奈落のそこに落ちる隼人たちを見て その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する
香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた
昨夜隼人とハジメが二人で話しているところに訪れると、隼人は気を使ってくれたのか雫のところに用があるといい足早に部屋を出ていった 夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていたハジメ。それでも真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り思い出話に花を咲かせていた
その時に言ったハジメを守るという言葉。それなのに香織は何もできなかった
ハジメをずっと守っていたのは、香織が苦手としている隼人だったのだ
香織は隼人のことがあまり好きではない。ただ信用はしている
頼りになるし、料理に関してはかなり熱心な様子の隼人
そして雫の想い人でもある
香織にとって雫は自分を守ってくれるナイト的存在でありながらそれでも綺麗な自慢できる親友である
雫のことならなんでも分かっているつもりだった。実際雫のことを両親以上に理解している可能性があるとしたら香織だろう
「八重樫はあんなにも頼られているのに誰にも弱音を吐いたところは見たことないだろ?……あいつが甘えられる場所ってどこにあるのかな?」
それでもたった隼人のたった一言で全てを崩された。隼人の言う通り雫は誰にも弱みを見せなかった。それは香織でさえも
だからこそ隼人のことは苦手なのだ。なんでも分かっているようにしているから
でも雫を任せられる男の子としては光輝以上に適任であった。実際雫は隼人といるようになってから遠目から甘えるようになっていたのだ。そして今日の迷宮で雫が隼人に対しての気持ちを理解したことも理解していた
そしてふと香織は自分のことを忘れハジメと同じくらいに大切な雫を見る
雫は座り込み涙を隠そうともせず涙を流している。奈落に落ちたと信じたくないのかいやいやと首を振る
雫の弱いところ。泣いているところを香織は始めてみる
香織が冷静でいられたのはとあるものを見たからだ。一度は生きることを諦めていた隼人が落下するときに力強い目線が何よりも生きること諦めていないことに気づいていた
無力感だってある。言いたいことも後悔したいこともある
それでも信用しているのだ。隼人のことを、雫が好きになった男の子を
雫が無言で立ち上がり。それは隼人の後を追うように、奈落に向かおうとする
「雫ちゃん!!ダメ」
香織は必死に雫を抑える。筋力ステータスは前衛職ではないし高くはないので一人だけには抑えきれない
「雫! 君まで死ぬ気か! 三人ははもう無理だ! 落ち着くんだ!!このままじゃ、体が壊れてしまう!!」
言葉を発さずそれでもどこから力が出ているのだろうか?雫は一歩一歩奈落に近づく
雫の喪失感は大きかった。始めて甘えさせてくれる人を見つけて、雫を特別扱いしてくれる男の子
だから香織が止めても、もはや言葉は届かないそれでも必死に止める力が強くなる
雫は後を追うつもりなのだ。隼人がいない人生なんて意味はないと思えるくらいに隼人は雫の中で大きかった
その時、恵里がツカツカと歩み寄り、問答無用で雫の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす雫
「…雫ちゃん」
「中村?」
「いいから。とっとと引こう。ショックを受けている暇があったら早く地上に行かないと隼人に申し訳ないからね」
「…でも」
「…ボクは諦めない。隼人たちが死んだなんて信じはしない。絶対隼人たちは生きてる」
恵里の言葉には力があった。恵里も気づいていたのだ。隼人の最後まで諦めてなかったことを
鈴も近くに近づく。当然二人もショックはある。愛する人が奈落に落ちたのだ
でも二人は何もできなかった。ただ信じることしかできなかった
そして命を救われたと同時に大事なものを失った
「……信じてるから。ハジメくんも隼人くんもかおりんやシズシズが思っているほど弱くはないよ。ハジメくんも優花ちゃんもいるし何より隼人くんがいるから」
好きな人を信じているから。好きな人だからこそ大切な人は絶対に帰ってくるって
二人は中学の時に隼人と出会っていて、そして救われた経験がある。女の子を救って、親密な関係になるのは隼人の悪癖だがそれでも自分の気持ちを考えてくれている
だから足掻いているはずだ。絶対に地上に上がると、そして絶対に私たちに会いに来てくれると
だから今自分に出来る事を、隼人が帰ってくるまで誰も死者を出させないこと
「……かおりんは南雲くんが死んでいると思ってる?」
「……ううん。南雲くんは生きていると思う」
「なら今することは全員を生きて帰ることだよ。奈落のそこで隼人も南雲くんも生きているのなら、なおさらね」
恵里と鈴の言葉は誰よりも香織に響く。自分は助けられてばっかりだった。だから今度は私が助けるんだと
「……シズシズは」
「ボクが持つよ。正確にはボクが操った魔物がだけど」
降霊術師の恵里がいうとトラウムソルジャーを操る恵里の姿があった
剣がない分攻撃力はないが、その分雑用だけができるお人形に成り果てている
そして動き出す。一人意識不明に陥りながら上を目指すように
多くの人の心に傷跡を残し、そして二人のどこか薄暗い感情を胸に
「錬成」
ハジメが床を操り三体の狼の動きを止めると
ダンッダンッ
と3匹の群れている狼の魔物を隼人と優花はこっそり撃ち抜く
落下してから3日がたち俺たちはやっと三体の魔物を仕留める
3日の調査で一番弱いのが狼であることはわかっていたのだ。
それ以降集団行動が当たり前になり、隼人たちは安全に殺す方法と自分の技能を重点的に鍛え始めたのだ。
今俺たちは錬成を使いながら安全に狩を行なっていた。
というのも隼人たちの食事情を改善をするためだ。岩塩を少し見つけたのでひとまず塩分不足は免れ、糖分は少ないながら隼人が少しばかり持っていた
そして一匹ずつ穴に引きずって安全を確保した後に隼人が血抜きをしていく。
手慣れた様子で血抜きできるのは解体技能があり知識がすでに頭に入っているからだろう
「どう?」
「……やっぱり硬いな。完全に柔らかくならないしな。味の方は食べてみないとどうにも言えない。」
「そっか。せっかく隼人の料理食べられると思ったんだけどね」
少しだけ切り取り、そして軽く炙ると口に入れる
すると生臭く噛んだらゴムみたいな味だった
固く、血抜きはしたがまだ生臭さが残っている
魔物の肉は毒なので神水を飲み干す
「う〜ん。ちょっと厳しそうだな。臭みと硬さを抜かないといけないし。なるべく食べやすくはするけど。味に期待はしないでくれると」
と少し報告した矢先だった
「――ッ!?」
隼人の全身に激しい痛みが襲う。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる
「お、おい。隼人どうした」
「隼人!!」
声が発せられないほど体の痛みが増していく 耐え難い痛み。自分を侵食していく何かに地面をのたうち回る。
優花がハジメが作った石製の試験管型容器を取り出すと、栓を抜き中身を飲ませる。直ちに神水が効果を発揮し痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲う
「隼人!?なんで神水を飲んでいるのに」
「園部さん!!もっと神水を飲ませて!!」
試験管の容器を持ってくる園部と慌てたように神水を汲みにいくハジメ
これは隼人の料理技能が関係していた
元々隼人の料理は素材を引き立てるような料理が多い
出汁を作るときは素材の深み、香りなどすべてを引き立てた上で食欲も引き立てる
雫みたいに恐怖で食事が喉を通らない人の食欲を引き立てるくらいには隼人の料理と知能は素材の良さを引き出している
それでは魔物の肉の良さとはなんだろうか?
それは食べたものの細胞を破壊し、より強い細胞を生やしていく、自分を強化しているのだ、魔物は、魔物を食べ自分の固有技能を強化する。
それはたった一匹の魔物を食べたとしたならばで三匹の魔物を食べるくらいの効果があることが痛みの元だったのだ
体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。しかし次の瞬間には、体内の神水が効果をあらわし体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復
神水の効果で気絶もできない
絶叫を上げ地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続ける。当然叶えられるわけもなくひたすら耐えるしかない
心配そうに見ているハジメとそして祈るように神水を飲ませていく優花
そして痛みが治まったのはおよそ3時間後だった
ぐったりしながら隼人は息をたえたえに優花に膝枕をされていた
隼人が立ち上がろうことしかできず優花が地面で寝かせるのはまずいと判断したのだった
「はぁはぁ。神水さえ飲んでいれば大丈夫だろうと思っていたんだけど」
「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……」
「ん〜まぁ検証だし、まぁ毒味だったけどな。でも明らかに体が前よりも軽いんだけどなぁ」
ステータスを見ると驚きのことが書いてあった
須藤隼人 17歳 男 レベル:1
天職:料理人
筋力:400
体力:400
耐性:400
敏捷:400
魔力:600
魔耐:400
技能:魔力操作・料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人][+肉質変化]・解体[+血抜き] [+解体術]・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・胃酸強化・痛覚耐性・火属性適正[+消費魔力減少]・水属性適正[+氷魔法][+消費魔力減少]・風刃・言語理解
「…………は?」
隼人があっけにとられる。それは明らかにステータスが増長されている
「どうしたのよ。」
「……いやステータスがおかしいんだけど。ステータスが全部倍以上になっている」
「えっ?」
「ちょっと見せろ!!」
ステータスを見せるとすると二人はじっくりと見る
理屈を考える隼人は一つだけ思い浮かぶものがあった
「もしかして超回復か?これ」
「超回復?」
「筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象だよ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増す。まぁ即ち魔物の毒で神水で内側から細胞を破壊していき、神水で壊れた端からすぐに修復していく。まぁ筋肉痛が一度に」
「つまり痛みと引き換えに身体が強化されたってこと?」
「そういうことじゃないか?ちょっと離れて。危ないから」
隼人はさっきから変な感覚をあったのでもしかしてと思いそれを炎を想像すると
ぼぉっと無詠唱で炎が出てきたこともあり隼人たちは少しだけどういうことなのか考える
「おぉ。すげぇ」
「ちょ、無詠唱で魔法が使えるの?」
「それが魔力操作の技能ってこかな?」
「多分だけど痛覚耐性と胃酸強化を持っているぶん次からはかなり楽になると思うけどこれやるんだったかなり地獄だぞ。……どうする?」
隼人は二人に聞いてみる。でも二人とも当たり前のように言葉は返ってきた
「私はやる」
「ボクはやる」
すると二人は覚悟を決めたように目をしていた
理由は聞くまい。隼人自身やらないといけないことに気づいているからだ
「……そっか。なら少しは食べやすいように軽く炙るか」
と隼人は軽く魔物を解体作業に入ろうとすると
「……あれ?」
なんとなくであるが隼人にはどこをとってどういう風に血抜きし、そしてどうすればその食べ物が食べやすくなるのかが頭のなかに浮かんでくる
どんな食べ物も手順、そして全てが頭に浮かぶと隼人はその通りに解体をし始める
解体術。解体の手順が分かるそれだけのことだがそれでも隼人にとってはかなりありがたい技能だ
料理のことを熟知して解体術すら日本で学んでいたくらいなので優花が引くほどの内臓の処理などを手慣れた様子で処理していく
そして完璧な解体術を受けた肉は赤身がこく、さっきと比べると霜ふりも綺麗な肉質になっていた
料理人
ありきたりな職業であるが天職自体が料理人の人は滅多にいない
料理がうまい人なんて天職なしでも多くいるし、元々はトータスで一番人気のない職業でもある
しかしこの料理人という職業。ありきたりではあるのだが、異世界の料理人。それも地球にいた時から料理の腕前がある隼人がただの料理人であるわけがない
そして料理人は美味しい料理を提供することが目的である
すなわち口にした食材をなんでも美味しく調理することができるのだ
口にした瞬間それに適した派生技能を覚えることができる。いわゆるチートの塊というわけだ
そんなことを知らない隼人はステータスに違いを調べるのと二人の強化のためにそれぞれ違う狼を二枚焼き終えるとそれをハジメと優花に渡す
「…本当にまずいの?とても美味しそうなんだけど」
「……いや、技能が増えて解体がすげぇ楽になったからその影響だと思う。解体方法が浮かんできたから」
「……それってつまり?」
「美味しいとは思う。実際に全て違うし血抜きも完全に失敗してたからな」
とはいえ隼人は次の肉を焼いている。お腹が減っていることもあり空腹をとりあえず治るまで食べることにしたのだ
そして魔物肉を恐る恐る食べる優花とハジメ。そして気づく
あれ?これ二人食べたら痛み治るまで看病するのって俺だけじゃないか?
と隼人が思った矢先
「「美味しい!!」」
美味しそうに肉を頬張る
隼人が少し複雑な顔をしながらその姿を見つめていたと同時にまぁいっかと諦めていた
なお痛みはすぐに訪れ二人の看病にその日1日を使ったのは言うまでもないことだった