そうして、彼らは敗北する。
勇者も白き神も、送り届けることすら叶わぬまま朽ち果てていく。
彼らが負ければ、もはや翠魔を止めることは誰にも不可能となる。
勇者と鬼人が目標を変え転進し、多大な消耗と引き換えに二体ほど撃破が可能だとしても、余力は皆無と化し。
ならばと、そのまま進めば上位翠魔四体を同時に相手取ることとなり、その四面楚歌な状況では勝算はゼロだろう。
いずれ上位の翠魔が大陸に到達し、神が相手となればもう一巻の終わりだ。
封じられた神殺しの機能が解禁され、立ちはだかる
そうなってしまえば、救いは何処にも無い。
戦う、逃げる、どれも無駄。
死ぬのが、早いか遅いかの違いでしかない。
このまま何も為せず、届かず──世界は終焉を迎えてしまうだろう。
ゆえに、この世界の物語は幕を閉じようとしていた。
洋上、転生者たちの居る宇宙船。
空に浮かぶ魔法科学の要塞には、夥しい数の手足の無い歪な翼龍が群がり襲いかかっていた。
それは、この物体が世界にとって害悪な代物であるからに他ならない。
現在は長年掛けて備蓄したMAエネルギーで動いているが、根幹設計として星から生命力を吸い上げる装置が搭載されている以上、翠魔が執拗につけ狙う理由は充分以上にあった。
たとえアリエルが、出立前にロックを掛けていたとしても関係ない。
それだけで何を差し置いてでも破壊しに、翠魔は狂気を哭き叫ぶ。
壊セ、消エロ、世界ヲ穢ス存在ハ許サナイ──
だが、そこまで狂的に襲いかかってくるのなら、こうも考えられる。
──人類を守る最前線の砦として、これはこの上なく堅城鉄壁であろう、と。
「撃て、撃てぇっ! よく狙わずとも撃てば当たるんだ、気にせずブッ放せッ!」
「ゲームとかと一緒よ。コントローラを動かして……マークが重なったら……撃つ!」
装甲に展開された迎撃機構が全力稼働し、幾条の光線を瞬かせる。
それを操るのはエルフの里に囚われていた転生者たちで、彼ら彼女らは砲台の操縦桿を握りしめガコガコと鈍い音を奏でながら、引き金を何度も何度も引き絞った。
その彼ら彼女らの中心。
船を操舵する座席に座る小さなエルフの少女は、己のスキルと禁忌に映る戦いを見守りながら、祈り信じている。
「ユーゴーくん、ソフィアさん、クニヒコくん、アサカさん、アリエルさん…………どうか勝ってください。必ず運命を変えてみせると、信じています」
たった今、彼ら全員が窮地に陥っているのを理解した上で、フィリメスは強く祈る。
まだ終わっていないと、曇り無く純粋に。
「この声が、この祈りが聞こえていないのは百も承知。でもっ、どうか届いて」
彼女のスキル生徒名簿に記された未来は、今や空白。
皆が大厄災に立ち向かい始めてからは、転生者たち誰か一人の未来すら窺い知ることは不可能になっていた。
先程まで記載されていた──
『ワールドクエストから降りるを選んだ人類が過半数を越えた。故に魔神翠星の最期の審判の鐘が鳴り響く。人類は滅魂の大波濤に呑み込まれ皆悉く消滅する』
──という一文すらも、残らず白紙に。
そして大厄災発動と同時に復活していた、苔森真理の名前。
記されていた死亡理由『大厄災最終フェーズの反動により、魂が崩壊して死亡』という文章も、補足のように書かれていた『現在彼女とシステムは暴走状態であり、その機能は全生物抹殺に固定されている。このまま進めばいずれ自壊するでしょう』という内容も、今では掻き消えていた。
未来はもう、何も分からない。
しかし──
「奇跡は必ずあると信じている。運命に絶対は無いんだって、知っている。──だから私は、皆が勝利する結末を、絶対に掴み取れるはずなんですっ!」
運命に必死に抗ってきた彼女は、諦めていない。
たとえそれが、何もかも踊らされてきたとしても、藻掻いた足跡と想いは偽りではないから。
だから願う、変えてみせてと──
「あぁそうだ──俺たちにだって、出来る事がある!」
「そうよ! もう、守られるだけなんて御免なのよ」
「こんな晴れ舞台、キメなきゃ男が廃るつーの!」
「クラスメイトが頑張っているのに、あたしらが何もしないままとか、ありえないし!」
「ジャンル違いなんだよ、こんなシリアスなんか求めてねぇ!」
「スローライフは少し退屈だったけど、世界の危機なんてお呼びじゃないわ!」
「うちらは何にも知らないけど、こんなの間違っているって分かるから」
「里の暮らしだって、楽しかったし面白かったの。それが永遠に無くなるなんて嫌」
「そうね。私たちの未来、まだまだこれからよ!」
「やりたい事、してみたい事、たくさんあるんだから、あんた達に託すわ!」
「進めシュン、みんな! 世界は俺たちが守ってみせる。邪魔なんてさせない!」
勝て、勝って、勝ってくれ──勝利を願う大合唱。
想いを迸らせ、唸る激励の嵐。
転生者たち誰もが全員が、このような運命に屈しないと強く叫んでいた。
そして──シュレインの友達であるオギも、舞台に立てない弱者だからこそを呟く。
「戦う力を持ってない資格も無い。それで何処かほっとした気持ちもあったんだよ。あんな危険なとこに行かずにすむってさ。
努力したこと無いし、命を懸けて戦ったことも無い。この世界ではあり得ないくらいのぬるま湯に結果的に浸れていたってこと。与えられた仕事を熟すだけで、あとは何もしない。
言い訳になるけどさ、エルフの里で軟禁されてたから出来ることなんて何もなかったていうのもあるけど、それでも何ら恥じていなかった」
だって、それ以上は面倒だから。
無理して痛い目を見るより、より安定した楽な道ばかり見ていた。
けれど今は、そんな甘いことに逃避するようなときじゃないと、彼は思う。
「けどさ、あいつが頑張ろうとしている姿をみて、やっぱ駄目だと気付いたよ。ここで立ち上がらなきゃ、僕は何のために生きているのかすら分からなくなる。だから──僕たちなりの戦いをするまでだっ」
そうして再び集中して操縦桿を力強く握りしめた。
それを見つめるフィリメスの小さな肩に、そっと手を置くハイリンスの姿が。
「良い子たちじゃないか」
「ええ、私にはもったいないくらいの、自慢の生徒たちです」
朗らかに笑うエルフな先生と、優しげな表情で首肯する人族の青年。
ハイリンスは、自身が黒き龍神の
力などは人族の範疇に収まり、本体とは別個の意思で行動する存在ではあるが、その継承された知識は本物で、フィリメスたちが知らないであろうこの宇宙船の操縦方法を教授していたのだ。
そのために、共に旅した
「あぁ──だから勝ってくれ。シュンたちに希望を繋げ」
「負けないで、みんな。私たちに、輝く未来を信じさせてっ!」
二人の願いが、静かに熱量を伝播していく。
「私に出来ること、それは──」
独りごちるように呟くフィリメス。
自らの持つ支配者スキル救恤の、味方と認識する存在に回復能力を付与する効果の対象として、彼女は大厄災に立ち向かう全ての存在が味方だと、強く自己に言い聞かせていた。
ゆえに数が数ゆえ効果は若干薄まっているものの、人族魔族や龍種問わず全てに、HP超速再生LV1に相当する治癒を齎していたが、上位翠魔と戦う彼らには僅かな力添えにもなっていない。
それだけでは、届かないのなら──
「“献上”こそが、我が美徳──私の力、彼ら彼女らへ譲り渡します!」
それは──支配者スキルを取得した際に得る、もう一つの特別なスキル。
禁忌を理解し、支配者権限を確立させなければ使用不可であり、使ってしまえば魂を削るほどの反動を受けることとなるスキル群。
スキルの中には使用に際してデメリットがあるものがある。
その中でも、特殊スキルのデメリットは特段に大きい。
おいそれと使えず、使おうとも思わないくらいの反動が使用者に返るのだ。
フィリメスの持つ献上とは、他者への力の割譲。
自身の魂を大きく削る替わりに、その力を増幅して相手に渡すスキル。
その倍率、なんと元の十倍。
それだけの力が、渡された相手の能力を底上げするのだ。
強力ではあるが、自身の命を考えるのなら決して使ってはいけないスキル。
それを、フィリメスは迷いなく使用した。
「──ゴふッ」
「フィリメスさん!?」
「大丈夫ですッ」
口から血塊を吹き出すフィリメス。
自らが持つ魂の力を差し出し、さらに反動で魂が傷ついたのだから、その重篤なダメージが肉体にも反映されているのだ。
内臓の幾つかは、グチャグチャに潰れているだろう。
小さな身体に走る激痛は、想像を絶するほどである。
でも、彼女は倒れない。
意識を強く保ったまま、祈った。
「私たちは私たちなりの、全力で戦います……だからっ、勝ってみせて!!」
彼女の想いが今、空間を越えて彼らへと伝わった──
「そこまで言われりゃ──」
「──負ける訳にはいかないわね!」
かつての先生からの純粋な激励に、奮い立たない者などなく。
「“奈落”へ
「“禍根”を溶かせよ、我が原罪!!」
二人の魔人が目覚めて──
「…………なんだか院長やみんなのことを思い出すなぁ」
その献身の姿が、記憶の誰かと重なった蜘蛛の少女も熱を取り戻し。
彼女は、再び魂を燃やすことを決意した。
「だから、まだだッ──“昇華”し呑み干せよ、我が原罪!!」
彼ら彼女らの想いと誓い、魔の暴虐となりて顕現せり。
反撃の鼓動がいま、力強く鳴り響いた──
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