【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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準備段階 —帝国—

 禁忌の強制インストールにより気絶した人々が意識を取り戻し始めて半刻。

 

 無知のまま突然与えられた世界の真実とやらを知った人々の反応は様々であった。

 狼狽えて逃げ場など何処にあるのかも分からず狂奔する人、得てしまった情報から事態の趨勢を見極めようと必死に思惟を巡らせる人、もはや思考放棄のようにひたすら神に救いを祈る人。

 

 誰もがこれは只事ではないと直感しながらも、今も気持ち悪く脳内で責めたて贖罪を迫る声に、全人類が苦悶し翻弄されていたのであった。

 各陣営にて、事態の把握や混乱する人々の統制、唐突な気絶による負傷者の手当に追われる中、遂に次の宣告が惑う人々のことなど知らぬとばかりに下される。

 

《ワールドクエストシークエンス2:魔神の尖兵は顕現せり。人よ、溢れし魔性に抗え》

 

 疲労を休める暇も内容を噛み砕く余裕も無く、再び舞い降りた歪んだ神の啓示。

 その耳障りな音の羅列に人々は再び戦慄に包まれ、何か得体の知れない不安が暗雲の如く民衆の心に膨らんでいく。

 

 この宣告がなされた後に変わった点は幾つか。

 

 まずは、意識の片隅に常に浮かぶ禁忌の項目。

 その中にワールドクエストという項目が追加され、幾つかの新情報と新たな機能が加わっていたからだ。

 

 示されていた内容は、こうだ——

 

『罪を忘れ、のうのうと恩恵ばかり享受する愚かしき人類よ。

 汝らの所業は目に余る。

 星を貪り枯らしておきながら、それを忘れて甘い蜜だけ啜るなど、なんと醜き畜生だろうか。

 ゆえ魔神は——遍く天地万象種族貴賤老若男女の区別無く、ありとあらゆる生命を糧と見做し、壊れた星を再誕させんと狂い泣く。

 零れ落ちた黒涙は魔性へ転じ、地の底囚われ動けぬ魔神に代わって神罰を下す。

 刮目せよ人類——これが汝を滅ぼす尖兵なり。我が名は、光を破壊する救星主』

 

 大仰(おおぎょう)な言い回しの文章には愚かな人類を罵倒し呪う強烈な念が籠もっており、その文を読んだ対象の精神を打ち砕かんとする、莫大な怨念で編まれた絶対絶死の殺害予告であった。

 意志の弱いものであれば閲覧した瞬間に発狂し、見つけないで近付かないで認識されたくないと恥も尊厳もかなぐり捨てて、ありもしない果てまで逃げ隠れしたくなる代物。

 

 そして新たに追加された機能は、何処かの場所をまるで鳥のように俯瞰的に映した映像群。

 景色に憶えや知識ある者であれば、それが海と呼ばれる水の領域である事や、エルロー大迷宮の入口付近にある都市であるとか、黒き暗幕の中に浮かぶ欠けた天球こそが自らが暮らす星であると気付けただろう。

 

 その内、海を映した映像に変化が現れる。

 海面が盛り上がるようにして半球を形作り、その内部には蠢く影が見える。

 そして下から押し上げる圧力と水の結合力の均衡が限界を迎え、海水の半球を卵殻のように砕き散らせ、滅殺の産声を激震させた。

 それは、九つの頭部を持つ魔性の多頭龍。

 不死の水蛇、世界そのものから供給されるエネルギーを生命力に変換し、一つ首を落とされても瞬く間に新たな頭を生やす、神話に語られるような最凶最悪の怪物であった。

 

 比較対象となるモノが映っていないから分かりづらいが、その大きさは大国の首都を優に超え、王城ですら一薙ぎで押し潰せそうな程の巨大さをしている。

 

 その幽世から這い出した九頭龍は、三つの頭がおもむろに首の根元へと噛み付き、それぞれ一本ずつ首を噛み切り落とした。

 海面へと落下した三つの首は盛大な波飛沫を上げ、白波を立てながら海に沈んでゆく。

 併せて生物の中身だとは思えない、見ていると恐怖が沸き立つ闇黒にオーロラのような極彩色が揺らめく自切した断面から、勢い良く穢れた瘴気が噴出して渦巻き凝縮し弾け飛ぶと、闇の下から傷一つ無い頭部が新生していた。

 

 対し、深海へと沈んだかに思われた首は、段々と数が増していく気泡を水面に浮かべ泡立たせ、そして——

 

 地獄の門番(ケルベロス)

 死界の川(ステュクス・カロン)

 冥府の魔精(ニュクス)

 

 それはまさに冥王が侍らす魔の衛星。

 その地から動けぬ魔龍と魔神を守るため、災厄の象徴たる悍ましき三の魔性が海面を爆散させ、冷たき幽世から生命犇めく現世へと呼び寄せられた。

 

 三つの魔性らは、身体を分け与えた幽世の九頭龍(レルネー)()()()()に向けて恭しく首を下げると、刷り込まれた使命に従い大陸へとゆっくり歩を進めだす。

 

 カサナガラ大陸には、獄犬と大蛇が。

 ダズドルディア大陸には、魔精が。

 それぞれ恐怖を煽るかのように本来の性能からは遅々とした速度で、鏖殺の進軍を開始した。

 

 次いで、幽世の九頭龍がまるで痛痒に悶えるかのように身じろぎをする。

 互いの首で龍鱗を擦り合わせ、大気を鳴動させながら剥がれた破片が宙を舞い変生していく。

 その破片は、九頭龍からすれば小虫に見えるが実際は小屋程度の大きさはある、手脚が無く蛇に翅が生えたような姿の、もしくは蜻蛉のような尾長翼竜が、次々と数え切れないほど生み出されていたのであった。

 

 溢れ返る歪な翼竜は三つの魔性を追い越し、我先にと生命を殺戮すべく大陸へと飛び立つ。

 

 それらを把握した各陣営の反応は、実に様々な混迷極まる事相を見せていた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処はエルフの里襲撃に参加した、帝国軍の幹部が集まる一室。

 

 気絶から目が覚めれば、彼らは見知らぬ場所に放り込まれていて、訳の分からぬ状況に上も下も大いに戸惑い、敵など見えないというのに臨戦態勢を取る兵士も数多く見られた。

 その爆発寸前の状況を収めたのは、帝国皇太子次期皇帝そして今回のエルフの里強襲の総大将を務めていたユーゴー・バン・レングザンドの一喝であった。

 

 絶対の自信、漲る熱量、人族を超越した圧倒的な実力。

 それらに裏打ちされ、皇族としては粗野極まる、しかし荒くれ者の多い軍では実に分かりやすい覇気を感じさせる言葉は、混迷に喘ぐ兵達の精神的支柱を鍛造し直すには充分過ぎるほどの効果を齎していた。

 彼は、この場所は危険では無いと説き伏せ士官らに部隊を纏めるよう言い、幹部格の高官は会議があると伝令を遣わして、指示を次々と下していた。

 

 そして秩序と規律を取り戻した帝国軍を部下に任せ、一室へと集められた幹部達を前に、次代の帝王が厳かに言葉を発した。

 

「あぁ分かった。兵の消耗は何処も深刻で、士官はともかく末端兵士の混乱は未だ収束してるとは言い難い。誰もがこのワールドクエストに不安を抱えてんだろ? 全て理解してるさ」

 

 完全壊滅した軍も数多く、損耗した兵の再編に苦労する将校達の不信と忠義の入り混じった報告を聞き、静かに噛み締めるように首肯するユーゴー。

 これ以上戦えないという悲鳴を訴える部下たちの意見に、さもあらんと思惟する。

 

 元々、今回の遠征はかなり強引な手法と理由付けで動かした軍であり、いくら帝国が実力主義で力こそが正義と尊ばれる気風だったとしても反論に不平不満や疑惑の念は噴出し、それを封殺して進軍させたのだ。

 

 エルフ討つべし、族長ポティマスは神言教における最大の禁忌を犯している事が判明した。

 神敵に裁きを下さんがため我が帝国軍は神言教と協力し、かのガラム大森林を踏破し不壊を誇る結界を新兵器にて粉砕、抵抗するエルフを打ち倒し大罪人ポティマスを白日の下に晒さん。

 

 これが真相を何も知らない士官や兵士へと下達した、表向きの理由である。

 此処で言う神言教との協力とは、つまるところ魔族軍の事であり実際に神言教からも人員が参加しているが、見知らぬ後方の帝国軍の正体が魔族だと思われないようにする欺瞞情報だった。

 

 そして、結果は言わずもがな。

 犠牲とする捨て駒前提の部隊は予定通りに壊滅したが、思った以上に多くの人数が残った。

 モラルの低い部隊や後ろ暗いところのある部隊は前線へ押し出し、一人残らずエルフの軍や機械兵器に鏖殺されたが、予定より早く撤退命令を下したため必要な犠牲と切り捨てざるを得なかったマトモな部隊が、それなりに生き残ってくれたのは本当に喜ばしいとユーゴーは思っていた。

 

 だが、それでも犠牲は犠牲。

 死に追いやった顔も名も知らぬ兵達に内心で深く黙祷を捧げ、毅然とした表情で言い放つ。

 

「だが、この戦い。勝利せねば明日は無い」

 

 雄々しき声に、誰もが息を呑み静まり返る。

 威圧した訳でも何かスキルを使った訳でもない。

 ただ常態で発せられる風格に、自然と冷静さと畏敬が湧き起こる。

 この王者の前では、惰弱な姿など見せられないと——

 

「俺たち軍人だけじゃないぜ。故国で待つ家族や隣人すら巻き込まれる、世界規模の危機だ。これから向かう場所は、災禍の中心部エルロー大迷宮の傍。此処で食い止めなきゃ、怪物は背後にいる無辜の民を蹂躙して数え切れないほどの命が失われんだ」

 

 容易に想像出来る最悪の未来に、彼らの脳裏に血と屍で築き上げられた悪夢が描かれる。

 そこに転がるは知人恋人家族、崩壊し燃え盛る街並みは故郷の景色。

 ある者は拳を血が出るほど握り締め、ある者は唇を噛み目を伏せる。

 事態の全容が分からずともこれほどの災禍、何もせずにいたらどうなるのか、戦いに携わる者として理解出来ない者は誰一人いなかった。

 

「だからよ——帝国軍は何だ?」

 

 その言葉に、水を打ったようになる会議の間。

 彼らに投げ掛けられた、重圧の宿る問いに一瞬時が止まり——

 

「人類の守り手だろが。此処で気張れなくて何とする? お前ら、俺に付いてこいッ! 帝国軍は此処にありッ!! 人類守護の刃を掲げよッ!!!!」

 

 それは、覇者の雄叫び。

 掲げられた灼熱の答えが彼ら全員の耳朶を震わせ、昏き絶望感を余さず全て焼き尽くした。

 

 嗚呼、それこそ我らが本懐。

 聞き入る彼らの心に迷いなど既に無く、痺れるような震えが総身を駆け巡り、萎えた身体に火が注ぎ込まれた。

 もはや憂いも逡巡も消し飛び、帝国軍に再び息吹が蘇る。

 その熱量は、ともすればエルフの里強襲の時より上で、次から次へと際限なく溢れる使命感が、喝采となって響き渡った。

 

 轟くは勇猛たる鬨の声。

 

 それを眺めながら不敵に、泰然自若(たいぜんじじゃく)と佇むユーゴー。

 そんな彼の傍に静かに近寄り、高位の魔法使いを示すローブを纏う老人がそっと耳打ちする。

 

「殿下——」

「おう、爺。本国への通達は?」

 

 その老人の名は、ロナント・オロゾイ。

 ギラつく眼は知識欲で塗れ、刻んだ皺は積み重ねた探究の証。

 帝国筆頭宮廷魔導士にて、人の世界にて比肩する者なき、人族最強の魔法使いであった。

 

「委細抜かり無く。ですが、よろしいのかのぅ? エルフの里への出陣も含め、事が終わればタダではすみませぬぞ?」

「良いんだよ。後々査問会議だとか、強引に軍を動かした責任の沙汰だとか、最初っから織り込み済みさ。それで廃嫡されても悔いは無い、むしろ自由になれて最高じゃねーか」

「……お戯れを。殿下以上に、今の帝国を率いる事の出来る人物など誰一人おりませぬ」

「こんなロクデナシが? 冗談キツイぜ」

 

 自嘲するユーゴーに、謙遜の気持ちは無い。

 本気で自分は塵屑に類する人種だと確信しているが故に、真に尊敬されていようと決して自戒の帯を緩めない。

 間違いだらけで外道に堕ちようとした大馬鹿なんか、称賛されるなどあってはならないからだ。

 

 ロナントの背後には老の弟子たるオーレル・シュタットが、気怠げに無言で控えていた。

 彼女は、過去勇者ユリウスとも親交のあった人物であり、その実力は数奇な運命を辿ることで、師に匹敵する実力者として次席宮廷魔導士の位を頂いていた。

 ……まあ、もっとも本人からしてみれば、そんなものより結婚してさっさと隠遁したいと願っているのだが。

 

 彼女は勝手に盛り上がる士官たちを眺め、暑苦しくてついて行けないっすと目で言っていた。

 

「オーレル」

「なんすか? 殿下」

 

 田舎訛りのキツい、敬意も何も感じられない無愛想な返事が零れる。

 

「あれを止めるには、大元を叩かなきゃならねぇ気がすんだ」

「まー、そうっすよねぇー。如何にもあの馬鹿デカい魔物から次々と剥がれ落ちてんすっから」

「つまり誰かがやらねばならない。だから——」

「ムリムリッ! 勝てっこ無い、アタシは嫌っすよ。断固辞退させて頂きます。では——」

「逃がすと思うか?」

「ギャァァッ!!?? 離すっす、この人外! 師匠以上の化物に付き合ってたら命が幾つ有っても足らないっすよッ!!」

 

 瞬時に逃げ出そうとした次席宮廷魔導士の首根っこを押さえ、ユーゴーは片手で吊るし上げる。

 喧しく騒ぎ出すオーレルを無視し、くつくつと喉を鳴らしながら続ける。

 

「実際、付いてこれそうなのがお前と爺くらいしか居ねえんだよ。どう見ても周囲の三体は神話級に匹敵するし、大元はそれを遥かに超えるレベル——元のアリエルさんクラスか? そんな弩級の魔物を相手取れる最低限の質持ってんの、一緒に地獄の訓練やったお前らだけなんだよ」

 

 ユーゴーが言う地獄の訓練とは、白織が主催した魔物の生息地サバイバルの事である。

 極限環境にて四六時中襲いかかってくる魔物と戦い、生死の境界線で楽しくタップダンスする、実に頭のオカシイ強化合宿であった。

 それにより、ドM変態爺(ロナント)はともかくオーレルまでもが超人の域へ到達しており、一騎当千の強さを得た引き換えに、また婚期が遠ざかったと彼女はさめざめ泣いたのだった。

 

「取り敢えず一匹は俺らで潰す。前衛は俺、後衛はお前ら二人で援護を頼む。あれが上陸したら、一般兵では対処不可能だ。——だから頼む」

 

 その熱意の籠もった嘆願に、彼女は瞑目しながら特大の溜め息一つ吐き出して——

 

「しゃぁーないっすねぇ。そこまで言われたらアタシ断れないっすよ」

「あぁ、感謝するぜ。——()()()

「姉さんは余計っす」

 

 小言をぶつくさ漏らしつつも、彼女自身これは不可欠な事であると認識したから、やる気無さげでも来るべき戦いを見据え、仕方無く装備の確認と準備を始めていく。

 

「あーまったく、こんな行き遅れの物ぐさに、なんでそんなに期待掛けるんすっかねぇ……」

「いやいや、まだ姉さん若いだろ? 普通にイケるし(そそ)るわ、俺」

「——は?」

 

 理解出来ないといった表情で瞠目するオーレルと、首を傾げるユーゴー。

 そこにあるのは常識の違い。

 オーレルからしてみれば、二十代に突入したのに結婚どころか婚約相手も居ないのは、貴族的に充分行き遅れの範疇で。

 しかし日本の価値観を多少残しているユーゴーからすれば、晩婚など普通にあった社会を知っており、二十代など普通に花盛り真っ只中だと思っていたからだ。

 

 八歳ほど年上? アリよりの大アリ、飾らない性格も高評価。

 おっぱいたゆんたゆんで、めっちゃドエロい。

 

「——うっっっっわ、マジっすか。本気で言ってる? この鬼畜鶏冠(とさか)??」

「どーいう意味だコラ。この駄乳」

「ちょッ! 言って良いことと、悪い事があるっすよッ!!」

 

 沸騰したヤカンのように、激しく脂肪の塊を揺らしながら激昂するオーレル。

 その様子を眺め、ユーゴーは鷹揚(おうよう)と頷きながら微笑する。

 これでいい。

 間違い続きの人生を、少しでも良い形でやり直したいから——ハリボテでも気高くあらん。

 

「まっ、やってやるさ。桜崎一成(あいつ)の誇れる親友である為にもな」

 

 全軍に可及的速やかに部隊を再編し即応状態で待機せよと、命令を下し会議の閉幕を告げた。

 それを機に、指示を受けた将校や士官たちが動き出し次々と退室していく。

 

 そして若き帝王は、支配者然と腰掛けていた椅子から立ち上がって、外套を翻し剣を鳴らす。

 

 ——今回ばっかしは、剣じゃなくて()()()()で行くか。

 

 ()()()()から直伝で学んだ魔拳を解禁する時が来たと、音が鳴るほど拳を握り込む。

 そして折角()()に作って貰ったのに陽の目を見ない愛剣に苦笑する横顔は、真摯な熱意と気概に満ちていたのだった。




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