【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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58 変革の兆し

 糸で編まれた手錠と首輪を嵌めたソフィアちゃんが、部屋の中央にて座らされていた。

 

「……辞世の句は?」

「まって、ご主人さま!? 言い訳する機会も無しに死刑なのっ!?」

 

 此処は私と白ちゃんが墜落させた、ポティマスが設計製造した宇宙船の中。

 外の中世じみた世界観からは不釣り合いな鋼の室内にて、冷たく硬い床へと座らされたソフィアちゃんが抗議の叫びを上げる。

 甲高く騒ぐ彼女を無視して、粛々と裁判は進んでいく。

 

「別に俺としては、向こうに帰っても一成が居ないんじゃ意味はねぇし、今ではこの世界にも愛着が無いとは言えねぇしな。帰還なんてどうでも良い。だが、あの発言は色々と駄目だろ。今バラすことじゃねぇのは俺でも分かるわ」

「正直、あの失言は私でも擁護出来ないし、罰は受けて然るべき。何とか最悪の展開は回避出来たから良かったものの、希望があると知った彼ら彼女らから今後もこの手の質問に晒される事になるのが目に見えるようで……まあ、やりすぎは止めるから、安心して地獄に墜ちるといいよ」

 

 ぞんざいな口調で呆れ果てるユーゴーと、盛大に嘆息しながら容赦無く助けを求める叫びを切り捨てる私。

 今この場にて、彼女に救いの手を差し伸べようとする奇特な存在など誰一人として居なかった。

 

「味方が、誰も居ないわッ!!」

 

 被告人の不服を訴える陳述は却下され、早々に判決は下された。

 

「断、罪」

「ウギャァァーッ!!??」

 

 設計者の思想が伺えるような、偏執的なまでに理路整然と通された天井の配管へ糸が貼り付き、その糸によって空中へと吊るされるソフィアちゃん。

 せめてもの慈悲か、逆さ吊りや絞首などでは無く胴体から吊るされる形なので、一応下から覗き込まないかぎりスカートの中が晒されてしまうような事は無い。

 しかし、糸を軸としてグルグルと高速で回転させられ、その様は滑稽を通り越してむしろ憐れに見えてくるほど、苛烈に三半規管を痛めつける拷問そのものであった。

 

 そして程なくして——

 

「おえ……ごほッ、うぅ……」

 

 四肢を力無く投げ出しグッタリと、二つ折りの状態で宙ぶらりんとなるソフィアちゃん。

 ギリギリ吐くような事にはなっていないけれど、あと少しの刺激で決壊しそうなほど、血の気の失せた青褪めた顔で、淑女にあるまじき呻きを漏らしていた。

 

「これで、勘弁してやろう」

 

 そう傲岸不遜に言い放ち、縛っていた糸を解れさせる白ちゃん。

 拘束から解放されたソフィアちゃんはそのまま重力に従い、鈍い音を立てながら床へ落下した。

 

「これに、懲りたら……先に考えてから、喋るように」

 

 そして、普段なら何も言わないというのに、今日は少しだけ饒舌に説く白ちゃん。

 過去の一件からソフィアちゃんに対してのみ厳しめな態度を取る白ちゃんは、今でも何かあれば容赦無く制裁を下し、毎度毎度やりすぎな程の罰を下すのだけど、しかし——

 

「……あれ?」

「ん? どうかしたか?」

「いやううん、何でも無い——けれど……」

 

 結果だけ見れば、今回もソフィアちゃんは酷い目に遭って、目を回しながら床で伸びている。

 けれど、いつもなら加熱して暴走しだす白ちゃんの制裁が行き過ぎないよう、私が止めに入るという構図が今迄の流れであった。

 

 今回は私も怒っていたため阻止に入る基準が高くなっていたというのもあるが、それでも以前の白ちゃんであれば、膨れ上がった癇癪から自制心を失い理不尽な暴力へと形を変えて発散するのが常だったはず。

 

 その白ちゃんが暴走した時に止める事が出来るのが、唯一同等同格で同じ思い出を共有し合っている私だけだった。

 力量でも心情的にも、それは自惚れかもしないけれど白ちゃんの隣に立てるのは私だけであり、実際に以前からそうしてきたのだ。

 

 白ちゃんの制御装置(ストッパー)として、そして同じ志の仲間(パートナー)として。

 

 なのに、白ちゃんが自ら暴走を止めた? 

 私が抑えに入る前に? 

 

 この時、感じた感情は一体何なのだろう。

 ただ分かるのは、寂しく悔しいと思いつつも喜んで称えたいような、複雑な入り混じった気持ち。

 

 まるでそう——手の掛かる子供が、少しだけ成長を魅せているかのようだと、そう感じていた。

 

 

 

 

「——さてと、情報共有していたとはいえ、ちゃんと細部まで聞いていなくて誤解した情報で口を滑らしたソフィアちゃんも悪いし、周知徹底の確認を怠ったコケちゃんも悪い。そして何より——本来ちゃんと説明すべき立場なのは全ての情報を握っている白ちゃんなんだからね? コケちゃんを通して伝達出来ているけれど、いつまでも彼女に甘えてばかりじゃ駄目だよ」

 

 正面に立つのは、アリエルさんの姿。

 今回起こった事の経緯と事情を、この部屋に入るなり突如始まった裁判から見聞きして理解した彼女は、喧嘩両成敗と全員それぞれの過失を上げ、やんわりと優しく叱る。

 

 そして、槍玉に挙げられた三人は揃って彼女の前に並び、正座して反省の意を示すのであった。

 

「……反省してるわ」

「ごめんなさい……」

 

 ソフィアちゃんと私が、静かに謝罪を述べる。

 私たちの間にて情報共有に問題があると判ってはいても、改善しよう改善しようと考えては改革も刷新も実行せず、なあなあで済ませていたのは事実であり、その皺寄せが今回最悪のタイミングで爆発したのが、先の事件における事の本質だった。

 

「まあ、それを言ったら私だって人のこと言えないけどね。白ちゃん達と出会う前は、誰かの力を借りたり協力を願うなんて、考えもしていなかったんだし。……いやはや、コミュニケーションとはかくも難しき、なんてね」

 

 肩を竦めて、おどけるように自嘲するアリエルさんは、自分もまた会話を怠っていた側だと歪な笑みを浮かべる。

 そもそも、本来の手勢とは眷属たる蜘蛛の軍団であるし単体としても突き抜けているため、魔王として活動し始めた時には全て自分で片付けようとしていたと、これもまた並外れた能力持つ者の驕りかと盛大に嘆息していた。

 

 そして、反省を促された最後の一人は——

 

「…………悪かった、です」

 

 そう小さく、けれど確かに、謝罪を口にしたのであった。

 

「は、えぇっ!?」

「嘘、ご主人さまが……?」

「マジか?」

「白ちゃんが素直に認めるなんて珍しい」

 

 不満げに苛立ちも隠しもせずに、私たちの反応は不服だと拗ねたように白ちゃんは返事をする。

 

「何? 悪い?」

「いいや、そうじゃないよ。悪いも何も……白ちゃんって自分の過ちは絶対に認めない、唯我独尊極まった根っからのボッチ気質だったじゃん。私の言葉では反省のはの字すら受け付けないような性格で、唯一耳を傾けるのはコケちゃん。それでも謝罪は口にしない。そうだったでしょう?」

 

 その言葉に、大きく瞳を開いて何度も頷くソフィアちゃん。

 アリエルさんの疑問に対し、白ちゃんはポツリと呟きを返した。

 

「今までコケちゃんに……迷惑掛けてる、自覚ある、し……」

 

 そして、訥々(とつとつ)と時間を掛けながら話しだした。

 

「なんだかんだ頼りっぱなしな自分に、思うところがあるってだけ、だから……ちょっとくらいは素直に悪い点認めるのも、致し方無いというか…………あぁもう、そんな眼で見るなぁッ!!」

 

 最後は怒鳴りつけるように叫んで、直後不貞腐れたようにそっぽを向く白ちゃん。

 この内心の吐露を聞いている間の私は、まるで電撃に打たれたかのような衝撃が、何度も何度も胸に深々と突き刺さっていた。

 

 そして心を満たしていくのは、形容しがたき喜びの感情だった。

 感動、高揚、誇らしい、嬉しい、——私の好きな人が、自ら成長しようとしている姿が愛しくて愛しくて堪らない。

 

「あーあ、一人感極まって泣きそうになってるし……ほれ、白ちゃん。責任とって慰めろ」

「魔王に言われたか無いっつーの」

 

 忌々しげに親指を下にしたハンドサインをアリエルさんに向けながら、立ち上がる白ちゃん。

 そして——

 

「わわっ」

「……嫌?」

「あっ、えっと……少し恥ずかしいけれど、嫌じゃ、無いよ。……えへ」

 

 手を引かれ、そっと白ちゃんの腕の中へと誘われる。

 香るお日様の匂い、背に回された腕から感じる温もり。

 それらの温かくて落ち着く感触に、自然と頬が緩んではにかんでしまう。

 

「別に大層な理由とか何も無いし。ただ私って改めて見ればクズだなと、コケちゃんにばっか負担掛けさせてる自分が、嫌になっただけだよ」

「負担だなんて……それに白ちゃんはクズなんかじゃ無いよ。単に適性の問題、役割分担していただけ。私が好き好んで引き受けていた仕事だし」

 

 だから、別に迷惑になんて思っていない。

 苦手な事を強引にさせて、白ちゃんに無理させたり軋轢を生じさせるのは良くないと、これまでは思っていたから。

 ——けれど、それでは駄目だと、白ちゃんは言う。

 

「いいや、そんな関係はもう止めだ。変わりたいんだよ、私だって。みっともない自分になんか、なりたくない。見てくれだけが良い中身の無い存在なんて、死んでも嫌だ。だから————」

 

 最後の呟きは、言葉にならずに空へと溶けた。

 その時、白ちゃんが何を言おうとしたのか分からない、けれど——

 

「ずっと一緒だよ、白ちゃん」

 

 これが、彼女が求めている言葉だと確信して、ニコリと微笑みながら口に出した。

 

「見捨てたりなんかしないし、離れるつもりも無いよ。……だって、色んな意味で白ちゃんの隣に立てるのは私しかいないのだから。人付き合いが壊滅的で、興味が無い相手にはトコトン冷淡で、知っている人でも鞭しか振るえない難儀な性格の持ち主。秘密主義だし、自分でやった方が早いと抱え込んでしまうカッコつけ。思っている事を口にしないツン多めのツンデレ。そんな白ちゃんに付き合えるのなんて寿命とか抜きにしても、私しかいない(・・・・・・)のだから」

 

 ほんの少し、本音の部分を曝け出す。

 話したことの無い、今話すつもりでは無かった本当の気持ち、その一端を形にしていく。

 

「でも、白ちゃんが変わりたいって言うのなら……少しずつ改善していこうよ。時間なら、これが終われば幾らでもあるのだから」

 

 未来を勝ち取る。

 その結末は目前に迫って、あとは最後の一手を打つだけだから。

 新たな世界で、ゆっくりと歩もう。

 二人で一緒に、悠久の癒やされた星の中で少しずつ。

 そう、私は笑顔で告げるのであった。

 

 対して、私の言葉を聞いた白ちゃんは胸を抑えて、非常に苦しそうに呻いていた。

 

「いたぃ……、思い遣りに満ちた鋭い指摘が、何より痛いよ……」

 

 意図せず心の急所を何度も抉り込んでしまった言葉によって、精神へと重篤なダメージを与えてしまい、ヨロヨロと崩れ落ちる白ちゃん。

 慌てて支えるものの体格差は如何ともしがたく、そのまま膝をついた白ちゃんの肩に手を添えることしか出来なかった。

 

「あぁっ、ごめんね、そんなつもりじゃ……」

「良いよ……よりハッキリと自覚出来たし……でも、感謝するよコケちゃん」

「…………本当にごめん、白ちゃん」

 

 そう強がってはいるものの閉じた瞼の端に雫が滲んでいることから、明らかに歯に衣着せず言いすぎてしまったと猛省するほか無かった。

 

 

 

 

「すぅ————何なのかしら、この三文芝居。納得いかないわ、あぁ妬ましい」

「いや、そう言うなって。……まあ俺も、あの白の意外な一面知って驚いているがよ。ところで、改めて確認なんだが、あれで——」

「まだよ」

「マジか」

「オオマジよ」

 

 苦虫を噛み潰したかのような顔の吸血鬼と、呆れた顔で鼻を鳴らす次期帝王が小声で会話する。

 

「あーあー、そろそろ戻って来いお二人さん。——そんなことより、こっち見て、ほら」

 

 途中から椅子に座り直していたらしいアリエルさんは、真剣な顔をして画面を示した。

 その雰囲気から、重要な内容が見つかったのだろうと察せられた。

 

 全員が視線を細め、示された画面を追う。

 そこに書かれていたのは日記であり、一日たりとも欠かすこと無くその日起きた出来事を端的に記載した文章は、日記というより業務連絡じみた無機質な記録文ではあったけれど。

 

 そしてアリエルさんが指した部分は、その文章の中でも例外的に、書き手のポティマスの感情が窺い知れる内容だった。

 そこにあったのは、焦燥と疑念。

 

《突如としてMAエネルギーの総量が大幅に低下した。原因は不明。こちらの機器で同時期に観測した次元震となんらかの関わりがあるだろうが現時点では何とも言えない。明らかな異常事態だ。このような事例は、システム稼働後からこれまで一度もない。システムに重大な欠陥が発生したのか? この世界にいても安全なのか? 不明だ。ギュリエディストディエスにこの星を離れることを禁じられているが、脱出の準備はしておいたほうがいいかもしれん》

 

 日付を見れば、およそ十六年前。

 私たちが、この世界へと転生する切っ掛けとなった、事件の日の日記。

 

 先々代の勇者と先代の魔王、その両名ともに次元魔法の天才にて、改変した術式を用いて何かを行おうとして失敗。

 その結果として、日本にある教室の一室が爆破し、先生含めて総名二十七人が死亡し転生した、あの出来事を指した内容だった。

 

 この事件の概要については、此処に居る全員が既に知っている。

 それゆえ事件の内容そのものに驚いている訳では無い。

 重要なのは、これをポティマスが書いた上(・・・・・・・・・・・・・)で、当のポティマス自身が(・・・・・・・・・・)この結果に驚愕しているという事実。

 

「どういう事だ? あの事件はクソエルフが狙って起こした訳では無いという事なのか?」

「今迄は、勇者と魔王が次元に穴を空けた遠因が、ポティマスにあると考えて動いてきたけれど、それがそもそも間違っていた、と……?」

 

 黒幕だと思っていた者が、黒幕では無い。

 そして、先々代勇者と先代魔王が勝手に行った事とは、到底思えない。

 

 大前提として、システムについて禁忌について理解しているだけでは始まらないのだ。

 上位管理者Dその存在を知らねば、次元を越えて地球側へと干渉するなど、大それた事など考えつかないのだから。

 あの大爆発はDさんを狙った攻撃だと仮定して、一体どうやって彼女の存在を知ったのか? 

 禁忌にすら、その名前や存在を匂わせる文言など、一切記載されていないというのに。

 

 そもそも——ポティマスですら、Dという存在自体、知らなかったのではないのかと? 

 ならば、他にその事を知っているのは——

 

 そうして、思い当たった真実が実を結ぶ直前に。

 

「——そうだ、全ては私の責任だ」

 

 背後から響き渡った第三者の声に、全員が一斉に振り返った。

 

 一瞬の空間揺らぎの後、転移して現れた黒甲冑の人物。

 カツカツと足音を立てて目の前に来た黒い男こそ、この世界の管理者の一人。

 ギュリエディストディエス、遥か過去より世界を眺めてきた黒き龍神が、そこに立っていたのであった。





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