「——罪深い己が示せる最大限の誠意がそれだ、アリエル。私を殺してMAエネルギーに還元するなり、次のシステムの中核にするなり、どんな沙汰でも受けよう。身勝手な願いだが、どうかこの通りだ」
そう締め括るとギュリエは膝を突き、己の首を差し出すかのように深々と頭を下げた。
女神サリエルと自らの罪過に対して差し出せる物、それは己の生命それ以上の物は何も無いと、贖罪の覚悟をこの場に居る全員へと見せつけていた。
彼が示した行動に、誰もが動けない。
否、動こうとしなかった。
シュレインは、ギュリエの言葉の裏に隠れた重すぎる意思に圧され呑まれ掛けていて。
フィリメスは、静かに彼の説明に聞き入って、自分たちの運命の真実を噛み締めるように悲しげな顔で受け止め。
ユーリは、信じてきた女神こそが自分たちをこの世界へと呼び込んだ因だと知り、信仰と怨恨の狭間で、心中が大嵐の如く掻き乱されていた。
その他の人達はというと、冷静に情報を見極め分析する、あるいは理解が追い付かず首を傾げるなど、反応が二極化していた。
『主上!? どうかお考え直しをッ。何故主上が命を投げ出さなければ為らぬのですか。ならば、我ら龍をシステムへ捧げてくださりませ。これまでの御恩、何を躊躇う事がありましょうぞ』
「いいや、これで良いのだビャクよ。私の地獄への旅路に、お前達まで同伴する必要は無いのだ」
シュレインが持つ剣に宿っていた光龍ビャクが慌てて飛び出し、龍種全ての主であるギュリエへ奏上する。
それに対し黒き龍神は首を横に振って、己の眷属の想いを汲み取りつつも、やんわりと断る。
そして遥か過去、かつての日常と彼の想いを憶えているアリエルは、ギュリエの覚悟に思う処があった。
ギュリエの決断は、それはそれで美談にでも語られるべき素晴らしさだ。
だけどしかし、分かっているのだろうか。
その覚悟というものは——
「……ギュリエ、あんたそれだとサリエル様の願いは、どうなのさ? 今までサリエル様の意思に殉じて、人類が滅ぶような事止めてきたじゃん。もし私たちが、急に明日から人類絶滅を掲げたらどうするつもりよ」
「無論、貴様らを信じている。第一に、そこまでする気は無いだろう? 貴様らは」
これまで女神の為に人生を掛けて尽力してきた存在が、その願いを放り捨てるかのような決断と覚悟に違和感を禁じえなかったから、揺さぶりを掛ける為に極端な例を言う。
それに対する返答は何処までも透明で、ある種無責任にも思えるような信任の念であった。
「もはや、何かの代償無くてはどうにもならん位置に来ている。サリエルも身を削りながら世界の為に尽くしてきたが、既に限界が近い。なればこそ、その全てを終わらせる最後の犠牲は、私だけで良い。これ以上、彼女の苦痛も涙も、一分一秒たりとも長引かせたく無いのだよ、私は」
そう宣するギュリエの表情は、自ら生命を差し出そうとしているにも関わらず、非常に穏やかなものであり、発した言葉にも嘘の気配は感じられない。
そして、こう続けた——
「願わくば、最も犠牲の少ない選択を望む。その後にやって来るのが争いの必要無い世界だと言うのなら、彼女の意思を尊重したと言えるだろうさ」
ギュリエの心中にあったのは諦念。
今更、彼女が解放されても僅かな時間すら持つまい。
解放されても、彼女が死ぬ運命は決して避けられない確定事項。
神としての力を失うどころか次の転生すらも望めぬほど、長きに渡る多大な献身と負荷によってサリエル自身の魂も限界だろうと、薄々察していたのだ。
それを彼女の願いや意思など心地の良い言葉で誤魔化して、彼女の事を見捨てていたのは何処のどいつだ?
抗えたろうに、動けただろうに、——救おうと足掻けた筈だろう、この大馬鹿者が。
彼の胸裏にあるのは、自罰の炎。
であるなら、彼女と共に焼かれよう、魂を焚べて燃焼する地獄の業火にて。
最期が彼女と同じであるならば、これほどの救いは他にない。
そう、思っていたのだが——
「色々と遅いわッ! やるならもっと早く決断しろぉぉっッ!!」
「————が、ァ!?」
突如、驚異的な加速でもってギュリエへと接近した白織は、誰の目にも残像すら映さないほどの速度で、彼の顔面を殴り抜いていた。
その動きを把握出来たのは、無意識にて感覚を強化している神格らか、長年の経験と勘によって動きの起こりを察知していたアリエルだけであった。
「げほ、かはッ——ぐ、ぅ」
あまりの速度は凄まじい衝撃波を生み出し、周囲に居た幾人かがあわや吹き飛ばされそうになる寸前、瞬時に結界を張った翠星によって暴風は散らされ誰も怪我する事無く流された。
その威力を一身に受けたギュリエだったが、一応手加減はされていたのか頭蓋が弾け飛ぶ事こそ無かったものの、防御を貫通してシェイクされた振動により口や鼻から鮮血を垂れ流していた。
「な、何をするッ!?」
「このヘタレ! ノロマ! ギュリギュリッ! なーにが、彼女の意思を尊重しただ。自己満足で悦に浸りたりながら自殺したいだけでしょうーがっ」
拳を固く握り締め、滾る憤慨をそこに全て乗せるかのように、白織が鬼気迫る姿で立つ。
「それに、お前が死ぬのも、本当に女神が望んでいる事なのさ?」
叩き付けられた問いに、ギュリエは答えられない。
当然だ、なにせシステムが稼働してから幾星霜。
己の罪と向かうのが怖くて、彼女の元に行った事など一度たりとも無かった。
いいや、辿り着けなかったと言うべきか、彼は彼女の居る場所に入る資格が無いと思っていた。
其処へはDの許可が無ければ入る事が出来ない、彼はそう
——かのDが求めたのは、システムの不具合の発見それだけであり、余計な事に気付いて早々に遊戯が終わるのを嫌ったが為、彼の権限と与えられた情報はシステムの全体像からすれば、非常に限られた代物であったのだ。
それ故、ギュリエのシステムへの理解度は、ともすれば新たな神二人よりも劣っているので無いのかと思えるほどで——
そんなギュリエの迷いなど一蹴して、激昂した白織は臆面も無く自分の理想を叩き付けた。
「最後の最後でギュリギュリが死んでたら、大団円のハッピーエンドに成らねぇだろうがッ!! 誰も何も死なず失わずなんて理想論だけど、知り合いくらいは生きてて欲しいんだよ。勝手に死ぬ気になってんな、この馬鹿野郎がッ!」
何処までお前は
そのギュリエの姿は、系統こそ違えど自身と重なる愚かさの一面が見えてしまい、同族嫌悪にも似た感覚を覚えてしまって、どうしても白織には許せなかったのだった。
「命までは別に必要無い。けど、死ぬ寸前までエネルギー振り絞って貰うから覚悟しろよ?」
それは彼女なりの激励だったのだろうか。
それを正確に理解出来るのは、言い放った当の本人と彼女を良く理解している人だけだった。
そして、白織に手招きされた翠星は、共に並んで全員の前へと立つ。
此処に、雑事を翠星が引き受けてくれたおかげでシステムの解析に集中でき、大半の構造を理解出来た白織が、己と友の二人で考えていた救済案というものを皆へ開陳するのであった。
「えっと、此処からは白ちゃんに代わって順に説明しますね——」
未だに感情が昂ぶっている白織が説明すると、大事な要点や前提情報を飛ばしそうだったので、説明を引き受けた翠の乙女が肩に掛かった髪を後ろに流し、全員を見渡しながら語り始める。
支配者権限の鍵を使って、システムの解体と再編を行うのは既定路線のまま。
この星に住む生き物に付与されている、ステータスやスキルといった機能。
魂に干渉し強化と成長を促して、死後魂が存在するのに必要な最低限のエネルギーだけ残して、余剰分をMAエネルギーへと変換してシステムに捧げる収穫装置。
それらの星の再生に関わらない機構を完全停止させ、分解した後に浮いたエネルギーを全て星の再生を司る部分へと充てる事で、強制起動させる。
此処まではシュレイン達も理解しており、とても信じられる内容では無いが理屈は立っており、シュレインには裏付けとなる知識の一部もあって、否定の言葉は挟まない。
「——そして此処からは、システムを解体した際のリスクについてです」
ステータスやスキルの機能が無くなれば、それらによって維持されていた魂の能力は、消失するのと同時にエネルギーとして自動的にそして強制的に回収される。
それらの能力は生きている間は魂と密接に付属しているので、無理に引き剥がせば荒っぽく封を破いた時のように、魂がボロボロに傷付いてしまう。
その衝撃に、長い年月不自然な転生を繰り返してきた、この星の生き物の魂は耐えられない。
何も対策が無ければ、少なく見積もって約半数の人類は、それで確実に死ぬだろう。
生き延びても後遺症などで自我が崩壊する数も含めれば、まともに生き残れるのは四分の一にも満たないと予測された。
そして、スキルやステータスの恩恵が前提として生きている魔物などは、より酷い影響を受けて絶滅の可能性もあるかもしれないと、無情な真実が開示された。
その内容に、シュレイン達は顔を青くし、ギュリエは眉を顰めて歯噛みした。
星の再生、その代償がこれほど大きなものだとは思いもよらず、予想の遥か上をゆく空前絶後の未来予想図に絶句した。
「なんだよそれ……そこまでしなくちゃ、救いは無いというのかよッ!」
シュレインは遣り切れない悲哀に、掠れた声が漏れる。
彼らとて、犠牲も無しに事が進むとは思っていなかった。
この世には、手を汚してでもすべき事があって、血塗られた犠牲無くして成立しない、物悲しき現実があるのを魂が裂けそうなほど痛く実感していた。
救いたいという想いは同じ、彼らが道を違えるつもりは無い。
だが、こんなあんまり過ぎる手段しか無いのかと、嘆かずにはいられなかった。
「例の術式は出来てる?」
「うん、勿論。最大限効率化した魂の保護術式は、既に出来上がっているよ」
そんな彼らの慟哭を知ってか知らずか、新たな神格二人は互いに目を合わせて短く確認を行い、これらの陰惨な運命を覆す、希望の選択肢を提示するのであった。
「話は最後まで聞いて貰いたいです。——要は、安全にステータスやスキルを分離させれば、全てが丸く収まるのですから」
いやまさか、そんな事が可能なのか、不可能だ——
よもやそんな夢物語が本当に実現出来るのかと、彼らは一縷の光を目にしたような顔で問い質していた。
あらゆる期待の目が一身に突き刺さっている翠星は、その奇跡の概要について説き始める。
「生きている間に無理に剥がせば約半数の人類が死亡しますが、その衝撃を和らげる、ないし魂を保護していれば、機能解体時にエネルギーを回収されても死ぬ危険性は大きく減少します。それを行うには事前に膨大なエネルギーを用意する必要があり、本来であれば実行不可能な案ではあるのですが……」
ゆっくり一呼吸置いて区切った後、翠星は続けた。
「私と白ちゃん、二人が保有している魂の力。その殆どを捧げて不足分を補い、そして私が解体を始まってから終わるまでシステムと接続し、魂を保護する術式を演算維持し続ける事で、生き物が死ぬこと無くシステムを再編出来るという訳です」
示された案とは、ある種殉教とも献身とも取れる、二人自ら神格としての力を捨て去っても構わないという考え。
これにより、最終的な収支は激減。
マイナスにこそならないものの、回収出来るプラスは大部分が無くなる。
更に付け加えると、もしこの作戦が大成功したとしても神格としての力は失われ、魔術の素養は残るものの見た目通りの人並みな存在へと零落し、今までのように万能じみた力は振るえなくなるだろう。
だが、それがどうしたという?
人並みに落ちぶれたとして、一度神に至った事実は変わらない。
その時点で魂の質は文字通り別格であり、時間さえ掛ければ再起も可能なのである。
百年、千年、幾億の年月を掛けたとしても、いつかは取り戻せる。
それまでに襲来する苦難や逆境も、共に歩む人が居れば必ず乗り越えられると、二人は強く信じていたから。
彼女たちの心に、迷いはなかった——
「なら、俺も魂の力を捧げれば——」
「ただの人の魂一つ分とは桁が幾つも違うのですよ、シュレインくん」
口を挟んできたシュレインに、翠星は冷たく威圧混じりに声を発する。
そして、自身に内包しているエネルギー、その途方も無い格の差というものを、封をして抑えている魂の蓋を一瞬だけ解放して、彼に叩き付け実感させた。
「おッ、ごはぁ……ッ!!??」
巨人の手で床に押し潰されたかのように崩れ落ちるシュレイン。
歯の根が噛み合わずガチガチと音を立て、恐怖で身体が震える。
それは、小動物が肉食獣と相対した場合など比べ物にならない程、生存本能が警鐘を鳴らし悲鳴を上げて絶叫する、根源的恐怖であった。
指向性を持って放たれ、直接当てられたのはシュレインだけであるというのに、僅かな余波だけでも、彼ら彼女らの心胆を寒からしめるのに充分過ぎるほどであった。
「ぐッ……それでも、俺一人では雀の涙だとしても、複数なら大勢なら、少しくらいは足しになるだろうッ? 違うかッ!?」
膝が震えながらも身体を起こしたシュレインは、心を占める恐怖に抗いながら意見を叫ぶ。
それは彼なりに出来る事を考えた結果、少しでも力になりたいという意思だった。
しかし——
「確かに、そうです。でも少し黙っていて下さい」
何故かシュレインにだけ、やたらと当たりが強い翠星は、その発言をピシャリと両断した。
「それでも、ほんの僅かに必要なエネルギーには達していません。なので、あと数カ国分の人類の犠牲が追加で必要になる…………その計算でしたが」
彼女が視線を向ける。
その先には俯きながら座る、三人目の神であるギュリエの姿が。
「——そこで、私が現れた訳か」
翠星と白織は、静かに首肯する。
この星で活動する三柱の神。
その全員が持つエネルギーを合わせれば、星の再生と人類や生物の保護、そのどちらも両立した未来図に辿り着けると、翠星は締め括ったのであった。
「……そうか、なら良かった」
未だ身体の震えは治まらないが、シュレインは朗らかな笑みを浮かべる。
それは、多少灰色をしていて完全無欠な傷の無い選択肢では無いけれど、それでも救いはあると納得出来る、過酷な現実の中に差した一筋の光だった。
スキルやステータスの消失? 解体後の混乱?
勿論大変な混乱が起きるのは予想出来るし、自身も大きな流れに巻き込まれて激動の時代を奮闘する事になるはずだ。
この案でも別の誰かに聞けば賛否両論あるだろうし、ある一人に掛かる負担が大きく、その彼女に何もしてやれない自分に腹が立つけれど、それでも彼は思った。
——こんな俺でも、少しでも彼女たちが齎した救いの為に報いたい、と。
「他の方は、何か言いたい事はありますか?」
「では、
スッと手を上げたカティアが、やや苦笑しながら発言の許可を取る。
「シュンが勝手に決めた事に、思うところはありますわ。けど、今か未来か。そのどちらかを選択せねばならないと言うのでしたら、私は未来に賭けてみたい。これまでの犠牲を見過ごすのは褒められた行為では無いと分かっておりますが今回の件、私は最後まで見定めるだけですわ」
これまで色んな事が目まぐるしく移り変わってきたが、結局はシュンが居たからこそ。
彼の突き進む道に、肩を貸し背中を押してあげるのが自身の役目だと、そう思う
「まぁー、どんな結末であれ、知らなかった関われなかったなんて、御免だわ」
「私も、友達が困難な道を進もうとしているのなら、一緒に行くよっ! 全部一方的に任せっきりなんて、そんなの友達じゃないものっ!」
フェイ、ユーリも、己の意思を示す。
「……苔森ちゃん。その作業に、危険は無いんですか?」
「大丈夫ですよ、先生。なんと言っても白ちゃんが居ますから。今の白ちゃんなら、安心して他の事を任せられます」
「そう、ですか……いえ、ここは応援すべきですよね、頑張ってください苔森ちゃん」
「はいっ」
心配するフィリメスの言葉に、優しく安心させるように説き伏せる翠星。
今の心が成長し始めた愛しき人なら、あらゆる不安は存在しないとでも言うように。
「ま、私らのやることに変わり無しよね?」
「ちゃんと聞いてた? ソフィアさん? けど、これで——」
「あぁ、そうだな。これが最後の大仕事だ」
ソフィア、ラース、ユーゴーも、目の前に迫った最終目標に闘志を滾らせ。
「もうすぐです、サリエル様——」
「よもや、こんな展開になるとはな……だが、悪くない」
システムに捧げられた女神の在りし日を知る最古の二人は、脳裏に懐かしき情景を思い浮かべ、違えるはずだった道が同じ方向を指して共に進める事に、この上ない喜びを覚えていた。
そして——
「往こう、白ちゃん」
「あぁ、始めよう。
その作戦の中核を担う二人の神は、寄り添いながら外の様子を映している画面を見詰める。
そこから確認できる、荒廃した自然。
自分達のせいではある、その凄惨で物悲しい光景に想いを馳せる。
これまでの恩と犠牲に、感謝を——
涙に報いる事は出来ないけれど、次へと繋げる為に必ず未来に感謝を廻す。
このような光景が二度と起きないように、星を救おう。
その決意を、二人同じく共鳴させていた——
「——あぁ、それではツマラナイ。なんと盛り上がりに欠ける結末だろうか」
冥府の底より、声が響く。
悍ましき絶対零度の冷たさをもって、邪悪なる神の手は盤上の駒を指差す。
その駒は、かの神が闇を貸し与えていた、お気に入り。
しかし彼女は、何の対価も無しに力を与えていた訳では決して無かった。
「さあ、ツケを支払って貰いましょうか」
故に、今こそ清算の時。
貸し出した闇の力、その返済を——翠の駒は、漆黒に染まる。
「ならばこそ堕天せよ、翠の乙女。——今こそ
王手を描いていた盤面が、大きく塗り替わる。
氾濫する闇の粒子。
それに無理やり犯された駒は反転し、無明の闇と共に世界に仇なす光を破壊する魔性へと呪われていった。
「最低最悪の
《 ワールドクエスト発動 》
世界を守ろうとした女神は深淵へと堕ち、愚かなる人類に神罰が下される。狂いし魔神は生命を貪り絶滅させ、星を再構築する。終末の時来たれり——神と人よ、大厄災に抗うのだ。
2022/06/13:加筆修正。