各自、それぞれ好きな位置に敷物や椅子を並べて腰を下ろし、話を聞く体勢になる転生者たち。
草間くんと荻原くん両名は変わらず、剥き出しの地面に転がされたままで、放置されてる。
悲しい事に誰も彼らを助けようとせず、男子らは巻き込まれる事を恐れてるようで、女子の方は腐な人たちのようなので言わずもがな。
まあ、秘密にすべき内通者の情報を開口一番でバラしたとなれば、信用は地に落ちるわな。
そんときの光景が、容易に想像出来そうだ。
んで、転生者たちは半円を描くように座って、話が始まるのを待っている状態。
なんだけど……
なーんで私も、その中心にコケちゃんと一緒に立っているんですかねー?
いや、コケちゃんが説明してくれんだから私必要なくない?って思うんだけど、何故か下がろうとしたら鬼くんに睨まれたので、渋々前に出ることに。
何も口にしていなくても、目がそう訴えてたんだよ……
ま、まあ?
コケちゃん一人に任せるのも忍びないし、傍に立つくらいなら……
いや、やっぱり辛いわ。
向こうからすれば若葉という人物の役を私に当て嵌めるだろうけど、実際には別人ならぬ別蜘蛛だし、私から見れば転生者たちとは全員、今回が初対面だ。
此方の実情や真実について知らないからこそ、外からはそう見られてしまうとは言え、
「では……。疑問も沢山あると思うから、聞きたい事があれば順次、言ってみてほしい」
頃合いと見て本題を始めようかと、コケちゃんが口を開く。
対するは、前世でも目付きが鋭かったけど、今世でも切れ長の眼で威圧感の凄い工藤さん。
なんというかコケちゃん小さいから、嫌味な上級生がガン付けて下級生をイジめてる光景にしか見えんぞ。
そんなコケちゃんの背に隠れる私。
あっれー、おかしいなぁ? 端的に言って、クズなのでは?
「じゃあ改めて。敵じゃない危害を加える気は無いと言うけれど、そもそもあなた達の本当の目的は何? 山田くんたちからはエルフへの不信感について聞いたけど、それも何処まで正しいのか、私たちには判断付かないから」
これは、さっきの質問とほぼ一緒だね。
鬼くんが先程、僕たちは敵じゃないと言って、困惑と警戒をする転生者たちを宥めた後、今こうして話し合いの場に持ち込んだ訳で、状況は今動き出そうとしていた。
「簡単に説明するのなら、エルフの裏の顔全てを壊滅させる為に里を襲撃し、あなたたち転生者の保護と救出も兼ねて、私たちはこの地へとやって来ました」
まずは、要点を述べるコケちゃん。
しかし、それでは情報が不明瞭なので、工藤さんは続きを目線で促す。
「……白ちゃん。残骸の一部を、此処に出してくれない?」
「ん」
コケちゃんの言いたい事、話の持って行き方が何となく分かったので、私はサポート役に徹して仕事するとしよう。
これくらいなら口を開かずに済んで、されど何もしていないとは思われないだろうし。
適当に、異空間の中から解析用として確保していた、グローリアとかいう名前負けなつよロボの残骸やウニの砲塔とかを取り出し、転生者たちに見せ付けるように並べる。
それを見て、一気に動揺が走り空気がざわつく。
というか、吸血っ子や鬼くんまでもが少し動揺しているあたり、そっちはつよロボを見ていないのか。
危険だって事で外周に到達する前に破壊してたし、途中で撤退させちゃったしな。
……ちなみになんだけど、システム周りには英単語が多く使われているので、そこからこの世界に流入し、英語のような言葉が広まったと思われる。
この世界と地球との間には、それ以上の関連性は無いはず。たぶん。
「これが、エルフの本当の顔です。世界にそぐわない力を持ち、そしてその動力源は星の生命力と生き物の魂。この禁忌の異端技術を隠し持っていたからこそ、私たちは星の害悪となるモノを全て消し去る為にエルフの里を滅ぼしました」
予想付いてたけどコケちゃん、エグいとこ切り込むなぁ。
これは困惑どころの騒ぎには収まらんぞ。
「星の生命力はともかく……生き物の魂?」
「人間を材料にしているんです。これは」
「ひゅッ……!」
甲高く短い悲鳴の後に、嘔吐する音が響く。
少し遅れて騒がしく無数のどよめきが聞こえる方角に目を向ければ、殆ど水しか混じっていない胃液を吐き戻す、痛々しい先生の姿が。
やっば、先生には致命傷どころの情報じゃないっ!
体の震え方も危険な痙攣引き起こしているし、次の瞬間にはショック死しかねんぞ。
「先生! しっかりして下さい、先生っ!」
いち早く駆け寄ったのは、距離的に近くに居た山田くん。
背中を擦るものの、えずきと痙攣は収まる様子を見せない。
そして、先生が崩れ落ちるのと同時に動いていたコケちゃんが先生の傍にしゃがみ、膝が吐瀉物で汚れるのも構わずに、震える小さな肩に手を添えて魔術を発動させた。
術式から読み取った効果は精神系。
魂に作用して精神を弄る類いの魔術で、洗脳という行為が嫌いなコケちゃんがカウンター術式として編んだ、精神を安定化させ元に戻す魔術。
これも実質洗脳と変わらないと言って、本人は好ましく思っていなかったけど、その効果は抜群であり、みるみるうちに震えも収まり顔は青褪め呼吸は荒いままではあるが、一先ずの落ち着きを取り戻したようだった。
「…………」
状態が安定した事を確認して、そっと肩から手を離すコケちゃん。
そのまま暫し、誰もが無言となり先生の啜り泣く声だけが聞こえる。
エルフに生まれて体の成長が遅い先生は、人化してから肉体的な成長の変化が無いコケちゃんと比べても幼く見える。
けれど、この転生者たちの中では唯一の大人だったであろう先生。
その先生が、こうも取り乱して倒れた姿に、周囲には重苦しい空気が漂う。
私自身も、先生が此処まで重く受け止めるとは思っていなかったし、転生者たちにとっては尚更衝撃的な光景だろう。
「先生……」
「触らないで下さいっ!」
「——ッ」
コケちゃんは、涙と鼻水で濡れる先生の顔を拭おうと手を伸ばした。
しかし、その手は触れる直前に払い除けられ、勢いでコケちゃんが後ろに蹌踉めく。
——っと。
「……っ。あ、えっ……、白ちゃん……?」
「大丈夫?」
バランスを崩していたコケちゃんが地面に倒れる前に、瞬時に回り込んで受け止める。
腕の中に収まったコケちゃんは、体を縮こませたまま何か言いたそうに、けれど言葉にならずに口をパクパクさせて私を見上げていた。
光の加減で青みを帯びるラブラドライトのような瞳が、不安げに揺らめく。
おっと、流石に転生者たちの前では、この体勢は恥ずかしいか。
両腕を支えながら立たせると、コケちゃんは眉を下げ口をへの字にしたまま静かに言った。
「…………ありがとう」
お礼を言われているのに、何だか怒られているような気がする。
何故だ。
みっともない姿を見られてしまったからか、少し頬が赤くなったコケちゃんは咳払いをすると、先生の方へ体を向き直す。
その一連の流れが終わると、隅で肩身を狭そうにしていた転生者の男子どもから、また今迄とは別の騒がしさが湧き上がっていた。
聴力を強化して会話を拾えば、キ?だのマ?だの何だのと……
お前ら何言っているん? 単語が圧縮され過ぎてて内容が全然分からん。
再び目線を合わせて、先生に呼び掛けるコケちゃん。
感情の高ぶりも落ち着いたのか、今度は手が出ることも無く悲痛な慟哭から話が始まる。
「私がッ、私がしていた事は間違っていたんですかッ!? 私は……生徒たちを危険に晒してッ、利用されて……いただけ、なんですか…………っ」
嗚咽を漏らしながら、先生は叫ぶ。
戦場に出てきた先生と戦闘を行い身柄の確保をしたユーゴーは、その時に襲撃の目的とエルフの真実について語っていたらしい。
なので、先生は既に悪辣なポティマスの裏側について、幾らか知っている事になる。
私たちの中で共有されている情報から説明した内容を推察すれば、人身売買とロボの中身とか、吸血っ子が襲われ殺され掛けた時の話と、そこから危険だからと殺された転生者も居るのではないのかとか、そこら辺の話について伝わっていると思う。
私は、あまりにも見ていられなくて、勇気を振り絞って自ら先生に声を掛けた。
「間違っていない……。命懸けで、生徒の為に戦ってきたのは……間違いなんかじゃ、無いです。こうして、みんな生きて会えたじゃないですか」
私としては長文ゆえに、跡切れ跡切れになりながらも確かに伝わるよう、心を込めて先生は何も悪くないと言い聞かせるように告げる。
しかし先生は、納得せずに今迄胸の内に秘めていただろう想いを絶叫する。
「みんなじゃ、ない! ……助けられなかったッ! わた、私は……助け、られ、なかったぁ!」
それは擦り切れそうな心が発した、無力さに絶望する悲鳴だった。
先生が言うのは、この場に参加する事が永遠に不可能な、欠けてしまった転生者たち。
桜崎一成、小暮直史、林康太、……この三人。
彼らの死を、先生はずっと前から間に合わなかったと後悔し、嘆き続けていたんだろう。
だが、私からすれば本来抱える必要の無い、身の丈を超えた重荷を、無理して背負い込んでいるだけにしか見えなかった。
彼らの人生は、彼らのもの。
そして、運命なんて言いたか無いけど、彼らは死から逃れられなかったに過ぎない。
この世界は残酷だ。
死が身近に潜んでいる。
私たちは単に運が良かったから生き延びただけで、死に直面した事など数え切れないほどある。
コケちゃんや吸血っ子や鬼くんなども同じで、もしかしたら誰かが居ないなんて普通にありえてしまう。
他の転生者たちも、山田くんのような非常に恵まれた特権階級でも無い限り、常に死の危険性と隣合わせの生活をしていただろう。
魔物が入れない街の中だろうが戦争や賊によって殺されるかもしれないし、城壁の外ならば何時死ぬことになっても不思議では無いのだから。
そんな世界で、自分以外の命を救うにしても限度があるだろう。
ましてや、幼いエルフの身と先生の境遇では、土台最初から全員を救うなど無理だったのだ。
神ですら不可能な事が、この小さな先生に出来る筈も無い。
求め過ぎている。
人間だろうが神だろうが、己の分を超えた事などロクな事にならないし、出来もしない事を嘆き責任を感じているのは、それは傲慢でしかない。
それに……取り零した過去ばかり眺めて、救い出せた今を見ていない先生に、苛立ちが募る。
どうして、助けられなかった、なんの為に……そんな事を繰り返す先生の背に立ち、肩を叩いて強制的に前を向かせる。
「先生」
「ッ!」
「あなたがした事は……全て。目の前の彼らを無視して……、一人、嘆くことなんですか?」
過去は、その人が積み重ねた、とても大事なものだ。
それが——、今を、自分を作り上げる。
けれど、過去に囚われて懊悩し、今という大切を蔑ろにしていいものじゃ無い。
私は……、何か致命的なモノを落としてしまった事は無いけれど、それでも偽物の記憶と本物の記憶の二つを持つなりに、過去の大事さについて分かっているつもり。
その上で言わせて貰うと、得られ掴むことの出来た今の結果すら見ないようでは、過去すら否定しているに等しい。
そして過去を否定するという事は——、自分自身そして全ての人に対する裏切りだ。
何も価値が無かった? 間違いだった? 取り零して空虚しか残っていなかった?
違う。
全ての事に、価値はあり意味もあって正しさもゼロじゃない、決して空っぽだった訳では無いのだから。
自分に嘘をつく行為が、何より自分を殺す。
そして自分を殺せば、育み結んだ絆さえも、自分以外の大切の価値さえも貶めて、何にも残らず消えてしまうのだ。
「——だから、前を向いていて欲しい。私が……恩義を感じた、先生は、取り零したと嘆いても、それよりも多くの命を救い出した……、みんなの恩人であるはずだと、思うから」
かなり無理して喋ったからか、喉と精神が疲労困憊だ。
けれど、私の想いは伝わったのか涙は止まり、先生の瞳には僅かながらも生気が宿っていた。
先生は、荒っぽく様々な液体塗れの顔を拭うと、姿勢を正し胸を張って正座をした。
「先生、無理しないで下さい。後からでも話せますし、そもそも聞かなくても良いんですよ……」
「いいえ、いいえ……っ! 聞かせて下さい、最後まで」
コケちゃんや山田くん工藤さんなどが先生の事を心配するけれど、当の先生は梃子でも動かないと腰を深く沈める。
しかしその姿に、先程まであった自殺でもしかねない危うさは、何処にも存在していなかった。
空気が変わり始めている。
この場に現れた時、憔悴しきっていた先生に、どう反応していいのか分からず遠巻きに見るだけだった空気は、驚いたような反省するような、けれど上手く納得出来ない複雑な感情に、自問自答しているような空気へと移り変わっていた。
そんな空気を察して、再び矛先が先生に向かわないように、鬼くんが助け舟を出す。
「まあ、みんなも言いたい事はあると思う。僕はエルフの里での暮らしがどういうものか、伝聞でしか知らないし、みんなと共感出来るとは言えない。けど、先生も好きでみんなを此処に閉じ込めていたんじゃないって、僕はさっきのを見て思ったよ。悪気があってそうしてたんじゃなく、善意からそうしていたんだって、必死な叫びから感じ取れたよ。……みんなは、どう思った?」
穏やかに語り掛けるその言葉に対し、転生者たちの受け取り方や反応は様々だ。
大まかに分けるとするならば——
視線を彷徨わせて、戸惑いつつも周囲の流れに身を任せる者。
話を主導してきた工藤さんや私たちに視線を向けて、先を期待する者。
そして、工藤さんなど自責の念に力無く肩を落としている者などだ。
大多数が、意見も無く他人任せな連中だけど、仕方ないと割り切る。
こんな環境じゃ、大きな決断を迫られるなんて経験、しないだろうし。
むしろ工藤さんが、結構しっかりしていた事に驚きだわ。
「……それならそうと、言って欲しかったわ」
縋るような声で、工藤さんが呟きを溢す。
先生と工藤さんは、前世では立場も関係無く、かなり仲の良い関係だった。
それだけに、裏切られたと思ったときの恨みの想いは、非常に強くなったのだろう。
「……言えなかった」
「は?」
先生のために、これで口を開くのは最後だと思いながら、言葉を紡ぐ。
「先生には、言えない理由があった。破ったら、ペナルティのある、そんな理由が」
「若葉さんッ!?」
「白……、です」
先生の言葉を訂正しながら私は、これ以上何も言わないと口をキツく噤んだまま下がっていく。
生徒名簿。
それこそが先生がDから与えられた悪趣味なスキルで、生徒の情報が分かるものの、その情報を生徒には教えてはならず、破った場合何か良くない事が起きるという、罰則付きのスキルだった。
そのペナルティが、重いのか軽いのか、実際には私にも分からない。
もしかしたら何も無いのかもしれないし、連座で大多数が巻き込まれる危険なものなのかもしれない。
ぶっちゃけ、私が言及するのもギリギリセーフなのか怪しいのだ。
なので、必要最小限の情報だけ説明するに留めるしかない。
……あぁ、疲れた。
幸いな事に工藤さんは察してくれたようだし、前世で先生から貰った恩も少しは返せたと思う。
その分、工藤さんにダメージが大きく入ったようだけど、こればっかりは私の管轄外。
広がった溝については、本人同士で話し合って埋めてもらうしか無い。
工藤さんは内心の整理に没入しだしたのか、蹲ったまま暫く動くことはなさそうだ。
まあ、多少は同情できんことも無い。
生まれたばかりの頃から、ずっと此処に居たんだもん。
自由も、娯楽も、刺激も、——死の危険も無い、真綿の監獄に。
私は、御免だね。
死と隣合わせの自由と、ペットとしての飼い殺しの人生だったら、迷いなく自由を取る。
明日、魔物に喰われて死ぬとしても、それもまあ良し。
自由の代償は高く付いた、だが悔いは無い。
魂は、気高く輝いたのだ。
けれど死ぬつもりなど更々無いよ。
私には、私を真っ直ぐ見てくれる人が居るから。
それだけで、自分がどれだけ価値があるのか、理解出来るのだからさ。
その真っ直ぐ見てくれる人の背に回る。
首を回して瞳が追い掛けてくるものの、その視線はちっとも不快じゃない。
そして、彼女のつむじ辺りに顎を乗せるように寄り掛かると、そっと頭上で耳打ち。
「後は全部任せた、コケちゃん」
「……っ…………、…………了解」
もう何もしない!
話を振られても、何も答えないぞっ!
魔術で即席の石製ベンチを作り出すと、私は腰を降ろして背もたれに体重を預けた。
そんな私を見る目は様々だが、気にしない。
一生分の台詞を言い切ったとでも思えるような感覚なので、どう思われようが休みたいのだ。
耳だけは傾けつつ、私は顔を伏せた。
透視もオフにすれば、赤みがかった暗闇が視界を埋め尽くし、私を外界の猥雑さから遠ざけて、夕闇のような安寧を齎してくれるのであった。
——ほんの少しの時間だけ、白織が視覚情報を遮断している時。
後を頼まれた翠の子は、軽く下唇を噛む。
そして、ちらりと一瞥して——心の中で呟く。
白ちゃんの、ばか……
キリの良い所まで、月金で更新出来ればいいな。
語りや口調は難しい。
白織なら悠木節を聞けば思い描けますけれど、ならばコケちゃんは……?