すまない。
自分のせいだ。
私が間違えたせいで。
このような展開になるとは、予想もしていなかった。
私はただ、彼女が愛した世界を守りたかった。
それだけだった筈なのに。
底の見えない後悔の海に溺れる私は、結局何処まで行っても何をしても、負け犬の性からは逃れられなかったのだろう。
そうだとも、己は敗残者。
間違いを重ね、幾重にも降り積もった後悔に嘆くだけの、何処まで行っても救えない男だった。
最初の間違いとは、一体何だったろうか。
傲慢極まる龍種至上主義に傾倒していた事だろうか、当時の人間が龍の子供を攫うという暴挙の対応に己が任じられた事だろうか、その時にサリエルと出会った事だろうか……
いいや、否。
これら全ては、自らを変えた転換点。
その出来事があったからこそ、今の己へと変革出来たのだ、間違いなどでは断じて無い。
それからの私は、彼女を理解しようとして監視し、されど理解出来ず、そのストーカーまがいの行動を人間に指摘されては人間の社会を学び……まあ有り体に言ってしまえば、若く馬鹿だったのだろう。
口車に乗せられては態々相手の土俵に上がり、その度に言い包められては内心激昂しつつも暴力に訴えては負けだと手は出さず、ただひたすらに人間というものを観察し学んでいった。
だがしかし、そのおかげで得たものもあったのだ。
盲目的な龍は至高という考えから抜け出せた事や、人間にも人間なりの強さや知恵そして愚かさがあるのだと実感していき、人間の視点というものを理解していったのだ。
そして——
意味が分からないと?
であろうな、なにせ彼女に対して最初に抱いた感情は、紛れもなく“憤怒”と“恐怖”なのだから。
龍以外に、強き者など認めない。
欠点が何処かにあるはずだ、それを見つけ、ほらやはり龍こそ至高と叫びたかった。
冗談では無い、ふざけるな、己の世界観を破壊しようとする存在が許せなかった。
だが、そうやって知れば知るほど、彼女の歪さから目が離せなくなっていったのだよ。
原生生物の保護を唱えつつも、人間ばかりを救済しようとする偏り。
人間味の無い機械のように使命とやらに忠実に従っているように見えて、ふとした瞬間に僅かながら感情のようなものが見え隠れしていたりする
それらの自覚が彼女本人には無さそうなのがまた、苛立ちを誘って憎々しかったさ。
そうして、彼女を気にして、彼女の生活を探り、彼女の思考を推察し、彼女が歩んできた過去について調べて、彼女について考えている内に……いつの間にか惹かれていたのだ。
馬鹿らしいにも程があるだろ? 私もそう思う。
だが、惚れたのだ恋をしたのだ、その感情に偽りなど何も有りはしない。
此処に、どうしようもなく馬鹿で愚かな男が一人、生まれただけに過ぎないのだ。
それを自覚した時期も含めてな……
そして、運命の日は唐突に訪れた。
人を淘汰する——星の生命力を搾取する人間に対して裁きを下す、その宣言が我ら龍の長老から龍全員へと下された。
その時の私は、思い返しても酷いものだった。
頭の中が真っ白のまま、当時アリエルらキメラ達が暮らしていた孤児院へとフラフラと誘われるかのように足を進め、何を言うべきか何をすべきか何も判らないまま辿り着き、そこで……最初の間違いを犯したのだ。
私が選んだ選択は、何もしないという、酷く中途半端な選択。
同胞たる龍の味方をする事もせず、サリエルを孤児院に引き留める事も、彼女と一緒に戦い人を滅ぼそうとする龍を止める事も、どれも選べなかったのだから。
そして人を襲う龍と、対抗する為に星の生命力を更に搾取する人間と、そんなどうしようもない人間を守る為にたった一人で戦い続けるサリエルという構図が出来上がるのであった。
その結末は、順当に世界は争いによって荒廃し、星を見限った龍が星の生命力を強奪して宇宙へと脱出するという、星の終焉を呼び起こす凶行でもって終結した。
この時、何か選択出来ていたとしたら、ほんの少しでも現在を変えられていたのだろうか。
二つ目の間違いとは、星を存続させる為にサリエルを犠牲にする、その人類の、彼女自身の意思に反抗しなかった事だろう。
たとえ無意味だとしても実力的に不可能だとしても、彼女を強引にでも連れて逃げ出せば、私が恋した彼女は救えたのだ。
人間が犯した罪は龍の視点から見れば救いようの無い愚行であり、再三の注意にも耳を貸さないというのならば知的生命体であろうとも、人間など害獣と何ら変わらないのだからな。
星を捨てる、その選択を彼女は是と答えんのが分かっていても……
そして私が選んだのは、龍でも天使でも無く、どの勢力にも与しない神であるDに助力を乞うという、思い切った一世一代の大決断だった。
私がDについて知っていたのは、空間能力に秀でていたからに過ぎん。
何処へでも行けるからこそ決して行ってはならない場所として、神々の間でも禁句に等しいその神の存在について、予め教えられていたのだ。
そうして、伝え聞く行動原理は「面白そうか否か」などというDに縋り付き、幸運にもあるいは不幸にもDのお眼鏡にかない、この世界はDの介入によって星とサリエルの延命が為された。
その対価として、人間はDの作ったシステムに来世を延々縛られ、助けたかったサリエル自身もシステムの核として吊るされる、そんな碌でもない現実を黙認しながら……私はDへ世界と人間とサリエルへの恋心さえも、売り渡してしまったのだ。
これにより、D主催の盛大な罰ゲームが始まった。
全てはDを楽しませる為に、この星の住人は殺し合いを延々続けなければならない宿命となり、己もシステムを保全する裏方を務めさせられた。
もし、だが……此処でDの監視と調整のみという指示に従わず、サリエルが願った人々が争わず殺し合わないよう導いて欲しいという言葉にも従わず、彼女を解放する為に奔走していれば少しは今を変えられていただろうか。
彼女を、あまりにも長過ぎる苦痛から解放出来ていたのではと、そう思ってしまうのだ。
Dが一体何を目的としてシステムなどという馬鹿げた代物を与えたのか、私にも真相は
娯楽目的だと言うのも本心だろうが、それ以外にも様々な目的が仕込まれていたのではなかろうかと勘繰ってしまうのだ。
それらの遊びや仕掛けについて、私は全て理解出来ているとは到底言えない。
だが例として一つ上げよう。
向こうの世界には、蠱毒なる呪術の伝承があるらしい。
百蟲同じ壺に落とし、互いに共食いさせ最後に勝ち残ったもの、これ即ち神霊なり。
七大罪や七美徳のスキルに「神へと至る」という文言がある時点で、それはあながち間違ってはいないのだろう。
システムは人工的に神を生み出すための実験装置、そういう事だったのだ。
その伝承では、最終的に出来上がるのが毒物というのが、最高に皮肉が効いていると思わんか。
ああ、そうとも彼女たちは毒物だ。
大概の神とは得てして、弱者から見ればそういう、傍迷惑な性質を持ち合わせているものだ。
世界を劇的に変革する、劇薬にほかならん。
だが、毒も薄めれば薬となる。
互いに中和し合う事で、ほどよき望ましい効果を。
それを期待している。
その未来を担ってくれるのなら、今此処に私の罪を晒そう。
何もしない何も選ばないというのも、もう止めだ。
己が罪業、それに向き合い、清算を行う時が来たのだ。
最も事新しき、己が犯した間違いとは——
「どういうことだッ! 答えろギュリエ!!」
荒々しく啖呵を切った、アリエルさんの叫びが反響する。
殴り掛かろうとするアリエルさんを止めるべく抑えに掛かるが、謙譲の代償でステータスなどが下がっていても長年鍛え上げた体捌きまでは衰えておらず、するりと横を抜けられギュリエさんに馬乗りになると、彼の顔面を何度も何度もアリエルさんは殴りつけていく。
なんとか白ちゃんの手も借り引き剥がす事に成功するが、アリエルさんの怒りは治まるどころかより深く燃え滾っていく。
魂に負った重篤な傷に治療を施したとはいえ、まだ安静にしていて欲しい。
治療前の椅子から立ち上がるのも苦痛な状態から、軽く動いても大丈夫な程度には安定しているけれど、それでも今のアリエルさんは残った
今無理をすれば再び傷口が開いてしまい、今度こそ治療の施しようが無いほど魂が粉々に壊れてしまう、そうなってしまえば来世すらも望めない。
食って掛かるアリエルさんの怒号が波となって噴出し、室内に反響する。
問い糾すアリエルさんに対し、ギュリエさんは殴られて当然だと静かに受け止めつつ、ゆっくり口を開いた。
「すまん……などと、薄っぺらい謝罪を口にしても納得しないだろう。今から話すのは、十六年前に起きた次元震。それを私から見た場合での真実だ。……良いか?」
床から身を起こし立ち上がったギュリエさんは、手で拭った自分の血をおもむろに眺め、覚悟を決めたかのようにギラギラと眼光湛えた瞳で此方を見た。
そして、過去が明かされようとしたその時——
「ちょっと待って」
「……白ちゃん?」
それに待ったを掛ける声が。
「どうして止めるのさ、白ちゃん? 今の私は、事の次第によっては白ちゃん相手でも怒りを抑えられないんだけど?」
「分体から連絡、先生たちがこっち来たいって……折角だから、彼らにも聞かせる」
「…………あぁ、良いよ。聞かせてやろう、いいかギュリエ?」
「構わない。……とうに覚悟は出来ているとも」
ギュリエさんの話は、一時後回しとなった。
煮え滾る気持ちを落ち着かせる為に、アリエルさんは荒々しく椅子に座っては瞑目しているし、ギュリエさんも凪いだ湖面の如く黙り込んで、壁に寄り掛かっていた。
しかしその様子は、今にも爆発寸前の火口のようだと、内側の感情が解放される間際で堰き止められているだけなのだと、そう感じるようだった。
「それじゃあ、迎えに……」
「私が行くよ」
「白ちゃんが?」
その立候補に、静かに驚く。
「変わりたいと言った手前、これくらいはやらないとね。なにより転移で運ぶほうが早いし」
「でも……」
「そりゃあ会話質問説明、どれも嫌さ。けど嫌々してたら何も変わらんから」
「……分かった。いってらっしゃい、白ちゃん」
そして、空間転移にて一瞬で消える白ちゃん。
その数分後、先生やシュレイン達に、ラースくんも連れて、この場へと戻ってきた。
やって来た彼ら彼女らに、私は現在の状況を軽く説明する。
それが終わるのと同時に——
「では、始めるとするか」
漸く役者が揃ったか——そう言わんばかりの鋭い視線で、それまで沈黙していたギュリエさんが皆の方へと向く。
「急に来て状況が理解出来ておらぬ人間も居るだろうから、まず簡潔な事前知識から振り返るべきだろう」
ちらりとシュレイン達の方に視線をやり、そう前置きしてから話し始めた。
切っ掛けとなった次元震、それによって引き起こされた世界を越えた先での爆発、次元を越えて流入した魂と転生者の誕生……それらが先々代勇者と先代魔王によって端を発した事件であると、ギュリエさんは各人の認識や見解を確かめるように紡いでいく。
その情報だけでも、先生やシュレイン達は驚いているが、ギュリエさんは構わず続ける。
「だがな、まだ明かされていない真実がある。そこのポティマスの日記にも書かれていない、私が犯した……いいや、
私たち魔王陣営の仮説、シュレイン達の常識、それらを覆す言葉。
ギュリエさんは此処に、神のみが知る真相を曝け出すのであった。
「事の発端は、私が当時の勇者と魔王に、人魔の種族間における停戦を持ち掛けたのが始まりだ。転生に次ぐ転生で、魂の劣化による出生率の低下が著しく、とりわけ魔族側での劣化は危険な水準だった。このままではそう遠くない内に魔族が滅ぶと確信した私は、人族魔族それぞれの象徴たる勇者と魔王に停戦するよう、直接赴いて呼び掛けたのだ」
魔族側での歴史を調べている時に、当時の情勢について大まかにだけど知っている。
深刻な人口減少、それによる労働力の不足、それでも戦争に駆り出され擦り減らしていく人手と命、耕す者の居なくなった農地や村に、食糧危機や魔物被害……
当時の魔族達が種族の立て直しに、どれだけ必死に奔走していたのか良く判る、血の滲むような努力の記録だった。
それは今もまだ続いており、内政面での魔族の取り纏めを行っているバルト卿の粉骨砕身ぶりを見れば、決して予断できない深刻さなのが、良く分かってしまう。
「しかし此処で誤算が二つ。一つは、この時点で既に勇者と魔王はポティマスの接触を受けていたのだ。奴に吹き込まれたのは管理者が諸悪の根源説。その結果、彼らは私の言葉よりポティマスの言を信じたのだろう。表舞台に一切姿を見せぬ謎めいた管理者の私と、エルフの族長という公的な立場のあるポティマス……どちらを信じるのかと比較されれば、文句も言えんな」
淡々と語るギュリエさんの顔に、表情は無い。
ただ真実を公開する、それだけの機械のように。
「二つ目の誤算は、当時の勇者と魔王が、次元魔法の使い手であった事だ。次元魔法は空間魔法の上位であり……あぁ要点だけ抜き出せば、その魔法の使い手は一度会った事のある存在に対して、空間を越えて攻撃を行えるという点だ。それによって、己が直接出向いた事が仇となり攻撃対象として選択可能になっていたのだ」
次元魔法は制限も多く、可能不可能がハッキリと線引きされていたけれど、非常に多彩で便利な能力を持っていた。
その一つに、遠隔から対象を指定しての攻撃があった事を思い出した。
あまりにも使い勝手が悪かったものだから、記憶にも全く残っていないけれど。
「そして、これは誤算というより己が迂闊であったからだが……勇者と魔王が神を害するつもりで攻撃する。この構図が、なにより不味かった」
システムに隠された機能。
勇者と魔王が神に挑もうとした場合、対抗する為にシステムのエネルギーを消費して強化される仕組みがある。
当然、人が神格相手に勝てる見込みは低く、一時的にとはいえ神に伍する力が個人へと注ぎ込まれれば、器の限界以上の力によって破裂するのが確約された未来となる。
その機能の目的とは、外部からやって来た侵略的な神に対抗する為でもあるが、Dさんが考える本命は別だろう。
この世界の住人が神に抗い、管理者を殺す。
その可能性と展開を、用意したかったのでは無いのだろうか。
「それゆえに、神を狙った攻撃によってシステム内のMAエネルギーは大幅に減少、勇者と魔王は次元震を引き起こしたのだ」
「取り敢えず今まで話を聞いて、大体悪いのはポティマスだと判ったけれど、不可解な点がある。その攻撃はギュリエを狙った攻撃だったんだよね? じゃあ何故ギュリエは無事で、そこからどうやって転生者の話と繋がるのさ?」
アリエルさんの疑問は尤もである。
システムから消費されたエネルギー量から推察すれば、生き延びたとしてもただでは済まない。
そして、当時のギュリエさんが無事だったのはポティマスの日記にも記載されており、ギュリエさんに攻撃が行かずに、何故か別世界にある日本の教室が爆発した。
そうなった最大の原因が、予想が付きつつも未だ不明瞭で。
「あぁそうとも……
小さな呟きが、ギュリエさんから漏れた。
絞り出すかのような声は嘆きに満ちていて、けれど一歩も退かない決意に満ちていた。
「女神サリエル。彼女が、私へと向かう筈だった攻撃を次元の向こうである地球に居たDへと逸らした人物であり、そして君たち転生者を生み出してしまった、この件に関わる最後の一人だ」
泣きそうな、そして猛烈に自分を恥じているかのような様子のギュリエさんは、静かに告げた。
それを聞いて、アリエルさんは生気の抜けた忘我の表情を浮かべる。
同様に、先生やシュレイン達も瞳を大きく開いていた。
その中でも、一層怖ろしい気配を放射していたのは、神言教を強く信仰しているユーリちゃんだった。
「だが、それでも全ての原因は私にある。私が、勇者と魔王に接触したから。私が、勇者と魔王を説得出来なかったから。私が、彼らの攻撃を事前に察知出来なかったから。私が、サリエルの行動を把握出来なかったから……それが、これまでに起きた全ての因なのだ」
瞑目した後に開かれた目は何処までも真っ直ぐで、内面にある不退転の覚悟が映っていた。
それはまるで、殉教者のような澄んだ瞳で。
「……いや、ギュリエ。あんたは悪くないよ」
「いいや、やはり私が悪いのだ。私の責任でこんな事になっているのも知らず、のうのうと今まで過ごしてきたのかと思うと、慚愧に堪えない」
そして力強く首肯を一つ挟んだ後、ギュリエさんは口を開いた。
「彼女の咎は、私が背負う。だからどうか、この愚かな男の首一つで許してくれないだろうか」
自らの罪の代償。
それを己の命で贖おうという男の宣言が、此処に示されたのであった。
・