【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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55 聖女と翠星と、白蜘蛛と

 去っていこうとする、小さな背を追い掛ける。

 

 この期を逃せば、二度と私と彼女の道は交わらない。

 そんな気がしていた。

 なんて言えば良いのか、どう話せば良いのか。

 思考を加速させても何も纏まってすらいないというのに、気持ちだけが奔って止まらない。

 

 ユーリーン・ウレンは、小走りしながら考える。

 彼女は、間違いなく前世で友達だった人であり、そして私の知っている苔森真理という少女では無かったから。

 

 記憶の中では、いつも楽しそうな笑顔を浮かべていた真理ちゃん。

 そんな彼女が、彫刻のような冷たい無表情を貼り付けて、私たちの前に現れたのだった。

 

 足首に届きそうな途中から色が変わる長い金髪や、体格と比べると非常に大きく見える三角帽を被った魔女みたいな服装など、容姿だけでも前世との差異は多岐に渡る。

 不思議と似合っていたし、顔も彼女だと分かる特徴を残しながらより洗練されたような造形へと変化していて、まるで彼女をモデルにして作られた精巧な人形のよう。

 

 彼女が人間じゃないという事には、心から驚愕した。

 

 勿論、友達が生きていて嬉しいという気持ちもあるけれど、それよりも私は、真理ちゃんが今に至るまでに歩んできた来歴を想像して、心を痛めてしまう。

 

 魔物に生まれるというのは、どういうものなのか私には想像もつかない。

 同じ魔物生まれでも生まれた時には王宮の中で、シュン君と一緒に過ごしてきたフェイさんも、人では無いなりの不便さや不自由さに、何度も愚痴をこぼしていたもの。

 

 あの凍りつくような凛冽な光に恐ろしいと感じつつも、全てを包み込んでくれるような神々しさも感じた、光輪を背に浮かべ人では無いと証明していた姿。

 

 私は、あの姿に怖いと思いつつも、何処か想像もつかない畏怖のようなものを感じていた。

 

 そこに至るまでに彼女は、何を見て何を経験したんだろう。

 フェイさんよりも過酷な環境から現在の姿があるのだとしたら、いったいどれほどの苦難を乗り越えて、戦ってきたのだろうか。

 

 それは、前世の真理ちゃんとは似ても似つかない雰囲気から、否が応にでも察せられたから。

 

 

 

 

「真理……ちゃん」

「ユーリ……いいえ、結花ちゃん」

 

 さして長くもない距離。

 すぐに追いついた彼女の隣には、若葉さんを真っ白にしたような、白と名乗る少女が。

 

「…………わかったよ」

 

 白さんが私の方を示したと思ったら、それだけの短いジェスチャーで内容を理解した真理ちゃんは足を止めて、此方へと視線を合わせてきた。

 

 そして、ほんの数秒ほどの沈黙が私たちの間に流れ、私が何を言おうか言葉に詰まっていると、彼女は静かに口を開いた。

 

「それで、何の用ですか?」

 

 その口調は突き放すかのようで、再会した友達に向けるような優しさは何処にもない冷たいものだった。

 

「えっと……その……」

「……私たちに恨み言ですか? 全てお前達のせいだと。確かに、そう言われても仕方のない事をしてきました。理由や理屈を説明しても、納得出来るものでは無いのは分かっていますから」

「…………違うよ」

 

 そう心の何処かで感じていたのも事実ではあるが、そんな事を言いたくて来たんじゃない。

 

 私たちの住む星が、危険すらも越えた状態だったのも理解したし、彼女たちが今迄人知れず泥を被りながら頑張ってきた事も、今となっては納得すら感じる。

 そりゃあまあ、何も知らない私たちに人殺しを前提とした計画を持ち掛けられても、反発するか敵対するかのどちらかだろうし、今でも私は星が危ないから大勢の命を殺すなんて出来やしない。

 

 それが、普通の人間にとっての限界だろうから。

 

 なら、何を言いたくて此処まで来たのか。

 その答えは、少し前のシュン君と京也君との再会の光景が思い浮かんだことで、漸く確かな形で自覚したのだった。

 あの時に、シュン君が出した答えこそが、今の私たちに必要な事なのだと——

 

「恨み言を言いに来たんじゃない。ただ、私は……友達に会いに来たんだよ、真理ちゃん」

 

 そう、ただ会いたかっただけなんだよ。

 

 目の前の友達(・・)から目を逸らしちゃ駄目。

 逃げたら、二度と私たちは、友達には戻れないから。

 

「確かに、怒ったり悲しいと思ったのも事実だし……どうしてこんな事になっているのと、誰かを責めたい気持ちもあるよ。けれど、違うんだよ。そんな事は本当はどうだって良いんだから。犠牲になった人からすれば、何言ってるんだって怒られそうだけど……でもやっぱり、私は真理ちゃんともう一度友達として話がしたいって……それだけなんだから」

 

 きょとんとした瞳をしている真理ちゃんに、私は宣言する。

 

「だから、ええっと……私、逃げないっ! 真理ちゃんが何であろうと、私は友達だって思ってるから。だからもう一度…………友達(・・)になってくれませんか? 真理ちゃん」

 

 私の好きな人がそうしたように、私も逃げずに受け止める。

 シュン君の真似だとしてもこの瞬間だけは、私が導き出した私だけの本音なのだから。

 

《熟練度が一定に達しました。スキル「神性領域拡張LV1」を獲得しました》

 

 答えを告げた瞬間、魂が昇華されたような気がした。

 神言が私に起きた変化を伝えてくださるけれど、その意味までは教えてはくれず、ただ私と真理ちゃんとの間に、奇妙な沈黙が流れているのを感じるだけだった。

 

 

「……あははっ。友達も何も、友達では無いなんて、一度たりとも言った事すら無いのに」

 

 雪解けを迎えた花のように、柔らかに綻んだ笑顔。

 無理に貼り付けていたような無表情が溶けて無くなり、いつかの記憶と今の彼女が重なり合う。

 

「はい、此方こそ。また友達(・・)になってくれますか? 結花ちゃん」

 

 その微笑みは、やっぱり前世の彼女とは少し違う憂いも帯びた儚いものだったけれど、それでもさっきまでの押し殺したような顔よりは、何倍も良い綺麗な笑顔だった。

 

「初めて……笑ってくれたね」

「それはまあ。敵同士みたいな関係でしたから、笑顔なんて出せる訳が無いでしょう? それに何だか、さっきのは告白みたいで、それも可笑しくて」

「もーっ! そんなんじゃ無いよ。私が好きなのは…………えへへ」

 

 釣られて、私も頬が緩む。

 息が詰まりそうな寒々しい空気は、もう何処にもなかった。

 

「結花ちゃんの言葉を疑っている訳では無いんです。ただ、お互いに知らない時間を重ねてきて、その中にはきっと……認め難い事も沢山してきました。そういうのを知った結花ちゃんがどう思うのか……。私自身が、嫌われた方がマシと、臆病風に吹かれていただけみたい」

 

 真理ちゃんが自嘲するように、小さく呟く。

 

「真理ちゃん……」

「あぁ待って。その名前では、あんまり呼んで欲しくは無いから……」

 

 彼女が言うには、そちら側の転生者たちは前世の名前との決別をし、皆それぞれ新しい名を受け入れ、今の人生と向き合っているらしい。

 

「それじゃあ……なんて呼べばいいの?」

「あんまり、元の名前から変わっていないようだけど……。コケちゃんって言うのが今の愛称なのかな? ……あぁいや違う」

 

 それは、前の世界と何も変わらない。

 今の私は──

 

「翠星……この名前が、今の私」

 

 神として、そしてこの星の行く末を背負う者として、この名前なのだから。

 ──そう見越して、Dさんもこんな名を与えたんだと思いたい。

 

「わかった、翠星ちゃん」

「でも……普段は、コケちゃんでお願い。そっちの方が呼ばれ慣れているから」

「じゃあコケちゃん。私も、ユーリって呼んでほしいな」

「うん、ユーリちゃん」

 

 そうして、お互い新たな名での自己紹介が終われば、次の話へ。

 そうして少し、お互いの身の上話などに花を咲かせるのであった。

 

 私からは、教会での修行と質素な生活に、不満もありつつも結構のめり込んできた事を。

 コケちゃんからは、魔物に生まれたばかりの頃、過酷極まるエルロー大迷宮で白さんと日々一緒に過ごした話を微苦笑交じりで、けれど楽しそうに話すのであった。

 

 

「私とユーリちゃんの間で仲直りが成立したとしても、それだけでは何の問題も解決はしていないよね。話してみて、彼から頼まれてきたのでしょう?」

 

 そう言って彼女が促したのは、私が此処に来る前の出来事だった。

 それは話が中断した後、シュン君と交わした短い一幕。

 

『聞きたい事は山程ある。けど、俺では冷静に聞けないだろうから、ユーリに頼みたい』

 

 悲しげに顔を伏せ苦悩しているシュン君が頼んできたのは、自分の代わりに私がコケちゃんから答えを聞いてきて欲しいというものだった。

 

『あの時、この剣で彼女を殺したいと思ってしまった。無防備な背中に剣を突き立てて、兄様の仇だと叫びたかった。……けど、それは違うとも思った。俺がすべき事は、そんな事じゃないと』

 

 そう絞り出すかのように吐き出された言葉は、紛れもないシュン君の本心だったのだろう。

 シュン君にとって、この世界で誰よりも心を傾けていたユリウス王子。

 男性に嫉妬するなんて変な話だけど、そう感じてしまうほどシュン君はユリウス王子に熱を上げていたのだから、彼が亡くなったと聞いて受けたショックも彼を殺害した犯人に対する憎悪も一際大きかったのだと、察せられる。

 

『だからまずは……彼女の本心が聞きたい。ユーリ、頼まれてくれるか?』

 

 それなのに、そんな心を自制して真実を見極めようという姿勢に、尊敬の念を感じたのだった。

 

「どうして、シュン君のお兄さんを……?」

「理由はさっきの話し合いで説明したし、そういうのが聞きたいって訳では無いよね」

「はい。コケちゃんの本心について、聞きたいから」

 

 彼女は一度表情を消して瞼を閉じると、寂しげな顔で語り始めた。

 

「私も、殺さねばならないから、ただ殺した訳では断じてありません。……むしろ、出来る事なら勇者ユリウスには生きていて欲しいと、そう願いたくなる美しい魂の持ち主でしたから」

 

 そう言うや一転、決意を滲ませた表情で宣言する。

 

「けれど、殺したかったから殺すなんて、そんな単純な理由で命を奪った事など、一度も無いっ。魔物も人も、食べ物として、糧として、贄として……どれも重く受け止めながら命を奪ってきた。彼を殺したのも、そうしなければ為らないという……全てを台無しにしかねない勇者という爆弾を排除するためには、良い人だろうと何だろうと、私自身の心を殺してでも、命を奪わなければならなかったのだから……」

 

 そう言い切った彼女の姿は、酷く弱々しく悲しそうな雰囲気で。

 本当は命の遣り取りなんか望んでいないのだと感じるような、そんな後悔と罪の意識に苛まれて泣くのを堪えている、ごく普通の小さな少女に見えたから。

 

「…………ですから、許して貰おうだなんて考えてもいません。私は、私なりの理由と正義で勇者ユリウスを殺したと。そしてその罪を重々承知の上で、止まる訳にはいかないのだと。そのようにシュレインくんへと伝えて下さい」

 

 再び、無表情の仮面を被る彼女。

 それは今、立ち止まる訳にはいかないからこそ、か弱い内心を隠すために張られた防壁なのだと感じるのであった。

 

「そんなのって……」

「ちょっと長く喋りすぎたかも。また今度、ゆっくり話そうね。……出来ればきっと、……全てが救われた後にでも」

「待って、コケちゃん……ッ!」

「次の準備もあるから……彼にも、よろしくね。……またね、ユーリちゃん」

 

 ──一陣の強い横風が吹く。

 その次の瞬間には、彼女の姿は何処にも無くて。

 夢か幻のように気配も音も無く、私の目の前から消えていたのだった。

 

 

 

 

「私は……」

「…………ユーリ」

「シュン君」

 

 近づいてくる足音に振り返れば、そこには複雑な表情をしたシュン君が。

 

「聞いてたの?」

「あぁ……」

 

 シュン君のお兄さんの話から、コッソリと耳を傾けていたらしい。

 その事は、さっきの様子を見るに、コケちゃん自身も気付いていたようだ。

 

「許せない?」

「それは……そうだな。やっぱり理屈じゃあ、納得出来ないところがある」

「それが普通なんだよ。理由があったから兄弟を殺されて、はいそうですかと、簡単に納得出来るはず無いんだから」

 

 理屈で分かっても、感情は別というのは、良くある事。

 

「でもね……彼女は私の友達なの。仇だからって殺されそうになれば阻止するし、見過ごせない。それに……シュン君にも、恨みで誰かを殺すような事はして欲しく無いなって、そう思うから」

 

 それでも、思い留まれるのが人の強さだと、シュン君にはそれが出来ると思うから。

 私なりに出来る事は、拗れそうな二人の間を取り成す事なのかもしれない。

 

 そう感じていたのだった。

 

「話が必要なら、私も同席させてね。頑張って、険悪にならないよう取り持つから」

「……ありがとう、ユーリ」

「えへへ。どういたしまして」

 

 シュン君からの深い感謝の籠もったお礼に、少し照れてしまう。

 こんな状況でも、好きな人と一緒に居るというのは、心が踊って表面に現れてしまうから。

 

「そっか……許す、いや認める、か……」

 

 あれ? そういえば、もしかしてコケちゃんって……

 

 隣で、シュン君が悩み今まさに答えを導き出そうとしていたその時、私の脳裏に過ぎったのは、話し合いのときにコケちゃん気配が少し揺らいだ瞬間の前後のこと。

 

 そして思う、やたらと近しいボディタッチも説明途中に含んだ、白さんとの距離感。

 

 ──もしかして、二人……付き合ってる!? 

 

 そのまさかの予想に私が思ったのは、実にくだらない下世話で失礼な話で。

 

 そっかぁー。

 だから若葉さん、いや白さんは、男子どもをこっ酷くフリ続けていた訳なのかなぁ……

 あと、コケちゃんは幾らか男嫌いなとこ見せてたし、そっちはまあ納得しか無いという。

 

 導き出した結論は、実にシンプル。

 

 ……まさか白さんが、同性好きのロリコンだったなんて。

 

 今まさに、酷いレッテルを貼ってしまったような気がするが、そう見えるんだから仕方ない。

 前世で誰も相手にしなかったのは、そもそも男子は対象外だったからという、身も蓋もない理由だったと、なんだか納得してしまいそうだった。

 

 あぁ、でもやっぱり、若葉さんと白さんは、違うのかな? 

 そう思うのだった。

 

 なんというか、根本の雰囲気が違うと言えばいいのかな。

 若葉さんは超然とした、同じ人間とは思えないような隔絶した影のある雰囲気を纏っていた。

 それに対し白さんは、周囲を押し潰すようなヒリヒリ焼け付く雰囲気だけど、それでも優しさも一握りほど持ち合わせた、二つの側面があるような気配。

 

 まるでそう、真夏に浮かぶ太陽のよう。 

 強すぎる日差しで大半の動物はバテちゃうけど、植物には恵みの光でもある、そんな気配。

 

 若葉さんが底知れぬ闇なら、白さんは灼熱の閃光。

 

 多分だけど、この感覚は正しいと、——私はそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……うーん、コケちゃん遅いなぁ。

 

 気になるから、様子見みしよっと。

 決してこれは覗きでは無い。

 大技の反動で病み上がりなコケちゃんが、ただ心配なだけだからっ! 

 

 私たちが今居るのは、第十軍の野営地外側。

 転生者たちとは、だいぶ距離が離れているから、再開するまでは顔を合わせずに済みそう。

 

 一緒にいるのは、吸血っ子だけ。

 鬼くんとユーゴーは、それぞれ別のとこ行っているみたい。

 

 そこで吸血っ子は、スキルで召喚した影狼なる黒い狼を背もたれにして、実に気持ちよさそうに日向ぼっこしていた。

 おい、お前吸血鬼だろ? 良いのか、それで。

 当の本人は、燦々と照らす光を浴びながら、穏やかに目を閉じ寝る体勢へとなっていた。

 

 ……こいつ、ほっとくとそのまま寝そうだな。

 時間になったら、容赦無く蹴り起こすか。

 

 そんな吸血っ子の姿を横目に見ながら、私は瞼を開いた。

 

 そうして万里眼の邪眼でコケちゃんを映せば、長谷部さんと話している姿が。

 そのお互いの表情は、予想とは違って穏やかなものだった。

 

 あっれ? なんか和やかに会話してるし、どゆこと? 

 

 長谷部さんに対して自然な柔らかい表情で答えるコケちゃんに、何故だか分からないけれど言いようのない黒いモヤモヤを感じた。

 

 そして二人は、実に仲の良さそうな雰囲気で笑い合っている。

 その話の内容までは、読唇術とかが使えない私には此処からでは理解出来ず、そうして胸の内側で燻る不快感は、より大きくなっていくのだった。

 

 その表情は、私だけに向けて欲しい。

 コケちゃんの笑顔は、私だけが独占していたい。

 

 ──そんな事が、脳裏に思い浮かんだ。

 

 んん?? 

 今、何を思った? 

 

 それは、まるで──私が、嫉妬している(・・・・・・)みたいじゃないか。

 

 その瞬間。

 虚無だった白蜘蛛の心が、大きく揺らぎ始める。

 けれどそれはまだ、圧縮され密度を高めた末に生まれる光には、まだ足りていない。

 

 戸惑いを気の所為だと思い、忘却の彼方へと投げ捨てた白蜘蛛は気付かなかった。

 

 自分の心。

 それを自覚するには、まだ彼女は純粋すぎて……悲しいほどに、未だ空白だったから。




23/05/17 会話文の一部を改訂。
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