と言わんばかりに小さく手を振って。
早くいこ、と母親に声をかけて場を離れる真魚を、千夜は眺めていて。
ハッピー・バレンタイン・トゥー・ユー。
幸せなバレンタインをあなたに。
そんな想いのあった2/13は、最後、少し梯子を外されたように終わってしまって。
梯子外し。拍子抜け。……言い方はなんでもいいが、そのようなことを感じていた。
そして、
「ねぇ真魚ちゃん」
「うん?」
「あれで付き合ってないの?」
「付き合っては、ない、けど」
そうなんだ、と洋子はうなずいて。
「いつもあの人の家に行ってるの?」
「……うん」
「うーん……」
真魚は怒られた子どものようにシュンとして、洋子は困ったように眉をひそめる。
「別に文句が言いたいわけじゃないのよ。色々思うところがなくもないけど、いいことだと思うわ」
「……うん」
「あの人のこと、好きなの?」
「…………………………」
問いかけに対する返答は、無言。
答えたくない。
答えられない。
わからない。
理由は一つにしぼれないのかもしれないが、結論として、無回答。
「私は、真魚ちゃんが幸せでいてくれたらそれでいいから、あれこれ口出しする気はないんだけど。……そういうやるべきことをやらないと、いつまでたっても子どものままだよ」
「……子ども? やるべきこと? なにそれ」
「んー」
目を瞬く真魚に、洋子は曖昧に微笑み、思ったことを淡々と言う。
「好きとか、嫌いとか?」
まずは認めて、そのあと選んで、口にしよう。
認めず選ばず口にしないままでは、きっと何も前には進まないから。