【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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57 残された者達の決断

 退出していった彼女たちの背を転生者たちは見送り、それから数分が経過した。

 

 この場に残るは、シュレインら勇者組、唯一残されたエルフのフィリメス、冒険者として活動していたクニヒコとアサカ、囚われていた転生者たちとその代表、変わらず縛られたままのサジンと荻原、そしてこの騒動の引き金を引いた側のラース。

 

 残された転生者たちを取り巻く空気は、個々人で多種多様な感情が入り混じり、混沌としか言えない様相を見せていた。

 

 ある人らは、冷静に状況を見据えようと思惟を巡らせ。

 ある人らは、直情的ゆえに義憤と納得の狭間で揺れる男と、何処までも現実的に眺める女。

 ある人たちは、舞い降りた一縷の希望とやらに浮かれ気味で。

 ある人は、生来染み付いた性ゆえ、それでも疑念が残ると未だ不安そうに。

 ある人らは、平時と変わらぬ明るき呑気さと、それを窘める気苦労に溜め息を吐く。

 

 またある人は、出来る事なら全てやり直したいと、慚愧と後悔の念に沈んでいた。

 

「先生」

「え、ぁ……シュン君」

 

 悩むフィリメスは声を掛けられ、驚いたような反応を見せる。

 その様子は、普段の彼女とは全く異なり、覇気の無い茫洋とした顔だった。

 

「大丈夫ですか? やっぱり休んだ方が」

「はい。ありがとうございます、シュン君。……でも、先生は大丈夫ですよ。白さんから言われたように、こうして俯いている訳には、いきませんし」

 

 けれど、彼女の頭の中では、何一つ整理が付いていない。

 エルフの事、転生者たちの事、星の事、そしてそれら全ての常識を打ち壊した彼女たちの事……

 

 一体誰を恨めば良いのか、混乱した頭と心では判別がつかない。

 今まで利用する為だとは言え転生者たちの捜索に尽力してくれたポティマスか、それとも真相を叩き付け自らが知る世界を壊した彼女たちか。

 

 彼女たちを怨むのも、お門違いだとは気付いている。

 けれど、エルフの中にも親しくしていた人も居たし、それらの人達も一切の別も無く纏めて殺されていると知れば、複雑な感情で胸が苛まれる。

 

 正直に告げるとするならば実はエルフ達には、そんなに心痛めている訳では無い。

 非情にも思えるが、単に優先順位の問題。

 フィリメス・ハァイフェナスいや岡崎香奈美にとっては、今世での同族であるエルフより、前世から知っている生徒達の方が、心を占める割合が多かっただけに過ぎないのだから。

 

 だから、里に居たエルフが皆殺しの憂き目にあったと知ってもショックではあるけれど、意外と冷静に受け止めている自分が居るのに、彼女は奇妙な納得感を覚えながら気付くのであった。

 

「やあ先生。ちょっと良いかな」

「おい、京也。今は……」

「大丈夫、シュンが思っているような事を言いに来たんじゃ無いから」

 

 突然、割り込んできた声の主は、角がある以外は前世とほぼ変わらない、けれど雰囲気は勇壮なものへとなっていた青年。

 その僅かな違和こそが、彼女に世界の違いというものを、鮮烈に示すのであった。

 

「少し、僕の昔話をしても良いかな?」

「京也の?」

「そう、僕の今世での昔話さ」

 

 その言葉に、驚きの表情を浮かべるシュレイン。

 それは、その話について少しばかり理解していたからこその反応だった。

 

「僕が生まれたのは、魔の山脈にあるゴブリンの村だった」

「ゴブリンって、まさか」

「その通り、最初はちっぽけな一ゴブリンに過ぎなかったんだよ」

 

 鬼人は、己の過去を語る。

 その村では、原始的ながらも生きるという事に真摯な生活が、営まれていたと。

 

「そこで、僕は生まれ持ったスキルを使って、村に貢献しようとした」

 

 彼の手に、無から発生したかのように小さなナイフが生まれた。

 それを弄びながら、彼は小鬼であった自らの過去へと立ち戻る。

 

「それによって、村では狩りの成功率が上がり飢えで亡くなる子供も減って、日常生活でも使える刃物が増えた事により食事や建物も向上していったんだ」

「別にそれって、ただ良い事尽くめじゃないか」

「そうだね……最初はそう思ってたし、みんなの役に立っていると思って誇らしかったよ」

 

 しかし鬼人は、曖昧に笑う。

 

「その結果、出処不明の武器を持っているゴブリンとして、僕たちの村は人族から討伐される事になった」

「——ッ!?」

「そんな……っ」

 

 あまりにも報われない結末が予想出来て、絶句するシュレインとフィリメス。

 

「その結果は、予定調和として村は全滅。そして僕は、珍しいスキルを持った魔物として、人族の召喚師に隷属させられる事になった。その後の事は、あまり気分の良い話では無いから割愛させて貰うよ。最終的に、その召喚師の支配を断ち切り、その召喚師を含めた人族たちを怒りのまま殺し尽くしたという話だから」

 

 壮絶な半生を語る口調は穏やかで、とてもそんな出来事があったとは思えないほど淡々と続く。

 

「それからの僕は怒りに瞳を曇らせ、魔の山脈を彷徨っていた頃に白さんたちと出会い、その流れで彼女たちと合流したっていう経緯さ」

 

 そこで一旦口を止め、彼は表情を大きく歪める。

 そこから読み取れるのは、強い自罰と自嘲の色だろうか。

 

「まあ僕が言いたい事はさ……良かれと思ってした事が、村に破滅を呼んでしまったって事。その結末は救いようの無いもので、後悔しても取り戻せない過去の出来事さ。——本当に、僕は愚かな小鬼だったんだよ」

 

 その明かされた事実に、親友だった少年は答えられない。

 彼が思うより、想像以上に凄絶な親友の過去に、何と声を掛けて良いのか分からないからだ。

 

「笹島くんは……それをどう受け止めたんですか?」

 

 エルフの少女は、鬼人へと問いかける。

 彼がその罪に対して、どんな答えを出したのか、知りたいと思ったから。

 

「受け止めてなんか、いないさ」

「え?」

「今も犯した罪を受け止めるなんて出来てはいないんだ。ただ償い続けるだけの人生。もう居ない村のみんなの為に、これからもずっと」

 

 予想だにしない言葉に、彼女は目を丸くする。

 それを認識し、彼は薄く微笑した。

 

「けどね、悩む先生を見て、僕なりに気付いた気がするんだよ。僕の贖罪は虚しいだけだなと」

「そんな事は……」

「いいや、違わないさ。だって僕の贖罪には相手が居ないから。結局何処まで行っても自己満足に過ぎないと、そう思ったんだ」

 

 もはや誰もおらず風化した村の残骸の記憶と、この場に居る彼女が救った転生者たちを見比べて鬼人は嗤う。

 自分が救われたいから為す贖罪と、他人の為に行える償い。

 そのどちらが、尊いものだろうかと、彼は過去を振り返りながら告げていた。

 

「僕にはそんな償いしか無かったけど、先生には選択肢がある。それが羨ましくもあるし苦悩する事だってあるだろうとは思うよ。けど、いつかは立ち上がって欲しいと思うな。僕とは違って答えは直ぐ傍にあるんだからさ」

 

 先生を信じている。

 それは白の少女が見せたものと同じ、何処までも信頼という名の無責任で、けれども思い遣りに満ちた言葉だった。

 

 その信頼を向けられる価値なんて私には……そう思った彼女は自らが救った生徒たちを見た。

 そこに映ったのは——今でもなお彼女を先生として想い心配する顔だったから。

 

 その事に気付いて彼女は、あぁ……と小さく呟く。

 悩みの全てが晴れた訳では無い。

 けれど、こんな私でも頼られている。

 その事実に気付いて、彼女は決意と共に立ち上がった。

 

「やっぱり、私は先生ですっ。生徒の為に私はっ、立ち止まる訳にはいきません!」

 

 宣言する。

 己はやっぱり、生まれ変わっても失敗したとしても、先生である事に変わりないと。

 これからの未来でも、間違う事はあるだろう。

 それでも生徒を守る為なら、挫けたり立ち止まったりは、もうしないのだと強く誓うのだった。

 

 

「それにしても……私より大人みたいですね、笹島くん」

「それはまあ、何年も軍……」

「笹やーん! 俺そんな事知らなかったよーっ! 辛かっただろうに、うおぉぉぉん、ズビビッ」

「引っ付くなバカ! お前の鼻水とかで汚れるっ!」

 

 号泣しながら飛びついたのは、ガチガチに絞められた縄から一瞬で抜け出したサジン。

 感極まって顔面を様々な液体で汚す彼はそのままラースの腰に抱きつこうとしたが、それを察知した当人によって容赦無く地面に叩き伏せられていた。

 

 その喜劇のような流れに、息を呑むような重苦しい空気が払拭されて、笑いが沸き起こる。

 そのような明るい空気へと移行させたのは紛れもなくサジンの功績なのだが、それを素直に称賛出来ないのは、やはり彼のお気楽過ぎる性格ゆえだろう。

 

「えっと……笹島くん」

「なんだい委員長」

「なんて言ったら良いのか判らないけれど……ごめんなさい、色々と誤解していたわ。あなたたちの事も、世界の事も」

 

 転生者たちの代表である工藤さんは、深い自責で心が重い。

 何処か、甘く考えてはいなかっただろうか。

 前世の価値観に縛られ命の遣り取りや戦争などが、全て自分には縁遠い遥か遠い場所での出来事だと、そう感じてはいなかっただろうか。

 不便で退屈だけど、それ以外には逼迫して困った事の無い環境が、どれだけ恵まれていたのか、今になって漸く気付いたから。

 

「僕の経歴はかなり特殊な生い立ちだから、それがスタンダードとはとても言えないけれど。まあ優しくは無い世界だよ、この世界はさ。クニヒコたちなら、それを実感しているんじゃないかな」

「ん? ……あーまあ、そうだな……突然、親兄弟皆殺しにされる。そんな事が起こる世界だよ、此処は」

 

 瞳の奥に暗い復讐の炎を宿しながら、クニヒコは言った。

 

 その言葉に、再度強烈な衝撃を受ける転生者たち。

 この彼もまた、夢見がちな冒険譚を歩んで来たのでは無く、苛烈過ぎる程の人生を歩んできたのだと知って、憧れを口にしていた己を深く自省し肩を落としていた。

 

 クニヒコの脳裏に浮かぶは、燃え盛る故郷の地。

 その深々と記憶に刻まれた災禍を引き起こした、圧倒的な格の違いを見せつけてきた痩身な男の姿が浮かんでいた。

 その男が所属しているのは魔族軍、その軍団長の一人。

 その事実に気付いた彼は、鬼人へと問い掛けた。

 

「なあ笹島。お前はメラゾフィスっつう男を知ってるか? ……答えろ」

「……ああ、勿論。僕たちと志を同じくする仲間だよ」

 

 その気迫滾らせたクニヒコの声色と、これまでの作戦に関する情報共有を唱えた翠の少女が主催した説明会にて事実を知っていた鬼人は、心に何とも言えない苦味を感じながら答えた。

 

「メラゾフィスさんも此処に来ている。後で会ってくれるよう、お願いしとくよ。……僕からは、それだけさ」

「あぁ……それだけで、充分だ」

 

 彼らの因縁は、一先ずこの場では先送りとなった。

 よって、次の話題は……

 

「これから私たち、どうすれば良いのかしら。保護してくれるとは言うけれど、その後は? 協力するしないにせよ、何の基盤も無いんじゃ将来は暗いわ。世界の命運という話だけでは無く、明日をどう生きるかという話でもあるし」

 

 寄る辺なき転生者たちの今後、その話だった。

 此処には居ない、翠の彼女が語った壮大過ぎる話を疑っている訳では無い。

 それほどまでに、星の状態というものを直接体感させられた事が衝撃的だったからだ。

 

「星を救うって、要は沢山の命が育ったら、それを沢山殺すって事でしょ? つまり私たちに誰かを殺せって言うんじゃ無いわよね……」

「安心して欲しい。罪を背負うのは僕たちだけで充分だし、その負の連鎖も直に終わらせるつもりだから」

「京也、そいつは一体?」

 

 鬼人は言うべきかどうか僅かに逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。

 

「さっき支配者スキルについて話していたよね。それにはキーと呼ばれる特別な機能があるんだ。それを使って、僕たちは現在のシステムの構造そのものを再編し、強制的に星の再生を起動させるつもりなんだよ」

「まさか、そんな事が可能なのか……?」

「仔細までは知らないけど、苔森さん達が言うにはそうらしいよ」

 

 明かされた星の救済手段に、誰もが言葉を失う。

 よもや、そこまでシステムの核心に迫っていたのかと驚き、またその方法のデタラメさに理解の範疇を越えていたからだ。

 

「いやこの際手段については置いておこう。それを為した場合どうなる? システムを再編すれば今のシステムの恩恵に支えられた世界が何事もなく無事であるはずが無い」

「鋭いね、シュン。その通りステータスやスキルは消失し、全世界規模で尋常では無い混乱が発生するだろう。僕たちを支える力も消失し、化物からただの無力な存在へと落ちぶれるさ」

 

 だが、これで良いと鬼人は告げる。

 それでシステムありきで繁栄してきたこの世界は、再び崩壊するかもしれない。

 しかしそれこそが、本来あるべき姿だと力強く宣言した。

 

「そもそも、システムという存在自体が異物そのものなんだよ。砕け散った星を再生させる為とはいえ、強いられる贖いの代償が重すぎる。それは一体何年続いている? 禁忌のログを見れば判るけど軽く千年は、この終わりなき地獄が繰り返されてきたんだよ」

 

 ならば、終わらせねば為らない。

 己が悲劇の運命に落とされた原因がスキルという世界の理であるならば、それによる利得を破却させてしまうとしても、望むところだと鬼人は雄々しく語る。

 

 ——その結果、自らが大罪人として吊るされても構わないと。

 

「ふざけるなッ! 何勝手に納得してんだよ。認められるか、そんな事ッ!!」

 

 響いた怒号は、怒りよりも悲しみに満ちた絶叫だった。

 

「システムが元来不要な存在だってのは、俺も同意見だよ。そんなものが無い世界から来た転生者なら、尚の事分かるさ。けどな、親友が死んでも構わないと聞かされて、はいそうですかと言える訳無いだろ……」

 

 そんな悲しい運命など言わないでおくれと、シュレインは友へと縋るように叫んでいた。

 

「なら、シュン。君はどうするんだい? どのみちシステムは一度解体される。その流れは止められないし、例えだが今更僕一人が離反した処でどうにも為らないよ。世界は一新される、その結果として然るべき罰を僕は受ける。これは、彼女たちに協力すると決めた時に誓った、僕の贖罪なのだから」

 

 それでもなお、僕を止めるかい? 

 そう告げる彼に、シュレインは——

 

「……あぁ、そうだな。俺では止められないだろう。世界の命運も、京也の贖罪も、何一つだって止める事など不可能だろうさ。なんたって戦う事に怯え剣すら抜けない臆病者の勇者だもんな」

 

 自分の弱さを見詰め、無理に止める事など不可能だと悟っているシュレインは、力に訴えて抗うことはしない。

 説得も無意味、善悪を問うのも無意味、彼は止まらない、止まれない、それが分かるから——

 

「けどな、親友として……一人の友人が悲しい人生歩もうとしてんのなら、支えてやりたい救ってやりたいと思って何が悪いッ!」

 

 自らのエゴを、渾身の気迫でもって叩き付けた。

 

 親友を想う、剥き出しの心。

 止められないのなら、重荷を分かち合う。

 戦いというものに致命的なまでに向いていない勇者が示せる、唯一の勇気がそれだと信じて、彼は地獄へと堕ちようとしている親友の支えになりたいと、全ての想いを籠めて吼えていた。

 

「そういや、前世から京也は融通がきかなかったよな。いつも零か一か、極端なんだよッ! 罪を犯したから死ぬしか無い? 馬鹿なのか、どうして生きるという選択肢が無いんだ。一人で償う事が死しか無いと言うのなら、俺を巻き込めッ! 絶対死なせない、体張ってでも支えてやるからな覚悟しろよッ、この大馬鹿野郎ッ!!」

 

 襟首を掴み上げながら、滾る熱を眦から溢しつつシュレインは、頑固者の親友へと決意を宣したのだった。

 

「あぁ、いいよ。俺は京也たちに協力する。どうせ俺一人が抗っても、流れに呑み込まれるだけ。なら、自分の意思で乗っかてやる。それが崇高なものでも卑賤なものでも構うものか。その結末の如何も、全て受け止めてやる」

 

 激情のまま、シュレインは湧き上がる言葉をそのまま吐き出していく。

 自分でも、何を言っているのか良く理解しないまま、けれど言葉は止まらない。

 

「俺はッ、京也お前と再び会えて嬉しかったさ! だから、またさよならなんて御免なんだよッ」

 

 全ては、親友の為に。

 ちっぽけな非戦の勇者が出した答えは、全てを受け入れる寛容さという答えだった。

 

「私も、協力します。生徒が辛い道を歩んでいるのに先生が何もしないなんて、そんなの私自身が許せませんから。その過程や結果も、先生は見届けたいんです」

 

 困っている誰かがいれば見過ごせず、救恤せずにはいられない。

 何処まで行っても自分は先生だったから、彼女もまた立候補する。

 

 今ここに、鍵を持つ者が二人、力強く己の意思を示し覚悟を燃やすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、どう思う?」

「シュン×キョウヤ……アリね!」

「止めなさい、あなた達!」

 

 腐り落ちた彼女たちは、こんな状況でも変わらず平常運転だった。

 ある意味、恐れ知らずの勇者とは、彼女たちの事を差すのだろう……

 しかし、この彼女たちの活動は、今後の趨勢に影響を与えない。

 彼女たちは、ただの舞台裏の一幕、それだけに過ぎないのだから。




 
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