【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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準備段階 —ギュリエ・サリエル—

 五人の男女が、一人の黒き男へと跪く。

 

 筋骨隆々な半裸の大男、如何にも破落戸(ゴロツキ)のような粗野な風体の男、モヒカンみたいな髪型で痩せぎすの青年、気怠げな雰囲気を纏う美女、中性的で胡散臭い笑みを貼り付けた性別不詳な人物。

 

 外見も受ける印象もバラバラで、統一性など欠片も無いように見える彼らは、人化した古龍。

 主たる龍神より長きに渡り世界の守護を賜ってきた、太古から生きる龍の長達であった。

 

 ——火龍グエン、雷龍ゴーカ、風龍ヒュバン、氷龍ニーア、闇龍レイセ。

 それが、彼ら彼女らの名である。

 

 この場には居ないが他にも古龍と呼ばれる存在はおり、水龍イエナは支配領域たる海にて翠魔と先立って交戦を開始しており、光龍ビャクは命たる勇者剣の守護にてシュレインと共に。

 エルロー大迷宮を守護する地龍ガキアという長もいたが、かの龍は十数年前に逝去しており後任となりえる存在も軒並み亡くなっていたので、現在地龍の長は空位でありこの場には居なかった。

 

「急な召集に応じてくれたこと、感謝する」

 

 黒き男、ギュリエディストディエスの労いの声が静かに響く。

 継ぎ目の見当たらぬ灰白色の石材で床面を覆われた不可思議な空間にて、龍神とその眷属たちは一堂に会していた。

 

「はっ、いいえ。主殿の命とあらば、直ぐに馳せ参じるものでございます」

 

 龍種の長、その中から半裸の大男火龍グエンが口を開き、筋肉で覆われた巨躯を窮屈そうに丸めながら、彼ら全員を代表して答える。

 

 その構図は、上位者と下位者。

 それを明確に身体と態度で示しており、彼らの間ではそれがごくごく自然の事であるかのような厳粛な空気が流れていた。

 

「うむ、事の次第は大まかには理解しておるな? これよりお前達には、部下を率いて防衛線構築にあたってもらう。大迷宮まで距離が遠い領域には即席の転移陣を敷く。よいなニーア?」

「ご配慮感謝しますのぉ。我も氷龍らも、遠路はるばる飛び続けるのはちと大変でありますゆえ。(いくさ)の前に疲労困憊では、お役に立つどころの話ではありませんからのぉ」

 

 袖で口元を隠しながら、カラカラと含み笑う氷龍の長ニーア。

 雪国らしい意匠と和風テイストな要素がミックスした、雅趣な衣服をその身に纏いながら嘯く姿は、どこか花街の女主人を連想させるようである。

 

「ひゃっは、腹黒その二がよく言うぜ! 本当は動くのがメンドーなだけだろう? そう言うのをニートって呼ぶんだぜ? おっと、もしや太って飛べなくなったんじゃねーの?」

「ほほぅ? 三下風情が言ってはならんことを吠えたな? 今すぐその空っぽの頭、氷漬けにしてやっても良いのじゃぞ? ん??」

 

 ニーアへ向けて、多分に馬鹿にする揶揄を含んだ言葉を厭味ったらしく吐く風龍ヒュバン。

 その嘲りに表面上は笑みを浮かべながらも青筋を立てたニーアが冷気を手に集束させて、袖無しのベストのようなものを羽織ったヒュバンへと底冷えする表情を向けて、お互いに睨み合う。

 

「やめよ、二人とも。主殿の御前であるぞ」

「黙ってろ、ハリボテ」「黙っておれ、虚仮威し」

「むぐぅ……」

 

 窘めようと、威厳を感じさせるような重い声でグエンが語りかける。

 だが返ってきたのは鋭い棘の言葉であり、それに彼は押し黙ってしまう。

 

 そう——なにを隠そうこの大男、それっぽく大物感を出しているが格好つけているだけであり、実のところ内心ではテンパっていたりビビったりもする肝の小さい男なのだ。

 つまり屈強な見かけによらず、二人の圧すら感じる恫喝にただ呑まれていただけという。

 

「はいはい、お二人とも。じゃれ合ってないでマスターの話を聴く。グエンも落ち込んでないで」

 

 軽く手を打ち鳴らし、スーツのような礼服を美麗に着こなすレイセが声を上げる。

 その男性とも女性とも取れる音色の声で、彼らを諌め場を仕切り直すと、空気は一転して灼けるようなヒリヒリしたものへと切り替わっていった。

 

「……任以外はあまり束縛せぬよう、個々の主体性に任せてきたのは問題だったか?」

 

 あまりに我や個性が強すぎる面々を一瞥して、頭が痛いと瞑目し唸るギュリエ。

 

「まあよい……無駄話は聞かなかった事にして進めるぞ。ヒュバンと風龍にはアリエル他と共に、別の役割を与える。誰よりも速いお前達だからこそ、彼ら彼女らを大厄災の中心部へ送り届ける役を任せたい」

「俺様に? ……承ったぜ、主の命なら嫌とは言わねぇさ」

 

 いつぞやの共闘が、ヒュバンの脳裏によぎる。

 考えることが苦手な彼だが、あれと同じように背に乗せて運べばいいのかと納得した。

 

「……今回の戦い、神である俺は事の中心には一切手を出すことが出来ん。縛りを付け加えられたからな」

 

 それゆえギュリエは、この大厄災に直接的に介入することなど不可能であった。

 今までも、そうさせられてきたからこそ心中に浮かぶのは納得しか存在しない。

 けれども——

 

「それで黙ったまま、何も出来ず舞台の外から眺め続けるだけであるのも、もう終わりにしよう」

 

 いつの日も、どんな時も、歴史の転換点である瞬間さえ——己は何も出来ずに見過ごすしかないのだと、諦めていた。

 しかし今は、今だけは——退いたりなどしないと彼は誓う。

 

「俺も、この世界を——彼女が慈しむ人の世界を守りたいと切に願うのだ。ゆえに今こそ、被ったままだったこのガワを脱ぎ捨て、龍に戻る時だ」

 

 宣した呟きは勇壮に、そして決意に満ちたものであった。

 

 その直後、空間が軋みを上げ始めた。

 その現象に何事かと、この異空間の主でもあるギュリエへと問いの眼差しを向ける彼らに、龍神は問題ないと短く告げる。

 

 それは、この龍神によって維持されていた異空間が末端から分解され、エネルギーに還元されていく光景。

 無惨にも崩壊していく旧世界のビルや摩天楼立ち並ぶ都市が、虚空へと消え去っていく。

 この異空間には彼が過去を忘れまいと、とある都市を土地や街並みを、そっくりそのまま丸ごと取り込んだ、思い出染み付く旧世界の遺物が当時の姿で保たれる過去の世界。

 

 響く音は、壊れゆく歴史と思い出の悲鳴か。

 けれども、反響して遠雷の如く鳴り渡る荘厳な音は、彼の決意に呼応して打ち鳴らされた門出を祝う鐘声のようで。

 

 圧縮していく異空間は、彼を中心とした領域だけを残して、何もかも無に溶けた。

 

 もう、此処には何も無い。

 もう、此処には意味は無い。

 もう、此処には過去に浸るための残骸など、残ってはいない。

 ゆえに、全てを清算して未来へと往こう——彼女が隣に居る未来へ。

 

 その行為の見返りは、空間を維持するためのリソースが浮き、空間と内包した質量がエネルギーへと変換されたことで、彼の器へと幾分か力が充填された事だった。

 

 ギュリエは、心中で呟き続ける。

 手を貸しては為らぬのが上位翠魔との戦いだけであるならば、それ以外ではもはや自縄自縛の枷など引き千切って、己の心が趣くままに力を振るおうぞ。

 

 ——なあ、Dよ。

 お前の言う愚かな演者のための舞台で、延々と裏方を回していた黒子が、劇を叩き壊す大道具を携えて盛大に演目に乗り込んでくるというのも、なかなか愉快な話にならんと思わんか? 

 一流の悲劇を描いたはずの筋書きが、実に馬鹿馬鹿しい闖入者(ちんにゅうしゃ)によって三流作者の下らぬ脚本に早変わりだ。

 

 台無しになったと嘆くか? いいや、それも良しと嗤うか? 

 どちらでも構わん、俺は好きにする。

 それが選ぶべき俺の答えなら、何を迷おうか。

 俺は、そう——月の女神(サリエル)と、彼女が愛する世界の盾たらんとする、一人の騎士だ。

 

「少し下がっていろ」

 

 彼ら龍の眷属たちに向けた言葉は、確かな思いやりも感じるがしかし、既に何者にも揺るがぬと断言の熱量が籠もっていた。

 

 そして——魂の鳴動と共に、本来あるべき姿へと黒き男は変生し始める。

 

 彼の身体が瞬く間に黒く染まっていき、纏う黒き鎧が肉へと癒合し混ざり合い、全身が肥大化と変形を繰り返しながら、その姿を組み替えていく。

 

 腕は無骨な五指から、鋭く堅い巨腕へと転じ。

 前後に延伸していく胴体は、鎧が龍鱗となって全身を覆い、鋭角で流線的な輪郭を描いていく。

 

 口と鼻が突き出てきて、刀剣の切先のようなスラリとした顎門になり、兜の装飾はそのまま二本の角となって、頭部に覇者たる冠の如き威を示していた。

 

 これこそ彼の、龍神の真の姿。

 さあ吼えよ、時より取り残されし龍。

 長きに渡る眠りから目覚め、女神の愛する世界のために再起の咆哮を謳い上げるべく。

 

「シュゥゥゥ……この姿になったのは、果たして何百何千年ぶりだろうか……」

「偉大なるお姿です、我らが主上」

「よせ。昔と比べれば、所詮これなどハリボテにすぎん」

 

 完全な龍の体躯であろうとも、流麗な人の声にて語るギュリエ。

 その黒曜石の如き巨躯は鈍く光を反射して、細身に見える内側では引き絞られた筋繊維が活力に漲っているのが、ヒシヒシと感じる圧から見て取れた。

 これの何処がハリボテだと言うのだろうか、威風堂々たる御姿に心より畏敬を捧げながら、そう龍の長達は思うのであった。

 

「これより俺は、ダズトルディア大陸を空より守護する。俺が睨みを利かせている間は、内地まで一匹たりとも翠魔を侵入などさせんとも。彼女の世界、決して滅ぼさせはせん……ッ!」

 

 大陸に住む人々を守るため、終わりなき戦線を守り続ける。

 檜舞台に立てずとも、己の出来ることやりたい事を、全力で振るうのだ。

 それこそ白織が以前酒宴で語ったように、俺も少しは自分勝手に生きてもいいだろうさ。

 

 ——他人が何と言おうと、一番大切なのは自分が何したいかでしょ? 

 ————ならば良し、あなたの好きにすればいいですよ。

 

 高次元からの声も、届いていない聞こえていないかのように、不変の意思で彼は天を睨んだ。

 枷と縛鎖を千切った龍神は、夜天に浮かぶ月と並ぶために大翼を広げて飛翔するのだ。

 

「少し疑問なのだけど、マスター? カサナガラ大陸の方は、どうするの? まさか見捨てるとは言わないと思うんだけど」

 

 脳裏に浮かんだ懸念を案じるレイセに、龍神は空間と空間を繋ぐ転移門を開きながら、穏やかな声で返答を口ずさんだ。

 

「安心せよ、レイセ。そちらには何も心配などいらん。なにせ()()()()()()()()のだからな」

「——まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地表より遥か高みの、雲海見下ろす天空にて。

 月光を背に、蒼き美女が悠然と機翼を広げ佇んでいた。

 

 瞼を閉じたその表情は一種の彫刻作品のように、儚さと壮美さを宿しながらも完成され尽くした無機質さを帯びて、冷たく瞑目している。

 

 怜悧な美貌からは、内奥に潜む感情を窺い知ることは出来ない。

 まるでそう、天に坐す月の如く。

 彼女は凛然とした銀砂を散らした夜天のベールを纏いながら、静謐に世界と一体化しているようだった。

 

 そしてそっと開かれた瞼が、眼下の世界をただ静かに眺めた。

 感情の籠もらぬ眼球が、世界を瞬時に一瞥して。

 

「——地形情報のアップデート終了。新たなデータの適応が完了しました」

 

 淡々とした言葉が呟かれる。

 宙に浮かぶその蒼き美女、女神サリエル。

 彼女が地の底で眠り続けていた間に起きていた、世界の変遷や崩壊と再建について記憶野に刻み込み、過去と現代との差異を反芻していたのだった。

 

「カサナガラ大陸、ダズトルディア大陸……人が生存可能な領域は、今では二つのみですか」

 

 吐き出された声に微かに滲んだのは、慚愧(ざんき)寂寥(せきりょう)だろうか。

 そのときのみ、無機質な瞳に色が灯ったように見えた。

 かつてはこの星を覆い尽くした人間が、今では小さな箱庭でしか生きられぬ現状に、儚さを覚え憂いている。

 

 そして、胸へ去来するのはそれだけではなかった。

 

「あんなに泣き虫だったのに……強くなりましたね、アリエル」

 

 記憶とはまるで違う少女の姿に、それもまた人の成長だとサリエルは寿ぐ。

 魂が大きく変質しているのは理解している。

 しかし、それが何だという? 

 生きているだけで変わっていくのが生物として当たり前である以上、あれもまた積み重ねによる変化と成長の行き着く先であるがゆえ、純粋な賛辞を贈るのみ。

 

 ただ——立派になったと、子を抱きしめる慈母のように。

 サリエルなりの愛で、自らの手を離れ長き道のりを歩んできた、あの日の子供を愛していた。

 

 そして、その変化の切っ掛けとなった存在たちについても考えを巡らせる。

 そっと物憂げに瞳を伏せ、言葉が絞り出される。

 

「…………このような展開になると、予測出来たというのに。末路は人柱だと分かっていてなお、それでも世界が救えればと。あなたは神になることを選んだのですか、翠星」

 

 システムに囚われていた時、神仰というスキルについて妨害した時から理解していた。

 このまま進めば邪神()の玩具として、いつか取り返しのつかない事になると。

 

 そして危惧した通りに、世界を巻き込みながら彼女は破滅へと真っ逆さまに堕ちていく。

 もはやサリエル個人では、どうすることも出来ない流れである。

 自身がこうして解放され自由になれたのが彼女のおかげであると分かってはいるが、だからこそやるせない情動が胸の奥に不具合(さざなみ)を発生させる。

 

 激動する世界、その中心点には転生者たちが居て最大の要因こそが——神格にまで至った二人。

 彼女らの存在が今も特大の不確定要素となり、自身の演算(こころ)を致命的に乱していく。

 

「いいえ——だからこそなのかもしれませんね」

 

 そんな自身の計算を軽々と越えていくからこそ、世界を救うまであと一歩まで漕ぎ着けていたとサリエルは確信する。

 

 翠星と白織、史上類を見ない特級のイレギュラー。

 停滞していた世界を壊し、決意と信念で邁進しつづけ、新たな地平を目指して駆け抜ける。

 その先に未来があると信じているからこそ、怠惰や迷いなどありはしない。

 

 彼女らは、互いに足らぬものを補い合い高め合う。

 際限なく、何処までも。

 善性も悪性も、秩序も混沌も、正道も外道も併せ持ち、正しさも間違いも分け合いながら。

 世界を救う、その日まで、その先も——果てなき旅路を行くために。

 

 であれば、この運命すらも二人ならあるいはと、サリエルは思いを馳せる。

 

「ならば進みなさい白織——あなたの運命は片割れと共に。闇などに負けぬよう、あなたの未来を取り戻すのです。二つの星が揃いし時、真なる救いがあらんことを」

 

 闇より生まれし白き太陽。

 冥界より翠の彗星を天翔させよ。

 この星の救いは、二人の紡ぎし運命に懸かっている。

 

 ならば、それまで時間を稼ぐ必要があると、既に答えが出ているのだから。

 サリエルは己が担うべき役割を再認し、炉心(たましい)燃料(いのり)を焚べる。

 人の世界を守らんがために。

 生き物のいない世界など、それは救いとは呼べないのだから。

 

 しかし、この身体はあくまで奇跡的に願いが重なって発動した魔術による、修復されし器。

 力を使いすぎれば幻のように消えてしまう不安定なものであるがゆえに、その戦闘力は見る影も無いほど弱々しい。

 中身も同様に、生命維持に最低限の量しか保持していない。

 とてもではないが、現在内包するエネルギーでは翠魔を止めるには力が足りないだろう。

 けれど——まだ打つ手はある。

 

「エネルギーの深刻な不足。——ですが、足りないのなら他から用意しましょう。省エネです」

 

 見上げた月は、荘厳に美しく。

 世界を慈しむように、優しく穏やかな光で全てを包み込んでいた。




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