【完結】コケダマですが、なにか?   作:あまみずき

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白糸が織りなす想い

 魔の山脈の麓街へと入って──

 私たち二人は、薄墨色の不揃いな石が敷き詰められた街道をゆっくり歩いていた。

 夕焼けに染まった暮れなずむ街並み。

 遠目に見える山脈も、朱と黒のコントラストを一層際立出せていた。

 

 大通りから外れ、幾つかの角を曲がった先の小路通り。

 どんな店かを表す木造の看板、雑然と野晒しにされている空の木箱。

 酒場や、パン屋に、食べ物屋、薬売り──猥雑な匂いが鼻をつく。

 

 店々の外観を眺めては別の店を眺め、二人で物色を楽しんでいく。

 今から開店する飲食店や、日没で店仕舞いに移る店など、黄昏時ならではの景色が広がる。

 

「よし、ここにしよう」

 

 そう言って指差したのは、一軒の大衆酒場。

 すでに店内には人の賑わいを感じさせ、酒と食事を楽しむ談笑の騒ぎが外にも漏れていた。

 薄汚れた作業着の街の労働者や、使い込まれた武器を傍らに置く冒険者など、様々な人々が思い思いに羽根を伸ばしている様子が見て取れた。

 

「うん、いいよ」

「じゃあ、早速行こう。お腹ペコペコだよ」

 

 入る前から匂いで分かる、美食の予感。

 旅の醍醐味は食事にあり。

 そんな信条を今思いつき、そしてそれに相応しい夕飯を味わうべく、私たちは飴色に日焼けた扉を押して入店するのであった。

 

 

 

「乾杯!」「乾杯!」

 

 小気味良い音を立てて、掲げたグラスが鳴る。

 そしてそのまま、中身を呷った。

 暖色系の灯りがグラスに、ちろちろと囁くように反射する。

 

 ちなみに、酒では無い。

 果実搾りたての新鮮なクリクタジュースである。

 

 何故か、街に居るときではコケちゃんが絶対に阻止して、お酒は飲ませてくれないのだ。

 まあ飲んだときは前後の記憶が飛んでいるので、一期一会の美食を忘れぬために街中では控えるのもやぶさかではないが。

 それはそれとして、食べてよし、調理してよし、絞ってもよしと、ほんと万能だな。

 クリクタというこの世界の果物は。

 

 しばらく経てば運ばれてくる料理に舌鼓をうち。

 香ばしく焼けた肉を切り分け、瑞々しいサラダを口に運びながら──

 にこやかにコケちゃんと談笑に花を咲かせていた。

 

「……ん?」

「どうしたの白ちゃん? 何を見て……」

 

 食事を楽しんでいる最中。

 ふと──視界に入ったとある人影に、何故か目が逸らせず色濃く留まった。

 

 酒場の一角。

 一人、ジョッキを片手にかなりの勢いで酒を飲む小柄な黒髪の少女がそちらに居た。

 テーブルの上にも、食べかけの料理と食べ終わったと見られる大量のお皿が塔と連なり、少女の体積よりも料理の方が多かったであろう食べっぷりであった。

 

 その少女が、どうしてか気になる。

 なぜだか分からないけれど、頭と心の奥底が鈍い疼きを覚えた。

 雑音がする、雑音がする、雑音がする──ラジオの雑音のような音が鳴り止まない。

 頭が割れそうだ。

 

「……ねぇ」

 

 意識がコケちゃんに向いた途端、音と頭痛が引き潮のように失せていく。

 そして先程、何と感じていたのか全く思い出せなかった。

 

「え、あぁ……ごめんなんでもないよ」

「そう……?」

 

 心配そうに何か言いたげなコケちゃん。

 彼女が口を開こうとした瞬間、それを遮って(にわか)に店内が騒がしくなる。

 視線を反対側に向ければ、向こうでは酔客同士の怒声と罵声が飛び交っていた。

 

 言い争いはどんどん加熱して一触即発の空気に、そしてついには喧嘩にまで発展した。

 突発的に起きた荒っぽい馬鹿騒ぎに、酔いも回りきった無責任な野次馬までもがやいやいと囃し立ててさえいる。

 悪ノリしている奴らが面白い余興とばかりに煽り立て、もはや収拾がつかなくなっていた。

 

「わーおぅ」

「む──、──ッ…………」

 

 騒ぎを起こしている酔客らを見て、コケちゃんは言葉にならない呻きを漏らし不機嫌そうな顔を浮かべる。

 野卑な男どもが、あーだこーだ言い争いながら馬鹿騒ぎを続行する。

 そのたびに目が据わっては表情が抜け落ち、絶対零度の冷ややかさを帯びていく。

 ……あ、キレてますね、これ。

 

 そのとき、宙を舞った一つの酒瓶。

 予期せぬ流れ弾が向かう方向は、さっき見ていた黒髪の少女の方で──

 

「──っと」

 

 思わず、飛び出しては酒瓶を防いでいた。

 頭痛や気持ち悪さを無視し、身体が勝手に動いていた。

 その反動で、脳髄を直接削られるような激痛が今も続いているが、とにかく無視した。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 そして密着しそうなほどすぐ真後ろに、その少女の気配を感じる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そう努めて平静を保ち、私は黒髪の少女へと話しかけた。

 不思議と、私は基本会話嫌いだというのに、この少女には口籠らずスムーズに言葉が出てくる。

 まるで、この黒髪の少女とも()()()()()()()()()()()()()()ような。

 

 ふと──やってから気付く。

 こんなことに意味は無かったと。

 何故なら件の少女は飛んでくる酒瓶に気付いていたし、読み取った力量はこの程度で遅れを取ることも怪我の一つすらしないだろうと、必要ないと最初から分かっていたのに。

 

「え? ──あぁ、ありがとう。()()()()()()()()

 

 黒髪に白が交じる少女は一瞬呆けて目を丸くし、やや後に咳払いをして感謝を述べた。

 

 その台詞に、何故か胸がチクリとした。

 少し寂しいとさえ感じる──少女とは()()()()()()なのに。

 

「別に平気だったのに、どうして庇ったんだい?」

 

 どうしてって……

 なぜなら、それは……

 

()()()をしなければと、そう思ったから」

「んん??」

 

 疑問符を浮かべ首をひねる少女。

 対して私はというと、去来した不思議な感慨に知らず微笑んでいた。

 胸の芯へと染み渡らんとする、ようやく悟った()()の感慨に。

 

「……いや、何でもない。怪我が無くて良かった」

 

 そう言って、私は背を向けた。

 その頃には、喧嘩も収まり騒ぎも収束していたのだった。

 

「…………」

 

 その中で唯一人が、黙して瞼を伏せる。

 位相が異なるかのように朧な気配を纏い、何かを胸の内で噛み締めている。

 

「………………もう、気付いてしまったのかな」

 

 翠の少女の呟きは、喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 そして──

 A級冒険者の財力を活かし高級宿の一室を確保した私たちは、支払ったお値段に相応しい豪華な内装の部屋で、自堕落な休息を堪能するのであった。

 シンプルだけど品の良い調度品。

 板張りや薄い毛布だけなどのこの世界の安宿とは、比較するのも烏滸がましい。

 むしろ現代のホテルにも、風情や見栄えなどで決して劣らないだろう。

 

 彼女となら、気が弾む。

 心の底からありのままの己を曝け出して、微睡んでいられる。

 

「あぁぁ~しあわせぇぇ~♪ 食っちゃ寝さいこぉぉ~♪」

「行儀悪いよ、白ちゃん。でも確かに、あのお店美味しかったね」

 

 横幅も大きなふかふかのベッドに寝転がり、全身でその柔らかさを味わいながらだらんと手足を伸ばす。

 洗剤の清潔な香りに、滑らかな肌触り……我が蜘蛛糸マイルームにも劣らない心地よさ。

 ……やりおるな。

 

「…………楽しいね。白ちゃん」

「あぁ。このまま運命も因果も知らないまま、幸福に浸っていたいよ」

 

 ぐうたらしつつ、穏やかな二人の日常。

 こんな日々が毎日続けば良い。

 世界の存亡とか背負わなければならない使命とか、私たちには本来関係ないことだから。

 

 神なんて言われるような存在になろうとも、所詮もとはちっぽけな魔物だった。

 その本質も、そんな重たいものを背負えるほど、立派でも高潔でもない。

 何処にでもいそうな、ありふれた中身だ。

 

 荒事や面倒事なんて、無いなら無い方が良いに決まっている。

 穏やかに日々を過ごせるだけで、それで充分なんだ。

 

「そう──それが白ちゃんの願いなのかな?」

「──そうだよ。それが貴女に贈りたい未来だから」

 

 ベッドから身体を起こし、背筋を伸ばして真っ直ぐコケちゃんに向き合う。

 いつにないほど真面目に、誠実に。

 

「ちゃんと言葉にしたことも想いを伝えたことも、無かった。ほんのつい最近に自覚したような気もするけれど……いや、関係ないか。私は今までずっと空虚で何も答えを出せていないから。この想いくらいは、正しく伝えたい」

 

 彼女の小さな手を取り、両手でしっかりと包み込みながら告げた。

 聞き逃したり別の解釈など出来ないように、本当は言葉にするのも恥ずかしく隠したままにしておきたい、偽りなき赤心の真実を唱えた。

 

「この温もりは、他のなにものにも代わりが利かない」

 

 貴女が傍にいる幸福や心地良さを知ってしまったから。

 知ってしまえば、それが無い世界なんて考えられない。

 

「この想いは、他のなにものでも埋められない」

 

 貴女から貰った感情が、こんなにも大きくて消えることがないから。

 空虚だった私が、本当の意味で自分を描けるようになれた。

 

「ずっと抱きしめていたいんだ。二度と失くしたり離したりしないように。貴女と二人で、未来を紡いでいきたい」

 

 だって──

 

「好きなんだ愛しているっ。貴女の全てが、私が望む全てだから! 

 私は……貴女のために()()()がしたい!!」

 

 そう、それこそが私。

 昏い闇に呑まれ魂を踏み躙られようとも、変わることない唯一の()()

 誰にも屈したりしない折れやしない、そのためならこの命、生きるか死ぬかでも良い。

 貴女と共に、生きれるのなら。

 

「うん勿論、喜んでっ。私も言うよ──貴方が好きです愛しています、白ちゃん」

 

 ──抑えきれない喜びに溢れたその顔が、なによりも綺麗だと心の底から思えた。

 

()()()()()()()()……ううん違う。夢とか幻とか関係ない、この瞬間は紛れもない真実だから。だからお願い、もっと……」

 

 キュっと指を絡め合い、より強く手を重ねてきた。

 切なげにそう言い、幼さの残る顔に随喜の涙をはらはらと溢れさせながら──

 

「白ちゃん……ちゅ」

「──ん」

 

 啄むような軽い口付け。

 雛鳥が餌をねだるみたいに、柔々と唇を食まれる。

 

 瑞々しい果実のような朱同士が触れ合い、微かな震えを伝えてくる。

 そしてそのまま少しずつ長く、少しずつ深く──もっともっとと接触している時間は長くなる。

 互いに舌と粘膜を貪り、とろける唾液を混ぜ合わせる。

 焦点が合わないほど近い距離で、高鳴る熱を感じ合いながら。

 

「────ぁ」

「ん……」

 

 そして数秒経って湿った吐息と共に、私の大切な人はそっと顔を離した。

 彼女の瞳が陶酔と羞恥に潤んでいる。

 私も生涯で一番穏やかな顔をしている自覚もあった。

 

「大好きだよ、白ちゃん……()()()────愛してるって、伝え合おう?」

 

 心から交わす想いと共に。

 秘めた願いと共に。

 私たち二人の影が、重なり合って結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甘い微睡みは、覚醒めない。

 二人の無意識にある理想を投影して、終わらぬ仮想世界(ユメ)は続いてゆく。

 

 沈むように、溺れるように、深淵へと堕ちていく。

 彼女らの魂は冥界の底に囚われたまま、闇の中から抜け出せない──いまは、まだ。




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