『……いやはや、燃えてるねぇ。こうも若々しい熱血見せられると、なんだか無性に自分が恥ずかしく思えてくるよ』
『同感ですな。思えば、我々は長く生き過ぎたのでしょう。決意や覚悟は重くとも、惰性で続けてきたと言われたら否定出来ますまい。今の彼のような自分を燃やし尽くすほどの情熱など、とうに失って久しい感情でした』
そこで、ふと——脳内で感嘆する二つの声が。
「えっあっ……すみません、もしかして聞こえていましたか?」
『懸ける願いは、争う必要の無い世界だってとこからかな。念話なんだから、強く思うと口に出さなくても伝わっちゃうからね』
おおぅ……なんだろう、俺自身も無性に恥ずかしくなってきたのですが。
こんな未熟な青い願い、お二人からすれば失笑もので——穴があったら入りたい。
ていうかオギ、お前までそんな驚いた顔するなよ。
目を逸らすな、口笛全然吹けてないぞ。
先生も猫みたいな微笑を浮かべて優しげな目で見るの止めて下さい……
『いえいえ、実に良き願いですよ勇者シュレイン。青臭くて結構、理想に進まんとする想いは何であれ立派です。どうして馬鹿に出来ましょうか』
しかしそんな心境さえをも見透かしているのか、ダスティン教皇は未熟な若人を導くかのように温かく説いた。
『願わくば、折れること無く、されど折り合いをつけて。願い一辺倒ですと、私みたいな破綻者になってしまいますゆえ。先達からのご忠告です』
決して自分のようにはなるなと、深い経験則と重たい卑下を感じさせる言葉。
しかし、俺は——
「ありがとうございます。ですがダスティン教皇、あなたは素晴らしい人だと、短いながらも俺はそう感じました。ですから尊敬させて下さい。あなたが転生を幾度も重ねてでも、人族を守る為に戦い続けたのだと。俺にはきっと耐えられない苦痛と人生を、何度も何度も乗り越えてきた凄い人なんだと、誇らせて下さい」
ダスティン教皇の真実。
それを知った今では、どうして彼のことを低く見る事など出来ようか。
立派な人だ——俺なんかよりもずっと、強く、気高く、研ぎ澄まされて美しい。
『……それは、アリエル殿からですかな?』
「えっと……はい」
『何か問題でも? ダスティン?』
『いえ、構いますまい。ダスティンの名は今代にて終わり。そういう事なのですから——後の未来を頼みましたよ、若き勇者よ』
その言葉には万感の思いが籠められているようで、だからこそ胸を打った。
今、俺は託されたのだと——
「はいっ!!」
力強く、堂々と答える。
迷いや煩悶だって、完全に消えちゃいない。
託された重みだって、全部受け止めきれた訳じゃない。
けど、それでいい——それで良いんだよ。
「だってそれが、人間だから」
そう呟いた言葉は、俺の中に宿った世界の真理だから。
一人では苦難に立ち向かえないのなら、みんなの手を借りて——
その勇気を見せるために、俺は前を向こう。
そして、細部を詰める話し合いが数度続いた後に、二人とも結論としたのは同じ答え。
『押し寄せてくる魔性を食い止めるのは、それで良いとして』
『やはり、問題となるのはアレですな』
『人々が絶望して、大多数が降りるを選択するその前に。どうにかして大厄災を終わらせなければならないって事だね』
『ですな』
「あの、それってどういう……」
俺の知らない共通認識で語られるアレとやらに、疑問を挟む。
とても嫌な予感がしつつも、聞き逃してはならない真実だと感じるから。
『あぁ、そういえば勇者くんが飛び出していった後に、推論が纏まったんだっけ。なら、まだ知らないか』
複雑な想いがあるのか、一呼吸挟んで告げられた起こりうる可能性が最も高い無慈悲な結末。
それは——
『——このままでは、降りるを選んだ人類が大半を占めた結果、システムに繋がる全人類が一斉に即死する羽目になるって事を、ね』
終焉に至る運命が訪れる。
易きに流れた人々の選択が、全てを巻き込みながら自らの破滅を呼んでしまうなどという、最悪極まる展開を、最古の魔王は吐き捨てるかのように告げるのであった。
「システムに繋がる全人類が一斉に即死するって……どういう事ですか、アリエルさん!」
聞き捨てならない情報を前に、発する言葉が炎のように熱を帯びる。
怒鳴るような声が出てしまい他の転生者たちが何事かとこちらを向くが、向こうで転生者たちに何かを教えているハイリンスさんの一声で、彼らは操作盤へと視線を戻すのだった。
『なんとなく
アリエルさんから、諭すように釘を刺される。
そこで俺は、近くにいるオカ先生へと視線を向けた。
俺の視線に先生は、首肯もしなければ首を振ることも無く、ただ瞑目して無言で佇むだけ。
——たしか、俺たちに対してナニカを隠していて、それを言えない理由があったとか。
もしかしたら、ソレ関係なのか?
「ですが……どうして、話しちゃ駄目なものじゃ無かったのですか?」
疑問に思う俺に、アリエルさんは飄々とした態度のまま軽い口振りで答えた。
『私は彼女に対して、何一つ質問しちゃいないよ。ただ彼女が、
つまりは、アリエルさんの勝手な推論。
ただの予想であり、先生の口から直接聞いた事では無いと、彼女はそう嘯いた。
『うん、だからこれはあくまで私の仮説。降りるを選んじゃ駄目って話を最大限膨らませた結果、私が思う最悪の展開ってのを予想したに過ぎない。だから、もしかしたら此処まで酷くないのかも知れないし、逆にもっと酷いのかもね』
徐々に俺の中でも、アリエルさんの発言の意図が察せられていく。
しかしそう簡単に馬鹿にしていい話では無いと、彼女は声を固くして続きを述べた。
『ちなみにこれは、白ちゃんから裏付けとってるし、システムの管理者であるギュリエも認めてる事だからね。つまりは彼女がそういった類のスキルを持っていて、詳細は誰にも言えずとも確かなナニカを知っている彼女の発言や行動には必ず意味があるのだと、そう保障されているようなもんだよ』
システムに精通した二人がそう言っているのなら、その情報の確度は高いという事なのだろう。
……そういえば、オカ先生はこの広い世界から転生者を幼い頃から見つけ出していたんだよな。
であるなら、もしかしたら俺たちの情報を知る事が出来るスキル。
それも、強引にでも保護を推し進めたり、助けられなかったと重すぎる責任すらも感じていたとなると、現在だけじゃなく未来のことさえも——俺たちが死亡する未来、そういう事か。
「分かりました——降りるを選んだ結果、俺たちも巻き込みながら最悪の結果になると、そういう事で納得します。これ以上は何も言いません」
『それを少しでも阻止するために、人々が降りるを選ばないように神言教と魔族領では考えを誘導しているんだけどね。——センセイ?』
アリエルさんは、同じ念話の環に繋がっているオカ先生へと問い掛けた。
その呼び掛けに先生は静かに頷くと、沈黙を破って会話に参加するのであった。
「はい——まだ、駄目です」
『やはり、誘導するにしても限界がありますか。ここに来て神言教の信頼が失われかけているのが足枷となるとは……』
ダスティン教皇が、嘆くような声で苦々しく吐息を搾り出した。
事の次第は、全人類が禁忌をインストールした事によるもの。
それによって神言教に猜疑的な人々がちらほら現れ始め、降りるの選択を思いとどまらせるよう
禁忌に意識を向けて確認してみれば、降りるを選んだ人の割合は一割を超えた値だ。
その数値は、今も止まらず加速している。
これから自らの命を奪おうとしてくる悍ましい怪物の姿が容易に見る事の出来る現状。
その恐怖に打ち勝つのは並大抵のものでは無いのだから、これが普通であり弱者なら当然の選択だと分かってしまうのだから、仕方無くもなんだか哀しい。
「なら、どうすればッ」
『方法なら、他にもあるよ。ほらワールドクエストにも書かれている事じゃないか』
「そうか——降りるの結末に進む前に、別の条件を達成すれば」
『そういうことっ!』
弾むような声で、俺が出した解答を肯定するアリエルさん。
どうやら、そういう方向性で間違い無いようだ。
「ですが何をするつもりなんですか? 魔神本体を弑逆するのは苔森さんを殺すのと同義ですし、一千万体なんて桁違いの数を倒し切る前に——まさか」
思い当たった結論に、俺は息を呑む。
あぁつまり——
『そのまさかだよ。翠魔レルネーを倒す、それ以外に道は無い。だからさ勇者くん——その力を、勇者剣を手に、立ち向かって欲しいんだ』
腰に吊るされた重みが、更に増したような気がした。
ユリウス兄様からレストン兄様へ、そして俺へと渡ってきたこの剣が、今この状況で最も重要な鍵となるのだと、それが分かったからこそ無意識に身体が強張ってしまう。
「なぜ……俺なんです? それこそユーゴーやソフィアに、白さんなら」
『ワールドクエストの注意事項を呼んでみて。理由が分かるから』
「————これは」
そうして確認する注意事項。
どうやらこれは、特定の称号を持っているか支配者スキルを獲得していなければ閲覧出来ない、制限の掛けられた情報のようだった。
決められた手続きに従って封印を解き、内容に目を通せば——
『翠魔レルネー、および翠魔ケルベロス、翠魔ステュクス・カロン、翠魔ニュクスは、能力として神特効を持つ。なお小型翠魔の方は、神特効を持たない。
この原理は勇者による魔王特効と同じであり、神格を相手にした場合のみ自動的にシステムからエネルギーを引き出して能力が上昇し、課せられた制約が全て解除される。
また、翠魔レルネーが神格に撃破された場合、翠魔レルネーと従属翠魔は再度復活し、大厄災は最終フェーズへと移行する。
これらの条件は、神格による一方的な早期解決を禁止するための措置である。
人の罪業は、人が清算すべきであり、神は手助け以上の事はしては為らない。
ゆえに大厄災に立ち向かえる資格を持つのは、全人類とその星にて生きる生命のみ。
人間は自らの力によって——己が勝利と未来を掴んでみせろ。
神には、神のための戦場がある。
深淵のさらに奥にて私は待つ、そう白き神にお伝え下さい——上位管理者、邪神Dより』
「……ははっ、何だよこれ」
『本当、フザケているとしか思えないよねぇ。ちなみに復習がてら補足すると——邪神Dってのはシステムの設計者であり、白ちゃんやコケちゃん、ギュリエやサリエル様すら超える、特級の上位存在って話だよ。私らの想像もつかないような格の違う化物だとか』
勿論、分かっている。
俺たち転生者をこちらの世界へ転生させてくれた相手らしいが、元を正せばその邪神Dとやらのゴタゴタに俺たちは巻き込まれただけで、その異名が示す通り決して善き存在という訳では無いのだろう。
『だから、敵として対峙しても私らでは相手にならないし、ご指名は白ちゃんだけみたいだしね。私らはDについて考えるより先に、大厄災をなんとしなくちゃいけないんだよ』
「それは……はい、その通りですね」
そもそもの話だが、システムの設計者に対して、システムの恩恵があって初めて戦える俺たちが抗って何が出来るという。
この星を生かしているのもシステムであり、その機能を自由にできる存在となれば、星も俺たちさえも生かすも殺すも胸三寸。
実力でなんとかなる相手じゃないし、命綱を握られていては反抗の芽すら潰されている。
『それで話を戻すけれど、翠魔レルネーを倒すにあたって必要なのは確実に消し飛ばせる火力なんだよ。隠しても仕方無いから言うけど、今の私は弱体化して以前のようには戦えない。だからアレを倒せるほどの確実な力は、憤怒込みのラースくんか君の勇者剣、この二つしか無い』
「ラース……ですか?」
それは誰なのかと漏れた呟きに、ピクリと反応する京也。
——いや、まさかな?
『おや、知らない? そっか改めて自己紹介した訳でも無いしね。ササジマキョウヤ君ことラースだよ。こっちでの新しい名ってとこだね』
思わず、京也のほうを見てしまう。
その視線に、バツの悪そうな顔で苦笑している事から、事実なのだと理解してしまった。
『アリエル殿、先程から話が脱線しすぎていますぞ』
『おっと、ごめんよっ! つまりは君たち二人、そのどちらかが翠魔レルネーの核を破壊すれば、私たちの勝利。敗北条件は、倒しきる前に降りるの結末に進むこと』
『そして二人を万全な状態で送り届ける為にも、三体の翠魔を相手にする人も必要です。そちらはアリエル殿と相談した結果、人選が決まっております』
その人選に、さっき俺が挙げたユーゴーやソフィアさんなどが回るらしい。
そしてアリエルさんも、古龍と一緒に相性の良さそうな相手と戦う予定だとか。
ダスティン教皇は変わらず神言教を限界まで動かして、人心を纏め上げ少しでも降りるの結末へ進まないよう、時間稼ぎに尽力するとのことだ。
『危険は一番大きい役回りだと思う。だから無理強いはしないつもり。やるかやらないかは自分で決めて』
『龍種の長たちもおりますゆえ。総力戦で事に当たれば、犠牲は多くとも勝てるやも知れません。ですので、無理ならば無理と、おっしゃっても構いません』
アリエルさんとダスティン教皇は、最終的に決めるのは自分の意志だと告げる。
正直、怖い——怖くて堪らない。
あの巨大過ぎる化物を相手に、俺なんかでは虫に刺される痛痒すら与えられないだろう。
ほんの身じろぎ一つで、無惨な押し花か紅い花火となるのが関の山だ。
だが、俺の力——というよりは勇者と勇者剣の力が必要であるのなら。
こんな俺にも出来ることがあるのなら、必要とされているのなら。
たとえ俺一人では辿り着く前に死んでしまうような存在に、世界のため立ち向かわなければならないと言うのなら。
なら、俺が取るべき選択は——
ちらりと、傍に居る仲間を見て、決心した。
「——すみません。ほんの少しだけ、仲間と相談してもよろしいですか?」
何処までも人間らしく、俺は誰かを頼ろう。
恥だとも無様だとも思わない。
それが道連れまがいの行為でも、たった一人では人間は戦えないのだから。
連載開始から今日で一周年。