【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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61 彼の元へ黄泉還れ、我らが愛しき人よ

「————————っ」

 

 唐突に肌が粟立つような奇妙な不快感を覚えて、私は視線を巡らせる。

 周囲に何か、異常を示すようなものは見当たらないし、常に巡らせている魔術の感知にも、何の反応も無い。

 この場所が宇宙船の船中という個人的に居心地の悪い、無機質な金属や加工品で組み上げられた鉄の部屋である事を除いても、先程の感覚はとても異質なものだった。

 

「どうかしたの、コケちゃん?」

「……いや。何か、変な感じがして」

 

 隣に居る白ちゃんからの問いに、首を傾げながら戸惑い混じりの声で答える。

 一瞬過ぎった嫌な感覚に胸がざわつくような不安を覚えるが、現時点では何かしらの兆候らしきものも無く、得体の知れぬ不安に寒気を感じつつも、頭を振って瞑目する。

 

 現在は、全員の決意表明が為された直後であり、それぞれ内心では思う処とか違う想いに考えを抱えてはいても願うべき未来は同じ地平を指し示し、皆の目的が一つとなっていた状況だった。

 

 それゆえに、熱意を宿しながらも穏やかな空気が漂っており、そのような粘度が高く薄気味悪い気配など、皆無であるはずなのに——

 

「やっぱり、気の所為なのかな……」

 

 曖昧な第六感、けれど無視するには大きすぎる嫌な胸騒ぎに、自然と呼吸が浅くなる。

 もう一度、僅かな見落としすらも無いように、違和感の原因を確かめようとしたその時——

 

 

《  ワールドクエスト発動  》

 世界を守ろうとした女神は深淵へと堕ち、愚かなる人類に神罰が下される。狂いし魔神は生命を貪り絶滅させ、星を再構築する。終末の時来たれり——神と人よ、大厄災に抗うのだ。

 

 聞こえてきたのは、そのような宣告だった。

 無機質な通告、何の抑揚も無い平坦な音の羅列。

 けれど、その裏側に誘惑と狂騒、あらゆる全てを破滅させる悪意を含んだ、混沌を願う邪悪さがケタケタと嘲笑っているようだった。

 

 そして、続いた異常の始まりは——

 

「ひっ————、あ——」

 

 突然、痛みが走る。

 左脇腹の傷痕から再発した痛みは瞬く間に全身へと広がり、抵抗する力と意志をも奪い尽くし、膝をついて堪える事すら出来ずに、私は崩れ落ちた。

 

「あ゛ああァ——ぎあああ゛あ゛ああぁァッ!!??」

 

 堪えきれない痛みに絶叫する。

 肉体では無く、魂を穢され壊されていく激痛。

 刹那が無限に思えるほどの責め苦と同時に、外殻から刻一刻と闇に汚染されていく魂。

 その猛悪で容赦無き蹂躙に、何度も何度も意識が飛びそうになり——

 

 

 

 

 魂を穢そうと闇が荒れ狂うのと並行して、現実でも影響が起き始める。

 

「深淵魔法!? いや、違うッ!!」

「お前ら全員、下がれぇェッ!!」

 

 その正体について詳細までは分からずとも、危険を看破したアリエルとギュリエの指示が飛ぶ。

 影が広がるように現実を侵蝕してきた闇の世界が、発狂したかのように泣き叫ぶ彼女を中心に、嵐の如く赫黒の暴風圏を生み出した。

 その闇の風は、本能で触れてはならないと理解させるには充分なほど、万物を貶め汚染する呪詛を孕んで猛り狂っている。

 

 発生した異常に困惑しつつも、本能的な恐怖によって身体が勝手に動き飛び退く皆々だったが、唯一下がる事無く眼前を見据え、凶悪な闇にも抗える拒絶の鎧を纏って手を伸ばす白い人影。

 

「そんな、どうして……あいつ()の呪いは、消したはずなのにッ」

 

 慟哭が白織の喉を震わし、悲痛な声が漏れる。

 今にも泣き崩れそうな顔で、中心に近付くほど押し返さんとする圧力とへばり付くような粘性を増す闇の粒子に抗い、今まさに闇に堕とされようとしている彼女へと必死で手を伸ばす。

 

 強力無比であるはずの因果を歪める絶対防御の鎧ですら、この闇は容易く喰い破って押し返そうとしており、なかなか前へと進めずにいた。

 しかしそれでもと、相殺出来ない闇の泥濘(でいねい)に足を取られても、吹き付ける死の塵埃(じんあい)に肌と骨肉を溶かされようとも、白織は瞳に宿る閃光を加速度的に高めながら止まらない。

 否、止まれないのだ、なんとしても——

 

「行かせない、絶対に——コケちゃんの全ては、私がッ——!!」

 

 そうだ、そうだとも、私は彼女の事が——大切なのだから。

 その大切さの源泉となる感情に、今漸く触れて——

 

 ——そっと、白織は押し返された。

 

「えっ……」

 

 身体が傾く。

 その力は決して強いものでは無く、むしろ羽で撫でられたかのような柔らかく小さな一押し。

 けれど、それが何よりも白織の心を揺さぶって、進むだけの意志を叩き折った。

 

「なんで……ッ」

「生きて、白ちゃん」

 

 共に呑み込まれたら、破滅の未来が待ち受けるという確信に満ちた直感があった。

 だからこそ伸ばされた手を振り払い、彼女は白織を押し出したのだ。

 翠星が闇の中へと消え去る間際、聞こえてきたのは苦痛など感じていないかのような、穏やかで優しげな音色。

 そして、闇に溶けながらも動いた唇が、最後に紡いでいたのは——

 

 ——あ、い、し、て、る、よ。

 

 その直後、跡形も無く彼女の存在ごと消失した闇の奔流。

 まるで巨大な獣の顎が閉じるかのように、闇の牙が憐れな乙女を口内へと収め、次元(ジゴク)狭間(ソコ)へと沈み込んでいったのだった。

 

 ——そうして、闇が消え去った後に残ったのは、ひらりと宙を舞いながら落ちる三角帽子。

 漂うそれを縋るような忘我の表情で掴み取った白織だったが、手にした数秒後にはボロボロと、茶色く枯れきった苔となり崩れていく。

 塵となって崩壊した後に残っていたのは、帽子の飾りとして付いていた水仙のような純白の花が一輪、それだけが白織の手に残っていたのだった。

 

 それを茫洋と見詰めた白織は、色の抜け落ちた表情から一転、くしゃりと顔を歪めて——

 

「ああああアァああ嗚呼アアアアああああぁぁぁぁァァァッ————!!!!!!!!」

 

 その絶叫は、聞いた者をも魂を引き裂かれたかのような激痛を齎す、痛々しい断末魔。

 切れ味鋭いナイフで斬られた事に気付かない内に、ゴッソリと大事なモノが抉り取られた感覚。

 そして急な喪失感の後に、ジワジワと侵蝕していく耐え難い激痛が。

 

 痛い、痛い痛い、痛い——

 傷なんて無いのに、今直ぐ心臓を抉り出したい程の灼熱感。

 

 哀絶と赫怒の波動に当てられて気絶する者もいる中、白織の内側は燃え盛っていく。

 嘆きと怒りが反響し、今理解した自分の想いも、最後の最後で受け取った彼女の想いも纏めて、薪として焚べて燃やし、魂が病んだ殺意で純化されていこうとする。

 

 朱く染まる視界と意識。

 その衝動のまま、何もかも焼き尽くして滅ぼし、黒灰にしてやると暗い狂気に堕ちようとした、その時に——

 

 手のひらから感じた、優しく清涼な空気。

 同時に瞬く、これまでの二人で歩んだ記憶が彗星の如く煌めいて。

 描かれた想いの情景には貴女がいて、光の中で笑っていたから——

 

「————っぁ」

 

 それによって、遍く天界人界冥界全てを滅ぼそうと狂乱していた黒き殺意が鎮められ、代わりに浮かび上がってきたのは、彼女への深く強固な想い。

 

 あぁ、そうか——私も——貴女の事が——

 

 漸く掴んだ自分の真実を拒絶することなく抱き留めて、白織は瞳に静かな焔を宿した。

 

 何も無かった無色の空間(ココロ)に、燦々たる光が灯る。

 それはまだ小さな火種であろうとも、反応し始めた事に変わらない。

 熱は増幅し魂は加速して、延々と連鎖的に燃え広がっていく。

 空虚な闇は焼失し、理解した想い(アイ)で恒星の如く爆発と収縮を繰り返して閃光を放つ。

 

 そして白織は、自らの願いを心の中で形にした——

 

 運命が、私たちを引き裂くというのなら何度だって抗ってやろう。

 その度に、もう二度と離れ離れにならないよう、強くキツく解けないように結び直そう。

 

 彼女を糸で捕まえて、ドロドロになるまで私の想いで溶かしてやる。

 蜘蛛の愛は重いのだ、逃げられると思うなよ。

 嫌がったって、離さない。

 必ず、救い出してみせるから。

 

 ——だから待ってて、私の大切な人(コケちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対して、闇の奥底へと堕ちていく彼女はというと——

 

 深淵へと向かって翠の乙女は堕天していた。

 その行き着く先はシステム中枢へと繋がっており、今もなお強大すぎる引力によって光一つ無い暗闇の中へと堕ちていく。

 

 堕ちて逝く、堕ちて逝く、堕ちて逝く——

 

 この闇と死に満ちた空間を潜り落ちていくたびに、秒単位で作り変わっていく肉体と魂。

 身体は闇に置き換わり、生の気配が削ぎ落とされて凍える寒さを帯びる。

 本来の柔らかな光を宿していた魂は、闇と混じり合いながら黒く呪われた。

 

 けれど最後の一線として、自らの内に抱える眷属の魂を掻き集めながら心の核だけは守り抜き、そこだけは優しい楽園を保ちながら眠りに落ちていく。

 

 夢見るように、翠の乙女は祈っていく。

 

 あぁ、あの時に闇へと祈った願いは、本当の願いでは無かったと。

 みんなを守るために滅ぼすのではなく、ただみんなを慈しみ感謝する事の出来る世界が欲しいと願い焦がれていたのだと、それを深く理解していた。

 

 ……でも、今の私では叶えられそうに無い。

 

 だから、お願い。

 私の代わりに、みんなを手伝ってあげて。

 

 堕ちた果ての終点がシステムの中枢ならば、そこに居るのは今まで魂の運行者として身を捧げてきた女神の姿。

 新たな生贄を得たことで死にかけの前任者は解放され、今まさにエネルギーへと分解されながら女神の魂と半壊した身体はシステムから弾き出された。

 このまま身体は暗黒へと消え、魂は輪廻の環へと溶け落ちようとしている女神を認識して——

 

 もはや逃げられないと悟った故に、逆に此方から強引にでも、システムへと接続していく。

 

 私の想いと、彼女の想い。

 その両方を重ね合わせて、システムの中核が入れ替わるこの瞬間だからこそ、行える奇跡。

 そして、システムが持つ膨大な演算能力も利用して、私達(・・)は■■を発動していった。

 

「   亡き魂、貴女は何処に。

   貴女を愛した人の深い悲しみは、拷問のように私達を責めたてる。

   私は貴女に呼びかける。女神よ、私は貴女が蘇ることを願っている。

   春風よ——私の願いを浚い、どうか彼の者まで届けて欲しい。      」

 

 私の根源と彼女の根源を撚り合わせて、それに合わせた祈りが編まれていく。

 冥界に響く歌声は、ある男と女に起きた悲しき別れを詠う、悲劇の物語。

 

 あぁ、どうか待って、消えないで。

 あなたは死者では無いのだから、私たちの月の女神(エウリュディケ)よ。

 毒蛇に噛まれたのでは無く、誑かされただけ。

 冥界に繋がれたけれど、その生命はまだ終わってはいない。

 

「   私は貴女を一人にしない。

   冥界の門は開かれ、歌声が貴女の元へと導いてくれる。  」

 

 過酷な世界に磔にされても、その身を罪の肩代わりで擦り減らしたとしても、未だその魂は潰えていないのだから、——偽りの悲劇に終止符を。

 私が代わりに冥界へと堕ちるから、どうかお願い——みんなを助けてあげて。

 

「   彼の苦悩の嘆きが、私に奇跡を願わせた。

   故に、冥界に堕ちた乙女が告げる。

   見ては為らない、振り返っては為らないと。  」 

 

 私はもう、守れない。

 次の生贄として選ばれ、冥界の瘴気で穢されてしまったから。

 逃れられない——だから代わりにあなたが守って欲しい。

 罪悪感を抱えながらも、私は代わりに託すことを願う。

 

「   彼女は出会いと愛を齎した。ならば私は、貴女のために代償を支払おう。

   平穏な日々に戻れるのなら、冥界に囚われし女王として彼女を光へと戻さん。  」

 

 魔性へと堕天していく乙女は、狂気にも似た深度で想いを紡ぐ。

 みんなの力になって、みんなを助けて上げて。

 そして、どうかお願いします——私を止めて(タスケテ)

 

「「 《神髄(エッセンティア)》—— 《外典・彼の元へ黄泉還れ、我らが愛しき人よ(オルフェウス・ケイ・エウリュディケ)》 」」

 

 

 月の女神は解き放たれ、翠の乙女は闇へと磔にされた。

 そして乙女は最後の力を振り絞って、解放された女神へと自身の僅かな血肉すら与えて元の身体を修復し、崩壊しかけの魂にも加護を与えて、光差す地上(げんせ)へと送り出した。

 

 転移先は、まだ自身の残滓が残っている、みんなの場所へ。

 

 そうして月の女神は、(ソラ)に戻る。

 代わりに翠の乙女は、冥界の深奥まで呑み込まれ堕ちていった。

 

 翠の乙女は、冥王神の手の中に——

 邪神の罠に嵌まり連れ拐われた乙女は、愛しい人から離れ離れにされて嘆きながら眠りにつく。

 

 この無明の闇から救い出してくれる白き太陽を願って、今は夢見るように眠り続けていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈鬱な空気で満たされた、鋼の室内。

 さっきの現象が一体何だったのか、誰も真には理解していないが、それでも一人の少女が闇へと消えた事に、絶望的な重圧をもって全員の心を押し潰さんとしていた。

 

「ご主人さまが……泣いてる?」

 

 そう、思わず呟いてしまったソフィア。

 白織の頬には一筋の雫が流れ、手にした白い一輪を掛け替えの無いモノのように、大事に大事に胸へ押し当てていた。

 先程の劈くような慟哭を止めて沈黙する白織に、何と声を掛けて良いのか分からず、何度も口を開いては閉じるを繰り返し、伸ばそうとした手が空を彷徨う。

 

 このとき、全員の胸中にあったのは悲しみだった。

 だからこそ、更に続く異変の起こりを、皆が全く同時に察知する事が出来ていたのだ。

 

 唐突に浮かび上がる、転移の魔術陣。

 瞬時に警戒の体勢を取り各々武器やスキルの構えを見せる中、転移陣が光を放つ。

 そこから弾き出されたのは、機械じみた骨格(フレーム)に羽毛を纏わせた蒼翼を持つ、青白く怜悧な印象の美女だった。

 

「さ、サリエル様っ!」

 

 一目で誰か理解したアリエルが急いで駆け寄り、倒れ伏す美女を介抱する。

 ゆっくりと瞼を開いた美女は、自らを抱き抱える人物を認識して淡々と抑揚無く言葉を紡いだ。

 

「……アリエル、少し成長しましたね」

「そんな事っ、最初に言う事じゃないでしょう……ッ。けど、どうして……」

 

 何処かズレた返事に、呆れたような困ったような声で、涙ながら嘆息するアリエル。

 次いでギュリエも膝を突き、サリエルの正面にて相対する。

 

「サリエル……本当にお前なのか……?」

「肯定、私はサリエル。正真正銘、それ以下でもそれ以上でもありません」

 

 その独特な喋り方を聞いたギュリエは、口角を歪めて涙を浮かべながら笑顔を浮かべた。

 あぁ、間違いなく彼女だと、そう確信出来る声と口調だったから。

 

 その他の面々は、新たに現れた美女に警戒しつつも、彼女の一挙一動に注意を傾ける。

 特に、その呼び名と美女が発した声色で、自らが信仰する女神その人だと理解したユーリの集中度合いは、瞬きすらせず瞳が真っ赤に血走るほどであった。

 

 そしてサリエルは、彼ら彼女らを見渡して、こう言った。

 

「どうかお願いします。私の代わりにシステム中枢へ囚われた彼女を、止めてください」

 

 自らの身に起きた奇跡。

 その代償として闇へと堕ちた乙女を、救って欲しいと訴えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——おや、女神が復活しましたか。これは予想外」

「翠の乙女が贄となる代わりに、彼女たちの願いである女神を輪廻の環に返してあげようと思ってましたが……まあ、面白そうですから良しとしますか」

 

「さぁ、白き蜘蛛よ。貴方の歌姫は深淵の底です。その絶望を奏で、彼女を救ってみせるといい」




これにて、一旦更新をストップします。
最終話まで書き上げてから、順に毎日更新で一気にラストまで駆け上がる予定です。

そしてこれからの展開は、色んな意味での原作ブレイクをしていく予定でもあります。
原作には無い設定のオンパレード。
作品が違うだろと言いたくなるような、雰囲気と展開に作風。(今更感もありますが)
そして、WEB版とも書籍版とも違う、独自のルートとエンディング。

最終決戦だけでも、数十話以上の長編となる予定ですので、書き上がるまでにかなりの期間が空くと思います。短くとも数ヶ月単位で。
それまでは、どうか首を長くし寛大なお気持ちで、お待ち下さい。
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