カツカツと、温かみのない無機質な床と壁で覆われた船内に、足音が響く。
照明が落とされ無明の闇が広がる長大な通路を、一人の少女が進んでいた。
此処は、ポティマスが最終手段として星から脱出するために用意していた宇宙船。
UFOでイメージされるような巨大な円盤状の船、その内部であった。
ガラスの向こう側にある工場や農園などの施設を一瞥しながら、少女は歩みを続ける。
防衛用のロボットやポティマスの分体を蹴散らし、漸く辿り着いた最深部。
その場所には、透明な筒の中に身動ぎ一つせず機械に繋がれ、延命に継ぐ延命によって古き時代から生き続けていたエルフの老人が浮かんでいた。
「やめろ! 止めろ辞めろ病めろォッ!? 終わりたくない! 終わって良い筈が無いッ! 私は永遠に生き続けなければならないんだ! 頼む! 止めてくれェッッ!!」
部屋に取り付けられたスピーカーから、延々と見苦しい絶叫と懇願が迸る。
ただただ生きることに固執して、人からエルフとなり、その寿命を大きく越えた年月を無理矢理生き続けていた哀れな男は、痩せさらばえた醜い姿と成り果てても、その矮小な本質は変わる事がなかったのだ。
「残念ながら、ポティマス。あんたには死よりも、もっと酷い目にあって貰うよ」
男を見上げる少女が、口を開く。
その声は淡々としていて良きも悪しきも、どちらの感情も籠もってはいなかった。
「……深淵魔法」
狂乱する男を取り囲むように、緻密な魔法陣が浮かび上がる。
その魔法は、魂を分解しシステムへと還元させる魔法。
生きることだけに全てを費やし星すら犠牲にしようとした男の末路は、自らが破滅に追い込んだ星のために己の魂を贄として捧げさせ償わせる事だった。
「クソ、クソッ、クソォォッッ!! お前のッ! お前の不老の秘密さえ解き明かせていれば! お前が、お前がぁァッッ!!!!」
怨嗟と嫉妬に満ち、意味をなさなくなった声が喚き散らす。
彼が作り出した被造物、その中で唯一成功とも言える不老の少女は、口を軽く開いたかと思うとキツく閉じ直す。
そのとき彼女が思っていた事は、単純な疑問。
『死なないために生きてきた、あんたの人生は……。その最初の願いに何か意味があったのか?』
けれど、聞いたところで意味は無いだろうと、少女は言葉を飲み込む。
彼の原点を聞いたところで、過ぎ去った時は戻らないし、それを聞いて赦されるほど甘い罪では無いのだから。
代わりに手向ける、最期の言葉は——
「じゃあね、
魔法陣が光を放つ。
そして後に残されたのは、何も無くなってしまった事による静寂だけだった。
「もう大丈夫だから……、いい加減放して欲しいんだけど……」
「全然大丈夫そうじゃ無いし、放したら逃げるでしょ?」
「……うぅ」
「体、崩れかけているんだから、コケちゃんもジッとしてなって」
とても長い通路を、白ちゃんに抱えられて進んでいる私。
いわゆる横抱きとも或いはお姫様抱っこなどと呼ばれる、背中と太ももの裏から体を支える持ち方で抱えられた私は、抵抗も虚しくというよりは抵抗する元気も無い状態で、そのまま白ちゃんの腕の中にて運ばれていた。
白ちゃんが言う通り、無理に術を解除した反動によって下手に力を加えるとボロボロと崩れてしまう今の体では、ただ歩く事だけでも難しく極限まで消耗した状態で他の魔術を発動させるのも、自壊を招くだけの行為になるだろう。
故に、今はこうして運ばれている方が良いのが確かなのだけど——
「少し気恥ずかしいのだけど……」
「知りません、聞きませーんっ。勝手に無茶して暴走した人の言葉なんて聞こえませーんっ」
「本当に反省しています……」
言葉尻が小さくなりながらも、深い反省と感謝の想いを伝える。
あのとき白ちゃんに助けられる事が無かったら、どうなっていたか。
術の暴走により正気を失い狂乱に落ちた私は、荒れ狂う感情に呑まれ目につくモノ全てに対し、怒りと暴虐の衝動を向けていた。
あのまま止められる事なく暴走していた場合、エルフの里を壊滅させるだけに留まらず、帝国軍魔族軍果ては世界全てに生きる生命に対しても、怒りと殺意が向いて止まる事も出来ずに、虐殺者として堕ちていただろう。
あの時に私は、苛烈な考えについても、吐き捨てるように叫んでいた。
けれど……あれらの言葉も確かに、私の本心であった。
魂に根付く、憎しみと恨みの想い。
それは禁忌によって知った、星が破滅に至る過程を直接叩き込まれて、芽吹いた感情だった。
繁栄と利便性を享受しつつも、その反面本質を理解しないまま星の生命力を消費し続けて自らの首を絞める事になった、過去の罪に囚われこの星に転生し続けている人類の愚かさ。
それを忘れ去り安穏と生きて永遠に解放されない魂の、なんて盲目な命と人生なのか。
けれど、私がこの世界の人達に憤慨するのも断罪しようとする事も、本当は傲慢なことなのだと気付いていた。
何故なら自分もまた、愚かな人類の側に属していたのだと知っているから。
この星は破滅寸前になった。
そしてそれは現在進行系の形で、前世の地球でも同じような事が当て嵌まっていた。
年々と季節が巡る度に、悪い方向へと変わっていく空気。
刻一刻と肌で感じる不安が増していくのを自覚しているのに、何もせず現代の技術の良い面だけ見て楽しんで、けれど資源の大量消費や環境破壊など悪い面には見て見ぬ振りをしていた。
その果てに待つのが、この星と同じような破滅だと薄っすら理解していても、だ。
力も無い、知恵も無い、世論へ訴えかける声も無い。
何か大それた事を成し遂げる能力なんて、ただの高校生でしかない前世の私に、持ち合わせてはいなかった。
それでも、些細な事なら出来たはずだった。
節電、冷暖房の温度設定、食品ロスを減らす、不必要な消費を減らす、ゴミのリサイクル……
テレビやネットとかで、色んな問題提起について知っていたのに、……私は何もしていない。
むしろ、無駄遣いする方の人間だったのだから。
現代における強欲の罪とは、浪費の事だ。
システムからも見透かされていた私の罪に、どう言い繕えばいいというのだろう?
こういう事は、無理に強制されるものでもするものでも無いのは、分かっている。
けれど、恥じる気持ちも無しに誰かの批難だけを言うのは、明らかなお門違いでしかない。
まずは自分自身に向けるべき、愚かさへの怒り。
それが私の奥底で渦巻く感情の、全ての源流だった。
もはや、この星はそんな小さなものでは救えないとしても……
この星に生きる者として、果たすべき事とは……もうずっと前から決まっているのだから。
「それで、あの暴走についてコケちゃん本人からは自覚あったの? まさか何も憶えていないとは言わないよね? 原因があの本にある事は分かっているんだ、キリキリ吐いて貰うよ」
虚偽や誤魔化しは許さないという視線が突き刺さる。
それを受けて私は、一度瞼を閉じて考えを纏めていく。
そして、真っ向から見詰め返しながら静かに口を開いた。
「あくまで予測でしか無いけどいい? まずは——」
正気に戻った時に感じたのは、大きな存在との繋がりを絶たれた喪失感。
そして、今迄把握すらも出来ていなかった、強大なナニカによって魂を支配されていた感覚に、気付いた事だった。
ずっと前から種を仕込まれ、これまでの干渉……神仰、神化、あの本、■■の大魔術。
それらによって、無自覚のまま根深く侵蝕していた呪いが発芽した結果が、あの暴走だった。
「細かい事は省くけれど、結果としてDさんに弄ばれていた……って事になるんだよね」
全て最初から、そうなるように仕組まれていた。
面白くするため。
そんな理由で、迂遠にも程がある仕込みを何重にも巡らせて、起爆するのが今か今かと、彼女は楽しみにしていたのだろう。
正直、驚きは無い。
憤りこそしても、あり得ると納得もしてしまうから、驚愕には値しない。
彼女ならやって当然、そんな悪い信頼があるからこその結論だった。
「けど……、だからと言って何もせず、手をこまねておく訳にもいかないでしょ」
白ちゃんの言葉は、尤もである。
今回は、暴走の元凶であったあの魔術本を壊した事で、呪いからは解放された。
持っていた力の幾つかが失われたけれど、胸の内に潜んでいた闇も歪みが消えて、本来あるべき色合いへと薄まっていた。
けれど、本来ならこんな回りくどい事をしなくても、何時でも支配出来たくらいに力の差がある事を、一瞬とはいえDさんの力と繋がった私には身に沁みて思い知らされていた。
対抗策を見出さなければ、待つのは彼女の胸三寸次第で再び操り人形と化す未来。
本当の意味での自由を勝ち取るのなら、せめて最低限でも抗えるだけの何かが必要だった。
私も、白ちゃんも、そんな在り方には否と唱える点では共通している。
なら、だけど、しかし——
「でも、今のままではほんの僅かに抗うだけでも不可能なくらいに出来る事が無いよ。そんな簡単な事では無いのは白ちゃんも良く知っていると思う。それこそ、
それはつまり、現状では不可能。
格の劣る者が上回る存在を前にして、勝つのはとても難しい。
ましてや、その差が一と天文学的な数字とを比べているようでは、話にならない。
圧倒的質量によって押し潰されるのが、目に見えている。
総量で立ち向かうのは無茶無謀。
なら逆に、そう簡単には押し潰されない強度を——
そういった方面を突き詰めた場合こそが、神としての位階を上げるというものであるが。
「けれど、今の私には……あの本を失った私には、あの大魔術はもう使えない。残滓みたいなのはあるけれど、もはや以前とは比べ物にならないくらいに劣化したものしか、今後は発動出来ないと思う……」
死への想いが混じっていた祈りの形では、もう上手く回らない。
感覚は憶えているから再現こそ出来ても、もはやそれは私が描いたモノでは無い別物になる。
そんな予感を、構築も何もする前から魂で感じ取っていた。
しかし、白ちゃんは首を横に振る。
「私だって、見様見真似で似たような事が出来たんだよ? なら、今度はコケちゃんが想う正しい形で、なんにも頼らずに作ればいいじゃん」
短く息を呑む。
その通りだった。
導き出した答えが間違っていたから、やり直しは利かないとは誰が決めた事?
そもそも、最初から異物が仕込まれていた問いなど、正しい答えには成りはしないのだから。
「そうだよね……うん。ありがとう白ちゃん、何か分かったような気がする」
闇混じりの負に傾いた願いは、あの形へ。
なら光を求めた願いの祈りは、また違った形を見せるはず。
悪い面を知っているからこそ、良い面も素晴らしい愛しいと想えるのだと……
そうだとも、本当は——枯れ果てた終末世界なんて望んでいない。
描いていたのは、それすらも乗り越えて埋め尽くす——優しい翠を。
願ってしまったから——理想の救済が訪れるその日まで、苦しくても進むって。
でも今は……
強張った体の力を抜いていく。
白ちゃんに重さも心も全て、預けていった。
……誰かの腕の中で休んでも、いいよね。
「というか、……重くは無いの?」
「むしろ軽過ぎて余裕」
「それはそれで、チビだと言われているようで複雑……っ」
非常に長い長い通路を抜けて白ちゃんに抱えられたまま着いた場所は、無数の画面とキーボードのようなものが並ぶこの宇宙船らしき巨大な鋼の制御室と呼べる場所だった。
其処では、アリエルさんが中央にある椅子に座って目の前の画面を見詰めていた。
「終わったよ……って、どうしたのさ二人とも。イチャイチャ見せ付けてるつもり? それ」
操作の手を止めて肩越しに此方に振り向くと、アリエルさんは呆れたような誂いも少々混じった声で、私たちを出迎えた。
此処まで白ちゃんに抱かれたままなのを思い出し、指摘された事で気恥ずかしさが強く蘇る。
「おっ、降ろして……ッ」
「えぇー……。もうちょっとフザケておきたかったけど……まあいいや」
「あーそういうのイイから。これ見て」
これまでの道中でだいぶ安定してきた体の状態を、白ちゃんに確認されてから漸く解放された私は、駆け足でアリエルさんの隣に立ち画面を覗き込む。
同じように白ちゃんも、反対側に立つとアリエルさんが指差す画面の内容を追っていく。
「……これは」
「ロクでもないわな、ポティマスらしいけど」
転生者の魂を利用した神化実験。
システムの力だけでは、自身は神に成れないと見切りをつけた。
幾ら経験値という名の魂を集めても、限界を突破する事が出来ない。
なら異なる世界の人間の魂を使えば、或いは限界を突破出来るかもしれない……
そういう理屈で、綿密に考証と検討を重ねた試みについて記されていた。
「まあ、ポティマスも本気でこれで神に成れるなんて、思ってなかったんじゃない? ……もしかしたらっていう淡い希望みたいな」
「でも、その割にはすんごい慎重に理論を検証して、装置作ってるみたいなんですけどー?」
「ポティマスゆえ致し方なし」
映し出されている文章の中には、実験を成功させるための理論検証や機材の開発準備についても事細かに記してあり、転生者を集めたのもスキルを取らせず生活させたのも全て、成功する確率が天文学的な低さの実験のために苦労と努力の跡が滲み出ているかのような記録だった。
「……言っては何だけど、根本的に神とは何かというのを間違っている理論だよね」
偶発的に神という存在に成った私と白ちゃんだけど、だからこそ分かってしまう。
そもそも、魂を混ぜ合わせる事は無意味どころか、遠ざかっていく方向性でしか無いのだから。
一つの器に無数の色を注ぎ込んでも濁ったナニカが出来るだけで、それは不安定で脆い。
揺らぐ事の無い強靭な魂でしか、限界を越えた成長と進化には辿り着けないのだから。
もし、ポティマスが神に成りたかったのなら、まずは自分の魂を強固にするべきだった。
そういう意味では、惜しかったけれど最後の一歩が足りていなかったのかもしれない。
純粋だけど虚ろ。
彼の魂とは、そんなモノだったのだから。
「ほーん? まあ神とはなんぞやと問答する時じゃないよね。言いたいのは、あと一年遅かったら機材も完成していて、転生者たちはミキサーに掛けられていたかもしれませんってこと」
肩を竦めて鼻白んだ顔をしているアリエルさん。
恐ろしい事を言っているけれど、まさにその通りだった。
病的なほど慎重だったからこそ私たちの作戦が間に合ったけれど、もし何かしらの要因で時期が前後していれば、間違いなく惨いとしか言えない未来もあったかもしれないのだから。
「これ以外にも、此処にはポティマスのこれまでの研究結果の資料が、わんさか」
「わお」
「跡形も無く、廃棄で」
つい声に出てしまったような白ちゃんと、食い気味で判決を下す私。
どうせロクでもない実験の記録なのは分かっているし、残すべきでは無い内容は誰にも知られずに消えるべきだと思う。
何故、駄目な事なのか。
それだけが、タブーとしての禁忌にされるだけで充分。
「最終的にはそうだけどさ。取り敢えず何か見落としが無いか、ざっと中身確認してからね」
「それが良いんじゃない? コケちゃん」
「……それなら、まあ」
念のため、巨大な画面を確認しながら眺めていると、アリエルさんが呟く。
「こっちは、こんな感じだけど二人の方は? なんで争っていたのか理由は聞いてもいい事?」
「……それは」
「あー……」
外から見た場合だと、理由も無く突如争いだした私たちになるけれど、その原因について語るとなると、色々と深い事情が絡みつつも単純な事に帰結して、それを説明すればこうなるのも当然。
「なんだよそれ! 邪神名乗ってるにしても、なんて酷いことする奴なんだッ! Dってのは!」
椅子の肘掛け部分をカツカツと指で叩き、憤慨しているアリエルさん。
私たちのために憤ってくれているのが分かり、それは心が温かくなる事だけど話が進まなくなるので、その事は私たち自身がなんとかするしか無いと言って話を終わらせた。
「余波で地下諸共エルフの里は何もかもが消滅。唯一残っているのは、この宇宙船だけ」
「そしてエルフの生き残りは、先生だけってね」
上空から見た場合、このガラム大森林の中心がポッカリと荒廃した土地で抉られているだろう。
エルフの里で人が住んでいたような場所は全て、その範囲の中に呑み込まれていた。
もはや、ポティマスの下僕で人形でしかなかった純粋なエルフは、この星には存在していない。
残っているのは、血が薄まってポティマスの支配下には無かった、混血のエルフだけ。
「そっか、じゃあ後は、この宇宙船を壊せば本当にお終いか」
「……感慨深い?」
「そうだね。区切りが着いた」
澄んだ瞳を湛えた横顔は、清々しい解放感を噛み締めているようで。
「あぁ、そうだ。……約束、守ったよ。無事に目標達成しました、ってね」
椅子を回転させて振り返ったアリエルさんは、何でもないような平気な振りをしたまま穏やかな顔で笑っていた。
「それが無事と言えるの?」
「死ななきゃ安い」
「……最初から気付いていたけれど、詳しく見せて」
アリエルさんの体には、治癒されたのか傷などは何も無い。
けれど、その魂には、深い傷が刻まれヒビ割れていた。
もはや穴が空いて萎んだ風船。
勢いよく抜け落ちた中身には、燃え尽きる寸前の弱々しい灯火しか残ってはいなかった。
「どんな感じ?」
「んー。たぶん、少し休めば日常生活に支障がないくらいには動けるようになると思う。今まともに動けないのは魔力が枯渇しちゃってるから。それさえ回復すれば、とりあえず動けはする」
「コケちゃんの診断は?」
「絶対安静。それでも、何もせず放置した場合は五年すら持たないと思う」
アリエルさんは謙譲によって、魂の器ごと薪にして燃やし尽くしたのだから。
それを考えれば魂が残り、謙譲の終了後に即死しなかっただけでも奇跡に等しかった。
元々限界に近く、アリエルさんの寿命はあまり残されてはいなかった。
それでも、あと数十年は余裕で持つ筈だった。
けれど今は、僅か数年で尽きて消滅してしまうような命になっていて……
「つまり、戦闘は不可能、と」
「さらに寿命を縮めていいならできなくはないけどね」
「魔王」
「冗談だって。どっちにしろ私の寿命はもう長くなかったんだから。ちょっと早まったくらいで、何の問題も無いよ。五年もあるんだ、残りを見届けるための余生には充分過ぎるよ」
——思い出せ。
元々補助が無くとも使えていた、
白ちゃんとアリエルさんの会話も雑音として排除し、自己へと没入していく。
私本来の色で紡ぎ直した祈り、その断片は……
——暗闇の世界は移り変わり、再びあらゆる花々が、色彩豊かに咲き乱れる時が来る。
「すぅ…………《 花冠を贈ろう、愛しき貴方へと 》」
そっと右手を翳す。
同時に、清廉な空気と甘い花の香りが、燐光と共に柔らかく吹いた。
その平穏に満ちた風はアリエルさんを包み込み、優しく浸透していく。
文字通り魂を砕いてでも決着をつけ勝った彼女に対し、その功績を讃えて祝福するかのような、温かくて慈しむ愛の抱擁。
それが齎すのは——
「体に力が、戻ってきてる?」
——優しく癒そう、誰もが平穏に生きるために。
あの時、初めて生み出した光は、癒やしだった。
それは、たとえ何度絶望しても狂気に堕ちても、誰かの幸せを願っていたから。
魂に空いた穴が塞がる。
ただ生きられるように、紡ぎ直して相応しき姿へと。
その際、深く魂に根付いたのは状態異常無効に付随する
彼女には、これが必要だと自動的に導き出されて、魂の一部として混じり合っていった。
眩くも優しい碧き燐光が消える頃には、以前のように戦う事など出来ないけれど、それでも無茶さえしなければ身を守る程度なら可能なくらいに、魂が回復していたアリエルさんの姿があった。
「……もうちょっとだけなら頑張っても良いのかな。やっぱ、待つだけなんて性に合わないし! ありがとうコケちゃん。あと少しだけ、一緒に戦わせてくれるかい? 白ちゃんも」
「うん、勿論っ」
「しょーがないなぁーっ! ……折角の命擦り減らすなんて、魔王も大馬鹿だよ」
差し出されたアリエルさんの手に、大げさに溜め息を吐きながら白ちゃんが手を添える。
「まだ、終わっちゃいないよ」
「知ってるよ。遂に始めるんだね?」
その言葉の意味は、説明せずとも同じモノが共有されていた。
世界の敵は、始末された。
なら次は、世界を救うための最終章。
次こそが最後の犠牲だと懺悔しながらも、下す無慈悲な鉄槌。
その最後に、痛み分けだとしても星を救えるのなら、
傷だらけでも死にかけでも、最後に生きて笑い合えたら勝利。
「何度だって誓おう、勝とうって」
そして私も、
「「「あっ」」」
その瞬間、微細な苔と胞子となって砕け散った、私の右手。
宙を舞う粒子が、翠色の煙幕を立ち込める。
さっきの魔術の行使によって、再び結合が脆くなっていた事による事故だった。
「コ~ケ~ちゃ~ん~??」
「最近、白ちゃんが過保護になった気がする」
「同感」
「お前らが私の知らない所で無茶して、ボロボロになるせいでしょうーがッ!!」
美人は怒っていても綺麗だけど、やっぱり怖い。
そんな事を思いつつ、この緩い空気が漂う空間に白ちゃんの怒号が響いていた。
D、白織(アラクネー)、ポティマス、人類……、誰しもが傲慢。
原作の顛末が、傲慢な人々が行き着く結果とは? であるならば。
この作品では強欲とは何かを描き切りたいです。
内緒話:コケちゃんは小柄な体格と痩せ型で特殊な体により、体重は38Kg程度しかないそうですよ(そのうち髪の毛だけで1Kgちょっともあったりします)
2022/06/13:加筆修正。