【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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翠魔ステュクス・カロン

 少しばかり時間を遡って──この領域へ突入した直後の頃。

 

 あの場にいた上位翠魔のもう片方。

 そちらにも、相対する存在達が交戦を開始していた。

 

 逆巻き渦巻き、唸る大海。

 総身の長さは大都市をも軽く横断してしまうのではないかという、尋常ではない大きさの海蛇が身をくねらせるたび、海は荒れ狂い大津波を引き起こす。

 胴の太さだけを見ても、大の大人が手を繋いでも数百人単位でなければ輪を作ることすら不可能そうな体躯である。

 

 その巨体と内包した膂力だけでも脅威だというのに、死界の川たるステュクスが持つ殺戮兵器は他にもあった。

 海蛇の龍鱗を埋め尽くすかのように体表へ貼り付く、化物サイズのフジツボの群体。

 それが虚ろな闇を堅固な殻から顔を覗かせ、敵手へと向けていた。

 

 空を引き裂く、鏖殺の水流が幾条も踊り狂う。

 

 狙いも曖昧に無造作に放たれる、超々高加圧の切削水流(アブシレブジェット)

 ウォーターカッターという言葉の方が馴染みあるその現象は、射程に捉えた獲物を水に混じった死滅の粒子で粉微塵になるまで削り殺し、血の赤色すら残さない殲滅性能を見せつけていた。

 次弾装填にほんの少しの溜めがあるが、その隙も隣接する別のフジツボから切削水流が間断なく放たれるとくれば、迂闊に近づけば蜂の巣より酷いこととなるだろう。

 

 全方位に放射される対空砲が、幾千もの弾幕となって海から空へと破壊の雨で埋め尽くす。

 それこそステュクスが搭載した鏖殺兵装カロン。

 都合九千四百余りの砲門が、機械的な殺意を蠢かせ氾濫していた。

 

 まさしく海蛇という形をした超弩級戦艦そのものと言えよう。

 そして戦艦というのなら、敵を確実に撃滅する必殺の主砲も当然の如く備えている訳で──

 

「──避けなさいッ!」

 

 ソフィアの喝が響く。

 それを掻き消すかのように直後、波飛沫とともに轢砕の大海嘯が爆ぜた。

 

 ステュクス・カロンの顎門が煌々と不吉な光を灯し、放たれたのは万物を分解する赫黒の閃光。

 水平線の彼方まで届く射程をみせ闇へと呑み込む奔流は、戦慄の一言。

 

 今もまた、逃げ遅れた数匹の龍の生命が散華した。

 無作為に選ばれる抹殺対象に差別も優劣も無く、激流が通り過ぎる度に平等に死へと誘う。

 

 それは冥界を流るる死の大河(ステュクス)と、生者を彼岸へと運ぶ渡し守(カロン)の如く。

 

 この場はステュクス・カロンの巨大さと位置関係も相まって、最も人が多い戦場といえる。

 だが、そのような怪物と対等に渡り合えているのは、ソフィアとメラゾフィス、それに水龍の長イエナだけだった。

 

 それ以外では所詮、有象無象、烏合の衆。

 己の身を守るのに精一杯であり決定打を与えるには、とてもではないが力不足でしかなかった。

 

「畜生ッ。なんだよこれ、俺たちじゃ手も足も出せねぇって言うのか……ッ」

「泣き言言わないっ。けど、これじゃあ何もっ、くぅぅ!?」

 

 クニヒコとアサカは、背中を貸してくれている龍にしがみつきながら己の無力さを噛み締める。

 S級冒険者間近と持て囃されようと、所詮それは人族基準での評価。

 神話の戦いには、まるで実力が足りていなかった。

 これこそが神話級。

 人類には対処不可能と謳われる怪物の、純然たる暴威の嵐だった。

 

 

 ──しかし、そんなこと関係ないとばかりに艶やかな声で狂喜の音色を謳い上げる者も。

 

「あっはあはははぁぁあっ! “死ね”、“死ね”、みんな“死んじゃえ”ぇッ、あははははっ!!」

 

 まさしく暴走しているとしか言いようのない狂態で笑い声を上げるのは、スーレシア。

 魔力の籠もった命令が翠魔を射抜けば、自らの肉を喰い破り同士討ちを始めていく。

 これら魔性らは作られた存在だからなのか精神干渉への抵抗が薄く、支配者スキルである色欲の絶対支配に容易に嵌っては、熱病の如く狂宴を繰り広げるのであった。

 

 それによって横槍を入れてくる小型翠魔は少なく、ソフィアたちが海蛇の相手に集中出来る状況を作り出している功労者なのだが──

 

「あぁもう──くそっ、クソッ、邪魔、邪魔! さっさとスーの前から消え失せろぉぉッ!!」

「荒れてるわねー。ほらほら、お兄様のための露払い頑張りなさい妹ちゃん? じゃないと褒めて貰えないわよ?」

「言われるまでもないのよ、この毒婦めッ! “死ね”ぇ!」

「残念残念、効かないわよ」

「キイィィぃッ!!」

 

 敬愛する兄様が近くに居ないからか、内に秘めし殺意と憎悪を滾らせて皮肉を囀るソフィアへと金切り声で言い返し、翠魔を次々と支配しては自死させていく。

 まるで暴虐な女王のように、癇癪を発露させながら幾度も幾度も下される死の宣告。

 

 スーレシアがそうなっているのも、当然理由があった。

 それは、宇宙船から出発する寸前にまで遡り──

 

 敬愛と憎悪と独占欲がごちゃ混ぜになった、愛しの愛しの兄様から、力を貸してほしいと真摯に頼み込まれたからだ。

 自身の願いを拒絶されたことで、愛憎入り交じる感情をスーレシアは抱いていたが、それを正面から受け止めつつも決して聞き入れることは無く、シュレインは辛抱強く説得を繰り返した。

 

 そして妥協とも言うべきか折衷案ともすべきか、この大厄災を乗り越えた先で気の済むまで兄妹二人の決着をつけようと、それを約束して協力を取り付けたのだった。

 

 スーレシアとしては、そのまま兄と同行しようとしていたのだが、それに待ったを掛ける声が。

 アリエルの指示でスーレシアはソフィアと同じ場所に配置が決められ、途中で紛糾騒乱が二つや三つあったものの、結果は現にこうしてソフィアに無理矢理引き摺られながら戦場に連れ出されたのだった。

 

 それゆえ、スーレシアは様々な溜まりに溜まった不満を大爆発させ、今の狂乱を発症しているのだった。

 

「まぁ、勇者くんから拒絶され発狂してる妹ちゃんをいざとなったら止められるのは、現状私しかいないからなんでしょうけど」

 

 氷狼の爪大剣を手に襲来する小型翠魔を切り払いながら、背に広げた血の翼で姿勢制御と攻防を同時にこなしながら、踊るように空を駆けながらソフィアはぼやく。

 この采配をしたアリエルにほんの少しの愚痴を零しつつも、目線は険しく海蛇を睨んでいた。

 

「本来なら、こういう相手にこそ一番刺さるはずなんでしょうけどね──嫉妬は」

 

 素晴らしきものを引き摺り落としたいという呪詛の念が、ステュクスの能力を封じて絡みつかんとする。

 だが海蛇とフジツボの化物の猛攻は僅かな減退無く、今もなお荒れ狂ったままだ。

 

 一応鑑定は通るので、覗き見たステュクスとカロンのステータスを簡潔に言い表すのなら。

 

「あれらの技、全部スキルじゃなくて()()()に構築されたものだと言うの? ──っと」

 

 常態で桁外れのステータス値、数万にも上るHP、上限無き無尽蔵のSP……

 それらだけでも厄介だが、なにより驚くのはその()()()()()()()だった。

 

 死滅の血液、腐蝕粒子展開……たったこれだけ。

 僅か二つのスキルしか保有しておらず、そのうちの片方だけでこの状況なのだ。

 

「もし仮に、腐蝕粒子展開じゃなくて死滅の血液を封印していたら、初手の時点で全滅していたでしょうね」

 

 でなければ、戦闘区域全域を覆い尽くす腐蝕属性の死霧が、自分たち全員を等しく三途の川へと連れ去っていただろう。

 腐蝕属性の切削水流と波濤砲を封じれたとしても、残ったスキルで迂闊にも近付いてきた生命を纏めて殲滅する。

 

 たった二つのスキルしか持たないのではない、()()()()()()()()()()()()()()()()

 この怪物とっては。

 

『────────SiZisisiiii』

 

 まるで嘲笑うかのように、多分に擦過音が混じった鳴き声を上げるステュクス。

 そして再び吹き荒ぶ、死滅の暴風雨。

 破壊と死を撒き散らす嵐が横殴りに降り注ぎ、止まるところを知らない。

 

 体表に食い込むほど寄生したカロンが、ステュクスの穢れた血を吸い上げ、放つ。

 その一連の攻撃手段は、弾幕の物量を鑑みるに宿主を殺すほどの失血を起こすはずだがしかし、死の海蛇は精彩を欠く様子など微塵も見受けられない。

 

 ──もとより、ステュクスとカロンはそういうコンセプトで設計された怪物である。

 死の雨を降らせるカロンを多数搭載し、それを運用する無尽蔵の造血器官と心臓を駆動させる、恐るべき海上の移動要塞。

 死滅の血液や腐蝕粒子を作るのにも海水さえあれば良く、水面下の体表から補給しては死の属性に染め上げ、弾薬と燃料にする工程に澱みは一切無く。

 こと周囲が海である限り、ステュクス・カロンに消耗など訪れることなど無いのであった。

 

 

 

「よもや、ここまで強大とは。──あなた達は引き返してもよろしいのですよ。お二方の力量では些か手に余るでしょう」

 

 メラゾフィスが、翻弄されるがままのクニヒコとアサカに向かって撤退を勧める。

 それは本心からの心配からであり、彼自身それほど余裕があるとは言えなかった。

 

 集束し密度を上げた暗黒槍を、ステュクスに張り付くカロンの一つへ、彼は放つ。

 極限まで高めつつしかしその本質は実体の無い闇だからこそ、黒き大槍は迎撃の飽和射撃に打ち勝ちながら、海蛇へと貫徹した。

 

 しかし──それで得た成果は、全力を籠めた一撃で、ようやく砲台の一つが沈黙しただけ。

 

「……地道に、一つ一つ潰していくしかありませんね」

 

 それは気の遠くなる作業だろう。

 なにせ、カロンの数は万近くもあるのだから──

 

「いいやッ、否だッ!!」

 

 逆巻き轟く風雷が、切削水流を押しのけ雷鳴で蒸発させながら、カロンへ炸裂する。

 発生元を見れば、雷龍の牙で鍛造されし魔剣を手に、限界を超えた行使にクニヒコとアサカ両名とも肩で息をしながら、メラゾフィスへと不敵に笑い返す。

 

「嘗めんじゃ、ねぇぞッ! これでも、冒険者だ! 逃げる訳には……いかねぇんだよッ!」

「そうよっ! 依頼に失敗すれば、犠牲になるのはいつも戦う力を持たない人達……ならっ、戦うしかないのよッ」

 

 不退転の覚悟を決め、毅然と胸を張りながら再度魔剣に魔力を充填していく二人。

 そしてクニヒコは、内なる激情を叫びあげる。

 

「正直、まだ納得してねぇ! けどッ、こんな展開望んじゃいねぇんだよ!」

 

 そうとも──抱えし復讐心について、未だ納得も割り切りも済んでいない。

 しかし、だからといって自他もろとも世界が滅びるなんて、真っ平御免だった。

 

「全部終わってから改めて、その澄まし顔ブン殴ってやる。だからよっ、俺が復讐を遂げるまで、くたばるんじゃねぇぞ、メラゾフィスゥゥッ!!」

 

 ざわめく大気とともに、爆雷と暴風の波濤が再度震撼する。

 駆け抜ける疾風迅雷が、ステュクスの表皮を嬲りカロンをミキサーに掛けたように粉砕した。

 

 二度の大技で、もはや魔力など空に等しいが、二人は知った事かと滾り続ける。

 その姿を見て、メラゾフィスもまた口端に微笑を浮かべて告げた。

 

「いいでしょう。その時は気の済むまで、何度でもお相手しましょう。ですから、貴殿も……」

「当然だッ! ()()()ッ!!」

「えぇ、勿論です」

 

 ──そうして従者と冒険者達は、限界を幾度も超えながらカロンを削り落としていく。

 

 忍耐の積み重ねで会得した努力の技が、復讐心を研ぎ澄ませ練りに練り続けた風雷の爆発力が、不可思議な噛み合いを見せながら、死界の川へと叩き付けられていた。

 

 

 

『普段なら優雅にダンスのお誘いでもしているところですが、そうも言ってられませんわね』

 

 まるで東洋龍のような細長い体躯の水龍が海水を操作して、ときに壁に、ときに鞭にと変幻自在に蠢きうねらせながら、憎々しげに呟く。

 

 全長数百メートルにも届く美麗な龍、彼女こそが水龍の長イエナ。

 広大な海洋を管理する水龍を統括する立場の彼女は、それに見合っただけの実力を備えているのだが生憎とステュクスとは相性が悪く、思うように実力を発揮できていなかった。

 

 支配下にある水をステュクスへと放つ。

 だが、それは海蛇へと着弾した途端に強引に支配権を奪われ雲散霧消し、逆に吸収されて無為へと帰した。

 

 イエナの基本技であり必殺は、高度に極まった液体操縦であり、相手の体内へと侵入させた水による内側からの爆散や窒息こそが真骨頂であった。

 しかし、ステュクスへと接触した途端に支配権を奪われ、水による内部破壊どころか、逆に切削水流の材料を与えているだけでしかなかった。

 

『チッ! やはり水は駄目ですか。ならニーアの真似事ですけど──過冷、凝縮、凍り付けッ!』

 

 先程と同じように飛翔する水。

 再び同じような結果になると思われた水弾だが着弾から一転、氷結の結晶華がステュクスの体表に幾つも咲き誇った。

 

『……どうにも、わたくしでは勝てそうにありませんわね』

 

 さっきの手応えを見て、イエナはそう端的に評価する。

 何故なら、凍らせた部分も身動ぎ一つで容易く砕き割り、さしたるダメージとは言えなかった。

 それでも、イエナの声色に焦りは無い。

 

『まっ。勝てないのなら、効果的な嫌がらせをするまでですわ』

 

 号令一つ、一斉に放たれる複数の水龍からの、十数条の冷凍ブレス。

 

 最も管理する領域が広く、最も数が多い龍種、それが水龍。

 だからこそ古龍の数も最多であり、神話級に到達した水龍それが総勢三十七もいるのだ。

 その半数近くからの同時攻撃には、さしもの死の海蛇であろうと僅かに動きが鈍る。

 

 当然、その隙を吸血姫は見逃さない。

 

「よくやったわっ。これで──」

 

 大剣が流麗に閃き、切削水流を凍らせ反らし強引に進路をこじ開ける。

 このチャンスに全霊を懸けんと、ソフィアが身体を捻り大剣を振りかぶりながら、ステュクスの頭部へと流星のように墜落していく。

 

 このまま開きにしてやると、闘争心で沸騰する血液。

 それとは対照的に、冷気を纏う大剣は絶対零度を刀身に集束していく。

 

「砕けぇ散ぃぃれェェッ!!」

 

 これにより、翠魔討滅──そう、誰もが、感じた、──刹那。

 

 

 

 

 

 

『ZiiSisisisisisisisiiiiaaaa────!!!!』

 

 狂乱の大爆破が、空間を埋め尽くした。

 

「んなッ!?」

「お嬢様!?」

「ぐあぁぁッ!!??」

「きゃあぁぁぁぁ!!??」

「くぅぅっ!?」

『そんな馬鹿な!?』

 

 それにより──

 必殺目前であったソフィアも、追撃の構えだったメラゾフィスも、風雷を放つ寸前のクニヒコとアサカも、自害の呪言を放っていたスーレシアも、油断なく警戒していたはずのイエナも、全員が全員驚愕の中吹き飛ばされた。

 

 咄嗟に大剣を盾にして、被害を抑えたソフィアは叫ぶ。

 それは、先程の現象が起爆する瞬間を直接その目で捉えていたからで──

 

「まさか、脱皮したとでも言うの!?」

 

 大剣を落とす寸前、ステュクスの鱗が内側から急激に膨張するのを目撃した。

 そしてそれが内部からの圧力でボコボコと膨れ上がり、激烈な自爆を行ったのだった。

 

「うっ、つぅ──」

 

 至近距離からの爆発に揺さぶられ、思わず呻きが漏れるソフィア。

 凄まじい衝撃で内臓の幾つかが破裂したのか、口端から血が垂れる。

 

 しかも、自爆の際に飛び散った破片には腐蝕属性の性質もあったのか、防御力や耐性を貫通して大剣では守りきれなかった脚や肩の末端がグチャグチャに蹂躙されていた。

 

「こんな、ものぉぉぉッ!!」

 

 穴だらけとなって使い物にならなくなった両足を血で覆い、真紅の義足を構築する。

 この程度の負傷など傷にも入らないと、反撃に転じようとするが──

 

「お嬢様、避けてくださいッ!!」

 

 メラゾフィスの必死な声に、反射的に回避を選択する。

 次の瞬間、真横を通り抜けた()()()によって片腕が消し飛ばされた。

 

「なに、が……」

 

 掠れた吐息とともに漏れる戸惑いの声。

 そして、失血しすぎたのか霞む視界に映ったのは、悍ましい形態へと変貌した海蛇の姿だった。

 

 ドクドク、ドロドロと、まるで溶岩流のように蠢く漆黒の血液。

 それが体表のいたるところから間欠泉のように溢れ出し、今しがた腕をもぎ取っていったのも、それだと認識した。

 

 しかも今の一撃が血によるものであることが、ソフィアを更に苦しめる。

 傷口より混じった死滅の血液が猛毒のように体内で血を汚染し暴れ狂うのだ。

 

 

 溶けよ、腐れよ、海に注がれし穢れが汝の血肉を嬲り尽くす。

 大海原を汚すモノは何やらん。

 

 澄んだ世界は混濁し、生命の揺り籠は崩壊する。

 堕落が産んだ穢れは流れ流れて濃縮し、腐蝕の棘と化す。

 

 もはや海洋に清廉な美しさなど、ありはしない。

 濁りに濁った汚泥が、あまねく世界を穢し尽くさん。

 

 生命よ、死ぬがよい──堆積した海の呪詛を思い知れ。

 骸さえ溶け落ちる苦悶を味わうがいい。

 

 

 思考に混じった狂気の波濤に、ソフィアは眉をひそめる。

 あぁ、うるさいうるさい。

 そんなの、私の知ったことじゃないわ。耳障りなのよ、黙ってなさいッ! 

 

 しかし、それに一瞬気を取られてしまったのも事実で──

 眼前には自らへと殺到する漆黒の奔流。

 

 もはや防げないし、回避もまた不可。

 このまま呑み込まれて、細胞の一片すら残さず融解する敗北が、彼女へ訪れようとしていた。

 

「っ……く、はは」

「ソフィアお嬢様ぁぁっッ!!」

 

 乾いた声が漏れ、咄嗟に伸ばしたメラゾフィスの腕も虚しく届かず。

 予定調和のように──彼女は死の濁流へと押し流された。




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