あまーい、甘いよ、今世で初めての甘いものだよー。
私は、コケちゃんに言われて向かった場所にいた冒険者(仮)を蛇から助けて、その対価として貰っていった干し柿みたいな果物を全力で味わっていた。
乾燥しているから少し硬くて水分を奪われるし、渋みや雑味も多くて前世の品種改良が繰り返されていった品種とは比べ物にならないけど、それでも甘い味がするのは至福の一時である。
荷物から零れ落ちて何個か転がっていたのを集めたこの乾燥クリクタの実だけど、そんなに数はないし、コケちゃんの進化お祝いに残しておきたいから、味見で食べている分も含めて、ゆっくりじっくりと味わって食べる。
でも、ああー、手が勝手にー
気をつけないと、そのまま一瞬の内に全部食べてしまいそうになりながらも、一片の欠片も無駄にしないように仄かな甘さを噛み締めていると、危機感知が特大の警鐘を鳴らした。
周囲から上層の魔物は残らず姿を消していたし、此処から近くの中層の入り口や縦穴には強大な魔物はいなかったはず。
それにここには私とコケちゃんしかいなくて、コケちゃんは進化のため眠りについていたはず。
なのに危機感知は、そのコケちゃんに対して強く反応していて、危機感は留まることを知らずにドンドンと膨れ上がっていく。
何故、コケちゃんに危機感知が反応しているのか戸惑いながらも、私は何が起きても良いように警戒して身構える。
そしてコケちゃんの進化が完了したのか、繭が割れて溶けていくとそこから美しい緑色の模様を持った丸っこくてフワフワしてそうな、一匹の蛾が這い出して来た。
それは畳まれていた翅を広げると、劈くような音色で叫び狂った。
「————シ゛ィ゛ィiイイ゛ァァ゛a゛ァァア゛ア゛アアッッ!!!!!!!!」
およそ正気とは思えない様子で絶叫し続けるコケちゃんを見て、驚きと警戒をしつつ鑑定を掛けてみる。
そして、そこに表示された内容に絶望した。
《モフ・モス(苔森 真理) LV1
状態異常:狂気
ステータス
HP:2348/2348(緑)
MP:1/6834(青)
SP:2840/2840(黄)
:1/2840(赤)
平均攻撃能力:1238
平均防御能力:4062
平均魔法能力:6920
平均抵抗能力:5284
平均速度能力:3206
スキル
HP高速回復LV4 MP高速回復LV8 MP消費大緩和LV6
SP高速回復LV1 SP消費大緩和LV1 状態異常大強化LV2 魔力精密操作LV10
魔神法LV4 大魔力撃LV3 魔力付与LV10 魔法付与LV4 龍力LV2
気闘法LV3 気力付与LV2 強麻痺攻撃LV8 昏睡攻撃LV3 猛毒攻撃LV1
強酸攻撃LV1 外道大攻撃LV1 麻酔合成LV10 催眠薬合成LV8
神霊苔LV1 鱗粉LV1 鎧の天才LV1 立体機動LV9 飛翔LV1
隠密LV10 迷彩LV3 無音LV3 無熱LV2 無臭LV2
集中LV10 思考超加速LV6 未来視LV4 並列意思LV5
高速演算LV10 記録LV4
命中LV10 回避LV5 確率補正LV3 鑑定LV10 念話LV5
光魔法LV10 聖光魔法LV3 水魔法LV10 水流魔法LV3 風魔法LV10 暴風魔法LV6
土魔法LV10 大地魔法LV6 重魔法LV10 引斥魔法LV1 治療魔法LV10
回復魔法LV2 麻痺魔法LV8 睡眠魔法LV5 空間魔法LV2 外道魔法LV10
物理耐性LV5 聖光耐性LV1 水流耐性LV1 暴風耐性LV4 大地耐性LV4
重大耐性LV1 火耐性LV5 状態異常大耐性LV3 強酸耐性LV1
腐蝕耐性LV6 気絶大耐性LV5 恐怖大耐性LV1 苦痛無効 痛覚軽減LV9 外道無効
暗視LV10 五感大強化LV1 視覚領域拡張LV5 望遠LV1
天命LV3 天魔LV10 瞬身LV6 耐久LV6
剛力LV3 城塞LV1 天道LV10 天守LV1 韋駄天LV1
魔王LV3 飽食LV1 激怒LV1 強欲 征服 羨望LV3 暴君LV1
神性領域拡張LV6 森羅万象LV10 禁忌LV10 n%l=W
スキルポイント:1300
称号
悪食 味方殺し 血縁喰ライ 麻痺術師 睡眠術師 無慈悲 魔物殺し 魔物の殺戮者
強欲の支配者 竜殺し 恐怖を齎す者 龍殺し 狂乱の主》
恐ろしいまでの高ステータス。
現時点の私のステータスを全て上回る数値は、あの苦行な種族を進化の途中に挟んだだけあってトンデモなく高く、あの時の火龍すらLV1の段階で越えていると言えた。
それにスキルも今まで一緒に鍛えてきたから知っていたけれど、そこらの魔物とは一線を画する種類と練度がずらりと並ぶ。
いつもなら頼もしいと感じていたコケちゃんの能力だけど、今はこれら全てが恐ろしくて仕方がない。
状態異常:狂気。
何故かは分からないけど、今のコケちゃんは明らかに正気じゃない。
その証拠だと言うような、新たに狂乱の主なんて物騒な称号が追加されているし、怒が激怒に、そして前々から怪しいと思っていた禁忌がLV10になっていた。
まさか禁忌をカンストさせると発狂する?
くそ、だとしたら罠にも程があるぞ、邪神Dめ!
すでに私も禁忌はLV9で、次に進化すると確実にLV10になる。
そうなったら、二人仲良く狂っておしまいってか?
ふざけんな!
私は好き勝手生きるって決めたんだ! それがこんなとこで呆気なく。
まだ外の世界を見ていない、まだ美味しいものだって食べてない、まだやってみたいことは沢山あるというのに。
まだ……、コケちゃんともちゃんと話せてないのに。
認めない。
ここで終わりだなんて認められるものか。
禁忌のカンストで狂うとしても、それでずっと狂ってしまう訳では無いはずだ。
どうにかして正気に戻せるはず。
その方法は分からないけれど、やるしかない。
それに二人とも狂って理性の無い魔物が二匹生まれましたって、あのDからしてみればこれほどつまらない展開も無いだろうし、何かあるはず。
でなきゃ……、こんなのあんまりだよ。
加速した思考の中そう結論し、進化したばかりで動きの鈍いコケちゃんに向けて駆け出す。
進化した直後でMPとSPが枯渇している今こそが、ステータス的に劣っている私が対抗できる唯一のチャンスだ。
正直私からコケちゃんに攻撃しても、殆ど効果が無いと思う。
今でこそ、星魔と魔導の極みでコケちゃんを越える魔法能力を得ていたけど、元々は状態異常に特化した戦法を得意としてきたし、今でもそう。
けど、コケちゃんも状態異常に高い適性を持っていたしそれに合わせて耐性も成長していた。
状態異常大耐性LV3。
ここまで成長していると最大威力の蜘蛛猛毒ですら効きが悪いだろうし、そもそもHPを削って殺すようなことは論外だ。
なら麻痺にすればいいと思うけど、麻痺に関してはコケちゃんのほうが得意である。
故に麻痺が通るはずないし、私が少しずつ獲得している幾つかの邪眼系スキルは状態異常耐性で防げるので、ほぼ役に立たないだろう。
なら魔法の場合はどうなのかというと、こっちも厳しい。
コケちゃんの抵抗能力がとても高くて今の私の平均魔法能力を上回っているし、なにより厄介なスキルがある。
《神霊苔:神秘を宿した苔。MP・平均防御能力・平均抵抗能力にスキルレベル×100分のプラス補正。接触した魔法の効果を少し阻害する》
今まではコケちゃんのMPと耐久性能を引き上げるだけのスキルだったのが、竜種がもつ龍鱗と似た魔法を阻害する効果も持つようになっていた。
その性能は龍鱗からすれば凄く弱いみたいだけど、元から高い抵抗に合わせて追加で阻害されれば全力で放った魔法でさえ、かすり傷一つ与えられないだろう。
だとしたら、残された手段は一つ。
私が生まれたときから頼りにし、今でも主武器として愛用している蜘蛛の糸しか勝機は掴み取れない。
狂ったように哭き続けるコケちゃんが、接近する私に気付く。
急速に回復し始めているMPが増える前に決着をつける!
そう思って仕掛けるけれど、コケちゃんは新たに得た翅を使ってヒラリと躱す。
空中に飛翔したコケちゃんは、私と同等の速度を活かして糸の網から掻い潜る。
くっそ、速い!
今まで私と対峙した敵もこんな気持を味わったのだろうと思うような回避能力で、どれだけ糸を飛ばしてもカスリもしない。
ヒラリと一回羽撃くだけで空中を滑るように一瞬で移動するコケちゃんの軌道は、ときに緩やかなカーブを描き、ときに鋭角にピンボールみたく乱反射する。
そして翅が羽撃く度に、その怪しげな模様をした緑色の翅からキラキラと光が舞い散り反射するのが見えた。
その光はコケちゃんの翅から舞い散る鱗粉のようで、一回その鱗粉と接触してしまいそれが強力な状態異常属性を含んでいることに気付いていた。
今までずっとコケちゃんと過ごしてきたので、苔の一部を食べたりずっと接触状態で背っていたりと、私の耐性も高レベルまで成長しており殆ど影響されずに済んだけれど長時間浴びた場合は、流石にどうなるか分からない。
そんな逃げて距離を取ろうとするコケちゃんと、追いかける私という構図が続いていたけれど、それは長く続かなかった。
僅かでも糸に触れて動きが止まれば、そのまま全身を拘束できるのに当たらない。
その事実に焦り始めていた私は、コケちゃんのMPが既に充分回復しているのに、気付くのが遅れた。
コケちゃんの周囲に、無数の魔法が展開される。
危機感が示すまま全力で離脱する私に対して、ロクに狙いもつけず放たれた魔法の弾幕が迫る。
その精度は普段のコケちゃんの魔法とは比べ物にならないほどお粗末なモノだったけれど、そこに込められた威力と物量は桁違いだ。
進化によって跳ね上がった平均魔法能力で放たれる魔法は、私を簡単に消し飛ばしかねない威力を持っていて、それが息つく暇も無く雨あられと襲ってくるので、回避に全力で意識を傾けるしか無い。
狙いが雑なことで隙間が多く、そこに身体を捻じ込みながら避け続けていると、ほんの一瞬だけ弾幕が止んだと思ったら、私の身体は大きく吹き飛ばされ宙を舞っていた。
弾幕で姿が見えなくなった一瞬に急速に接近され、速度の乗った体当たりを食らったのだろう。
周りの岩が線となって流れていく風景の向こうで、崩れた体勢を整えるコケちゃんを見ながら、私は硬い地面にぶつかってゴロゴロと転がっていく。
うかつだったと猛省しながらも、私は吹き飛ばされた方角を理解して、流れに逆らわずに転がり続ける。
そして最初のマイホームの位置まで戻され、溜め込んでいた食糧の地竜と蛇の死骸にぶつかり、漸く動きを止める。
身体のいたる所が痛むけど、そこまで酷い訳ではないしHPもあまり減っていない。
あの体当たりは割と全力でぶつかってきた感じだったけれど、私が地面から脚が離れていて空中にいた事、コケちゃんの身体がかなり柔らかな苔で覆われていて衝撃がそれに吸収され殆ど伝わらなかったということもあるが、何より一番の原因はコケちゃんの平均攻撃能力だろう。
唯一1238と低めのステータスをしている平均攻撃能力から考えられるのは、それほど力は強くないということ。
なら糸で捕らえた場合、無理矢理引きちぎって外すことは出来ないということ。
力で拘束を解けないなら糸を壊すしかないけど、私の糸の弱点である火はコケちゃんには使えないし、なによりコケちゃん自身が火にとても弱いから燃やそうにも燃やせない。
そんなことをしたら、あっという間に火達磨になって自爆してしまうからだ。
しかし、このままじゃ糸で捕らえることすら無理そう。
コケちゃんが速すぎるし、罠を張ろうにもそんな隙がない。
どうすれば……
足元に転がる魔物の死骸が目に映る。
それを見て脳裏に過ぎったのは、博打にも程がある考えだった。
やっぱり、私も
翅を羽撃かせ高速でこちらに飛んでくるコケちゃんの姿を確認する。
その動きと軌道を見ては、私は操糸と空間魔法に全神経を傾けて集中する。
そしてマイホームの外周に張り巡らせた糸を掌握すると、コケちゃんがやって来るのを待った。
布を引き裂くような聞くに堪えない声を叫びながら飛び込んでくるコケちゃんが、マイホームに入ってきたとこで、待機していた操糸と魔法を発動させる。
マイホームの全ての出口が何層にも重なった蜘蛛の巣で塞がれる。
それには出来る限りの魔法抵抗力を高め簡単には壊されないようにして、コケちゃんの逃げ場を塞ぎ、周囲の洞窟から隔離させた。
そして同時に起動した空間魔法の転移は、私と魔物の死骸ごと少し離れたエルロー大迷宮の上層へと飛ぶのだった。
全ての出入り口が塞がれ、巨大な繭となったマイホームと呼ばれる場所の中央にて、狂える魔蛾は一人嘆き叫ぶ。
その声は、どこまでも悲憤に満ちていて救いを求めているようだった。
「シ゛ィ゛ィィiイイィiiaァアア゛ァァ゛aaア゛ァ゛aァァァ゛ァ゛aァァァ…………」
次回、蜘蛛子決断、そして決着を……