【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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翠魔—Corrupting Spirits—
大厄災 —開戦—


 そう、ゆえに今、此処から――

 人の世界を守らんとする者らと世界を滅ぼす翠魔との、未曾有の大厄災が幕を開けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大波荒れ狂う洋上。

 この世全てを滅殺せんと狂乱する魔性が怨嗟の悲鳴を上げながら、ひたすら暴走する衝動に従い感知した生命を滅ぼすべく進軍する。

 

 その行動はもはや機械じみており、小さな魚や微生物ですら許せないとばかりに、死滅の波動を海中に打ち込みながら三体の翠魔は、そう定められているかのように死の領域を広げていく。

 

 かの魔性が通った後には生命は何も残っていない。

 潮の流れで流入してきたものも、残留する死滅のエネルギーが猛毒の汚染物質であるかのように一つ余さず蝕み浄滅していく。

 

 それは、世界の終末を告げる冥界からの呼び声か、それとも新世界に至らせる再誕への胎動か。

 どちらにせよ、生命を許さぬ領域は今もまだ足らぬとばかりに死を溢れさせ、糧となる贄を求め凝固した血液のように、ドス黒い紅で大海を染め上げていた。

 

 その領域の外側では、少しでも侵蝕を食い止めんと多数の水龍が抗い数多の小型翠魔を撃墜していくが、同時に特攻じみた捨て身の攻撃により少しずつ骨身を削られ、屍を海の底へと沈めていく水龍も数多くいた。

 

 小型翠魔の何より恐ろしいところは、単純な数の暴力では無い。

 自身の死を厭わず生命を滅殺するという行動原理であり、行動パターンもある時点から変化して使用後自壊は必然となる腐蝕攻撃を身に纏っての突撃すら行うようになっていた。

 

 もはや迂闊な接近は、死を招く。

 使い捨ての自爆兵器と化した小型翠魔に、水龍たちは確実に数を減らしていくのであった。

 

 油断した者、弱い者、運が悪かった者を次々と、冥界へと誘う魔性の尖兵。

 

 それらの目的は唯一つ。

 より多くの生命を、()()()()へ捧げるがため。

 何故なら、それしか知らないし、それ以外に何も許されていないから。

 

 混濁した意識に他の思考が入る余地など無く、そうする事で()()()()のだと強烈に刷り込まれている翠魔に、止まるという行動原理などありはしない。

 翠魔もまた、()()()()()()()と願って殺し回るのだから、その狂気は際限なく膨れ上がり留まるところを知らないのだ。

 

 既に最初に作られた小型翠魔は、両大陸へと上陸する寸前。

 まだ水龍たちのおかげで、上陸しようとしている個体数はだいぶ減らされているが、その減った数であろうとも人類を蹂躙するには充分過ぎる暴威である。

 

 それがもし、制限なく世界に破滅を齎そうとしてきたら――想像するに恐ろしい光景だろう。

 水龍たちの奮闘虚しく、翠魔に海上での防衛線が喰い破られて、それらが一挙に押し寄せるのも時間の問題かと思われた、その時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっちょ、派手にいくとしましょうかッ』

「あぁフェイ! これが、俺たちの開戦の号砲だッ!!」

 

 天地に轟くは、決意の叫び。

 その瞬間、暗雲を蒸発させながら煌めいた極光が翠魔ごと空を裂く。

 

 まるで水平に流星が駆け抜けたような、巨大過ぎる光輝の柱。

 

 それが通過した後の場所には大気がプラズマ化した刺激臭しか存在しておらず、消し飛んだ翠魔の数は、百を有に超え千に到達して万にも手が届きそうだった。

 威力の桁が一つや二つ違う閃光は、小型翠魔の濃霧に大穴を空け、此方から彼方を繋ぎ上位翠魔への道を開くのであった。

 

 始まりを告げる煌めきに呼応して宣誓する、王者魔人勇士英雄たち――

 彼ら彼女らは、それぞれ数多に飛翔する龍の背の上にて、自らの誓いを空へ掲げた。

 

 

 

「やらせはしねぇよ。俺の身内に手を出す奴は、何であろうとブッ潰すだけさッ!」

「我が魔法……いや魔術の研鑽。とくとご照覧あれっ、我が神よッ!」

「うぅ、今からでもお家帰りたいっす」

 

 帝国の三巨頭は、守るべき人々の期待を背負い並び立ち。

 先頭に立つ帝王は、拳に填めた巨大な手甲を合わせて、ガチリと打ち鳴らした。

 

 

 

「あのデカブツは、私の血潮を滾らせてくれるのかしら?」

「私がいる限り――お嬢様には、指一本たりとも触れさせはしません」

 

 吸血鬼主従は匂い立つ騒乱の気配に、抑えていた闘争本能を曝け出し。

 朱く微光を灯す瞳が、濃密な血の匂いを予感させる。

 

「どうしてスーは、お兄様のところじゃ無いんですかっ」

 

 今代勇者の妹は、愛しの兄では無く何故か吸血鬼主従の場所に配された事に不平を漏らし。

 しかしそれも仕方なき、前科ある彼女の暴走に対処可能でさらにその力を発揮させるには、この配置が最適であるがゆえに。

 

「いくぞアサカ。これは俺たちの復讐以前の問題だ」

「えぇ仕方ないわね、クニヒコ。逃げても死なら立ち向かうだけね」

 

 復讐を胸に歩んだ二人の冒険者は、納得出来ない展開を否定するため力少なくとも戦いを選び。

 今、怨みも怒りも越えて、復讐対象である相手と肩を並べる。

 

 

 

「この戦いが、私の旅路を飾る最期で最高の勝利とする為に。また背を借りるよ、ヒュバン」

『前は白いので今回は蜘蛛のか。つくづく俺様は蜘蛛に縁があるよなぁ、まぁよろしく頼むぜ』

 

 蜘蛛の王と風龍の長は、奇縁に思いを馳せながら再びの共闘に笑いを零して。

 荒野以来となる世界の危機、それに関わった者達として信頼を預け合う。

 

 

 

「本命には直接手を貸せずとも、己の意志のままに。構わぬだろう――なぁDよ」

『我らが主上。配下龍一同、展開が完了しました』

 

 龍神とその眷属たちは、土地ごとに任された役割を熟す最低限だけ残して、両大陸の海岸線沿いへと集い。

 

「現在の私が、上位翠魔を撃破出来る可能性は皆無。であれば、託しましょう人類に」

 

 カサナガラ大陸の遥か上空にて、霞む月輪を背に浮かぶ女神は守るべき対象へと願いを託し。

 

「此度の戦いが、私たち人類いいえ全ての命が、宿命から解放されるのを願って率いましょう」

 

 ダズドルディア大陸の中心地にある大神殿にて空を仰ぐ老人は、あらゆる贖罪の清算を祈り。

 

「シュン君、白さん、苔森さん……みんな。どうか無事に帰ってきて下さい」

「先生、転生者一同いつでもいけます。私たちは私たちなりに貢献しましょう」

「そーだよ、オカちゃん。端役だろうと、俺たちだって役に立つとこ見せようぜ」

「主役には成れなくても、端役なりの意地で私たちだって戦うんだからっ」

「だからシュン、僕たちを気にせず行って来い。――勝てよ」

 

 皆の先生と囚われていた転生者たちは、宇宙船の艦橋にて操縦桿と照準器を握り構えた。

 

 

 

「――始まったか」

『マザー?』『マザーの為、戦う』『邪魔させない』『露払い、任せて』

 

 地の底深き大迷宮の中では白き神が、悪夢の残滓と呼ばれる眷属に囲まれながら大鎌を手に瞼を閉じて時を待つ。

 その時こそ、自らの戦いだと分かっているからこそ微動だにせず、地上の皆が成し遂げてくれる瞬間をひたすら信じて待つのだ。

 

 獄犬、海蛇、魔精、三つの紋章が封じるシステム中枢への扉。

 閉ざされた扉の解錠を仲間に託して――白き神は、堕ちた翠の乙女を救うのだと想い続ける。

 

 

 

 

 

「必ず勝とう、もう逃げやしない。俺の双肩と背には、明日を目指す皆の希望がある。どんな困難だろうとも、一人じゃなければ乗り越えられると信じているッ!! ――往くぞみんなっ、準備は良いかッ!!」

 

 天空を統べるが如く、柔毛に覆われし優美な身体と十枚翼で泳ぐ大河のような光龍の背中にて、己が答えを得た勇者は共に想いを合わせる仲間へと、魂を籠めて呼び掛けた。

 

「既に、いつでも」

「それこそ前世から、だよ」

『愚問ね』

 

 そこで勇者は横を向き、隣に立つ不条理な世界により鬼となった親友は――

 

「言われずとも、親友(シュン)。――君が語る未来のため、僕たちの道を示してくれ」

 

 厚い信頼の籠もった仲間たちの声に応えて、シュレインは声を張り上げた。

 ならば言うべきは、これだけで良い。

 

「――あぁみんな。これが正真正銘、最後の戦いだ」

 

 この世界に絡み付く、終わりなき贖罪の連鎖。

 

 そこに積み重なった嘆きも哀しみも憤怒も絶望も――それら全てに意味はあったと、みんなの力を合わせて輝く未来を掴み取ってみせると勇者は誓う。

 

 人類を嘗めるな、邪神よ。

 人は醜く愚かであろうとも、光を持っているのだ。

 それを認めている、信じている。

 果てなき闇の中であろうとも光を胸に宿し、(しるべ)として掲げられるのだ。

 

 部外者だった転生者も、今はこの世界に生きる光の一つ。

 この世界の未来は、俺たち全員で決めるんだ。

 邪神によって、世界の運命も人の人生さえも、遊技盤のように好き勝手に弄ばれて堪るものか。

 それを証明する為にも――いざ、いざ、いざ、この手に未来を掴みに、全身全霊を懸けて。

 

「いくぞぉぉォォッッ!!!!」

「「「『 応っ!! 」」」』

 

 闇夜を切り裂け、生命(ヒト)の輝き。

 夜明けを照らす暁光と共に、彼ら彼女らは龍の背に乗り大厄災へと立ち向かうのであった。




誤字報告してくださる有難き方々へ。
その報告の数々によって、曖昧だった日本語知識が補完され、学びの機会と糧になったことに——改めて感謝の言葉を贈ります。とてもとても助かりました、ありがとうございます。

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