【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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翠魔ニュクス

 東の洋上、その空でも熾烈な争いが起きていた。

 

 カサナガラ大陸側の遠洋では、今も激しい争いが繰り広げられている。

 それら二つの戦場も地獄なら、ダズドルディア大陸側である此方側もまた地獄の光景に他ならなかった。

 

 あれらが大地、海洋の魔性であるなら──此方は空を司る魔性が踊る、凍えし闇夜であった。

 

『KYahahahahahahahahahahahaha!!!!』

 

 震撼する耳障りな嬌声とともに、宵闇のごとき極低温の奔流が空間全域を薙ぎ払う。

 黒い光線という矛盾した存在が、逃げ場のない攻撃範囲と射程で対峙するもの全てを氷像へ凍てつかさんと、唸りを上げた。

 

『蜘蛛のっ!』

「ただの冷気なんかじゃ、私の腹も下せやしないよっ! ──ッ!!」

 

 前に出たアリエルが、暴食を発動させて空間ごと齧り尽くし、極冷を呑み干す。

 禍々しい奔流は最初から存在しなかったかのように消え失せ、肌を撫でる寒波だけが夢幻の類いでは無かったと証明しているだけ。

 

 これこそアリエルの支配者スキル、暴食のチカラ。

 硬度や質量を無視し、仮想の口腔で範囲全てを自らのエネルギーに変換して一方的に捕食可能なスキル。

 彼女の原罪の象徴であり長年連れ添った信のおける相棒である。

 

『やっるぅぅー!』

「ほら、ヒュバン! もっと接近しろッ! ここからじゃ本体には届かないんだからッ!」

『アイアイサーッ!』

 

 アリエルと軽妙な掛け合いをしているのは風龍の長ヒュバン。

 彼は弱体化しているアリエルを背に乗せ、芸術的な軌跡を魅せながら超高速で飛翔する。

 猛烈な吹雪で覆い隠しながら氷杭が音速を超えた速度で襲来し、空を覆う暗雲からは突如雷霆が降り注ぐが、それらをヒラリヒラリと躱しながら、弾幕の雨を物ともせず二人は颶風と化す。

 

「さすが邪神の仕込みとでも言うべきかねぇ? 名に違わぬ化物ぶりだよ、まったくっ」

 

 そう視線を向けた先にはアリエルが語った通り、本能的な怖気が走る魔性の姿があった。

 

 それを一言で言い表すなら、妖精のようなナニカだろう。

 夜空に輝く星々と闇を凝縮したような、超自然的な妖しさと底知れない怖さを内包した闇黒が、妖精の姿を形取っている。

 四肢も顔も余すとこなく漆黒であり、まるで影法師かなにかにしか見えないのだが、唯一口腔と瞳のみ燦爛とした青紫の光を放ち、不気味な笑みを浮かべているよう。

 そして、ガラスを擦り合わせたような甲高い嘲笑でケラケラケタケタと無邪気に醜悪に、此方を見下すように闇を翻しながら踊っていた。

 

 ニュクス、夜の女神──そうした御伽噺を、彼女は融合した記憶から掘り起こす。

 それは地球と呼ばれる惑星の神話であり、情報の源泉については白織本体から分化した体担当が保有していたサブカル由来の雑学なのだが──

 

「これ夜っていうか、氷雪系だよね!?」

 

 空間が軋む音すら聞こえるような吹雪舞う極冷却。

 冥府の魔精に近付くほど強まる気温低下は既に零下を容易く超え、吐いた息も白く身体の末端も凍傷を起こしかけている域だ。

 もはや氷獄が顕現したかのような有様で、ニュクス直下の海面も氷河の如く凍りついていた。

 

 身体の震えごと熱を奪い尽くさんと肌に霜が浮かぶ。

 眼球すらも凍ってしまいそうで、瞼を閉じれば二度と開けられまい。

 その異常なまでの冷却現象は、魔法やスキルで引き起こせる領域を遥かに超越していた。

 

『……こりゃ、単なる氷魔法って訳じゃねぇなぁ。むしろ風魔法の領分だ。この強烈な気圧変化と下降気流、純粋な自然現象も込みな冷却だぜ』

 

 独りごちるように呟いたヒュバンの言に、アリエルは問い返す。

 

「分かるの!? 馬鹿(ヒュバン)のくせにっ!?」

『おいおい。馬鹿だという自覚はあるが、俺様の得意分野くらいは学があるぜ?』

 

 いわく──

 天蓋を覆い尽くすほど積乱雲、そこから下降気流の流れが生まれ、高高度で凝集固化した氷粒が落下してくる。

 それ自体も宇宙に程近い領域から吹き下ろす超低温だというのに、落下中の氷粒は融解しながら落ちていき、その際に多量の熱量を奪い、乾燥した空気を抜けるときにも気化熱で更に熱を奪う。

 その他諸々の仕組みもあるが、長くなるので割愛──

 ゆえに、地上に迫るときには極寒の空気と化しており、それを集束させ留めた結果がこの氷獄の仕組みだとヒュバンは語った。

 

 大気を利用した気象兵器。

 暴風竜巻も、凍らせるのも稲妻を発生させるのも、全ては世界に満ちる大気の対流によるもの。

 超大規模な環境操作によって世界を蝕み、全生物を氷河期に呑むまで氷獄を顕現させる。

 それが冥府の魔精ニュクスの、本当の能力であった。

 

『おかげで翔ぶのも一苦労だ。……ていうか、さっきから俺様の後ろを付いてきている奴! お前なんで此処にいんだよッ!?』

「オヤオヤ? 御力添エガ必要カト思ッタケレド、不要ダッタカナ?」

 

 後方へ向け怒鳴るヒュバンに、飄々とした掠れ声が返答する。

 本来発声に適さない声帯で無理矢理に言葉を紡いだような歪な音の主は、闇龍レイセ。

 

 龍人ともいうべき人の体格と形態を選んだかの龍は二本の脚で空を蹴り、ヒュバンの通った後をなぞるように付かず離れずの距離で追いかけていた。

 

『お前、防衛はどうしたんだよっ?』

「ナァニ、数少ナイ部下ニ任セテキタサ。ソレニ何ブン、僕ハ元カラ人型ダシネ。向コウハ不向キダッタカラ適切ナ場所ニトイウ奴サ」

 

 肩を竦めておどけるように一笑するレイセに、ヒュバンとアリエルは訝しげな態度を崩さない。

 レイセの言う通り能力的に多数を相手取るより、()()()()()()()()に一対一に特化しているのは知っているが、だからといってそれが全てでは無いだろうと訝しげに瞳を細めていた。

 

「ソウ邪険ニシナイデヨ、純粋ニ君達ガ心配デ来タンダカラ。……実際、()()ニ当タルノニ人数ハ多イ方ガ良イデショ?」

 

 ぼやきとともに見遣る先には、当然ニュクスの姿。

 冷気と闇を纏い、氷界の冥府で楽しげに傲岸不遜に、今も終わりなく輪舞曲(ロンド)を踊っている。

 そしてヒラリクルリと四回転を舞えば、両の手と背後に浮かぶ合計六つの大氷球が──

 

「来るよっ!」

 

 内部に圧縮した冷気を解放して放たれる、絶対零度の砲撃。

 それを再び暴食で打ち消しながら、彼らは攻撃が届く射程に収めるため疾走する。

 

「くっそ。なんでこっち側がニュクス単独なのか、これを見れば理解させられるよッ!」

 

 彼らはニュクスへと向かって飛翔している。

 しかし──その距離は未だ遥かな遠くであり、望遠で姿を捉えなければ点にしか見えない距離が開いていると言えば、どれだけ彼我を隔てる空間の広さについて実感出来るだろう。

 

『干渉範囲が広すぎんだろっ!』

「圧倒的ナマデノ環境支配ソレニ加エ高精度ノ狙撃トクレバ、広域殲滅ニ最モ特化シテイルノガ、コノ魔精ナンダロウネ」

 

 冥府の魔精と接近戦をするためには、甚大な距離の壁を詰めねば話にならず。

 遠距離戦で対処しようにも、射程は向こうが圧倒的に上手で、威力精度も凶悪。

 しかも充満する冷気で、熱と体力は刻一刻と奪われるのだから持久戦は最悪中の最悪だろう。

 

 どこまでも無慈悲に徹底的に、純然たる性能差と敵手の強みを押し付けられた状況だった。

 圧倒的な不利、突破口は針の穴ほどあるのかも怪しく、勝機は遥かな先。

 だとしても──

 

「それでも進むしかないでしょッ!! 行けぇ、ヒュバン!!」

『否もねェ! カッ飛ばすぜッ、付いてこれるかッ!?』

「無論、必死ニ喰ライツクサ!」

 

 放たれ、飛来する、氷獄の大波濤。

 それに真正面から臆すること無く、気炎を上げて立ち向かう。

 

 脇目も振らず、愚直なまでに真っ直ぐに。

 氷杭を破砕し、乱気流を制し、極冷の奔流を切り裂きながら猛追する。

 彼らはまさに、空を一直線に駆け抜ける流星だった。

 

『Kihi? kyahahahaha!!!!』

 

 滅殺の氷獄砲を幾度も放てど、やたらしぶとく生き残る抹殺対象を認識し、ニュクスは耳障りな嬌声で嗤いながら次の一手を構築させていく。

 

 そうして放たれたのは、散弾のような面制圧の氷晶弾雨。

 しかも追尾能力まで備えているのか、的確に此方を捉えて穿とうとしてきた。

 前方上下左右と様々な角度から襲い掛かり、逃さない。

 身を捩じ込める隙間など何処にも無く、暴食で消しきれる物量と範囲では決してなかった。

 

 氷晶がアリエルたちを針山の如き不格好なオブジェにするかと思われた、その間際──

 

「これで仕留められるなんて、嘗められたものだねっ!」

 

 空に、幾条もの銀線が閃く。

 四方八方に空間を割り割くそれは、アリエルの周囲三十メートル圏内に到達した氷晶弾を残らず砕き割り、絶対の防空圏を作り上げていた。

 

 銀線が閃くたび、アリエルの手指が残像を描くほど高速でかつ繊細に動く。

 そして氷弾の嵐雨を踏破した際、一瞬だけアリエルの周囲に垣間見えたのは、揺蕩う蜘蛛糸。

 

「弱体化しようとも、鍛えた技まで衰えるはずないでしょ」

 

 アリエルがやった事は単純である。

 ただ操糸で神織糸を手繰り、斬撃と破壊属性を極限まで高めた糸で微塵に細断しただけである。

 それが入神の域で行われたものだから、視覚ではまるで氷晶が勝手に消失していくように見えるほどであった。

 

 謙譲で魂を削りスキルの殆どを失おうとも、培った技量は僅かな翳りも無いのだと、アリエルは高らかに示していた。

 

『あんま見下してっと、痛い目みるぜ?』

「ソウ言ウコトッ!」

 

 さらに続く第二撃も、暴風が的確に撃ち落とし、闇の弾丸が僅かな討ち漏らしも砕いていく。

 アリエルが見せた気概に応えるように、ヒュバンとレイセもまた気炎を滾らせる。

 

 彼らは止まらない、さらにさらにと加速を続ける。

 大出力の大技は暴食で、範囲と手数重視の技では研鑽された戦闘技術によって蹴散らされた。

 

 アリエルたちの分析通りなのか、ニュクスの攻撃は超々広範囲殲滅に偏っており、大氷球からの極大冷却砲以外は威力が何段も落ちる攻撃だった。

 それでも人族や魔族の兵士達を軽々殺せる代物だが、あいにく此処にいるのは()()()()()()

 この程度の小技では、命を刈り取れるなどと思い上がりも甚だしい。

 

 

 ゆえに、彼らは順調に進軍を遂げ──

 

「捉えたぞッ!!」

 

 冥府の魔精との距離が、遂に一キロメートルを切る。

 彼らの速度なら、あと数秒も掛からずに肉迫出来る距離まで近づいた。

 迎撃の攻撃が道を阻もうとするが、もはや此処まで来れば無駄な一手。

 気配を読んで回避し、潜り込み、斬り払う。

 

 そしてそのまま氷雨を突破し、眼前で無防備に揺らめく魔精へ──彼らの必殺が叩き込まれた。

 

 ヒュバンとアリエルの溜めに溜めた一撃が先立って発動する。

 風刃が胴を両断して、暴食がニュクスの頭部を根こそぎ喰らい尽くす。

 

 入れ替わるように疾駆したレイセが、ニュクスへと肉迫して──

 闇と腐蝕と外道属性の三重奏を練り上げた魔拳が、胸へと巨大な風穴をブチ抜いた。

 

 渾身の三連撃が狙い違わず炸裂し、冥府の魔精を打ち砕いたのだった。

 

「これで──」

『──終わりだッ』

 

 彼らの必殺は、もはやオーバーキルとも言える領域だった。

 

 歪な笑みを浮かべていた頭部は完全に消失し、胸部は根こそぎ粉砕した。

 残っているのは両腕の末端と分断された下半身くらいなもので、誰がどう見ても致命傷であると疑わない光景だった。

 

 だけど、しかし──

 

「ッ! マズイ、逃ゲロ二人トモッ!!」

 

 予想外な手応えの薄さに、レイセが警告を上げるも遅かった。

 

 大氾濫する闇の霧。

 残った身体から吹き出した粒子に呑み込まれ、レイセの姿は見えなくなり。

 即座に反転しようとしたヒュバンとアリエルにも襲い掛かる。

 

「ぐぅ……ッ!?」

『掴まれ、蜘蛛のっ!!』

 

 全力の回避運動で内臓と三半規管を揺さぶられながら、アリエルとヒュバンの二人は辛くも命を繋げた。

 しかし、支払った代償は重く身体に刻まれていた。

 

「ヒュバン……ッ!」

『喚くな……大、丈夫だっつーの。こんなの屁でもねぇって……』

 

 アリエルを守ることを優先したのか彼女はほぼ無傷なのに対し、ヒュバンは片目が失明し腹部は血塗れで内臓が飛び出している。

 そして彼自慢の大翼は穴だらけのボロボロで、今にも根本から千切れてしまいそうだった。

 

 なんとか体勢を整えた彼らに、無情な現実が視界に映った。

 至近距離から闇を浴びせられたレイセの姿は何処にも見当たらず。

 そして大爆発で撒き散らされた闇の霧が、個々に集束して姿形を描き出し、幾らか小柄で感じる密度も低い、数多のニュクスが宙に浮かんでいたのだった。

 

『レイセ……ちくしょう…………』

「──ッ! そっか、群体っ」

 

 何故それに気付かなかったのかと、アリエルは奥歯が砕けんばかりに歯噛みする。

 その名前にも表れていること──翠魔の太源は誰であるのかアリエルは瞬時に思い出し、魔精の性質を見抜いた。

 

 闇霧の集合体。

 それは彼女が救い出したいと願う少女の、神格となって獲得した体質と非常に酷似していた。

 

 素体となっているのが闇か苔かの違いはあれど、どちらも身体を物理的に破壊されても致命傷にならず、僅かな断片さえあれば時間を巻き戻すが如く瞬時に修復してしまう。

 単なる損傷では意味を為さず、全てを消し飛ばす高火力でのみ痛打となる特異体質。

 それがニュクスに備わった基本的性能であり、体積の全てを潰さなければ決して死なない不滅の魔性なのだ。

 

 ──そうとも、翠魔とは主たる翠星が獲得してきた能力を元にして作られた存在である。

 

 地獄の門番は、麻痺毒と土。

 死界の川は、腐蝕と水。

 冥府の魔精は、不死性と風。

 

 最も適性の高い魂に関する能力──外道属性の能力を持っていないのが微かな救いだろう。

 それまであれば、たった一撃貰うだけで問答無用に魂を砕かれ、即死していたのだから。

 

 

 そして、アリエルとヒュバンを取り囲むように出現したニュクスらが、氷球を創造していく。

 単一であったときより幾分か出力は劣るものの、弱った二人を瞬間冷凍するには十分すぎるほどの冷気が集束していく。

 

 その絶対零度と共に、輪唱される呪詛の詩。

 大気が凍てつき、キシギシとガラスに罅が入っていくような音が、空間を埋め尽くさんばかりに響き渡る。

 ニュクス同士が共鳴しながら奏でられるそれは、冥府へ(いざな)う魔精の葬送歌であった。

 

 

 凍てつき、眠れ、穢れし天空は光を覆い隠す。

 巡りし空を澱ませたのは、貴様らだ。

 

 大気は捻れ狂い、星々は姿を隠した。

 傲慢にも支配者を気取るなら、吹雪と極寒が汝に裁きを下さん。

 

 天の恵みは、とうに愛想を尽かした。

 ゆえに大地へ注がれるは、天球隈無く覆い尽くす狂乱の天災なり。

 

 生命よ、死ぬがよい──積乱する天空の狂気を思い知れ。

 髄まで凍えし極夜を味わうがいい。

 

 

「……ごめん、白ちゃん」

 

 詫びるように、アリエルは小さな呟きを零し。

 そうして──全方位からの飽和射撃に、アリエルたちは掻き消されるのであった。




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