【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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魔神ペルセポネ

 暗闇が包み、無明が支配している。

 その一寸先すら見えない空間は、この地が文字通りの深淵であることを示しているよう。

 

 本来ならば扉のすぐ向こうに、システムを駆動させる魔術陣と中核たる女神が見えるはず。

 しかし、走っても奔っても一向に何も無く、不気味なまでの静けさに満たされていた。

 

 理解できるのは、この空間自体が死の気配を多分に含んだ異空間であること。

 システム中枢と重なるように通常の座標とはズレた位相が展開されており、それは迷路のように空間を乱雑に拡張しては繋ぎ合わせ、通るべき空間の揺らぎを間違えれば延々と同じ場所を彷徨い続けてしまうだろう。

 

 そして充満する腐蝕の粒子は、資格なき者を阻む冥界の瘴気か。

 まっとうな生ある存在では、一歩たりとも進むことを許さないそれを拒絶の力で防ぎつつ、この異空間を掻き分け進んでいく。

 

 吐いた息は急速に熱を失いながら闇に溶け、靴底は灰を踏みしめたような感覚を返す。

 痛いほどの無音も合わさり、まるで極寒の雪道か地下墓所(カタコンベ)を歩いているようだった。

 

 その迷宮の最果てに、本当のシステム中枢がある。

 彼女が待つ、星の底が。

 

 ──そして、ついに。

 

 

 

 

「迎えに来たよ……」

 

 最後の空間の歪みを潜り抜けて、開けた空間へと出る。

 暗闇の世界から一転、脈打つ赤黒い燐光が目を刺した。

 

 システムを運行させる魔術陣、その全てが血色に染まっている。

 灰の地面、白黒の空、薄気味悪い景色に変貌したシステム中枢。

 岩肌と精緻な魔術陣が敷き詰められた無機質な空間だったはずが、まるで生き物の内臓のような生々しい不気味さを放ち、掛かる負荷などお構いなしにシステムは暴走状態にあった。

 

 その脈動が行き着く先。

 見上げた視界には、罪人であるかのように魔術陣に磔にされた小さな人影が。

 

「……コケちゃん」

 

 吊るされた翠の乙女。

 冥界へと拐われ贄にされた、私の大切な人のもとへ遂に辿り着いたのだった。

 

「────だめ、だよ。ここに来ては駄目なのに……白ちゃん」

 

 蚊の鳴くような声が耳朶を揺らす。

 まさか返答があるとは思わず、目を見開く。

 

「ッ、どうしてッ!」

 

 切実な色を持って、問いが喉から絞り出される。

 何故、なんでそんな事を、私は……ッ。

 

「逃げて。取り込まれてしまう……闇に堕ちる前に……白ちゃんだけでも…………生き、て……」

 

 途切れ途切れの言葉は、まるで遺言のよう。

 それ以上何も言わせないと、咄嗟に手を伸ばす。

 だが、それが届く前に彼女の身体を赤黒い瘴気が包み込んだ。

 

 それと同時に響き渡った怖気の走るシステムアナウンス。

 それが、何が起きているのかを厳然と告げる。

 脈動しながら膨張し形を変えていく闇は、やがて醜悪で惨たらしい異形を象った。

 

『中枢装置の情報を基に迎撃システムを構築します。──成功しました』

『迎撃システム《地の果てに縛られし女神(Abyss of The Eleusis) 光を破壊する救星主(Persephone)》を顕現させます』

 

 

 闇黒より産み落とされたのは、異形の女神。

 背骨が丸まった巨獣のごとき体躯が大地を揺らし、獣毛で覆われし身体が姿を現す。

 無数の触手で構成された虫脚のような脚部とブクブク膨れ上がった尾部が地面を擦った。

 眼球模様が無数に浮き出た四枚翅が背中より生え、それらは折れ曲がり二度と飛べないと堕ちた事を示すよう。

 そして牙と触手が蠕動する円口類のようなグロテスクな口腔の上、顔の代わりにあったのは祈るような姿の女神像。

 血涙流す女神像の顔は──大切な人(コケちゃん)と同じ顔。

 

「ッ──ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁァァッッ!!!!」

 

 感情が振り切れる。

 醜悪な歪曲戯画化(カリカチュア)に、理性と感情は焼け落ちる。

 激発する赫怒が、このような運命を拒絶する法則と化して吹き荒れた。

 

 お前のせいかッ! 

 これも、何もかも、貴様が描いた面白い展開という奴なんだろう? 

 いったい何処まで……私たちを弄べば気が済むんだよ、D! 

 

 噛み締めすぎた奥歯が砕けた。

 破片が刺さり血の味が広がるが、それさえ些事と精神は赤く染まっていく。

 

 握り締めた大鎌との同調は過去最高潮、刃に形成された因果拒絶の処刑刀が嘆きを絶叫する。

 嫌だ、認めない、こんな運命なんて望んでない──だからッ! 

 

「──救い出す、必ず」

 

 その宣言と同時に、魔神もただただ狂乱しながら譫言を零した。

 

『何処? 何処? 無い、足リナイ、壊レテル。埋マラナイノ、痛いの、寂しい、苦シイヨ』

 

 まるで幼子のような口調で、病みと絶望に染まった呪いの言葉が溢れ出す。

 狂乱した言葉を吐き出したかと思えば、次の瞬間には理性的な言葉を発する。

 支離滅裂で、理解不能な、破綻した叫びと祈り。

 

『助ケテ、助けて、誰モ居ナイ。命、無クナッタ。暗イヨ、怖いよ、置いていかないでッ! 

 寒い、冷タイ、凍っちゃう……(ワタシ)ガ死ンデシマウ。救って、救イヲ、救ワナキャ……

 止まらない、止メラレナイ。嫌、イヤ、イヤァ……うぁ、あアあ、アアアアアァァッ!!!!』

 

 瞬間、世界を塗り潰すほどの超高密度の狂念と殺意が横溢する。

 凍えるほどの冷気と闇が魔神の全身に集い、悍ましいほどの死が込められていく。

 

『────生命ヨ、死ヌガヨイ』

 

 彼女が絶対言わないような事を、吐き捨てながら──

 魔神ペルセポネの虫脚、闇を帯びたそれが空間を薙ぎ払い、死闘が幕を開けた。

 

「そんなこと、させないッ!」

 

 大鎌と真っ向から激突した衝撃は、空間そのものさえ大震させ撓ませる。

 雷轟すらそよ風に思える、耳を劈く大轟音。

 

 撒き散らされる衝撃波と死滅の奔流。

 それに硬直することなく、刃を切り返しながら瞬時にその場を飛び退いた。

 感じた危機感の判断は正しく、叩きつけられた虫脚が剣山のように棘を伸ばし放射状に広がるのだった。

 

 離脱が一瞬でも遅れていたら、串刺しは免れなかっただろう。

 しかし、本当に危険だったものは別にある。

 

「出力が桁違いに強まってる……ッ」

 

 間違いない。

 ほんの少し前、エルフの里で争ったそれと同質の力ながら、密度も強度も断然こちらが上回っている。

 コケちゃんが発現した《枯死》という闇。

 それでさえ、掠めるだけでエネルギーを消し殺される背筋の凍るものだったというのに、魔神が操る今の闇は()()()()のそれと遜色ない代物だった。

 

 並行して法則の支配領域の(せめ)ぎ合いを行っているが、反応は思わしくない。

 私ごと塗り潰そうとする狂念、その多寡は常人の持ちうる規模を遥かに超越しており、まるで大災害を相手にした小虫であるかのよう。

 気を抜けば、一瞬で向こうの法則に囚われてしまうだろう。

 

 比例して私を抑えつける強制力も桁違いであり、今も身体に数十倍の重力が掛けられたみたいに此方の能力を制限されて動きにくい。

 全力で抵抗し拒絶してこれなのだ、戦闘用分体を呼ぶ余裕すらない。

 常態で垂れ流される闇の影響を最小限に防ぐだけで、空間能力の殆どのリソースが食い潰されていた。

 

 結果出来上がるのはこうして単身、転移もできず回避に徹して一撃すら受けられない状況だ。

 服に腐蝕属性の抵抗を付与してある? 空間遮断の壁を張る? 拒絶の空間鎧で阻む? 

 どれも等しく無駄だろう。

 そんな小細工、異界法則そのものなDの闇に通用などしないのだから。

 

「──ッ、ちぃ!」

 

 鋭利な槍と化した触手と、動きの読めぬ不定形の闇が、恐ろしい速度で猛追してくる。

 大鎌での切り払いは、二度、三度、五、十、五十を突破し、百の大台まで刹那の内に到達する。

 しかし、拡散分裂する刺殺の雨はそれをも上回る数で、捌ききれなかった数十の闇黒が私の血肉を削り喰らう。

 

 抉られ、舞う血飛沫が死に溶けては消失した。

 血痕一つさえ残らぬ潔癖なまでの猛悪さを見せつけながら、傷口より重篤な喪失感が私を襲う。

 

「これ、は──ッ」

『枯レヨ、衰えろ。星ヲ芽吹カセル糧トナレ』

 

 貪られ減少する活力。

 それは激痛と共に侵蝕してきて、私の内部をめちゃくちゃに掻き回しては蹂躙する。

 病魔に冒されたように肌は爛れ落ち、木乃伊みたいに骨と皮だけへと、闇がへばり付く箇所から萎れていった。

 このままでは四肢と五臓六腑が全滅し、戦闘行為など不可能にさせられる。

 それを、理解して──

 

「まだだァッ!!」

 

 拒絶の法、それを最大限増幅したものを自分自身へ叩き込む。

 私の全てを貪ろうとしていた侵蝕は止まり、逆回ししているように生気を取り戻していく。

 

 代償にエネルギーの大半を持っていかれたが、それで済んで安いとさえ思えた。

 そのまま受け続けていれば、魂まで闇に犯され嬲られていただろうから。

 

「止めるんだ、コケちゃん! 願っていたのは救いたかったのは何だったのか、思い出して!」

『願い、救い? ──ああ、アアァァァ。そうだよ……私はただ、この星が続いてほしくて……。コノ哀しくも綺麗な世界が、好きに思えて、守リタクテ……だから絶対に──星を再誕させると、私はあのとき、誓ったカラ』

 

 呼び掛けに、譫言のような言葉が返ってきた。

 だけどしかし、宿るのは深海よりも深き哀しみと慙愧。

 とても正気ではない、けれどそれが彼女の紛れもない本心の発露でもあって。

 

『癒やすんだ、戻すんだ、治すんだ────邪魔をするナァぁああ!!??』

「くっ、ああああッ!?」

 

 必死に呼びかけた声は届かない。

 迸る嘆きが、胸に迫るほど痛く理解してしまう。

 同じ目標に向かって助け合ってきた仲だ、懸けてきた想いの丈は私が一番良く知っている。

 

『消えてよぉっ! 嫌だよ、イヤ、いやぁぁぁぁ──コンナこと願った覚えないぃッ!! 

 そんなもの要らない、見せないで、与えないで……私に闇を注がないでぇ。壊したくないのに、殺したくないのに……ごめんなさい、許シテ、食べてごめんなさい、殺してゴメンナサィ…………近寄らないで、近寄らないで、近寄らないで…………来ないでェェッ!!』

 

 劈く絶叫と共に、振り下ろす巨腕が闇の波濤を撒き散らしながら地面を砕く。

 私を亡霊(ナニカ)と勘違いしたまま、必死になって振り払うように暴れ狂う。

 

『────ああああああああああァァァァアアアアアアッッ!!』

「──、────ッ」

 

 胸の痛みを噛み殺し、殺到する死線の数々を全霊で掻い潜る。

 予測しづらい動きを直感と本能で見切り、地を這うが如くに重心を落として疾走する。

 

 魔神ペルセポネが対応に転じる前に、間髪入れずに反撃の大鎌を左脚へ叩き込む。

 いかに強大で耐久力がありそうでも、体重を支える部位を潰されれば転倒するなり動きを止められるだろうと──

 しかし、その予想は驚愕の結果で覆された。

 

「なッ──!?」

 

 大量の黒い血を噴き出す裂け目。

 そこから、不気味にぬめる触手が私を絡め取ろうと鎌首をもたげ襲い来る。

 

 慌てて地を蹴り、退避する。

 一瞬前まで居た場所に、嫌な水音がビチャビチャ鳴らしながらのたくっていた。

 そして、傷口はまるで太い蔦草が絡み合うように蠢いて、傷口同士を繋げて縫合されてゆく。

 

 通常の生物では、ありえない身体構造。

 その奇怪さと不気味さに絶句する。

 自身も大概トンデモ生物に分類されるが、これはそれ以上の外れ具合だ。

 理に真っ向から唾吐く、邪なる異次元の生態。

 

「出鱈目な……あのクソ邪神め」

 

 この抵抗と迎撃が間に合わなくなった時、私は間違いなく死よりも恐ろしいことになる。

 それが分かっているのに、近づくことすらままならず、攻撃すらままならない。

 そもそも、コケちゃん本体が何処にあるのか不明では下手に攻められない状況だった。

 

 だというのに魔神ペルセポネの本当の力は未だ解放しきってはおらず、さらにさらにと闇と呪詛は留まることを知らなかった。

 

 

『  詠イ始メヨウ、大地ノ女神ト攫ワレシ娘トノ詩ヲ──  』

 

 紡がれだす、彼女を示す悲嘆の詩。

 

『  慈愛溢レル母ハ、生命ヲ豊カニ実ラセル。

   ソノ娘ハ、愛シキ友ト共ニ常春ノ花畑ニテ戯レテイタ。

   シカシ突如、冥王ハ不死タル馬ヲ駆リ娘ヲ攫ウ。

   娘ヲ失イシ母ハ、哀シミ呪イ冬ノ大地デ世界ヲ覆イ尽クスノダッタ。  』

 

 そこまでは以前にも聞いたことのある祝詞。

 呼応して増殖しだす闇の瘴気。

 その総数は、もはや億や兆の領域にあった。

 

 左右同時に迫る押し潰しに、旋回させた刃で応えるが衝撃でたたらを踏む。

 その間にも、次の、次の、次の次の次の次の猛攻が、怒涛の勢いで押し寄せてくる。

 

 足元から蛇のように這い寄る触手を裁断する。

 しかし切り飛ばした末端からさらに増殖し、檻のようになって動ける場所を制限する。

 

 天が砕けたかのように、闇の奔流が上から落ちてくる。

 刃先のみに全能力を集束させ、かろうじて断割し隙間に身を捩じ込むが、結果一瞬だけだが一歩も動けぬ隙を晒した。

 

 その間にも魔神ペルセポネの口から溢れ出す、呪いの言葉。

 狂気に横溢した呪詛から一転、どこまでも哀しく切ない祈りが紡がれだした。

 

『  あぁ天より地を見る太陽よ、どうして貴方は見ているだけなの? 

   祈りは反転し、冥府魔道の瘴気が地底より森羅万象(セカイ)を蝕み尽くさん。  』

 

 前方より穿つ、鋭利な棘だらけの虫脚。

 限界寸前だが防御が間に合った。

 だが、無理な体勢からの防御は、その後の余裕を奪い去った。

 

 真横、斜め後ろ、足元、脳天、真正面──間断なき連撃は挙動の出先から崩され、動ける場所も無く魔術の発動すら許さない。

 足薙ぎ、腕落とし、内臓抜き、首切り、武装狙い──様々な部位や箇所を同時に狙われ、ついに対応能力を超え始める。

 

 自分自身、今どう対応したのか認識が追いつかなくなる。

 そんな状態だというのに、何故か魔神ペルセポネ、その内側に取り込まれた彼女の悲鳴が聞こえてくるようだった。

 血涙を流しながら絶叫している。

 声など聞こえていないのに、籠められた意思が痛いほど伝わってきていた。

 

 ──痛い、苦しい、哀しい、助けて、と。

 

『  生命(ヒカリ)を滅ぼせ、冥界の乙女。──別離の嘆きは神をも殺す。  』

 

 もはや本能と直感で凌いでいた迎撃だったが、終わりは唐突に訪れた。

 

『  神髄(エッセンティア)── 《嗜虐ニ嗤イシ冥王ノ呪イアレ(アビス・オブ・ジ・エレウーシス)来タレ冥界ノ闇ヨ(ペルセポネ)》   』

 

 ──()()()()()()()()()()()()、気が付いたときには大鎌ごと闇の槍に貫かれていた。

 

「ギイ、あ゛あぁァァァッ!!??」

 

 そんな、馬鹿な、何も見えない、分からなかった……ッ。

 私と彼女との神格としての隔絶した差を示すかのように、無慈悲な滅びが襲来していた。

 

 心臓を穿つ、黒死の魔槍。

 それは瞬く間に全身と魂を汚染し尽くし、大鎌の刀身に無数の亀裂が広がっていく。

 修復不可能なまでに粉砕された大鎌の断末魔が、同調している私にも伝わってきていた。

 砕かれた大鎌の破片、その一部が私の身体に深々と突き刺さる。

 

 赤黒く染まる視界と、耳朶を犯す不協和音とノイズ。

 肉体的な痛みより遥かに凶悪な激痛が、脳髄と魂を発狂に追い込まんと穢し狂う。

 

 氾濫する痛みと理解不能な情報の渦。

 それらが冒涜的に完膚なきまでに、私の自我を壊していく。

 その中で、私の魂へと直接響いてきた声が──

 

 

 

『もはや逆転など不可能。あなたと彼女では、神格としての完成度が違う。いまだ神髄に到達していないあなたと、一度かぎりの奇跡とはいえ月の女神を再誕させるに至った彼女。どちらが優れているか明白に格付けが済んでいます。──ですが、それでもとあなたは足掻くのでしょう?』

 

 その通りだ──諦めるだなんてこと、私は受け入れたりなどしない。

 

『ならば力が欲しいですか? 蜘蛛さん?』

 

 明滅する意識に差し込まれた問いに、私は──

 

「違う! 私の全ては、私が築き上げるものだッ!」

 

 全霊を掛けて、拒絶を返した。

 断じて違う、私はお前()の言う通りになんて、なるつもりは欠片も無いッ! 

 

 そう吼えたものの、心魂全てを穢されている私は紛うことなき致命傷で、逆転の余地など何処を見てもあるはず無く。

 

『そうですか──なら世界が終わるその時まで、そのまま眠っているといい』

 

 冷ややかに無慈悲を告げる声。

 それっきり聴覚そのものがイカレたのか、何も音を認識できなくなる。

 そして指一つ動かせぬ私に──巨大な断頭の爪刃が落ちてきた。

 

「──、ァ──っ────」

 

 首を通り抜けたそれは、守りの術式ごと紙屑のように裂いては頭部を切除した。

 回転する視界、遠ざかる私の身体。

 熟れた柘榴のように、私の頭が落ちていく。

 

 切り離された断面から激しく血が噴き出し、鉄臭い液体が衣服を濡らす。

 その光景の一滴一滴さえも引き伸ばされた刹那は捉え、そして──醜悪な牙と触手の口腔が眼前に迫っていた。

 

 暗闇へと堕ちていく意識。

 戦うための腕も、駆けつけるための足も、想いを伝えたかったはずの喉も──どれも等しく彼女に届かず叶わなかった。

 

 

 

 ──なんで、私は肝心な時に上手くいかない。

 どうしていつも、痛みと苦しみを味わうしか出来ないんだ。

 

 血と涙とともに、絶望へと沈んでいく。

 そうして……全身一口で丸呑みに出来る大口が、魂ごと私を冥界の深淵へと堕とすのであった。

 

 もう私に──出来ることは何も無い。

 勝利も未来も、微塵に消えた。

 

 大切な人を内包した、闇の深淵へ。

 真っ逆さまに、落ちていく──堕ちて、逝く。




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