それと魔族領と戦争に向けての章に、ソフィアの挿話を追加しました。
——共に付いてきてくれた仲間達が意識を取り戻した後。
ワールドクエストによって現在この世界に迫り来る脅威を認識した俺たちは、フェイの背に乗り大厄災の中心である海の上を飛んでいた。
俺たちがこうして先行している訳は、あんな光景を見せられて居ても立っても居られなかったというのもあるが、何より今世界中へと広がろうとしている魔性の脅威がどのくらいか確かめるためでもあった。
ワールドクエスト2以降で、あの魔性というものが人々を生き物を殺してまわると知った俺は、絶対に防がなければと思ったが同時に手が足らないとも感じていた。
勇者といえども俺は剣を抜けない臆病者で、カティアやユーリにフェイなども一般的な兵士より遥かに強くても、世界観が違うような白さん達には隔絶して劣る。
圧倒的実力を誇る白さん達でも、両の手で数えられるほどの人数しかいない。
一般的な兵士が鍛え抜かれたアスリートだとすれば、俺たちは一騎当百な超人に相当する。
そしてユーゴーやソフィアなどはまさに人間兵器、単騎で戦場を支配出来る戦略規模の戦闘力を持っているが、先程言ったように僅かな人数しかいないのだ。
そうなると、あのヒュドラみたいな超大型の魔龍から生み出され、放射状に広がっていく小型の魔性を防ぎ止められない箇所が、必ず出てくるはずだ。
つまるところ、戦略規模の人間が一人や二人いたところで、両大陸の海岸線全部をカバー出来る訳が無いという物理的な限界が、事実として聳え立っていた。
戦う力を持たない無辜の人々を守るためには、自分達だけじゃ駄目。
エルフの里で対峙した帝国軍や魔族軍、そのほかの国家や冒険者までもが力を合わせて防衛線を敷かなければ、この大厄災によってより多くの命が失われる。
その考えについては、魔王であるアリエルさんも同じ意見のようだった。
恐ろしき諸悪の根源だと思っていた魔王があんなに小さな少女だったことも、その願いが世界に縛り付けられた女神を救い出すことだけだったのも、記憶に新しい驚きだ。
だがしかし、ここ最近の出来事は驚愕に次ぐ驚愕の連続で感覚が麻痺してしまっていて、魔王の正体がどうこう程度だと不思議かな大して驚かず、素直にありのままの事実を俺は受け止めるのであった。
話を戻して——アリエルさんはこの問題に対して神言教の協力を仰ぐという考えを告げ、実際にエルフの里を襲撃する際にも裏では彼女たちと協力関係にあったとなれば、直接話を通すのも可能なのだろう。
神言教との交渉には彼女とギュリエという黒い男性、そして女神その人だというサリエルさん、その三人が向かった。
残った人達は、皆それぞれ別の目的を持って動き出しており、軍の統率に動いたり、来る戦いに向けて英気を養うなど、各々活動を開始していた。
最も重要な立ち位置にいる白さんも、もう一度集合した時には姿が見えなくなっており、彼女は彼女で何かしらの大事な動きをしているらしいのだが……
各自それらの選択や行動を決める中、俺たちはこうして魔性の強さを確かめるという誰かが一度確認すべきだろう役割を申し出て、危険は重々承知で無茶は絶対しないと告げた後に、宇宙船から飛び出し威力偵察に向かったのだった。
そうして——陸地が見えなくなるほど沖合へと進んだ俺たちの前に立ち塞がったのは、いったい総数はどれほどいるんだと、数え切れない出来損ないの竜のような魔性の群れ、群れ、群れ——
まるで悪夢のような蝗害じみた魔性の
黒ずんだ翠色は枯れかけの植物を思わせ、それが空を暗く重苦しく染め上げている。
大群というのは、ただそれだけで恐ろしい。
数え切れないほどの大群が純化した殺意を一斉に向けてくる光景は、直接応戦する前から恐怖を掻き立て戦意が砕け散ってしまいそうになるほどだ。
その群れの中から、突出して我先にと俺たち目掛けて襲い掛かってきた歪な翼竜を、囲まれないよう距離を取りながら俺たちは迎え討った。
「ジィイイiaァァaアアッ!!」
鋭い牙をむき出し、殺意で濁った眼球を輝かせながら飛翔するそれらを、カティアの火炎魔法やユーリの聖光魔法、フェイのブレスなどで撃ち落としながら迎撃する。
心配だからと俺たちに同行し共に肩を並べている京也も、空間魔法で剣を取り出しては投擲し、群れの奥まで貫通させてから爆発させたり、右手に持った刀から轟雷を迸らせては、誰よりも多く魔性の数を減らして、フェイが自由に動ける進路を確保していた。
『敵だった時は怖くて仕方なかったけど、味方だと頼もしいわねッ!』
「そいつはどうもッ! 僕だって、シュン達が無茶するのは見過ごせないからねッ!」
フェイと京也が軽口を叩き合いながら、次々と無数の魔性を閃光と雷撃にて蹴散らしては空いた隙間にフェイが飛び込む。
その連携は即席ながら噛み合っており、フェイの動きに合わせて京也が適時援護している形だ。
そして俺は魔法で相手が時折使ってくる弾丸状のブレスを防御しながら、接近してきた小型魔性に鑑定スキルを掛けていた。
それで分かった事とは——
「こいつら、一匹一匹はそこまで強くない。平均ステータスは500前後と、おおよそ中位目前の下位竜って感じの危険度だ。一般兵士でも、数を揃えて相手すれば問題無く勝てる。だけど——」
『その数で圧倒されてんだから、まともにぶつかったら磨り潰されるでしょうね——はぁぁッ!』
俺の呟きに念話で応え、既に何度撃ったか分からないブレスを前方に向けて照射するフェイ。
それによって数十もの翼竜が閃光に呑み込まれ焼き尽くされるが、その向こうには何度も何度も押し寄せる津波のように、尽きることのない後続が視界を埋め尽くすほど控えていた。
その光景に歯噛みしながら、俺はカティアとユーリにも問う。
「確かに、普通の兵士でも耐え忍ぶことが可能でも、——ジリ貧になるのは明らかですわねッ!」
「こんなのを一千万体倒しきる前に、先に軍も騎士も壊滅しちゃうよっ」
灼炎と光弾が空に軌跡を描きながら飛び、襲来する魔性を片端から叩き落としていく。
「京也は!?」
「……僕も同意見だ。この大群相手では人族の軍隊だと厳しい戦いになるだろうね。勝てるか勝てないか、ギリギリの強さを攻めている感じだよ」
俺たちの実力でも、この程度の相手なら多少余裕を持って戦闘を継続していられる。
だが、一般的に戦うことを生業とした職業軍人とか騎士でもステータスは400程度で、俺たちみたくステータスが千を越えていたりするのは、それだけで英雄と謳われるのが世間一般での常識なんだ。
ステータス的には兵士などとあまり大きな差は無いが、それでも尽きることのない物量差は勝ち目の無い展開を容易に描き出してしまう。
「やっぱり……元を絶たなきゃ駄目かッ」
「ですわね、シュン。でも、そろそろっ、くぅっ!」
「これ以上は魔力が持たないよっ」
ひたすら砲撃に集中していたカティアとユーリの顔が、少し苦しげなものとなっていた。
見れば、二人とも魔力が枯渇寸前のようで、これ以上の継戦は無事に引き返せるラインを越えてしまう。
「あぁ、分かった。フェイ!!」
『しっかり捕まってなさいよね。全力で飛ばすわよッ!』
「最後に置き土産だ。——消し飛ばせ、若陽ッ!!」
京也が刀に魔力を注ぎ込んだ次瞬、極大の雷光が瞬き大量の魔性を呑み込み焼滅させていった。
あまりの眩さに、一瞬視界が白く染まるほど。
それによって魔性の動きが一瞬停止して、この状況ではとても大きな空白時間が生まれた。
その隙に俺たちがフェイの身体にしがみ付くのと同時、瞬時に魔性に背を向け反転し、大海上の戦場から高速で離脱していく。
余力を全て速度に変換した逃亡は空を貫く一陣の風となり、残された魔性は俺たちに追いつく事すらままならず吠え立てる事しか出来ない。
そして一瞬意識を向けた背後では、距離がドンドン離れていくというのに、視界に映るは無数の魔性が城壁のように虚空を埋め尽くさんとする光景。
知っている魔物とどれも特徴が噛み合わない歪な翼竜は、万の絶叫を轟かせて逃した獲物を睨みながら飛び交っていた。
脳裏に響く、痛々しい悲鳴で紡がれるレベルアップの通知。
その声が誰のものなのか分かっているからこそ、心は無力感で軋みを上げる。
——背後でドンドンと点描のようになっていく魔性の脅威を強く感じながら、そうして俺たちは当初の目的である情報だけを握り締め、転生者ほか皆が居る宇宙船へと帰還するのであった。
魔性の群れを振り切って帰還した俺たちは、この宇宙船の操縦室とも言える場所を目指す。
フェイはこれからも連戦が予想されるからと、人化はせず竜形態のまま甲板で待機するとの事。
なので、通路を早足で進んでいるのは、俺とカティアにユーリと京也の四人だけだ。
そして俺たちが操縦室へ到着すると、そこに居たのはモニターと操作盤に齧り付くエルフの里に軟禁されていた転生者たちと、中央の座席に座る先生とハイリンスさんの姿が。
「——シュン君!」
俺たちの顔を見るや、急いで飛んできた先生。
「あぁ、カティアさんにユーリさん、笹島くんも……飛び出していってから、ずっと心配していたんですよ。——フェイさんは?」
「大丈夫です、外で待機しています。人化するのが手間だと」
「なるほど」
手に負えないと感じたらすぐに退却するとしても、もしフェイですら逃げ切れない相手だったら危険な行為だったのは間違い無い。
そこは反省すべき点だが、ワールドクエストで確認できる移動速度と強さの気配的なものから、俺たちでも行って帰ってこれると直感したからこそ確かめに行ったのだけど、それを話したらまたお説教が始まりそうなので、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「オギは何処に?」
この場に居るはずの、友達の名を上げる。
すると俺たちが入室した時から動いていたのか、すぐ近くから声が聞こえた。
「ここに居るよ。んで、誰に連絡するんだい?」
「勿論、アリエルさんと……ダスティン教皇にもだ」
教えてもらったオギのユニークスキル。
それは面識のある相手なら、何時でも何処でも誰とでも念話による通信会話が可能な、無限通話というスキルだった。
距離の制約も無く、エルフの里内部から連絡可能なほど障害や妨害も無視し、一度に多人数での念話を繋げられるほどの、念話スキルの完全上位互換な能力を持っていたのだ。
その能力は、まさにこういう時に真価を発揮するタイプの能力に他ならない——
「——もしもし、聞こえますか? シュレインです」
オギと念話が繋がった感覚の後、さらに複数の人数が同じ念話の環へと入った感じがした。
少し間を置いてから話し始めれば、俺の呼び掛けに答える声が。
『こちら、アリエル。聞こえてるよ勇者くん』
『……ダスティンです。連絡してきたという事は、何か掴んだのですか?』
脳裏に響くは、アリエルさんとダスティン教皇の声。
教皇とは幼い頃に神言教の洗礼にて会った事があり、その沁み入るような静かな声に優しげな好々爺然とした顔が思い浮かぶのだった。
そして、どうやらこの念話には、他にも先生も接続しているらしい。
ただ口を挟む気は無いようで最初の挨拶以降、無言のままだ。
「先程、小型の魔性について鑑定と実際に戦闘してみて確認してきました。それで得られた情報と所感なのですが——」
俺はアリエルさんとダスティン教皇に、自分達が掴んだ情報を伝えていく。
それを相槌挟みながら深く耳を傾けた二人はというと——
『やっぱり、そんな感じかぁー』
『休む間も無く連戦を強いられる事が予想されるとなると、全ての国が協力し交代で当たっても、数日で限界を迎えるでしょうな』
現在、神言教が主導して各国に防衛線への参加協力を呼び掛けているらしいが、それぞれ自国の防衛にも兵を残したい考えもあり、なかなか構築が進んでいないらしい。
そうなると一日持つかどうかも怪しいらしく、人族や魔族の兵士達だけでは、この大厄災に立ち向かうには厳しい状況と言えるのであった。
『ん? …………ギュリエから伝えて欲しいって。今、世界各地に生息している龍種たちに集まるよう号令掛けたって。既に水龍たちは海上にて戦闘を開始しているらしいよ』
念話の向こう側でアリエルさんが誰かと会話している感じのあと告げられたのは、龍の神様だというギュリエさんが、配下である龍種たちを動かしたという事実。
魔物の中でも最上位に君臨する龍とは、基本的に人類とは比べ物にならない強さを持っており、長く生きた古龍と呼ばれる存在ともなると神話級の魔物であり、意思ある災害そのものだ。
それが今、味方となった。
防衛線の戦力は、これで飛躍的に上昇した事だろう。
「っ——ありがとうございます。ギュリエさんにも、そう伝えてください」
これで、より多くの命が救われる。
力無き俺だからこそ、命を張って戦ってくれる龍たちとその恩には、真摯な感謝を送った。
『であれば、軍が展開しにくい山間部や僻地などは、黒龍様にお任せしても宜しいですかな?』
『ちょっと待ってね…………了解したって』
『寛大なご配慮に、感謝を』
そうして次々と纏まっていく対応策。
国も所属も種族も願いや目的さえ異としていた者達が、あと一時間もしない内に火蓋を切られる大厄災に向けて、一つの目標を掲げて突き進む。
あぁ、これこそありふれた人間が掴むべき答えだと、俺の胸に染み込んでいくこの想い。
理不尽に激昂するのでもない、喪失に涙を流すだけでは無い——それもまた、往々にして訪れてしまう運命のようなものだから。
重要なのは、どう向き合うか。
地を這うしか力を持たない、何処にでもいる人間として生きていく為には、どうすれば良い?
その答えは、手を取り合うこと。
考えや意見の異なる相手でも、一つになろうとする寛容さこそが俺の答えだと、確かな熱と共に胸の奥底で燦然たる光を継いでいた。
俺は、勇者シュレインだ。
兄様とは違う——だからこそ掲げる理想もまた違ってくる。
——夢だっていい。
実現不可能な戯言だと笑われてもいい。けど目指す事だけはして良い筈だ。
平和でみんなが笑って暮らせる世界。僕はそれを追い続ける。死ぬまでね。
これが兄様の理想なら、俺の掲げる理想は——争う必要の無い世界だ。
過ぎたる力など、要らない。
ましてや慈悲というスキルだなんて蘇生なんて力など、人を狂わせオカシクさせるだけの、弱くちっぽけな人間が手に負える力なんかじゃ絶対無い。
この大厄災に、俺が懸ける願いは、それ唯一つ。
少なくとも、贖罪を義務として求められるなど断じてあってはならないから。
例え、それが自分を支え続けた力との決別だとしても。
今まで築いた己の能力全てを、永劫捨て去る選択であろうとも。
構わないと、誇りを胸に。
後悔はない。
鍛えてきた一切合切を対価に、自分は
生温い平和な前世という過去に囚われ、争いと死の絶えない今世というものを知り、そのどちらとも胸の中に溶け込んでいるものだから——そんな俺だからこそ描ける未来がある。
争いの無い世界、俺はそのために進み続ける。
終わった後でも人は争うのだと予感しながらも、歩みを止めない何度だって答えを探そう。
見つけたいんだ。
傷を負うことなく、死ぬこともなく、誰もが胸を張りながら明日を目指せる生き方を。
だって誰かが死ぬのは、当たり前に嫌で哀しいじゃないか。
その為にも、まずは——
こんな世界こんな仕組み、俺たちにはもう必要無いんだって——皆の手で証明したいんだ!
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