狩る。
仕留める。
そして溜め込む。
上層にやって来た私たちは次の進化に向けて、必要な準備に取り掛かっていた。
中層への入口に近い場所に、ちょうど良さそうな広場があったので、そこに蜘蛛子ちゃんが糸を張り巡らせて巣を作り、その中に上層で倒した魔物を積み重ねておくことで、進化後にSPが枯渇していても直ぐ補給できるように食糧を蓄えていた。
蜘蛛子ちゃんが作り上げた拠点は、光源が殆ど無い迷宮では目視するのがほぼ不可能なほど細い糸で網を張り巡らせており、その網には石片を貼り合わせて作った鳴子まで結ばれていて、何かが接触した時に音を鳴らす仕掛けも組み合わされた、本格的にも程がある仕様だった。
一応、一部蜘蛛子ちゃんが通れるくらいの隙間は空いているけど、その位置は天井付近だったり網の中央だったりと、蜘蛛子ちゃん以外の存在がどこにも引っかからずに通るのは不可能な構造をしていて、同じ小柄な蜘蛛の魔物とかでなければ突破は容易では無いだろう。
拠点の中央には、私から採った苔をカーペットのようにぎっしりと敷き詰められていた。
これは霊装苔がLV8になったときに使えるようになった増殖という技で、繭から見えていた苔を爆発的に増やすことで巨大な球体になった私から、蜘蛛子ちゃんが苔だけを鎌で刈り取って集めたもので、私がいつでもフワフワの苔を大量に生産出来るようになったから作った物である。
この深緑色のカーペットは、私の所持しているスキルの性質をいくらか自由に付加されているので、多少は燃えにくく吸音性や防臭それに軽い安眠作用のある、優れた寝具となっていた。
そんな苔はなんと!
食べることも可能で、脳天に直撃する爽やかさとともに多量に含まれ蓄えられた魔力が、MPを回復してくれる薬草でもあった。
……前に自分で自分の苔を食べたときと味が変わっていなければ、そんな味だと思う。
むしろ変に味を変えてしまうだろう状態異常属性を付加させてないので、何も味がしないのかもしれない。
結局は進化して食事が可能になってから自ら食べてみて確認するか、今も時々齧ってくる蜘蛛子ちゃんしか知らないことである。
蜘蛛子ちゃんは上層に来てからというものの、神経を張り詰めなくちゃいけなかった下層や中層の反動からか、苔に埋もれて怠けることが多々あって、今も八本の脚をぐでーぇと伸ばして緊張感の無い姿を晒している。
蜘蛛をダメにする苔……?
すぐそばに、生産者の私がいるんですけど? もっと周りを気にして??
まあ、それだけ気を許しているとも言えるのから、良いのかな……
私を乗せた蜘蛛子ちゃんが疾走し、危険な気配を察知して逃げ出そうとしていた魔物に鎌を振り下ろす。
スキルで特殊な効果などを加えず強化した身体能力だけで振るった刃は、私たちより遥かに低いステータスしかない魔物を、薄紙を引き裂くかのように両断した。
上層の魔物は、下層のステータスとスキルによる地力の暴力や、中層の相性不利による厄介さが無いので、脅威と感じられる魔物はおらず簡単に狩ることが出来ていた。
なので、近場の魔物を片っ端から狩り続けたところ、付近から魔物の気配が一切消えてしまったみたいである。
ただただ魔物を狩り尽くしたという意味ではなく、私たち二人が持っている「恐怖を齎す者」の威圧効果で、ここに拠点を作ってからというものの直ぐに魔物が周囲から逃げ出していったので、とくに何もしなくとも勝手に居なくなり辺りは静けさに満ちていた。
一応、蜘蛛子ちゃんの速度なら逃げても追いつけるので、私が感知し位置を教え蜘蛛子ちゃんが遠くまで逃げ出す前に接近して仕留めるのを繰り返すことで、少しずつ食糧を確保している。
ただ魔物が逃げ出して拠点の遠くにしかいないので、どうしても持ち帰る手間が大きいのが問題だったのだけれど、蜘蛛子ちゃんが空間魔法で長距離転移出来るようになっていたので持ち帰るのも帰還するのも一瞬で済むようになった。
私も便利そうだと思ったけれど空間魔法の適性は高く無い様で、5000ポイントも要求された上に取得したもののスキルレベルの上昇が遅々として進まないので、蜘蛛子ちゃんのように使えるのは当分無理そうだった。
そして今、恐竜みたいな丸っこい頭部にずんぐりとした胴体の地竜を、あっさり仕留めたところである。
ステータス的には中層のウナギ程度でしかないので、マグマに逃げ込まれることなど地形の不利が無いのであれば、正面から戦っても余裕の一言であった。
耐久やスタミナこそ高いものの、それだけでは火龍すら倒した私たちの猛攻の前にはただの的でしかないので。
そして今倒した地竜によって充分な量を確保できたので、それを転移で拠点に持ち帰ろうとしたとき、森羅万象が新たな気配を感知した。
その反応の正体に気付いた時、私は見捨てるという選択は選べなかった。
『蜘蛛子ちゃん、蜘蛛子ちゃん。今すぐ向かって欲しい所があるんだけど』
一先ず他の魔物などに横取りされないように地竜の死骸を糸で包み、魔法で作り操った岩を貼り付けてカモフラージュすると、私たちは走り始める。
何を見つけたのかを説明しながら、私は蜘蛛子ちゃんに方向を指示する。
そうして駆けつけた場所には、下層でも見かけた蛇から冒険者らしき六人組が逃げ隠れしている場面だった。
状況を見るに、冒険者が蛇の魔物に見つかったけれど、あの冒険者たちでは手に負える相手ではなくて逃げ出したけれど、それを追って蛇がしつこく付け回しているんだと思う。
ときに囮を、ときに石を投げて注意を逸し、ときに他の魔物に擦り付けようとしたりと、知恵を駆使して逃げ続けているけど蛇はその巨体で瞬く間に距離を詰めるので、振り切ることが出来ずにいた。
あの程度の強さの蛇から逃げ出すしかない冒険者の強さに、私は悪い意味で衝撃を受けていた。
下層ではどちらかと言うと食われる側の蛇が上層では強者で、その程度の蛇が幅を利かせているのだから上層はなんてヌルいのだろうと思っていたのに、その下層では雑魚な相手に必死に逃げるしかない冒険者の強さになんとも言えない気持ちが沸き起こっていた。
このまま放っておいたら、確実に追いつかれて蹂躙されるのが目に見えているので、余計なことかもしれないけど助けてあげたいと思う。
そのことを蜘蛛子ちゃんに話すと、面倒くさそうにだけど肯定してくれたので、早速行動に移すことにした。
天井付近を歩いて蛇の頭上に向かう。
その間に冒険者の一人が蛇に追いつかれて、その巨体で弾き飛ばされた。
強かに壁に打ち付けられた冒険者は、片腕が曲がっちゃいけない方向に捻じ曲がっていて皮膚を突き破って骨まで見えていた。
目の前で無関係な他人だろうと誰かが死ぬ光景を見たいとは思えないので、取り返しのつかない犠牲者が出る前に、私たちは動いた。
立体機動が進化して空間機動になった蜘蛛子ちゃんは、火龍戦でやったような空中に足場を作り飛び回るスキルを使って、重力と足場を蹴り飛ばす勢いをも加えて目にも止まらない速度で、蛇の頭上から不意打ちで鎌を突き刺し一撃で絶命させた。
鈍い音をたてて倒れる蛇から蜘蛛子ちゃんは鎌を引き抜き、周囲を確認する私たち。
冒険者たちは、突然私たちが乱入して一瞬で蛇を仕留めたことに困惑と恐怖を感じているようであった。
今まで休む暇なく命の危機だったのに対し、それが急に倒れたと思ったら更に危険な存在が現れたのだから、その反応は当然と言えば当然何でしょうけど。
蛇は蜘蛛子ちゃんが全部やってしまったので、私はこのままでは道案内して救助をお願いしただけになるので、腕がグチャグチャになっていて今後の冒険者人生が閉ざされそうな人に治療魔法を掛けることにした。
中層では何度も何度も使っていたスキルはLV10まで成長しており、欠損ですら時間をかければ治すことも可能なので、まだ腕が残っている複雑骨折なんてちょちょっいと骨を正しい位置に戻してくっつければ、……はい完成。
変にくっつかないように反対側の腕の構造を見本にして整えたので、新しい皮膚や出血の汚れで差異はあるけれど、以前と変わらない動きが出来る腕に戻せたと思う。
私は、それを確認して満足したけれど、蜘蛛子ちゃんは彼らが落としたドライフルーツらしきものに興味を引かれていた。
乾燥クリクタの実……? 甘味?
それを嬉しそうに拾い集める蜘蛛子ちゃん。
窮地を救って治療してあげたとはいえ、許可なく持ってくのは窃盗じゃないかと思いながらも、何も言わずに黙認した。
……私も食べてみたいからね。
私の分も確保しといてねー。
そして助けたお代として充分な量の乾燥フルーツを拾った後、蛇ごと拠点に転移して地竜の方も回収すると、私たちは進化に移った。
今回は私が先に進化することになった。
いつまでもデメリットの多く自力では動けないマユ・マリでいるのはリスクが高いので、周囲の安全は蜘蛛子ちゃんが確保している間に、さっさと進化して自由に移動できるようになりたい。
……さて、もう何度も確かめたけど、改めて進化先について確認しようかな。
《進化先の候補が複数あります。次の中からお選びください。
・ アーケインコケダマ
・ ラピッドグラス
・ モフ・モス 》
また進化先が三つと、複数の候補が出ていた。
順番に内容をおさらいする。
《アーケインコケダマ:進化条件:一定以上のステータスを持つコケダマ種、魔法系スキル複数所持:説明:魔法に精通するコケダマ種がさらに知識を蓄えて神秘に至った個体。高度な魔法を息するように操る》
以前に候補としてあったソーサリーコケダマの進化系のようで、叡智を獲得した蜘蛛子ちゃんは様々な種族の進化ツリーの情報を知ることが出来るようで、それによると二段階上の魔法系最上位の進化系に間を飛ばして進化するらしい。
ただ、ここで進化が打ち止めになり魔物の進化段階にはまだ上があるらしいので、候補としては無いものであるけど。
《ラピッドグラス:進化条件:一定以上のステータスを持つ特定のコケダマ種:説明:飛翔能力を持ったコケダマ種がさらに速度を極めて神速に至った個体。その疾走を止められるものはいない》
こっちは飛べるコケダマであるウィングドコケダマの最終形態。
なぜか翅もないし速度が今0なのに、進化候補に並んでいる。
これも間を飛ばして最後の打ち止めまで進化するけれど、アーケインと同じ段階なのでやっぱり候補からは外れている。
そして最後の本命。
《モフ・モス:進化条件:マユ・マリLV20:説明:霊験あらたかな苔を纏う蛾型の魔物。長き雌伏を経て今翅を広げる》
進化条件にマユ・マリからしか進化が出来ないと書かれ、説明にも曖昧な内容しか載っていない種族。
しかし、進化段階はアーケインやラピッドグラスと同等なのに、さらに上があるらしい魔物で、その先の情報は叡智にも載っていなかったらしい。
……改めて叡智は、ズルいと思う。
進化先の情報も知れるなんて。
そしてその叡智にも載っていない進化があるらしい進化系統なら、期待も自ずと高くなる。
すでに準備は終わっていて、いつでも良い状況なので、さっそく進化することにしよう。
『それじゃあ、お先に進化するね蜘蛛子ちゃん』
私を拠点の中央に下ろして、離れていく蜘蛛子ちゃん。
そして少し進んだ後振り返り、前足を振って良き進化をと祈ってくれる。
それじゃあ、進化開始——
意識が深く沈み込む……深く、深く……
許されざる深淵を引き込みながら、私は溶けていく……
《個体マユ・マリがモフ・モスに進化します》
︙
《進化が完了しました》
《種族モフ・モスになりました》
︙
《進化によりスキル「繭」を失いました》
《熟練度が一定に達しました。スキル「禁忌LV9」が「禁忌LV10」になりました》
《条件を満たしました。禁忌の効果を発動します。情報をインストール中です》
《インストールが完了しました》
︙
禁忌、とは……。
……………………こんな、こんなのって無いよ。
酷い、ヒドイ……
どうしてこんな。
まるで冥界のようで。
イヤだよ死にたくない。
この世界を、こんなふうにした奴が憎い。
許せない、許せナい、ユルセナイ……
……殺す。
殺してやる、何もかも。
それで世界が救われるなら、いくらでも殺してやる。
大事なものは傷つけさせない、奪わせない。
そのためだったら何だってする……
たとえこの手で大事なモノを壊すとしても……
自分で自分を殺すようなこともだって、何だってやってやる……ッ!!
この力を、本物に変えてやるッ!! そのためならッ!!
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————————————みんな死ねばいいのに。
《熟練度が一定に達しました。スキル「怒LV5」が「怒LV10」になりました》
《条件を満たしました。スキル「怒LV10」からスキル「激怒LV1」に進化しました》
視界が紅く染まる。
そして、私は抑えきれぬ怒りに飲まれて意識を失った。
荒れ狂う怒りに、今まで抑え込んでいた魔物の本性の枷が外れていくのにも気付かずに。
《条件を満たしました。称号「狂乱の主」を獲得しました》
————シ゛ィ゛ィiイイ゛ァァ゛a゛ァァア゛ア゛アアッッ!!!!!!!!
——ふふっ、さて蜘蛛さんは気を許せるようになってきた相手を傷つけることができますか?