「……大丈夫か?」
「……えぇ」
明らかに弱り切っている八重樫の部屋で隼人は備え付けのキッチンで料理を作っていた
明日からオルクスの大迷宮という場所で実戦訓練を行うことになっていた
「本当にごめんなさい」
「その反応が普通なんだよ。とりあえず昨日作っておいた乾麺だけど、うどんを湯がいたものでいいか?食欲は?」
「あるのだけど。食べても戻してしまうのよ。」
「ん〜。それじゃあ胃に優しいうどんでいいか。」
コンロに魔石を組み込み麺を湯がき始める
「…手慣れているわね。」
「俺も妹がいるからな。病弱だから看病は慣れているんだよ。本当は雑炊とか少しでも消化の早いものの方がいいんだけど」
「そこまではさすがに悪いわよ」
と苦笑しているがいつもよりも弱々しく笑みも少し硬い
八重樫雫
彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、八重樫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。
しかし隼人から見た八重樫は全くの別人である
というのも初めてケーキ屋に来た時が強烈すぎたのだ。隼人が作って母親がデコレーションしたネコ型のケーキを見て
「かわいい」
頰をデレっとさせて数十分ずっとそのケーキを見ていたことは懐かしい
和のケーキを傾向的に好むが洋風のケーキも食べることもある
基本的に苦労人間ではあるからこそ本心から甘えられる人を見つけなければならなかったと隼人は分析している
そして10分もたたないうちにうどんが出来上がる
「ありがとう」
「いいって。俺にできるのはこういったことだしな」
するとゆっくりながらも食べ始める雫。転移させられたこともあり、さらに磨きがかかった料理は地球でいうミシュ○ン3つ星を明らかに超える美味しさの料理のため、ただのたまごうどんであれど、外はふわふわ中は半熟のタマゴに、麺も程よい硬さのたまごうどんは明らかに高校生が作る料理ではなかった
「……おいしい」
「そりゃよかった」
一応白出汁をエンコ節でとり簡単にまとめてあるんだが本当にシンプルなうどんをフーフー息を吐きながら食べ続ける。料理技能がなくても料理がうまい人は多くいるのだが料理人の料理技能にはエンチャント効果があるらしい。たまごうどんは食欲の促進。なので雫のお腹にきちんとはいるのだ
そして本当に美味しそうに食べる八重樫を見て隼人から笑顔が溢れる
隼人は元々人の笑顔を見るのが好きだった。料理を初めて始めたのも病弱な妹を笑顔にするための手段だったのがきっかけだったのだ。
そしてしばらくの間二人は黙り込む。雫がうどんを食べる音だけが部屋の中に響く
「ご馳走様」
「お粗末さまでした」
と隼人は笑顔で器を受け取ろうとしたが震える雫を見て一旦手を下ろす
「……怖いか」
単刀直入に聞いてみることにした隼人。何をとは言わないのが隼人の心遣いであろう。
するとやっぱり雫は頷く。無言が語っている
それが雫が背負っているものだから
「そっか」
小さく息を呑む。それが恐らく気がついている奴の総意だろう
雫も隼人が何か行動していると感づいている一人だ。だからこそ夜中に雫が独占していることに少しだけ罪悪感、だけどそのことをほったらかして雫のために毎晩部屋に来ていることが嬉しく感じるのだ
「愚痴でも聞こうか?お前も溜まっているだろうし」
「…えっ?」
「怖いんだろ?女子にそんな顔されたらさすがに放っておけないっつーの。さすがに愚痴でも何でもいいから少し話してみろ。少しは楽になるかもしれないぞ」
「……そうね。少し愚痴を聞いてもらってもいいかしら」
すると雫は話し始める。よほど辛かったんだろう、今の普段なら誰にも話すことないだろう雫の弱みを隼人は聞き始めた
「私ね、中身は結構乙女チックなのよ。昔は本当は剣術より、おままごとをしていたかったし、格好良い男の子に守られるお姫様なんかに憧れていたのよ」
そうして語られる過去。雫にとって香織にも話したことがない自分の本心
「小学生のころは本当は剣術なんてやりたくはなかった。本当は道着や和服より、フリルの付いた可愛い洋服を着たかった。手に持つのは竹刀よりもお人形やキラキラしたアクセサリーがよかったわ」
それは明らかに弱さというよりも雫が体験した過去だった
隼人自身顔には出さないが驚いている。この世界の愚痴を聞く予定だったのに雫の過去に踏み込むことになったのだから
「光輝が家に入門して来たとき、王子様がやって来たのかと思ったわ。〝雫ちゃんも、俺が守ってあげるよ〟だったかしら?そんなことを言われてカッコイイ男の子との絵本のような物語を夢想したわ。彼なら自分を女の子にしてくれる。守ってくれる。甘えさせてくれるって」
棘が押し寄せてくる。それからどんどん荊の棘が大きくなっていく。刃は鋭くそして雫をいつも囲っている
「光輝がもたらしたのは、私に対するやっかみだけだったのよ。須藤くんも分かると思うけど、光輝ってあぁいう性格でしょ。小学生の時から正義感と優しさに溢れ、何でもこなせる光輝は女の子達の注目の的だったわ。女の癖に竹刀を振り、髪は短く、服装は地味で、女の子らしい話題にも付いていけない私が、そんな彼の傍にいることが女の子達には我慢ならなかったのでしょうね」
どこか悲しそうに息を呑む雫に隼人は何も言わない。するとすがるように隼人を見る雫はどこか自嘲気味に手を見る
「須藤くんはどう思う?この手、剣ダコだらけでしょう?やっぱり、女の手じゃないって思うかしら」
隼人に手を向ける雫は恐る恐ると手を伸ばし、隼人に掌を向けた。雫の手には本人も言うように女性の手と言うよりも戦士の手と答える人もいるだろう
「……女の手って言われてもなぁ。ぶっちゃけ綺麗だとは思うけどな」
「綺麗?」
「剣ダコなんて俺にはわからない。だけどさ俺もそうだろ?俺は料理が好きだけど、最近になってから男子でも料理を作る文化って定着しただろ?だからこそ分かるんだよ。俺も昔は女の子ぽいってよく言われていたしな」
隼人自身それには結構悩まされてきた
正直今の隼人とは違い、小学生の頃は大人しく、小さかったことが原因だった
「つーか俺はそのことが原因で小学校の時包丁を一度置いているしな」
「……えっ?」
「……俺自身一時期本当に料理が嫌いだった。料理自身は好きだったけど、周囲の目っていうのが本当に嫌だった。まぁでもレイカが俺の作る料理を食べたいって言ったからもう一度作り始めたけど、それでももう一度作るのには抵抗はあったけど、でも本質を忘れてたんだよ。俺は美味しそうに食べるレイカを見るのが好きだったから料理を作り始めたんだってな」
隼人の料理は元々病弱な妹の笑顔が見たかったから作り始めた。そのことを思い出した隼人は料理に没頭することになるのだ
「八重樫も今まで剣道を続けたのは誰かのためだろ?自分は嫌でも誰かが喜んでいるから続けている。人におせっかいかいているのだって八重樫は誰かに頼られる事が好きなんじゃないのか?」
「……えぇ」
「理由はどうでもいいんだよ。俺は八重樫が優しく強い女の子ってことは知っている。だからこの手は八重樫自身が守りたいもののために戦ってきた証だろ。確かに女の子ぽくないかも知れない。それでも俺は八重樫の手は好きだぞ」
隼人自身運動はそこまで得意ではないが包丁を握り続けているため肉刺ができている。
隼人は雫の手を握る。優しく包み込んだ後軽くマッサージするかのように優しく触れている
「貴方それ殺し文句よ」
「……俺も恥ずかしいんだからあんまり言わないでくれよ」
その行動に、雫はそれが本心からの言葉だと理解すると掌を晒しているのが急に照れくさくなった
「それに昔とは状況が違うだろ?甘えられる友達がお前にはすぐそばにいるだろ?」
「香織のこと?」
「あぁ。あいつだってお前が素直になる時を待っているんじゃないのか?まぁ今回の件みたいなことは未だに話せないけど女性関係のアクセサリーや交友関係についてはあいつは結構詳しいだろうしな。あっちに戻ったらあいつの着せ替え人形にでもなってみれば?あいつのことだから喜々としてお前の服を見繕ってくれると思うぞ」
一時期は仲がよくなかった時期もあったが雫のことを任せられるのは香織しかいないと確信していた隼人、だから一番甘えられる人をさした
「香織のことだからどれも似合っているとか言いそうね」
「お前もたまには甘えてもいいだろ。俺もできることなら付き合うしな。とびっきり甘い甘味でも作ってやってもいいし、巨大パフェを作ってやってもいいぞ」
「…私が甘いものばっかり好きだと言っているのかしら?」
「いやお前、俺に甘味しか頼まないだろうが。お前の好物くらいなら地球に戻ったらいつでも作ってやるよ」
雫はそれが隼人なりの甘やかし方だと気づく
隼人は雫のことを結構雑に扱っていた
からかうことが多く、毒を吐いたり軽く叩いたり、それが適度な毒抜きになっており、雫自身あまり気づいていなかったが心が気楽になっていたのだ。からかわれても軽い言葉ばっかりで嫌いだと思ったことはない。それどころか雫にあった甘いものや可愛いものを見つけると真っ先に雫に見せていた隼人の薦めてきたものをこっそり買ったりしていた
他にも困った時は真っ先にフォローに入ったり、香織の応援に付き合ってもらったり無茶振りだってしたことがある。それでも何かと雫の助けになっていた
少し気が楽になって隼人がなんでそういうことをしていたのか気づいてしまった
あえてちょっかいを出すことで隼人は自分の毒抜きをしてくれていたんだと
即ちそれは地球のころから自分のことを心配していたのだ。苦労人気質であるからこそ、助けを求める場所。甘えられる場所を自分でも知らないうちに作ってもらっていたのだ
雫の囲っていた何かが溶かされていく。優しさに甘えてしまう
光輝みたいカッコイイとはいえない、運動も得意な方ではない。勉強も光輝ほどできるわけでもない
ただ優しい。そして自分のことを女の子として見ている男子。今だってこうやって自分の部屋に入って心配してくれる
妙に恥ずかしくなって、雫は顔に熱が集まる。心拍数が過去最速で心臓が体に血を送ろうとしている
それはもう紛れもない感情だった
考える振りをする。それでももう少し隼人と長い時間居たかった
せめてこの時間だけはもう少し甘えたい
そんな想いを抱くのは初めてだった
「…たまごうどん」
「……ん?そんな簡単なものでいいのか?」
「…えぇ。貴方が私のために作ってもらったから」
だからこそ雫は地球に戻ったら隼人が作ったうどんが食べたかった
隼人のように優しく温かい気持ちになれる優しい味に
そしてこの想いを忘れないようにと決意をこめて